其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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( °壺°)<新しいキャラクターとかの話の為に
( °壺°)<ここで分けるかなぁ、と思ってしまって
( °壺°)<結局2話分が合体しました。長いね


第九十一話

 正義の御旗は、折れ曲がりすらしなかった。事ここに至って少女の手にあるものが弩弓である事を示す意味も無いが。

 カタルパ・ガーデンと【絶対裁姫 アストライア】の二者は、HPが減っていてこそすれ、三種の状態異常を全て跳ね除けていた。

 それを、木の繭の中から現れたミルキーとアルカが安堵を浮かばせて見ている。

 

「……え、なん、で……?」

 

 現象を前に、原因を理解していないのはニベルコルただ一人。

 嘗ての【ガタノトーア】のように、死骸の山を積もらせてただ一人。彼は佇んでいた。

 

 単純な話だ。耐性が付与されているという事は、確率で無効に出来るという事。ならば確率を上げる為に()()()()()()()()

 《不平等の元描く平行線(アンフェア・イズ・フェア)》でAGI等をLUCに写すだけでいい。

 難しい計算式すらいらない。ただそれだけで事足りるのだから。

 

「さて……」

「こんなもんだよなぁ」

 

 目を合わせた後に、正義の味方の視線が自然、ニベルコルに向く。

 殺意こそ無かったが、彼らの悪に対する態度をニベルコルは知っている。

 【諸悪王】ですら勝てなかった化け物に、矢張り青年一人で太刀打ち出来る訳が無かったのだ。

 だから後は単純だ。

 【刻印】の数が、それを如実に表してくれている。

 

 365の【刻印】。【絶対裁姫 アストライア】によって叩き落とされた、【堕落化身 ベルゼブブ】の数と同じ。その数の【刻印】が、今のニベルコルには刻まれている。

 1.01の365条。それがダメージ発生時に加算される。倍率補正は有名な話からの引用ではあるが、37.7834倍だ。

 誤差を積み重ねて、罪重ねて、必死に至らしめる。

 

「《秤は意図せずして釣り合う(アンコンシアス・フラット)》――《感情は一、論理は全(コンシアス・フラット)》――《不平等の元描く平行線(アンフェア・イズ・フェア)》――《愚者と嘘つき(アストライア)》」

 

 弩弓の引き金が引かれる。亜音速ならぬ超音速で風を切り裂く矢を止める術を、ニベルコルは持ち合わせていない。とことんAGIを上げまくった挙句の果てのSTRへの代入からの一射。

 最早一閃の域。心の臓を違いなく狙ったその一筋の線はその刹那の内にニベルコルを貫き――はしなかった。

 

 アイラとニベルコルの間に一人、割って入った者がいた為だ。

 宙に踊らす金髪、露出の度が高い黒い服。獣のように鋭い眼光の赤眼。

 

「ったく……ニベちゃん急ぎすぎ」

 

 女性……にしてはまだ若い(高校生ぐらいだろうか?)女子の声。

 とは言え、アイラの高速の一撃を止めたのは事実。ニベルコルとは知り合いのようで、ともすれば真打登場、といった所か。

 少女は黒いグローブ状のものを装備していて、それで矢を受け止めていた。具体的に言えば、そのグローブで矢を掴んでいた。

 並大抵の超級では耐えられないだろう威力であった筈なのに――《愚者と嘘つき》はダメージ計算時に発動する為、ニベルコルではない彼女には発動しないが――彼女は無傷で立っていた。

 

「いや、ホント……ニベちゃんはいつも一人で突っ走るねー」

「うるせぇ……俺は……」

「敵わない相手に無謀に突っ込む事が得策だとは思わないし、それに、そうして死ぬ事に意味があるとも思えないんだけど?」

 

 割り込んだ少女の会話から察するに、仲間らしい。

 それはつまり、彼女もまた【諸悪王】により生まれた悪人という事なのだが……それにしては、悪性を感じない。見た目こそ一昔前の路地裏に居そうな少女だが、内面がそれに沿っていない……のだろうか?

