Fate/Grand Order 白銀の刃   作:藤渚

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【伍】 曖昧模糊(Ⅱ)

 

 

 

 

 

 

  『攘夷戦争』

 

 

 

 後世でそう呼ばれ続けことになる大規模な其の戦争の火蓋は、約二十年程前に切って落とされた。

 

 

 遥か彼方の宇宙(そら)より来襲してきた、『天人(あまんと)』と俗称される宇宙人と、愛する国からその侵略者を追い出すべく立ち上がった人間達との間で勃発(ぼっぱつ)した、長きに(わた)る戦争。

 

 

 天人と幕府による連合軍と、それに反旗を(ひるがえ)した者達、『攘夷志士』と呼ばれる彼らの軍勢とがぶつかり合い、日夜激しく行われる破壊と殺戮の日々。

 

 第一次、二次と繰り広げられてきた戦いによって、流れた多くの血は大地へと染み込み、積まれた屍は山を築き、故郷や愛しき者を喪った多くの民が慟哭(どうこく)を奏で、憎しみの篭った(まなこ)で空を泳ぐ鈍色の宇宙船(さかな)を見上げた。

 

 

 

 戦禍によって多くの犠牲を生み出し、多くの損傷を(もたら)した戦いの結果は────天人、つまり幕府の勝利に終わる。

 

 

 

 夢も希望も破り捨てられ、失意の底にいながらも生き残った志士達。そんな彼らに国が与えたものは、聞くに堪えない侮蔑と冷たい嘲笑。そして………国に(あだ)なした者として押された、消えぬ『大罪人』の烙印。

 

 (かつ)て故国を護らんと奮起した志士達を、腐りきったこの国は手の平を返し、彼らを悪と見做(みな)した。

 

 捕らえられ、拷問を受け、果てに処刑され獄門に晒される志士達の首。(からす)(ついば)まれながら崩れ落ちていく同士の無残な姿を、隠遁(いんとん)者となり陰に暮らす仲間であった者達は、一体どのような感情を抱いて眼に映すことであろうか。

 

 

 

 侍達が愛し、(おの)が命を懸けてまで守ろうとした国には、今や異形の者達が我が物顔で横行し、穢れた足で彼らの母国を踏みつけている。

 

 

 

 

 『侍の国』────この日本(くに)をその名で呼ぶ者は、最早誰一人としていない。

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

「………以上が、攘夷戦争についての大まかな解説だ。理解していただけただろうか?」

 

 式神エリザベスが木枠の絵を横に引くと、『おしまい』と大きく書かれた紙が表になる。藤丸達がパチパチと鳴らす(まば)らな拍手を受けながら、桂とエリザベスは皆に一礼した。

 

「おじちゃーん、水飴おかわりアル。今度はもっとでっかいの頂戴ヨ。」

 

「おじちゃんじゃない桂だ。リーダー、これくらいでどうだろうか?」

 

 増やしては練り、更に増やし練りまくってから桂が神楽に差し出したのは、林檎飴サイズにまで膨れ上がった特大の水飴。照明を受けてきらきらと輝くそれを受け取り、早速大口を開けて水飴を含むと、満遍(まんべん)なく広がっていく優しい甘さに神楽は顔を綻ばせた。

 

「ん~美味いアル~。この素朴な味が心地良く染み渡るネ。」

 

「水飴ですか………何故でしょう?この綺麗な琥珀色を眺めていると、段蔵の記憶回路の中で何かが『懐かしい』と訴えてかけてくるのです。何とも不思議ですね。」

 

「ふーん……田舎臭い駄菓子だけど、ジンジャーが効いてて中々美味しいじゃない?まっ都会派アイドルなアタシに似合うのは、もっとファンシーでキュートなスイーツなんだけどね。例えばきゃ〇ーぱみゅぱぴゅっ!み、みたいな………何よ仔犬、笑ってんじゃないわよぉっ!」

 

