Fate/Grand Order 白銀の刃   作:藤渚

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【伍・伍】 糸繰りの傀儡は、破滅を舞う

 

 

 

 

 

 終始江戸を覆う夜闇を照らす、空の鏡。

 (まなこ)(かたど)った異形の月の下で、入浴を済ませた藤丸は一人、外廊下で風に当たっていた。

 

「っああ~………まだ頭がズキズキする……。」

 

 そう呟いて眉間を押さえ、水分の乾ききらない頭の中で再生されるのは、つい先刻に起きた惨事。

 

 

 現実となったジャ〇アンリサイタル……もとい、エリザベートの対人宝具(スペシャルライブ)は(本人としては)その威力を抑えながらも、やはりサーヴァントの能力(ちから)(もたら)すもの、所詮アンプを小さくしたくらいでは、彼女の溢れる情熱(ビート)を抑制するなど不可能であった。

 突としてご近所さん一帯に轟く悪声(デスヴォイス)、周囲の空気を震わす程の大音声と心底から湧き上がる何とも言えない感覚に、スナックお登勢を中心としたかぶき町のその一角は阿鼻叫喚と化したのだ。

 

 外がそんなザマなのだから、当然室内も地獄となっているのはあたり前だのクラッカーなワケで……え、知らないコレ?ともかく、密閉された空間の中に逃げ場などある筈も無く、エリちゃんの歌声を(もろ)正面から受けた新八に神楽そして桂の三人は、大事な霊核(タマ)へのダメージが一番大きく、キラキラしたオーラを出して若干座に還りかけながらも、霊基(からだ)だけは何とか形を保ったまま、白目を剥いて気絶するあたりで留まってくれていた。

 

 あ、そうだそうだ。桂の宝具もといエリザベスの着ぐるみの中へと避難した彼らはどうしたかというと、前回紹介したあのイザベ、イザ………もう着ぐるみでいいや。とにかく、あの着ぐるみの形をした宝具の主である桂が気絶してしまったために、供給されていた魔力が徐々に失われ、遂には前話で彼が説明した通りに只の暑っ苦しい布と化してしまった着ぐるみには、エリちゃんの宝具(うた)を防いでくれる効果などは無く、厚手の布越しに耳を(つんざ)いてくる不協和音(ハーモニー)に身悶えるしか出来ない。

 

 いよいよ収拾のつかなくなったこういう時こそ、頼みの綱であろう高杉の出番だと期待する方々もいることであろう。だがその肝心の彼はどうしているかというと、敬愛する恩師を眼前の危機から救うため、己が身を(てい)して護ることで精一杯。しかし残念ながら彼もまた、歌に踏ん張れる程の耐久力は持ち合わせておらず、騒ぎを聞きつけたお登勢達が怒鳴りこんできたのと同時に力尽き、そのまま眠るようにして意識を失ったところを松陽に慌てて抱き留められた。

 

 こうしてお登勢やキャサリンから数名へ振り下ろされたとびきり硬い拳骨と、小一時間に渡る長々とした説教を()って、事態は漸く収束を迎えたのであった。

 

 

 

「……にしても、お登勢さんの拳骨相当痛そうだったなぁ。エリちゃん涙目だったし。それを笑ってた銀さんの顔にもキャサリンさんのストレートが決まって…………ぶふっ。」

 

 先程の光景を思い出し、一人なのをいいことに盗み笑う藤丸。そんな彼の背後から音も無く伸ばされた手が、手拭いの乗った頭をぐわしと掴んだ。

 

「お~お~、人の不幸がそんなに楽しいかぃ?んん?」

 

 周章する間も与えられず、手拭いの上からわしゃわしゃと乱暴に頭を掻き回され、「アギャアアァァッ‼」と藤丸が上げた悲鳴に何人かの通行人が驚いて足を止めた。

 

「あ、悪ぃ。そういやお前頭怪我してる設定だったっけ。大丈夫か?」

 

