Fate/Grand Order 白銀の刃   作:藤渚

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【参】常夜の国(Ⅳ)

 

「さて、皆ちゃんと手は洗いましたね?それじゃあ………もう神楽ちゃんっ!まだ触っちゃ駄目だよ。銀さんも、今から挨拶なんですから少し我慢してください。全くいい大人だってのに………あっこらアストルフォさ───アストル───アス───もうっ!フェイントかけて遊ばないでっアストルフォさん!ああぁ藤丸君、今食べられるからね、ほら(よだれ)拭って…………ふう、では皆さん手を合わせまして、いただきます!」

 

「「「いただきまーすっ!」」」

 

 皆が(ひし)めきあった居間に、食事開始の挨拶が響き渡る。それを合図に、米の甘い香り漂うおにぎりに、次々と箸と手が伸ばされていった。

 

「ったく、いちいち挨拶なんていいだろうがよ~面倒臭ぇ。」

 

「駄目ですよ、食事の挨拶はきちんとすること。僕が小さい頃、姉上によくそう教えられましたから。」

 

「ご立派です、新八殿。段蔵も初代風魔頭領様に母役を(たまわ)っていた時は、何事にも挨拶は肝心と教授したものです。」

 

「うむ、二人の言う通りだ。それに比べて銀時、貴様は(ナリ)ばかり大きくなっても肝心の中身はちっとも変わらんな。昔もそうやって挨拶も(ろく)にせず我先にとがっついて、しょっちゅう先生に叱られていたではないか。」

 

 オイルを堪能しながら頷く段蔵に合わせ、うんうんと首を動かす新八と桂の態度に、銀時は顔を渋くする。

 

「ちっ、うるせぇな。全くてめーは昔っから、そういう余計なことはしっかりと覚えてやがんだからよ。」

 

 取り皿に適当に選んだおにぎりを数個乗せ、銀時は床へと腰を下ろす。人数が多いのに対して長椅子が二つしかないため、何人かは床で食べる羽目になってしまうことになったが、これはこれでピクニックみたいで楽しいと、銀時と新八の間に座った藤丸は少しうきうきしていた。

 

「ん~美味いアルっ!動き回った後の飯はまた格別ネ。」

 

「わぅっ、はむはむはむっ。」

 

 自分専用の特製巨大おにぎりを口いっぱいに頬張る神楽の後ろでは、定春が同じもの(こちらは具無し)にがっついている。するとそこに、てちてちと歩み寄ってくる小さな生き物の姿が。

 

「フォウッ。」

 

「うう……?わふっ、わんわんっ。」

 

 じぃっと見上げてくる(つぶ)らな瞳が訴えるものを()ぐ様理解した優秀な定春は、自身のおにぎりを少しだけ千切ると、それをフォウの前に置いてやった。彼にとっては一口分にも満たない量であるが、身体の小さなフォウにとってはこれで充分すぎる程。

 

「キュッ、フォウフォウッ。」

 

 ありがとう、と礼を言ったのであろう。フォウが白米を美味しそうに食べ始めるのを確認してから、定春も食事を再開した。

 

「ねえ仔兎、このライスボールの中身はそれぞれ違うんでしょ?何が入ってるのか教えてちょうだい。」

 

「おうよ。まずここに並んでんのが梅で、ここのワンコーナーが鮭ネ。そしてこっからここがツナマヨで、あとここ全部が昆布アル。」

 

「ん~、やっぱり文章だと読んでる人たちにイマイチ伝わりづらいよなぁ………あれ?神楽ちゃん、昆布の下にあるのは何?その海苔が巻いてないヤツ。」

 

「えーと…………あれ、何だっけ?でもきっと美味しいヨ、はいっ。」

 

 皿に乗せられたそのおにぎりを手渡され、藤丸は「ありがとう」と礼を言って受け取る。何の変哲もない白むすびを(しば)し観察し、後で食べようと藤丸は皿を膝の上に置いて、前回の話でエリザベートに口に突っ込まれた、あのおにぎりから先に頂くことにした。

