異世界はシーカーストーンとともに。 作:愚の骨頂だよねぇ?
ーー……ク。
ーー……ンク。
ーーリンク。
声が聞こえた。黒くぼやける視界の中、琴を思わせるような響きをした声が空気を揺らす。リンクは瞳を開ける。すると、金色の光がどこからか差し込んできた。暖かく、何もかもが洗われるような、そんな光。リンクは導かれるように手を伸ばし、それに触れる。
だが、リンクが触れる直前、それは赤紫色に塗りつぶされていく。どす黒く、触りたくないと生理的に感じさせるものへと、音もなく変わっていった。そしてその赤い光の下に、黄金の光を湛えた聖女がいた。リンクは目を見開き、彼女に駆け寄る。
だが、リンクが近づいた直後、聖女は紅い液体に侵された。頭上から大量の泥水が降りかかったように、あっという間に被ってしまった。そして、被られた少女は液体の中で崩れ落ちていった。
リンクは少女を液体から救おうと手を突っ込んだ。しかし、どれだけ深く沈めようと何も掴めなかった。どろどろとした感触が腕に伝い、嫌悪で顔を歪める。
刹那、液体は蠢きはじめた。その影響でリンクの腕は押し戻され、ポタポタと垂れていく。そして、右腕は溶かされていた。しかし痛みはない。皮膚も肉も溶かされ、痛みきった骨が見える。背筋が凍るほどにショックを受ける。
腕を溶かした液体は宙に浮き、その後新たに形を作る。それはたくましい角を持った豚のようであり、禍々しくこちらを睨み、咆哮する。リンクの身長の10倍はありそうな大きさにまで膨れ上がり、そして大きな顎でリンクを喰らった。
瞬間、世界は赤く染まった。そして音をたてて崩れていく。大地も、家も、人も何もかもが奈落へと沈む。リンクもまた共に沈み、遠ざかっていく天をつかもうとする。しかし、ダメだった。何もつかめず、ただ腕を振り回すだけ。
やがて底が見えてきた。恐らくそこが冥土への入り口だろう。リンクはそれから逃れるようにもがく。だが、その甲斐も虚しく、リンクは墜落した。
ビチャッと生々しい音が響き、視界が赤く染まった――。
「――ッッ!!」
何かに衝き動かされるようにリンクは起き上がる。激しく喘ぎ、目は細くなる。自分はいま赤い世界に閉じ込められていた。そして死んだ――
だが、呼吸を繰り返すにつれ、何かがおかしいことに気づいた。リンクが今横たわっている場所は、ベッドの上だ。上質な者だと思われる。辺りを見回すと、何一つ汚れがない白い壁に囲まれており、四方にそれぞれ大きな窓があった。リンクが横たわっているベッドの横の棚には色とりどりの生け花が飾られている。そこでようやく自覚した。自分は夢を見ていたのだと。
そう気づいたリンクは大きく息を吐き、脱力した。夢であれば、現実ではない。きっと極度に疲れて、そんな夢を見てしまったのだろう。
リンクはベッドから出て、立ち上がる。どうやら体に受けていた傷は治っているようで、問題なく立てる。近くで立て掛けられているマスターソードを背にかけて部屋を出るべくドアを開けた。
しかし、開いたドアからごんと何かがぶつかる音がした。
「きゃっ……!」
高い声をした女のようだ。リンクは慌ててドアを引き、覗き見る。するとそこには給仕の服を着た女性がいた。頭に、ケモノ耳を生やしている。ということはここは、獣人の国ミスミド王国だろうか。
「ご、ごめんなさい!」
女性はリンクの顔を見るやすぐに謝った。
「いや、気にしなくていい。そちらこそ大丈夫だったか?」
「は、はい! 大丈夫です! それより、お目覚めになられたんですね」
「ああ。さっきからな」
「よかったです。陛下を初め多くの方があなたの安否を気になさっていました。さっそく身支度をさせていただきます」
