「それで、私……【諸悪王】についてはどれ程分かったの?」
戦いの後の、僅かな静寂。
全てを理解した上で、梓はその席に座っていた。
その問いに対する回答も。或いはこれから行われる会話の仔細まで。
だがそれは「知っている」だけ。知識として存在するだけで経験として存在している訳ではない。
どれ程スポーツのルールを知っていても、トップアスリートであるという訳ではないのと同じだ。
だから梓は答え合わせに来たと言える。ただの推測、知識の上に成り立つ机上の空論を棚から下ろすように現実のものとする為に。
「先ず、【龍幻飛後 アジ・ダハーカ】の特性は『精神愚弄』――いや、精神に留まらず、『万物愚弄』或いは『万物
梓は指を立てる。ピンと立った人差し指は、梓でも椿でもなく宙を指していた。それこそ、今ここに居ないあの三頭の化け物でも指しているかのようだ。
「嘲弄なのかもしれないがな。兎角奴の能力は『現実に幻想という一頁を挟み込む』能力。栞のように、明確な悪ではなく、あくまで悪の火種を撒く。幻想をあたかも現実のように魅せられた者は、その区別が付かなくなる。どのような現実であったとしても、挟み込んだ幻想により対象を『閉じ込める』。いやはや、正にラビリンスだ」
椿は瞑目したまま、それで?と聞き返す事もせずに先を促していた。
「そしてそこにミソがある。幻想を挟み込み現実を操作する。そこに、な。タネとしちゃ単純なんだよ。何せ挟み込む回数が多くなれば多くなる程に、過半数を超えたその瞬間に、
理念としちゃサブリミナル効果ってのは近いよな、と梓は続けた。事実は異なるが。
数瞬挟み込む事で現実に影響を及ぼさせるのがサブリミナル効果の大元に対し、今回のアジ・ダハーカのそれは道を異にする。
挟み込みまくる事によって現実に強制的に影響を及ぼすのだ。いや寧ろ挟み込みまくる事によって、現実そのものを『挟み込む側』にしてしまい、幻想を『挟み込まれた側』にしてのける。
現実と幻想の逆転。それ故の『万物愚弄』。
現実にある全てへの挑発。その全てを幻想に叩き落とすという嘲弄。
現実を、幻想の中に落とし込み、幻想という檻で囲む。それ故のラビリンス。その上に――幻想となってしまった現実の上に胡座をかく者こそが王。それ故のギア。
TYPE:ラビリンス・ギアの由来はそんな所だろう。
本に挟み込む栞のようではあるが、一頁毎に挟み込んでいれば本の厚さを2倍程にする。現実でそのような事をすれば現実の情報量は膨れ上がる。だが挟み込む回数に上限は無い。一冊の本を限られた現実と例えるなら、アジ・ダハーカの幻想は再現なく挟み込む幾枚もの栞なのだ。
圧倒的な情報の奔流。やがてそれは人間の処理能力を越えて氾濫を起こす。恐らくそれが、【諸悪王】の求めた『悪』なのだろう。
「なるほどなるほど。そうして辿り着くのねぇ……なるほど。ご明察」
計3回もの『なるほど』を経て、椿は改めて、本来の質問に手をかけた。
「で、どうしてここに来たのかしら?」
――母親らしからぬ、質問に。
□■□
謙遜も誇張も無く、梓と椿、それに
初代ライダーが如く、悪の中で産声をあげた正義は、その悪の中では生きられない。
況してやその悪の、諸悪の根源が自らの親と来れば、それに対する嫌悪は、どれ程のものかは、常人に計り知れるものではない。
人との接し方も、話し方も、愛し方も、何もかもを悪の中で学んでしまった正義は、あまりにも歪で、あまりにも正直だった。
悪という暗闇の中で、正義は芽吹き、花を開かせてしまったのだ。
そしてそれは、何かに選ばれたかのようにその暗闇を晴らし、英雄に上り詰めた。
世界の裏に蜘蛛の巣を張った悪魔――魔王を、打倒してしまった。
その功績は、剥がれない。こびり付いて落とせない。呪詛のような福音。打倒した事で背負い、祝われる事で重みを増した、烙印。
カタルパ・ガーデン誕生の背景でもあるその烙印は、英雄を変質させていた。
モノクロームの世界で、光を見出したのも、そんな時だった。
それから嘗て助けた、勇気溢れる友人に再会し、血気盛んな武力行使大好きな親友を得た。果てには彼等はその烙印の重荷を少しだけ背負ってくれるようになった、大切な仲間になった。
つい最近ではその烙印に疑心を向け、恨み節を吐きながら英雄を「ただの人間」に落とし込む為に烙印を引き剥がそうとする後輩に出会った。
勿論その他にも出会いや別れがあり、その中には梓ではなくカタルパが遭遇したものもある。
梓は、少しづつであったかもしれないが、変わったのだ。