 まだ仄かに温かい白飯を、海苔と一緒にがぶっと一口。ほんのり感じる塩味を堪能しながら、ゆっくりと数回咀嚼(そしゃく)していくと、舌が先に捉えたのは香ばしさの後に続くマイルドな塩気……うむ、これは鮭だな。しかも鮭フレークではなく、焼いた鮭の骨を取り、更にそれを丁寧に(ほぐ)したものだ。噛んでいくうちに広がる米の甘さと鮭の味とがベストマッチしていて、何かもう、うん。

 

「……美味しい。」

 

 それでいい、小難しいことなど考える必要はない。本当に美味しいものは、食べた時点で美味しいという言葉しか出てこないものなのだから。藤丸はまだ会った事がないけれど、どこかの母ちゃんが言っていたようにしっかり二十回噛んでから嚥下(えんげ)する。そして新八の煎れてくれたほうじ茶を啜れば、お腹も胸もほっこりと温かくなった。

 

「ねえねえスギっち、どれ食べたい?僕が取ってあげるよ。」

 

「あ?俺ぁ別に何でも……大して魔力も減っちゃいねえから、別に今更補う必要なんてねえしな。」

 

「えー、それじゃあ僕が勝手に選んじゃおっと。ど~れ~に~し~よ~う~か~なっ?うん、コレに決ーめたっ!」

 

 アストルフォが差した指が止まったのは、神楽が藤丸にチョイスした例のおにぎり。これでは足りないだろうともう一つおにぎりを選び、お新香と一緒に丁寧に皿に盛ると、向かいの長椅子に座る(というより座らされた)高杉の前にそれを置いた。

 

「はいスギっち、ど~ぞっ!」

 

 キラキラとしたオーラが周りに飛び交うほどの、アストルフォのとびっきりスマイル。彼に熱意を注ぐあのカルデア職員がここにいたのなら、恐らく……いや確実に、歓喜の涙と鼻血を流して卒倒しているだろう。

 この愛らしい笑顔を向けられている者は、超のつく程のハッピー野郎……と言いたいところだが、そのハッピー野郎である筈の高杉はというと、相変わらず目も合わせない。その態度の(しょ)っぱさときたら、さっき藤丸が口にしていたあの鮭以上と言っても過言ではない。それにアストルフォへの礼の言葉も、「おう」と一言だけ。

 

「こら高杉、何だその熟年夫婦の旦那のような愛想も素気のない返事は。アストルフォ殿に礼くらいちゃんと言わんか。」

 

「あっはは~いいんだよヅラ君、僕が好きでお節介焼いてるだけだもん。」

 

「おうおう、いいねぇ色男は何もしなくても勝手にモテてよ。だがなアストルフォ、あまりそいつの隣に立たねえほうがいいぞ。何せお前と並ぶと身長の低さが露骨に分かっ────」

 

 べらべらと好き放題喋り続ける銀時だったが、高速で飛んできた何かが顔面に直撃し、勢いのままに仰向けに倒れていく。隣に座る藤丸と新八が見下ろした彼の二つの鼻穴には、真っ赤なチョロギが突き刺さっていた。

 え?チョロギを知らない?チョロギというのはシソ科の多年草植物で、漢字だと『丁呂木』などと書かれたりなどもする。球根の様に見える塊茎部分が食用とされており、主に梅酢や紫蘇(しそ)で漬けたりなどして食べられる。ピリッとした辛みと食感が何とも美味いぞぅ。(W〇ki調べ)

 まあチョロギはさておき、アストルフォの(まばゆ)い笑顔と床に転がって豚の様にふがふがと鳴く銀時を交互に眺め、高杉は彼の選んだ一つ目のおにぎりを口へと運ぶ。二、三回と噛んだ時、高杉は(かじ)った面から中身を確認した。