「……あの、開始早々からずっと聞きたかったんですけど、桂さんは何で水飴を配っているんですか?」

 

「新八君。君も幼少の頃、紙芝居屋を楽しんだ思い出は無いか?よい子が紙芝居を楽しむ際のお供に欠かせないのは駄菓子、その駄菓子の中でも定番と言えばズバリ、安価で美味しい水飴であろう!ああ勿論、他にもんまい棒や『飴せん』も用意しているぞ。」

 

 二本の割り箸で先端につけた水飴を再び練りながら、桂は曲調のよく分からない鼻唄を奏でている。因みに存じている方もいるであろうが、『飴せん』というのは紙芝居屋でもお馴染みの、カラフルな澱粉煎餅(でんぷんせんべい)に水飴を挟んだシンプルな駄菓子。柔らかくもパリッとした食感と共に味わう水飴の甘さといったら、これ正に至福の境地。時折水飴が歯にくっついてしまこともあるが、これもまたご愛嬌。だがそうなってしまった後は、しっかりと歯磨きも忘れずに。

 

「にしても、のっけから始まったシリアスムード全開の回想場面(シーン)が、まさかの紙芝居で表現されてたなんて、読んでる側からしたら全然分かんねえよな。あぁヅラ、俺も水飴おかわり。」

 

「本当本当。どんな感じのイメージ図かは、読んでくれてる皆さんの豊かな想像力に任せっきりなんだって。本当、書いてる奴の怠惰具合が(うかが)えるよねぇ。あっヅラさん、俺もおかわり~。」

 

「ええい貴様らヅラヅラと!俺は桂だと言っているだろうがっ‼あと夕飯後にそんなに食べるモンじゃありません!」

 

 どこかのお母さんのような叱り方をしつつも、桂は手を止めずに水飴を練り続ける。そうして渡された飴の大きさは神楽の半分程であったが、「何か文句でも?」と(まなこ)恫喝(どうかつ)してくる桂に気圧され、銀時と藤丸は大人しく駄菓子を口に咥えた。

 

「しっかし何だ、こっちだと俺らは十年前にとっくにくたばってたってわけか。道理で誰も覚えてくれてねぇ筈だぜ。」

 

「……銀さん、随分と冷静だね。俺だったら自分が死んでたって分かった途端に、散々慌てふためいてから泡拭いてぶっ倒れるよ。」

 

「まあな~。でも俺、存在忘れられたのは一度や二度じゃねえし。そこんとこのメンタル強度は保証出来るぜ。」

 

「そんな強固なメンタル、日常で活用される機会は早々無いんじゃないかなぁ……?」」

 

「フォウ、フォーゥ。」

 

「あっ、こら駄目だっつの。これは銀さんの───」

 

「わうっ(パクン)」

 

「ってアアアアアアッ‼定春てめぇっ俺の水飴返し………いや、やっぱいいわ返さなくて。口ン中でべったべたになったの返されても困、ギャアアァァッ舐めるなって‼髪が、顔がべったべたにィィィ‼」

 

 序盤の重苦しい空気がまるで嘘であったかのように、室内を漂うぐだぐだな空気。定春に顔面を飴塗れにされる銀時を遠巻きに眺める高杉の前に、溶けかかった水飴が差し出される。

 

「スギっち、眉間に皺が寄ってるヨ?一口あげるから機嫌直すヨロシ。」

 

「お前さんの食いかけなんざいるか。いいからさっさと食っちまえ、床に垂れんぞ。」

 

 高杉の言った通り、粘度を失いつつある水飴は重力に従って下へと垂れていき、神楽は慌ててそれを口内へと納めた。

 

「……で、そろそろ予定文字数の四分の一に到達する目前なんだが、この茶番劇はいつまで続くんだい?」

 

「む、もうそんなに文字とページ数を消費してしまったのか。いかんいかん、話を元に戻さねば。」

 

