Fate/Grand Order 白銀の刃   作:藤渚

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【伍】 曖昧模糊(Ⅲ)

 

「ほぁ~………いいお湯だったなぁ。」

 

 タオルで髪の水気を拭き取りながら、アストルフォは長椅子に腰を下ろす。既に彼の隣に座っていた松陽は、頭にタオルを乗せたまま(ほう)けていた。

 

「ありゃ、松陽顔が赤いネ。逆上(のぼ)せたアルか?」

 

「ううぅ………しゅみましぇん、少々湯(あた)りをしてしまいまひて………。」

 

「あらあら、それは大変ねぇ~………あらぁ?こんなところに素敵な団扇(うちわ)があるじゃない!ほら松陽、これあげるから使いなさいな。」

 

 満面の笑みでエリザベートが差し出したのは、アイドルのライブなどで必ずといっていいくらいにお目にかかる大きめの団扇。目がチカチカとしてしまいそうな色彩の文字で『鮮血魔嬢・killer☆killer輝いて』などと書かれたそのブツは、記憶が確かならば本来はこの部屋になど無かった筈………否、ここはスナックお登勢の二階。いくら散らかっていたとはいえ、異なる作品の物が存在するなどあるわけが無い。うん、無い無い。

 ということは、やはりこの団扇は100%彼女が持ち込んできた私物ということになるのだろう。全くどこに忍ばせていたのやら、などと考えながら藤丸が見つめる先で、ごてごてにデコられた団扇に対し礼を言って受け取った松陽は、片手にかかる重みに耐えながら団扇を動かし、ほんの僅かに発生する微風を何とか頬で拾っていた。

 

「松陽殿、そのままではお風邪を召されまする………失礼。」

 

 断りを入れ、段蔵は松陽の後ろへと回る。あまり強くなく、()つしっかりとした力加減で髪を拭いてやると、心地良さに松陽は目を細めた。

 

「はひゅ~。それにしてもいっぱい汗かいたから、喉が渇いちゃったよぅ。」

 

「それなら私がいいモノ作ってやるヨ、ちょっと待ってるヨロシ。」

 

 くるりと体の向きを変え、歩き出す神楽。足元にいたフォウを肩に乗せ、軽快な足取りで台所へと向かっていく途中、(くう)を見つめたままぶつぶつと何かを呟き続ける新八の前で、彼女は止まった。

 

「おい新八ィ、いつまで呆けてんだヨ。お前も手伝うアル。」

 

「フォーゥ。」

 

 着物の襟を掴まれ、引き()られるがままに台所へと消えていく新八の姿を、藤丸は憐憫(れんびん)の眼差しで見送っていった。

 

「それにしても、たまげたものだ………あれが話に聞いていた、アストルフォ殿……改めアストルフォ君のこの世ならざる幻馬(ヒポグリフ)か。うむ、立派であった。」

 

「ちょっと⁉何お馬鹿なコト言ってんのよアホツバメっ‼あんなモザイク必須の猥褻(わいせつ)なモンが宝具なわけないでしょ~がっ‼」

 

「いやいや、それは違うぞドラゴン娘。だってこいつ、その……宝貝?とかいうモン、他にも色々あるって設定らしいじゃん?にしても、今思い出すだけでも凄かったな~。ありゃ宝具と呼んでもおかしくねえ代物だったぜ。俺もう気安くアストルフォなんて呼べねえよ、アストルフォ『さん』って呼ばせてもらわねえと。ん?パイセンのがいいかな?なあ藤丸、どっちがいいと思う?」

 

「あ~、ぼかぁ何でもいいと思うよぉ。でも銀さん、一個訂正。宝貝(パオペエ)じゃなくて宝具だから。まあ奇跡的なものを起こす意味では似通ってるとこもあるかもしんないけど。」

 

 鼻の頭を掻きながら答える藤丸の前方で、気恥ずかしさから頬を染めたアストルフォが、「たはは~」と眉の傾斜を下げ微苦笑を浮かべていた。

 

「宝具ねぇ……つか、その『宝具』ってのは結局何なんだよ?ダヴィンチの説明もあったけど、結局小難しくてよく分かんなかったし。」

 

「む、そういえば貴様もリーダー達と同様、サーヴァントの記憶は備わっていなかったのであったな………よかろう、彼らが戻ってきたら今日の収集結果の報告を終えた後に、改めて教示するとしよう。藤丸君、君にも協力を頼みたいのだが。」

 

「うん、いいよ。といっても俺自身、上手く説明出来るか不安なとこだけども。」

 