 

「………ツナマヨか。」

 

 ぼそりと呟いた声は、隣に座る桂の耳にも届く。こちらを向いた彼の口元は、緩く弧を描いているようだった。

 

「ふふ、まさかアストルフォ殿が適当に選んだものがツナマヨであったとは…………思い出すな、昔のことを。」

 

「てめぇが神社に供えていった握り飯のことか。今だから言うが、握る時はあまり水を手につけるもんじゃねえぞ。あの後食ってる最中にぼろぼろ崩れだして、終いに着物が汚れちまってエライ目に合ったんだからな。」

 

「供え物を勝手に食べておきながら文句を垂れるな。それにあれは、俺が握ったのはなくお婆が…………いや、もう当に過ぎたことを今更言っても仕方ない。」

 

 少し寂し気に微笑み、桂はおにぎりへ手を伸ばす。彼が選んだのは、(かつ)て好物を自称していた梅………ではなく、高杉が今食べているのと同じツナマヨ。一口()んで咀嚼した後、静かに飲み込んでから口を開く。

 

「……うん、たまにはツナマヨも悪くない。」

 

 小さく零した呟きに、高杉はくくっと低く笑う。そんな二人のやり取りを暫く眺めていたアストルフォは、朗らかに微笑んだ。

 

「さて、僕も食べよっと。あ~むっ………ん⁉んん~っ酸っぱいいいイイィ!」

 

 何も考えずに選んだものは、どうやら梅干しだった模様。口内にじわじわと広がっていく独特の酸味に口は自然と(すぼ)み、アストルフォが冷や汗を流しながら(しか)めっ面になると、どっと皆から笑いが起こった。

 

「あれ?神楽ちゃん何してるの?」

 

 新八はふと、神楽が自分のとは違う皿に、せっせとおにぎりを乗せていることに気がつく。声をかけられた神楽はこちらを向き、にっこり笑顔を見せた。

 

「これね、松陽の分アル!起きた時にお腹空いてたら可哀想だから、少し寄せとくネ。」

 

「先生の…………そうか、リーダーは優しいのだな。」

 

「何だよヅラぁ、今更知ったのかテメー。それより松陽はどの具が好きなんだヨ?早く教えるヨロシ。」

 

 桂の湛える笑顔に少しむっとしながら、神楽は丁寧な箸使いでおにぎりの側にお新香を添えていく。

 

「神楽、お前随分と松陽のこと気に入ったみてえじゃねえか。」

 

「うん!銀ちゃん、私松陽大好きアル!目が覚めたらいろんなことお話したいし、いろんなことして遊びたいヨ。記憶を失くしちゃってる松陽に、これから楽しい思い出をいっぱい作ってあげたいアル!」

 

 あまりに屈託の無い笑顔と神楽の言葉に、面食らった銀時の表情も少しずつ綻んでいく。

 

「そっか……。」

 

 短く返し、銀時は大皿へと手を伸ばす。掴んだのは、海苔の巻いていないあのおにぎり。

 

 綺麗に形作られた三角形の握り飯を見つめ、ふと脳裏に浮かぶのは、幼き頃の記憶の断片。

 

 

『なっ、なれなれしくすんじゃねェ!』

 

『誰の応援してんだ‼そいつ道場破り‼道場破られてんの‼俺の無敗神話(しょじょまく)ぶち破られてんの‼』

 

『もう敵も味方もないさ。さっ皆でおにぎり握ろう!』

 

 

 道場破りに何度も来た、生意気な奴に負けたのに。

 無敗の記録をぶち壊されて悔しい挙句、訳の分からない奴に絡まれて苛ついていた筈なのに。

 

 

『あ、すみません。もう食べちゃいました。』

 

 

 あの人の笑顔に、声に応えるようにして………気がつけばその場にいた全員が笑っていたのを、今でもよく覚えていた。

 

 

 

