Fate/Grand Order 白銀の刃   作:藤渚

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【伍】 曖昧模糊(Ⅰ)

 

 

「つっ、かれたぁ~……。」

 

 長椅子に寝そべる定春の、もふもふボディにダイブする藤丸。「わんっ」と鳴いた彼の毛並みを撫でながら、何気なく見やった先の掛け時計は、もうじき酉の初刻を示そうとしていた。

 

「お疲れ~……って、本当に疲れてるね、藤丸君。」

 

「やっほ~新八君……それが自分でもよく分かんないんだけど、たった一日しか過ごしてない筈なのに、まるで三日分のエネルギーを消費した気がすんだよね。銀さんとチューパット取り合ったり、図書館で本ぶつけられたり、あとは高杉さんと…………あれ?何でこんなに色々な記憶がごっちゃになってんだっけ?デジャヴ?」

 

 悶々とする頭を抱えていたその時、コンコンと居間の扉を叩く音が聞こえてくる。駆け寄った新八が扉を開けると、そこにはポットを抱えたエリザベートと、三角巾に(たすき)と今朝と同じスタイルの松陽が、数枚の皿を抱えて立っていた。

 

「んもうっ、遅いわよ眼鏡ワンコ。一秒でもこのアタシを待たせるなんて、いい度胸してるじゃない?」

 

「わわっ、ごめんねエリちゃん………よかったら、お皿半分お持ちますよ?松陽さん。」

 

「すみません新八君、助かります。」

 

 皿を持った二人はテーブルへと近付き、同時にそこへと置く。ふと松陽が顔を上げた時、藤丸と視線がぶつかった。

 

「あっ、ごめんなさい。俺ってば手伝いもしないで……。」

 

「ふふ、いいんですよ。帰ってからとてもお疲れのようでしたし、ごゆっくりお休みください。」

 

 いつものように、松陽は優しく微笑みかける。ただ少し違うのは、彼の口許がまだ何かを言いたげにもごもごと動いていたことだ。

 

「松陽さん?」

 

「藤丸君、その………今日は色々とありがとうございました。貴方や皆さんと過ごせたこの一日は、記憶を失くした私にとって、とても素敵な宝物の一つとなりました………今度こそ決して消えてしまわないよう、(ここ)にしっかりと仕舞わせていただきます。」

 

 胸に手を当て、微笑みながら紡がれる松陽の言葉に、藤丸の胸の内もじんわりと温かくなる。はにかみながら頬を掻いていたその時、玄関の外が騒がしくなった。

 

「でね、聞いてよ銀ちゃん!スギっちったら途中でいなくなっちゃったんだよ⁉」

 

「そうアル!定春にどこ行ったか聞いてもワンしか言わないしヨ!」

 

「そりゃそうだろ、いきなり喋りだしたらホラーだぞ。」

 

「フォウ、フォーゥ。」

 

 むくれるアストルフォと神楽に続いて、定位置にフォウを乗せた銀時も続々と今に入ってくる。同時に漂う馴染み深い香りが、藤丸の鼻先を掠めた。

 

「おっ、この食欲を刺激するスパイシーな匂ひは……!」

 

「あっマスター。今日のディナーは皆大好き僕も大好き、お登勢さん特製の具材ごろごろカレーライスだよっ!」

 

「林檎と蜂蜜がとろ~り溶けてるアル、ルーは食べやすい中辛味ネ!」

 

 テーブルの中央に敷かれた鍋敷きの上に、神楽が寸胴鍋を置く。より近くから感じるカレーの香りに、藤丸の空っぽの胃が鳴き出す。

 

「中辛かぁ、俺としては甘口のがよかったんだけどな。お前もそう思わねえか?」

 

「フォウ?」

 

「はいはい、銀さんが一人の時に一人で作って一人で食べてくださいね。」

 

 冷たく返す新八に、銀時は頬を膨らせる。幼子のようなその仕草に小さく笑う松陽の隣で、エリザベートがふと辺りを見回す。

 

「ねえ、ツバメと黒猫は?まだあっちの部屋にいるの?」

 

 彼女の派手なピンク色の指が示した先は、閉ざされた和室の襖。皆がここ元万事屋に戻ってきた数刻前、集めた情報を(まと)めておきたいからと、桂は高杉と共にいそいそと和室に(こも)ってしまったのだ。