 正義ではなく悪である筈なのに、それはどちらかと言うと、程度のものだった。

 

 ――カタルパは思い返す。諸悪の王は他人を悪人にする事でなったと言う。つまり、悪の尺度はどうでもいいのだ。

 巨悪も粗悪もただの悪。そこに差はない。

 であれば彼女の「悪」は、そう大したものではないのだと思われる。

 

「えっと……すいません、今更ながらですけど、剣を収めてくれませんかね?」

 

 突然の言葉にミルキーとアルカは目を見合わせる。

 ニベルコルを別段倒そうともしていないカタルパとアイラは、取り敢えず頷いてはみるのだった。

 

□■□

 

 場所は最早言うまでもない。彼らがアルテアで集まる場所など、数える程も無いのだから。

 そしてまた、そこで意外な事があった。

 

「さって……アタイも自己紹介すべきかい?」

「そうね、お願いするわ」

 

 ニベルコル側は、三人いた。

 ニベルコル本人、先程仲裁に入った少女、そしてもう一人。

 ()()()()()()()()()()少女が一人。

 黒いショートヘアに三白眼、犬の被り物、黒いファーに包まれた身なりに犬のしっぽを模した飾り。

 少女の姉、と言ったくらいの見た目。そして彼女の出現と共に消えたグローブ。

 まぁ、さすがに言わずも分かる。

 犬の衣装を纏った少女は乱雑に告げる。

 

「アタイはケルベロス。【暴食皇女 ケルベロス】。……アタイの連れが迷惑かけたね」

「……誰が連れだ」

「はいはい、喧嘩しないの。で、私がケルベロスのマスター、ヴァート・ヴェートです。彼女は見ての通り、カタルパさんと同じメイデンのエンブリオです」

 

 情報の乱流。混乱せずにはいられない。いや、まだ理解の範疇にあるか。

 【諸悪王】が関係していたとあって、警戒しすぎていた節も多分にあるのだろうが、それにしても随分と目の前の少女、ヴァートは社交的と言うか友好的だ。とてもではないが悪人には見えないし、眼前のケルベロスが、彼女の内面を反映しているとは思えない。

 ともすれば今の彼女は取り繕っている事になるが、その態度が付け焼き刃とも思えない。

 ちぐはぐと言うか、真実が掴めない人間だった。

 

「あー、まぁ、私の本質はやっぱりケルベロスみたいなもんなんですけど、『いつも』そうである訳にも行かなくて」

 

 ヴァートはそう語る。その間もケルベロスはハンバーガーに乱暴にかぶりついていた。見れば見る程、カタルパ達は困惑する。

 シンプルに言うなら「内と外が違い過ぎるだろ」とかなのだろうが――どういうことか。現実世界に関わる事なので深く追求する事は出来ないが、彼女もまた、ややこしいリアルを抱えているようだ。

 

「さて、私とケルベロスはそんなんでいいでしょ。ニベちゃんもしなよ、自己紹介」

「しねぇよ……言ってんだろ、俺はこいつらが……」

「え、しないの?」

「つまんね」

「おいケルベロス、本音漏れてんぞ」

「……随分と仲良いなお前ら」

「…………うっせぇ」

 

 カタルパの言葉を、彼は否定をしなかった。長い付き合いのようで、もしかしたら【諸悪王】よりも前に出会っていたのかもしれない。

 

「俺は先生を倒しやがったこいつらを許せねぇだけだっつの。んなヤツらに自己紹介なんざするかよ」

「はっ、アタイですらしたってのに。腰抜けめ」

「その売り言葉は買わねぇからな……」

 

 先程からニベルコルが、ケルベロスの言葉に反論しながら、ヴァートの言葉には嫌々従っているようにも見える。

 付き合い方から見て、好意か、それに近いものを抱いているのだろう。

 

「じゃあいいよ、自己紹介はしなくて。ニベルコルっつー名前は覚えた訳だし。なんでまぁ……あとは好きにしてくれ。また襲いに来るならそれでよし。そん時は全力でお相手するさ。そうじゃねぇんだったら、別にもう会おうとしなければいい。その辺は自由さ。蝿で俺達を監視させても、な」

 

 カタルパ達が席を立つ。ケルベロスの三白眼が自然とそちらを向いた。

 

「なんだい?その言い方から察するに、アンタらの矢を止めたアタイ達が参戦してもいいってのかい?」

「望むところだ。何せほら、ミルキーとアルカは殆ど手を出しちゃいないからな」

 

 アルカと一括りにされて不満だったか、ミルキーが若干眉根を寄せたが、カタルパはそれを流す。

 

「まぁ、1対1とかしたいならコロシアムでやりゃいいから。路地裏とかで襲いかかるのはちょいとゴメンだな」

「路地裏ぁ?奇遇だねぇ、アタイらのチーム名も『バック・ストリート』ってのさ」

「ほぅ、そりゃまんまだな」

「まぁ、私が言い出しっぺなんですけどね」

「待って待って、パーティー名?何それ面白そうなんだけど」

「僕達にも欲しいね、そういうの」

 

