異世界はシーカーストーンとともに。 作:愚の骨頂だよねぇ?
「ここが例の……」
目覚め、瞳を開けたリンクはあたりを見回す。周りは草木が多く、心地よい風が吹いている。まあまあ固い地面を踏みしめながら、すぅと息を吸う。
「余り、ハイラルと変わらないな」
ハイラルもまた、自然豊かで生気に溢れている大地だった。今は厄災ガノンの復活の影響で、嫌な魔力に蝕まれつつあるが、それでもなお雄大で逞しさを感じさせた。
とりあえず町へ向かおうか。そう思ったリンクは腰に収納してあるシーカーストーンを取り出す。古代の人間が開発した代物であり、実に様々な機能が搭載されている。その一つにマップがあり、周辺情報を確認することができる。因みにワープの機能も付いている。
マップを見ると、見慣れているハイラルの地図にはなっていなかった。見事にこの世界仕様に変わっており、見たこともない地名がちらほら散見される。
現在地から近い街は、リフレットというらしい。早速そこまで向かうことにする。きっと街に行けば、魔法に関する情報は得られるはずだ。
道なりに歩いていき、町に着くととりあえず町の探索を行った。市場、人々、食料、文化。あらゆるところを観察して、少しでも情報をつかむしか今のリンクにできることはない。
入口のすぐそばの商店街に入り、商人たちがリンクを呼び込む。だが、この世界の通貨を一枚も持っていないリンクにはどうしようもないので一応品物だけ見てその場を去っていく。
「とりあえずお金と寝処は確保しないとな」
野宿自体は慣れているが、ずっとは正直しんどい。何かを売ればお金になるだろうか。歩きながら金策を練りだしていると、横から声が聞こえてくる。
気になって振り向いているとそこには言い争う男女の姿があった。正確に言うと、男二人組と女二人組。男の方は、いかにもガラの悪そうな感じである。一方女の方は銀髪で、二人とも割と似ている顔立ちをしている。格好も黒い上着に白の服という感じでほとんど同じだが、下半身は少し違う。長髪の方はキュロットスカートであり、短髪の方はフレアスカートだ。だが、女性の服装に疎いリンクにはどうでもよかった。それよりも、何が行われているのかが気になった。
「約束が違うわ! 代金は金貨一枚のはずよ!」
長髪の方が男たちに叫ぶ。しかし、男たちはヘラヘラと嗤いながら答えた。
「何を言ってやがる。確かに水晶鹿の角を金貨一枚で買うとは言った。だが、ここに傷がついているじゃねえか? これじゃあ値が落ちちまうからな。ほらよ、銀貨一枚受け取りな」
「こんな小さな傷、傷物に入らないわよ!」
リンクはシーカーストーンを取り出し、望遠鏡の機能を使う。少女の持つ牙にフォーカスすると、確かに傷はある。しかし破損レベルではなく、すっと掠ったような跡があるだけだ。
ただリンクは男の方にも正当性があると思った。取引で提示される物品は当然満足な状態でなくてはならない。それが礼儀というものだし、ハイラル各地での頼みごとをされた時も破損した状態ではもっていかなかった。
ただ女の方にもその条件を提示しなかったわけであり、こうして抗議する女の方にも正当性はある。ようするにどっちもどっちだ。
「……もういい。だったらその牙返してもらうわ。お代はいらないわ」
長髪の少女が手を差し出す。その手にはガントレットが取り付けられており、かなり大きく質の良いものだ。リンクは少しだけ目を見開かせる。見かけによらず闘いが得意かもしれない。
「そうはいかないな。俺たちはこれを貰ったからな。お前らに渡すつもりはない」
「なんですって!? こうなったら力づくでも!」
――まずい。
緊迫した空気になった。このまま放っておけば、周りに被害が及ぶ。リンクは望遠鏡機能を閉じ、人垣をかき分け始めた。