 実はこの時、銀時も協力を申し出たのだが、連発する余計な一言により高杉とのお約束の展開に持ち込みそうになったため、()え無く桂に追い出されてしまった。

 

「じゃあ僕呼んでくるよ、おーいヅラ君スギっち~!」

 

 アストルフォにより勢いよく開かれた襖の向こうで、「ヅラじゃない桂だ!」と聞こえてくるお決まりの台詞。

 新八と共に食器を並べていた藤丸が(おもて)を上げた時、銀時が床に置いたポリタンクが目に止まる。そこで足りないあと一人の存在に気が付き、辺りを見回す。

 

「銀さん、そういえば段蔵は?帰ってから姿を見てないんだけど。」

 

「何?あいつまだ『あそこ』に引っ込んでんのか………ったく仕方ねえな。」

 

 吐いた溜め息と共に、銀時が体を反転させる。その際に手招きされた神楽を連れて、彼は居間を出た。

 気になった藤丸がその後に続いていくと、二人は数歩進んだ先で足を止める。暗い廊下にぽつんと現れた一枚の扉……(かわや)雪隠(せっちん)、WCなど呼び方は多種あれど、まあ一般的にはトイレという名称で馴染みのあるその場所の前に、三人は横列に並んだ。

 

「お~い段蔵、たまがお前にもオイル用意してくれてっから、早く出てこ~い。」

 

「フォフォフォ~イ。」

 

 扉を軽く叩きながら、銀時とフォウが呼びかける。だが木製の薄い板の向こうからは、物音一つ聞こえてこない。

 

「……銀ちゃん、何で段蔵こんなトコに引き籠ってるアルか?」

 

「詳しくは言えねえが、日中ちょっとした出来事があってだな………段蔵いいか?開けるぞ。」

 

 銀時の手がドアノブに掛けられ、そこに力が加えられると、扉は(きし)んだ音を立てて開いていく。

 ヒュ〜、ドロドロドロ………と、お化け屋敷などでよく耳にしたことがある、不気味な笛と太鼓のBGMに合わせるように、青白い火の玉が狭い空間内に揺らめいている。

 「ギャッ⁉」と短い悲鳴を上げた銀時に抱きつかれた藤丸と、小指で鼻を穿(ほじ)る神楽が淡い光の中で見たのは、蓋を閉めた洋式便器の上で膝を抱える段蔵の姿であった。顔は伏せているため表情は(うかが)えないものの、暗然とした雰囲気から相当落ち込んでいることが容易に理解出来た。

 

「段蔵~、何があったかは知らないアルけどな、さっさとそんなトコから出てくるヨロシ。」

 

「……その御声は神楽殿ですね。いえ、段蔵はよいのです。」

 

「あ~、その………気にすんなって段蔵!ああいうことは誰にでもあっから、な?」

 

「フォウフォウ。」

 

「いいえ銀時殿、フォウ殿。アレは明らかに段蔵自身の欠陥によるものです………今日(こんにち)に至るまで、自身でも気付くことはなかったのですが、まさか段蔵の中核(システム)にあのような汚点があったとは…………果心居士様に初代風魔様、そして五代目風魔小太郎様やマスターに向けられるお顔がありませぬ……。」

 

 段蔵を取り巻く陰鬱(いんうつ)な空気は更に重くなり、同時に火の玉の数も増えていく。このままでは(らち)があかないと、藤丸から離れた銀時は隣の神楽に協力を求める。

 

「しゃーねえ、やっぱ引きずり出すか。手伝え神楽。」

 

「それより銀ちゃん、本当に段蔵どうしたアルか………ハッ!まさかお前、少年誌漫画の主人公である立場を利用して、とうとう絡繰相手にまで淫猥なコトを……⁉」

 

「してねーっつの‼誤解を招くような発言しないでよね!ほら藤丸だってドン引きして、うわぁ俺が見たことない顔してるゥッ‼」

 

「とにかく、事情は後で洗い(ざら)い吐いてもらうから、今は協力してやんヨ。具材ゴロゴロのカレーが私を待ってるアル。」

 

 あらぬ疑いが晴れぬまま、銀時と神楽は段蔵を掴んで引っ張り出そうとする。始めは僅かに抵抗を見せていた段蔵だったが、サーヴァント二騎分の力……内一人は夜兎であるため、終いには観念したようで、ずるずるとそのまま廊下へと引きずり出された。

