其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第八十二話

「吹き飛べぇっ!!」

『《学習魔法・流転之風(ウィンドスピア)》』

 

 幻想の魔書が魔法を発動する。豪風が巻き起こり、一歩だけ巨悪を引き下がらせる。【デルピュネー】に奪われたステータスはそのままだと言うのに、補助があるとこうも正義の味方は強くなれる。一人で無ければ、正義の味方は強くなれる。

 木でできた暴龍は咆哮を上げて三つ首の龍に襲い掛かる。衝突しただけで衝撃波が起こり、辺りを破壊する。

 上半身と下半身に別れた狂騒の姫君が、刃物のついた靴で踊りながら、腕の膂力だけで上半を駆動させて舞う。

 諸悪の王が攻勢に出ようとした途端、正義の味方を中心に光が振り、一瞬にして別の場所に移動させた。《鏡纏いて謎を紐解け(ミラーコート)》の効果だろう。

 

「やれやれ……一対四……いや、そこの【狂騒姫】が別れているのを鑑みれば一対五、かな?」

 

 【諸悪王】の捌きは完璧だ。上半身と下半身が別れて奇妙な動きをする相手など戦った事が無いだろうに、難なく攻撃をいなしている。

 それは、カタルパ達が所有するモノと同種。

 

 全てを解決に導く『智力』ではなく。

 全てを力で決める『武力』でもなく。

 全てを恐れず進む『勇気』でもなく。

 全てを逆から読む『疑心』でもない。

 

 全てを嘲り憐れむ『愚弄』だろう。

 言動を無為に還すような、無意味にしてしまうような。

 努力を、才能を、嘲笑っているような。

 指の一本一本の滑らかな動きが、刀に触れ、軌道を逸らす。

 ミルキーとカタルパ、二人の猛攻を以てしても、その刃は諸悪の王には届いていない。

 絶対的な程の実力差。極限まで鍛えられた武は、時に未来予知にも似た心眼を発揮する。

 だと言うのに同じ程の武を有するミルキーですら攻撃が通らない。

 何かしらの特典武器の効果かもしれない、とカタルパが推察すると同時、戦況が大きく動いた。

 

「遊びに来たなら、帰れ。正義の味方。

三種の辛苦(アジ・ダハーカ)》」

 

 ――刹那。彼等4人は閉じ込められた。

 それこそ《揺らめく蒼天の旗(アズール・フラッグ)》で魅せた黒白の世界のような、黒一色で染め上げられたような世界に。ただ、それとの違いを挙げるのならば。

 そこには、黒以外の何も無かった事か。

 否、黒以外にあるモノは。溢れて止まないモノは。

 

 かつて、【怨嗟共鳴】との戦いで、あの心傷(トラウマ)を植え付けた戦いで聞き飽きた、悲鳴の合唱だった。

 

 苦痛。苦悩。そして死。

 知性体が本能的に忌避する3種類の辛苦。それが、その黒には敷き詰められていた。

 重箱の隅をつつくまでもない。何処までも、何処からでも、その怨嗟は溢れていた。

 

 気付けば4人は元の場所、つまりエイル・ピースの前に立っていた。

 瞬きの内の、幻覚ともとれる先程の光景。

 しかし震える手足が、カチカチと歯を鳴らす顎が、頬を伝う冷や汗が、何より極寒の地に立たされたような寒気が、あの光景を見た事を否定させてくれない。

 『折れた』のはセムロフだった。全てを疑う彼女でも、全てを否定する事は出来ない。手の震えが、恐怖を顕著に表し、手鏡を取り零す。

 カタルパは半ば痩せ我慢だ。(アイラ)にもうカッコ悪い所は見せられない、と見栄を張っている。

 ミルキーは膝をついている(無論、別れたままだ)。腕は震えながらもその上半身を支え、力強く手鎌を握っている。

 アルカは特に何も無い。恐怖を感じず前に進む勇気の持ち主は、あの光景を見ても『そういうものもあるのか』と流している。

 彼等が苦痛と苦悩と死を体験した訳ではない。いわば『経験を見た』だけ。震えてしまうのは、それが自分の身に起きたら、と被害妄想をしてしまうから。

 