そうしている間にもロングの少女が腰を落とし、地面を蹴り上げた。いきなりの戦闘開始に男たちは一瞬すくむも、ニヤッと笑ってナイフを構える。少女のストレートパンチが男の顔面目掛けて繰り出されようとまっすぐ宙を貫く。その刹那、リンクは腰につけているシーカーストーンを触る。すると背には、伝説に語り継がれている勇者たちが使った最強の盾、ハイリアの盾が現れた。それを素早く左手に取り、地面を思いきり蹴る。そしてーー彼女の恐るべき威力を秘めた一撃の間に、割り込んだ。
「なッ――?」
彼女は自身の表情を歪ませる。殴りかかられた男たちも呆然としている。きれいに軌道を描いた拳が、みごとに金属製の盾に阻まれている。しかも、威力を最大限にブーストしているにもかかわらず、盾が壊れるどころかびくともしない。それに不気味さを感じ、彼女はばっと後ろに飛びずさった。
「ふぅ……」
リンクは少しだけ息を吐き、彼女を見る。
「争いは止めろ。周りに被害が及ぶだろ」
「あ、アンタ何者よ!? 部外者がしゃしゃり出てくるんじゃないわよ!」
「こんなに周りに野次馬がいるのに部外者も何もない。それはそうと、貴方たちは傷のついていない角がほしいんでしょう?」
「あ、ああ……」
突如現れたリンクに困惑する男たちは生返事を出した。
「だったら新しく取り直してきます。場所は?」
「え……た、たしか――」
「確か西の森の方です。多くはないですが生息はしています」
これまで一度もしゃべらなかった、短い髪の少女が答えた。
「そうか……だったらこうしましょう。俺と彼女たちで新しいのをとってきます。それと金貨を交換で。無論傷があるものはなしでいいです」
「……お、おうわかったよ」
そういうと男二人組はすたすたとリンク達から離れていった。それと同時に野次馬たちも退散し、リンクと少女二人だけになった。
「貴方、どういうつもりよ?」
きつくロングの少女が問いただす。
「どういうつもりも何もない。傷物を渡して、新しいものと等価交換なんてありえない。だったらやり直しが当然だろ」
「あんなの傷のうちには――」
「入る。というか傷があればそれは傷だ。だから新しく取り直そう。もちろん俺も協力する」
「――わかったわよ。でもその代わりアンタには報酬をあげないわよ。三等分は厳しいしね」
「お、おねえちゃんそれは……」
「いいよ。その間にも少しカンをならしたいと思っていた。それに少しこの世界についても聞きたいことがあったし」
「こ、この世界……ですか?」
「どういうことよ?」
しまった。この世界の人間に疑惑を持たせてしまった。別に自分は異世界の人間ですといってもいいが、ややこしいことになるから控える。
「何でもない、忘れてくれ。それより、西の森に行こう」
「はぁ……そうね」
そういうと三人は西の森へと素材集めへと向かった。
「そういえばアンタ、名前は?」
「リンクだ。二人は?」
「アタシはエルゼ。で、こっちはリンゼよ。双子なんだ」
長髪の方がエルゼ、短髪の方がリンゼか。
「エルゼにリンゼか。よろしく」
「巻き込まれたようなもんだけどね。それはそうとリンク。あんた戦闘の経験はあるの?」
エルゼは質問してから愚問だということに気づいた。さっき自身の攻撃を難なく防いでいた時点で、只者ではないと思った。戦闘経験が無い筈がない。
ただなんで聞いたかというと、それはこの男が何者かを少しでも知りたかったからかもしれない。
「ああ、山ほどある。そこらの魔物には負けはしないだろうな」
「いうわね。まあでも水晶鹿はそこまで強くはないけどね」
「じゃあリンクさん。お姉ちゃんと同じように前衛をお願いしますね」
「わかった」
三人が会話していると、シカの姿が見えた。しかも水晶のように透き通っている。間違いなく例の奴だろう。