 

「まあ何だ、()な事は飲んで忘れちまえ。たまの奴、俺にオイルを渡す時嬉しそうに言ってたぜ?「今日は段蔵さんもお疲れのようですから、とびきり質の良い物を用意致しました」ってな。」

 

「たま殿が、そのように……?」

 

 カラ友である彼女の名を聞いた途端、(よど)んでいた段蔵の瞳に徐々に光が戻っていく。そして座り込んでいた床から腰を上げると、藤丸達に(こうべ)を下げた。

 

「皆様、お手を(わずら)わせてしまい申し訳ございませぬ……そして、ありがとうございます。」

 

「気にしないでよ。さっ、早く皆の所に戻ろう?」

 

「フォウッ。」

 

「なあ段蔵、何があったかは知らないけど、そんな深く気にすることないネ。お前の隣にいるこの天パなんてなぁ、てめぇの酒癖の悪さから六股かけてそりゃあエライ目に────」

 

「か~ぐらちゅわぁんっ‼違う違うあれはドッキリで───ってちょっと藤丸君⁉ここ肝心なとこだから聞けって‼聞いてェェお願いィィィィィッ‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご馳走さまでした~、ああ美味しかったぁ!」

 

 (カラ)になった皿を置き、藤丸は手を合わせて食後の挨拶をする。

 粒一つ残らない飯櫃(めしびつ)と綺麗になった寸胴鍋は、誰が見ても何とも清々しい気持ちになる。お残しは許しまへんで~!が定番の台詞である某おばちゃんも、この光景を見れば満悦の笑みを浮かべるに違いない。

 

「藤丸君、こちらのお皿はお下げしてもよろしいですか?」

 

「あっ、はい。すみません松陽さん。」

 

「いえいえ。それに今日の私はお片付けの当番ですから、しっかりお勤めしなければ!」

 

 次々に食器を盆に乗せ、松陽はいそいそと台所へ向かう。途中すれ違う形で居間に戻ってきた銀時は、危なっかしい彼を少しはらはらしながら見守るも、やがて彼が無事台所に着いたことを確認し、安堵の息と共に開いたままの扉を(くぐ)った。

 

「それにしても、さっきのカレー本当に旨かったアル。あんなにお肉の入ったヤツなんて久しぶりネ!定春も美味しそうなジャーキー(かじ)ってたアルな?」

 

「わぉんっ!」

 

「本当本当。銀さんのとこのカレーに入ってるたんぱく質なんて、精々一番いい時で特売の竹輪(ちくわ)か魚肉ソーセージだもんね。」

 

「えっ、それホント……?ちょっと白モジャ、アンタ育ち盛りの子達にそんな貧相なものばかり与えてちゃ可哀想でしょ?保護者なら自分の身を削ってでも、子ども達にいいものを食べさせてあげなきゃ。」

 

「そーヨそーヨ!もっと言ってやれエリちゃん!」

 

「わんっ!」

 

「仕方ねーだろ、うちの収入は依頼の量に左右されるから安定しないの………にしても、さっき食ったカレーの肉、やたらと美味かったな。あのけち臭いババアにしちゃあ奮発したじゃねえか。」

 

「そうか。ならば礼を言うべき人物を、もう一人増やしておけ。カレーを調理してくれたお登勢殿に加え、貴様が今しがた絶賛したその肉の送り主であるもう一人の存在もな………そう思わんか、高杉?」

 

 テーブルを拭く手を止め、桂は一人窓際に立ち煙管を吹かせる男に声を張る。悪戯っ子の様な桂の笑みを尻目に、高杉は開いた窓から見える夜のかぶき町へと紫煙を細く吐いた。

 

「はぁ?高杉が………おいおい、何でそんな(ガラ)でも無ェことしてんだ?今夜は空から槍でも振るんじゃねえか?」

 

「ふむ、では場面を数刻前に戻そう。回想シーンを入れてくれ。」

 

 ほわんほわんほわんヅラヅラ~、と間の抜けた効果音と共に、桂の頭からもやもやとしたものが昇っていく。ほらあの、漫画の吹き出しなんかでよくある、何かを考えたりした時に現れるアレだ。

 

「あれ?つい去年の秋頃辺りに、こんな効果音を耳にしたような……。」

 

「仔犬、今はハロウィンのこともメカエリチャンのことも一旦忘れときましょ?ね?」

 

