Fate/Grand Order 白銀の刃   作:藤渚

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【肆】《其の二》「桂さんについていくね」

 

「ほう、俺を選んだか………中々聡明な判断だな、流石は世界の危機を救ったマスターとしての器を持つだけのことはある。ふふっ、そう謙遜(けんそん)するな。まあ俺はあの二人とは違って、無闇に事を荒らげたりなどはせんから安心するが良い…………ところで藤丸君、攘夷活動というものに興味はないか?え、別に無い?ああ……そう……。」

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

「わぁ………凄いです!」

 

 天井まであるかのような高さの本棚がずらりと並ぶ光景に、松陽は目を輝かせる。

 様々なジャンルの本から雑誌に始まる書物、そして過去の瓦版までもが保存されたこの場所は、江戸が誇る大図書館。ここならば何かしらの情報を得ることも出来るだろうと、桂をリーダーとした藤丸に松陽、そして新八とエリザベートのグループは、この場所に(おもむ)いていた。

 

「どうだ藤丸君、江戸にはこんな立派な図書館もあるのだぞ。」

 

「ん~……悪いけど、カルデアの図書室のほうがデカい、かな。」

 

「確かに、僕も短い時間の中でカルデア内を色々と見学させていただいたんですけど、やっぱりあそこには敵わないですね……。」

 

「そ、そうなのか………カルデアとは誠に凄い機関なのだな、是非俺も行ってみたいものだ。」

 

 得意げに語ったつもりの桂だったが、藤丸と新八のドライ過ぎるリアクションにあっさりと一蹴(いっしゅう)されてしまい、しゅーんとしょげてしまう。

 

「ふぅん、まっアタシのチェイテ城よりは量も広さもあるじゃない………あら?」

 

 ふとエリザベートが見つけたのは、表紙を見せるようにして並べられたティーンズ雑誌の数々。女性向けの華やかなデザインや着飾ったファッションモデルの写真に、彼女は直ぐ様釘付けになった。

 

「きゃ~可愛いっ!こんな素敵な雑誌も置いてるのぉ⁉いずれここでも輝くアイドルとして、この国のカルチャーも取り入れないといけないわね!」

 

 嬉々とした甲高い声が広い館内に響き、何人かの利用客や職員が口元に指を当て、静粛を促す。藤丸や新八が彼らに何度も(こうべ)を垂れる傍らで、エリザベートは既に手に取った雑誌を読み(ふけ)っている。

 

「ふむふむ、今江戸で話題の超人気アイドル、寺門通は───」

 

「ちょ、ちょっとエリちゃん、調べ物はどうするの?」

 

「心配しないで仔犬、これ読み終わったらちゃんとやるから。まずはライバルの情報をしっかりと把握しておかないと……!」

 

 ぶつぶつと呟きながら、エリザベートは手にした雑誌の誌面を食い入るように眺めている。そんな彼女のほうばかり向いていたせいか、藤丸達は松陽の姿がないことに気が付くのが遅くなってしまった。

 

「あれ?松陽さんがいないよ?」

 

「本当だ、今まで近くにいたと思ったのに。」

 

「何だと⁉のほほんとしている場合ではないぞ君達、これは一大事ではないか!先生、松陽先生ェェェェェッ‼」

 

 びりびりと空気を震わす桂の叫び声、またも利用客や職員に怖い顔で牽制(けんせい)され、藤丸と新八はまた何度も頭を下げる。

 するとそんな桂の視界に、絵本コーナーに群がった子ども達の姿が映る。幼子達に囲まれている人物を確認した途端、桂は駆け足でそこへと向かっていった。

 

「先せ………松陽殿!」

 

 名を呼ばれると、松陽は頭だけを動かしてこちらを向く。子ども達の中心で膝を折って座る彼の手には、幼児向けの絵本が広げられていた。

 

「ねーねーお兄ちゃん、早く続き読んで~。」

 

「お兄ちゃんっ、次はこのお話がいい!」

 

「あ~ズルい!次は僕だよっ!」

 

「こらこら、喧嘩はいけませんよ。後でちゃんと読んであげますから、皆さんも順番はきちんと守ってくださいね。」

 

 穏やかな松陽の言葉に、「は~いっ!」と彼らは元気よく返事をする。その光景を呆然と眺めていた桂の後ろから、藤丸と新八が遅れて到着した。

 

「わっ。松陽さん、これは……?」

 

「ああ藤丸君、実は気になる本があったので手に取っていたのですが、どうやら自分でも意識しないうちに、内容を声に出して読んでいたようでして。それで気が付いたら、この子達が私の周りに……。」