そういうと女性は大きな荷台を部屋に入れていく。そこにはタオルやら水やら服やらがあった。そして女性は手慣れた手つきでタオルを見ずにつけて絞ると、リンクの汗を拭きとり始めた。悪夢のせいで火照っていた身体が冷やされ、思わずだらけた息を吐いてしまう。
「……あなたいい身体してますね」
リンクが快楽にふけっていると給仕からそんな言葉がかけられた。
「まあそれなりに鍛えているからな」
「そうですか……正直私が出会ったどなたよりもすごいですね……」
そういうと、給仕はゆったりとリンクの肌を拭き始めた。まるで撫でるようなしぐさで。とたんにぞわついた感触が襲い掛かり、ビクッと体を震わせる。
「あ、あの……これはいったい?」
「ん? なんですかぁ?」
段々と艶やかな声に変わっていく。リンクの腋や首もとなどを重点的に拭いていきながらリンクを見つめる。その目は潤み始め、彼女はだんだんとリンクへと迫る。
これはやばい。そう感じたリンクは、彼女をベッドへと突き飛ばした。
「きゃっ! ……フフ、大胆ですね」
まんざらでもなさそうな表情をし、リンクへと両手を伸ばす。そのままつかみ取り、淫らに落とすつもりだろう。
だが、リンクはとっさに身をひるがえし、荷台に積まれた"英傑の服"をつかみ取ると、急いで部屋を出ていった。
「……あーあ、残念」
去られてしまった給仕は不満そうに口をとがらせると、ベッドの上で鼻を動かし始めた。
自分の臭いがかがれているとも知らないリンクは疲れた顔をしながらすたすたと廊下を歩く。シーカーストーンに収納された"英傑の服"を選択し、青い粒子がリンクの肉体を包み込んで早着替えを終えると、だっと駆け出した。あの女に付き纏われるかもしれない。
リンクはとりあえず廊下の角に逃げ込み、そこで身を隠した。そしてこっそり覗き見て、追ってこないのを確認して息を吐き出した。いったいあの女はなんだったんだ……
「……危なかった」
「ーーなにが危なかったのですか、リンク様」
「うわぁっ!?」
安堵でリンクが呟くと、不意に横から声が聞こえてきた。驚いて飛び退くとそこにはユミなが不思議そうに見つめていた。
「……なんだユミナか」
さっきの変態女ではないと安心したリンクはふうと息を吐いた。
「なんだ、とはどういうことでしょうかリンク様」
「いや、何でもないんだ。それよりみんなはどこだい?」
「皆さんなら大広間で待っています。父上もミスミド王国の王もお待ちです」
「そうか……ありがとう。それと、心配かけてすまなかった」
そういってリンクはその場を去ろうとした。とりあえず王に挨拶をせねばーー
しかし、リンクの足は止められた。背を柔らかい感触が包み込み、リンクは目を見開いた。腹部を見ると小さな両腕が巻き付いている。今リンクは、抱きつかれているのだ。
「な、なにをーー」
リンクはとっさに振り向き、離してくれと言おうとした。
だが、ユミナはばっとリンクを潤んだ眼で睨んできた。故に、何も言えなくなってしまった。
「……私、心配したんですよ。このままリンク様が死んじゃうんじゃないかって」
彼女の肩はブルブルと震え、ぐっと腕の力が強くなる。彼女の目線を直視できずリンクはそっと顔を前に戻す。
「でも……生きていてよかったです。未来の旦那様が死ぬなんて、とても耐えられないです」
「俺はまだ君と結婚するとはーー」
「私はそのつもりです。……とにかくよかったです。そのお元気な姿を、皆さんにも見せてあげてください」
そういうと、ユミナはリンクを解放した。振り返ると彼女は、無邪気に微笑んで見せた。そして二人は応接間目指して歩き始めた。