 高杉の指摘を受け、桂は紙芝居と駄菓子の入った箱をてきぱきと片付ける。そうしてそれらを式神エリザベスの(まく)った裾(?)の中へとしまうと、役目を終えたエリザベスは敬礼のポーズをとったまま、ポンッと軽快な音と煙を纏って消えた。

 

「あ~消えちまったぁ、俺まだ一個しか食ってねえのに………。」

 

「ご飯の後なんですから、一個で充分でしょ?特にアンタは糖尿予備軍に片足突っ込んでるんだから尚更ですよ………それより銀さん、顔洗ってきたらどうです?水飴と定春の涎でべったべたじゃないですか。」

 

「うん、さっきから瞼が上手く開かねーのも、多分そのせいだと思う………仕方ねえ、ちょいと行ってくるわ。」

 

 気怠そうに立ち上がり、銀時は洗面所へと足を向ける。てちてちと小さな歩幅で隣を歩くフォウと共に、彼は閉めた扉の奥へと消えていった。

 

「………それでツバメ、アンタがさっき紙芝居で教えてくれたJOY戦争と、その瓦版?に書いてることが、どう関係があるっていうの?」

 

「エリちゃん殿、JOYではなく攘夷なのだが………しかしそうであったな、根本の説明は一通り終えた。ここからは本題に入るとしよう。」

 

 桂が軽く咳払いをすると、室内の一同は口を(つぐ)む。彼らの視線を正面から受けながら、桂は静かに口を開いた。

 

「十年前に起きた、二度目の戦争………そう、あれはちょうど藤丸君と変わらない頃の(よわい)であったな。俺や高杉、そして銀時はこの戦争に参加していたのだ。」

 

 唐突に紡がれた自身の名と告げられた事実に、藤丸は目を丸くする。同じく名を上げられた高杉を見やると、彼は怪訝に顔を覗き込もうとする神楽から面を背けたまま、その右眼はしっかりと桂を見据えていた。

 

「俺達が属していたのは、幕府側と対立する攘夷軍だ。国の乗っ取りを(くわだ)てる夷人達を追放すべく、(つど)った同士達と共に立ち上がり剣を取った………俺達三人と、ここにはいないもう一人を筆頭にしてな。」

 

「あの、その残りの一人っていうのはもしかして………。」

 

「ああ、そいつぁお前さんが今頭に浮かべてる通りの男………坂本辰馬だ。」

 

 予想外の相手に答えを返され、短い悲鳴を上げた新八の肩が跳ねる。側に寄り添う定春の鼻先を撫でる彼……高杉の左腕には、未だにしがみついたままの神楽が剥がれないでいた。

 

「坂本、辰馬……?」

 

「どうした藤丸君、彼奴(きゃつ)の名に覚えでも?」

 

「ああ、別にそうじゃないよ。そうじゃないんだけど………。」

 

 やや口籠りながら、言葉を濁す藤丸の頭の中に浮かぶのは、先程呟いた『坂本辰馬』を始めとした、この世界に属する彼らの名。

 桂小太郎、高杉晋助、そして坂本辰馬………どこかで覚えがあるそれらの名前は、確か歴史の教科書から得た知識からのものだったと思う。彼らの()した威光と共に、活字で記された偉人達の名と酷似しているようだが、やはり相違する点が幾つもある。

 とすると、此処はやはり自分達のいた次元とは異なる世界なのだろう………様々な疑問が残る中でも一旦そう推測し、明日の方角を向いたまま一人頷く藤丸の姿を、桂も新八も不思議そうに眺めていた。

 

「桂殿方が攘夷側、となれば………皆様が参加なされていたその戦いは………。」

 

「……ああ、結果として惨敗に終わった。戦後から数年が経過し、共に攘夷派のテロリストとなった俺も高杉も、国家を(おびや)かす反乱分子として追われる身となった………筈なのだがな。」

 