「という訳で、ここからは二時間程前の回想場面に突入するぞ。それからヅラじゃない、桂だっ!」

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「ん。」

 

 無表情のままの高杉に対し、お登勢とキャサリンはポカンとした様子でこちらを見ている。彼は桂と共に店を訪れて早々、手に(たずさ)えた白いビニール袋を、何も言わずにカウンターへと置いた。それが何なのかという説明も(ろく)に無いまま、暫くの沈黙が店内に流れた後、見兼ねた桂が高杉の後ろから(くちばし)()れた。

 

「こら高杉!そんなト〇ロのカ〇タ君のような態度と物言いでは、お登勢殿に用件など伝わる筈もあるかっ!サ〇キちゃんではないのだぞ⁉」

 

「いや、サ〇キちゃんでも分かんねーよ………それより何だいこりゃ?私にくれんのかい?」

 

 手にしていた煙草を咥え、お登勢は袋の中を確認する。そこに入っていたのは、如何にも高級感の滲み出る渋い竹皮の包みであった。

 

「オ、オ登勢サン……コレッテ……⁉」

 

 横から覗き見ていたキャサリンの、生唾を呑み込む音が聞こえてくる。彼女と同様、竹皮の中身が大凡(おおよそ)に想像出来たお登勢の額にも、一筋の汗が伝い落ちていった。

 

「下になってるほうは、アンタらで処分しな。量の多い包みは今日の夕餉(ゆうげ)に使ってくれ………未だに腹を立ててるだろうガキ共への、『ほんの些細』な詫びの品だ。」

 

 頼んだぜ、と短く言い残し、高杉は(きびす)を返す。そのまま扉を開け、店内を後にする高杉の背中を、桂は慌てて追いかける。こちらに会釈をして店を後にする桂の遠ざかる足音を、お登勢とキャサリンは呆然としながら聞いていた。

 

「失礼します。お登勢様、カレーの材料が切り終わりましたが………如何なさいました?」

 

 暖簾(のれん)(くぐ)り、たまが割烹着(かっぽうぎ)姿で現れる。不思議そうに見つめてくる彼女の視線に、二人は漸く我に返った。

 

「ああ、たまかい。ご苦労さんだね。後は私がやっとくから、アンタは(こっち)のほう頼んだよ。」

 

「はい、了解しました。」

 

「……オ登勢サン、ソノ中身ッテナヤッパアレデスカネ?一般ピーポーニャ到底手ノ届カナイ、オ高イヤツニ違イナイデスカネ?」

 

「開けずとも何となく分かるさ、こりゃそんじょそこらの肉屋で買える代物じゃあないよ………あの色男、愛想は無いが気は利くじゃないかい。」

 

 竹皮の包みを出し、上機嫌にそれを眺めるお登勢。するとビニール袋から一枚の小さな紙が落ちたことに、キャサリンは気が付いた。

 

「ア、何カ落チマシタヨ。レシートカナ?」

 

 紙を拾い上げ、記載されている文字の羅列を何気なく読んでいたキャサリンの目に、とある数字が止まる。

 

「ブルジョアッ‼」

 

 それが何を意味するものなのかを理解した瞬間、キャサリンの開いた口から真っ赤な鮮血が(ほとばし)る。バタンッ、と彼女の体が床に倒れたその音で、お登勢とたまは異変に気付いた。

 

「キャサリン⁉どうしたんだいキャサリンっ‼」

 

 お登勢に揺り起こされる彼女の開いた口から、蟹のような白い泡が噴出している。ふとお登勢が目を落とした先に、彼女が白目をむいて失神する原因になったであろう、その手に握られている紙が映る。

 

「一体これに何が書かれてたってんだい………何なに。」

 

 キャサリンの手から紙を抜き取り確認すると、やはり彼女が先程言っていたように、それはこの高級肉の領収書のようであった。ここまで過激なリアクションを起こして失神するなど、どんな内容が記されているというのだろうか……?不安と好奇心が入り交じりながら、お登勢は印刷された文字を目でなぞった。

 店名、住所、電話番号………そこにあったのは、やはりお登勢もよく知る名店の情報。あの眼帯男はやはり只者ではないと疑念を抱きながら、次にお登勢は金額へと目を移した。

 

「ミリオネアッ‼」

 

