其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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( °壺°)「あけましておめでとうございます」
( °壺°)「今回はお年玉くれそうな人のお話」


第七十八話

 新月の夜だった。

 星明かりも無く、街灯すらそこを照らさない。

 暗闇だった。

 そこに、家なき子にして名も無き者は蹲っていた。

 星明かりが見えないのは、現し世が眩いばかりではなく、暗雲の所為でもあった。その暗雲は名も無き者の頭上で胡座をかき、そこで泣いていた。

 触れる度に体温が奪われていくが、動く体力などその者は持ち合わせていない。

 運命、というものを信じるならば、この者はそこで死ぬ運命だった。

 その筈だった。

 

 不意に、雨が止む。

 

 だが雨音は止まない。

 目を開けば、眼前には男が居た。

 濡れた顔を上げると、目が合った。

 そうしたら、止んだ雨がまた降り始めて、頬を伝った。

 

「…………来い」

 

 男は名も無き者を立ち上がらせる。フラフラと覚束無い足取りで、名も無き者は男に寄りかかる。

 名前は、と問われて無いと答えた。

 男は少し思案顔をしてから破顔した。

 

同じか(、、、)。面白い」

 

 濡れた頭を男の腕が揺らす。撫でているのだと後々気付く。

 また目を合わせると、男は此方を見ていたが、何か、近しくも別のものを見ているようだった。

 それこそ、遥か未来の――本当にまだ見えない『何か』を見ているようだった。

 

「お前は、そうだな。かの劇から抜き取って、椿などどうだろうか」

 

 男の名は、庭原 槐。

 この時代で未だ古びた唐傘を差す変わり者。

 既に何度かの死と何度かの再生を経験した、文字通りの化け物だった。

 

□■□

 

 椿と名付けられた娘は、先ず『抜き取られ』た。

 名付けられると同時、拾い上げられると同時、捨てられた。

 

「さて、これで『造れる』な。……そうだな、大体こいつと同い年で良いか。ありがとう、名も無き者に戻りし『物』」

 

 男はもう椿という少女を見ていない。少女もまた、己が何と呼ばれていたかを覚えていない。『抜き取られ』たからだ。

 記憶を、精神を。あるいは魂を。『抜き取られ』、少女を木偶と同じにしたからだ。少女は、使い捨てられたのだ。懐炉と同じように。拾い、使い、捨てた。人ではなく、『人の意思』を有する道具として、少女を――利用したのだ。

 最早それは人の所業ではない。

 もっと別種。悪魔――いや、神か。

 神が人を創りあげたと言うなら、造れば神と呼ばれるに足り得るのだ。

 庭原 槐は人間の情報を抜き取ろうとしたが、流石に社の人間を使うのは気が引けた――その程度の善性はあった。

 だから名も無き少女を利用、使用した。

 と、言うのであれば。少女の運命は、延命されたに過ぎない。少し死ぬのが遅くなっただけだ。

 神の領域に手を伸ばす為の礎、階段、踏み台。それに少女、椿はされたのだ。善性と同じぐらいの、いや、そんなものとは比肩すべくもない悪性を、槐は抱いていたのだ。

 

「安心したまえ。君は生き続ける。ちゃんと、『ここ』でな」

 

 最早少女すら見ずに、カプセルの中を見つめている。

 先程善性などと言ったが、だと言うならば人間性は既に槐からは失われている。

 最()に見たものは、槐と同世代に見える女の入ったカプセルと、自分と同い年程に見える男子で――

 

□■□

 

 目を覚ます。目が醒める。

 はて、ここは何処だろうか、と再び名を失った者は目覚める。

 思い出そうとして、首を捻る。

 名前が無い。過去が無い。逆に何があるのだろうか?手を見、何も無いという、結論のみが脳を支配する。

 ぐるりと見回せば、何も無い。木製の扉、床、天井。寒さは感じず、然れど暑苦しくもない。

 だが、もっとその暑さと比ぶべくもない熱い物を手にして、誰かが入ってきたのは分かった。

 それは何だ、と問う意思を少女は持ち合わせていない。

 何をする気だ、と問う意思を少女持ち合わせていない。

 だから代わりに、泣き叫んだ。

 

 少女の小さな背に、焼けた鉄が触れたからだ。

 

