其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第八十七話

 結局、《三種の辛苦(アジ・ダハーカ)》とは何だったのか、分からずじまいだった。

 結論だけを言えば、結論だけを急くならば。多分そんなものなのだろう。或いは何故、エイル・ピース(庭原 椿)は【諸悪王(キング・オブ・オールイヴィル)】になったのか、それもまた分からずじまいだったが……それについては、カタルパは知ろうとも思わなかった。

 

 そんな分からない事だらけの戦いだったが、《其は玉座を手放し巨悪を敷く(コンシアス・イヴィル)》の効果は、よく理解出来た。

 

 身をもって。理解出来た。

 

□■□

 

 ()()()()達は、いつもの草原で目を覚ました。

 ――腕がある。脚もある。

 スキル名を叫ばれた時こそ死を覚悟したものだが……何も起こらなかった訳でもあるまいに……五体満足で帰る事が出来るとは思わなかった。

 手を握って開くを繰り返し、まさか幻想だったのか、とすら思える体験を思い返す。

 《其は玉座を手放し巨悪を敷く》……読み方的には『意識的な(Conscious)(Evil)』か。

 あれの能力は、今この瞬間を見ればどうという事は無い。

 

 ――正義の為に、悪はなくてはならないのだから。

 ――如何なる正義であろうとも、対する悪は必要悪に統一される。

 

 つまり悪は壊滅しても、全滅、殲滅してはならない。

 正義の為に必要とされるから――である。

 

 ならば悪は、玉座を手放してでも、巨悪の為に生き残る。

 

「それこそ敵方(正義)を全快させてでも、生き残るんだろうな」

 

 時間が飛んでいる。意識を失っていたのだろうが、最後に時刻表示を見た、《其は玉座を手放し巨悪を敷く》が発動したその瞬間から、丁度10分で目を覚ますのは、少し出来すぎている。

 カタルパがその五体を確認しきると同時、複数の聞き慣れた足音が近づく。

 

「逃げられちゃったっぽいけど、どうする?追う?」

「僕はどっちでもいいよー」

「罠が仕掛けられていない、とも限りませんよね……」

 

 いつも通りの仲間の反応に、思わず破顔する。

 逃げられこそしたが、正義は勝ったのだ。その事実だけは、変わらない。

 

「そう考えれば、《三種の辛苦》の能力も分かるかもなぁ」

「ふぅん?必殺スキルが?そんな簡単に分かるものなの?」

「あぁ。何せあれの本質は『無垢な悪(イノセント・イヴィル)』だ。ホント、お誂え向きと言うか……態とらしいと言うか。運命のイタズラ、なんて言葉があるが、必然というのは大抵、そういうものなのかもしれねぇな」

 

 唯一無二ならば、絶対ならば。それを必然と言う筈だ。

 にも関わらずそれこそを「運命のイタズラ」と呼称する。

 自分の最早アイデンティティとさえ呼べるそれを、「イタズラ」だと言い切ったのだ。

 それに思うところはあるものの口にせず、ミルキーはそのまま先を促す。

 

「死の概念を付与する、なんてのは表向きさ……ただアイツは、俺達を悪人にしたかっただけなんだ」

「……どういう事?」

「簡単な事さ。脅迫だよ」

「嘘八百だった、という事かい?」

 

 興味が湧いたのか、アルカも会話に参加する。

 

「いや、違うだろうよ。それは本当だろうし、それを己に付与した訳だからあれはあれで決死の行動とも言える。だがな?この世界はどうかは知らねぇけど、少なくとも俺達の世界では、明確な死は設定されていない」

「「「…………?」」」

 

 三者三様に首を傾げる。

 

「つまりな?脳死だろうが心肺停止だろうが、明確な死の線引きなんて俺達の世界には存在しないのさ。だからこそ俺達の認識に於いて、死というものは曖昧だ」

 

 だけどな?と、カタルパは合いの手すら挟まずに続ける。

 

「この世界では【死兵】を除けば大体、明確な死が存在する」

「デス、ペナルティ……ですね」

「そう。あいつの本当の能力はやっぱ分かんねぇけども。アイツは『在るものを在る』と言っただけなんだ。曖昧な価値観を持つ俺達に、明確な共通観念を与えた。嘘八百ではないさ。元からあったものを、さもそれによって発生したかのように言っていただけ。……あぁ、その点では嘘になるのかもな」

 

 つまり、死の概念を付与する、などと言うのは本来の能力を隠すカモフラージュだった、と言う。

 

「思えば初対面でも【ミミクリー】を〈エンブリオ〉と言っていたしな。とことん正直に言わない奴だ。だからこそ結末が見える」

 

 その結末、というものは恐らく《三種の辛苦》についてだろう。

 三人は固唾を飲んでその次を待った。

 

「アイツの、【龍幻飛後 アジ・ダハーカ】の必殺スキルの能力は――

 

□■□

 

 長々と通ろうとしてこなかった道を、梓は通っている。

 だが【ギャラルホルン】の一件の際に一度通った道だからか、なんとなく軽い気持ちだ。

 誰も随伴を許さなかったのは、アレに会わせたくないないからでしかなかった。人生の汚点をひけらかそうとは、梓はしなかったのだ。

 産まれた瞬間に付いた、汚点を。

 扉に手をかけ、無造作に開く。

 

