異世界はシーカーストーンとともに。 作:愚の骨頂だよねぇ?
「見事な戦いだったぞリンク殿。まさか魔法もなしにこの儂を倒すとはな……」
あの戦いの後、しばし休んでからパーティーが催された。何でも、リンクが獣王を破った記念のパーティーという名目だそうだ。自身が破れたにもかかわらず、こういったパーティーを開くというのは、単に開き直っているのか、それともよほどの大物か。どちらか分からないがとにかく楽しむことにし、リンク達も参加した。
貴族たちがグラスを握りながら談笑し、場はほどほどに温まっている。同じくグラスを握ったミスミド王国を収める獣王が参ったというように笑いながらリンクを讃えた。
「いえ、貴殿の剣技もまた比類なきものでした。辛勝したものの、まだまだ自分は未熟であると気づかされました。本当に良き試合でした」
そういってリンクは頭を下げた。
獣王との試合は、これまでリンクが経験したものとは異質だった。求められたのは己の筋肉や経験以外のステータスだけではなかった。魔法があるということを前提として戦わなくてはならなかったのだ。てっきりあんな加速魔法を使ってくるとは思ってもいなかったし、それに対しての効果的な対処法など思いつかなかった。結局は相手の魔力が切れて勝ったのだが、あの魔法だけは最後まで超えることができなかった。あのような強敵に勝てたこと自体は嬉しいが、完全勝利と言えず、どこか煮え切らない。
とはいえそれを表に出してしまうと敗者への追い打ちになりかねない。故にそれを仕舞い込んで、ありがとうございますと感謝を述べた。王はものすごく上機嫌な顔をして、うんうんと頷くとまた戦おうといってリンクの下を去っていった。
その後は様々な人間に囲まれ、王を倒してのけた実力はどこで身につけただの、冒険で得た話などを延々と聞き続けられ、リンクは途切れたと思ったその瞬間に、パーティー会場を抜け出した。
廊下に出ると、そこは明かりがほとんどなく真っ暗であった。強いて言うなら、月明りが窓から差し込むのみであり、パーティー会場のきらびやかな光景とは、対するものであった。
リンクは窓の縁に肘をつくと、息を吐いた。リンクはあまり人ごみが好みではない。ハイラルにいた頃もこうしたパーティーなどは出来る限り参加せず、せざるを得ないときは警備係をすすんで申し出た。警備係は寡黙でいなければならないが人との接触を避けられるのでこれ以上に望むものなどなかった。
とはいうものの、今回は警備係でもない。故にあまり席を離れすぎるのは無礼きわまりない。そろそろ戻ろうかと思い、窓につけていた肘を離した。そして元の道へと戻ろうとした。
だが、ふと小さな足音が聞こえてきた。
敵襲か――
リンクはぴくっと体を震わせ、咄嗟にシーカーストーンを取り出し、収納してあったマスターソードを取り出す。パーティー会場の来客が武器を持ち込むのはご法度であるため、シーカーストーンに隠すしかなかった。光の残滓が薄暗い廊下に浮かび、リンクの険しい表情が仄かに照らされる。戦意のこもった目線は、目前の敵に――
「え……?」
リンクは目を見開いた。そこにいたのは、小さな、クマのぬいぐるみだった。しかも、二本の足できちんと直立しており、こちらを見つめてくる。大体50センチほどあり、リンクの膝よりも小さい。デザインも、シンプルながらに愛くるしく、剣を仕舞い込まざるを得なかった。
だが、なぜいきなりこのぬいぐるみが現れたのか。危険、というよりは疑惑の方が強く、しばらく互いににらめっこ状態になってしまった。
しかし、硬直状態はすぐに終わりを告げる。ぬいぐるみの手が突如、くいくいっと動いた。どうやら、手招きをしているようだ。ついて来いと、言わんばかりに。
どうするべきか。リンクは考え込んだ。自律的に動くくまのぬいぐるみなど見たこともないし、怪しすぎる。しかし、このままここでじっとしていても、何も解決しない。リンクはコクリと頷いて、クマについていくことを選んだ。
ひょこひょこと歩くこと数分、ドアの前でクマが立ち止まった。そして、自身の背丈を超える高さにあるドアノブをぴょんと飛んで器用に回し、ドアがぎいっと部屋の奥へと開いた。ドアの隙間から、月明りが差し込み、リンクは僅かに眉を顰める。クマはまたもくいっとリンクを招き、リンクはその後に続く。
部屋は紫の色調が多く、全体的に暗い、というかどこか妖艶な雰囲気に感じる。ゲルドの街に会った、秘密のクラブによく似ている。とはいえ、あそこに比べたら広く、家具もきちんとそろっている。恐らく、ここはただの生活部屋なのだろう。
「……あら、奇妙なお客様を連れてきたわね。ポーラ」
突如、奥から女性のものと思わしき声が聞こえた。リンクははっと声のした方を向くと、そこには一人の少女がいた。