 刹那、先程のキャサリンのように奇怪な悲鳴を上げ、今度はお登勢が吐血する。未だ気を失ったままのキャサリンと並ぶようにして、お登勢もまた床に倒れた。

 

「お登勢様、キャサリン様、大丈夫ですか?」

 

 ぴくぴくと痙攣(けいれん)する二人の前にしゃがみ、たまは指で頬を何度もつつく。

 彼女らが失神するまでの衝撃を与えたレシートは血溜まりへと落下し、赤色を吸ったその紙に()られた文字は既に読めなくなっていた。

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「………ということが、先程階下で起こった出来事だ。アンダースタン?」

 

「アンダースタン?じゃないでしょヅラさんっ‼つか、お登勢さん達は大丈夫だったの⁉」

 

「ヅラじゃない桂だ。心配無用だぞ藤丸君、ギャグシーンで発生した怪我や流血など、コマを(へだ)てた時には既に治っているのが漫画のお約束だ。お登勢殿達も()うに復活して、今頃高杉から貰った最高級の肉の味を堪能していることだろう。」

 

 桂が床を指しながら何度も頷いている一方で、定春がのっしのっしと高杉のすぐ隣へと歩いていく。

 

「わふっ、く~ん。」

 

 先程の地味に長ったらしい回想から、そのジャーキーの提供主を察した定春は、高杉の腕に自身の鼻先を擦りつけてくる。

 始めはきょとんとしていた高杉だが、千切れんばかりに動く大きな尻尾と定春の嬉し気な表情から、その行動が示す意味を理解すると、煙管を消失させた利き手で人懐っこい巨大犬の白い毛並みを撫でてやった。

 そんなほっこりする光景の傍ら、銀時を始めとした万事屋の三人が、部屋の隅で陰鬱な顔のまま、揃って項垂れていた。

 

「おいおいマジかよ………さっきのカレーにそんな高級な肉が使われてたなんて、どうして銀さんにあらかじめ言っといてくれなかったの?ああ~駄目だぁ、どんな味だったのかがまるで思い出せねえよぉぉ……‼」

 

「私なんて、殆ど噛まずに飲んじゃってたアル………あぁ~んっ神楽のバカバカバカぁっ!三杯もおかわりしたのにぃぃっ!」

 

「どうしよう、僕もお肉の味が殆ど思い出せない………この先の人生の中で、あんな高級品に巡り合えるチャンスなんて、もう二度と来ないかもしれないってのに………よし、こうなったらもう一度肉の味を確かめるしかない!神楽ちゃん、僕のお腹を思いっきり蹴って!」

 

「神楽、新八の次は俺な!まだ胃の中で溶け切ってねえ筈だ!」

 

「あいあいさー!」

 

「ギャ~ッ‼何とんでもないコトやらかそうとしてんのよ⁉向こう側でお食事中の人だっているかもしれないんだからねっ‼」

 

 慌てて神楽を止めようとするエリザベート。しかし相手はあの宇宙最凶の戦闘民族でもある夜兎の少女、同じサーヴァントであってもか弱いエリザベートの力では、蹴りの態勢を崩すことは叶わない。慌てて藤丸と桂も彼女に加勢するが、相手はあの宇宙最凶以下略。

 

「んも~ぅ何なのこの()っ⁉びくともしないじゃない!」

 

「うぐおおぉ……‼いかん、このままではお茶の()(くつろ)ぐ皆さんの前に、吐瀉物(としゃぶつ)を晒してしまうことになってしまうぞ‼」

 

「ええぇっ⁉どうしよう、そんな不祥事起こしたら只でさえ更新が遅いこの連載が続けていけなくなっちゃうぅぅっ‼」

 

「大丈夫だって藤丸、そういうコトは既に新八が10話目でやらかしてっから。」

 

「銀ちゃん、わざわざ丁寧に話数まで教えたところで、この地味眼鏡が起こした愚行なんて覚えてる奴、きっと数える程もいないアルよ。」

 

「わふっ(コクリ)」

 

「誰が地味眼鏡だコラァァァッ‼覚えてないってんなら今ここで再現してやろうかっ⁉喉の奥に指突っ込んでモザイク必須のブツ吐き散らして、心に拭えないトラウマ植え付けたろか⁉ああん⁉」

 

 ぎゃいぎゃいと四方から騒ぐ声が、狭い室内を満たしていく。(かまびす)しさを背中で聞いていた高杉であったが、やがて煙と共に大きく息を吐くと、定春を撫でる手を止めこちらへと振り向いた。

