其は正義を手放し偽悪を掴む   作:災禍の壺

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第九十四話

 辺り一帯。半径にして240メテル。

 【司教】アルカ・トレスを中心に、その範囲内の植物が一斉に死に絶えた。

 ある大木は自らの寿命を終えたかのように。

 またある大木は圧倒的な力により砕けるように。

 またまたある大木は内に仕込まれた爆弾により破裂するように。

 

 アルカ・トレスを爆心地として、一片残らず死に絶えた。

 勿論、ヴァート・ヴェートとピスケスに絡み付いていた蔦ごと。

 

「走ってっ!!」

「っ、うんっ!」

 

 ピスケスの一声、ヴァートの応答。アルカは戦闘職ではなく、攻撃手段である木はこの240メテル内に存在しない。〈超級エンブリオ〉になったイグドラシルが操れる範囲は自身を中心に半径300メテル。肩代わりの為だけに操作可能範囲の80%が消え失せた事になる。

 アルカが強化をする人間だったからこそ、その結果を迎えた。

 

 【幻想針姫 シンデレラ】の必殺スキル、《今宵は一夜限りの夢(シンデレラ)》は、その名の示す通り一日に一度しかつかえないもので、効果は以下の通りだ。

 『対象の特典武具とエンブリオ以外によるステータス補正を全て解除し、解除する事で下降したステータスの合計分のダメージを与える』

 そう、アルカが強化役であったが故に、『刺さった』のだ。

 さながら特攻のように。

 アルカを数十回殺して尚あまりある威力の一撃は、残念ながら肩代わりされてしまったものの、半径240メテルの植物が消え失せた。

 駆け出すヴァートを止める術を、アルカは持ち合わせていない事になる。

 残りの60メテル内にある植物でバリケードを作った所で、カタルパ達の一射を止める程のSTRの持ち主だ。砕かれるに違いない。

 

「だからこれで、ヴァートは逃げられる」

「なら僕は君を逃がさない」

 

 ミシリ。遠くから何かが動く音。ヴァート・ヴェートを捉える為ではなく、ピスケスを殺す為にイグドラシルが起動した。

 《繋ぐ世界・鎖の橋(ビフレスト)》により再び強化され、伸び、檻を形成する。

 既にヴァートは距離をとり、範囲の外にいる。

 《森輪破壊(メイキング)》によりアルカのポケットから零れた植物の種子が芽吹き、さながら、三百メテル先の大木と眼前の樹木にサンドイッチされたようだ。

 笑えない冗談だったが、それでもヴァートがそうなるよりはマシだった。ピスケスにとって、それは幸いだった。

 

 ――とは言えど、ピスケスは言う程に、『バック・ストリート』に思い入れがある訳ではない。言うなれば、自分の命を投げ打ってまで、ヴァートを守ろうとする心算は、本来は無かった。

 だがこの強敵を前に、逃がす大義名分と共に、『上』を踏破出来る可能性があるならば。それを掴みに行くのがピスケスだった。

 それに。彼女は三人の中で一番()()()()()()()

 彼女の護衛役であった筈のニベルコルがデスペナルティになった今、必然的にピスケスがヴァートを守らねばならなかった。

 二つの意思、二つの目的が、一つの行動を生み出した。

 だがこれは……最善だったのだろうか?彼女自身にすら分からない。けれども……

 

「この選択をしなければ、私は後悔してしまう」

『だからこそ、貴女は私のマスターです』

「えぇ、知ってるわ、質素で卑劣なお嬢様」

 

 一見矛盾する単語を並べて、ピスケスは笑う。

 シンデレラの表情は双剣と化しているせいで伺えないが、驚いているか、呆れているか――そうでなければ笑ってくれているだろう。

 

「《灰を被りて灰を真似る(アッシュ・トゥ・アッシュ)》」

「あぁ……ヤダなぁ……僕は戦う事は得意じゃないんだけれど……」

 