 ミルキーが食い付き、アルカが同調する。

 

「ははっ、楽しそうじゃないか、カーター」

「そう、だな。まぁ、気が向いたら」

 

 アイラとカタルパも同意した。その辺りの話は、追追される事だろう。

 ニベルコルの睨みつけるような視線はまだ続いていたが、ヴァートとケルベロスの眼はまた会える日を楽しみにするかのような、未来に希望を抱いている目だ。

 その二極化された視線にあてられながら、カタルパ達はその場所を去っていく。正義の味方は空気が読める。そんな訳では無いが、今はただ、その小さな悪紛いの何かを、見逃した。

 そして、嘆息して肘をつくニベルコルをケルベロスが笑い、ヴァートが諌めた。

 

■【召喚師(サモナー)】ニベルコル

 

 いけ好かない野郎達が去ったら去ったで、相変わらずケルベロスはうるさかった。

 自分でも口が悪いと自覚はしているが……あと態度とか目付きとかも悪いって自覚してるんだが……それでもヴァートは俺を見捨てない。見捨ててくれなかった。捨て犬を見るような目じゃない、友達を見る目を俺に向けて。

 

 ――嫌になる。

 

 そんな彼女を見て、ときめいている自分とか。釣り合わないって自己嫌悪に陥る自分とか。向上心を見せてくる自分とか。

 俺みたいな人間が、ヴァートの傍に居るべきじゃない事を、彼女以上に俺が分かってるってのに。ヴァートは俺の隣に居たがるのだ。それに甘えてしまっているのだ。

 

「だってニベちゃん、私にそっくりだもん」

 

 いつかヴァートはそう言った。

 何がそっくりなんだよ、とは思ったが、ケルベロスのマスターであるヴァートだ。リアルに何かあったんだろう。

 エイルさんに会った時だってそうだ。ヴァートは俺に追従するように悪の道に足を踏み入れた。

 ……ヴァートが悪人と呼ばれるようになるのは、嫌だった。けど、俺が強くなるにはそうするしかなくて。ヴァートを守れるぐらいに強くなる為に、ヴァートを悪人にさせる必要なんて、どこにもなかっただろうけど。

 俺はそれしか選べなかった。それしか選ばなかった。

 悪人になろうとしている俺からヴァートを引き離したいと思う自分と、離れて欲しくないと思う自分。どっちも俺の本心で、いつもせめぎあいをしては結論を出せずに引き摺った。

 だからカタルパ・ガーデンを倒せれば、それぐらいにまで強くなれれば、「大丈夫かな」って思っていた。けれど、俺は結局ヴァートに守ってもらっていた。

 ヴァートのエンブリオ、【暴食皇女 ケルベロス】に守られていた。

 そんな自分が嫌になる。けれどヴァートもケルベロスも俺の傍を離れてはくれないのだろう。俺の眼前の席を空席にさせてはくれないのだろう。

 そんな底知れないお人好しが嫌いで……それ以上に好きだった。

 そんな弱い自分が、俺は今日も嫌いで。だから嫌いを乗り越える為の障害が、そして鏡が映すこの顔が、いつまでもいけ好かないままだった。

 

■【獣拳士(ビーストボクサー)】ヴァート・ヴェート

 

 バタン、とカタルパさん達が戸を閉めて、漸く私は息をついた。

 リアルと同じように面を付けて話すのも、意外と苦労する。

 全く。お嬢様学校なんか入るんじゃなかった。

 私は別にそういうものに憧れたんじゃないのに。むしろその逆、髪を染めて社会の闇を歩くような、そんな人に憧れていたのに。

 この世界に来られて良かったと思ってる。心の底から。

 ケルベロスが私のエンブリオとして現れた時はビックリしたけど……まぁ、「なりたい」が形になったんだったら、きっと『こう』だったんだろう。メイデンwithアームズって言われてもピンと来る事なんて今もないけれど、

 

 「アンタがこの世界の人間を快く思っていたから、アタイはこうしてアンタの前に立てたのさ。アタイが力になってやるんだ。胸張って……そんなになかったね」

 

 とか言ってて……最後の台詞で大体台無しだったけど。まぁ、つまりはケルベロスは私の本心だけど、私が今までリアルで表出させて来なかったからか、そんなのイマイチ分かってなくて。

