Fate/Grand Order 白銀の刃   作:藤渚

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【肆】幽暗の暁(Ⅱ)

 

 

 

 チュン、チュンと静まり返った居間に微かに響く、雀の鳴き声。

 外から聞こえてくる心地の良い(さえず)りは、未だ眠りこける彼らの耳には届かない。

 

「んご~……。」

 

「ふんが~……。」

 

 毛布が剥がれ、床に落ちても尚、銀時と藤丸は目を覚まさない。特に藤丸に至っては、上半身が椅子から既に落ちかかっており、銀時の後ろ首に回した足の力で辛うじて体勢をキープしていた。

 

「むにゃ……いちご牛乳、いちごパフェ、いちごぱんつ、いちご祭りじゃねえかフヘヘヘ……。」

 

「ううう……マナプリ量産は嫌だ、爆死はもう嫌だああぁぁ………‼」

 

 片や幸せそうな寝言を零し、片や悪夢に(うな)されているその空間に、そろりそろりと忍び足で現れた者が一人。

 左右の手にそれぞれ構えたものを頭上高く持ち上げたその時、『彼』は大きく息を吸い込んだ。

 

「起っきろおおぉぉぉ~っ!」

 

 ガンッ‼ガンッ‼ガンッ‼ガンッ‼ガンッ‼

 

「ぅおわあああああァァァァァっ⁉」

 

 室内に響き渡る凄まじい音に、銀時の意識は即座に覚醒する。飛び起きた彼の首から足が外れ、顔面から床に落下した藤丸の「ぶぇっ」とくぐもった声が椅子の下から聞こえてきた。

 

「だああぁもうっうるせえって‼やめろやめろ近所から苦情来るから‼」

 

 銀時の必死の制止に、『彼』はぴたりと手の動きを止め、室内の電気のスイッチを押す。明るくなった室内に現れたのは、両手にフライパンとおたまを(たずさ)えた、満面の笑みのアストルフォだった。

 

「あ、起きた。おっはよ~二人とも!」

 

「痛てて……あれ?さっきの300連ガチャ大爆死祭りは夢?よかったぁ~……。」

 

「ったく、まだ耳の奥がキンキンしやがる………おはようってなぁアストルフォ君、今何時だと思ってんの?お外はまだこんな真っ暗じゃねえか。」

 

「んもう、銀ちゃん忘れたの?この国はお日様が昇らないって、昨日お登勢さんが言ってたじゃないか。それに時間だって、もう朝の8時だよ。」

 

 ほら、とアストルフォが右手のおたまで指した先の掛け時計は、彼の言った通り既に辰の正刻を表している。

 

「ああ、そういやぁんな設定あったっけ。しっかし朝だってのにこう暗いんじゃあ、体の調子狂っちまいそうだぜ………ふわぁ~あ。」

 

 銀時が大きく欠伸をかいたその正面で、藤丸もつられて欠伸をしてしまう。ふと銀時は周囲を見回しながら、アストルフォに尋ねた。

 

「あれ?ヅラ達は……?」

 

「んむ~……そういえば、定春君やフォウ君もいないなぁ。」

 

「皆なら、この下で朝ご飯の支度を手伝ってるよ。僕はお寝坊さんの君達を起こすよう頼まれたのさ。さて、次は神楽ちゃんだ!」

 

 ふんっ!と鼻を鳴らし、アストルフォは意気揚々と和室の襖を開く。そして「起っきろ~っ!」の声から始まるけたたましい目覚まし(アラーム)大合奏。

 ガンッ‼ガンッ‼ガンッ‼と、力いっぱいぶつけられたフライパンとおたまによって奏でられるこの二重奏は、漫画やアニメで見たことがあるという方も多いだろう。だからといって真似をしてはいけない。何故かって?だってコレ、予想してるより遥かにうるさい。めっちゃうるさい。家族とか友達に、健やかな朝の目覚めをお届けしようとやってみるのもいいかもしれない。(ただ)しお礼は感謝の言葉ではなく、高確率で怒りの鉄拳が飛んでくること間違いなしなので、お勧めはしない。

 

「あああああ‼もうやめてェェお願いだからっ‼銀さんの大事な膜が駄目になっちゃうゥゥゥッ‼」

 

