Fate/Grand Order 白銀の刃   作:藤渚

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【参】常夜の国(Ⅱ)

 

 

「あら、何かしら?向こうが騒がしいわね。」

 

 一同の視線が向けられる先は、とある店の前に出来た人だかり。近付いて確認しようとするも、集まる人に阻まれ覗くことすら出来ない。

 

「んー、よく見えないアル。なあスギっち、肩車してヨ!」

 

「やなこった、こんな往来のど真ん中で小っ恥ずかしい。」

 

「あ~神楽ちゃんズルい!じゃあ僕はおんぶがいい!」

 

「おい……やらねえって今言ったばかりなんだが。」

 

「お前ら、あんま無茶言うんじゃねえよ。いくらサーヴァントでも自分とほぼ身長変わんねえ奴なんか持ち上げたりしたら、こいつの只でさえ低い身長が重さでもっと縮んで────」

 

 銀時が全て言い終えるのを待たずして、高杉の蹴りが彼の脛にクリーンヒットする。向こう脛、所謂(いわゆる)弁慶の泣き所に走る激痛に悶える銀時を余所に、皆の関心は相変わらず人混みの中心部へと向けられていた。

 

「ではマスター、ここは段蔵が確認致しましょう。首を伸ばして視覚情報をズームすれば簡単に───」

 

「うーん、いいアイデアだとは思うんだけどね。それはそれでまた別の騒ぎが起きちゃうから却下で。」

 

 中の様子を確認するべく、藤丸が懸命に案を捻っている間にも、神楽やアストルフォを始めとした特に何も考えていない面子は、密集する人を強引に押し退けずいずいと中へと入っていってしまい、それを見た藤丸も考えることを放棄し、自身もまた彼女らに続くのであった。

 

「!……あれは……っ⁉」

 

 彼の数メートル先にある、もう一つの人だかり……伸びた鼻やら角やらの異形の風貌をしていることから、恐らく皆天人(あまんと)なのだろう。そんな柄の悪い男達に囲まれ、壁へと追いやられている人物に、人と人の間から顔を覗かせた銀時は見覚えがあった。

 

「ちょっと銀さん、あの囲まれてる人ってまさか、たまさんじゃないですか……⁉」

 

 新八が名を叫んだその女性……否、女性型の機械(からくり)ロボットは、彼らにとって見知った存在であり、漸く人混みから顔を出した藤丸にとっては、そういえばさっき濃ゆい顔の猫耳女に布巾(若干臭かった)をぶつけられたあのスナックに居たな~くらいの認識であった。松葉色の髪を結い、メイド風の衣装に身を包んだ彼女は男達に怯むことなく、無機質な瞳で彼らから目を離さないまま、酒瓶の入った袋を両腕でしっかりと抱え言い放つ。

 

「退いていただけませんでしょうか、お使いの途中ですので。」

 

「だーかーらぁ、俺らが重そうなその荷物を持ってやるって言ってんだろ?」

 

 彼女……たまの逃げ場を塞ぐようにして、鮫のような顔の天人は鱗に覆われた手を壁につき、にやにやと笑う。

 

「そうそう、人の親切は素直に受け取ったほうがいいぜ?お嬢さん。」

 

「まあ手間賃といっちゃなんだが、その袋ン中の酒をちびっとばかし味見させてもらうがな。」

 

「おいおい、この人数で味見なんかしたら一瞬ですっからかんになっちまうだろうが!」

 

 天人達の下品な哄笑(こうしょう)が、一帯に響き渡る。野次馬の中には止めに入ろうかと踏み出す者もいたが、数人の男達に睨まれると、すっかり意気消沈し人の間へと隠れてしまう。

 

「嫌だわ、また天人が問題起こしてる……あの女の子も可哀想に。」

 

「全くいい迷惑だよ。何故だかは知らんが、連中はあの化け物に襲われることはない。だからといってああして図に乗られちゃあな、これじゃあ化け物も天人も厄介者であることに変わりないぜ。」

