結局。何も起こらぬまま。なぁなぁで流したまま。
一先ずカタルパ・ガーデンとニベルコルの敵対状態は解消された、と言える。
勿論それは一時的なもので、彼ら『バック・ストリート』と正義の味方一行の戦いは、まだ続いて行く。
双方の陣営にいるメイデンのエンブリオがその戦いに於ける鬼札であり切り札だ。
そしてその札の枚数は、釣り合ってはいない。
□■□
【Peace by case】。
『バック・ストリート』最後のメンバーであるそのマスターは、現実世界が夜になった時の8時間だけ現れる。つまり、デンドロの世界では、三日に一度会える頻度だ。
蝿の被害が出たのは現実世界では朝早く、カタルパ達が『バック・ストリート』を構成するニベルコルとヴァート・ヴェートに出会ったのが昼頃。奇しくもカタルパ達は、そのマスターに出会う事はなかった。
「へぇ、面白そうじゃない。私達の『上』にいる人を、叩き落とせるのね」
と、彼女は口にした。
彼女こそが最後の一角、【
その傍らには犬の被り物をした一見乱雑な雰囲気を与える少女、【暴食皇女 ケルベロス】とそのマスターであるヴァート・ヴェート、【堕落化身 ベルゼブブ】を使用していたニベルコルが居た。
それで四人。然しながら『バック・ストリート』の総員は五名であり、マスターは三名だ。
つまり、マスターではないメンバーが二人もいる事になる。
そのうちの一人は言わずもがな【暴食皇女 ケルベロス】であり――もう一人は。
「ジャイアントキリング……でしたっけ?英雄譚みたいですね、マイマスター」
【絶対裁姫 アストライア】の純白の衣装に負けぬ白さのワンピースを纏った、然れどヴァートのものとは違う天然の金髪で、印象をキッパリと分けている。
だが顔立ちは淡白で、儚さすら演出している。
乱雑で傲慢な【暴食皇女】とは裏腹に、質素なイメージを抱かせる彼女こそが、『バック・ストリート』最後の一人。
それが【幻想針姫 シンデレラ】である。
「まぁ、そうして淘汰する事で私達が上に立ってしまったら、彼等もその上を取りに来るのでしょうけれど……」
TYPE:メイデンwithアームズのエンブリオである彼女は、イメージとは違う、獣のような視線を開いてはまた、スっと閉じた。
柔和な笑みを浮かべてこそいたが、その奥にある野性を見てしまってからでは、外見と内面の違いを嫌でも理解してしまう。
「――にしても、お前ら二人が組んでもあのいけ好かねぇ野郎には勝てねぇのか?」
話が流れぬ内に、ニベルコルはその疑問を四人にぶつける。因みに今この瞬間も、ニベルコルは【堕落化身 ベルゼブブ】を生成しては箱に入れている。
「んー、まぁ、無理だと思うよ?私は『際限なく強くなる』。ピースちゃんは『際限なく弱くする』。対極にいる私達でも、『絶対に裁く』あの正義の味方には恐らく勝てない」
「同感ね。あと呼びにくいならピスケスで良いのよ?由来はそれなんだし。……取り敢えず、ステータスが変わる、と言うのならシンデレラの弱体が何処まで通用するかは未知数ね。最悪、弱体化させた側から改竄されて打ち消される、なんて事も有り得るわ。それに……シンデレラは攻撃をヒットさせないと弱体化させる事は出来ないの。ベルゼブブを全て叩き落とせるような相手に、一撃でも通せるとは思えないわ」
サラリとシンデレラの情報を零しながら、ヴァートとPeace by case……ピスケスは勝ち目が薄い事を告げる。
とは言えど、不可能であるとも言っていない。
やってみなければ分からない、とは言うが、正にそれだろう。例え小数点の遥か先の可能性であろうとも、掴みにいかなければ、掴める事は無いのだから。
「俺のベルゼブブは相手を動けなくさせる事に特化したエンブリオだが……それで止めてもダメか?」
「あのね、貴方のベルゼブブは見えない訳じゃないから状況の確認が難しくなるの。私の為に道を開いてくれてもいいけれど、それはあの正義の味方が通れる道でもあるのよ?」
「……手詰まり、か」
「そ。だから私達は強くなるしかないんじゃない?って話。今すぐ勝たなきゃ行けない相手じゃないし……いつか倒さなきゃいけない敵、って訳でもない」
「おいヴァート、お前は先生に――」
「恩は感じてる。けど返そうとはあまり思わない。ピースちゃんもそうでしょ?」
「そうね。それに私は殺し方は学んでも、恩の返し方なんて学んでないもの」