 少女の記憶は、その激痛から始まった。

 そして少女の魂は、桐谷 晶子と名付けられて始まった。

 それ以前の過去はもう、激痛に何もかも呑まれてしまった。

 

□■□

 

 庭原 椿は、不意に目を覚ました。

 失われた過去を、思い出した気がした。懐かしい彼の顔を見た気がした。そして、有り得る筈のない、違う自分の(、、、、、)夢を見ていた。そんな気がした。

 彼女には過去が無い。自分が生まれてから梓が生まれるまでの記憶が存在していない。

 空白の二十四年。洞木という旧姓もでっち上げられたものだ。

 無垢な悪(イノセントイヴィル)と梓に呼ばれたものの、その悪性が芽吹く過去があったとしても、それ程の悪性を蓄えるような過去が無い。然らば元から抱いていた悪性は、巨悪であったのだろう。

 そしてまた、内心にあったのは槐への忠誠くらいのものだ。それはもう、夫婦と言うよりは主従だったが。

 槐が悪なのだと認識していた。同じ事をしている自分も悪なのだと認識していた。だがそれを、悪人と呼ぶ事を知らない。

 

 起き上がり、ベッドから降りて。少し、目を細める。

 昔を思いやる。過去の憧憬、その一コマには、まだ真実を完全には知らず、希望に目を輝かせている少年と、それを見て『その先』を慮る夫が居た。家族全員が(、、、、、)そこには居た。

 

 また出会えるだろう息子を。また出会えるだろう主人を。少し、思い出す。

 

 さて、疑問だ。自分にとっての主人公は――囚われの姫を救い出すような、白馬の王子はどちらか。

 

「どちらでもきっと、物語は面白いわね」

 

 なら面白い方に一票、と言い残し、庭原 椿はバイザーを(、、、、、)被る。

 

「にしても……とっっっっっても残念。私の過去がどうして私と同じじゃないのかしら!」

 

 無邪気な子供のように。存在していない過去のように。梓に見せなかった一面を、椿は広げている。

 

 二十四年間の記憶はあり、二十五年間は空白だ。その二十五年間も、殆ど『存在していない』。

 椿と名付けられた過去を、ほんの少し有している程度だ。何故なら庭原 椿は、その二十五年が無い状態で始まったのだから。

 

「楽しみね……うん、楽しみ。私と私が対峙するなんて、ドッペルゲンガーもビックリな程に、ロマンチックじゃない?」

 

 虚空に問う。返答は無い。

 そう言えばここはそう(、、、、、)だったと思い出す。

 

「そうだった。アナタは居ないんだったわ」

 

 それに、今は貴方も。

 そう続けて意識を手放す。

 その向こうには、三つ首の龍が待っている。

 彼女の名、『椿』は槐が『椿姫』というオペラからとって付けている。その原題は『堕落した女』(あるいは、『道を踏み違えた女』)だ。奇しくもと言うか運命と言うか。どうあれ、その通りの人間のようにも思える。いや彼女に関しては、元より道など無かったのだから、踏み外すも何もないだろうが。

 それでも客観的には『踏み外して』いるように見えるのだから不思議だ。

 

 TYPE:ラビリンス・ギア。

 その迷宮に騎乗するは諸悪の王。その迷宮は即ち諸悪の根源(アジ・ダハーカ)なり。

 畏怖せよ、恐怖せよと見た者は告げる。逃げ惑う事は無意味であると勧告する。さながら啓示であるかのように。だがそれだけでも本当は凄い事なのだ、と王は笑う。苦悩、苦痛、死。その全てが、かの三つ首には備わっている。その全て、あるいはどれかを見たにも関わらず、平静を保ち、生き永らえているのだから。

 

 希望の神、エルピスを文字った名を有する諸悪の王が来る。

 アルカ・トレスが、ミルキーが、【絶対裁姫 アストライア】が、【幻想魔導書 ネクロノミコン】が気付いた遺伝の正体が、浮き彫りになる。

 

 【諸悪王(キング・オブ・オールイヴィル)】エイル・ピース。

 本名、庭原 椿。

 正義の味方のラスボス(無垢な悪)が、【禁牢監叉】を取り出しながら、ふわりと大地に降り立った。




( ✕✝︎)「母親だった事には驚きだが(本編ではまだ知らないぜ!)」
( ✕✝︎)「もっと重要な事があった気がする」
( °壺°)「気の所為です」
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