「構わんさ、充分に助かる………それから高杉、いつまでもそんな所にいないで、お前もこちらに来い。」

 

「やなこった、俺が赴く必要がどこにある?」

 

「……俺の説明に不足な点があれば、貴様にも補ってもらいたいのだ。四の五の言わずにさっさと来んか。」

 

 やや苛立ちを見せながら桂が差したのは、自身の腰掛ける長椅子の空いた隣。胸中の感情を露骨に顔に示しながら振り向いた高杉であったが、不意に彼の右眼がこちらを凝視する松陽の視線とぶつかる。

 

「晋助さん、宵であれど外は冷えます。どうぞこちらにいらしては如何ですか?」

 

 柔和な声音と湛えられた(にこ)やかな微笑に、高杉の渋(づら)にも微々ながら動揺が表れる。

 

「ほらほらスギっち~、何だったら僕がヅラ君の隣に移動したげるから。君も早くこっちおいでよ!」

 

 言うなり椅子から立ち上がり、くるりと体を反転させたアストルフォは、そのまま桂の隣へとお尻をダイブさせる。ここまでしてもらっては断る理由など見つからず、高杉は大きく息を一つ零し、皆のいるテーブル側へと移動を開始した。

 

「よかったでちゅね~高杉クン、優しいお友達に特等席譲ってもらっちゃって。本当昔っから我儘(わがまま)の頑固者なんだから、そういうとこ全然変わんねあれ何か焦げ臭くない?」

 

「銀時殿、蝶々の止まってる頭の頂点から煙が昇っておりまする。」

 

「アギャアアァァァッ⁉段蔵ちゃんっこういうアクシデントはもっと焦ったテンションで教えて頼むからっ‼」

 

 銀時の絶叫が響く中、廊下側の扉が開かれる。「も~うるさいですよ銀さん」と呆れた様子の声と共に居間へと入ってきたのは、湯呑やコップの乗ったお盆を持った新八。彼に続いて同じく盆を(たずさ)えた神楽と、最後に入場してきたフォウが引き戸を閉めようと爪でカリカリしていたところを、近くまで寄っていた高杉が小さな身体を抱き上げて回収し、彼の手によって扉は閉められた。

 

「ヘイお待ち~、万事屋特製狩比酢(カルピス)アルよ。」

 

「コップの数が足りなくて、湯呑ですみませんが………はい、藤丸君もどうぞ。」

 

「わあ、ありがとう~。俺も喉乾いてたんだよね。」

 

 新八に礼を言い、藤丸は手渡された湯呑を受け取る。

 徐々に暑くなりつつある初夏の季節。じんわりと滲んでくる汗が何とも不快であるが、そんな時こそやっぱりコレ、お馴染みの皆大好き乳酸菌飲料。澄んだ白に爽やかな甘酸っぱさは、懐かしき青春の味を思わせる………ってちょっとちょっと、俺まだ青春真っ盛りの健全男子なんですけどぉ?と地の文を睨みつけてから、藤丸は湯呑に目を落とした。

 

「………ん?」

 

 揺れる水面の下、濁った白色の向こうで藤丸がご対面したのは、湯呑の底に描かれた花模様。

 あれ?いや待って、おかしくない?俺の記憶にあるカル……狩比酢は、こんなに色が薄いものだっただろうか?

 ふと顔を上げれば、ほぼ全員に狩比酢を配り終えた新八と神楽が定春に寄りかかって座り、(くだん)の狩比酢(?)が注がれているであろう湯呑を同時に(あお)っている。やがて容器を下ろした向こうにあった彼らの表情(かお)は、何とも幸福に満ち溢れたものであった。

 

「か~っ美味ェ、暑くなってきたらやっぱコレだよなぁ。」

 

 (カラ)になったコップを床に置いた銀時が口元を拭う。彼の満足気な様子を隣で見ていた藤丸の頭に、もしかするとこちらのカルピ……狩比酢ってこういうものなのかもしれない、といった結論が浮かぶ。だってほら、今透明なのにしっかりと味のついた飲み物とか多いじゃん?きっと狩比酢も外観に更に涼しさを追求した末に、だったらもういっそのこと色も取っ払ってクリアにしちまおうぜ~なんてことを提案した者が、恐らく開発段階の最中にいたのだろう。

 

「わ~い!いただきま~すっ!」

 