「ストップ!ストップだよアストルフォ‼もうっ言う事聞かないとこうだからねっ‼」

 

 騒音に悶えながら、藤丸は右手を掲げる。手の甲に刻まれた令呪が光を孕み始めたのが目に止まったと同時に、アストルフォは動きを停止した。

 

「おっと、いけないいけない。ごめんねマスター?」

 

「いやいや気にしないで………それより起きた?神楽ちゃん。」

 

「んん~駄目だこりゃ、ぐっすりだよ。ねえ銀ちゃん、もしかして神楽ちゃんて寝起き悪い?」

 

「悪い悪い、そりゃもう(わり)ぃさ。特に寝惚けてる時なんて最悪だぜ。」

 

「む~……こうなったら僕の宝具・『恐慌呼び起せし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)』でスッキリお目覚め───」

 

「ノー!ノー宝具‼そんなんやったら近所からクレームどころか、一帯のご近所さん全部吹っ飛ぶから‼」

 

 立ち上がった藤丸が必死にアストルフォを押さえようとしていたその時、不意に銀時が狼狽した様子で尋ねる。

 

「おい、そういや先生………松陽はどうした?ひょっとしてまだ寝てんのか?」

 

「へ?松陽さん?ああ~あの人ならとっくに起きて皆のとこに────」

 

 アストルフォが答え終えるのも待たずに、銀時は玄関へと駆け出す。バタバタと(せわ)しない音を残して玄関から飛び出していく銀時の後ろ姿を、藤丸とアストルフォが呆然と、そして漸く起床した神楽が寝惚け眼で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで雪崩のような音を立てながら、銀時は外階段を駆け下りる。少しだけ息を荒らげたまま(おもて)を上げれば、一階の『スナックお登勢』が看板も出ていないのに、店内の照明がついているのが見えたため、銀時は咄嗟に店の扉に手を掛けた。

 

「松陽っ!」

 

 勢いよく扉を開けると、案の定既に店内にいた新八を始め、エリザベートに定春、そしてカウンターに立つお登勢とキャサリンが、扉がぶつかる音と銀時の声に反応し、目を丸くしている。

 

「ああ銀さん、おはようございます。やっと起きてこられたんですね。」

 

「わんっ!わんわんっ!」

 

「んもぅ、遅いわよ白モジャ!」

 

「オウオウ、重役出勤トハイイ御身分ダナオイ。」

 

「ったく、朝っぱらからうるさいねえ。頼むから店を壊さんどくれよ。」

 

 こちらへと向けられる挨拶や不平、しかし銀時がそれらに応えることはなく、彼は唖然とした様子で店内を見回している。

 

「あ、あれ……?おい新八、松陽はどこ行った?」

 

「へ?ああ、松陽さんなら店の奥で桂さん達と───」

 

 新八が言い掛けたその時、店の奥に掛けてある暖簾(のれん)の向こうが騒がしくなる。(ひらめ)く布を手で上げて現れたのは、飯櫃(めしびつ)を抱えた桂だった。彼の長髪は高い位置で結ばれ、着物の袖もきちんと(たすき)(まと)めている。

 

「おお銀時、やっと起きたか寝坊助(ねぼすけ)め。」

 

 桂に続いて、高杉も後ろから姿を現す。片手にポットを持った彼は、いかにも不機嫌といったその表情を少しも隠しはしていない。

 

「ったく、何で俺まで手伝わされてんだ?」

 

「文句を垂れるな高杉、働かざる者食うべからずだぞ。」

 

「だから、別に俺は食う必要なんざ…………おっと。」

 

 暖簾から離れる間際、高杉は空いた手で布を上へと避ける。そこに出来た隙間から現れた人物に、銀時は目を見開き一驚した。

 

「ほらよ、さっさと通っちまいな。『松陽』。」

 

「はいっ。すみません、晋助さん。」

 

 高杉に微笑みかけ、礼を述べて会釈するその人物(ひと)こそ、銀時が血眼(ちまなこ)になって探していた、松陽本人であった。桂と揃いの恰好で、手には綺麗に盛られたお新香の乗った皿を持っている。

 

「どうだい?直した着物の着心地は。おかしなとこがあったらすぐアタシに言うんだよ?」

 

「はい、お登勢さん!ええと、今のところは大丈夫のようです。」

 