 手に掴んだままの白むすびを暫く眺めた後、銀時は漸くそれに(かぶ)りつく。

 

「………うん、美味ェ。」

 

 零した言葉と対称に、握り飯に落とす彼の目は寂しげなものであった。彼を見ていた藤丸と高杉も、自分の皿に乗った同じ白むすびを手に取り、同時に一口()んだ。

 

「ダイナゴンッッッ⁉」

 

 直後、悲鳴にも似た奇怪な声と共に、ブハァッ‼と藤丸の口からモザイク修正のかかった何かが飛び出す。

 

「ぎゃっ‼ちょ、ちょっと仔犬⁉」

 

「藤丸君⁉だ、大丈夫⁉」

 

 床に倒れぴくぴくと痙攣する藤丸に、すかさず駆け寄るエリザベートと新八。長椅子のほうでは、高杉が口元を押さえ肩を戦慄(わなな)かせている。

 

「わ~んスギっちまで!大変~しっかりしてっ!」

 

「どうしたのだお前達、一体何が───」

 

 狼狽し立ち上がる桂の視界の下で、高杉の震える手があるものを指差す。その先にあるのは、今しがた彼が口にしたあの白むすび。これがどうしたのだと覗き込めば、桂の顔色もすぐさま変化していった。

 

「な………何だ、これは?」

 

 ───その物体(もの)、白き(ころも)を纏いて陶器の野に立つべし。煮込まれた甘き小豆との絆を結び、ついに人々を甘美の地に導かん。

 

 どこかの風の谷の言い伝えのようなナレーションが、齧りかけのその握り飯を見た者達の脳内に自然と流れてくる。

 え、分かりにくい?簡単に要約するとこうだ………そのおにぎりの中には、甘~い餡子がぎっしりと詰まっていました、ということ。

 

「あ、思い出したアル。ババアとおにぎり作ってる時、銀ちゃんは甘いのが好きだって私言ったヨ。その後ババアがゴソゴソやってたけど、アレはこのおにぎりを作ってたみたいアルな。」

 

「そーかそーかよく言ったな神楽ァ、やっぱおにぎりは餡子入りに限るぜ。ったくこの味が分からねえなんざ、これだから舌の肥えた現代っ子とボンボンときたら。」

 

 片手で神楽の頭を撫でながら、銀時は餡子のぎっちり詰まった(くだん)のおにぎりを何の躊躇いもなく食べ続ける。信じがたい光景に唖然とする一同、あの楽天家なアストルフォでさえも理解が追いつかず、もっしゃもっしゃと餡子入りおにぎりをご満悦顔で頬張る銀時を二度見、三度見した。

 

「現代っ子とボンボンでなくてもこんなん食えるかああァァァっ‼おかしいのは100%アンタの味覚だこの糖尿寸前野郎っ‼」

 

「高杉、とにかく茶だ!上から出せなければ茶を飲んで押し流せ!」

 

「お、おはぎと思って食べれば何とか………うっぷ。」

 

「駄目よ~仔犬!無理してまで食べようとしてんじゃないの!ほらペッてしなさいペッて!」

 

 

 

 目の前の喧騒を完全な他人事のように眺めていた銀時だったが、ふとおにぎりを口に運ぶ手を止め、素直に浮かんだ疑問を零す。

 

 

 

「………そういやババア、俺の事覚えてねぇと言っときながら、何で『いつもみたいに』握り飯に餡子なんて入れてんだ?」

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

「……ったくアイツ等、静かにしろっつたのに。」

 

 ミシミシと音を立てる天井を見上げ、お登勢は大きく溜息を吐く。開店したスナックの中にいた数名の常連客も、いつもと違う状況に目を丸くしていた。

 

「オ登勢サン、本当ニアンナ得体ノ知レナイ連中、上ニ泊メテ平気ナンデスカ?デカイ犬ダッタリ天パダッタリ胡散臭イロン毛モイタリ、アトデカイ角ト尻尾ノフリフリ女?頭ニオプションツケテルトコトカ私トキャラ被ッテマセン?」