 

 不意に聞こえてきた男女の会話に、藤丸は思わず目を丸くする。もう少し詳しく内容を知りたいと聞き耳を立てようとしたその時、人混みの中心に変化が現れた。

 

「あの、もうよろしいでしょうか?貴方がたにこのお酒は渡せませんし、何度も言いますがお使いの途中ですので。」

 

 たまは臆することなく、鮫男の脇をすり抜けると、男達の間から出ようと足を急がせる。だが彼女の細い腕を、(わに)に似た顔の天人が乱暴に掴んだ。

 

「おっと、俺らに逆らうってのかい?てめえみたいな機械(がらくた)女、この場で解体(バラ)して売っ払っちまってもいいんだぜ?」

 

「おいおい勿体ねえだろ、折角の美人だってのに。それなら只の鉄の塊にしちまうより、もっと『別の事』に使うほうがもっと役に立つと思うぜぇ。」

 

「それもそうだな、ガッハハハハハハハ!」

 

 再び響く、不快極まりない笑い声。顔を顰めたたまが腕を掴む手を振り払おうとしたその時、不意にその手から力が抜けるのを感じた。

 

「は?─────ごああぁっ⁉」

 

 彼女の耳と視覚が遅れて認識したのは、鰐顔の天人の悲鳴と、彼が横へと大きく吹き飛んでいく光景。他の天人をも巻き込み、先程たまが追いやられていた壁へと激突し、木製のそれを派手な音と共に破壊した。

 

「んなっ……だ、誰だゴラぁっ‼」

 

 驚愕する鮫男の、叫ぶ声が上がる。すると巻き起こった疾風と共に、たまと彼らの間に姿を現したのは、高い位置に結わえた長い黒髪を揺らす少女。

 ガシンッ、と音を立て、宙を舞った少女の両手がワイヤーを辿って、元の彼女の腕へと戻る。瞬き一つせずに眼前の輩を睨みつける彼女の形相は、憤怒に満ちた不動明王そのものであった。

 

「ひっ⁉な、何だこいつは⁉」

 

 怯えた悲鳴に答えることなく、彼女はくるりと体を反転させると、尻餅をつくたまへと手を差し伸べた。

 

「大丈夫ですか?お怪我は、ありませぬか?」

 

「あ………貴女はもしや、先程の……?」

 

 表情には出ないものの、内心では驚愕するたまの脳裏に甦る記憶。数刻前、自身の務めるスナックを訪れた輩の中に、確か彼女がいたような気が………いや、確実にいた。うん。

 その場で言葉を交わすことはなかったものの、彼女が人間ではない……自身と同じ絡繰であるということを直感し、また向こうも同じことを思っていると、何となくそう感じたのであった。

 

「はっ。俺らの仲間をいきなりぶっ飛ばすとは、とんだご挨拶だねえ?お嬢さん。」

 

「……黙れ、その薄汚れた息を吐き散らす口を閉ざせ。女だからと、絡繰だからと彼女を罵り辱める資格など、外道に堕ちた貴様らには微塵も無い。」

 

「なっ……んだとっこのアマ‼」

 

 たまに向けたものとは正反対の、鋭い眼光と侮蔑を含んだ言葉に、額に青筋を浮かべた天人達から次々と怒号が上がる。

 

「こりゃ大したもんだ。身体だけじゃなく威勢までイイとはな。」

 

「だがな、喧嘩を売る相手はよく選んだほうがいいぜぇ?でないと………ヒドイ目にあっちゃっても知らないよおおぉ⁉」

 

 数名の輩が、各々剣やら銃器やらを持って一斉に襲い掛かってくる。段蔵も仕込み刀を展開し、応戦しようとした時であった。

 

「酷い目に合うのはっ!」

 

「てめえらだァァァっ‼」

 