 

「お兄ちゃん、読むのとってもお上手だもん。もっと聞かせて!」

 

「私も聞きたぁい!ねえお兄ちゃん、早く早くぅ!」

 

 期待と好奇に輝いた瞳を向けられ、松陽は困ったように笑う。桂はどうしているのかが気になり、藤丸と新八は未だ微動だにしない彼を横目で見る。

 すると、そこにあった表情は困惑でも焦燥でもなく、どこか慈愛に満ちた微笑を浮かべた桂は、松陽と彼に(たわむ)れる子ども達を見守っていた。

 

「申し訳ありません、小太郎さん……今すぐにそちらへ戻りますので。」

 

「……いいえ松陽殿、貴方は子ども達の相手をしてあげてください。彼らへの朗読が終わってからこちらに来ていただいても一向に構いませんので。」

 

「え?しかし……。」

 

「大丈夫ですよ。エリちゃんだって向こうで雑誌に夢中になったまま動きませんし、それにせっかくですから、子ども達に絵本を読み聞かせてあげてください。僕も小さい頃、姉上にそうしてもらった時に凄く嬉しかった記憶があるから………まず僕らだけで調べ物をしてますので、心配ないですよ。ねっ藤丸君?」

 

 新八に同意を求められると、藤丸も素直な気持ちで首を縦に動かし肯定を示す。

 

「では二人とも、()くとするか。松陽殿、あちらの(ひら)けた場所におりますので、後でお会いしましょう。」

 

「すみません、ではまた(のち)ほど。」

 

 こちらに小さく会釈(えしゃく)をし、再び絵本へと向き直る松陽。そこに(えが)かれた白い侍の絵を視界の端で確認してから、藤丸は(きびす)を返して桂の背を追いかける。

 「……懐かしいな」と零した桂の呟きは、誰かが(ページ)(めく)った時の、紙が擦れる音に紛れてしまう程に(びょう)なものであった。

 

「それで桂さん、俺達はどんな資料を探してくればいいかな?」

 

「ん?ふむ、そうだな………では君達には、ここ数年の新聞記事や瓦版などを漁ってきてほしい。この図書館にはそういったものもしっかりと保存してあるからな。」

 

「成程、そういった刊行物なら詳しいことも載っているかもしれませんからね。」

 

「そっか、分かったよ桂さん。」

 

「うむ、頼んだぞ………ところで藤丸君、気のせいなら悪いのだが、さっきから君の俺に対しての口調が軽いものになってやしないか?」

 

「ああ、それなら気のせいじゃなくて本当だよ。何でも、俺も新八君も『桂さん』呼びだから、書く側も読む側も分かりにくいっていう書いてる奴の一身上の都合により、今回から変更させてもらったんだ。というわけでよろしくね。」

 

「うーむ、納得はいかんが仕方ない……のか?まあそれは置いておくとして、俺もあらゆる方面から資料になりそうなものを探してみる。そちらも見つけたら、先程松陽殿に示した場所に集合だ。」

 

 桂はそう言い残し、立ち並ぶ本棚と本棚の間へと姿を(くら)ませる。

 

「藤丸君、僕らも行こうか。」

 

 新八の声に頷き、二人は静閑な図書館の中を歩き始める。

 途中で行き会った職員に場所を尋ね、何度も道を間違えながらも二人が辿り着いたのは、過去の新聞記事などがファイルに保存された、図書館でも奥の方にある一角であった。これだけの大きさの施設ということもあり、目の前に広がる膨大な数のファイルが並ぶ本棚に、藤丸と新八は息を吞む。

 

「えっと………これ全部の中から、よさげなものをチョイスすればいいんだよね?」

 

「って言っても、この量じゃあ………よし藤丸君、ここは二手に分かれて探してみよう。多分その方が時間の短縮にもなると思うし。」

 

「うん、そだねー………それじゃあ俺は適当にこっちから漁ってみるよ、新八君も頑張って。」

 

「藤丸君こそ、何か見つけたらすぐに声を掛けるよ。」

 

 互いに手を振って別れ、一人になった藤丸は高く積み上げられたファイルの山を改めて見上げ、溜め息を零す。

 

「……とは言ったものの、どこから手ェつけたらいいんだろ?コレ。」

 

 首を傾げ、とりあえず近場にあった一冊を取り出し、広げてみる。数ページに渡り保管されていたのは、過去に起きた時事の新聞記事。暫くページをめくり続けていた藤丸だが、やがて目ぼしい内容が乗ってないことに再び溜息を吐き、パタンと閉じたそれを元の場所に戻した。