 

「そこまでにしておけ馬鹿共。あんな安物が気に入ったンなら、また買ってきてやらぁ。」

 

 呆れた様子でそう言った高杉の言葉に、万事屋社員三人はぴたりと動きを止める。同じく三人がかりで神楽を押さえ込もうとしていた藤丸達も、彼女が突として力を抜いてしまったことに対応が遅れ、仲良く揃って床へと落ちていく。

 

「……スギっち、本当アルか?」

 

「くどい、二言は無ェよ。俺は出来ねえ法螺(ほら)は吹かねえ男だと、単行本11巻の紅桜篇でもしっかり言ってるだろ。」

 

「………銀さん、僕今からでも鬼兵隊に転職しようかと思うんですけど。」

 

「奇遇ネ新八、私も全く同じこと考えてたアル。スギっちのところにいればきっとお腹もお財布も寂しいことにはならないネ。という訳で銀ちゃん、今までお世話になりました。」

 

「わうぅ。(ペコリ)」

 

「ちょちょちょ、何でそうなる⁉只でさえジリ貧なのに社員に一遍にやめられちゃあ銀さんだって困るよ⁉だったら俺も万事屋辞めて鬼兵隊に行ってやるんだからねっ!いいだろ高杉クン⁉」

 

「悪ぃなお前ら。鬼兵隊(ウチ)の雇用規約にゃ、ガキと天パとデカい犬は採用不可ってことになってんだ。諦めな。」

 

 素っ気ない返答と共にすっぱりと拒絶され、河豚(ふぐ)のように頬を膨らせた万事屋社員三名と一匹は、恨めし気な眼差しを高杉の背中へと送っていた。

 

「皆様、お風呂が沸きました。」

 

 ここで開きっ放しの扉の向こうから現れたのは、風呂場の用を足し終えた段蔵。

 お疲れ様、と彼女に言い掛けた藤丸の興味を奪ったのは、彼女の腕の中でバスタオルにくるまれたフォウであった。

 

「フォーゥ……。」

 

「あれ?フォウ君どうしたの?」

 

「申し訳ありません、マスター。段蔵が目を離した僅かな隙に、フォウ殿が湯舟に飛び込んでしまいまして……。」

 

 ゆっくりと床に下ろしたフォウを、段蔵はタオルで拭いていく。だがフォウは嫌そうに何度も身を(よじ)り、段蔵が力を抜いたほんの一瞬をついて、タオルの中から飛び出した。

 

「ンキュッ、フォウフォーゥッ!」

 

「あっ、フォウ殿いけませぬ!」

 

 素早い身のこなしで段蔵を()こうとするフォウ。懸命に捕まえようとする彼女の手をすり抜け、大きく跳躍した(のち)の着地点は、やはりいつもの定位置である銀時の頭上。

 

「ギャアァァ冷てぇっ‼水滴が、水滴が背中を伝ってるゥゥッ‼」

 

「こらフォウ君!待ってて銀さん、今降ろしてあげるから……!」

 

「いや、ここは私に任せるヨロシ。動くんじゃねーぞ銀ちゃん……!」

 

「いやいや。藤丸君もリーダーも、ここは俺に任せてもらおう。さぁフォウ殿~早く濡れた毛を乾かせねば風邪を引いてしまうぞ?俺も手伝ってやるから、再びモフモフを……モフモフををを……‼」

 

「は?ちょ、待てってお前ら───」

 

 獲物を追い詰める肉食獣の様なオーラを放つ三人に、銀時がたじろいだのも束の間、一斉にこちらへを飛び掛かってきた彼らの体重が上に乗り、「ギャアアァァッ‼」と至ってシンプルな悲鳴が下からくぐもって聞こえてきた。

 

「フォウッ。」

 

 しかし肝心のフォウはというと、機敏さを生かして三人の手をいとも簡単にすり抜けてしまっていた。圧し潰される銀時を離れた位置から眺めながら、乾ききらない尻尾を得意げに振っていたその時、小さな身体がひょいと宙に浮く。

 

「こら、おいたはそこまでだ。」

 

 高杉に抱えられたフォウは、そのまま段蔵が広げているバスタオルへと返される。今度は暴れることなく、優しい手つきで水分を拭き取られながら、「キューゥ…」と少しだけ悔しそうに小さく鳴いた。