 威勢のいい掛け声と共に、彼らと段蔵達の間に躍り出る影。驚愕などする間も与えられず、それらが一斉に放った傘やら槍やら木刀やらの強烈な一撃が、突進してきた天人達を全て吹き飛ばした。

 

「やっほー!お節介の僕が助太刀にきたよ!」

 

「おう段蔵、主人公の俺を差し置いてイイとこ取りしてんじゃねーぞ。」

 

「フォウッ、フォウフォウッ。」

 

「そうアル、ヒロインの私を放置して目立とうなんてそうはいかないネ!重要なことだからもう一回言うぞ、ヒロインは私アルよ!」

 

「そして当然、アイドル枠はこのアタシ!そこんとこキッチリ覚えておいてね~。にしても、何て下賤な連中なの⁉全員まとめてファラリスの雄牛に放り込んでやりたいわ!」

 

「皆様……!」

 

 頼もしさ溢れる仲間達の姿に、段蔵の胸の内は熱くなる。

 突如現れた乱入者に天人達は僅かに怯んだものの、「ぶっ殺せェェッ‼」と鮫男が上げた声に呼応した他の天人も一斉に襲いかかる。多勢に無勢であるのは明らかであるものの、銀時達は臆することなく喊声(かんせい)を上げて立ち向かっていった。

 

「ふぁらりす……?ふむ、聞き慣れぬ単語だな。後で調べてみるとしよう。」

 

「ヅラさん、もしもグロ耐性が無いのでしたらそれは絶対に検索してはいけませんよ?この小説を読んでくれてる皆もだよ?俺も書いてる奴も責任なんて取らないからね⁉いいか絶対だぞ‼警告はしたからなっ‼」

 

「藤丸君、ヅラじゃない桂だ!」

 

「そんなことより、勢いで突っ込んできちゃったけど大丈夫なのかな……?あの人(?)達、一応民間人なんじゃ───」

 

「マスター!こいつら倒すと魔術髄液落とすよ~!」

 

「ひゃっはあああぁっ!狩れェ‼一匹残さず全部狩りつくせェェェっ‼」

 

「……おい。藤丸の奴、人相まで変わってねえか?一体アイツに何があったってんだ?」

 

「銀ちゃん。カルデアのマスターの仕事はね、人理の修復だけじゃないんだよ………僕等サーヴァントをより強くしてくれるために、必要な素材をゲットするべくクエストの周回に日夜明け暮れているんだ。何十回、何百回と同じステージをぐるぐる回り続けても、エネミーが確実にアイテムを落っことしてくれるなんて保障は無いんだけどね………まあ、3ターン以内でちゃちゃっとステージをクリアしたりなんかする人もいるけど、僕らのマスターは不器用なとこあるから、編成の段階で躓いちゃって。」

 

 ヒャッハー‼と叫びながら天人達に魔弾をぶっ放す藤丸を遠巻きに眺め、銀時とアストルフォは苦笑する。よく見ると藤丸の頭がモヒカン刈りになっているような気もするが、きっと気のせいだよ。気のせい気のせい。

 

「おい、何だよこいつら⁉馬鹿みてえに強ぇじゃねえか‼」

 

 次から次へと倒されていく仲間を前に、青ざめた顔の一人が悲鳴を上げる。刃は届く前にへし折られ、当たらない弾を打ち続ける銃ごと沈められ、ペンギンのような生き物にプラカードで殴られ、彼らと銀時達との戦闘力の差は火を見るよりも明らかであった。

 

「くそっ!こうなったらさっきのカラクリ女を人質に─────あ?」

 

 首を動かした鮫男の目の前を、数匹の琥珀の蝶が舞い踊る。一羽が男の尖った鼻先に停まると、熱を感じたと共にジュッと肌が焼ける微かな音。それに続いて焦げ臭さが辺りに漂った。

 

「熱ぃっ‼アチチチチッ‼な、何だよこりゃあ⁉」

 

 鼻先の蝶を追い払ったのも束の間、光の蝶は次々と鮫男へと群がっていく。

 