 そう言いながらも檻の中心の樹木が捻れ、歪曲し、歪に、歪な龍を形成する。花開き、枯れ、実を結び、種を落とし、再び芽吹く。幾度となく繰り返し、繰り返す。かくして禍々しい暴龍は誕生する。

 

「言わなくてもいいんだけど、《虹に繋がれし九極世界(イグドラシル)》。はぁ……()は、戦いたくないんだけどなぁ」

 

 どの口が、と思いつつも確かに戦うのは彼自身ではなくこの暴龍だ。この暴龍にして、この暴論あり、である。

 

『SUOHHHHHHHHH!!!』

 

 アルカ・トレスと【平生宝樹 イグドラシル】。ピスケスと【幻想針姫 シンデレラ】。

 嘗てのアルカ対カタルパを再燃させるかのように。

 二人は激突した。

 

□■□

 

「さて……どうする?」

「殺し合うしかないだろう、カーター。目の前にいるのは諸悪の王で、私達は正義の味方だぞ?」

「そう、だな。そうだった。いや、今更忘れていた訳でもないが……再確認はした」

「しつかりしてくれよカーター。いくら偽善者と言えど、それは悪になっていい訳ではないよ?悪を許すのは、また悪だ」

 

 正義の敵が正義、みたいに言うならね、と【絶対裁姫 アストライア】は語る。

 それに微笑を浮かべながらもカタルパ・ガーデンの視線は自然、エイル・ピースに移る。当然、彼の影に潜んでいるであろう、イグドラシルとはまた違う暴龍――暴龍にして邪龍、邪龍にして蛇龍、【龍幻飛後 アジ・ダハーカ】にも、目を向けている。

 あれが影の中から這い出てくるだけで、カタルパ達の勝率はガクンと落ちる。だがそうでなくとも、影の中にいる間はスキルが使えない、なんて保証も無い。ただ現状で分かることと言えば、アジ・ダハーカがいるが故に、【転移模倣 ミミクリー】が使えない事か。

 アイラとカタルパが二人一組(ツーマンセル)になった事で、ミミクリーでは文字通り手が足りない。一つしか模倣出来ないのだから、二つのものを相手に出来ない。それならば、アジ・ダハーカを使用した方がカタルパ達には有効だ。

 無垢な悪(イノセント・イヴィル)にして諸悪の根源(ルーツ・オブ・オールイヴィル)。だからと言って(否、だからこそ、か)考えなしではない。エイルもまた、前に進んでいる。

 例えそれが、カタルパ達と逆方向だとしても。『前』には、進んでいる。カタルパ達にとっての後でも、前に。

 彼等が前にすすんだ分だけ()に進まなければ、カタルパとエイルが、『釣り合わない』から。

 

「数十日ぶりの親子喧嘩だねぇ」

 

 と。エイル・ピースの喉で庭原 椿は言った。そこには呆れも哀愁も懐古も無い、単純で純粋な喜びがあった。

 第6形態、【Cross weapon】を腕に纏うアイラと、【怨嗟連鎖 シュプレヒコール】と【七天抜刀 ギャラルホルン】を握るカタルパ。

 左手に【禁牢監叉 デルピュネー】、右手一つで【歯車鎖刃 オステオトーム】を担ぐエイルと、その影に潜む【龍幻飛後 アジ・ダハーカ】。

 何度目かの――実際にこの相対は二、三度しかないが――組み合わせ。

 王と神の相対。善と悪――正義と悪の敵対。

 

 ――いざ尋常に、始め。

 

 そんな合図も無く、その場の全てが牙を向きあう――かに思えた。

 

「……え、なん、で……ここに……」

 

 水を差すように聞こえた少女の声。

 カタルパ・ガーデン。【絶対裁姫 アストライア】。エイル・ピースに続く、第四の人間。

 ヴァート・ヴェートというイレギュラーさえ無ければ。

 彼等だけで、凌ぎを削れたものを。

 三つ巴は、秩序を失い混沌に落ちる。

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