 

「被ってるどころか1ミリも掠っちゃいねーよ。確かに見た目は奇抜な奴らだが、あいつらはチンピラからたまを助けてくれたんだ。悪く言うもんじゃないよ、キャサリン。」

 

「そうですキャサリン様、あの方々を悪く言うのであれば私が許しません。それに外見のインパクトであれば、間違いなく貴女を超える方はいないでしょう。」

 

「オウオウたま、言ウヨウニナッタジャネーカ。後デ店ノ裏ニ来ナ………デモソウ言ウオ登勢サンダッテサッキ、恩人ニ食ワセルオニギリニ餡子ナンカ入レテタジャナイデスカ?アンナ嫌ガラセ、中々思イツカナイデスヨ。」

 

「アレかい?あれは一緒に握り飯作らせたあの小娘が、天パ野郎がかなりの甘党だって言ったのを聞いて………。」

 

 そこまで言い掛けた時、お登勢は自身の行動に疑問を抱く。いくら甘党だからといって、握り飯の中に餡子を入れるなど普通はしないし、今までやったこともない。だが先程あの少女と食事の支度を行っていた際、何の違和感もなく台所にあった小豆缶へと手を伸ばしていた。まるで自分の中で、『そうすることが当たり前』であるかのように───

 

「……はて、私ゃ何であんなことをしたんだろうね?」

 

 ぽつりと呟いたお登勢に答える者はおらず、たまとキャサリンは不思議そうな顔を互いに合わせた。

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

「ふ~、お腹いっぱいアル。」

 

 膨れた腹を抱え、長椅子に横たわる神楽のだらしなく開いた口から、ゲフッと(おくび)が零れる。

 部屋の隅では満腹になった定春とフォウが、丸くなり寝息を立てていた。

 

「ほら神楽ちゃん、皆座るんだから起きてよ。」

 

「んあ?新八ィ、今から何しようってんだヨ。私はお腹の中の消化作業中で忙しいアルよ。」

 

「消化作業って、ただ寝転んでるだけだし……これから皆で話し合いをするって、さっき桂さんが話してたの聞いてなかった?」

 

「お~、原稿ページ10枚目にして漸く時が進むアルか、このままおにぎりを食べるだけのほのぼの回で終わるかと思ってたヨ。」

 

「それで終われたら書いてるほうも楽出来っけど、ストーリー進めねえといけねぇだろ。ほら早く退いた退いた、俺と新八が座れねえじゃんか。」

 

 銀時に急かされ、やむなく身体を起こす神楽。空いたスペースに腰を下ろした銀時が(おもて)を上げると、ちょうど向かいにエリザベートとアストルフォに挟まれる形で藤丸が座っていた。神楽と同様に膨れた腹を(さす)っていた彼だが、銀時の視線に気付くと、へへっと小さく笑う。

 

「よう藤丸、飯は美味かったか?あのババア口は悪ィけど、飯は一品なんだよ。」

 

「うん、美味しかった~。あの餡子入りは正直驚いたけど、あれ?意外とアリかな?なんて途中から思い始めてきちゃったし……。」

 

「ふっふっふっ……ようこそ糖分愛好連盟へ。お前と俺でメンバーは漸く二人だ、歓迎会としてケーキバイキングにでも行くか?」

 

「ちょっと白モジャ、アタシらの仔犬(マスター)を糖尿予備軍に引きずり込まないでくれない?まだ未来ある若者なんだからね。」

 

「そうそう、二人でケーキバイキングなんてズルいよ!だったら僕も糖分愛好連盟に入るから連れてって!」

 

「やったね銀さん、これで三人だ!」

 

「って何仔犬までノっちゃってんのよ⁉ズル~いだったらアタシもそのスイーツ連盟に入るゥ!」

 