 桂は床に置いてあった瓦版を手に取り、そこに記された文字にもう一度目を落とす。何度読んでも変わることの無い紙面を繰り返し読んだ後、桂は上げた(おもて)をこちらへと向けた。

 

「藤丸君、先の話と今の俺達の姿を見て、何か気付くことは無いか?」

 

「え?気付くことと、言われましても……。」

 

 唐突に疑問をぶつけられ、藤丸はやや困惑しながらも、桂と高杉へと目を向ける。二人を交互に観察していたその時、「あっ」と開いた口から短く声が漏れた。

 

「仔犬?どうかした?」

 

「うん………桂さんに言われて、一つ分かったことがあるんだけど。」

 

 確認するように再度見やり、そして藤丸は確信し大きく頷く。皆の期待する視線を真っ向から受けながら、藤丸はハッキリとした声と口調で言い放つ。

 

「やっぱり……高杉さんてこうして見ると、座ってても桂さんよりやや背が低いででででででっ‼」

 

 左右に引っ張られた頬に爪が食い込み、藤丸は痛みに堪らず声を上げる。びろ~んとよく伸びる彼の頬を、更に広げている張本人である高杉。浮かべる満面の笑みとは正反対に、額には幾つもの青筋が浮かんでいる。

 

「そういう余計な事にも気付けるなんて流石じゃねえかい?ん?あと座高が低いってことは、その分足が長ェってことなんだよ。分かったか藤丸?よし分かったな、じゃあ特別に許してやらぁ。」

 

 漸く高杉の折檻(せっかん)から解放された藤丸は、伸び切った頬を戻そうと懸命に肉を掌で押し戻す。傍から見ればアッ〇ョンブリケ状態になったその顔に、神楽とエリザベートは耐え切れず腹を抱えて笑っていた。

 

「ったく、可笑しなところばかり銀時(あいつ)に影響されやがって………見てろヅラ、そのうちこいつも飯に小豆かけて食い始めるぞ。」

 

「ヅラじゃない桂だ。いや、流石にそこまではいかんだろう。そうなる前に俺が止めるさ………ああもう、こうしている間にもどんどん本題がずれていくではないか。なあ藤丸君、他に気付いたことは本当に無いのか?正解に掠りでもすれば、俺の特製んまい棒をプレゼントするぞ?」

 

「そうは言っても………あと分かったことといったら、十年前に死んでる筈になってる桂さん達の姿に、妙に違和感を感じるってことくらい、かな?」

 

「掠りどころかストライィィィック‼最終確認(ファイナルアンサー)をするまでもなかったな、約束通り三本まとめてくれてやろうっ!受け取れ!」

 

 桂から勝ち取った栄光のんまい棒を掲げ、わーいわーいと歓喜の舞を踊る藤丸を見上げ、「いいなー」と神楽が羨まし気に呟く。

 

「あの、どういうことですか?藤丸君の言う違和感って………。」

 

「新八殿、段蔵が推測するに、恐らくマスターの(おっしゃ)った意味はこうです…………この瓦版に記されている内容が事実であれば、皆様は既に十年前に、マスターと変わらぬ(よわい)で亡くなっている筈。ですが今我々の目の前にある皆様の容姿からは、二十路(ふたそじ)程の印象を感じさせるのではないでしょうか、と。」

 

「あ~、言われてみれば確かにそうよね。十代を名乗るにしては無理があるし、アラサー手前のオジサンって感じ?」

 

「お、オジサン………⁉(あなが)ち間違いでもないのだが、改まって正面から言われてしまうと、やはり精神的にクるものがあるな。高杉もそう思わんか?」

 

「今更何言ってやがる。俺らなんざ英霊(サーヴァント)としちゃあ、まだまだひよっこも同然なんだぜ?ざっと(こよみ)で計算すりゃあ、てめえの前にいるドラゴン娘は数字三桁も年上ってことになるんだからな。」

 