 途方に暮れながら歩を進め、角を曲がったそんな時、ふと上げた視界に動くものを発見する。

 それは、こちらに歩いてくるファイルの山……訂正、高く積み上げられたファイルの山を抱えた誰かが、こちらに向かって歩いてくるのだ。ふらふらと不安定に一歩を踏み出す度に、てっぺんに置かれた一冊が今にも落ちそうに揺れる。あまりに危なっかしいので声を掛けようとしたその時、藤丸の視界に影が差した。

 

「ふぎゃっ⁉」

 

 ゴンッ、と鈍い音に続く、頭部に走る鈍い痛み。頭を押さえて(うずくま)ると、痛みを与えた犯人である一冊のファイルが目の前に落ちてきた。

 

「わあぁっ⁉君、大丈夫かい⁉」

 

 慌ただしくこちらに駆け寄ってくるのは、たくさんのファイルを抱えていたあの人物であろう。酷く狼狽した声が、今しがたの事故は故意でなかったことを表していた。

 患部を手で(さす)りながら顔を上げると、目の前にいた男性と目が合う。きちんと着込んだ着物に毛先の跳ねた黒髪を一本に束ねている彼は、生真面目そうな(おもて)に不安を(にじ)ませている。

 

「本当にごめんよ⁉怪我とかしてないかい⁉」

 

「いえ、俺は大丈夫ですよ。それより……。」

 

 藤丸が指したのは、先程落下してきたあのファイル。内側のポケットから飛び出した中身が、床一面に散乱していた。

 

「ぎゃっ!た、大変だあぁ……!」

 

 男性は、慌ててそれらを拾い始める。藤丸も自然な流れでそこへ手を貸すと、恐縮した彼は「あ、ありがとう……」と小さく礼を言った。

 

「それにしても、凄い量のファイルですね。何か調べものですか?」

 

「ああ、ちょっと仕事で色々と使うもんで………それにしても君、見かけない顔だね。俺しょっちゅうこの図書館使うんだけど、ここって設備はいいのに利用客は大体同じ人達が多いんだ。だから不思議に思ってね。」

 

「へ、へぇ~……記憶力いいんですね。」

 

「えへへ、まあね。仕事が仕事だからさ。」

 

 照れ笑いを浮かべる男性を前に、藤丸は正直焦っていた。ここで下手な答えを言えば、疑われるに決まっている。異次元から来ました~などと馬鹿正直に話すわけにもいかず、どうしたらよいものかと思索していた藤丸であったか、その懊悩(おうのう)は次の瞬間あっさりと消え去る。

 

「分かった!もしかして学生さんかな?課題に関する調べもので来たんだろう?」

 

「え?えっと………はい、まあそんなところです、ね。」

 

「やっぱり。内申とかレポートとか大変そうだもんね~、でも今のうちに下積みをしっかりしておけば、将来は安泰した職に就けると思うよ。頑張ってね!」

 

 よく分からない結論の末に何故が励まされ、まあでも変に疑われることもなくなったかと、苦笑する内心で藤丸は安堵する。

 

「……はいどうぞ、これで全部ですかね?」

 

「ありがとう~助かったよ………げっ、もうこんな時間か。早く戻らないとまた『副長』にどやされちゃうなぁ。」

 

 腕時計の示す時刻を目視し、男性は渋い面持ちで立ち上がる。そして山積みになったあの大量のファイルを再び抱えると、急いだ様子で体を反転させる。

 

「それじゃあ俺、もう行かないと。課題頑張ってね学生くん!」

 

 去り際にこちらに笑顔を向け、男性は再びよろめきながら歩き出す。危なっかしい動きに何度もハラハラしながらも、曲がり角で男性の姿が見えなくなると、藤丸は安堵の息を零した。

 

「………あれ?」

 

 ふと、何気なく自身の後方に目をやった藤丸は、そこに数枚の紙が束になって落ちているのを発見する。手に取って確認すると、それは古びた瓦版であることにすぐに気が付いた。

 

「いっけない、まだ残ってたのか……!」

 

 藤丸は直ぐ様立ち上がり、慌てて先程の男性の姿を探す。しかし曲がり角の向こうにはすでにその姿は無く、大きく肩を落としたその時、背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「あれ?藤丸君、こんなところでどうしたの?」

 

 振り向くと、そこには両手に数冊のファイルを抱えた新八が、不思議そうな目をこちらに向けている。

 

「えっと……いや、何でもないよ。それより新八君、凄い量だね。」

 

「あはは、探し出したらキリが無くてさ。でも流石にこれは多過ぎた、かなぁ?」

 