 ごくりごくりと、喉を鳴らして狩比酢を飲むアストルフォの傾けたコップから、勢いよく(かさ)が減っていく。あまりにいい彼の飲みっぷりに無意識に喉を鳴らし、藤丸もよく冷えた湯呑を口につけ、一気に狩比酢を口内に流し入れた。

 

「カラダニピースッッ⁉」

 

 直後、恒例となりつつある奇怪な悲鳴と共にブフォァッ‼と勢いよく噴き出される狩比酢。すぐ隣で起こった事態に泡を食う銀時の横で、器官に侵入してしまった狩比酢により藤丸が激しく咳き込んでいた。

 

「おい藤丸、大丈夫か?んな一気に飲もうとすっからそうなんだよ。」

 

「ゲホッ………違、銀さん……コレ………。」

 

 段蔵に手渡されたハンカチで口元を拭いながら、藤丸は震える手で零れた狩比酢を指差す。そんな藤丸の姿に、まだ口をつけていなかったエリザベートは訝しみながら、コップの中の狩比酢と疑わしき液体を少量含んだ。

 

()っっっす‼ちょっと何なのよコレ⁉味が薄いにも程があるわよっ⁉これじゃあカ〇ピスじゃなくてボトルの中を(ゆす)いだだけの水も同然だわ!」

 

「あ?だからさっき神楽も言ってただろ、『万事屋特製』狩比酢だって。俺ん家じゃあ日頃からこうして、原液の希釈量を倍の倍のそのまた倍にして飲んでんだよ。こうすりゃ節約にもなるし、只の水に色とほんの少しの風味がつきゃあそれで充分だからな。」

 

 しれっとした態度でそう説明をする銀時の後方では、桂が眉間を押さえて深い溜め息を吐いている。

 一方高杉はというと、狩比酢(もど)きに鼻を近付けて匂いを確かめた後、無表情のままコップをテーブルへと置く。そこに飛び乗ってきたフォウが小さな歩幅でコップまで歩み寄り、波打つ表面を数回舐める。そして数秒もしないうちに(しか)めっ(つら)へと変容したフォウはぷいとコップから顔を背け、高杉の膝の上へと戻っていった。

 

「う~んっ、コレは薄いね!でも喉乾いてるからもう一杯!」

 

 新八がアストルフォからコップを回収しているその傍らで、松陽は湯呑の中の薄い白濁色と皆の様子を交互に観察してから、こくこくと狩比酢を飲み始める。

 

「せん………松陽。んな水と変わらねぇモン、無理して飲むこたァねえぞ?何だったら俺がちゃんとしたヤツ作り直してきてやるから。」

 

 高杉が言い終える間に、中身を飲み干した松陽は湯呑を下げると、小さく吐いてにこりと微笑み、拭った口元を開いた。

 

「狩比酢、でしたか?ほんのり甘味と香りがあって美味しいですね。」

 

「えぇ~………でも松陽、これすっごく薄いのよ?」

 

「皆さんの反応をご覧になる限り、きっとそうなのでしょうね。でも私にとっては初めて口にしたものですし………それに、これは新八君と神楽ちゃんが作ってくれたものですから。味に多少の違いはあれど、私はこれをとても美味しく頂かせてもらいました。お二人とも、ありがとうございます!」

 

 まるで菩薩のような笑顔と温かい感謝の言葉に、新八と神楽は胸の内から湧き上がってくる感動に打ち震え、そしてそれは彼らの近くにいた銀時にもまた、密かに伝染していくのであった。

 

「ぎ、銀ちゃぁん……っ!私、自分が恥ずかしいアル!こんな水も同然のドケチなモンを平気で出したのに、あんな風にお礼を言われるなんて………ぐすっ。」

 

「泣かないでよ神楽ちゃん、僕まで悲しくなってきちゃうじゃないか!ううぅ…………というか思ったんですけど、ここって今は万事屋じゃありませんし、あの狩比酢だってお登勢さんが好きにしていいって言ってたものだから、節約なんてする必要なかったんじゃあ……?」

 

「よぉし手伝えお前らぁ!原液ありったけ用意しろっ‼待ってろ松陽、本当に美味い狩比酢ってやつを今飲ましてやっからよ!」

 

 颯爽と立ち上がり、台所へと駆けていく万事屋社員三名。騒々しい跫音(きょうおん)がフェードアウトしていくのを唖然としながら聞く一同の後ろで、定春は大きく欠伸をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……それではこれより、皆が集めてきた情報の収集結果をまとめたものを発表していく。」

 