「ひっ‼来るな、来るんじゃねぇ!あ、うわああああァァ‼」

 

 両の手を大きくばたつかせ、半狂乱に陥る鮫男。そんな無様な姿に目もくれることなく、高杉は一人離れた場所に立ち、素知らぬ顔で煙管を燻らせていた。

 

「うおおおおおおォォォっ!吹き飛べやぁっ‼」

 

 一方、こちらでは神楽がぐるぐると大回転をしている。彼女の抱えているものをよく見てみれば、それは新八の両足。そう、彼女は新八をジャイアントスイングしながら、というよりジャイアントスイングをかまされている新八を使って天人達を薙ぎ倒しているのである。

 

「何だこいつら⁉全く近付けやしねぇ!」

 

「しかもこの眼鏡の袖が無駄に長いせいで、攻撃が広範囲に(わた)ってやがんぞ‼」

 

「やったな新八!足跡スタンプにしかならなかったお前の邪魔くさい袖がこんなところで役に立ってるアル!お前も喜んでるアルか⁉」

 

「かっかっ神楽ちゃん‼今はちょっと喜べなウップやばい気持ち悪オロロロロロっ‼」

 

「ぎゃああああぁ‼眼鏡の吐き散らかしやがったゲロが辺り一帯にィィっ‼」

 

 阿鼻叫喚という言葉が当てはなりそうな地獄絵図の傍ら、フォウを頭に乗せたままの銀時が振るう木刀が、天人を殴り飛ばし一掃していく。

 

「おおおお!死に晒せやあァァっ‼」

 

 熊の顔をした天人が、銀時目掛け斬馬刀を振り翳す。応戦しようと木刀を前に構えた時、フォウが大きく跳躍した。

 

「あっ、おい!」

 

 銀時の制止も聞かずに、果敢に跳んでいったフォウが着地したのは、熊顔の天人の顔面。見慣れない小動物に突然視界を塞がれた彼の顔を、フォウは自身の爪で思い切り引っ搔き始めた。

 

「フォウフォウフォウ!シスベシフォーウ!」

 

「ぎゃああああっ⁉痛でででででで‼」

 

 堪らずフォウを引き剥がそうと、熊顔の天人は両の手で掴みかかろうとする。その際に斬馬刀を離してしまった瞬間を、銀時は見逃さなかった。

 

「隙ありぃっ!」

 

 銀時の全力の突きが、天人の下顎に直撃する。後ろ向きに倒れていく天人の顔から離れたフォウは、役目を終えたと同時に再び銀時の頭上へと戻っていく。

 

「おめえ、やるじゃねえか。ただ可愛いだけのマスコットじゃねえみてえだな。」

 

 銀時の大きな手にわしわしと撫でられると、フォウは満足げに「ンキュッ」と小さく鳴いた。

 

「お……おい、どうするよ⁉こいつら只物じゃねえって!」

 

「分かってらぁ‼ちっ、仕方ねえ………退くぞ!」

 

 顔のあちこちに火傷を負った鮫男が叫んだのを合図に、天人達は負傷した者達などを抱えることなく、そそくさとその場から逃げていく。

 

「あっ!待ってぇ髄液!まだ全然足りてないのに‼」

 

「アイテム名で呼ぶんじゃねえよ‼てめえら覚えてろ、絶対ぇ後で痛い目見せてやる‼」

 

「へっくし!………あれ?お前ら誰だヨ?」

 

「ものの数行とくしゃみ一発であっさり忘れてんじゃねええェェっ‼てめえらの(ツラ)はしっかり覚えたからな、覚悟しとけよ‼」

 

 いかにも小悪党な捨て台詞と突っ込みを残し、天人達の姿は人波の中へと消えていく。壁の壊れた建物と気を失った数人の天人を残し、静まり返ったその場に突如拍手が沸き起こった。

 

「こりゃたまげた!どこの旅芸人一座かと思えば、皆腕の立つ侍じゃとは!」

 

