俺たちは戦後を見越して僧侶たちに護法善神であると売り込むことにした。
こっそりと宮中に侵入し、僧侶たちと連絡を取る。
宮中に侵入していたある時、奇妙な影を見た。
天女風の姿をした女が壁を抜けてこっそりとどこかへ行く。
俺はその跡をつけていった。
「みられてはおらぬだろうな?」
「壁抜けをした上で布津様の風水によって隠された秘密の場所です。大丈夫ですよ」
「うむ、では太子様、用意がととのいました」
「うん、今日もはじめよう。青娥殿、よろしく頼む」
「はい、では今日は胎息を……」
三人の女が壁の向こうでなにやら話をしている。
物部布津と厩戸王子、それと仙人らしき女。
ジョウガ…嫦娥か?だがあいつは月人と月に行ったはず。
「それにしても困ったものだね守屋と勝海には。これからの時代を制するのは仏教だというのに」
「いずれあやつらは戦で果てましょう。その時こそ、この物部布津の出番。
万一私が倒れたとしてもそのときまでに屍解仙になっていればいいこと」
「そうだね、統治層は道教を学ぶべきだよ。隋の国に学ばねばならない」
なるほど、大陸かぶれとは思っていたが、道教にも触れていたのだな厩戸王子は。
仏教と道教で国を制する気か。
俺は鉈で壁を切り倒し中に入った。
「なっ何奴!」
「待ちなさい布津。この方はおそらく神だよ」
俺は座の真ん中にまで足を進めるとにやりと笑う。
「そのとおり、俺はザミエル。ずいぶん楽しそうな相談をしているな?
一枚かませちゃくれないか」
厩戸王子は涼しい顔で答える。
「今まで傍観に徹してきたザミエル教が何の用かな。
君は私が生まれるときにいくつか予言をしていたね。
「いずれ国の仕組みを作る偉大な為政者になるだろう」とか。
「四天王と契約し、大きな戦を制するだろう」とか。
この事も予想していたのかな?」
「あんたが道教にも興味があるってのは予想外だったがね。
不老不死にでもなる気か?意外に人間らしいな」
「海が悠久のときから水をたたえ、大地は死せることなくこれからもあり続ける。
神もまた同じ。
なぜ人だけが死なねばならないのですか?」
「死ぬさ、海も山も、神もいつかは死ぬ。それが当たり前だ。
諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅為楽。
諸行は無常であるのが法だ。いつかは滅びるものを常に変わらないと思っているから苦が生じる」
「君は神であるのに仏法にも詳しいのですね。
道教はどうなのですか?」
「一般教養程度にはな。
易に太極あり、これ両儀を生ず。 両儀四象を生じ、四象八卦を生ず。
それは……辰砂に覆盆子か。やめとけ。『抱朴子』の「金丹篇」か?
あれで成功した奴はいないぞ」
「ならば君ならば不老不死の法を知っているのですか?」
「俺が証拠だ。遥かな昔から生きているだろう?
不死じゃあない。だが、不老長生だ」
「君は取引の変わりに不老長生の法を教えようとするでしょう。
何の取引をするのかな?ああ、神道を残すことかな?」
「そのとおりだ。仏教と神道は融合できる。
仏教と道教がそうであるようにな」
「なるほど、君はその方法も与えるんだね?」
「そうだ。本地垂迹説といってな。
俺たちは天部の一部か、他の仏教神のアヴァターラ……化身のひとつだということにする。
あるいは俺たち神もまた迷える衆生ということで菩薩にでもするとかな」
「秦代の僧、僧肇の説だね。先々代の応神天皇が流行らせた。
でも神々がそうやすやすと仏教に組するかな?」
「そこはあんたが力でねじ伏せろ。俺も協力する。
できなきゃそれまでだな。天部くらいなら呼べる術式をもう持ってるんだろう?」
「ああうん蘇我が教えてくれた。四天王なら呼べるようになったよ。
君の予言どおりにね」
「今の四天王といえば…来るのは寅丸くらいか。いざとなったらあいつを呼べ。
毘沙門天になら会ったことがある。以前大陸で旅をしてたからな」
「物部と蘇我は近いうちに争う。その時に決着をつけよう。
きみはどっちで出るんだい?」
「一応崇仏派でいくさ。神々の中でも仏教がはやりだしている。
俺が流行らせたからな」
「神々の間ではどうなっているのですか?君の立場はどういうものなのです?」
「早々に仏教に尻尾を振った売国奴、新しもの好きといったところだ。
おれ自身としては神道と仏教という対立する枠ではなく、中立派のつもりなんだがな」
「ですが、教えに矛盾するところもあるでしょう」
「そもそもザミエル教では仏教を宗教と扱っていない。
新しい科学であり哲学と扱っている。
ただの学問だよあんなもん。どっちを優先するかで言えばこちらの教えだ」
「君はなかなかに難しい道を行っているようですね。
それで、君が代価に示す不老長生の道とは?」
「簡単だ。神になれ、お前」
「なるほど。たしかに私にも皇位継承権はあります。天皇になれば神にもなれる。
だけど表向き崇仏派である私が神になるわけにはいかない」
「だから日本で神になるんじゃなく、ほかの国でなればいいだろう。
やりたい放題だ。東南アジアといってな、琉球のさらに西南のあたりじゃのんびりした小さな島国がいくつもあってな。
そのへんで自分で宗教を作って広めればいい。
そうだな…表向き神道の一派とでもしとけ。どうせ確認に行くやつはそういない。
ほとぼりが冷めたら堂々と神になればいい」
「それはつらそうですね。後々神々の間で難しい立場になりそうだ。
いまさら神道には戻れない。それとも君が居場所を作ってくれますか?」
「今神々の間でも崇仏派がいる。その中に入っていればいい。
先の応神天皇、ホムタワケとかな。
「仏教に帰依した護法善神」とでも名乗ればいい」
「私は道士ですよ?」
「どうせそれも学問としてであって芯から信じちゃいまい。
お前が表向き崇仏派であるようにな。仮面のひとつに過ぎないんだろう?
お前は本心じゃ何も信じちゃいないんだろう」
「君がそうだからですか?」
「かもな。それで、どうする」
「私にはまだやることがある。国を導く義務がある。
島国でのんびり過ごすのは余生にとっておきます」
「いずれ隋から軍を貸せと言われるようになるぞ」
「でしょうね。そのときは君たちに行って貰います」
「俺たちを厄介払いする気か。
あんたは、国を作り終えたら来い。
この国を導く神になってもらう」
「君の言うこの国、とは征服した島々も指すのでしょうね。そううまくいきますか?」
「やるしかない。そうでなければ早晩隋やさらに西の国々に滅ぼされるだろう」
その日はそれで別れて終わった。
結局、腹の探りあいというか立場の確認で終わり、めぼしい成果は得られなかった。
おそらく今の段階では太子はこちらになびく気はないだろう。