 

「あ~ら、美丈夫は動物の扱いもお上手なのね………もしも貴方が女性だったら、是非その血を堪能してみたかったものだわ。ああ勿体無い。」

 

「ククッ……俺の血だけは()めときな、竜のお嬢さん。生憎俺の体を巡ってるモンは、復讐と執着で穢れに穢れたどす黒い憎悪だけだ。肌につこうもんならアンタの美貌を保つどころか、どろどろに()(ただ)れちまうぜ?」

 

「やぁね、それは怖いわあ………でもアタシ、今は英霊(サーヴァント)なの。何事(なにごと)も試してみなきゃ、分からないとは思わなくて?」

 

 あの高杉を相手にしても勝気な態度を崩すことなく、挑発的な言葉を紡ぐ口許を赤い舌で舐めるその仕草に、やり取りを見ていた藤丸の背筋に寒気が走る。

 外見こそ14歳の可愛らしい少女であるものの、彼女が(かつ)て『鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)』と呼ばれ畏怖された歴史的殺人鬼であるという事実と恐懼(きょうく)を、改めて自身の心に刻み込んだその時、居間の扉が勢いよく開かれた。

 

「たっだいま~!お片付け終わったよ!」

 

 当番を終え、常時揺らぐことのない明るいテンションのアストルフォと、彼に続いて松陽も居間に戻ってくる。皆の……否、未だ圧迫されたままの銀時を除いて、視線は二人へと集中した。

 

「ああ、お疲れ様~二人とも。」

 

「やっほ~マスター!あれ?銀ちゃん何してるの?楽しそうだから僕も混ざってい~い?」

 

「いいワケねぇだろっ‼つーかお前らさっさと降りてくんない⁉このままだと伸餅(のしもち)みてぇに平たくなっちまうんだけど⁉」

 

「あ、忘れてた。ごめんね銀さん今降りる。」

 

「伸餅みたいになっても、銀ちゃん自体が伸餅になるわけじゃないなら興味無いアル。松陽も来たことだし、そろそろ降りてやるか。」

 

「ふむ、リーダーの言う通りだな。銀時の上は思ったより乗り心地も悪いし、俺も降りるとしよう。」

 

 漸く退けた三人の下に残されたのは、ぐってりと床に横たわる銀時。フォウが催促(さいそく)するように何度も頬を(つつ)くと、彼は痛む体をゆっくりと起こした。

 

「あ~痛てて…………なあヅラ、それでこれから何すんだっけ?」

 

 頭によじ登っていくフォウが落ちないよう支えながら、銀時は桂へと尋ねる。するとほんの僅かだが、彼の表情が唐突に強張ったことに気が付く。

 

「あ、ええと……そうだな………。」

 

 中空を眺め、歯切れの悪い返答をする彼が時折視線を向ける先を辿ると、そこには神楽に腕を抱かれ、楽しそうに彼女と談笑する松陽の姿。桂への違和感が晴れないまま眉間に皺を寄せる銀時に変わり、口を開いたのは高杉であった。

 

「松陽、今日は病み上がりにあちこち歩いて疲れたろう?風呂が沸いてるらしいから、先に入って汗を流してきたらどうだ?」

 

「えっ?そんな、いいですよ。私などが最初にお湯を汚してしまう訳にはいけませんし……。」

 

 案の定、高杉の提案に対し松陽は首を左右に振り、畏まってしまう。すると定春に(もた)れかかっていたアストルフォが立ち上がり、「はーい!」と挙手をした。

 

「それじゃ、僕と一緒にお風呂入ろう!二人なら罪悪感も楽しさも半分こだよ!」

 

「あーズルいネ!それなら私も一緒に入るヨ!」

 

「駄目よ仔兎、未婚の淑女(レディー)が殿方の前で肌を晒すなんて。アンタは後でアタシと入りましょ?また髪の毛洗ってあげるから。ね?」

 

 エリザベートに(さと)され、膨れっ面のまま神楽は渋々と松陽の腕を離す。

 解放された松陽の手を今度はアストルフォが握り、まだ了解の返答もしていない彼を連れて風呂場へと小走りで向かっていく。

 途中、驚いた顔でこちらを見ていた桂とバッチリ視線が交差すると、アストルフォは悪戯っぽく笑ってみせる。(すみれ)色の彼の瞳が、まるでそちらの伝えたい意図はお見通しだと示しているようで、廊下の奥へと消えていく二人の背中を見つめたまま、「……恩に着る」と桂は小さく礼の言葉を呟いた。