「チョイト、(タスキ)ガ緩ンデマスヨ?直シテヤッカラジットシテテクダサイ。」

 

「あっ、すみません……ありがとうございます、キャサリンさん。」

 

 右から左からと声を掛けられ、それら全てに笑顔で答える松陽。ふと彼が呆けている銀時に気が付いた次の瞬間、ぱぁっと表情が一気に華やいだ。

 

「銀時さんっ!」

 

 桂の置いた飯櫃の隣に皿を置くと、松陽は真っ直ぐ銀時の元へと駆け寄ってくる。喜悦に溢れた顔と頬を紅潮させ、こちらへと向かってくる松陽の結わえた亜麻色の髪が、ぴょこぴょこと縦に揺れた。

 

「おはようございます!お体のほうは大丈夫ですか?」

 

「お、おはよう………うん、快眠したお陰でバッチリです、よ。」

 

 鼻が付きそうな程の距離まで接近され、思わず仰け反る銀時。気恥ずかしさに返答もしどろもどろになってしまう。そんな彼の前で朗笑を浮かべていた松陽だったが、次第にその笑顔に曇りが差していく。

 

「あの………銀時さん。私はまず、貴方に謝らなければなりません。」

 

「へ?」

 

「私が意識を失う前………あの怖い怪物達に囲まれたあの時、私の身を案じてくださった貴方は、定春君の傍を離れないよう言ってくださいました。でも私は、私の我儘のままに勝手に動いて、貴方の言いつけを破ってしまいました。本当に………本当に、ごめんなさい。」

 

 徐々に俯き、視線が銀時から床へとずれていく。決まりの悪さから目を合わせることが出来ないでいる松陽だったが、ポンと頭に何かが乗った感覚に驚き、思わず(おもて)を上げた。

 

「銀時さん……?」

 

 きょとんとした顔でこちらを見つめる松陽に、銀時は我に返る。無意識のうち、いや本当にごく自然に、銀時は自らのその手を、落ち込む松陽の頭に乗せていたのだ。まるで幼かった頃、師が自分にそうしてくれたように。

 

「え、ええと、その……なんだ。き、気にすんなって!俺ぁ別に少しも怒っちゃいねえし。」

 

「本当、ですか……?」

 

「ったりめーだろ。それにな、あの時アンタが(かば)ってくれたから、藤丸は助かったんだぜ?(むし)ろ礼を言いてえのは俺のほうだよ……本当にありがとうな、松陽。」

 

 くしゃ、と頭に乗せた手を動かすと、絹のような髪の手触りが指の間から伝わる。銀時の思いがけない行動と温かな言葉に、ぽかんとしていた松陽の顔にも次第に朗らかさが戻っていく。

 安堵する銀時、触れ心地の良い松陽の頭を再び撫でようとした時、突然横から伸びてきた腕が彼の手を掴んだ。

 

「おい………いつまで触ってやがんだ?さっさとその汚ねぇ手を退けろ。」

 

 容赦なく込められていく握力、同時に骨が(きし)む音までが銀時の耳に聞こえてくる。

 

「痛ででででででっ‼何しやがんだバカ杉っ‼」

 

 堪らず手を引っ込め、まだ痛みの残る利き手を(さす)りながら、銀時は腕の主であるバ……はい、ごめんなさい違いましたね。ガン飛ばさないで怖い怖い。えー改めまして、高杉。そう高杉を涙目で睨む。

 

「ったく、大丈夫か松陽?アイツぁな、(かわや)行った後も平気で手を洗わないでいるような奴だ。もしも貴方(アンタ)に変な菌なんかついちゃ堪んねえぜ。」

 

「サーヴァントだから便所(トイレ)行かないもんっ‼ばっちぃ物なんか今んとこ触っちゃいねえし‼あ~そっかぁ?高杉クンたら俺が松陽の頭撫でてたから、ひょっとしてヤキモチ焼いちゃってたりするぅ?嫌だね~男の嫉妬なんて醜い醜い!」

 

「ああ、率直に言って羨ましかったし、あと気安く松陽に触ってるテメェを八つ裂きにしてやろうかとも思いました。」

 

