其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第七十九話

 ――デルピュネー。

 ギリシャ神話に現れる、半龍半人の怪物。神ゼウスの力の一部を封じ、それを最期まで守り抜こうとした怪物。デンドロにおいては【禁牢監叉 デルピュネー】として、エイル・ピースの手にある。

 

 ――オステオトーム。

 電動鋸、つまりチェーンソーの原型。およそ200年前に誕生した、人類最古の『伐採機械』と言えよう。デンドロにおいては【歯車鎖刃 オステオトーム】として、エイル・ピースの手にある。

 

 ――ミミクリー。

 心理学用語の一つ。模倣、真似っ子。何かがあり、それを模する事。それこそ鏡写しのように。ただ同じである事を演じ続ける。デンドロにおいては【転移模倣 ミミクリー】としてエイル・ピースの手にある。

 

 ――アジ・ダハーカ。

 拝火教の聖典、『アヴェスター』等に登場するとされる怪物。悪神アンラ・マンの眷属であり、神ではない。三つ首の龍蛇とされていて、それぞれが苦悩、苦痛、死を象徴するとされる。また、ザッハーク王はアジ・ダハーカの眷属になってしまったとされる。邪智暴虐の限りを尽くす、『諸悪の根源(ルーツ・オブ・オールイヴィル)』。デンドロにおいては【龍幻飛後 アジ・ダハーカ】というエイル・ピースの〈エンブリオ〉となっている。

 

 ――【諸悪王(キング・オブ・オールイヴィル)】。

 自身が促す事で犯罪を起こさせた(、、、、、)回数が一定に達する事で解放されるらしい超級職。詳細など知る訳が無い。

 エイル・ピースのメインジョブ。

 正義の対極に居るかのような――お誂え向きの、カタルパの宿敵。

 

□■□

 

 カタルパは、既に手の内を明かしている。

 【霧中手甲 ミスティック】の《一寸先は霧(ミスティック)》も。

 【怨嗟連鎖 シュプレヒコール】の《怨嗟の感染(シュプレヒコール)》も。

 【幻想魔導書 ネクロノミコン】の《架空の魔書(ネクロノミコン)》も。

 【片眼魔鏡 ガタノトーア】の《型呑永愛(ガタノトーア)》も。

 【七天抜刀 ギャラルホルン】の《天地均し響け(ラグナロク)終末の笛の音よ(ギャラルホルン)》も。

 《愚者と嘘つき(アストライア)》こそ使ってないが、殆どの手札を開示している。切り札(エース)は公開し尽くした。鬼札(ジョーカー)しか残されていない。

 ……それで勝てる保証は無い。

 そも、【刻印】は殆ど刻まれていない。

 今のこの現状に於いて、勝率は低い。それは皮肉な事に、計算スキル特化型超級職【数神】の出した結果であった。

 やれやれ、と苦笑する。そこで漸く、会話が始まる。

 

「いきなりどうしたんです、気持ち悪い」

「ん?……いや、正義の味方の宿命だよなぁ、と思ってな」

 

 は?と首を捻るのはセムロフ・クコーレフス。【探偵】にして【詐欺師】、TYPE:カリキュレーターの〈エンブリオ〉、【真理解答 マジックミラー】を保有する〈マスター〉である。

 話に着いていけない所か二人はその件に関してマトモな会話をしていない。していない話の内容を察せる程、セムロフは天才的ではない。そんな事は梓にすら出来ないのだから。

 苦笑で上がっていた口角を下げて、カタルパはセムロフに事の顛末を告げた。そして、まだ終わっていない事も。

 

「全ステータスの減少……ステータス奪取、ですか」

「厳密にはステータス封印(、、)だろうけどな」

 

 奪取と封印では雲泥の差だ。そう判断した理由を、セムロフは問わざるを得ない。

 

「簡単だ。ネクロに記されている。枷のようなものを俺に噛ませた、と。それで力を奪ったなら、それの正体はデルピュネー以外に考えられない」

「ギリシャ神話の怪物、でしたね」

「そ。その予想が正しければ、力を奪ったデルピュネーがゼウスの力を得られなかったように、俺の力を奴は使えないだろう、という憶測」

「ですが、確証ではないですよね?」

「その時はその時。それはそれ。対策はある」

 

 対策と言えど、あのインチキスキルである《上皿の如き世界に審議を(アース・トライアル)》しか無い。これもまた、開示してしまったスキルではあるのだが。

 

「……それらを見積もった上で聞きます。…………勝算は?」

「万に一つも無い」

 

 その質問に解答したのは、正義の味方ではなく鎖の少女だった。

 

「もう一度《天地均し響け、終末の笛の音よ》を発動させる訳には行かぬ。あの『裁判』に二度は無い。次は無い。その正義が『幽閉』される訳にも行かぬ」

「アイラ。セムロフはおろか俺にも分からねぇ。分かるように――」

「説明出来たら苦労は無いよ、カーター。ただ言えるのはアレに次は無いという事……それだけさ」

 

 第6形態になったからか、背が少し伸び、装飾も幾分か派手になっている。成長したのだろう。今のアイラは14、5歳の少女といった所だ。

 その少女と正義の味方の二人を視線で行ったり来たりするセムロフは、自分に出来ることは無いかを探そうとする。「何か無いのか」と問えば早急に答えてくれるだろうに、言い出せないのは、羞恥心の為だけではない。

 もっと根本の、最も根本の、かつての、現実での探偵であった自分が重なるという、違和感のせいだ。

 過去の自分が、今の自分を否定している。正義の味方と馴れ馴れしく親しんでいる現在を、受け容れない。

 もどかしい。どうすれば良いのかが、今のセムロフには分からない。いや、過去の自分(松斎)に則るなら、分かりたくない、なのだろうか。

 

「行くしかないだろ、アイラ。俺は――正義の味方だ」

「馬鹿な事を言わないでくれ、カーター。あれは悪だが、私達の手に負えなくなった巨悪だ。アレは英雄が倒すべき悪であって、正義の味方が倒すべき悪じゃない」

 

 一考。瞑目。嘆息。

 三拍使い、カタルパは眼を見開く。

 

「なら、頃合じゃねぇか」

 

 流石にそのセリフには、セムロフとアイラは見合わせた。

 比喩なく、何を言っているんだ、と。

 

「愚者と嘘つき。いいじゃないか。アイラが愚者で(、、、、、、、)俺が嘘つき(、、、、、)で、さ」

 

 今の今迄、アイラは嘘つきであり、カタルパは愚者だった。

 その、『逆』をとると言う。

 然らばカタルパの嘘、とは。

 

「俺は正義の味方。『僕』は英雄。それを嘘にしようじゃないか」

「っ……!」

 

 つまり、それは。

 

「ここからは『僕』の独壇場だ」

 

 それは、最も身近な、終わりの始まりだった。

 

「それは……それは嫌だよ、カーター……カタルパ・ガーデン!」

 

 アイラの嘆きが響く。

 

「《一寸先は霧(ミスティック)》」

 

 しかしその響きは虚空に響き、伸ばした手は空を切った。

 

 ――英雄紛いの正義の味方は、今何処に。




( °壺°)「次回、カタルパ(正義の味方)(英雄)
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