其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第八十一話

「なぁ、そろそろ返してくれないか?」

 

 「青年」はそう問う。軽く口にしているものの、目は笑っていない。

 

『それは出来ない相談だな』

 

 『青年』はそう返す。身振り手振りがやけに大袈裟だが、その目は獣の如く、真っ直ぐ「青年」を見据えている。

 視線が交錯する。それも睨み合いという言葉がしっくりくる程に。

 片や正義の味方。デンドロ世界に於ける自分自身。

 片や英雄。現実世界に於ける自分自身。

 どちらも自分。どちらも違う。この世界がどちらかであれば、そこにどちらかの居場所はある。だが、ここはどちらとも取れぬ空想世界。

 今尚肉体――それもまた、ある意味では空想世界のだが――は、デンドロの世界を歩いている。つまりその肉体の所有権は、棲み分けの上ではカタルパにある。

 庭原 梓はその所有権を略奪した身という事だ。剥奪でもなく、略奪。

 果たしてそれは、英雄のする事なのか。

 仮にする事であったとしても、カタルパは『その席』を譲ってほしい、いやさ、返して欲しい。

 その事実に関してはカタルパは善で、梓は悪と言えた。だが大局的に見れば――葉ではなく枝を、枝ではなく幹を、幹ではなく木を、木ではなく森を見れば――結果としては【諸悪王】を倒す者が善なのだ。つまり梓が――善になる。このまま行けば。このままであれば。

 正義の味方はそれを許容しない。

 英雄もそれを譲らない。

 あるいは、何処かで感じ取っているのかもしれない。

 『俺』ではなく、『僕』が倒すべき敵なのではなかろうか、と。

 現実での結末と、同じように。

 

『解っているんだろう?』

「……《強制演算》を使った覚えは無いぜ、英雄」

 

 態とらしくはぐらかす同一人物に、梓は嘆息する。

 はぐらかしているのはお互い様だと、カタルパは毒づく。

 霧の中を悠々と進む身体。睨み合いと他愛ない応酬が響く脳内。

 カタルパは今混沌を極めていた。そういう点で窮まっていた。

 

 それでも、打破せねばならない。

 カタルパが正義の味方であるならば。『彼女』もまた正義の味方。

 『俺達』は互いに言い聞かせたのだ。

 

「――正義の味方は」

『……?』

「正義の味方は、一人であってはならない」

『……そうだな』

「正義の味方は、私利私欲、エゴの塊だ。誰かに求められて産まれるものじゃない。自分の意思で目覚めるものだ」

『……そうだ』

 

 梓は、ただ頷く。先を促すように。

 

「下らない正義なのは承知の上で、嫌いなモノ(世界)を守るっつー矛盾にも似た理論の持ち主だ」

『……知っている』

「でも俺は、【数神】以前に正義の味方だよ」

『――――ほぅ?』

「でもじゃないな。だから、だ。だから俺は正義の味方だ。初めからこの手は……この右手に握っていた銀剣は、悪を許しはしなかった」

 

 思い浮かぶのは本当に最初期のカタルパ。まだシュウと共にいた頃の、ミルキーの正体を知らずに切り捨てアルカを守った、あの頃。

 第1形態。【Cross sword】しか使えなかったあの頃だ。

 《秤は意図せずして釣り合う(アンコンシアス・フラット)》は。悪特攻という出鱈目で、訳が分からなくて――最もシンプルに、カタルパとアイラを示していた。

 

「俺が仮に『僕』だろうと、アイラは必ずエイルの元に辿り着いてしまう。そして戦ってしまう」

『……そうだろうね』

「そんな時隣に立つべきなのは……下半身ぶった斬り娘でもなく、変な意味の植物人間でもない」

 

 一拍。息を吸い込んでから叫ぶ。

 

「てめぇみたいな英雄でもねぇ!」

 

 言ってやった、という雰囲気が漂う。

 だがそれこそが、自問自答にピリオドを付けた。

 

『なら、お前の霧は晴れたな』

 