「ゴロツキ共め、ざまあみやがれってんだ!いや~久々に胸がスカッとしたねぇ。」

 

「キャ~お侍様!こっち向いて~!」

 

 四方八方からの歓声に皆が唖然としていたその時、人々を掻き分け現れた者達がいた。

 

「たま……っ!」

 

 息を切らせて姿を見せたのは、先程スナックで銀時達と言い争いを繰り広げていた女性……お登勢だった。彼女に続いて周りを押し退け(というか周りが離れていった)、キャサリンも深刻そうな面持ちで駆け寄ってくる。

 

「オイ、大丈夫カ⁉痛イコトヤ卑猥ナコトトカサレテネーカ⁉」

 

「お登勢様、キャサリン様、心配をおかけしてすみません。この通り私もお使いも大事ありませんので。」

 

「お使いなんていいんだよ………すまなかったね、アタシが買い物なんて頼んじまったせいで。でも、アンタが無事で本当に良かったよ。」

 

 皺の刻まれた手が、たまの頭を優しく撫でる。暫くその様子を眺めていた銀時だったが、座り込んでいたたまに合わせてしゃがんでいたお登勢が立ち上がり、おもむろにこちらへと振り返ったことに周章する。

 

「あ………えーと。」

 

 とりあえず何と言っていいのか考えておらず、口籠る銀時。そんな彼の頭上に翳される、二人分の腕。

 

「ほら銀さん!何をボサッとしてるんですか⁉」

 

「銀ちゃん今ヨ!ババアに誠意を見せて許しを請うアル!」

 

 神楽と新八、二人の手に掴まれた頭を地面へと擦りつけられ、伏せられた銀時から「ふごっ⁉」とくぐもった悲鳴が漏れる。

 因みにフォウはまたもいち早く気配を察し、銀時の頭から跳躍した先の両手を開いた桂………を経由して下へと降り、小さい歩幅で高杉の足元へと移動していった。背中に爪を立て、よじよじと肩まで昇っていくと、ここで漸く高杉がフォウの存在に気がつく。

 

「何だいお前さん?んなとこにいたら、ご自慢の毛に煙の匂いが移っちまうぜ?」

 

 左肩から顔を覗かせたフォウの頭を、高杉は指で軽く撫でてやる。それがとても心地良いようで、フォウはうっとりと目を細めながら「キュー…」と小さく鳴いた。

 そんな一人と一匹の寄り添う光景にほんわかする藤丸達の横で、桂はハンカチを強く噛んでジェラシーを露わにし、そして銀時は強制的土下座からの息苦しさに行き場のない手をばたつかせていた。

 

「ぶはっ!てめえらマジでふざけんなって‼銀さん殺す気⁉ん?サーヴァントって死ぬことあるの?」

 

「いいからとにかく謝りましょ⁉たまさんを助けた今ならお登勢さんの心も穏やかですし、これはまたとないチャンスですよ!」

 

「おーい藤丸!お前も銀ちゃんに頭下げさせるの手伝うアル!流石にここまでやれば、ババアの頑固なハートもきっとイチコロネ!」

 

 ぎゃいぎゃいと騒ぐ三人、するとそんな彼らの前に、お登勢が無表情で近寄ってくる。三人が彼女の気配に気付いたのはすぐ目の前に来た時で、言葉を発さずとも感じる威圧感のようなものに血の気が引いていった。

 

「……新八、神楽、退いてろ。」

 

 銀時の静かな声に、二人は顔を見合わせた後、すぐに背中の上から身を避ける。珍しく真面目な顔つきでお登勢を見上げた後、銀時は大きく吸った息を言葉にして吐き出した。

 

「ババア‼じゃなかったお登勢‼この度は家賃〇〇〇(ピ──)日分の滞納、まっことにスンマセンでしたあああァァァっ‼これからは頑張って働いて毎月ちゃんと納めるよう頑張るからぁ!だからこの寒空の中追い出すのだけは勘弁して‼せめて夕方の天気予報に出る結野アナは拝みたいの‼お願いぃ300円先に支払うからああァァっ‼」