 お約束のぐだぐだな空気が流れ、文字数が余計に加算されそうになっていたその時、桂の咳払いが室内に響いた。

 皆の視線が一箇所に集中する。そこには引っ張り出した予備の椅子に座る桂が、どこからか取り出した大きな紙をテーブルに敷いていた。高杉はというと、また先程の障子窓の側へと移動しており、食後の一服に煙管を吹かしているようである。

 

「えー、そろそろ始めても構わないか……?ではこれより、現状の確認と今後についての討議を行いたいと思う。ええと筆はどこに………」

 

「桂殿、もし書記が必要でしたら、僭越(せんえつ)ながら段蔵が承りましょうか?筆はこの通り、利き手に専用筆(マイブラシ)を内蔵しておりまする故。」

 

「おお、ではお願いしよう。この紙に議題や質問等を書いていってくれ……さて、何か疑問に思ったことなどがあれば、どんどん述べて構わんぞ。」

 

「はいはーいっ!バナナはおやつに入りますか?」

 

「リーダー、早速お約束の質問だな………高杉、これはどうなんだ?」

 

「あ?弁当と持ってきゃデザートの扱いになるんじゃねえか?」

 

「ふむ、だそうだリーダー。」

 

「ふーん、じゃあバナナ一束持ってきても、それをデザートと言い張ればデザートの扱いになるアルか?」

 

「え?むぅ、それは………高杉、どうなんだろうな?」

 

「いちいち俺に聞いてんじゃねえよ、てかこのままだといつまで経っても本題に入れりゃしねえだろ。あと一束は流石に多過ぎだ、精々一、二本にしておけ。」

 

「ね~スギっちもこっち来て座ろうよ~。ほらココ、僕の隣空けとくからさ。」

 

「やなこった、てめぇらとの馬鹿騒ぎに立ち交ざるつもりなんざねぇ。」

 

 高杉の冷たい返答と態度に、むぅ~とアストルフォは頬を膨らせる。彼が拗ねている傍らでは、段蔵が今の質問と回答をせっせと紙に記入していた。

 

「いやいや神楽ちゃん、ここはバナナより第一に聞かなきゃならないことがあるでしょ………あの、お二人の知っている範囲だけでも教えてくれませんか?今この江戸で、一体何が起きているのかを。」

 

 新八の質問により、緩みかかっていた場の空気が一気に引き締まる。すると桂はおもむろに椅子から立ち上がると、高杉のいる障子窓へと近付いていく。

 

「そうだな………だが俺が説明する前に、まずは見てもらったほうが早い。江戸の、『今』の姿を。」

 

 桂が取っ手へと指を掛けると、側にいた高杉と目が合う。暫し視線が交差した後、高杉のほうから逸らしたのを合図に、障子窓は開け放たれた。

 

「な………っ‼」

 

 

 そこから見えた景色………まず最初に目に飛び込んできたものに、銀時達は困惑する。

 

 明かりに溢れる地上を照らすは、空高く昇った『月』───だがその形は、自分達のよく知るものなどでは無かった。

 

 

 

 弧を描いた対称の二本の曲線、中央部の楕円型に黒を残したそれは、夜空に浮かび上がった巨大な『眼』。

 

 銀時達が見上げている間にも、虹彩や瞳孔と思われる黒い部分がしきりに動き、それはどう見ても生物の眼球の動きに酷似しており、それが一層異様さを際立たせていた。

 

 

 

「やだ、何よアレ……気味悪いわ!」

 

 夜空を見上げたエリザベートが、忌々しげに吐き捨てる。彼女だけではない、新八と神楽、そして銀時と藤丸も、あまりの不気味さに鳥肌が立つのを感じていた。

 

「……そうか、藤丸君にもアレが見えているのだな。どうやらあの月の形を認識出来るのは、サーヴァント(おれたち)に限られたわけではないらしい。」

 

「ヅラさん、それってどういうことなんですか……?」

 