「んまっ!何て嫌なコト言うのかしらね~この黒猫は!見てなさい、いつか必ずアンタの血をバスタブいっぱいになるまで(しぼ)り尽くしてやるんだからっ!」

 

 尻尾を大きく振り上げ、あっかんべーをするエリザベート。そんな彼女に見向きもせず、高杉は対象を桂へと戻す。

 

「ヅラ、念のために聞いておく。お前の中に晩年の記憶はあるか?」

 

「ヅラじゃない桂だ………いいや、こちらへと現界した時点では、そのようなものは俺の中には備わってなどいない。恐らくそれは貴様も同じであろう?高杉。」

 

 桂のその言葉に、居間の喧騒がぴたりと止む。瞠目(どうもく)している藤丸に、桂は続けて疑問を投げかけた。

 

「実はな、藤丸君………俺達がこの変貌した江戸に()ばれた際、頭の中に蓄積されていたものはサーヴァントとしての情報(データ)と、今日(こんにち)に至るまでの記憶のみだったのだ。つい今しがたまで普通の日常を送っていた筈であったというのに、気が付いた時にはこの世界に人ならざる者として召喚されていたなどと、本来はあり得ることなのか……?」

 

「俺もヅラと同様の状況だった。姿形ばかりが見知ったものと似たこの異質な世界の中で、俺達は与えられた霊基(うつわ)の中に、半端な記憶と共に英霊の能力と知識を詰め込まれ、サーヴァントなんざになって現界させられたんだ………まるで、それまで過ごしていた平穏から、見えねえ(はさみ)で己の存在ごと強引に切り取られたようにな。」

 

 同時に溜め息を吐く、桂と高杉。そんな彼らの口から飛び出てきた言葉に、藤丸はだたひたすらに喫驚(きっきょう)する。

 彼らの話が本当であるならば、本来なら英霊である筈の無い者が、何かの見えない力によって本来居るべき次元からその存在ごと分離され、英霊の器を与えられたということになる。それだけでも充分に信じ難い話であるのに加え、現界したこの世界での自分達が、遥か以前に死亡したということになっている、という現実……。

 理解に苦しむ状況が続く中で、ふと新八が抱いた疑問を吐露する。

 

「そういえば僕達がカルデアに召喚された時も、確かに桂さん達と同じく日常の中からいきなり引き剥がされた状態でした。けれど僕らには、サーヴァントとしての知識も情報も、(あらかじ)め備わってなかったんですよね……これはどういうことなんでしょう?」

 

「私達も同じだったアル。駄貧乳(ダヴィンチ)に説明させるまで、自分がどうなってんのかさっぱり分からなかったヨ。ねっ定春?」

 

「わんっ。」

 

「ふむ………これは推測だが、それは恐らくリーダー達が藤丸君によって()ばれたからではないだろうか?そうであるならば、お前達がサーヴァントに関する事にやたらと疎いことにも合点がいく。」

 

「えっ………もしかして俺、ヘボマスター呼ばわりされてる?」

 

「落ち着きなさいよ仔犬、アンタがヘボなのは今に始まったことじゃないわ。」

 

「おい、フォローになってねえぞドラゴン娘………まあ何だ、てめえのヘボが原因でなければ、こいつらの知識に関する欠落は召喚の際のバグってことになるんじゃねえのか。」

 

「バグ、か………そういやダヴィンチちゃんもそんなこと言ってたような……………あれ?」

 

 ふと藤丸の頭の中に再生される、カルデアでの光景。

 そういえば彼らの召喚に用いた、あの触媒………もしやアレが、いやほぼ100%アレが原因なのではないだろうか?だってアレ、ダヴィンチちゃんもよく分からないって言ってたし。というかそもそもあの銀の呼符がどういったものかも分からないのに、よく召喚式を発動してみようなんて気になったよなぁ俺。いや待てよ、しかし、うーん………。

 考えれば考える程深まっていく疑問の中、瓦版に(つづ)られた文字を無言で読んでいた段蔵がぽつりと零した。

 