しかも、ただの少女ではない。背には透き通った羽が生えており、まるで蝶々のようだった。出で立ちもなかなかに独特といえるものである。黒を基調としたドレスを着用しており、髪は銀色に染まっている。彼女の背には、淡い月明りが差しており、この世のものとは思えない美を、放っていた。
「あなたは……?」
「まず来客した方が名乗るのが先じゃなくて?」
甘く、そしてわずかにねっとりとした声でリンクに尋ねる。
「失礼いたしました。リンクと申します」
リンクは軽く詫び、名乗った。
「……ほう、リンクというのか。私はリーン。ミスミド王国の魔術師にして、妖精族の長よ。この人形はポーラっていうのよ。あと、そこまで畏まらなくてもいいわ」
なるほど、だから羽根が生えているのか。しかし、リンクの知っている妖精というのは、光の粒に羽根が生えているような類いのものであり、人間型ではなかった。故に少し驚いている。
「それで、リンク。あなたは未知の化け物を蹴散らしたとの噂があるけど」
未知の化け物、というのはライネルやガーディアンのことだろう。リンクはこくりと頷いた。
「それを倒したのは俺です。まあ、俺一人だけの功績ではないんですが」
「それも承知している。ただ、何故あなただけその魔物を知っている、というのも気になるのだけどね」
若干彼女の目が細くなり、リンクはわずかに目をそらす。
「……奴は俺の故郷にいた敵です。ここから遠く離れたところに生息していたのでーー」
「妖精族っていうのは長寿が特徴なのよ。だから私、こう見えても600年生きてるの。だけど、今までの人生であんな化け物のことを聞いたことはないわね。いくら遠い国でも、奴の情報を秘匿するはずがないし、他の国でどうにかするのが定石のはずよね? 何か、隠してないかしら?」
そういわれてリンクは黙り混んでしまった。それはそうだ。ガーディアンみたいな化け物がもし出たら他国でも噂になるのが普通だ。どうやら彼女は相当頭が切れるようである。
リンクはふっと笑い、降参するように両手をあげた。
「……参った。あなたのいう通り、隠していることはある」
「――なるほど。ポーラに面白そうな人間をつれてきてって《プログラム》の呪文を掛けたんだけど、当たりを引いてきたみたいね」
「プログラム?」
「簡単にいうと、対象の行動を規定し、その通りに行動させる魔法ね。ポーラみたいに意識のないものであってもこうして動かすことができるの」
なるほど、だからあのクマのぬいぐるみは動いていたのか。もしそれができたら、あらゆるものを動かして戦いの道具にできそうだ。もっともリンクには魔術の心得はほとんどないため、修得はできないだろうが。
「しかし、あなたは本当はどこの出身なの?」
リーンが意地の悪そうな笑みでリンクを見つめている。
どうするべきか。俺は異世界人といってしまってもよいだろうか。だが、もはや嘘はつけないだろう。ついたところで、また粗を追求されるに決まっている。
リンクは観念したように息を吐き、ボソリと呟いた。
「俺は、この世界の人間じゃない。また違う世界から来たんだよ」
「ーーなるほどね……まあただ者ではないとは思ってたけど、本当にただ者じゃなかったみたい」
リーンはふふと不敵に笑むと、こつこつと、ヒールで音を立てながらリンクへと歩み寄った。
「じゃあ異世界人のあなたに二つ質問するわ。まず一つ目、"フレイズ"って、知ってるかしら?」
「え……?」
フレイズ……?
リンクは初めて聞いた言葉に首をかしげる。その反応を見たリーンは、わずかに俯いた。
「――知らないようね。昔、私がまだ小さかったころに、一族の長老から聞いたお話があってね。どこからともなく現れた「フレイズ」という名の悪魔が、この世界を滅ぼしかけたとか……。その悪魔は"半透明"の身体を持ち、死なない不死身の悪魔だったとかいう話よ。結局、その悪魔は現れた時と同じように消えていき、世界は何事もなかったように元に戻ったらしいけど……」
「半透明の身体の悪魔だと……? もしかして――」
「あら? 心当たりでもあるのかしら?」
「ああ。ここに来る前、ベルファスト王国の領で水晶で出来た化け物がいた。魔法攻撃は効かず、たいていの物理攻撃も防ぐほどの防御力を持っていた。一応倒せたんだがな」
「――なるほどね。実は私たちの方でも似たようなケースがあるのよ。数日前、ミスミド王国のとある森の中の空間に、小さな亀裂が前触れもなく現れたのを発見したの。そしてそれは日が経つにつれてだんだんと大きくなっていったの」
リーンは息継ぎをするように小さく口を突き出し、空気を取り込む。
「それで、私は興味が沸いて国の兵士と共に見に行ったの。でも、そこにあったのは、壊滅した村と水晶の化け物だけだった。私たちの舞台も応戦したけど、何しろ魔法も剣も受け付けないのだから、被害は尋常じゃなかったわ。一応魔法を利用した物理攻撃なら効くとわかったから、大岩を作って、真上から落として倒したけどね」
「リーンの言葉を聞く限り、あの水晶の魔物はフレイズっていうっていうのでいいのか?」