「少しは否定する素振りくらい見せろよォっ⁉何で最後作文の締めみたいな感じで殺意剝き出してんだ⁉え?つーかお前、何で松陽呼び?銀さんの知らない間にいつそんな関係になったの?」

 

「ハッ、てめえにゃ口が裂けても教えねぇよ……なあ、松陽?」

 

 同意を求めるような言い振りと共に、銀時から離した松陽を見やる高杉。同時に得意げな顔の前に人差し指を立てる仕草をすると、松陽もまた同じ動作をし、返事の代わりに茶目っ気を含んだ微笑を浮かべてみせた。

 

「へえぇぇぇえあああぁっそおおおおゥ‼二人だけの秘密ってやつゥゥゥっ⁉そんなら銀さん、力尽くで聞き出しちゃおっかなぁ⁉それに丁度いい機会だぜ!サーヴァントになった銀さんの実力、朝飯前にテメェにたーんと味わせてやらぁ‼表に出ろっ!」

 

「上等だ、飯の味も分からなくなる程に叩きのめしてやらぁ!」

 

「おい、やめんかお前達!ここに来てまで喧嘩など────うぉわっ⁉」

 

 互いにメンチを切り合う銀時と高杉。彼らから放出した魔力が部外者を寄せ付けんとばかりに噴出し、またオーラとなって各々(おのおの)の身体に(まと)わりつく。正に竜虎相()つ………などとスケールのデカいものではなく、蝸牛(かぎゅう)角上の争い、もっと身近に例えるなら、近所の犬と猫の喧嘩のようなものである。

 ()りとて安心は出来ない。只でさえ荒くれ者の二人であるのに、加えて今回は更にサーヴァントとして現界しているのだ。一騎の強さが戦闘機一機分と例えられる英霊が怒りに任せてぶつかり合えば、こんな店など木っ端微塵になるに決まっている。

 

「ちょ、ちょっと!白モジャも黒猫もやめなさいよ~っ!」

 

「グルルル、わんわんっ!」

 

 エリザベートと定春の制止も、最早二人には届かない。

 青い顔をした新八の横で、二人を交互に見ながらおろおろとする松陽の不安を桂が落ち着かせようと努めている。ふと新八が見やった先のカウンターの向こうでは、慌てふためくキャサリンの隣でお登勢が腕を組みながら、額に青筋を立てていた。もしかすると、この人なら二人を止められるのでは……いや、いくらかぶき町四天王とはいえ、やっぱサーヴァント相手なら無理かな。うん。

 一触即発の状態にある二人に誰もが近付けないでいたその時、バァンッ‼と派手な音と共に店の扉が外れて吹っ飛んだ。

 

「松陽ォォォォォっ!」

 

 カンフー・キックの体勢で店内に飛び込んできたのは、寝間着姿のままの神楽だった。よく見れば髪の毛もまだボサボサで、ついでに言うと乾いた(よだれ)の跡もまだ健在である。

 神楽の蹴りを後頭部に(もろ)に受け、「タッカルビっ⁉」と悲鳴を上げた銀時の体は前へと倒れていく。その際ちょうど正面で睨み合っていた高杉までも巻き込み、二人は揃って床に頭を強打した。

 

「待ってよ神楽ちゃん!って、うわっ何コレ⁉」

 

「やっだ~!銀ちゃんにスギっちったら、朝からこんな面前でお盛んなんだから♪けどこの作品は一応健全な方向で進めてくらしいから、そういったコトはしっかりと注意書きとタグをつけた上で行わなきゃ駄目だよぉ?まあ僕は別に構わないけど、さあ続けて続けて?」

 

 遅れて到着した藤丸は広がる惨事に仰天し、続いてやって来たアストルフォは、銀時の下敷きになった高杉と、その彼を組み敷く形にして床に転がる銀時を遠目で発見し、にやついた顔で二人の姿を眺めていた。

 

(ちげ)えェェェっ‼あのコレ、とんでもない誤解だからね‼これは只の事故だからであって、別にこのチビと××××(ピ───)なコトとか××××(ピ───)したくて押し倒したとかそんなんじゃ────」

 

「話が余計にこじれるから喋んじゃねえ。あとクソ重いからさっさと退けろこの糖尿一歩手前野郎が。」

 

