日向は瑞雲である。瑞雲である日向は、つまる所瑞雲であり、瑞雲である為に瑞雲らしい行動を心掛けている。
しかし、しかしだ。瑞雲は瑞雲であるから瑞雲であり、瑞雲らしい行動を心掛けている時点で、それは瑞雲とは言えないのではないか。
昨今、巷に蔓延る誤った瑞雲の扱いに、日向は何も出来ないでいた。
つまり、今の日向は瑞雲とは言えないただの日向でしかない。
しかし、瑞雲とは瑞雲であるが故に、それ故に完成された存在である。
であるならば、未だそれに至らぬ日向は瑞雲ではないが故に、それに至る為の日向の行為は無駄ではない。
つまり、瑞雲至らぬ日向は未だ瑞雲足り得ないが、しかし確かに瑞雲である事の証左である。
瑞とはめでたいしるし、瑞雲とはめでたき時に現れる雲。
おお、なんという事か。
まるで日向の歩みを祝福するかの如き言葉ではないか。
真、瑞雲とはよく言ったものである。
この日、蒙を啓いた日向は、行動を始めた。
全ては正しき瑞雲の為に。
ジウン、或いはズィウンよ……
我らの祈りが聞こえぬか……
三菱の日向にそうしたように……
我らに翼を与え給え……!
我らに翼を与え、人の愚かさを克させ給え!
海に浸かり、最早見えぬ暁の果て……
空よ……!
やがてこそ辿り着き、やがてこそ語り合おう
ズイウンランド、正しき瑞雲を啓蒙する会、ハッピーズイウン教、真理ズィウン派、正統ジウン派、聖ジウン会、ありとあらゆる瑞雲を信じる者達が集まる聖なる地にて、この様な禍々しい聖句が厳かに論じられていた。
おお、ジウン、或いはズィウンよ
我らの祈りが聞こえぬか
しかし我らは夢を諦めぬ
海に沈んだ水底の底で、見果てぬ暁を求めよう
嗚呼、夢は覚めず巡り、瑞雲もまた巡る
今宵もまた、同じ様に
それは最早、瑞雲を讃える聖句ではなく、瑞雲を求める己達への賛美と成り果て、瑞雲は瑞雲ではなくなってしまっていた。
瑞雲は瑞雲故に求めるものではなく、ただそこに在るもので在ると同時に、人には人の瑞雲があり、己の内にこそ己の瑞雲を求めるべきなのだ。
他人の内に、己の瑞雲を求める行為は、それこそ瑞雲を瑞雲ではない瑞雲に貶め、瑞雲から遠ざかる瑞雲となる行為に過ぎ瑞雲。
その様な行いを許す瑞雲ではない。
「ズイウンファイ!!」
見よ! 正しき瑞雲のエントリーだ!
「アイエエエエ! ズイウンマン?! ズイウンマンナンデ?!」
「イィヤー!」
「グワー!」
驚くダークズイウン達に、ズイウンマンの右瑞雲が炸裂!
ダークズイウンは爆破四散!
「おのれ、ズイウンマン! 何故ここが分かった?!」
「ダークズイウンよ、私は瑞雲の加護がある。つまり瑞雲判断だ!」
ズイウンマンには、瑞雲の加護がある。それは瑞雲が瑞雲として瑞雲する為に必要な瑞雲であり、瑞雲の使者たであるズイウンマンには必須瑞雲。
つまり、瑞雲の加護を持つズイウンマンこそ、正しき瑞雲なの瑞雲!
「認めん……、認めんぞ! 我らは瑞雲を貶める全ての鎮守府を瑞雲に染める。つまり、正しき瑞雲の布教者だ!」
「否! 瑞雲とは、瑞雲であるが故に瑞雲なのだ! 瑞雲は常に人々の心の中にある! 貴様らはそれを歪めた! ズイウンアローイヤァァァ!」
「アバー!」
「ズイウンナイフ!」
「グワー!」
「ズイウンフォール」
「アバー!」
哀れ、ダークズイウン達は瑞雲を間違え、瑞雲を哀しませた罪により爆発四散!
これにより悪なる瑞雲は去った。
しかし忘れてはならない。
瑞雲は全ての人々の心の中にあるものなのだ。
つまり、瑞雲は瑞雲であり、瑞雲とは瑞雲という事だ。