 

 悲痛な謝罪の声が、辺りに響き渡る。新八と神楽を始め桂や高杉、そして藤丸達もが、滞納していた日数に驚愕し、そしてドン引きする。

 

「白モジャ………流石にその滞納期間は、ちょっと酷いんじゃないかしら?」

 

「全く、金に困っているのなら俺に相談すればよかったろうに!攘夷活動に関するアルバイトなら、幾らでも紹介出来たぞ。」

 

 彼らが銀時を見る目は最早、まるで駄目なおっさん……略してマダオを蔑むソレと同一のものであった。「ちょっと!リアルなマダオいんのにその呼び方盗るのやめてくんない⁉」と何処からか聞こえてくる声を幻聴と捉え、背中に刺さる痛い程の視線を受けながら、銀時は少しだけ頭を上げてお登勢の様子を窺う。

 腕を組み、こちらを見下ろすお登勢の顔は─────両目をぱちくりと開き、驚いた様子だった。

 彼女だけではない。キャサリンも、段蔵の助けを借りて漸く立ち上がったたまもが、怪訝な様子で銀時を………否、銀時『達』を見ている。その視線から伝わってくるのは、『こちら』に来た時と同様の、自分達を眉唾物と疑う不信感。

 やはり土下座だけでは駄目だったかと、身を起こして頭を抱える銀時に、お登勢が言い放った。

 

「家賃?滞納……?ちょいとアンタ、一体何の話をしているんだい?」

 

「…………へ?」

 

 思わず零れた間抜けな声。完全に頭を上げると、お登勢達は相変わらず不思議なものを見るような眼差しをこちらへと向けている。

 

「そんなことより、うちのたまを助けてくれたんだってね?この辺りはああいった連中が多いから日頃から気をつけてはいたんだが…………ま、アンタらが『どこの誰だかは知らない』が、本当にありがとうよ。」

 

「─────⁉」

 

 頬を緩め、朗笑するお登勢。だが彼女の発したその一言に、銀時の背筋を冷や汗が伝う。

 この表情、この話し方…………間違いない、この者達は(ハナ)から嘘などついてはいなかったのだ。

 

「ババア、どうしちゃったんだヨ⁉まさかとうとう耄碌(もうろく)して、私や銀ちゃんのことも忘れちゃったアルか⁉」

 

「誰が耄碌ババアだコノヤロー!まだそんな年喰っちゃいねえよ!」

 

「お登勢さん………それにキャサリンさんにたまさんも、本当に僕らのことが分からないんですか?」

 

 新八が恐る恐る尋ねると、三人はお互いの顔を見た後に、しっかりと首を横に振って否定の意を示す。偽りなど感じられないその動作に、銀時達はただ呆然とするしかなかった。

 

「はは………どうなってんだ、おい。」

 

 自嘲気味に笑い、肩から力が抜けていく。彼だけでなく、新八と神楽も顔色が優れない。彼らを心配するように見ていた藤丸の視界の端に、ふと桂と高杉の姿が映った。相変わらず煙管を燻らせているであろう高杉は、こちらに背を向けているため表情が窺えない。だが自分と同じく銀時達を見つめている桂の面持ちは、どこか悲痛めいたものを感じた。

 

「んん……?ちょっとアンタ、そこのアンタだよ。」

 

 不意にかけられた声に、藤丸の目は桂達からお登勢へと移る。じぃっとこちらに向けられる視線は、明らかに自分を見ていた。

 

「へ?お、俺ですか……?」

 

「そうさ。アンタ服に血がついてんじゃないかい、頭に包帯もしてるようだし………。」

 

「オ登勢サン、アッチノデカイ犬ノ上ニモ寝カサレテル奴ガイルミタイデスヨ。」

 