ヴァートとピスケスの切り返しに、思わずニベルコルは押し黙る。ここで逆上して彼に挑みにいっても、結果は火を見るより明らかだ。何せ一人では負けている。そしてそこから、自分は成長していない。大して、どころか全く。
それこそ一対多ではあったが、あの様子では一対一でも勝てないだろう。あの【司祭】の強化が無くとも、【毒】、【麻痺】、【呪縛】は簡単な耐性装備が市販されているのだから。それさえあれば、後は『幸運になるだけ』、である。
一、二、三を出さねばならないのに四五六賽を振っている気分だ。それでは文字通り勝ち目がない。
だからこその説得であったが、それはそれでたった今失敗した。
ならば打つ手はない。それに彼女達が言う事は正論なのだ。ただ挑み続けていれば、いずれ勝てる相手という訳でもないのだから。
「……分かった。俺も無理に勧めすぎた。だけど……俺達が強くなるってのに、アイツらが止まったままだ、とも思えねぇ」
「「「「そりゃあね」」」」
女子四人の声が重なる。その息の合い方に自然、ニベルコルの口角が上がる。
(まぁ、暫くはこうして遊ぶってのも、いいのかもな……)
「あぁ、そうして貰って構わない。出来れば永久に」
然し、上げたその口を真一文字に結ばなければ、その来訪への正しい対処が出来なかっただろう。
それ程までに、『覚悟』しなければならない相手だった。
駄々漏らしの殺気に見て見ぬフリは出来ない。例えそれが、自分が尊敬する相手であっても。
――彼女達を手にかけよう、と言うのならば。
「何故……来たんです、先生っ!」
「来てはならない法はない、から」
そこに居たのは――彼等に殺気を向けているのは――【諸悪王】エイル・ピースだった。
禅問答のような答え方に、少しだけ苛立ちを覚えながら、服の中に蝿を充満させる。その間にケルベロスとシンデレラはそれぞれマスターの手の内に収まった。
ケルベロスは荒々しい野性的なデザインのグローブに、シンデレラは時計の針を模したような長剣と短剣に。
屋内であるが故に、エイルが【龍幻飛後 アジ・ダハーカ】を呼び出す事は恐らくない。彼は自ら悪事を働こうとはしない『きらい』があったからだ。
悪の先導者であって、扇動者であって。悪人ではない、と宣う訳である。それこそが彼のカリスマの由来なのかもしれないが。
兎角ニベルコル達がカフェテラスから出ない限り、エイルは全力を出せない。ならばここで撤退させる必要がある。
それに【諸悪王】としての唯一のスキルは《
生き残る事に特化したスキルには、苦笑しながら嘆息出来る所だが、逆にそれを使われてしまっては逃がさざるを得ないという謎のスキルだ。逃げる事と生き残る事、そして再び悪を蔓延させる事に特化したスキル。ある意味、諸悪の王にはピッタリだ。
今回に限っては、そんなものさえ使うかどうかは怪しいが。
ドゥルンドゥルンと不気味な駆動音が鳴り響く。カタルパ達の破壊行動に慣れたのか(良くない慣れだ)、店の者達の行動は早く、既にニベルコル達以外に影はない。
【オステオトーム】の一閃。飛び退いた3人は冷や汗を流す。
その一閃はあまりにも速く、躱すので精一杯だったからだ。
それで尚、《
彼等が強くなる前に……エイル・ピースは強くなっていた。
「彼等を止めていいのは私だけだ。妨げとなる事も許さない。私が仕向けたならまだしも、私ならざるモノが、私の意向無しに、そうする事を許さない。私に関係する誰であろうと、私を妨げたお前達を、私は必ず潰す――《
必殺スキルの宣言。だがあの巨龍の影は無い――のに。
だが……巨龍の影は無かったが、【諸悪王】の影に、光る目が六つ。
「師が従を処す……これはとても、悪い事、だな」
「っ……二人とも逃げろっ!!」
一面を蝿が覆い、たった一筋、彼女達に逃げ道を示したニベルコル。
止めようとヴァートは手を伸ばしたが、好機を逃すまいとピスケスがヴァートを抱えて走り出す。
「まって、ニベちゃんが――」
「止めっないからっ!!」
藻掻くヴァートを抱えて走る。
死の概念を付与されて、命からがら彼女達は逃走した。
□■□
他方、ある正義の味方は。
「……ん?」
「どうしたんだい?……なんてのは愚問だね」
【刻印】を刻んだあるマスターがデスペナルティになった事を、感じ取った。
「行くかい?」
「いつもなら行かなかった、だろうな」
それは回答だ。
【幻想針姫 シンデレラ】
TYPE:メイデンwithアームズのエンブリオ。
【暴食皇女 ケルベロス】が『強くなる』ならこのシンデレラは『弱くする』。対極にいるかのような二人は、割と息があっている。