応接間に入ると、エルゼ、リンゼ、そして八重が駆け寄ってくれた。どうやら2日は寝ていたらしいリンクの無事を確認すると、皆安堵しきった顔をし、ソファーに腰かけた。リンクもまたソファーに腰掛け、対面に座するベルファスト国王と、獣人の王と思わしき人物に頭を下げた。
「……怪我の方は問題ないのか?」
ベルファスト国王がわずかに表情を崩して問う。
「はい、お陰さまでこの通りです。私を治癒してくださり、ありがとうございます」
リンクは、獣人の王へと向きを変えて頭を下げる。
「いやいや、当たり前のことをしたまでだ。それより自己紹介がまだだったな。儂はジャムカ・ブラウ・ミスミド。この国の王の任を受けている。そなたは?」
「リンクです。そしてこちらがーー」
「ああ、よい。名を知らぬのはお主だけだからな」
どうやらリンクが倒れている間に自己紹介は済ませてしまったようだ。失礼しましたと短く詫び、リンクは再びベルファスト国王へと向き直った。
「それで、ベルファスト国王様。お話ししておかなければならないことがございます。ミスミド国王もお聞きくださいませ」
「ーーガーディアンたちのことだな」
「左様でございます」
「ふむ、それは二日前にベルファスト国王から伺った。なんでも我が領土のエルドの村が壊滅状態になったそうだ」
「……私たちも尽力しましたが、複数のガーディアンやライネルと呼ばれる強靭な獣の襲撃を食い止めることはできませんでした。大変申し訳ありません」
ユミナが答えるとおしとやかに頭を下げる。それに倣い、仲間たちも頭を下げた。
「よいのだ。生き残った兵士に聞いたが、あれに関してはもはやどうしようもなかった。我が兵士も半数以上が亡くなってしまった。そなたたちの無事を喜ぶしかないだろう」
ミスミド国王は瞳をつむりながら答えた。黙祷のつもりなのだろう、しばし彼は黙った。そしてふうと息を吐き、待たせてすまなかったと言う。
「では本題に入ろうか――といって君の言いたいことはわかる。今こそ他国で連携を取り、ガーディアンを対策する、ということだな」
「その通りでございます」
リンクはコクりとうなずいた。
「ただ、危険生物はガーディアンだけではありません。ボコブリンや、ライネルといった奴等も危険です」
「ふむ……そ奴等も最近出現しているということか」
「はい」
「……我がベルファスト王国のギルドにもそのような生物の出現報告はある。国の兵士を派遣して正式に調査に乗り込むか考えていたが、本気で取り組むべきだろう。早急に対策を練るとしよう」
「ありがとうございます」
そういうとリンクはペコリと頭を下げた。
これでこの話は終わりだろうと場の空気がそう告げ、ミスミド国王の表情が柔く見えた。
「――では堅苦しい話はこれくらいにして……ちと儂の頼みを聞いてはくれぬか?」
「なんなりと」
そうリンクが答えた瞬間、王の傍に控えている側近たちが呆れたような顔をし始めたのが傍目に見えた。どういうことだろうかと思索を巡らせていたその時、王の口から言葉が放たれた。
「リンク殿、そなたの腕はなかなかに強いものと見た。ぜひ儂と手合わせ願えないだろうか」
王は爛々と光る眼でリンクを見据えながら告げた。リンクは思わず顔を上げ、は?と漏らしてしまった。まさか目覚めたばかりで戦いを申し込まれるとは思ってもいなかったからだ。
「……陛下は私と戦いたいと仰るのでしょうか?」
「いかにもだ。ワシの国の平士をほぼ全滅させたような敵に打ち勝ったその技量を聞いて確信したのだ。この者は儂を満足させてくれるとな。儂は強者と出会うとどうも滾ってしまうのでな……」
嬉しそうにはにかむ国王に、側近たちや、果てはベルファスト国王までもが苦笑いを始めている。どうやらこの王の武人ぶりに辟易とさせられているのだろう。