「それに、皆様の身なり………先程ならず者を撃退してくださった以前よりぼろぼろの状態でした。特にそちらの駄眼鏡そうな眼鏡の方、袖が異様に伸びているではありませんか。」

 

「駄眼鏡そうな眼鏡ってなんだよ⁉あとこの袖は、その………悪意のない親切からの付属品というか……。」

 

 最早誰の足形がついているのかも分からないくらいに汚れた袖を掴みながら、新八は目を泳がせる。そんな彼の後ろでは、アストルフォが自分の額を軽く小突いてテヘペロ顔をしていた。

 お登勢は暫く無口のまま、銀時達を観察するように一眸した後、溜め息を一つ零した。

 

「仕方ない。恩人を無下にするほど、アタシも腐っちゃいないからね…………来な。」

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 

 

 先程の騒ぎが起きてから四半時程経った頃、『大江戸警察』と書かれた数台のパトカーが停まっているそこに、遅れて新たなパトカーが停車する。

 開いた扉から降りてきたのは、揃いの黒い制服をまとった三人の男達。一人は亜麻色の短髪を掻きながら欠伸をし、一人は咥えた煙草から紫煙を燻らせ、そして身長の高い最後の一人はゴリラだった。

 

「ん?ねえちょっと、ゴリラだったっておかしくない?読んでる人が混乱しちゃわない?」

 

「何言ってやがんです?近藤さんは元からゴリラだったでしょう、しっかりしてくだせぇ。」

 

「いや違うよ⁉ゴリラじゃないよ!確かにゴリラではあるけども!あれ、どっちだったっけ……まさか、俺は本当にゴリラだったのか?」

 

「しっかりしろ近藤さん。アンタは確かにゴリラだが、それ以前に人間であり真選組局長だろうが。」

 

 一人混乱するゴリラ……もとい、近藤の横を通過していき、煙草の男は先に来ていた他の隊士達の元へと歩を進めていく。現場の検証を行っている一人に近付くと、気配に気付いたその男はこちらへと振り向いた。

 

「あっ、土方副長!それに近藤局長と沖田隊長もお疲れ様です………っと、もう名前で呼んでも平気、なんですよね?」

 

 不安げに彼らの名を呼んだ、一見ジミーな彼は8話目の最初から台詞のあった真選組監察方・山崎退(32)。あんぱんとバドミントンをこよなく愛する。でもあんぱんはそこまで好きじゃなかったりする、日頃からあんぱんあんぱん言ってるくせにな。どっちだよザキコノヤロー。あ、あとカバディも好きだったなコイツ。通称ザキなんで、山崎でもザキでも殺鬼(ザキ)でもジミーでも地味男でも、好きな呼び方で呼んでくれても構わないですぜぃ。あと多分童貞だと思───

 

「ちょちょちょちょっと!ちょっとちょっと!」

 

「どうした山崎、それ大分古いぞ。」

 

「じゃなくて!何皆して地の文使ってまで人の事好き勝手言いまくってるんですか⁉ていうかあんぱんのことも、日頃からそんなに言ってないし!」

 

「因みにこの地の文、誰がどの部分喋ってんのかは読んでる側の想像にお任せしやすぜ。その方が面白みあるだろぃ?」

 

「面白くないですよ!そして唐突な年齢バレって何これ⁉ふーんこの人32歳なんだーで精々終わっちゃうくらういにしかならんでしょ⁉だからどうしたの⁉」

 

「こんなぴちぴちな肌してんのに、俺やトシよりも年齢が上なんだぞ。どんなスキンケアしたらそんな若々しくいられるの?お肌に悩む全国の女性にスキンケア法とか教えてあげたら?」

 

「いえ、特に何もしてませんけど………そんなことより、早くストーリー進めません?こんなとこでいつまでもぐだぐだやってるから、小説の上がりが余計遅くなるんですよ。」

 