 文句を全て言い終えるや否や、突如垂直に蹴り上げてきた高杉の足が、銀時の腹部に直撃する。その細身からは想像も出来ない程の力で吹き飛ばされた銀時は、「ジャンドゥーヤっ‼」と奇怪な声を上げながら天井に背中を強打し、その後重力に従って床へと落下した。

 

「松陽~!松陽どこアルか⁉」

 

 足元に落ちてきた銀時に目もくれず、神楽は松陽を呼びながら店内を何度も見回す。すると、騒ぎの中で定春の後ろに隠れていた松陽が、ひょっこりと顔を覗かせた。

 

「その声は……神楽ちゃんですか?」

 

 凛とした声に名を呼ばれ、神楽の動きが一瞬止まる。その方を見やった時、彼女の表情は一気に明るくなる。

 

「しょ………松陽ォォォっ!」

 

 一目散にこちらへとかけてくる神楽、あと寸でというところで大きく跳躍した彼女を、前へと出てきた松陽は両の手でしっかりと受け止めた。

 

「松陽、松陽…………動いてる、ちゃんと起きてるヨ………よかったぁ……!」

 

 胸元に顔を埋め、震える声で呟く彼女の上げた(おもて)は、顔から出るものが全部出ている。ぐしゃぐしゃになった顔が衣服に付着しようと、松陽は不快を微塵も露わにせず、柔和な笑みを湛えて彼女の頭を優しく撫でていた。

 

「松陽、身体大丈夫アルか⁉痛いとことか無い⁉」

 

「ええ、もうすっかり大丈夫です。それとおにぎり、ありがとうございました…………貴女(あなた)にも、随分と心配をかけてしまいましたね。本当にごめんなさい、神楽ちゃん。」

 

「ぐすっ………ねえ松陽?次からはこの宇宙一美少女サーヴァントの神楽様が、絶対にお前のこと守ってやるアル!だから、もうあんな無茶しないでヨ?約束アルよ?」

 

「はい、もう一人であんな無謀な真似は致しません。それに神楽ちゃんがいてくれるなら、こんなに頼もしいことはありませんから。」

 

「モチのロンだヨ!どーんっと私に任せるヨロシ!」

 

 赤くなった目を細め、満面の笑みを浮かべる神楽。互いに微笑みあう二人の姿を呆然と眺めていた銀時と高杉だったが、不意にその頭頂を振り下ろされた拳骨が襲った。

 

「痛っ。」

 

「いっでぇっ‼」

 

 腫れたタンコブを押さえて同時に振り向けば、拳をグーにしたままの桂が、怒りを通り越し呆れた眼差しで二人を見下ろしていた。

 

「全く貴様らという奴等は……何時(いつ)何処にいようと全く変わらんのだから!毎度毎度調停に入る俺の苦労も少しは考えんか馬鹿共がっ‼」

 

 (珍しく)真っ当な理由で叱責され、銀時も高杉もぐうの音すら出ない。桂の叱声が響く中、藤丸と新八そしてアストルフォが外れた扉を直していたその時、香ばしい匂いが辺り一面に漂った。

 

「マスター、お目覚めになられたのですね。おはようございます。」

 

「お登勢様、先程の大きな音は何でしょう?揺れは無かったので地震ではなさそうでしたが……。」

 

 暖簾をくぐり、出てきたのは頭に三角巾を巻き割烹着を着た段蔵とたまであった。彼女らの持つ盆には、それぞれ一人分に盛られた焼きメザシが乗っている。

 

「フォーウ、フォウッ。」

 

 メザシのお零れを貰ったのだろう、小さな口をもぐもぐさせながら、フォウも二人の足元からてちてちと歩いて現れる。

 

「おはよう段蔵、わ~美味しそう……!」

 

「お登勢殿よりメザシを頂きました。冷めないうちに皆さんでどうぞ。」

 

「ご飯にお新香に魚、あとは………段蔵さん、魚は私が配膳しますので、台所からお味噌汁の鍋を頼めますか?」

 

「はい、承知しました。たま殿。」

 

 メザシの乗った盆をテーブルに置き、段蔵は台所へと戻っていく。心なしか、彼女の様子はいつもより楽し気なように藤丸の目には映った。

 

「ほら子兎、レディーがそんなみっともない姿じゃいけないわ!アタシが直してあげるから洗面所行くわよ!どこにあるの?」

 