「……しかし、妙な文面の記事ですね。」

 

「段蔵?どうしたヨ?」

 

 隣から覗き込んでくる神楽にも見えるよう、段蔵は瓦版を差し向けながら続ける。彼女の声に、室内の誰もが耳を傾けていた。

 

 

 

「『〇月〇日、某所………未明ニ起コッタ大規模ナ爆発事故ニヨリ、幕府及ビ攘夷側ノ死者・行方不明者多数。爆発ノ元トナッタ原因ハ、未ダ解明ニ至ッテオラズ。尚、現場及ビ遺体ノ損壊ガ著シク酷ク、現場ニ残ッタ遺留品ニヨッテ犠牲者ヲ特定ス』………。」

 

 

 

 所々掠れた文面には、地図らしきものも記されている。その横に何行にも連ねられた名前の上には、『死亡及ビ行方不明者一覧』と書かれていた。

 始めのほうに記載された幕府側の名を大きく飛ばし、神楽が注目したのは最後の辺りにあった攘夷側のもの。擦れた黒文字が示している、攘夷志士と記された横にあった三名、そしてその下にあった残り一名を確認した途端、神楽が声を上げた。

 

 

「そんな……っ‼」

 

 

 澄んだ青い瞳を限界まで見開き、神楽は紙面と桂達を交互に何度も見る。今しがた再確認した事実を、受け入れられないといった様子で。

 

 

 

「……俺達の知っている史実であれば、『あの日』あの場所で爆発事故など起こらなかった上に、俺と高杉がそこで『死んでいた』という事実も、本来ならば有り得ない……………あの場で命を落としたのは、たった一人だけの筈なのだ。」

 

 

 

 固く握りしめた桂の拳が、血色を失い小刻みに震えている。そんな彼を一瞥し、高杉はゆっくりと立ち上がると、障子窓へと歩を進めていく。(おもむろ)に開いた窓の向こうには、夜闇を照らす街灯り。そして、そんな江戸を一望するかのように煌々と宵の空に浮かび上がる、眼を(かたど)った異形の月。

 

 

 

 

 

「本来は起きていた、(ある)いは起こらなかった筈の出来事。居る筈の存在(モノ)と、居ない筈の存在(モノ)。そして陽光を奪われた江戸の空…………これだけの要因が揃ってりゃあ、どれだけ頭の悪ぃ馬鹿でも流石に理解は出来るだろうよ……………得体の知れないこの世界に、とんでもねぇことが起こり始めてやがる、ってな。」

 

 

 

 

 

 

『これより貴様が行こうとしているは修羅が道、待ち受けるは大いなる災厄だ。』

 

 

 

 不意に藤丸の脳裏に浮かんだのは、レイシフト前に廊下で受けた、巌窟王のあの忠告。

 

 まさか彼のあの言葉は、この事態を暗示していたのだろうか……いや、彼なら有り得るだろう、しょっちゅう人の夢の中に勝手に出て来たりしてるし。

 

「あの、桂さんがさっき言ってた、たった一人の死亡者っていうのは─────」

 

 そこまで言い掛けた時、新八は自身の迂闊な行動の為に自責の念に駆られる………伏せた(おもて)を苦々しく歪め、呟いた桂の肩が、見るからに震えていたのだ。

 

「……その一人、とは……………っ‼」

 

 語尾は震え、最早言葉を紡ぐのも辛いといった様子の桂。見ていられないと高杉が口を挟もうとした、その時であった。

 

 

 

「ああ、松陽だよ。」

 

 

 

 突如今に響いた声に、皆の視線が一点に集中する。後ろ手に閉められた扉の前にいたのは、首からタオルを掛け頭にフォウを乗せた銀時であった。

 張り詰めた空気を肌で感じ取りながらも、銀時はマイペースを保ったまま歩いていき、空いている長椅子へと腰を下ろす。

 