「あいつよ!」
「なるほど……」
エルゼは腰を落とし、リンゼは両手を開いて前に突き出す。エルゼが近接戦闘で、リンゼが恐らく魔法による遠方射撃を担当するのだろう。リンクも剣を払い、腰を落とす。エルゼはちらりとリンクの剣を見て、そっと冷や汗を流した。剣には詳しくはないが、この剣はとても強力な力を秘めているのが分かる。
それも当然だ。リンクが手に持つ剣は、勇者にのみ扱うことが許される退魔の剣《マスターソード》なのだから。
鹿はこちらを確認し、小さく吠えると、鋭い角を向けて突進してきた。角が依頼品ならば傷つけるわけにはいかない。エルゼは本来ならば正面の顔面にストレートパンチを浴びせたいところだが、今回はそういうわけにいかないので横に飛ぶ。後方にいるリンゼもあらかじめ突進の軌道からはそれておく。
しかし、リンクはその場から動かなかった。
「なっ――あいつ正面から受ける気!? 角が傷つくわよ!?」
エルゼはリンクに叫ぶ。しかし、今のリンクには、彼女の声は聞こえていなかった。
正直な話、エルゼのようにあらかじめ避けてもよかった。だが、リンクは自身の力を最大限に発するために、いち早く異世界での戦闘に慣れなくてはならないと思っている。ハイラルとは空気が違う場所。故にリンクの体もまた"ずれ"が発生している。そのずれを矯正するために、リンクは窮地――いや、窮地となる可能性へと追い込むべく、静止する。
蹄の音が反響する。その音が比例して大きくなるのを全身で聴く。そして、角がリンクの皮膚を貫こうと肉薄し、空気が、服がわずかに揺れた瞬間――リンクは横に飛んだ。
全てがスローモーションに見える。自分だけが動いているような感覚。しかも、エルゼもリンゼも、避けたリンクの動きなど見えていないだろう。リンクは軸足から先に地につき、くの軌道を地面に描くように敵へと跳んでいく。そして、水平に剣を振った。鹿の鮮血がリンクの頬をゆっくりと舐めていく。しかしそれを介せず軌道を返す。
その後は袈裟斬り、水平切り等といったように軌道が縦横無尽に刻まれていく。そのたびにリンクの肉体がきしみ、痛みが走る。肉体時間を加速させているということは、それだけ体の負担も大きくなる。
リンクはぐっと握りしめ、剣を振り下ろすと、全てを解き放った。その瞬間、時は動き出す。リンクの体内時計も1倍に戻り、鹿の体が鮮血を吹きだしてびくびくと震えた後、地面に伏したのが見えた。
「ふぅ……」
リンクは一息つくと、マスターソードをナイフ代わりに使い、鹿の角をきれいに取り出し、袋に入れる。その中に、血があまり付着していない肉を取り出してそれも中に入れている。
その中でリンクは実感した。問題ない。うまく体は機能している。これならば、この世界を取りあえず生き抜くことはできそうだ。
リンクはぱっと剣を一振りして地を払い、鞘にしまうとエルゼたちを見やる。彼女たちは、呆けた顔でリンクを見ていた。
「り、リンク貴方一体……? 動きが尋常じゃなかったわよ?」
「リンクさんの動きが異常に早かったです……魔法を使ったんですか?」
「魔法? 俺は使ってないし、そもそも使い方がわからない」
「つ、使ってないですって!? じゃ、じゃあ全部あなたの肉体が……?」
「ああ」
さも平然のようにのたまうリンク。しかし、常人にはあの動きは不可能だ。リンクに対し、エルゼとリンゼは疑惑を抱いた。
「……とりあえずこれを届けに行きましょう」
「そうだねお姉ちゃん」
「それとリンク、あとで宿屋に来て。貴方の事もう少し知りたいわ」
「わかった。俺も少し聞きたいことがあるからな」
約束を交わすとリンクは袋を持って、依頼主の下へと戻った。
倍速で動いているのにも拘らずスタミナが一ミリも減っていない英傑リンク君怖すぎます。