「えっと、確かこっちアル。」

 

「さて、冷めちまわないうちに食っちまわないと飯が不味くなるよ。ほら座った座った。」

 

 お登勢に促され、皆ぞろぞろと店内の椅子に座り始める。先程あれだけ騒いだこともあって、ばつの悪い思いのまま床に座り込む銀時と高杉だったが、突如着物の襟首を同時に掴まれる。

 

「ホラ、オメーラモ。腹ガヘッテルカラ喧嘩ナンテスルンデスヨ。セッカクオ登勢サンノゴ厚意デ用意シテヤッテンダカラ、サッサト食エヤ。」

 

 キャサリンの言葉と威圧に暫し呆けていた二人だったが、やがて揃って立ち上がると、皆の集まる場所へと足を(おもむ)かせる。

 

「たまさん、僕は食器の準備をしますね。」

 

「それは助かります、ありがとうございますメガ………新八様。」

 

「今メガネって言おうとしてませんでした?僕の聞き違いかな?本体はこっちだから新八だから。」

 

 そんなお約束のやり取りが行われている横では、蓋が開けられほくほくと湯気の立つ銀舎利(ぎんしゃり)を前に、杓文字(しゃもじ)を構えた松陽が意気込んでいた。

 

「よし、では私は皆さんにご飯をお配りしますね!」

 

「先せ………えっと、松陽殿。よろしかったら俺もお手伝いさせていただけないでしょうか?」

 

 横から声を掛けてきたのは、やや緊張気味の桂。形だけの笑みと話し方も、どこかぎこちなさを感じる。

 

「わあっ、助かります!ではお願いしますね、ヅラさん。」

 

「ヅ……っ⁉」

 

 まさかこの人にまでその渾名(あだな)で呼ばれるとは思ってもみず、ショックを受ける桂。耐えきれず吹き出す銀時と高杉を睨みながらも、冷静さを欠かないよう深呼吸をする。落ち着け落ち着け、この人に悪意はないのだから。

 

「………ヅラじゃ、ない。」

 

 桂が、静かに呟く。お?いつものあの台詞が来るか?と皆の視線が集中する。だが彼は口をもごもごとさせながら、決めの「桂だ」を中々言わない。やがて桂は頬をやや赤らめながら、漸く口を開いた。

 

「その…………小太郎と、呼んではくれないだろうか?桂小太郎、それが俺の名だ。」

 

 気恥ずかしさから顔を上げられず、下を向いたままの桂が発したその一言に、松陽を始め皆が固まる。彼を笑っていたあの二人でさえ、目を丸くしていた。

 

「桂、小太郎………分かりました、先程の失礼をどうかお許しください。では改めてよろしくお願いします、小太郎さん!」

 

 朗らかな笑顔と温かな声に、桂は目頭が熱くなるのをぐっと堪え………られなかった。ダバダバと目から鼻から流れ出る液体が飯櫃に混入する寸前に、新八が慌てて近くにあった手頃の布を彼の顔面に押し付ける。

 

「ちょっとちょっと!汚いモンご飯に入れないでくださいよ!」

 

「失礼な新八君!清らかな心より生まれた涙は決して汚くなど───って臭っ‼この布巾超臭っ‼」

 

 今しがたまでの静穏がまるで嘘だったかのように、再び騒がしくなる店内。いつの間にか戻ってきてちゃっかりメザシをつまみ食いする神楽を怒鳴るお登勢や、それに皆が笑う姿につられて、松陽も声を出して笑う。

 まだ開店前だというにも関わらず、楽し気な声が漏れてくる『スナックお登勢』を、外の通行人は不思議そうに眺めていた。

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

「ふ~、お腹いっぱいアル。」

 

 膨れた腹を抱え、床に寝転がる神楽のだらしなく開いた口から、ゲフッと(おくび)が零れる。あれ?デジャヴ?

