ついに、とうとう仏教が渡来した。
前々から大陸からの移民にはわずかにあったが、本職の僧侶たちが来るようになった。
というか俺が連れて来た。
先の天皇、応神天皇は早々に受け入れ、「自分は神であるが同時に仏である」と本地垂迹説を提唱した。
だが今も崇仏派の蘇我馬子と排仏派の物部守屋が激しい権力闘争を繰り広げている。
きっかけは些細なものだったそうだ。
なんでも蘇我馬子が病弱なのは仏教をあがめれば直るとか占い師に言われたとか言われないとか。
今代の用明天皇が抑えているが……まあ、死後は大荒れになるだろうな。
そして、聖徳太子が誕生した。俺もその場にいた。
「いよいよ来るべき時が来たか……」
「仏教ねえ、なにがいいんだか」
虎熊と俺は俺の神社の中で晩酌をしていた。
「仏教の強みは万物ことごとくに説明を与えている点だ。
世界はどのようにあるのか?
なぜ人は苦しむのか?
人は死したらどうなるのか?
それら答えがない疑問にことごとく答えている。
人間はな、知らない。わけがわからない、ってのが不安なんだよ。
だから答えを求める。世界のありようを知りたがる。
そこに仏教の世界観がはまったわけだ」
静かな夜だ。世の中はこれから動乱の時期に入るというのに。
「でもあんたはその答えを知ってるんじゃん。
地球は丸くって空の果てには星があって空気がないのがどこまでもあるんでしょ。
言えばいいじゃん。世界はこうなってるんだって」
社殿の窓から星が見える。いつか俺たちはあそこにいくことができるのだろうか?
「そうだな、そうしてもよかった。
だが俺はあえてしなかった。仏教には流行ってもらいたいからな」
虎熊が眉根にしわを寄せて不思議そうに俺を見る。
「なんで?敵なんじゃん」
「周辺諸国が仏教を奉じているからな。波にはのっておきたい。
それになにより、仏教はどこの誰でも信じることができる。
神道は所詮土地神の粋を出ない。教理としての深みが違うんだよ」
虎熊は退屈そうにつまみの干し魚をかじった。
「そこまで解ってるんならもう何か策はあるんだよね?」
「もちろんだ。神道と仏教は融合させる。仏教には天部という概念がある。
あれはヒンドゥー教の神々が仏教を守っているという形なんだが、
俺たちもそこに入る。以前の旅で一応仏教側とは接触していただろう。
あれを利用する」
「つまり仏教は排斥せずにおいしいところだけ山分けするってことだね
でも私たちは別に仏教を信じなくてもいいんでしょ守護してやってるだけであってさ」
「そうだ。俺たちは天部の一部か、他の仏教神のアヴァターラ……化身のひとつだということにする。
これを本地垂迹説という。実際、古い神々は名前が違ってもあちらであがめられているからな」
「じゃああとはそれを流行らすだけだねーいつどうやってする?」
「神々の間に仏教をはやらせておいた。スサノオとオオクニヌシが乗ってきたぞ」
「えっもうやってんの。まあそうだよねー応神天皇が仏教徒宣言したのもなんかおかしかったもん。
でも結局神道と仏教は争ってるよね」
「新しく流行る宗教と既存の宗教の対立はどうやっても起こる。
人間というのはとことんまで争ってからじゃなきゃ新しい考えを受れん」
「まあ、今までも新しいものを取り入れるときにはそうだったもんねー
はあ、人間ってのは面倒くさい生き物だよ」
「だから面白いんだ、人間って奴は」
そこに神奈子からの無線が入った。
「もしもし、何だこんな夜中に」
「用明天皇が死んだ。諏訪子と物部守屋が神道復古を狙って反乱を起こした」
虎熊がからからと笑った。
「神も所詮人間だねえ。争わなきゃ新しいものを受け入れられない」
「そうだな、所詮俺たちは迷える衆生にすぎない」