 途端梓の姿と自らが立っていた天秤が雲散霧消し、現実の視界情報が流れ始める。

 確かに今、霧は晴れた。

 矢張り俺は、英雄にはなれないな、と笑う。

 自分が英雄になってしまったら……正義の味方である彼女の居場所が無くなってしまう。

 何処まで考えても、あの子の為というエゴなのだ。

 それがカタルパ・ガーデンという、正義の味方の正義の味方足り得る部分なのだ。

 

 霧が完全に消え失せ、荒れた土地の上に無理矢理群生したような雑草に目をやる。

 そこは懐かしの場所。【零点回帰 ギャラルホルン】とカタルパの決着の地。

 

 そこに今度は、男が立っていた。

 

 刀を二本引き抜く。片方の手には【怨嗟連鎖】が、もう片方には【七天抜刀】が握られている。

 そこに十字の銀剣の場所は無かった。

 であれば正義の味方は一人きり。

 勝ち目など、無いのだ。

 

□■□

 

 《天地均し響け(ラグナロク)終末の笛の音よ(ギャラルホルン)》を使えていれば万に一つがあったかもしれない。

 だがそれは、正義の味方である鎖の少女に忠告、いやさ勧告されて使用不可となっている。であれば今のカタルパに万に一つもありはしなかったのだ。

 

「……大丈夫か、正義の味方」

「手加減すんな、諸悪の王様」

 

 毒づくカタルパだが、腕に力は入らない。手加減されたと言えど、アイラの居ないカタルパなど、牙と爪のない獣だろう。遇うも弄ぶも好き放題だ。

 

「ミミクリーより弱かった。とは言え、全て【アジ・ダハーカ】に喰わせてきたから明確な強さなど分からないんだが」

 

 止めを刺す気配は無い。どころか昔を懐かしむという余裕すら見せている。

 【龍幻飛後】を使われずに弄ばれたとあっては、矢張りカタルパはエイル・ピースには敵わない。打倒する事は叶わない。

 そう――一人なら。

 

「《脚は無くとも速くはあり(トップスピード・ランニング)》!!」

 

 跳んできたのは、上半身だけの女性。狂騒の姫君。

 初のお披露目とあいなった場所でまた、猛威を振るおうとしていた。

 

「《考える脚(バラバラボトム)》!」

 

 (文字通り)切り捨てられた彼女の下半身も舞う。それこそ人形劇のように。【狂騒姫】の固有スキル、《混沌こそ全を産む(マザー・オブ・カオス)》により、《轢かれた脚は此処に(テケテケ)》使用中であれどそのスキルの効果である『スキル欄からの(、、、、、、、)スキル使用不可』を固有スキル(どうやら《混沌こそ全を産む》はスキル欄にはないらしい)を経由する事で効果の弱体化こそあれ乱用出来る。濫用、の方が正しいか。

 兎角今のミルキーは、【上半怪異 テケテケ】の持ち主に相応しい程の化け物だった。

 

 ――だが、彼女ではない。

 

「《鏡纏いて謎を紐解け(ミラーコート)》」

 

 サポーターに徹している【探偵】にして【詐欺師】の少女。必殺スキル《壁にかかった魔法の鏡(マジックミラー)》を使えば並大抵の事は行えてしまうという破格のスキルを持っている。

 

――だが、彼女でもない。

 

「《虹に繋がれし九極世界(イグドラシル)》」

『SUOHHHHHHHHH!!!』

 

 木で出来た暴龍が、それこそ濁流のように流れ込む。

 《超級エンブリオ》である【平生宝樹 イグドラシル】の力は圧倒的だ。質量も生命力も、何もかもがこの中で最強クラスだろう。その暴龍が今、突如エイルの影から飛び出した【アジ・ダハーカ】と喰らいあっている。

 

 ――だが、彼ではない。

 

 俺が。カタルパ・ガーデンがどうしようもない程に求めているのは。求めてきたのは。

 

「――カーターッ!!」

「っ!……あぁ、行こうっ!」

 

 共に戦いたい人は多々居れど。

 隣に立って戦いたいのは、いつだって――

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