 桂の置いたコップの中で、作り直された狩比酢の中を漂う氷がカラン、と涼し気な音を立てる。

 彼と、彼が助手として召喚した式神エリザベスへと皆の視線が集まる中、桂は取り出した一本の巻物を広げる。そこに記された内容を指でなぞるや否や、光を(まと)って浮き上がった文字や写真は宙へと浮き上がり、桂がエリザベスの引っ張ってきたホワイトボードを指すと、それらはまるで意思を得たかのようにそちらへと飛んでいき、再び黒い線や字となって白い板面に刻まれた。

 

「この江戸………いや、この世界が常夜となった始まりは、今からおよそ十年前。偶然にもそれは、あの瓦版にもあった攘夷戦争終結と重なる時期にあったそうだ。突如として現れた、黒い影(もや)ともつかぬものが空を覆い尽くし、その原因も解明されぬまま時が経過した………と、ここまでの情報は三組とも共通であったな。」

 

「あの戦争が終わったと同時に、空からお天道さんが消えた。ってか………何度聞いても妙な話だぜ。大体太陽を消すなんて真似、普通に考えりゃ出来っこねえだろ。」

 

「銀さんの言う通りですよ。もし仮に犯人が天人だったとしても、こんな長い年月の間ずぅっと太陽を隠してしまうなんて技術があるわけ………いや、もしかしたら他の星で発達した技術を使えば可能になるかも。だとしたら、この一連の異変の黒幕は天人⁉」

 

 興奮気味に身を乗り出そうとする新八。だがそんな彼を制するように、銀時の手が肩を掴む。目を動かして座るよう促され、それにより平静を取り戻した新八は大人しく従う。

 

「新八君が言った通り、俺も最初は天人の仕業かと疑いの目を向けていた。だがアストルフォ君からの報告を受け、俺の中でその可能性にも変化が起こったのだ。」

 

「アストルフォからの報告……?」

 

 反芻した藤丸に応え、「はいはーいっ!」とアストルフォは元気よく挙手をする。そしてコップの中の狩比酢をまた一気に飲み干すと、自分を見る皆へと向き直り説明を開始した。

 

「僕、昼間の調査でヒポグリフに乗って、空からこの江戸(まち)を見下ろしてみたんだ。始めはちゃんとスギっちの忠告に従って高度を上げ過ぎないでいたんだけど、段々調子に乗っちゃってさぁ……。」

 

 言葉を区切り、頬を掻くアストルフォの正面で、長椅子に腰掛けた高杉が呆れた眼差しを彼へと向けている。痛いと感じるその視線を受け片頬笑みを浮かべるアストルフォに続けるようにして、今度は神楽が挙手をした。

 

「私もアストルフォと一緒に乗ってたアル。途中何回か宇宙船にぶつかりそうになったけど、ヒポグリフは大分高いとこまで飛んだネ。」

 

「高いとこって………アンタまさか、大気圏まで到達したんじゃないでしょうね?」

 

「あ~大丈夫だいじょぶ!今日は行ってないから。」

 

 えっ、今日『は』……?と疑問に思った方は、この場にいる一同だけではないだろう。詳細を知りたくなった方は是非、『シャルルマーニュ伝説』を読んでみよう。ともあれ彼がそこまで上空を飛行していないことは分かったため、ひとまず皆アストルフォと神楽の話に再び耳を傾ける。

 

「それで私達、結構な高さまで上がっていったヨ。でも途中から急に、周りの空気が変になってったアル。上手く言えないけど、体の表面がびりびりするっていうか、あとは嫌に頭がもやもやしたり………とにかく、まとめて()な感じがしたネ。」

 

「僕とヒポグリフも、そのおかしな空気の変化に気付いてたよ。あれはどこかで感じたことがある…………そう、言うなら『結界』の境目に接近した時に近い気配だったかな。」

 

「結界……⁉ってことは、この世界にも桂さん以外にも魔術が使える人が、まだいるってことですか⁉」

 

 新八にとって、それはゲームや物語の中でしか知識を得たことが無い言葉。しかしその単語が示す意味が魔術的なものであることは理解しており、驚愕のあまり立ち上がった勢いで、彼の傍にあった湯呑が倒れる。あと少しで中の狩比酢が床にぶちまけられる寸でのところで、段蔵の伸ばされた手が素早く容器をキャッチしたことで難を逃れた。ナイスくノ一。

 

「そんなに大袈裟に騒ぐことでもないでしょ?眼鏡ワンコ。大体ツバメと黒猫だって英霊(サーヴァント)として召喚されてんだから、マスターになってる術者がいてもおかしくはないわ。」

 