「も~銀さんたら………怪我ならもう平気だよ、傷口自体小さいモンだから大体塞がってるしね。」

 

 乱れた髪を手櫛で直す藤丸の隣に、奇襲をかけた犯人……銀時が自然に並ぶ。漸く髪を整えた藤丸の前に、彼は持っていたものを差し出した。

 

「あれ?覚えのあるこの(かほ)りは………もしかしてMI()───」

 

「ほらよ、銀さん特製のNILO(ニロ)だ。風呂上がりに飲むのも中々乙なモンだぜ。」

 

 細い湯気の昇るMI……もといNILOの入れられた湯呑を受け取り、「あ、ありがとう」と藤丸は礼を言う。甘い香りの漂う飲み物に数回息を吹きかけ、何気なく隣の銀時に目をやると、同じく湯呑に入ったNILOを一口飲んだ後に、彼は眉間を指で押さえていた。

 

「大丈夫?やっぱり頭、まだ痛い?」

 

「あー……頭に加えて耳もまだ本調子じゃねえや。でもまあ、お陰でババアの長ったらしい説教が少し楽に済んだからよしとするか。」

 

 歯を見せて悪戯っぽく笑う銀時に呆れながらも、藤丸の頬もまたつられて緩んでしまう。しかしその朗らかな顔も、彼がNILOの湯呑に口をつけ傾けてしまった瞬間に(しか)めっ面へと早変わり。

 

「…………(あんま)っ。」

 

「おう、規定分量の三倍は粉使ってっからな。これぞ大人のNILOの楽しみ方ってやつよ。よかったな藤丸、お前もまた一歩大人に近付いたぞ。」

 

「こんなのが大人の階段上がる一歩なら、旋回してスライダー乗って逆走するわ。一生未成年(チャイルド)謳歌してやる。」

 

「文句がおありなら飲まなくてもいいんだぞぉ?ほらっ銀さんに寄越しやがれっ!」

 

「ギャッ⁉危ない危ないって!火傷したらどうすんだよっ⁉」

 

 湯呑を取り上げようとする銀時から、何とか死守し逃れようとする藤丸。野郎二人のイチャコラとか誰得なんだこの場面(シーン)は、と思ったそこの諸君。もう少しだけのご辛抱を。

 

「ハハハ…………あ?」

 

 半ばお遊び状態になっていた時、銀時は気付いてしまった────普段は長袖に覆われていた藤丸の腕、そして着ている甚平の胸元から(あら)わになっている、彼の身体に刻まれた幾つもの傷痕に。

 

「………銀さん?」

 

 突然静かになってしまった銀時を、藤丸は訝しげに見つめる。そして無言のまま返された湯呑を受け取ると、銀時は手すりに肘をついて再びNILOに口をつけた。

 彼の様子の変化に暫し呆然としていた藤丸であったが、先程の銀時の目線が辿っていた先を思い返したと同時に、「ああ……」と短く声を漏らした。

 

「……なあ藤丸、それってやっぱアレか?お前が人類の未来ってやつを護ったから、お前の体がそんなになっちまってんのか?」

 

「えっと、まあね………ごめん銀さん、汚いもの見せちゃって。」

 

 頭部の手拭いを取り払い、特に痕の目立つ方の腕に巻きつけようとする藤丸の手を、銀時が掴んで制する。

 喫驚し目を丸くする藤丸の見上げる先にいた銀時の表情(かお)は、一切の嘲謔(ちょうぎゃく)など存在してはいなかった。

 

「藤丸、何でお前は傷痕(これ)を汚ぇなんて言うんだ?過去にお前に対してそう言った奴がいたのか……?もしいたとしたなら誰かを俺に言え、そいつ自身を目も当てられない程にボッコボコにしてやる。」

 

「銀さん……?」

 

