はじまり
その日、この俺狭見江竜司はヒグマ狩りと称したプリンキング……銃の練習に山に来ていた。
ガンマニアが高じて狩猟免許を取ってライフルを買い集めるのが俺の趣味だ。
その日の俺はご機嫌だった。念願のウェザビー・マークVが手に入ったからだ。
およそ市販される銃弾で最強といえる460ウェザビー・マグナム弾。
クマやサイや象、はては捕鯨にまで使われる最強の弾丸。
アーカードじゃあないが『こいつを受けて無事でいられるクリーチャーなど存在しない』
そのアーカードの454カスールより威力の高い弾なのだし。
職業柄警察にちょっとしたコネがあり買うことができたこのスペシャルな奴で思い切り銃を撃ちまくるのだ。
ヒグマ狩り?俺には残念ながら狩りはあまりできない。
猟犬を飼うのが面倒だったしな。
俺が狩れるのは探す必要もないほどうじゃうじゃいる鹿くらいものだ。
だからヒグマ狩りと称した射撃遊びだ。じゃなきゃ、一人で森には入らない。
一応鉈はもってきているけどね。
大岩を射撃の的に見立て、周囲に人がいないか確認してさあやるか、と撃つ。
大砲を発射したような音が響き、すさまじい衝撃が肩に来る。
「こいつは効くな!すげえ反動だ。こりゃ象でも鯨でも死ぬわ」
大岩には四方にひびが入っていた。このままだといつ崩れるかわからんし危ない。
もう1、2発で完全に崩れるだろう。
ウェザビーをカシャンと廃莢し、リロードする。
基本的に一発ごとにボルトを引いてリロードする必要のあるボルトアクションライフルなのだ。
さらに一発叩き込もうとしたところで、大岩から何か光のようなものがあふれた。
「なんだこりゃ、何の光だ。おーい誰かいるのか」
危険を感じた俺は後ずさろうとしたが、そのときすでに遅かった。
光は俺を包み込み、眼を開けると一面の荒野だった。
「さっきまでいた場所と違う?こいつは、一体何の罠だ?」
荒野というか原っぱだ。
一面に草木がおいしげり、地平線まで続いている。
幻覚だ。こいつは誰かが俺にかけた幻覚じゃないのか。
そう思ってありとあらゆる方法で確認してみたが、どうもそうではないらしい。
これは現実だ。訓練で身に着けた職能がそう言っている。
ケータイの反応は……圏外。馬鹿な、衛星電話だぞ?
GPSも同じく反応なし。
無線……雑音だけ。
弾丸、残り10発。
精神状態、多少の不安感はあるがグリーン。
いや待て、なんだこの違和感は。言葉が浮かび上がってくる。
「複製する程度の能力」
その言葉をつぶやいた瞬間、手に鋭い痛みが走り、右手を見ると刺青のようなものが縞模様のように入っていた。
「COPY……」
右手一面にそう書いてある。COPYCOPYCOPYと黒い文字が縞のように手首とてのひらの頭脳線のあたりに二本入っている。
「まさか、な」
俺は嫌な予感を感じながら弾丸を一発手にとって念じてみる。
「複製せよ」
と。
手を開いたときには弾丸は二発になっていた。
「二つ可能性がある。これは同業者が仕組んだわかりやすい幻覚であること。
もうひとつは俺が本当に幻想入りした可能性だ」
幻想郷。その存在が事実だと俺は職業柄知っている。
だが職業柄、そう見せかけた幻覚の可能性のほうが高いとも知っている。
再び俺はさまざまな方法でこれが現実かどうか、俺が「洗濯」されてないかどうか確かめる。
だが俺の技術はこれは現実だと保障する。
とはいえ、本当に深く巧妙な幻覚であればどう検証しても幻覚の内部からはそれが現実か幻覚か確かめられないのだが。
「とにかく、ここが幻想郷だと仮定して脱出を考えたほうがいいな。
だがあの八雲とかいう女なら俺が役目を終えるまでは帰さない女だ。
いや、だからこそか?あの女ならばこっちの筋に依頼としてもってくるだろう。
となると、完全なイレギュラーによる迷い込みか?」
いずれにせよ、トリガーとなったのは銃の発射か、あの岩の崩壊だろう。
ここが幻想郷ならばあれは力のある要石か何かで、それを俺が壊したから迷い込んだ。
ここが幻覚ならば誰かが俺が銃を撃つのを引き金にして幻覚を見るように俺に仕込んでおいた。
どっちにしろ危険だ。
「これが幻覚を見ているなら俺は銃を持って妖怪だと思い込んで人間を撃ってしまうかもしれんしな。
いやだがマナが妙に濃い?いずれにせよ、ここにいても無駄か」
職業柄身に着けた感覚が深い森よりもこの平原のほうがマナが濃いと感じさせる。
これは本当に幻想入りを考えたほうがいい。
このまま座して死を待つよりはいいだろう。俺は動くこととした。
とりあえず北へ、北へ。
しばらく歩き続けたら石碑を見つけた。
自然石に注連縄をまきつけ、蛇の文様が彫ってある。
「道祖神……村の境目か。蛇ってことは守谷神社か?」
俺はとりあえず無断侵入といわれないように祝詞を声を張り上げて言う。
「かけまくもかしこき守谷神社の大前に狭見江竜司、かしこみかしこみ申す!