「ヅラじゃない桂だ。今の俺が江戸(ここ)に現界した時には、既にこの国はこのような姿になっていた。いつまでも夜は明けず、酉の刻を過ぎた辺りから、ああして空に気色悪い月が昇る毎日だ………しかしどうしてか、街の者達の目には、あの月の姿が奇怪なものには映っていないらしい。俺も高杉に会うまでは、その事に気付かなかったのだが………。」

 

「なあ、もしかして藤丸があの月の形を俺達と同じように認識出来んのって、やっぱお前が『マスター』だから、ってのは考えられねえか?」

 

「ん~………どうなんだろう?こんな体験、今まで無かったからなぁ。」

 

 銀時の質問に藤丸は顎に手を添え、眉間に皺を寄せて考え込む。するとその時、藤丸の隣にいた新八が突然声を上げた。

 

「ん……あ、あれ?ちょっと、おかしいですよ⁉」

 

 椅子から立ち上がり、きょろきょろとせわしなく首を動かす新八の表情は、内心の動揺が露わになっていた。

 

「新八、どうした?」

 

「気付かないんですか銀さん⁉よく見てください………ターミナル、あそこにあったターミナルが、無くなってるんです!」

 

 新八の言葉に触発され、銀時と神楽は窓へと駆け出す。銀時が桂を押し退け、神楽の手が高杉の頭に乗せられる形となって、二人はそこから身を乗り出すようにして外を眺める。

 この窓から見える筈の景色は、嫌でも記憶に刻まれている。立ち並ぶ家屋や店の向こうに(そび)え立つ、一際(ひときわ)大きな建造物。『ターミナル』と呼ばれる巨大なそれは、正に近代化した江戸の象徴であり、その存在はここからも確認出来る………筈であった。

 しかし、今の銀時達の見開いた目に映っているものはターミナルなどではなく………(かつ)て、そのターミナルが在った場所に堂々と居座る、巨大な天守閣の姿。

 

「な………んだよ、アレ……⁉」

 

 自分達が知っている江戸とは大きく異なっている事実に、驚きと焦りを露わにした銀時は、ただ愕然とするしかなかった。

 

「……ねえパチ君、さっきから皆で言ってる『ターミナル』って何?」

 

「ああ、カルデアの皆は知らないもんね………ターミナルっていうのは、江戸の中心部に建てられた、惑星国家間の移動を容易にする為の転送装置のことだよ。」

 

「惑星国家間……転送装置……?」

 

 聞き慣れない単語に首を傾げる藤丸達に対し、当惑する新八の後ろから桂が説明を付け加える。

 

「まあ、簡単に説明するとターミナルは様々な宇宙船などが発着する、言わば空港のようなものだ。」

 

「ふーん、空港ねぇ………でも今あそこに建ってるのって、どう見てもお城でしょ?まあ、アタシのチェイテ城に比べたら外観も品位も劣るけど。」

 

「……何故ターミナルが無くなっているのか、何故そこにあの巨大な天守が建っているのか。残念だかその疑問に納得のできる答えを述べられる程の知識も情報も、今はまだ備わっていない。どうかその辺りは容赦してほしい、許せ。」

 

 目を伏せ、陳謝する桂の背後で、高杉は未だ自身の頭部に乗ったままの神楽の手を払い除けている。煙管を咥えたままの彼の右眼は、天高く伸びた天守をひたすら映し続けていた。

 

「これで分かっただろう、銀時。ここは既に貴様………いや、貴様らの知っている江戸ではないのだ。」

 

 これ以上は見ていても無意味とばかりに、伸ばした桂の手が障子窓を半分だけ閉ざす。

暫くの間呆然と立ち尽くす銀時であったが、やがて大きく溜息を吐くと、元いた長椅子へと戻り、再び腰を下ろす。

 

「銀さん……。」

 