「………汚くなんざあるもんか。いいか藤丸?これはな、お前が今日まで頑張ってきたことの何よりの証じゃねえか。本来は世界の崩壊と縁もゆかりも無ェ筈のお前が、底なしのお人好しでどっか抜けてる只のガキだったお前が、んな細っこい背中に何でもかんでも背負い込んでいったことの結果の表れじゃねえか………だから隠そうとなんかすんな、誰に何と言われようが気にせず、もっと誇りやがれ。傷痕ってのはな、男の勲章なんだからよ。」

 

 語り終えてから湯呑に口をつけ、数回喉を鳴らした(のち)に銀時は目だけでこちらを見遣る。

 透き通る程に鮮やかな紅の瞳が伝えてくる無言の激励に、曇りかかっていた藤丸の顔が徐々に明るさを取り戻していく。

 

「……うん、そうだね。ありがとう銀さん!」

 

 朗らかな笑顔を返し、少し(ぬる)くなってしまったNILOをこくこくと飲む。

 濃い甘さに時折何度も()せる藤丸を眺める銀時の脳裏に、ふと昔の自身の姿が浮かぶ。

 

 

 

 ────ちょうど、彼くらいの(よわい)であった。桂や高杉と共にあの悪夢のような戦争に参加したのは。

 

 

 がむしゃらに刃を振るい、敵となるものを次々と(ほふ)り、前へ前へと突き進んでいく毎日。その向こうに待っているのが自身の望んだ未来だと、あの頃の自分は信じて疑わなかった。

 

 しかし、現実というのはそんな青二才の僅かばかりの希望さえもを粉微塵に打ち砕く。

 

 

 取り戻したかった恩師(せんせい)の命を自らの手で散らせ、絆までもずたずたに引き裂いてしまった。

 

 

 

 

『好きなほうを選べ』

 

 

 

『師か 仲間の命か』

 

 

 

 

 ………あの時、自分は本当はどうするべきだったのだろうと、時折考えることがある。

 それはきっと、あの時の自分の心の弱さを、どこかで悔いているからなのかもしれない。

 

 

 

 どうすれば、松陽(せんせい)を助けられたのか。

 

 どうすれば、皆を救えたのだろうか。

 

 

 どうすれば、どうすれば、どうすれば────

 

 

 

 

 

「………もし、あん時の俺がお前だったら、どんな答えを出してたんだろうな。」

 

 呟いたその声は、賑やかな階下の街の喧騒に紛れてしまう程に(ささ)やかなもの。「何か言った?」とNILOを半分程飲んだ湯呑から口を離した藤丸が尋ねると、銀時は笑みを貼りつけたまま首を横に振った。

 

「藤丸、明日も早ぇからそろそろ寝たほうがいいぞ。つっても布団は殆ど使われて満員状態だけど。」

 

「ん~……でも、NILO飲んだら眠気吹っ飛んじゃったよ。おかしいな~コレ、確かカフェイン入って無い筈なのに。」

 

「ったく、しょうがねえなあ。んじゃお前が眠くなるまで、俺が話し相手でもなってやるよ。愚痴でも恋愛事でもどーんと来いっ。あ、そういや気になってたけど、お前ってマシュとはどこまでいってんの?」

 

「ぶっは‼ゲホッゲホヴォェェッ‼いいい、いきなり何てコト言いだすのかねこの人は⁉俺とマシュはそんなんじゃなくて、何てーかアレ、そうっ頼れる相棒というか………ああもう、この話題は無し無し!それより銀さんさあ、俺が今まで皆と走った特異点での出来事とか気にならない?そっちの話にしよう?ねっ?」

 

「あー確かに、リア充の乳繰り合いよりそっちのが面白そうだな……………それじゃ聞かせてもらおうか、お前らが救ってきた世界の話を。」

 

 柔らかく微笑む銀時に、藤丸は朱に染めた頬で嬉しさを隠そうともせず、満面の笑みを向けて彼に言った。

 

「勿論!結構長くなるからね、覚悟しといてよ!」

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 静まり返った廊下に響く、引き戸を開く音。

 滴り落ちる水気を拭い取りながら、高杉は風呂場を後にした。

 