 朝食を終えた一同は片付けも済ませ、スナックお登勢の従業員三名を除いて再び上階の元万事屋に集まっていた。昨日と同じく桂がテーブルに紙を広げ、段蔵が書記を担当している。

 

「よし、ではまず昨夜に俺と銀時、そして高杉を含めて話し合ったことを皆に伝えようと思う。藤丸君は既に承知していることだが、これより我々は異変の起こっているこの江戸の調査を行いたいと考えている。」

 

「それで、俺やカルデアのサーヴァント面々にも協力をお願いしたいらしいんだけど、皆もいいかな?」

 

「もっちろん!僕達は喜んで力を貸すよ、ねっエリちゃん段蔵ちゃん?」

 

「はい。マスターの(めい)とあらば、この段蔵謹んでお受けいたしまする。」

 

「もう、アタシは燦然(さんぜん)と輝くネオンの街を見に来ただけだってのに………まあいいわ、仔犬はアタシがいなくちゃ只のへっぽこだからね。しょうがないから助けてあげる!」

 

 すんなりと(こころよ)く引き受けてくれた三騎のサーヴァント達に、藤丸は「ありがとう」と心からの感謝を口にする。桂も安堵に胸を撫で下ろした。

 

「それで、調査っつっても具体的にどうすんだ?定番の聞き込みったって、ここの奴らに俺らの記憶が無いんじゃあアテがねえだろ。」

 

 首を捻った銀時の頭に乗るフォウも、「フォーゥ?」と小首を傾げている。ふりふりと動くモフモフの尻尾が鼻先に触れ、「わぷしゅんっ!」と定春が大きなくしゃみをした。

 

「それでもやるしかあるめぇよ、銀時。今はどんな些細な情報でも欲しいところだ。それに先……松陽の記憶が戻る手掛かりも見つかるかもしれねえからな。」

 

「……すみません、私も一刻も早く思い出せるよう努めますので───」

 

「や、貴方(アンタ)は悪くねえ。出来ることは俺達でやるから、自分のペースで頑張りゃいいからな。」

 

 しゅんと落ち込む松陽に、光の速さでフォローを入れる高杉。普段のポーカーフェイスからのあまりのギャップに、藤丸を始め一同は開いた口が塞がらないでいた。

 

「おーおー、流石は松陽先生過激派の高杉晋助クンだなぁ?」

 

「何だ銀時、飯後のウォーミングアップなら付き合ってやろうか?終わった後にテメエが地に足着けてる保証は無ぇが。」

 

「そっちこそ、痛くて松陽に泣きついたりなんかみっともねえ真似すんじゃねえぞぉ?」

 

 再び起こる一触即発ムードに、居間の空気が険悪になる。どうしてこの二人はいつもこうなるんだ、と藤丸が心の中で呟きながら狼狽えていたその時、ポンッ、と突如彼らの横にエリザベスが出現した。

 「いい加減に」「しやがれっ‼」と各々(おのおの)書かれたプラカードを両手に(たずさ)え、勢いよく振り下ろしたそれが両者の頭に直撃する。

 

「「んがっ⁉」」

 

 揃ってくぐもった声を上げ、轟沈し床に倒れる二人の男達。役目を終えた桂の式神エリザベスは、登場した時と同様にまたポンッと音を立ててその姿を消した。

 え?フォウ君なら案の定プラカードが来る前に避難したよ?今は松陽の膝の上で何とも気持ちよさそうにリラックスしてるぞ。

 

「全くこ奴等は………さて、話を戻そう。」

 

「ヅラくーん、銀ちゃんとスギっちはこのままでいいの~?」

 

「ヅラじゃない桂だ。いずれ勝手に起きるだろうからな、そのまま放っておけ………では話を戻すが、調査といってもこの広い江戸だ。どこから手をつけてよいのか正直俺にも分からん………そこで提案なのだが、この人数からグループを分け、それぞれで調べものに当たるという案は如何(いかが)だろうか?」

 

「賛成アル!何か修学旅行みたいでわくわくするネ!」

 

「神楽ちゃんたら、遊びじゃないんだから………でも確かに、そのほうが効率も良さそうですね。僕も賛成です。」

 

「うむ、皆もそれで良いか?」

 

 桂の問いに、皆が首を縦に動かす。床に転がった二名は反応せず、未だ頭上にピヨピヨと小鳥が飛んでいた。

 

「ではグループだが、銀時と高杉、そして俺を筆頭とした三つに分けようと思う。これに新八君やリーダー、定春君にフォウ殿、そしてカルデアのサーヴァント三騎を分けて構成したいのだが、さてどう分けたらよいものか?」