だが、リンクはこういった人間は嫌いじゃなかった。己の強さに正直で、常に限界を求め続けるために戦う姿勢を持つ者との戦いは楽しいものだ。
リンクは頭を下げつつ口角をわずかに上げた。
「いいでしょう。その勝負、お受けいたします」
そういってリンクは立ち上がり、一人の武人の真剣な眼差しを受け止めた。
王の間を離れ、一同は王宮の裏手にある闘技場へと向かった。国王の後ろはリンクが、その後ろをエルゼやリンゼたち、そして側近たちが歩いていた。
「そういえばリンク殿の試合を見るのはこれで二回目でござるな」
「そうね。またアイツが勝つんじゃないかしら?」
「――その方がありがたいですよ」
エルゼがそういうと、側近が口をはさんできた。国王に対するものとは思えない言葉が飛んできて、仲間たちはびっくりする。
「……あの、国王様に対してそれは――」
「ああ、勘違いしないでほしいリンゼ殿。別に獣王陛下をお慕いしていないわけではない。ただ陛下はこういったことに対しては見境が無くてな、国政をないがしろにしてしまうんだ……しかも今まで無敗なんだ」
「無敗とは……それはなかなかお強いですね。リンク様でも……」
「だがここらで叩いてくれれば少しは治ってくれるかもしれない。我々としてはぜひリンク殿に勝ってほしいものだよ」
そんな話を後ろがしているうちに競技場にたどり着いてしまった。獣王は闘技場の控室にある武器倉庫から、模擬専用の片手用直剣と盾を持って、戦いの舞台へと躍り出た。リンクもまた片手直剣と盾をそこから拝借して、同じく舞台へと上がる。観客たちは闘技場の端で観戦を決め、そこへと向かった。
武器を握りしめた二人は中央へと向かい、そこで適度に距離をとって向かい合った。
(なんだか懐かしいな)
リンクはふっと、かつての記憶を思い出した。ハイラルの大地で最終決戦の舞台へと向かう際に訪れた、廃墟と化した闘技場でよみがえった記憶だ。
100年前、リンクがまだ近衛の剣士に過ぎなかった頃たくさんの騎士とここで戦った。騎士の目的は一つ。王とその娘にその実力を誇示することであった。良き成果を上げたものは、ハイラル国直属の騎士団はもちろん、王族の傍付きの剣士としての選出もあり得た。故に国中の強者がそこに集い、研磨された剣術を競い合ったのだ。
その中でリンクは比類なき強さを見せ、齢がリンクの2倍も3倍もするような剣士さえも破った。これによりハイラル王の目に留まり、ゼルダ姫の傍付きとして選ばれたのだ。
リンクがこうして思いをはせている間に、審判役を務める側近の獣人が二人の間に立った。
「勝負はどちらかが致命傷になる打撃を受けるか、あるいは自ら負けを認めるまで。魔法使用も可。ただし本体への直接的な攻撃魔法の使用は禁止。双方よろしいか?」
彼がそう叫ぶと、二人はコクリと頷く。元からそんな小細工などいるものか。そう思い、リンクは目を細める。すると、獣王もまた、こちらを見つめ返してきた。
(――なるほどな)
今目の前に立つ獣王が与える視線は、リンクがその傍付きに選ばれることになった試合を想起させた。あの相手もまた、これと同等の視線を与えてきた。まるでリンクその物を見透かすような、鋭くまっすぐな視線。槍のように痛みを与え、それでいて心を縛る。並大抵の"盾"が無ければ、心はあっという間に壊れるだろう。あんな目ができるなんて、奴は只者じゃない。剣を交えずとも、分かるのだ。
もう戦いは始まっている。リンクは抵抗するようにぐっと剣を握りしめ、同じく睨み返した。そしてゆっくりと腰を落とし、右足を後ろに引く。獣王もそれに合わせ腰を落とした。