「うむ、エリちゃん殿の言う通りだな。それにこの江戸には古くより存在する、結野(けつの)衆と巳厘野(しりの)衆という陰陽師の一族もいるらしいではないか。彼等が関わっているかはまだ分からぬが、可能性としてはゼロではないと俺は睨んでいる。」

 

 桂がどこからか取り出した指示棒で指した先は、ホワイトボードの上部分。そこに映された古風な大きい屋敷は恐らく、彼が今しがた説明をした陰陽師一族のものなのだろう。

 

「ケツにお尻に………銀さん、こっちの人達は随分と個性的な名前が多いんだね。」

 

「ケツでもお尻でもねーよ。そういうお前だって、大分変わった名前してんじゃねえか………あれ?藤丸、そういやお前の下の名前ってなんだっけ?」

 

「あれ?それじゃあもしかすると、江戸から太陽が消えた原因って、その結界も関係してるとか………だとすれば、カルデアと通信が出来なくなってる原因も、そこにあるのかな?」

 

 銀時の問いを敢えて無視し、藤丸は浮かんだ疑問を桂へと尋ねる。隣から聞こえる大きな舌打ちを流す藤丸の視線の先で、桂は少し考えた後に口を開いた。

 

「……その可能性も大いにあるだろう。いずれにせよ、これだけの情報では異変の根源を突き止めるには至らない。また明日(あす)より各自、調査活動に励んでくれ。」

 

 桂の言葉に、短い了解の返答が(まば)らに起きる。桂の後ろでエリザベスが巻物を広げると、ホワイトボードの文字達は再び浮き上がり、元いた紙面へと吸い込まれるようにして戻っていった。

 

「そういえば高杉、貴様はまた一人別行動をとっていたようだが、そちらは何か収穫はあったのか?」

 

 パチン、と指を鳴らし、式神を消失させた桂が(おもむろ)に疑問を投げ掛けたのは、長椅子で頬杖をついている高杉。丸くなったフォウを膝に乗せ、愛おし気に撫でる松陽を眺める慈愛の眼は、桂に呼ばれると同時にまたいつもの冷淡な光を湛え、彼へ向けられる。

 

「あーっ!そうだよスギっち、どこに行ってたのさ⁉」

 

「そうネ!一人で美味いモンとか食いに行ったりしてねーだろうナ⁉今度は私達も連れてくヨロシ!なっ定春⁉」

 

「わうぅ?くぁ~……。」

 

 大きく欠伸をし、再びそっぽを向いてしまう定春を見()った後、ぷりぷりと冠を曲げているアストルフォと神楽に対し、高杉は薄笑いを浮かべて答えた。

 

「そりゃあすまなかったな、お(ひい)さん方。だがこっから先は大人の領分だ、どうしても踏み込んできたいってンなら………もっと色を含んで成熟してくるこったな。」

 

 眉目秀麗という言葉が型に(はま)りきらない程の芳顔(ほうがん)と、相手を射殺すかのような物言いを(つづ)(あで)やかな声。

 おぼこである神楽とアストルフォ(?)にはどうやら刺激が強過ぎたようで、耳まで真っ赤になった二人はそれ以上の発言を止めてしまう。また何故かエリザベートに新八、そして藤丸までにもそれは伝染し、(精神年齢的にも含め)未成年達は皆赤面し俯いてしまった。

 

「……高杉、貴様さては魅了スキル持ちか?」

 

「ハハッ、どうだかね。性能だのスキルだのそういった(たぐい)のモンは、読む側の各々(おのおの)が自分の頭ン中で想像膨らますのが楽しいんじゃねぇのかい?」

 

 くつくつと喉を鳴らして笑う高杉の隣で、話の中身が理解出来ていない松陽は小首を傾げる。その彼に合わせるようにして、顔を(もた)げたフォウもまた、「フォウ?」と小さく鳴いて首を傾けた。

 

「んで、どこ行ってたかは知らねェけど、お前の方はどんな情報持ってこられたんだ?まさか一人でぷらぷら遊び歩いてただけで、何の成果も‼得られませんでしたっ‼とか叫んで膝ついても銀さん許さねェぞ?」

 

「阿呆、誰がンな真似するか。それに少ねェが、成果はしっかり得てきたぜ…………(くだん)の馬鹿デカい城に関する情報(ネタ)だ。」

 

 高杉が言い放ったその言葉に、室内の空気が一気に張り詰める。彼は椅子から立ち上がると、最早そこが所定位置と呼んでも構わないであろう障子窓へと移動していき、薄い紙の貼られた窓をスライドさせた。