「よぉ」

 

 思えばここで初めて、梓は会話をしたのかもしれない。

 親子喧嘩の果てに。諸悪の王と正義の味方の決着が着いた果てに。

 

 漸く梓は、庭原 椿の眼前に、立てたのだ。

 

「いらっしゃい、梓」

 

 浮かべた笑顔は、諸悪の王のそれとは違い、裏が無いように思われた。

 

□■□

 

「お茶、いる?」

「あぁ、頂くよ」

 

 少しよそよそしいのは、未だ梓が距離を測りかねているからだ。

 家族として、親子としての二人の関係はとうの昔に破綻していた。

 今更その綻びを取り繕おうとするのは、梓の傲慢であり、勝者の特権でもあっただろう。

 

「強かったわね」

「あんたに言われるのは心外だ」

 

 少しづつの、ポツリポツリとした、俄雨のような会話。だが、嘗ての訪問とは違い、確かに言葉によるキャッチボールをしていた。

 

「そう言えば、あの子と結婚、したのよね」

「アイラと?あぁ。そうだよ」

「そう。現実ではどうするの?」

「――は?」

 

 馴れ初めとかを聞かれるのだろう、と話の種(手札)を整えていた梓は、不意打ちを食らった。

 まさかアイラのいない世界での話を振られるとは、微塵も思っていなかったのだ。

 

「えっと……それはどういう?」

「ほら、天羽ちゃんとかいるじゃない?」

 

 ――天羽 叶多は庭原 椿に出会った事は無い。

 

「あ、最近知り合ったっていう桐谷ちゃんでもいいのよ?」

 

 ――狩谷 松斎こと桐谷 晶子もまた、庭原 椿とは出会っていない。況してや今は表向きどころか役所にて本名をそれにしているらしく、庭原 椿が「桐谷 晶子」の名を知る術は無い、筈だ。

 

「カデナ君はやめてね」

 

 そりゃそうだ、と梓は頷く。同性婚は受け入れられつつあるが、風当たりは良いかと言うと首を捻らざるを得ない。

 そうでなくても、梓はカデナのあの盲信っぷりには割と困っている方だ。常に隣に居られると、多分此方が先にイカれる。

 

「…………で、どっから何処まで調べたんだ?」

 

 元、ではあれ奴隷商。人間(商品)の事を隅々まで調べるのは当然の事だ。だがカデナ・パルメールは元奴隷故に情報保持は仕方ないとしても、他の2人は違う。

 一般人である天羽の事は勿論、別の――とは言え真似事であったのだが――場所の奴隷であった狩谷の、況してや本名まで探っているとなると「少し」調べただけでは出るまい。

 

「そりゃ、ね。今でこそ公然と手を後ろに回さずに闊歩出来る訳だけど、私達の過去は、世界の裏と繋がるものだもの。今で尚、その繋がりは完全には絶たれていないわ」

「おい、それはどういう……」

「闊歩出来る、って言ったじゃない。槐さんも居ないのに二の舞はしないわよ。やる気も無いし」

「……そうか。悪い、話の腰を折った」

 

 悪人であれ、元悪人。改心……とは言えないかもしれないがやらないとも言っている。ならば梓の態度は温厚であるべきだ。

 

「あの時の恩は残っている。そんな事を言う人がまだ多くてね。『少し』の情報収集なら機密ですら集めてみせるのよ」

「……成程な」

 

 裏世界だからこそ、裏世界なりのルールがあり、裏世界なりの恩義があり、情がある。

 であるならばきっと、そこまで慕われていた『ニワハラグループ』は、それこそ裏世界の太陽のような存在だったのだろう。

 ――だからこそ英雄に打ち倒された、とも言えるが。

 

「で、その人達の活躍により天羽と狩屋の情報を得たと……よくあいつ(狩谷)の隠蔽を避けて通れたもんだ」

「……そうねー」

 

 椿の声は半ば棒読みだ。それこそ調べるまでもない、とでも言うかのように。どうあれその真相は梓には分からない。智力の化け物であっても、この世界では《強制演算》すら持たないただの人間なのだから。

 

「……まぁ、悪用しない限りは構わないか」

「……梓も変わったわね」

 

 その言葉は、慈愛に満ちていた。もっと前に聴けていれば、それこそかの組織を崩壊させたあの日よりも前に聴けていれば、今すぐにでも英雄としての義務を放棄していたかもしれない、そんな慈愛に。満ち満ちて、満ち足りていた。そこに他意は無かった。

 梓は思わず、目を伏せた。

 

「あぁ……変わったよ。僕はもう、正義の味方だから、な」

 

 英雄は辞めたんだ、とは言わなかった。だが僕と言いながら、その意思は正義の味方(カタルパ・ガーデン)のそれだった。

 『俺』ではなかったが、カタルパ・ガーデンの意思がそこにあった。

 

「うん、やっぱ変わったわね、梓」

「母さんに言われるのは心外だな」

「……ちょっと梓、もう1回言って?」

「……嫌だよ」

 

 テーブルを挟んで相対する二人は、その瞬間初めて、向かい逢えた。

 あの世界を通して、分かり合えたからだろう。

 外では近年稀に見る大雨が降っていた。




( °壺°)「多分、そろそろ……最終回」
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