「ったく、(ぬる)い湯だったぜ……。」

 

 悪態を()きながらも、不満は顔には出てはいない。普段の彼であれば立場上、このような後の順番に風呂に入ることなど有り得ないのだが、初夏に差し掛かった今の時期も手伝ってか、やや冷めかけた湯の温度も不思議と不快ではなかった。

 暗い廊下を歩き出そうとした時、ふと耳に入り込んできたのは微かな話し声。それらが聞こえてくる方角へと首を動かすと、玄関の曇りガラスの向こうにぼんやりと映っている、二つの人影を確認する。仲良く並んだ後ろ姿と楽し気な声を聞いた時、彼らの正体に気が付く。

 

「……あいつ等、何やってんだか。」

 

 声色や物言いこそは呆れている高杉だが、ガラス越しの淡い街灯りに照らされた彼の顔には、(そぞ)ろ笑みが浮かんでいた。

 居間へと足を向け、数歩歩いたその時、再び微かな声が聞こえてくる。しかしこちらはやや甲高く、言葉にはなっていない。耳を澄ませ、その声の出所を探ると、どうやらそれは開いたままの台所から聞こえてくるものだと分かった。

 暖簾(のれん)(くぐ)り、やや広くなった部屋を見渡すと、中心部にちょこんと座る小さな白い影を見つける。背を向けていた声の主はふわふわとした尻尾を左右に振り、こちらの気配に気付いたと同時に振り返り、短く鳴いた。

 

「フォウッ。」

 

「お前さんか、こんなところで何してんだい?」

 

「フォウフォウッ、フォ…………キュ?」

 

 声の主、フォウは何度も飛び跳ね、あのねあのねと訴えるように高杉に向かって鳴き続ける。それからくるりと後ろを向いたその数秒後、ぴたりと止んだ鳴き声の後にフォウは小首を傾げた。

 小さな獣が見つめているのは、ぽっかりと空いた何もない空間(ばしょ)。フォウは不思議そうに何度もそこを見返し、そして何度も首を横に倒す。まるで今まで話していた相手が突然いなくなってしまい、それを(いぶか)しむかのように。

 そんなフォウの行動に高杉が呆気に取られていると、同じ行動を何度か繰り返した(のち)にとうとう諦めたのか、フォウはてちてちと高杉の足元へと近寄っていき、前足で彼の着物の裾を軽く叩いた。

 

「ん?ああ、分かったよ。」

 

 その行動が示す意味を悟った高杉は、屈んで利き腕を前に出す。その手にフォウがよじ登ったのを確認してから、高杉は台所を後にしようとした。

 

「フォウッ。」

 

 再びあの方角を向いて、フォウが甲高く鳴く。高杉も振り向いて今一度確認するが、やはりそこには何も無い。

 

「なあ……お前、一体何が見えてんだ?」

 

 一連の行動に狐疑(こぎ)する高杉の問いに、フォウは只首を傾げるばかり。高杉は大きく息を吐いた後、フォウと共に台所を出る。数歩ばかり進んだ先の扉を開けると、静寂に包まれた居間が彼らを出迎えた。

 居間へと足を踏み入れた高杉は、長椅子に座り広げた巻物へと筆を滑らせている桂へと近付いていく。その足音で漸く存在に気が付いた桂は、やや疲れた様子の顔を上げた。

 

「ヅラ、お前もさっさと入っちまえ。つっても大分冷め気味だったがな。必要なら()き直しな。」

 

「……ヅラじゃない、桂だ。貴様が上がったとなれば俺で最後だな。」

 

 桂が筆を置くと、小さなエリザベスがそれを回収していく。組んだ腕を頭上に伸ばしながら、桂は大きく欠伸をした。

 

「松陽……先生達は、もう寝たのか?」

 

「ああ、リーダー達と共によく眠ってらっしゃる。だからあまり声を立てるなよ。」

 