 宵の空を照らす、数多に浮かぶ宇宙船の光。そんな人工的な星月夜の中で一際(ひときわ)青白く輝いている、『眼』の形をした月に照らされているのは、あの巨大な天守閣。昨夜見た時とはまた違う雰囲気を放つその建造物に、藤丸は改めて不気味さを覚えた。

 

「とある連中から聞いたんだが………おっと、まだそいつらの素性は明かせねェ。まぁとにかくだ、江戸に長いこと定住している連中(いわ)く、あの天守が現れたのは今から(およ)そ十年前、突如としてあの場所に建造されたそうだ。」

 

「十年前って………それじゃ、江戸が常闇になった時期とまるで同じじゃないですか⁉」

 

 思わず声を張り上げた新八を、高杉は目だけを動かして一瞥し、またすぐに視線を戻すとそのまま再開する。

 

「それと奴等の話だと、今の江戸には幕府も将軍も存在しない。あの城に居座ってる奴がその代わりとなる立ち位置に就いて、とりあえず形だけ国を治めてるらしい。」

 

「将軍、も………ちょっと待ってヨ、スギっち……それじゃあ『そよちゃん』は?将ちゃんだってどこに行ったアルか⁉」

 

 声を荒げ、必死の剣幕で高杉へと詰め寄る神楽。突然取り乱す彼女に呆然としている藤丸達に、銀時と桂が横から補足を加える。

 

「あ~と……そよちゃんってのは神楽のダチでな、俺らのいた江戸を治めてた将軍の妹だ。」

 

「そして将ちゃんというのは、「将軍かよォォォォッ‼」の台詞でお馴染み、江戸幕府の第十四代目征夷大将軍・徳川茂々のことだ。因みに俺や銀時達とも、何度も面識がある男なのだぞ。」

 

「その「将軍かよォォォォッ‼」は知らないけど、征夷大将軍とその妹さんをそんな親し気に呼べるなんて…………銀さんって、実は凄い人だったり?」

 

「何だ藤丸?本編の連載21話目にして、漸く俺の凄さに気付いたのか。大分遅かったが、寛大な銀さんは大目に見てやろう。そらっ美酒のおかわりを()いでやる、盃を出しな。」

 

「はは~、ありがたき幸せ。」

 

 上機嫌の銀時が藤丸の差し出した(ゆのみ)美酒(カルピス)を注いでやる一方で、高杉が興奮する神楽の肩を軽く叩いてやると、その行動により少し落ち着きを取り戻した神楽は、元いた定春のもふもふボディへと大人しく戻っていった。

 

「何故将軍がいねェのか、そしてそいつらは今何処に行っちまったのか………この辺りに関する情報は、俺もまだ掴めていない。しかし俺が話を聞いた連中は、皆口を揃えてこう言っていた──────あの城には、人喰いの『鬼』が()んでいる。ってな。」

 

 窓から入ってきた通り風が、高杉の頬を撫でる。街灯りと、異形の月によって照らされた天守閣を、彼の右眼は鋭い眼光で睨みつけていた。

 

「人喰いの、鬼………⁉」

 

 誰かの呟いた声が室内に響き、そして静寂に消えていく。

 藤丸を始めカルデアのサーヴァント達、そして銀時達もが高杉の放ったその一言に度肝を抜かれ、皆唖然とすることしか出来なかった。

 

「鬼、ですか…………ということは、あの城には(まこと)に鬼が棲んでいるのでしょうか?高杉殿。」

 

「さぁな。何者かが適当に流した噂に、真偽の分からねぇいい加減な尾びれと背びれがついた代物かもしれねえ。だが実際にあの城を訪れた連中が、そのまま忽然と姿を消したなんて噂が掘り出せばあちこちから出てきやがる………そいつぁ(さなが)ら、城に住まう人喰い鬼が獲物の着物片一枚残すことなく、全て食い尽くしちまったようでもあるな。」

 

 こちらに振り向くことなく、淡々と(つづ)る高杉の言葉に、皆一様に黙りこくってしまう。

 ふと藤丸が顔を上げた時、松陽が窓の方を向いたまま不動の姿勢でいるのに気が付く。だがよく見れば、彼の固く握った拳は指の先までもが白くなり、肩も僅かに戦慄(わなな)いていることが確認出来る。

 

「松陽、さん………?」

 

 そろそろと名を呼んでみるも、反応は無い。松陽の変化に遅れて気が付いた面々の意識も、自然に彼へと集中していった。

 