 

「あ、あれ?待ってくださいよ。アストルフォさんと松陽さんが一緒にって、これ大丈夫なんですか?今からタグつけ直しに行ったほうよくないですか?それ以前に不純異性交遊なんて大問題じゃあ────」

 

「異性?新八お前、何言ってんだ?」

 

「え、だって……………え?何です銀さんその目?嘘、やだ、まさかアストルフォさんて………もしかして自分称の『僕』っていうのも、僕っ娘だからじゃなくて本当に───嘘だァァァァっ⁉」

 

 遅れて知った衝撃の事実に、新八は頭を抱え絶叫する。ショックのあまり床を転げ回って悶絶(もんぜつ)する新八に何人かが憐みの眼差しを向けていたその時、高杉が静かに口を開く。

 

「もう話してもいいんじゃねえか、ヅラ。先生………松陽に聞かれたくない内容(こと)なんだろ?」

 

「ヅラじゃない、桂だ………いつから気付いていた?」

 

「てめぇや銀時と、同じ釜の飯を何年食ってたと思ってやがる?俺に隠し事なんざ出来ると思わねえこったな。」

 

「別に隠していたつもりでは…………まあいい、気を利かせてくれたお前にも一応感謝をしておいてやる。」

 

 やや腑に落ちないと思いながらも、自身の中でとりあえず流しておくことにし、桂は息を吐く。続いて彼がパキンッと指を鳴らすと、それを合図に和室の襖が勢いよく開け放たれる。

 突然のことに目を丸くした一同の見つめる先で、襖を開けた本人(?)であろう白い巨体、もとい桂の式神であるエリザベスが、同じく他のエリザベスを数体引き連れてぞろぞろと和室から出てくる。各々の手には、桂が集めてきたであろう資料やそれらの内容をまとめた巻物などが抱えられていた。

 それらが次々とテーブルに並べられていく最中、一体のエリザベスが一枚の紙らしきものを桂へと手渡す。彼が礼を言ってそれを受け取ると、役目を終えた式神は他の個体と同様に、ポンッと音を立てて消えた。

 

「……まずは皆に、これを見てもらいたい。」

 

 沈鬱した声と共に、桂はその紙を床へと置く。彼の近くに集まった者も、ショックから何とか立ち上がった新八も、神楽に手を引かれて渋々こちらへと引き連れられた高杉も、皆揃って古びたその紙面に目を落とした。

 

「これ……随分古い瓦版ですね。」

 

「新八、瓦版って何アル?」

 

「瓦版っていうのはね、今でいう新聞みたいなものだよ。昔は印刷の技術もそんなに進歩してなかったから、粘土なんかに彫り付けた文字や絵を一枚刷りにして売り歩いたりしたらしいんだけど…………銀さん?」

 

 新八の声に反応し、藤丸は瓦版から顔を上げる。

 名を呼んだ新八に応えることなく、銀時は瓦版を凝視している。だが藤丸が驚いたのは、両の目を限界まで見開き、額に汗を滲ませる程に愕然としている彼の形相であった。

 見れば、桂の隣に腰を下ろしていた高杉も、銀時と同じ表情(かお)をしているではないか……表に出ないよう(つくろ)いながらも、明らかな動揺までは隠すことが出来ず、隣にいる神楽も不安そうに彼を見ていた。

 室内の空気が重くなっていくのを肌で感じながら、藤丸はもう一度瓦版を見る。小さな字が(つら)なっているところはよく読めないものの、大きく書かれた見出しの文字は、何とか理解することが出来た。

 

「(攘夷、戦争………処刑………?)」

 

 それが何なのか、そしてどういったものなのかは、今の藤丸にはまだ何も分からない。

 銀時、そして高杉の纏う雰囲気の唐突の変化に、皆が心中に訝しさを抱いていた時、桂が静かに口を開く。

 

 

 そこから紡がれた言葉に、藤丸は………そこにいる者達全ては、絶句した。

 

 

 

「十年前の、『あの日』………俺や高杉、そして銀時、松陽先生。」

 

 

「俺達は皆、『あの場所』で()うに、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───命を落としたことに、なっているらしい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

《続く》

 


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