正義の味方の前を、英雄が歩いている。
筋骨隆々の大男、竪琴を携えた優男、最愛の者を見る事が叶わぬ青年に、刀一本のみを引っ提げた男、手に毛糸玉を持った男。
鎧を着込んだ男、背に幾つもの武具を背負う男、紙の束を抱えた痩せぎすの男、槍を手にして投石器を引き摺る男――
噫、夢か。
始まって早々、そう断定しては脱出の糸口を――眼前の英雄の一人を見ながら――模索するのが、暗中模索するのが、カタルパ・ガーデンという男だった。
何せその百鬼夜行とも凱旋とも取れるその行進に、カタルパが参加する理由が無い。ならば己の立ち位置は観客、傍観者。或いは英雄の替え玉、紛い物としての参加。
少なくともカタルパには、紛い物の資格はある。英雄擬きの正義の味方の資格がある。
英雄紛いという愚者の資格。英雄擬きという嘘つきの資格。
愚者と――嘘つき。
勝手なまでに、身勝手な程に、庭原 梓とカタルパ・ガーデンによって、愚者と嘘つきは完成し、完結する。
カタルパがどれ程【絶対裁姫 アストライア】を求めようとも、梓は一人で立てる故に。矢張り二人は相容れない。或いは、それこそが二人の相違点だと言うべきか。
正義の味方と英雄の相違点。
正義の味方は一人であってはならず。英雄は一人であっても構わない。否、寧ろ一人である事を強要される。
正義の味方の席は幾つかある。対して英雄の席は、一つの伝承につき一つだけ。椅子取りゲームのように、一人しか坐す事は出来ない。
さてここで、カタルパの意識は改めて眼前の光景に移る。
昔読んだ伝承通りの英雄達を前に、立ち止まりながら、その差を開かせながら、目で一人一人追いかける。
「ヘラクレス、オルフェウス、彼は……ラーマかな?そして倭建命……」
順々に追っていく。太陽神ルーを目視した辺りで、不意にそれらが見えなくなる。
代わり、鏡が置かれたかのように、自分と瓜二つの男が立った。
元よりカタルパは梓の外見そのままな訳だから、瓜二つでも仕方がないというか、当然ではあるのだが。
『さて、それで。あの悪を『僕』は倒していいんだろう?』
「多分、な」
『煮え切らない返答だな、お前らしくない』
「俺の居場所をお前に明け渡していいのか、未だ正解が分からないからな」
『……違うだろ、カタルパ・ガーデン』
お互いの言葉の応酬は、しかし言うべき言葉も返すべき言葉も――問われた際の返答までも初めから知れている。何せ究極的にはこれは、自問自答なのだから。
『お前は【絶対裁姫】の選択を聞きたいんだ。いや、それも少し違う。彼女の選択を、自分の選択にしたい。それはもう正義の味方の所業じゃない。所行ですらない。お前のそれはただの依存であって、お前の現状は――』
溜めに溜めて、梓はカタルパに言い放つ。
『正義の味方ですらない、傀儡だろ』
痛烈に心の中で反響する――訳では無かった。自問自答。問いも、答えも、最初から知っていた。
この
分かり切っていて――それを改めて、自覚した。
今だってそうだ。心のどこかではどうしたら良いのかを彼女に問おうとしている。
随分と前に自分とは違うと結論付けた、自分の分身に問おうとしている。
正義とは、ならば何なのだろう。
それも広義的なものではない、かと言って
「その解答が『絶対正義』ならば……あの子は『僕』を打倒する」
それに期待しているのは、多分自分が嘘つきだからだ。
いつも、いつまでも自分が、カタルパと梓の境界線を曖昧にして、彼女を置いて行こうとして、一人で大丈夫だと見栄を張っているからだ。
梓は別に二重人格とかではない。つまりカタルパと梓は繋がっていて、結局のところは同じ存在なのだ。どこも、本来は異なっていない。
なのに二人は二項対立が如く向かい合うのだから不思議だ。確かに正義の味方と英雄、ズレはある。だがそれが、対立する程までの溝を作っているのだろうか。お互いが天秤の夫々に乗る程なのだろうか。
そしてまた……同一人物の語る正義だと言うのに、『傾く』ものなのだろうか。
右舷に乗るカタルパ、左舷に乗る梓。鏡ではなく、天秤の軸を境に睨み合う。現実ではない想像世界。そこで初めてカタルパは、梓は。
本当の敵に、立ち向かう。
□■□
取り残された少女と女性、アイラとセムロフは、早急にカタルパを追おう――とはせず、【テレパシーカフス】で方方に連絡をとった。
元よりカタルパは【数神】。本来は戦闘用ではないにせよ、現実離れしたAGIの持ち主だ。早々追い付ける筈もない。ならば必要なのは追い掛ける事ではなく、人手を集めて先回り、あるいは共闘……それも、あの巨悪、必要悪……絶対悪の打倒。
あの英雄が、【諸悪王】を倒しに行くであろう事は想像に難くない。
そもそも、その為に『入れ替わった』のだろうから。この際『入れ変わり』と称しても構わない。
アイラも、セムロフでさえ、あれを梓と捉えている。カタルパとは扱っていない。
あの馬鹿正直で、意外と脆く、誰かの為に動くなんて事が出来ないエゴの塊。正義の味方。
あの青年を、呼び戻しに行こう。
「どうも、ミルキーさん、セムロフです」
その声に、向こうの淑女は驚いた様子だった。見えない相手を思いくっくっと笑い、的確に本題を告げる。
「カタルパ・ガーデンが庭原 梓に
その難題に。
『へぇ?梓が
狂騒の姫君は、快諾した。
『ガルー……あのバカはそんな事になってたガルか。吝かじゃないが……その救出は、俺の仕事じゃない気がするガル』
破壊する者は遠慮した。
『ごめん、いま迷宮内だから』
剛なる闘士は参加不可能を告げた。
『いいよ』
司祭は短く、参加を表明した。
結局いつものメンバーか、と嘆息しながらも、心強いと思っているのも事実。
やれやれと首を振るアイラもしかし、笑っている。
「行きましょう、アイラさん」
「そうだね。わからず屋を叩き起しに行こう」
正義に救われた者達が今、進軍を始めた。
( °壺°)「なんやかんや80話」
( °壺°)「終幕は近い」