「藤丸ゥ………はは、本当笑えねぇぜ。いきなり日常から切り離されて訳分かんねえトコに飛ばされたと思ったら、今度は元居た世界が可笑しなことになってるだなんてよ………少年漫画だったら、毎週のはがきアンケートに割と高評価で記入してるストーリー展開だな、オイ。」

 

 力なく笑い、項垂れる銀時の姿に心痛する藤丸に、彼の隣にいたアストルフォが怪訝な面持ちで尋ねてくる。

 

「ねえマスター、これは僕の勘なんだけど………この江戸(まち)も人もおかしくなっちゃったのって、ひょっとしてまた『聖杯』が絡んでるから、なんじゃないかな?」

 

「……うん、実は俺も少し勘づいてた。本来は霊基にいない筈の銀さん達が、こうしてサーヴァントになって現界してる辺りから薄々とね。」

 

「『聖杯』……?おい、何だそりゃ。」

 

「何アルかそれ?食えるモンアル?」

 

 聞き慣れない単語に反応し、ぞろぞろと皆が藤丸達の元へと(つど)ってくる。窓辺の高杉は少しも動く様子を見せないが、どうやら耳だけはこちらに向けているようであった。

 

「えっと……聖杯っていうのはね、簡単に言えば願いを叶える願望器のことなんだ。アレがあれば、どんなことだって簡単にできちゃうし、正に最高位の聖遺物と言っても過言ではない………それに聖杯の力があれば、一つの世界の在り方を歪めてしまうことだって、容易に出来ると思う。」

 

「簡単に世界を歪められる、だと………そんなヤバい代物が、この江戸にあるってのか⁉」

 

「だが銀時、此度の異変が仮に藤丸君の言う、その聖杯の力によるものだとするならば、この世界の異変や人々の記憶の改竄(かいざん)、まして本来は存在し得ない者が存在するなど………今までの不可解な出来事に、全て合点がいくと思わないか?」

 

 憶測を並べる桂の目が、寝室の襖へと向けられる。これまでの喧騒にも物音一つ立てない様子から、松陽は余程熟睡しているらしい。

 

「……実はな銀時、先程お登勢殿がお前にとったような反応は、ここに来て初めて見たものではない。」

 

「は?どういうことだよ、ヅラ。」

 

「ヅラじゃない桂だ。先程は往来の場で口を噤んでいたのだが………実は俺と高杉も、今の貴様らと同じなのだ。」

 

「俺らと同じ、って………まさか───」

 

「ああ。俺もヅラもこっちに現界した時っから、こっちの世界にゃ(はな)から『いなかった』ことになってやがる。」

 

 銀時の声を遮ったのは、高杉の放った信じ難い一言。煙管をしまい、おもむろにこちらへと体を反転させる彼の面には、皮肉めいた微笑が張り付けられていた。

 

「『いなかった』………それじゃ鬼兵隊は、桂さんのいた攘夷党も……?」

 

「新八君、今君の推測している通りだ………ここではそのようなもの、初めから『無かった』ということになっている。故に居場所も同士も失った我らは、君達に会うまでこうして二人で行動を共にしていた、ということだ。」

 

 淡々と語る桂の口調は、表面では冷静を保っている。だが彼の額を伝う一筋の汗が、僅かな動揺を窺わせた。

 

「……………。」

 

 理解し難い推測と、受け入れ難い事実に、沈み切った空気が重く肩に圧し掛かる。

 誰もが押し黙っていたその時、高杉が静かに口を開いた。

 

「なあ銀時………俺がさっきテメェに言った事、覚えてるか?」

 

「は?あ、あぁ……確か、俺に確認しておきたいことがあるっつってたな。部外者に聞かれたくないだとか言ってたが、一体何のことだ?」

 

 (いぶか)しげに尋ねる銀時、すると高杉は小さく吐いた溜息と共に、ぽつりと零した。

 

「………松陽先生の事、なんだがな。」

 

 

 

 

 

《続く》

 


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