「それじゃあ半分持つよ、俺はこの通り成果ゼロだしさ。」

 

「いいのかい?これから桂さんのところに向かおうとしてたから、凄く助かるよ。ありがとう。」

 

 荷物を半分に分け、二人は本棚の間を抜ける。暫く歩いていると、先程桂の示した場所である、大きな机のある共同スペースに到着する。真面目に読書に(いそ)しむ者や、机に突っ伏して眠る者などもいる中、既に椅子に座っていた桂は、こちらに近付いてくる藤丸達の気配をいち早く察知すると、読んでいた書物から顔を上げた。

 

「おお君達か。随分と見つけてきてくれたようだな、ご苦労。」

 

「いえいえ………ていうか、桂さんのほうも既に凄い量なんですけど。」

 

 新八が見下ろす視線の先には、彼が運んできた量の二倍、否三倍はあろうかという程の、山のように積まれた参考文献の数々。ふとその中に、桂の周りを(せわ)しなく動く小さな影の姿がある。よく目を凝らしてみれば、それは手の平サイズの小さなエリザベスであった。

 

「わっ!桂さん、何スかそれっ⁉」

 

「ふふん、よくぞ聞いてくれたな新八君。これは既にお馴染みの、俺の式神エリザベス・マスコットサイズverだ。可愛らしいうえにお出かけのお供に最適な大きさだぞ、如何(いかが)かな?」

 

「いや、如何かな?じゃないですよ。それよりこんな手乗りUMA、他の人に見られたら大騒ぎですよ?」

 

「その点は心配ない。魔術の心得の無い者には認識出来ないよう、目(くら)ましの術を施してあるからな。」

 

 桂が答えたその時、一匹のエリザベスが彼の着物の裾を引っ張る。桂がそちらを見ると、開いた本の一節をエリザベスが指(?)で示している。

 

「おお、それも中々参考になるな。よく見つけてくれた。」

 

 指でエリザベスの頭を撫でた後、桂はその手で開いたページへと触れる。するとそこに記された文字が一瞬だけ光った後、桂が手を持ち上げたと同時に複写された文字が浮き上がる。桂の手はそのまま開いた無地の巻物へと移動し、指を下へ向けたのを合図に文字は紙へと浸透していき、やがて黒い文字となって形もそのままに写された。

 

「わぁお、何つー魔術的なコピー&ペースト……。」

 

「これならば印刷代もかからんからな。君達の持ってきてくれた資料も早速目を通したい、そこに置いてくれんか?」

 

 桂に促され、藤丸と新八はファイルを机の上に置く。その際、藤丸が積んでいたファイルの上に雑に置いていたあの瓦版が飛んで行ってしまい、宙を漂ったそれは桂の前に降りていった。

 

「あっ、ごめん桂さん。それ拾ったやつだから、あんまし関係ないと思うけど……。」

 

「構わんよ。一応見ておくか………ふむ、これは十年前の瓦版だな。」

 

 それを手に取り、まじまじと眺める桂。するとその数秒後、彼の顔が一気に青ざめた。

 

「………馬鹿なっ‼」

 

 ガタンッ!と椅子が倒れる音が響く。桂が突然、勢いよく立ち上がったためだ。周りにいた利用客も、そして藤丸と新八も、桂の豹変に言葉を失う。

 

「……信じられない………こんな、こんなことが……。」

 

 ぶつぶつと一人呟く桂の額には、幾筋もの汗が伝っている。酷く狼狽した彼は何度も瓦版に目を落としては、顔を歪ませていた。

 

「………桂さん?」

 

 藤丸が声を掛けたことにより、桂は漸く我に返る。そして気分を落ち着かせるため、深呼吸を一つ。

 

「……すまない、少し驚いたものでな。俺はここで引き続きまとめ作業を行っているから、君達はまた資料を集めてくれないか?」

 

 穏やかに微笑んでみせる桂だが、相変わらず顔色は悪い。藤丸と新八は互いに顔を見合わせた後、無言で頷いて(きびす)を返した。

 

「……………。」

 

 離れていく背中を見送った後、桂はもう一度瓦版に目を落とす。

 薄くなりかけた文字でそこに記されているのは、彼の最もよく知る『十年前』の出来事であった。

 

「………信じられない、信じたくもない。なあ、お前もそう思わないか?」

 

 近くにいたエリザベスに何気なく問うが、彼(?)は小首を傾げるだけ。予想していた通りの反応に苦笑し、桂は大きく息を吐いた後、天井を(あお)ぎ見た。

 

 

 

 

 

 

 


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