それこそ劇的に。ビフォーアフターで見比べるまでもなく、梓は変わったのだ。
ゲームの中だろうと
その梓から『カタルパ』を創り出したのは、その4人であり、そして現実には居なかった『共に歩む者』の存在だった。それが、英雄ではなく正義の味方にならせてくれた。
【絶対裁姫 アストライア】が、【幻想魔導書 ネクロノミコン】が、【七天抜刀 ギャラルホルン】が、引き留めていた。烙印に潰されないように。潰れてしまった存在を、梓という結末を、理解していたから。カタルパがそれを知っていても、そこに踏み入れて重荷を背負ってしまう人間だと知っていたから。
だから引き留めてくれた。そこに4人が肩を貸したのも功を奏したのだろう。カタルパ・ガーデンは庭原 梓とは違う道を辿り、正義の味方に成り果てた。
庭原 梓とカタルパ・ガーデンが違うから、庭原 梓は変われたのだ。
だからこそ、椿の問い掛けたその「本来の質問」に、梓は平然と答える事が出来た。
「そりゃ僕が英雄だからだよ」
何を言っているんだ、と椿は思った。いや、その反応は正しいのだろう。何せ彼の言う「英雄」は、目の前の「諸悪の根源」を許してはならないのだから。
以前の来訪を忘れた訳ではあるまい。あれこそが英雄と諸悪の根源の正しい対応の仕方だったと言うのに。
答えは単純なのだろう。梓の人間性が変わったように、「英雄」に対する見方が変わったのだ。
英雄が打倒出来るのは、眼前の諸悪の根源ではなく、魔王だけなのだと。理解したのだ。
「だから、僕はアンタが魔王にならない限りは、静観の構えを取る。それでも『俺』は潰しに行くかもしれんがな」
ニヤリと笑うその顔には、『一人でないからこその余裕』が見えた。それは英雄では持ち得ないもの。梓ではなくカタルパが得たもの。
「あら、そう。変わったのね、梓は」
「あぁ。変わってしまったさ。僕が『俺』じゃなくて良かったし、『俺』が僕じゃなくて良かった。本当にそう思えるよ、今ならね」
仮に梓としてデンドロの世界を謳歌しようとしたのなら、アイラはあぁならなかっただろうから。
「そう。じゃあ私はこの世界ではあまりに小さな諸悪の根源として存在していていい訳だ」
「あぁ。魔王にならねぇ限りは、黙認してやる。小さいものまで踏み潰していては、タップダンスを踊っても手が足りない」
「それだと足が足りない気がするけどね。まぁ、それが梓の解答なら、それでいいのかな。そう言えば墓参りってちゃんと行ってる?」
「勿論。あれは僕が英雄になる為に切り捨ててしまった犠牲だ。それは僕の罪だ。僕が忘れていい訳がない」
嘗て梓達が向かった墓参り。あの墓石には何も書かれて居なかったが、正しくは『何も書けなかった』のだ。人としての権限も、名も、何もかもが彼等には残されていなかった。そんな状態でこの世から離れてしまったのだから。梓は関係ない筈だが、それを無視出来る性格ではなかった。
それを罪と呼称するのは、救えた筈だと、今も梓が思っているから。事実
それを取り零したのは、罪になってしまうのだろう。梓はそう独白する。英雄誕生の裏にある、尊い犠牲。英雄でありたかった訳ではないが、そう祭り上げられるのであれば、その名に恥じない何かでありたかった。
だからこそ、その雪げない汚点は、今でも心残りなのだろう。
「そう、罪とかそういうのは理解出来ないけど、それが貴方の選んだ道なのね」
「あぁ。枝分かれし過ぎて勝手に崩れ落ちて、その上でまた造り上げた道だよ」
自虐のようではあったが、誇ってもいた。今の梓は取り零したものだけではなく、それでも拾い上げる事が出来たものも見ている。
その全てを見ている。取り零したものばかりを見て下を向くでもなく、掬い上げたものばかりを見て上を向くでもなく、それらを抱えて、前を向いている。
梓は、変わったのだ。
その変化の根源が、あの鎖の少女なのだと思うと微笑ましいが。
答え合わせと蛇足も程々に、梓は椿の家を後にした。親子の日常足り得る一コマは、十数年ぶりの「会話」のオチである。
【
仮にあったとしても、そこて巻き起こるのは殺し合い以外の何物でもない。
だから今は、それでいい。
それだけで、庭原 梓もカタルパ・ガーデンも、笑って生きる事が出来る。
梓は足早に、かの少女の元へと駆けた。
終わってしまった英雄譚とは裏腹に、正義の味方の物語は、まだ終わってはいないのだから。
( °壺°)<多分……そろそろ……終わるんじゃないかな、と……
( ✕✝︎)<見切り発車すぎるんだよなぁ