 「厳しい指摘だねィ…」と呟きながら、沖田と呼ばれた亜麻色の髪の青年は、現場の状況を見渡す。派手に壊された木製の小屋の近くでは、既に他の隊士に捕縛された数人の天人の姿が見受けられる。中にはまだ気を失っている者もおり、それらは担架に乗せられていた。

 

「ここが通報のあった現場だな……にしても、随分と派手に暴れたもんだ。」

 

「只の喧嘩騒ぎじゃここまではならんだろ………山崎、聞き込みは終わったんだろうな?」

 

 開いた口から煙を吐きながら、鋭い眼光を向ける男───土方の問いに、山崎は「はいっ」と返事をし、手元のボードに目を落とす。

 

「通報の内容は、あの天人に女性が絡まれているというものでした。でも詳しい事聞いてみると、どうやら集まっていた野次馬の中にいた頓痴気(とんちき)()で立ちの集団が、ならず者連中をまとめて成敗したとかで。」

 

「頓痴気な集団だぁ?ちんどん屋か何かか?」

 

「それはどうか分かりませんが……目撃者の話によると、彼らは青年から幼子までの男女数名で、派手なフリルの服を着た角と尻尾のある少女だったり、ロケットパンチを打つ女の子やプラカードで相手をタコ殴りにするオ〇Qもいたって話で。あっ、あとやたらとデカい犬もいたそうです。」

 

「うーん………よく分からんが、随分とキャラの濃い面子だな。」

 

「本当ですね、近藤さんのケツ毛並じゃないですかい?」

 

「えっ、俺のケツ毛ってそんなに濃い?ちょっとトシ、確認してもらってもいい?」

 

「近藤さん、いくらアンタの頼みでもそいつぁ聞けねえ。」

 

 相変わらずの上司に溜め息を吐きつつ、土方は先程の山崎の報告の中に引っかかるものを感じていた。

 

「(オ〇Qにデカい犬、か………まさかとは思うが、『あいつら』もこの江戸に………?)」

 

 深く考察していると、こちらの顔を覗き込み「しかめっ面~」と茶々を入れてくる沖田。彼の頭を軽く小突いたその時、山崎が思い出したと言わんばかりに声を上げた。

 

「そうそう!その連中の中で、一際(ひときわ)目立ってた男がいたそうです。強者揃いの連中の中で特に腕っ節も強くて、見ていて気持ちがよかったとかで。」

 

「ほ~ぉ、俺達の知らないところでそんな強ぇ奴がいたとは………で、どんな奴なんだ?」

 

「はい。聞き込みをした全員が、口を揃えてこう言ってました─────夜闇に煌く、銀色の髪をした侍だった、と。」

 

「─────!」

 

 山崎の報告に、土方の眼が見開かれる。

 彼だけではない。近藤も、沖田も、同じように驚愕を浮かべている。

 

「あ、あの………どうかしました?」

 

 三人の様子の変化に、山崎はたじろいでしまう。だか彼らの強張った(おもて)は、直ぐ様不敵な笑みへと変わっていった。

 

「……ハッ、まさか奴らも『こちら側』の江戸に来ていたとはな。」

 

「ということは、『旦那』達も今の『俺ら』と同じってことになりやすね………それなら話が早ぇや。土方さん、今からでも乗り込みに行きますかい?」

 

「やめとけ、今はこっちの片付けが先だ…………まあでも、同じこの江戸にいるんだ。(ツラ)を合わせることになるのも、そう遠くねえだろうよ。」

 

 一見だと冷静な態度のように思えるが、昂揚する声色はやはり隠せない。

 咥えた煙草を離し、煙を吐く土方の視線の先には、『スナックお登勢』と書かれた看板の店。そこの二階に灯る明かりを確認すると、土方は一人ほくそ笑んだ。

 

 

 

 

「………近いうちに、またその間抜け(ヅラ)を拝みに行ってやるよ。なあ?万事屋。」

 

 

 

 

 

 

 

《続く》

 

 


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