ニベルコルがデスペナルティになった。
ただそれだけの事であり、それまでの事だ。それ以上思う事は、思うべき事はない。
正義の味方にとって、悪が減るのは善い事である筈なのだから。
だから、感化される事は無い。感化される事などあってはならない。
善が悪を助ける、なんて展開は特撮の世界だけで充分だ。
本当にそんな事をするのは、お人好しぐらいで充分だ。
だから――
「お人好しだから、向かう訳だ」
正義の味方は、走っていた。
□■□
悪人。【諸悪王】の前では巨悪も粗悪も差がない悪ではあるが、当人達にとっては差異があるもの。
『巨悪』という悪。『粗悪』という悪。『改悪』『害悪』『劣悪』『新悪』『性悪』――悪。悪。悪。
多種多様。千差万別。
どれも悪。善と二項対立を成すもの。そこに差異はない。
つまり悪の差異が――そのあまりにも曖昧な境界が散滅するのは、正義の味方が『それ』を見た時、そして「悪であればその内容を問わない」者がそれを見た時に限られる。
それ以外が見た時、5W1Hを使って悪を数値化、或いは具体化し、悪の尺度を作り上げる必要がある。つまり『悪の原器』が必要となる訳だ。
『悪』という概念を『悪』たらしめる為の外界からの要因。それこそが一般的に価値観と称されるものであり、それこそが『悪の原器』なのである。
それを善いと思う悪いと思うは人それぞれであり、それが悪の尺度が人によって違う事を如実に表している。『悪の原器』は人口の数だけ存在する、という訳だ。
だが、だがしかし。人によって違うのであれば、如何にして善と悪の境界は引かれるのか。
善の象徴、正義の女神は果たしてどのような論理展開を以て称したのだろうか。
善は。悪は。一体何処にある?
神話に投げ掛ける理論。
神話に問い掛ける愚問。
正義の味方は英雄ではない。英雄でないから、神話には居ない。
筋骨隆々の大男と共に試練を乗り越える事も。竪琴を携えた優男と共に再愛の者との再会を願う事も。最愛の者を見る事が叶わぬ青年と魔王を討伐する事も。刀一本のみを引っ提げた男と共に草を薙ぐ事も。手に毛糸玉を持って迷宮を踏破する事も。
彼には――カタルパ・ガーデンには出来ない。神話に名を残す資格が無い。
だからこそ真に傍観者として野次を飛ばそう。
真に正義の味方として。英雄と正義の女神を――神話を、敵に回そう。
【数神】が神を敵に回すという。ふざけた話だ。だが【数神】とはあくまで職業の名であり、彼自身が神である事を肯定するものではない。
容赦なく、躊躇なく敵に回せる。
然しながら、取り敢えずは。
敵に回すのは、回すべきなのは。
「お前しかいないよな、【諸悪王】」
二人の少女に鋸を向ける、男だった。
■【剣聖】Peace by case
突如私達と先生の間に割り込んで来たのは、燕尾服の青年と、白銀の少女だった。
話に聞いていた私達の『上』だろう、と瞬時に思い当たったけれど、それと同時に迷った。
まるで、私達を助けるかのようなその態度に、困惑してしまった。ヴァートが口を開けてポカンとしている。私と同じような事を思っているんだろうし、実際私も似たような表情を浮かべているんだろう。
正義の味方。悪の敵。
なら何故、彼は悪を前にして悪を助けるのだろう?
善は悪を区別しない。悪は悪。つまり敵。
私達と先生、どちらも悪なら、彼にとって私達三人に差異はない筈。天秤は釣り合っている筈。
なら……何故彼らは私達を助けるような動きをするのだろうか。
お人好し……とかは考えづらい。
それなら彼は正義の味方ですらなく、ただの自己犠牲の塊じゃないか。
「さて、諸悪の王様?相手が代わってしまっても良かったか?」
「ああ、構わない。寧ろ本命を此処に来させる為に、一人の犠牲で済んだのだ。安い安い」
逐一正義の味方を逆撫でしにかかる先生。
だが、二人の正義の味方はどこ吹く風、と言った感じだ。
慣れか……それとも全く違う『何か』か。私には分からない、反応。
別に読心術に長けている、とかそういう訳ではないけれど、底が見えないという事実は、どうしようもなく理解出来た。
この人達は――勿論先生も含めて――壊れている。
他者を悪にする事しか考えていない人と、眼前の巨悪を潰す事しか考えていない人達。
自分みたいな人間を棚に上げる訳じゃない。ただこの人達の、所謂壊れ具合は常軌を逸している。私達みたいな人間が立てる次元にない。
届かせたいとは永久に思わないだろう次元の壊れ方。一体どんな人生送ってきたのよこの人達……!!
――不意に。小説みたいな言い方をするなら刹那の内に。
三人が消えて、静寂と、私達だけが残された。
すると後ろから、私達と同年代くらいに見える少年が歩いてきた。
「取り敢えず街中でドンパチされても困るからね。愚痴は後で聞くとして。君達は……あれ?二人だったっけ?」
この人も話に聞いている。
〈超級エンブリオ〉【平生宝樹 イグドラシル】の持ち主、【司教】のアルカ・トレス。
植物がある限り死ぬ事はない、化け物。
ヴァートが漸く平静を取り戻したのか、アルカに語り始める。
「ニベちゃんはデスペナになったわ。私達も……先生に追われていただけだし」
「ふーん、成程?さて、それはそれとしてどうしよっか。君達ってアズール……カタルパ・ガーデンの言う『悪』だよね?」
そう言いながら、何処からともなく木の幹が伸びてくる。
そうか、この人も『壊れている』人か。
カタカタと双方の手に握られている剣が震える。
それは『上』を倒せる好機と思って武者震いしているようにも思えるし、ただ強者に踏み潰される事を懸念して震えているようにも思える。
こういう時に感情が動かない私も私だが、その辺シンデレラがオーバーリアクションを取ってくれるから釣り合っているという事にしよう。そうしよう。
この世界の人だって、どの世界の人だって、
でも……取り敢えずはヴァートだけでも守らないと。
彼女だけは、死んでしまったら元も子もないから。
「どうしよっか。本当にどうしよっか。僕の独断でやっちゃっていいのか……それとも?難しいね、こういうのって。ホラ、僕って考えるの苦手だから」
勝手な自分語り。しかも私達がそれを知っている前提で進んでいる。
これ、付き合わないと行けないかな……?いや、このまま30秒経過させてヴァートだけでもログアウトさせようか……?
チラリと横目で伺うと、ヴァートは小さく首を横に振った。
どういうこと?と聞く前に答えが分かった。
蔦が、私達の脚に少しだけ絡み付いている。【平生宝樹】が……私達に接触している。
……え、何コレ。ただの脅迫じゃん?ああやって悩んでいるのは……フリって訳?
でも……だったらだったで、私達が勝てるの?
そんな折、震えが止まった。私の震えは止まってない。止まったのは両手の剣だ。
『「上」。倒すんですよね?マイマスター』
そう言われて、退ける私じゃなかった。友達を守る為にも。
『上』を獲る為にも。
幻想は、現実に手を伸ばす。
「《
友を救う為。それだけの為に。