「《三種の辛苦》は攻撃スキルではない。これ程大きな図体をしている【龍幻飛後 アジ・ダハーカ】ではあるが、その『中身』は迷宮だ」

 

 迷宮……ラビリンス。TYPE:ラビリンスの〈エンブリオ〉は己が内に対象を閉じ込める事を得意とする。

 

「迷宮だと言うのに、それに閉じ込められる対象の最大数は少なく、また閉じ込める時間はあまりにも短い」

 

 エイルは淡々と説明する。分身が『そういうモノ』であるならば、エイル本人もまた、あのような内面を秘めていると言うのにそれを表出させずに。

 

「そして苦痛や苦悩、死を見せたからと言って対象が死ぬ訳じゃない。それらは見ただけ。映画館でどうでもいいようなムービーを見たかのように。だが、見聞きしたものを自分に当て嵌めようとするのは、此方としては良い事なのだ。被害妄想大いに結構。このスキルの効果は『対象に死の概念を付与する』……何か何処かで聞いたような効果しかなくてな。端的に言えば不死を殺せるようになる……といったところか。或いは死という終着点を持たない者に終着点を与える、かな」

 

 自虐のように微笑むエイル。しかしカタルパにそれをまじまじと見る余裕は無い。今尚恐怖と格闘している最中だ。

 

「結果、知性体相手だと……知性のある〈UBM〉相手だとワンサイドになってしまってな。【オステオトーム】と【ミミクリー】は違う……つまり【デルピュネー】しか居ないのだが、それを相手にするのはとても楽だった」

 

 化け物が、化け物たる所以。強大な力か、行き過ぎた思想か。そのどちらか。

 

「私としてはまだ足りない。諸悪の王としては及第点だがな。何せ私は見せただけ。その後で苦しもうが死のうが其方の勝手だからな。『王は自らの手を汚さない』」

 

 強大な力と行き過ぎた思想。どちらも持つ【諸悪王(エイル)】は、果たしてどのような化け物と呼び称されるのか。

 

 王と神。それらは神話世界に於いて、度々対極として描かれる。

 神は人を閉じ込める。王は人を解放し導く。

 メソポタミア神話に於いても王ギルガメシュが王として神の手から人々を掬いあげ(、、、、)、導いた。

 正義の味方にとっての最大の敵が諸悪の王だと言うならば。

 数の神にとっての最大の敵もまた、諸悪の王であったのだ。

 正義の味方、カタルパ・ガーデン。数の神、カタルパ・ガーデン。

 二つが一つに折り重なり、ただのカタルパ・ガーデンは一つの意思を全身に行き渡らせる。

 武力は無い。勇気も無い。疑心さえ無い。愚弄も出来ない。

 立ち上がる為に必要なのは、智力でも無かった。

 強いて名付けるならば、これは。

 

「愛、かな?」

『痛々しいぞ、カーター』

『だがまぁ、エゴの塊、正義の味方には性に合っているのでは?』

 

 幻想の魔書と鎖の少女が笑う。だが否定はしなかった。

 勇気の無いままアルカと並ぶ。

 

「僕はあの三頭龍を止める。だからアズールは――」

「分かってる。初めからその心算だったしな」

 

 合図も無く二人は駆ける。

 一人は暴龍へ。一人は巨悪へ。

 

「大丈夫、セムロっちゃん」

「それ、私の事ですか……?」

 

 上半身のみで近付き、セムロフを片手で持ち上げるミルキー。

 漸く落ち着いたのだろう。死の概念の付与と言われてもハッキリしないのが現状だ。それに、死ぬのは怖くても、もっと怖いものを知っているから――だからまだ立てる。

 

「サポート出来そう?」

「元より《鏡纏いて謎を紐解け》は解除してませんけどね……えぇ、まだ行けます。あんな悪に、正義の味方は負けてはくれませんから」

 