 

「ちょっとツバメ、仔犬と松陽はどうすんのよ?」

 

「案ずるな、それについてもちゃんと考えてある………藤丸君、君は松陽殿と二人ペアで、いずれかのグループに入ってもらえないだろうか?」

 

「へ?俺が、松陽さんと?」

 

「うむ。マスターである君なら、いざという時は令呪を(もっ)てサーヴァントを呼び寄せることも可能だ。それに君と一緒であれば、銀時達も俺も安心出来る………頼めるか?」

 

 桂のあまりに真っ直ぐな目に息を吞むも、藤丸はすぐに頷いて肯定を示した。

 

「藤丸君、くれぐれも足を引っ張らないよう努めますので、よろしくお願いしますね。」

 

「はい!こちらこそよろしくお願いします、松陽さん。」

 

「それじゃヅラ君、僕らはあみだくじ作って決めちゃうから。マスター、どこに入るかわかったらすぐに教えてね~!」

 

 アストルフォはエリザベートと共に段蔵の元へと集合し、筆記用の紙の上にやたらと線の多いあみだくじを作成し始める。

 

「なぁなぁ藤丸、私お前と松陽と一緒がいいネ!私のいるグループに来るアル!」

 

「神楽ちゃん、まだ自分の所属するところも決まってないんだから、藤丸君に迷惑かけちゃ駄目だよ。ほら、僕らも段蔵さんのとこ行こう?」

 

 新八に首根っこを掴まれ、ぶ~!と膨れっ面のまま連行される神楽を苦笑しながら見送っていた藤丸。その時、不意に強い力で何者かに両肩を掴まれた。

 

「んで、藤丸………お前は誰のグループに入るんだ?ん?」

 

「心配するな、どれを選ぼうがお前さんを責め立てたりなんざしねぇよ………だからよーく考えて選択するんだな。ん?」

 

 それぞれの手と声の主………いつの間にか復活していた銀時と高杉は、その面に穏やかな笑みを浮かべている。だが穏やかなのはあくまで表面上の態度だけ、藤丸が自分のグループに入るよう、無言ながら伝わってくる圧力に、藤丸はたじろいでしまう。

 

「ええ~何コレ………乙女ゲーだったらめちゃくちゃ嬉しいシチュエーションだけど、俺男子だし………ていうか俺と行動したいってより、松陽さんと一緒のグループになりたいって魂胆が見え見えなんだけど、お二人さん?」

 

「こら、よさんか貴様ら!すまないな藤丸君、こいつらのことは放っておいて、君の意思で決めてもよいのだぞ?何だったら俺のところに来ないか?んまい棒もあるぞ?ん?」

 

 笑顔で駄菓子を差し出してくる桂。だが彼も、前者の二人と同じオーラを放っているのを、藤丸は即座に見抜いた。

 

「あっ、ずりぃぞヅラ!賄賂(わいろ)なんか送ろうとしやがってこの卑怯モンが!藤〇君かテメェは‼」

 

「誰の唇が真っ青だと⁉貴様のそういうねちねちしたところこそ、永〇君そっくりではないか!その天パ固めに固めて玉ねぎヘアーにしてやろうか⁉」

 

「何で具体例にちびま〇子ちゃん引っ張り出してんだ、こいつ等………んで、どうすんだい藤丸?」

 

「えええ………松陽さん、誰にします?」

 

「私は藤丸君の一存にお任せします♪」

 

「(まさかの丸投げされたァァァァっ‼)」

 

 三人の男達に詰め寄られ、藤丸は頭の中で悩みに悩む。

 暫く考え込んだ後、彼は意を決したように大きく頷き、息を吸い込んだ。

 

 

 

「えっと、それじゃあ俺は────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃんじゃじゃ~んっ!ここで突然登場、アストルフォが次回のお知らせをするよ!この次の回は、な・な・何と!驚きの三本立てっ!銀ちゃん・ヅラ君・スギっちの誰かを選ぶことによって、各グループの小話が読めるんだって!一つだけ選んでもよし、もし三択ぜ~んぶ読んでくれると、書いてる人がすっごく喜ぶよ!僕は一体誰のグループに入るのかなぁ?それじゃ、また次回会おうね!ばいば~い!」

 

 

 

 

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