「銀さん、今の話聞いてたんですか……?」

 

「聞いてたも何も、顔洗ってさあ戻ろうとしたら、何だか知らねえがシリアスなムード全開じゃん?だから入るに入れなくて、事が落ち着くまでフォウをモフりながら立ち聞きしてたってわけよ。」

 

「フォウフォウッ、ンキュッ。」

 

「まあ、立ち聞きなんてイイ趣味してんじゃない?(ちな)みに確認するけど、どの辺りから聞いてたのかしら?白モジャ。」

 

「え~と、高杉クンが己の身長の低さを、座高と足の長さで必死に言い訳してる辺り────うおゎっ危ね‼」

 

 顔面擦れ擦れに迫ってきた琥珀の蝶を、銀時は見事な海老反りを決めて間一髪避ける。荒く息を()いて睨んだ先は、蝶を飛ばした犯人の背中。彼はこちらに目もくれてやらず、肘をつき煙管を吹かしていた。

 

「あのさ、銀さん………さっき言ってたことって、どういうことなの?銀さん達が参加してた戦争の中で、どうして松陽さんが命を……?」

 

 真っ直ぐにこちらを見つめ、そう尋ねてくる藤丸の目に宿るのは、明確な怪訝の色。

 銀時はそんな彼から目を逸らすと、大きく息を吐いた口から、ぽつりぽつりと語り出した。

 

「俺達が攘夷戦争なんかに参加した理由ってのはな、国の為だとか威信の為だとか、そんなんじゃねえ……………(ただ)一つ、松陽を取り戻すこと。その為だけにに俺達は刀を取り、命を懸けて血生臭ェ戦場を駆け回ってたんだ。」

 

「松陽さんを……?」

 

「ああ………その通り。」

 

 話が見えず、藤丸達が困惑していると、桂が横から付け加えてくる。声の震えは止んだものの、沈鬱な様子で顔を伏せたままでいる。

 

「『安政の大獄』………天人の恐怖に腰を抜かした幕府が起こしたこの弾圧により、危険因子と見なされた思想を持つとされる者達は皆、罪人として次々に捕らえられていったのだが………その中の一人に、俺達の恩師である松陽先生もいたのだ。」

 

 唇を噛み締め、戦慄(わなな)く桂の姿に居た堪れず、藤丸は視線を銀時へと向ける。頭から降り、タオルにじゃれつくフォウを膝に乗せた彼は、無表情のまま中空を見つめていた。

 

「俺達は皆、死に物狂いで戦った………大切な恩師を取り返すため、居場所を奪った憎き幕府に復讐するため、共に戦い(たお)れていく仲間の仇を取るため、来る日も来る日も、また来る日も………………だが現実は、そんな俺達を嘲笑った。」

 

「……ヅラ、もういい。」

 

 不意に銀時が言葉を発したことに驚き、藤丸の心臓が跳ね上がる。彼は視線こそ宙を見たままでいるものの、静かに発したその声に含まれる(ほの)かな怒気に、藤丸は直ぐ様気が付く。

 

「良い訳などあるか、銀時………俺は、俺達は攘夷戦争に参加した志士達の中の第一人者として、伝えていかねばならんのだ。『あの日』、『あの時』、『あの場所』で、俺達が知る記憶の中では、本当はどんなことが起きたのかを………。」

 

「なあヅラ、もうやめろっつったよな………もしかして聞こえてねえのか?耳垢でも詰まってんじゃねえの?」

 

 銀時の声は、先程よりも明らかに苛立っている。徐々に顔が険しくなっていく銀時と、変わらず俯いたままの桂を交互に見るのを繰り返していた藤丸達であったが、不意に桂が伏せていた顔を(もた)げる。薄く浮かべた笑みをそこに貼りつけ、緩く弧を描く唇で彼は綴り始めた。

 

「……銀時、俺は思ったのだ。もしも俺達の辿った結末が、この瓦版に記されていたものであったとしたならば………一体どちらが最良であったとお前は思う?」

 