「おい松陽、どうした……?」

 

「フォウ、フォーウ?」

 

「しょーよーさーんっ!もしも~しっ⁉」

 

 いつの間にか顔のすぐ傍まで接近していたアストルフォが耳元で声を張ると、「ひゃっ⁉」と短い悲鳴を上げて松陽が僅かに跳ねた。

 

「あらま、可愛い声。小鳥の(さえず)りみたいね。」

 

「松陽殿、如何なされた?どこか気分でも悪いのか?」

 

 こちらを心配する皆の態度と言葉を受け、漸く我に返った松陽は目を丸くしたまま一同の顔を見回す。

 

「いえ、どこも悪くはないのです………ただ。」

 

 俯き加減に目を伏せ、松陽の手は自らの着物の袖を掴む。その手がまた、微かに震えているのが見て分かった。

 

「皆さんがお話をされていた、あの窓から見える大きなお城…………自分でもよく分からないのですが、あれを目にした途端から何かがおかしいのです。どうしてなのでしょう?理由も分からないのに怖くて、ただ怖くて怖くて、どうにも身体の震えが止まらなくて………まるで、見てはいけないものをこの(まなこ)に映してしまったかのように………。」

 

 袖を掴む手を放し、そのまま自身の肩を抱く松陽。見開いた両の目は木製の床を映し、元より薄い肌色の顔は先程よりも青ざめているのが明らかであった。

 銀時が目(くば)せするよりも早く、高杉の手は障子窓を閉め、()いた様子でこちらへと駆け寄る。

 すっかり縮こまってしまった松陽。そんな彼の肩に乗る手に重なるようにして、一回り小さな手がそっと置かれた。

 

「松陽、もう窓閉めたアルよ………大丈夫ネ、ここには私達しかいないアル。例えこないだみたいなヘンテコ連中がいきなり押しかけてきても、この神楽様が絶対に守ってやるヨ!」

 

「……神楽ちゃん。」

 

 ゆっくりと顔を上げた松陽。そんな彼を次に待っていたのは、ふわりと半身を包む温かな感触。

 

「ほら、元気の出るおまじないアル。私がちっさい時に、マミーがよくこうしてくれたネ。」

 

 神楽に上体を抱きしめられ、ついでに頭もぽんぽんされている。しかし恥じらいよりは心地良さの方が勝り、胸の内から溢れた安堵感に松陽は目を細めた。

 

「………もう大丈夫です。ありがとうございます、神楽ちゃん。」

 

「ん~……も少しこのまま。松陽の髪サラサラで気持ちいいアル~。」

 

「えっと、神楽ちゃん………流石に恥ずかしくなってきましたので、どうか後生です……。」

 

「ほら神楽、松陽困ってんだろ?早く放してやれって。」

 

 銀時からの注意を受け、神楽は渋々松陽を解放する。落ち着きを取り戻した彼に先程の怯えた様子はなく、またいつもの温和な笑みを面に湛えていた。

 

「それにしても、お城をあんなに怖がるだなんて………確かに俺から見ても、どことなく気味の悪さは感じるけど。」

 

「ふむ………これはあくまで俺の推測なのだが、松陽殿の記憶が失われている原因も、もしやあの城にあるのではないだろうか?」

 

 桂の直言に、異議を申し立てる者はいない。寧ろ他の者達も、今彼が唱えたものとほぼ同じことを考えていたからであった。

 

「よっし!そうと決まれば、明日の調査はあの城に行ってみることにするか。おい藤丸、一緒に来いよ。」

 

「うん、明日は銀さん達と行くことにするよ。」

 

「待て二人とも。あの城は俺と高杉もまだ近寄ったことすら無い、まして鬼に喰われるという噂があるならば、何が隠れ潜んでいるのか想像もつかない。危険極まりないぞ。」

 

「大丈夫だろ。銀さんは只でさえ強い上に、今はサーヴァントのチートなスキルも上乗せされてんだぜぇ?鬼が来ようが魔物が出ようが、ちょちょいのチョイっと片付けてやらぁ。」

 

「そのちょちょいのチョイでしょっちゅう魔力切れを起こされては、元も子もないではないか…………よいか、明日は皆であの城へと赴く。それで良いな?ん?勿論異論は認めんぞ。ハイ決定!」

 

 ほぼ強引に決定され、不満げに頬を膨らせる銀時。その一方では、神楽とアストルフォが和気藹々(あいあい)としていた。

 

「わ~い!皆で一緒にお出かけだなんて嬉しいね!」

 

