俺は再びあの石碑の前に立ってあの日のように祝詞を奉じた。
しかし微妙に言い回しは違う。以前は人間がへりくだって言うもの、今回は同格の神同士の言い回しだ。
「守矢神社の大前に狭見江竜神申さくを、今日の生日の足日に再び帰りたりつるを嬉しみ、
我が崇拝者諸々、集なり侍り弓矢旗物もちて大前に仕えまつらんと申す
(守矢神社の御前に、狭見江竜神が申します。今日のよい日に再び帰ったことを嬉しく思います。
私の崇拝者が集まって弓矢や剣を持って貴方につかえますと申します)」
白蛇がふたたびちろりと出てきて言葉を返した。
「あいご苦労!今日の生日の足る日に出会えたことをこちらもうれしくおもう!
ついては、私漏矢諏訪子が狭見江竜神と二人で話がしたい!」
「わかった。おいお前ら、下がってろ。少し話をしてくる」
「わかりました、我が主よ」
俺が一言言うと鬼たちが整然と波が引くように下がっていく。
諏訪子の声でしゃべる蛇は俺に小声で話しかけた。
「おいなんなのさ、あの変な鬼たちは!いきなりこんな大人数でこられても困るよ。一体何しにきたの?」
「単純に言えば雇われに来た。それからあの鬼はおれの氏子で手下だ」
「手下!?あんた鬼を手下にしたの?なんで?」
「それは説明すると長い。後々言うがまあ……そのへんで捕まえてきて、手っ取り早く手下にできるのがあいつらだった」
「まあ、あんたなら鬼でも殺せるよねー。まあいいけど、雇われに来たって何?」
「大和の国はこれからも領土を広げるんだろう?それに協力する」
「あーうー、神奈子とも話し合ってくる」
「それまで俺たちはどうすればいい?ここで適当に休んでてもいいのか」
「うーん、もうちょっと離れた場所でならいいよ」
待つこと半日。
八坂神奈子がその姿を現した。左目に眼帯をしている。
どうやらあのときの傷は完全には癒えていないようだ。
神奈子は腕を組み仁王立ちで俺に告げる。
「狭見江竜神!なぜそのような戦姿で現れた!こちらに戦を仕掛けないと誓えるのであればここを通そう」
よく通る悠々とした声が響く。
「だが、その鬼たちを使いこの国に攻め入ろうというのであれば……
私の怒りに触れると知れ!」
空気が張り詰める。
「ああ、誓うよ。誓ってあんたの国を攻めたりはしない。本当だ。
そもそも俺は諏訪子に対して攻め入らない誓いを立ててる。
ここは今はあんたの国だが、同時に諏訪子の国でもある。
発動するか微妙なところだが、攻め入ったならその瞬間に俺は漏矢の呪いで死ぬだろうから心配するな」
空気がほんのわずかばかり緩む。
「いいだろう、その誓いを信じよう。今は、な。
それでは何用で参った!」
俺はため息をつき、肩を鳴らすとゆっくりと落ち着いた口調でしゃべった。
「あんたらに雇われに来たんだ。これからも大和は征服を繰り返すんだろ?
俺たちも一枚噛ましてくれ。ああ、飯や寝床は心配するな。
飯は俺がいくらでも出すし、こいつらは人は食わない。
寝床もどこか適当にこのへんで空いた場所があればそこに住む」
「……何が目的だ?」
神奈子はうさんくさそうにこちらをにらみつける。
「俺は大和こそがこの国を治めるにふさわしい国だと思っている。
俺の思い描くこの国の姿を実現させたい。そしてそれはあんたにとっても不利になる話じゃない」
「大きなことを言うものだな、狭見江竜神」
「神がでかいことを言わないで誰が言うんだ?」
ここにひょこりと諏訪子が姿を現す。
「あーうー、じゃあなんで私のときはそこまで協力してくれなかったのさー
それともあれ?前に言ってた『協力する代わりにがっつり口を出す』って奴なの?」
眉をよせて悲しそうな残念そうな眼で俺を見る諏訪子。
「理由は二つある。ひとつは漏矢の国は陰を象徴する国だった。
陰では太平の世は作れない。小さくまとまるだけだ。
この国を治めるにふさわしいのは陽たる大和の国だ。
陽が表に立ち、陰が影から支える。それが摂理というものだろう?」
「なるほど、たしかに摂理だ」
神奈子がうなずく。
「もう一つは、そうだな。あんたの言うとおりだ、ある程度は口出しさせてもらうからさ」
「あーうー、ちょっと待っててね」
神奈子と諏訪子は顔を見合わせて二人でこそこそと相談していた。
それは5分ほどだったろうか。
相談が終わると神奈子が堂々とした声で告げた。
「その方の言い分、たしかに解った。
だが、すべてを受け入れるわけには行かない。もっとお互いに話し合ってからでなくてはな。
しかし話し合いがすむそれまではこの近くの西にある洞窟で休むといい。
そこにある野の獣もとってよい。木の実や雑穀もかまわない。
だがわれわれの民には近づくな。それでよいな?」
「ああ、かまわない」
「では、これより夕刻に狭見江竜神を出迎える宴を催す!
それまではそこでまっていろ」
「いいよ、そっちの都合もあるだろうしな。急にきてすまんね」
俺は鬼たちに向き直って声を張り上げた。
「そういうことだ。とりあえずはここにいてもいいらしい。
西にある洞窟を調べて来い。今夜はそのあたりで適当に泊まる。
ああ、それと大和の人間共には近寄るなよ。
あちらさん、どうも俺たちのご面相が怖いらしい」
俺が冗談めかして言うと鬼たちはとりあえず笑ってくれた。