 何処か、馬鹿にするようで。何処か、認めているような。そんな言葉。

 それにミルキーは静かに笑い、「任せたよん」と言い残し《考える脚(バラバラボトム)》により動く下半身と共に戦場を駆ける。

 

「ほんっと、自分勝手ですよ……一人じゃ正義の味方じゃないから協力してくれって……もうアルカさんとかミルキーさんとか居るのにですよ?馬鹿じゃないんですか?」

 

 愚痴る。ただひたすらに愚痴る。だがそれで、先刻の恐怖は何処かに行ってしまった。

 

「馬鹿みたい……でも、そらに手を貸す私も馬鹿だ。馬鹿でいいよ。大いに結構、ってやつです。だから……死んだら許しませんからね、カタルパ・ガーデン!《鏡纏いて謎を紐解け》解除!

鏡に映せぬ七つの呪い(セブンス・マッドナイト)》!」

 

 新たなスキルを使いながら叫ぶ。行け、進め、止まるな、と。それは罵倒や叱責のようで、立派な声援だった。

 

『……声援で、正義の味方は強くなる』

「応とも。ったく、子供の頃に見たヒーローショーみたいじゃねぇか」

 

 片手に銀剣。銘を【絶対裁姫 アストライア】。

 片手に倭刀。銘を【怨嗟連鎖 シュプレヒコール】。

 宙に魔導書。表題を【幻想魔導書 ネクロノミコン】。

 腰に水晶剣。銘を【七天抜刀 ギャラルホルン】。

 燕尾服はボロボロで、そんな身なりで仕える人間は先ず居ないだろう。

 手甲と単眼鏡も携えて、正義の味方が吼える。

 だがもう、その手にあるのは銀剣に非ず。倭刀に非ず。

 ――御旗だ。

 

「蒼く、仰げば尊く。我等が魅せるは正義の為に!」

『枷にて奪ったその力、高く付くぞ(、、、、、)!』

「万倍返しだ。情状酌量の余地もねぇ!耐えてくれるなよ諸悪の王!」

 

 旗――第3形態【Cross frag】で発動出来るスキルは一つだけ……その筈だ。

 ならば白い極光ではなく蒼く淡い光を放つアレは何なのだろうか……!!

 淡い光が集約する。揺らめく旗が、燐光に包まれる。蒼く、ただ蒼く。紋章学のアズールを示す黒白を蒼く染める。

 分かり切っていた事だが、あれは《揺らめく蒼天の旗(アズール・フラッグ)》では無い。そう、それは――

 

 正義の味方の放つ、正義の味方にとってなくてはならない、必殺技だ。

 

「『《仰げば尊き正義の断片(ライト・フラッグメント)》!!!』」

 

 エイル・ピース。彼は後に語られる。

 世界でただ一人。正義の味方の放つ極光に、二度も呑まれた者として。




《鏡纏いて謎を紐解け》
 ミラーコート
 自身を除く味方パーティー全員のステータスを固定倍率で上昇させる【真理解答 マジックミラー】のスキル。

《鏡に映せぬ七つの呪い》
 セブンス・マッドナイト
 対象一人(一体)のステータスを固定倍率で低下させる【真理解答 マジックミラー】のスキル。

《考える脚》
 バラバラボトム
 《轢かれた脚は此処に(テケテケ)》使用後のみ発動できる(つまりそれは【テケテケ】的には矛盾を孕む訳だが)【上半怪異 テケテケ】のスキル。
 切断された下半身が『繋がっているかのように』動く。
 神経等が遠隔で繋がるらしく、下半身と上半身が別れていながらも自分自身で動かす為に見た目以上に操作は難しい。最低限日常生活で鍛えられるものではないだろう。

《仰げば尊き正義の断片》
 ライト・フラッグメント
 第3形態【Cross flag】にて放つ、追加された(?)第2のスキル。
 fragmentとflagがかかっている事は一目瞭然である。

( ✕✝︎)「セムロフの説明雑くね?」
( °壺°)「気の所為」
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