「おやつは何がいいかな~?とりあえず酢昆布と酢昆布と、あと酢昆布アル。それとこっちの酢昆布も……。」

 

 一体どこからその大量の酢昆布を持ち込んでいたのか……二人の間で山のように(というかほぼ山)積まれていく赤い箱を眺めていた松陽に、高杉がそっと声を掛けてきた。

 

「……貴方(アンタ)はどうする?ここで待ってるかい?」

 

「……いいえ、私も是非行かせてください、晋助さん。先のことを忘れたわけではありませんが、もしもあそこに私の記憶の手掛かりがあるのでしたら、少しの可能性にでも賭けてみたいのです!そして………そして、貴方がたとの大切な記憶を、一刻も早く思い出したいんです。」

 

 にこりと、またいつものように微笑む松陽。その笑顔の下に隠れた様々な感情(おもい)を読み取った高杉は、返答代わりに小さく微笑んでみせた。

 

「松陽、あんまり無理はすんなよ?」

 

「はい!ありがとうございます、銀時さん。」

 

「でもこれで、松陽さんの記憶も戻るといいですね。それに背中のアレも気になってたことですし─────」

 

 新八がそこまで言い掛けた時、「あっ」と誰かが短く声を発する。出所を探せば、そこには神楽と酢昆布の箱でネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲(現段階で中々の完成度だなオイ)を作ろうとしているアストルフォが、中空を見つめて大きく口を開けていた。

 

「そーだそーだ!ヅラ君とスギっちに聞かなきゃならないことがあったのに、すっかり忘れてたよ~いっけない!」

 

「ヅラじゃない桂だ。して、俺達に聞きたいこととはなんだ?」

 

「うん。さっきパチ君も言ってた、松陽さんの背中の刻印のことなんだけどさ………。」

 

 こちらを睨みつけるかのような形相のまま固まる、桂と高杉。緊張の漂うこの二人とは対照的に、アストルフォはいつも通りの明るい声で、やや首を傾げながら答えを紡いだ。

 

「無かったんだけど。」

 

「……………は?」

 

「だから、無かったんだよ。二人が言ってたあの刻印、松陽さんの背中のどこにも。」

 

 アストルフォは簡潔に答えると、テーブルに置いてあった狩比酢を一気に飲み干す。「ぷっは~っ!」とコップを下ろしたアストルフォが対面したのは、驚き桃の木山椒の木、更に目を白黒させた桂の何とも言えない顔であった。

 

「おいおい、一緒に風呂に入ったアストルフォがこう言ってんだぞ?お前ら本当に見たのかよ?」

 

「俺は見た………かもしれねぇ。途中から直視出来なかったから、完全にヅラに丸投げしてた。」

 

「たっ高杉、貴様までそのようなことを…………あ~分かった!それならもう一度確認すれば良い話だろう!では松陽殿、ちょっと失礼するぞ。」

 

 桂は長椅子から身を乗り出し、きょとんとしている松陽の寝巻用の浴衣の襟に手を掛ける。それが左右に引っ張られ、あられもなく肌蹴られ………ることはなく、暴走状態突入前の桂の暴挙は、「無礼千万っ‼」と同時に叫んだ銀時と高杉による見事なコンビネーションキックが炸裂したことにより、未遂に終わった。

 

「でもアストルフォ、松陽さんの背中の模様が無かったって本当?」

 

「そーよそーよ!納得のいく説明を求めるわ!」

 

「フォーウゥ!」

 

「ん~そうだね、それじゃあこれから僕が松陽さんとお風呂に入ってた状況説明を……………と言いたいところだけど、ごめ~んマスター!それはまた次回にしよう!」

 

「えっ、次回に回すのコレ?こんな中途半端な状態で?というか宝具の説明は?」

 

「だぁってぇ、予定の文字数大幅に超えちゃってるんだもん。だから今日はここまで!え?早く僕の入浴シーンを見せろ?やだなぁ~もうっ、マスターったらスケベさんなんだから☆」

 

「いや、俺何も言ってな────」

 

「というわけで、今日はここまで!次回はな・な・なんと!初っ端から入浴シーンでスタートしちゃうよっ!ちょっぴり恥ずかしいけど、これも閲覧数のためだから仕方ないよね……?それじゃ、次回も楽しみにしてくれると嬉しいな!バイバ~イ!」

 

「健全だから!念のため言っておくけど、この作品一応健全な方向で進めていく予定なんだからね!皆忘れないでェェェっ‼」

 

 

 

 

 

《続く》

 


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