 でも、この世界の人達が好きだって事は、ケルベロスには伝わったらしい。そこは嬉しかった。

 私を見た目ではなく、中身で判断しようとした彼ら彼女らの人間性には、心を強く打たれた。それはまぁ、外見と内面に差があった私だからこその反応なのかもしれないけれど。それこそ現実の……私の家族以上に、私の意思を尊重してくれていた。

 私にとってこの世界、デンドロの世界はいわば家出した先なのだ。寮生だけど。ましてや出たのは家ではなく世界という……まぁ、そんな感じ。

 それに対してニベちゃんは簡潔だと思う。詳しい話は聞いてないけど、きっとね。

 なんで強くなろうとしているのか、は分かんないけど……私に()()()()為だったら、無駄だと思うんだよねー。

 

 私、STRだけなら3万はあるし。

 

 強くなろうという意思は否定しないけど、それでなれるかは別物、ってね。その意思も行動も、尊いし愛しいとは思うけど、無駄はどれ程積み重ねても無駄だよって、そろそろ伝えた方がいいのかな?

 ケルベロスは相変わらずマナーがなってなくて(私のリアルの堅苦しい生活からすればある意味羨ましい)、栄養価も偏ってるし(数日に一度はそういう食生活をしてみたいとも思う)、口の周りにハンバーガーのソースが付いているし(そういう豪快な食べ方も憧れる)、なんというかこう、なってない感じなんだけど、傲慢に振る舞うその姿は、やっぱり私の理想なのだ。心の奥底で描いていた、理想の自分なのだ。

 

「なんだいヴァート、アタイの顔に何か付いてるってのかい?」

 

 お決まりの文句だったけれど、ソースが付いてます。

 私の心が読めるらしいケルベロスは、それに気付いて顔を拭う。

 

「すまないね。アタイはその辺、ガサツだからさ」

「ううん、いいの。それが私の本質だから」

「そういう話じゃないよ。リアルのヴァートと今アタイの目の前にいるヴァートは違うさ。当然、アタイとヴァートもね。だから、そうやって線引きしないってのは止めた方が良いよ。アタイは【暴食皇女 ケルベロス】さ。決してヴァート・ヴェートじゃない」

 

 当たり前の事だったのに、何故だろう。心が動いてしまった。

 心の中で、何度もありがとうと言う事しか出来なかったけれど。それがケルベロスに伝わっているなら、今はいいかな。ニベちゃんにまで聞こえちゃうと恥ずかしいから。

 

「で、どうする?俺はどっちでもいいけどさ」

「え?なんの事?」

 

 ごめん、ケルベロスのこと考えてた。

 

「だから、あの正義の味方を倒しに行くのかっていう……」

「うーん、ピースちゃんにも聞いとく?」

「……まぁ、ケルベロス入れて四人、いや()()揃って『バック・ストリート』だもんな。聞いとくべきだろ。どちらにせよ、な。……ホント、アイツとお前強すぎんだよなぁ……」

「ニベちゃんが弱いみたいに言わないの。ピースちゃんは確かに……私以上に強いけど……多分、あの人には勝てないと思うよ」

 

 本心からの言葉を零す。ピースちゃんもニベちゃんも、勿論私も無力ではないけど、あの正義の味方相手じゃ微力に過ぎる。

 

「まぁ、今はひたすら強くなる、だね」

「その間あのツーマンセルも強くなる訳だがな」

「相変わらずネガティブだなぁ、ニベルコル」

「お前みてぇに楽天的じゃねぇだけだよ」

 

 また口喧嘩を始めるケルベロスとニベちゃん。それを私はまた諌めるのだ。

 ピースちゃん――【Peace by case】ちゃんが来るまであと少し。私達『バック・ストリート』は、今日も平常運転だ。




【暴食皇女 ケルベロス】
TYPE:メイデンwithアームズ。到達形態はⅤ。
黒いグローブの形。
黒いショートヘアに三白眼。乱暴で傍若無人な態度を取りはするが、意外と内面は優しい。ニベルコルとは犬猿の仲、といった所。

ヴァート・ヴェート
エンブリオのスキルか、或いは元からのステータスによるものなのか、STRは3万に到達している。九分九厘【暴食皇女】によるものだが。
アイラの一射をグローブで受け止める事が出来る位には強い。
路地裏にいるような、正道からズレた者に憧れた少女。
外れてはいない為にそこには正気があり、それ故の狂気がある。
【暴食皇女 ケルベロス】はその内にある「正気とも狂気とも呼べるモノ」と「そんな自分を否定しなかったデンドロの人達への感謝」に呼応した。

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