「確証はないわ。すでに長老も亡くなっているし、長老自身、子供の時に聞いたおとぎ話だって言ってたもの。だけど、特徴はかなり合致はしてるわね」
「――なるほどな。残念ながら、俺の世界にあんな奴は存在しなかった」
「まあそうでしょうね。じゃあ二つ目。貴方の知っているあの化け物たちは、何故ここに現れたの? まさかあなたが連れてきた、とかではないでしょ?」
リンクは首を思い切り左右に動かした。
「それはない。そんなこと俺にはできやしないし、魔術だってほとんど使えない」
「なるほど……じゃあ腕っぷしひとつでやってきた感じなのかしら?」
「間違いじゃない」
リンクはこくりと頷くと、背を向けた。もう戻らなくてはいけないだろうと思ったからだ。
「あら、もういくの?」
「ああ。そろそろパーティーに戻らないと、不審に思われる」
「ふぅん、じゃあまた会いましょう?」
リンクはそれには答えず、部屋の扉を開けた。自分が異世界人であることを一発で見抜いたリーンという女。あまり話してしまうと、自分のすべてを暴かれてしまいそうだ。リンクとしてはできればもう、話したくはない。
廊下へと足を踏み入れ、じゃあなと口にしようとしたその直前、リンクの前を人がよぎった。顔がぶつかりそうになり、慌てて引っ込める。走った人間もリンクに気づいて、急ブレーキをかけて頭を下げてきた。
「申し訳ありません!! 急ぎだったもので……!」
「い、イヤ大丈夫だ。それよりなにがあった?」
リンクが尋ねると、兵士は思いつめたような顔をしながら答えた。
「実は、ミスミド王国周辺に巨大な化け物が現れたんです! 水晶で出来ているんですが、色がものすごく禍々しいんです……!」
「水晶の……化け物!? それって――」
リンクは、冷や汗が流れるのを感じた。先ほどリーンと話した言葉がよみがえる。まさか、あいつがまた現れたのか……?
「くっ……!!」
「あっ……」
リンクはシーカーストーンでタキシード姿から英傑の服へと変え、戦闘に適した格好にしてから廊下をかけた。ミスミド王国の宮殿の扉を開き、外に出るとそこには――破壊音や悲鳴が飛び交う宵闇の空間と化していた。
城下町から逃げ惑う獣人たちが一斉に城へとなだれ込む。それを何とかかわしつつ、リンクは敵を補足するべく、城下町へと急いだ。
城下町へと進むたびに、人々はいなくなっていき、リンクの足は早まる。剣を抜き払い、戦闘にいつでも持ち込めるように準備をした。
ふと、その時リンクは剣の輝きが増したのを見た。ぼうっと剣を包む光が膨張し、力が増幅されていくのを感じる。マスターソードが力を増す場合、近くに厄災の気配を感じているということになる。厄災ガノンに支配されたガーディアン等はその例であり、その怨念をマスターソードが感じ取り、潜在能力を引き出している。
ということは、この近くに厄災の気配が、あるということだ。
だが、以前水晶の魔物と対峙した時だって、マスターソードは反応はしていない。ということは水晶の化け物以外にガーディアンでもいるとでもいうのか。
途端、リンクの視線の先にある家屋が粉々に砕け散った。煙が舞い、破壊した主の姿は見えない。
だが、その刹那――赤い丸の光が、リンクを射た。ドクンと心臓が高鳴る。喉が渇き、生唾を呑むも、まるで潤せない。この赤く、禍々しい光を、知っている。ハイラルの地で何度も見てきた色。それらの色を帯びるものは、共通してリンクの敵であり、倒すべき相手であった。
煙が薄れ、その姿が徐々にさらされていく。何物も受け付けない水晶の強固な身体に、3メートルはありそうな体躯。そして、歩くたびに割れる地面。それだけでも脅威だろう。
しかし、水晶というにはあまりに透き通っていない。血のように流れる、赤い濁流が体中を駆け巡り、燃えるような赤い双眸がリンクを見つめ続けている。4足歩行で唸りながらこちらに迫る姿はさながら醜悪な豚に思える。この世の汚物すべてを、透き通った体に詰め込んで、醜くさせた姿が、こうして具現化している。
「……ま、まさか――」
リンクは、なおも輝きを増しているマスターソードを震わせながらつぶやく。奴は、まぎれもなく以前戦った水晶の魔物だ。しかし、それだけではない。100年前に倒せなかった、厄災との融合を果たしているのだ。
「そんな……ばかな……」
いったいどうしてだ。どうして奴と、あの魔物は融合を果たせた? 互いに違う世界の、住人のはずだ。
青ざめるリンクは一歩、二歩と後ずさる。そんな、勇者を嘲笑うように水晶の魔物は、禍々しい瞳でリンクを除き、にぃっと醜く嗤って見せた。そして――奴は牙をむいて、こちらへと突進してきた。
「――グラァッッ!!」
奴の突進を見て、リンクはちっと舌を鳴らした。もはや戦うしかない。いったい何が起こっていようとも、こいつを倒さなければ――未来はないのだから。
水晶の魔物+厄災とかいうチート