「……黙れ。」

 

「先生を喪った未来と、我らが共に心中する未来………後者のほうであれば、お前にあんな業を背負わせることも無かったというに────」

 

 

 

 

 ───刹那、藤丸のすぐ横を掠めていく風。

 

 

 「キュッ⁉」と後方で聞こえたフォウの声と重なるようにして、ダンッ!と床に叩きつける音が居間中に響いた。

 

「!……銀ちゃん、何してるネ!?」

 

「ちょ、ぎ……銀さんっ⁉」

 

 神楽と新八の声に事態を察した面々が顔を起こし、その視線が同時に向けられた先は………床に転がる桂と、その彼に跨る形で胸倉を掴む銀時。

 

「………いい加減にしろよ、ヅラ。俺らが今いるこの世界でどんな事が起きていようと、こっち側の俺達がとっくにこの世にゃいねえモンだったとしても………んな下らねえ憶測を幾つも並べたところで、『俺達』に起きた結末を今更変えることなんざ、出来っこねぇんだよ………っ‼」

 

 桂の胸倉を何度も揺さぶり、銀時は掠れる声を絞り出し続ける。見上げた先の彼が浮かべるのは、あまりに悲痛な表情(かお)であった。

 

「………すまない。」

 

 それ以上は何も言えなくなり、桂は短く謝った後、口を噤んでしまう。

 

 

 ……静寂の訪れた居間に響くのは、舌を出した定春の呼吸音のみ。

 気まずい沈黙が辺りに漂い始めたその時、ドアを(へだ)てた向こう側から、ドタドタと足音が聞こえてきた。

 

 

「ね~ぇ!バスタオルってどこにあるか知らな~い?」

 

 

 バァン!と大きな音を立て、扉は込められた力により開かれる。そこに立っていたのは、声の印象に負けない明るさを秘めた少年サーヴァント、アストルフォ……………なのだが。

 

「キャアアァァッ‼ちょちょちょ、ちょっとアンタ!なんでまだスッポンポンのままなのよ~!」

 

 顔面を両手で覆い、定春の影に隠れたエリザベートが叫ぶ。乙女ならこうして恥じらいを見せるのが定番だったりするのだが、同じ性を持つ神楽と段蔵は赤面する様子すら見られない状態のまま、揃ってアストルフォへと視線を向けている。

 

「仕方ないじゃーん、お風呂上がったらバスタオルが置いてないんだもん。何度かおっきな声で呼んだんだけど、返事が無いから仕方なく聞きに来ちゃった。」

 

 雫の滴る髪を、被っていたタオルで乱暴に拭いているアストルフォ。身に着けているものは本当にそのタオルだけのようで、肩から爪先までの上気した肌が、惜しげもなく(さら)されている。

 少女と見紛う程の美少年の湯上りヌードとなれば、ファンには堪らなく嬉しいサービスである………だがしかし、空いた口が塞がっていない状態になった室内の彼らが注目しているのは、腰よりもっと下………あ、カメラさんちょっと行き過ぎかな?そっからちょい上………そう、勘の良い方は既に気付いている筈。そこは俗世間な呼び方ですと…………ちょうど股座(またぐら)と呼ばれる箇所。

 

「あれ?皆どうしたの?」

 

 一同の視線がこちらに集まっていることに漸く気が付き、アストルフォは小首を傾げる。

 

 

 

「な………」

 

 

 

「な、なななな………!」

 

 

 

 

 

 

「なんっじゃこりゃああァァァァァァァァッ⁉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰ともつかぬ叫びを背中で聞きながら、高杉は深く吸った紫煙を外へと吐き出す。揺らめき踊る煙は次第に形を失っていき、やがて暗闇の中へと同化し消えていく様を見届けてから、高杉は小さく呟いた。

 

 

「………下らねぇ。」

 

 

 

 

《続く》

 


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