我道に迷いたれば、大前をかしこみかしこみも遥かに拝み奉くとを申す!
(心に思うのもおそれおおい守谷神社の御前に狭見江竜司が恐れ謹んで申します、
道に迷ったので、御前を恐れ慎み遥かに拝礼いたします)」
……反応なし。さらに歩く。
森が見え、森の前に注連縄が張ってある。
どうやらこれが守谷神社の結果いらしい。
多分祭場か何かなのだろう。とすれば回り込めば神社に向かうはずだ。
俺は森を大回りするように注連縄にそって歩いた。
「待て、ここをどこだと心得る。洩矢神の聖域なるぞ
大和の神官」
森から白蛇が一匹でてきて俺に言った。
俺は大仰に一礼し、再び祝詞をつむぐ。
「かけましくもかしこき洩矢の大前にかしこみかしこみ申さく。
大前の訪れ現れつることを嬉しみ。狭見江竜司、道に迷いたれば、道を教えたまえと乞い祈り祭る
(心に思うのも恐れ多いモリヤの御前に恐れ多くも申しますことには、
あなたがいらっしゃったことをうれしくおもいます。私は道に迷ったのでどうか道を教えてくださいとお願いします)」
「ふざけるな、大和の神官。
道に迷っただと?白々しい……戦の作法も忘れたか!」
白蛇がそういうと蛇が集まって少女の形を取った。
帽子に紫の貫頭衣。伝え聞く「あの」漏矢諏訪子の姿だった。
「もういい、ゴミのような霊力のお前はゴミのように死ね」
漏矢諏訪子が殺意を持ってこちらをにらみつける。
まずい、大和の神官だって?どういうことだ、漏矢諏訪子は八坂神奈子と戦って大和に恭順したんじゃなかったのか?
「待て、今はいつなんだ?あんたは何を言っている。
とにかく落ち着いて欲しい。俺はそもそも神官じゃない」
まずいな、怒れる神と出会ったことなどない。
これは戦うことを覚悟しなければならないか。
「もういい、もうしゃべるな、不快だ」
どうやらあちらさんは矛を収める気がないらしい。
「幻想郷らしくスペルカードルールで行こう。
俺が一発だけ撃つ。あんたがそれで無事じゃなかったら俺の話を聞いてくれ」
「黙れ!」
諏訪子が金輪を構え俺に向かって放とうとするが、その前に俺は引き金を引いていた。
轟音がして諏訪子の胸に30cm大の穴が開いた。
半歩ばかり後ろにすっとび、がくりとひざを突く。
「貴様、人間……なんだ、それは」
「銃だよ、知らないのか」
諏訪子がよろよろと立ち上がるが、立ち上がるそばから血を流し、千切れとんだ蛇の破片がこぼれていく。
「だが、ここで倒れるわけにはいかない……私にも背負ってるものがあるんだ。
貴様を祟る。負けるにしても落しどころというものがある。
貴様はそれを侵した」
どうやらスペルカードも関係ないらしい。
ここでひとつ俺は考えた。ひょっとして時代をも超えてしまったのでは?
こいつの口ぶりでは諏訪大戦前といったところか。
「待て、俺の話を聞け。曲りなりもにも俺はあんたの膝をつかせた。
どうやらそれもわからないほど怒っているらしいがな。
俺はあんたの敵じゃない。本当に迷い込んだ旅人なんだ」
「戯言を……」
ここで俺は俺の職能を使った。
「いいから聞け、俺の話を聞け、俺を見ろ、俺の方を見ろ」
近寄って眼と目を合わせる。
手振りや仕草で催眠に落としていく。
「眼を動かすな、胸から意識をはずせ眼に集中しろ。
集中しろ集中しろ集中しろ」
俺の改造された眼球に写る映像刺激で幻覚に落としていく。
「胸が悪いのはおまえのせいじゃない、そうして
お お き く ゆ っ く り い き を す え」
諏訪子の眼がうつろになり俺の言葉を受け入れる状態になった。
「お前はなにもわるくない、誰もまちがっていない。
俺はお前の味方だ。話を聞く。俺はただの旅人だ。
体を再生しろ何も起こっていない。再生しろ傷は治っていく」
とりあえず諏訪子には体を再生するように暗示を仕込んでいく。
同時に敵ではない、ただの通りすがりだと深層意識にすりこんでいく。
「俺と敵対するのは得策じゃない、俺を味方に回せ、
話を聞いてみろ、きっとうまくいく。
さあ眼が覚める」
ゆるゆると諏訪子の傷が再生していく。
眼が正気に戻り、俺の方を向く。
「お前は、一体、何者だ」
「俺か?俺は洗濯屋だ」
そう、俺は洗濯屋。洗脳と催眠のプロ。
幻覚を見せ心象世界にもぐりこむ者。
かつては魔法使いとか陰陽師といわれた連中の末裔にして最先端だ。