徐々に互いの緊張が高まり、いつの間にか側近たちの話し声も消える。互いに挟まれた空気の熱が膨らみ、限界まで達するのを待つかのように審判も溜める。互いが前傾姿勢になり、ボルテージが最高潮になった瞬間――
「では、始めっ!!」
全てが弾けるように、二人は地面を蹴り、火花を散らした。その間一秒もない。空気が揺れ、砂ぼこりが二人を取り巻く。すさまじい剣圧が生んだ現象に観客は僅かに目を見開く。
だが、戦闘というのは移り変わるもの。すぐに獣王が上に剣を振り上げ、強引にリンクを弾き飛ばすと胴へと斬り込んできた。力強さを感じさせる一太刀にリンクの肌はプルっと震える。リンクは剣を下に回して何とか防ぎ、攻めに転じるべく上へと再び返して水平に斬ろうとする。
だが、突如顔面に大きな影が迫る。獣王の木の盾だ。まさか盾を攻撃手段にするとは――意表を突かれたリンクはとっさに盾を掲げて、何とか受ける。しかし、勢いまでは殺しきれず、よろめいてしまう。それを隙と見たか、獣王は間髪入れずに突きを放った。
だが、盾でのガードで、頭にダメージが行かなかったのが幸いし、相手の一撃がかろうじて認識できていた。リンクはふらつく動きに合わせて地面を蹴って突きを躱し、きっと睨み付けてから、上空に弧を描くように斬り下ろした。獣王は突きをしたせいで回避や合わせ打ちにそうそう移行できない。これで勝負は決まった。
だが、リンクの剣は虚しく宙を斬った。砂ぼこりだけが待ったが、感触は伝わらない。まるで獣王がそこから消えてしまったかのようだ。現に彼はリンクの視界には存在しない。一体どこへと消えてしまったのだろうか――
「――!!」
突如リンクの背に尋常ではない殺気が伝わった。これは危険だ、そう本能で理解したリンクはとっさに前転した。そしてばっと振り返る。すると、そこにはにやりと笑む獣王が剣を振り切った状態でそこにいた。だが、あんな一瞬でどうやって背後に回ったのだろうか。リンクが剣を振った瞬間から一秒たったか怪しい。
「――今のを避けるとはな、流石はリンク殿だ」
「……今のはどうやったんですか」
「無属性魔法《アクセル》だ。身体の速度を上げる魔法だよ。尤も魔力をかなり食うからそんなには発動はできないがな」
答えは本人が教えてくれたようだ。道理であんなに素早く移動できるわけだ。
だが、これを知ったところでどう攻略すればいいだろうか。そんなリンクの心中を見透かすように、ふてぶてしく笑んでみせる。
「――ちぃっ!!」
リンクはだっと駆け出して剣を振る。だが、その一撃はまたも宙を掻っ切るにとどまり今度は右から剣が飛んできた。何とか反応して受け止め、反撃するも今度は背後へと剣が迫る。どうにか転がってそれを躱し三度剣で応じるが今度は振り切った直後に再び現れて突いてきた。盾で受け止めるも、すぐにまた姿を消し、別の方向から襲い掛かってくる。何とか直撃は避けているが、ペースを取り戻せるほどの余裕はない。完全に相手の優勢であり、防戦一方を強いられている。
「リンクさんが、押されています……!」
観戦をしていたリンゼがわなわなと震えながらつぶやいた。
「獣王様が魔法を使われた時から一気に劣勢になりましたね。あの無属性魔法はとても強力です」
「アタシのブーストも似たような感じだけど、こっちはスピードに特化している。しかももともとパワーも高いから喰らったらただじゃすまないわね」
エルゼが深刻そうに俯いた。
「しかし陛下の攻撃をかわし続けるだけでも十分すぎるほどにお強いです。陛下のアクセルをしのぎ切るなんて到底不可能です」
側近たちはリンクの実力に感心しつつも、勝敗は見えているというように息を吐いた。
「――はぁっ!」
