毘沙門天の弟子
俺たちが旅をしたのは訳がある。
仏教を取り入れ、伝来させるためだ。
ほっといてもあっちから来るだろうがそれではだめだ。
受身の姿勢は合わないし、パイオニアの特権が薄れる。
俺たちは九州から飛び立ち、高句麗に降り立った。
俺は一応ハングル語もいけたのでなんとか会話しつつ港町で日本へ渡来する僧はいないかと聞いて回った。
初めは鼻で笑われるのが落ちだったが、俺はあきらめなかった。
日本からの輸入品、懐中電灯や羅針盤、電球と電池、その他文明の利器の数々を高句麗に輸出した。
高句麗からは香辛料や果物、それらの苗木を輸入した。
なにしろ一つだけ現物があればあとは俺の能力で増やせばいいのだからこれほどおいしい商売はない。
数年で豪商になった俺は近くの寺を回って寄付をしたり、そのついでに禅問答や仏教問答をしたりした。
なにしろこちとらこれが飯の種である職業についていたものだ。
仏教系カルトも2つ3つつぶした経験があるので、そのときに学んだ知識が生きた。
そうして俺は適当にへこませたり高らかに仏教学術論を論じた後にこう付け加えるのだ。
「仏教はこれほどすばらしいというのに、日本には正式な僧侶がいない。
誰か日本に教えを広めてくれる聖人はいないものだろうか」
などと。
掲示板にも告知したり、商人の伝をたよったり俺はあらゆる手段で日本へ渡来する僧侶を募集した。
そんなある日、毘沙門天の弟子が俺の店に来た。
「なんかヤバめなのが来てるよ、あんたにあわせろって。
私はなんか生理的に苦手だなあ」
俺の妻、虎熊が連れてきたのは小さな少女だった。
灰色の服に灰色の髪、頭には丸い耳。
「君がザミエルかい?」
「そうだが。鼠……毘沙門天の眷属か?」
「そうだよ、わかってるじゃないか。私はナズーリン、毘沙門天の弟子だよ。
極東の神が仏法を求めていると聞いてね。真意を探りに来たんだ。
どういうつもりだい?」
ナズーリンは尊大に椅子に座り不敵に微笑む。
「あんたらやあんたらの上司と同じだよ。これからの時代、
仏法を守護する護法善神、天部の神々と同じ位置が生き残るにはちょうどいい。
そのためには自分が手綱を握って仏教を広める必要がある。それだけだ」
ナズーリンの目が細くなる。
「ふん、仏教を敬うのも欲得づくってわけかい。これだから俗な神の考えることは。
まあいいさ、僕はそれをそのまま毘沙門天様に伝えるだけだよ」
「あんたの上司に言っておいてくれ。『どうやったらその位置にいられるのか?』ってな。
ああそれから、仏教を広めたいのは本当だ。俺の祖国のためになる。
これからの時代、仏教という学問なしには国際交流は成り立たないからな」
「解ったよ。そう伝えておく。残念だよ、もっと志の高い人間がいると思っていた」
「失望したか?だがこれはあんたらへの誠意だ。包み隠すことなく本音を語ったのはな。
こういう話が聞きたかったんじゃないのか?」
「そうだけどね……まあ、いいさ」
それから俺はナズーリンを介して毘沙門天と文通をした。
最終的には本人と会うことになったわけだが。
とりあえず本国には俺のことは「仏法を求める護法善神」とでも紹介し、日本で出会ったときには口裏を合わせるという約束をとりつけた。
それから……奴らの武器も一つもらった。正確には俺が許可を取り付けてコピーしただけだが。
酒の席で『お互い面倒な宗教にかかわりあったものだ』などと笑いあったりした。
奴も本音のところでは自分はヒンドゥー教の神であると考え、仏教を面倒くさがっているらしい。
まあ、いい奴だったよ。それ以上に油断がならない奴でもあったが。