「なぁ、そろそろ返してくれないか?」
「青年」はそう問う。軽く口にしているものの、目は笑っていない。
『それは出来ない相談だな』
『青年』はそう返す。身振り手振りがやけに大袈裟だが、その目は獣の如く、真っ直ぐ「青年」を見据えている。
視線が交錯する。それも睨み合いという言葉がしっくりくる程に。
片や正義の味方。デンドロ世界に於ける自分自身。
片や英雄。現実世界に於ける自分自身。
どちらも自分。どちらも違う。この世界がどちらかであれば、そこにどちらかの居場所はある。だが、ここはどちらとも取れぬ空想世界。
今尚肉体――それもまた、ある意味では空想世界のだが――は、デンドロの世界を歩いている。つまりその肉体の所有権は、棲み分けの上ではカタルパにある。
庭原 梓はその所有権を略奪した身という事だ。剥奪でもなく、略奪。
果たしてそれは、英雄のする事なのか。
仮にする事であったとしても、カタルパは『その席』を譲ってほしい、いやさ、返して欲しい。
その事実に関してはカタルパは善で、梓は悪と言えた。だが大局的に見れば――葉ではなく枝を、枝ではなく幹を、幹ではなく木を、木ではなく森を見れば――結果としては【諸悪王】を倒す者が善なのだ。つまり梓が――善になる。このまま行けば。このままであれば。
正義の味方はそれを許容しない。
英雄もそれを譲らない。
あるいは、何処かで感じ取っているのかもしれない。
『俺』ではなく、『僕』が倒すべき敵なのではなかろうか、と。
現実での結末と、同じように。
『解っているんだろう?』
「……《強制演算》を使った覚えは無いぜ、英雄」
態とらしくはぐらかす同一人物に、梓は嘆息する。
はぐらかしているのはお互い様だと、カタルパは毒づく。
霧の中を悠々と進む身体。睨み合いと他愛ない応酬が響く脳内。
カタルパは今混沌を極めていた。そういう点で窮まっていた。
それでも、打破せねばならない。
カタルパが正義の味方であるならば。『彼女』もまた正義の味方。
『俺達』は互いに言い聞かせたのだ。
「――正義の味方は」
『……?』
「正義の味方は、一人であってはならない」
『……そうだな』
「正義の味方は、私利私欲、エゴの塊だ。誰かに求められて産まれるものじゃない。自分の意思で目覚めるものだ」
『……そうだ』
梓は、ただ頷く。先を促すように。
「下らない正義なのは承知の上で、嫌いな
『……知っている』
「でも俺は、【数神】以前に正義の味方だよ」
『――――ほぅ?』
「でもじゃないな。だから、だ。だから俺は正義の味方だ。初めからこの手は……この右手に握っていた銀剣は、悪を許しはしなかった」
思い浮かぶのは本当に最初期のカタルパ。まだシュウと共にいた頃の、ミルキーの正体を知らずに切り捨てアルカを守った、あの頃。
第1形態。【Cross sword】しか使えなかったあの頃だ。
《
「俺が仮に『僕』だろうと、アイラは必ずエイルの元に辿り着いてしまう。そして戦ってしまう」
『……そうだろうね』
「そんな時隣に立つべきなのは……下半身ぶった斬り娘でもなく、変な意味の植物人間でもない」
一拍。息を吸い込んでから叫ぶ。
「てめぇみたいな英雄でもねぇ!」
言ってやった、という雰囲気が漂う。
だがそれこそが、自問自答にピリオドを付けた。
『なら、お前の霧は晴れたな』
途端梓の姿と自らが立っていた天秤が雲散霧消し、現実の視界情報が流れ始める。
確かに今、霧は晴れた。
矢張り俺は、英雄にはなれないな、と笑う。
自分が英雄になってしまったら……正義の味方である彼女の居場所が無くなってしまう。
何処まで考えても、あの子の為というエゴなのだ。
それがカタルパ・ガーデンという、正義の味方の正義の味方足り得る部分なのだ。
霧が完全に消え失せ、荒れた土地の上に無理矢理群生したような雑草に目をやる。
そこは懐かしの場所。【零点回帰 ギャラルホルン】とカタルパの決着の地。
そこに今度は、男が立っていた。
刀を二本引き抜く。片方の手には【怨嗟連鎖】が、もう片方には【七天抜刀】が握られている。
そこに十字の銀剣の場所は無かった。
であれば正義の味方は一人きり。
勝ち目など、無いのだ。
□■□
《
だがそれは、正義の味方である鎖の少女に忠告、いやさ勧告されて使用不可となっている。であれば今のカタルパに万に一つもありはしなかったのだ。
「……大丈夫か、正義の味方」
「手加減すんな、諸悪の王様」
毒づくカタルパだが、腕に力は入らない。手加減されたと言えど、アイラの居ないカタルパなど、牙と爪のない獣だろう。遇うも弄ぶも好き放題だ。
「ミミクリーより弱かった。とは言え、全て【アジ・ダハーカ】に喰わせてきたから明確な強さなど分からないんだが」
止めを刺す気配は無い。どころか昔を懐かしむという余裕すら見せている。
【龍幻飛後】を使われずに弄ばれたとあっては、矢張りカタルパはエイル・ピースには敵わない。打倒する事は叶わない。
そう――一人なら。
「《
跳んできたのは、上半身だけの女性。狂騒の姫君。
初のお披露目とあいなった場所でまた、猛威を振るおうとしていた。
「《
(文字通り)切り捨てられた彼女の下半身も舞う。それこそ人形劇のように。【狂騒姫】の固有スキル、《
兎角今のミルキーは、【上半怪異 テケテケ】の持ち主に相応しい程の化け物だった。
――だが、彼女ではない。
「《
サポーターに徹している【探偵】にして【詐欺師】の少女。必殺スキル《
――だが、彼女でもない。
「《
『SUOHHHHHHHHH!!!』
木で出来た暴龍が、それこそ濁流のように流れ込む。
《超級エンブリオ》である【平生宝樹 イグドラシル】の力は圧倒的だ。質量も生命力も、何もかもがこの中で最強クラスだろう。その暴龍が今、突如エイルの影から飛び出した【アジ・ダハーカ】と喰らいあっている。
――だが、彼ではない。
俺が。カタルパ・ガーデンがどうしようもない程に求めているのは。求めてきたのは。
「――カーターッ!!」
「っ!……あぁ、行こうっ!」
共に戦いたい人は多々居れど。
隣に立って戦いたいのは、いつだって――