リンクは喰らい付くように剣を振り続ける。しかしそれは躱され、もはや様式のように防御一辺倒になる。そして、ついに切っ先がリンクの左腕をかすめた。
「――ッ!」
リンクは舌打ちをしながらばっと飛びのいた。そして青くなる痣を見つめ、限界の訪れが近づいているのを自覚する。獣王はにっと笑うともはや何度目かわからない《アクセル》を詠唱した。
その刹那、獣王の体は空気と同化するように霞み、そしてリンクの目の前で木剣が天の光を浴びながら振り下ろされた。リンクは盾を掲げてどうにか防ぐ。しかし、元の剛力と加速した勢いを殺しきることはできず、リンクは大きく吹っ飛ばされた。闘技場の壁に思い切り背を叩きつけられ、肺から空気が無理矢理吐き出される。地面へと崩れ落ちたリンクはどうにか立ち上がるも、目の前の光景で息を呑んだ。遥か前方で獣王は剣を構えている。普通なら剣の間合いから大きく外れているので、危惧する必要などまるでない。だが、相手はどんな距離でも一瞬で駆け抜けることができる魔法を使う剣士である。故に、疲弊したリンクを刈り取ることなど造作もないのだ。
とにかく凌ぐしかない。そう思い、リンクは左手にある盾を掲げようとする。だが、左手にあるはずの盾は、いつの間にか屑と化していた。足元に木くずが散らばっており、もはや使い物にならない。木剣で防げるようなものでもないし、防げたとしても、最大威力で打ち込まれれば一瞬で砕け散るだろう。もはやこれで、勝敗は決した。
リンクはきっと睨み付けた。だがそれは敵意ではない。自身を打ち取った剣士への敬意だ。
獣王は呪文を唱えた。きっと音速で剣が飛んでくるのだろう。リンクはじっと見据え、敗北の瞬間を待つ。獣王の姿がかすみ始め、その場から消えてなくなる。リンクの目の前へと現れ、そして太刀を振るった。
だが――獣王の剣は、リンクへと届くことはなかった。
「なっ――!?」
獣王の体は、剣の間合いの外で停止した。まるで急に獣王の健脚に計り知れないほどの重さを持つ錘がつけられたかのようだ。
「へ、陛下はどうなっているんだ?」
「あの距離くらい、なんてことはないのに」
側近たちが疑問を投げかける。だが、横でユミナがぼそりと呟いた。
「魔力切れです。ミスミド国王様はリンク様に《アクセル》を多用しすぎました。故に魔力が枯渇してしまったのです」
「つまり――もうアクセルは使えないってことね!?」
エルゼが叫んだのを聞いてリンクは確信した。勝てる。勝つチャンスはある。
リンクはすうと息を取り入れ、弱り切った体をリセットする。そしてじっと獣王を見据え、地面を蹴った。
「はぁっ!!」
完全に攻めの意志が戻った剣は弧を描いて獣王へと襲い掛かる。獣王は慌ててそれを受け止めて流すも、完全には殺しきれず、二三歩後ずさった。魔力が切れ、動揺しているところを突かれてしまい、対処が遅れてしまったのだ。
そんな隙を逃すはずもなく、リンクは水平へと思い切り振る。再び剣に強い衝撃を与え、獣王は体勢を戻せない。リンクはこれを好機とみて猛攻をつづけ、ついには獣王を壁へと追い込んでいく。
「――がっ!!」
リンクの強い一撃により、剣ごと吹き飛ばされて壁へと背を打った。その衝撃で体勢が崩れ、懐をがら空きにしてしまう。すぐに立て直すべく、きっと顔を上げ、剣を構え直そうとした。
だが――その時にはもう遅かった。リンクの木剣が喉元へと突き立てられていた。動いたら生命を奪う。そう告げられた獣王はだらりと両手をたらし、武器を地面へと落とした。
戦う意思の放棄は周囲に伝わり、審判がそこまでと叫ぶと試合は終わり、両武人はやややつれた顔で笑みながら握手を交わしたのだった。
一応新章に入りました。