 ゴキゴキと凝りを示す肩を鳴らした後、桂は長椅子から立ち上がる。ミニエリザベス達に手伝ってもらいながら片付けを行っていた時、ふと桂はこの場にいない二人の存在が気にかかり、高杉に尋ねた。

 

「高杉、銀時と藤丸君を知らぬか?姿が見えないようだが……。」

 

「ああ、あいつ等なら外階段のとこだ。何やら盛り上がってたようだがな。」

 

「フォーゥ。」

 

「全く、もうじきで()の正刻を回るというに………仕方ない、呼んでくるとするか。」

 

 言葉では呆れていながらも、彼らの身を案ずる桂の寛厚(かんこう)さに、高杉は目笑(もくしょう)する。

 暗闇に映える程に(つや)やかな彼の長髪が正面を流れていったその時、扉に手を掛けた桂の動きが(おもむろ)に止まる。

 突然停止した桂に訝し気な視線を送る高杉とフォウ、すると何も言わずに前を向き続けていた桂の頭が、ゆっくりとこちらへと動いた。

 

「……なあ高杉、お前にも確認しておきたいことがあるのだが。」

 

 まっすぐに高杉を見つめる桂の、憂いを帯びた瞳がぶつかる。いつになく真剣な桂に少し驚きながらも、高杉は黙って耳を傾けた。

 

「先程の、銀時のことなのだがな…………松陽先生が背中に傷を負った時の、あの話をした際の奴の態度と反応を見る限りで、俺は思ったのだ……………今俺達と共にいるあの銀時はきっと、いいや確実に、『あの男』のことを知らないのではないのか、と………。」

 

 眉間に皺を寄せた桂の顔色が、徐々に青ざめていく。言い知れぬ不安に(さいな)まれながらも、彼は続けた。

 

「高杉、以前お前にも『松陽先生(せんせい)』に関する記憶がどこまで存在するのか、確かめたことがあったな…………だが、あの銀時はどうだ?自身がサーヴァントとなっていることすら(ろく)に分かってもいない上に、『あの男』に関わる記憶の一切も持っている様子は無かった…………ならば俺達は、今まで誰と話をしていたのだ?俺達や先生の前で銀時の姿をしている、あれは一体誰だというのだ……っ⁉」

 

 居間に響き渡る、震えを伴った荒げる声。それから何度か大きく呼吸を繰り返していた桂であったが、自身を見据えている高杉の冷然とした眼差しを受けて我に返り、「すまん……」と小声で謝罪をする。

 桂の取り乱し具合を心配してか、フォウは高杉の腕から軽やかに飛び降りると、小さな歩幅で桂の元へと歩いていく。

 

「フォウ、フォウーゥ?」

 

「フォウ殿………すまない、静かにしろと言った俺が大声を出してしまったな。」

 

 桂は膝を屈め、フォウへと両の手を伸ばす。その指の先を鼻で軽く(つつ)いたかと思うと、くるりと旋回したフォウは反対側へと走り去り、僅かに開いた襖から寝室へと潜っていってしまった。

 

「……ふふ、ふふふ。全くフォウ殿はつれない。だが短い時間ながら貴重なデレを見せてもらった………お陰で少し元気が出たぞ、ありがとうフォウ殿。」

 

「あ、そう………まあ何だ。お前が幸せなら、とりあえずそれでいいんじゃねえの?」

 

 頭を拭っていたタオルを首元へ下げ、高杉は屈んだまま歓喜に震える友の背中に呆れながらも言葉を投げる。

 

「なあヅラよ、銀時(やろう)が『あの記憶』を持っていようがいまいが、俺はあいつを本物の坂田銀時だと信じている。この世界(えど)で奴と相見(あいまみ)えたあの時、先生を護らんと振るっていたアイツの太刀筋は、少しも鈍っちゃいなかったからな………こうやって一々言葉にせずとも、お前だって本心じゃあそう思ってンだろ?」

 

「うぐっ、ま、まあ一応はな…………すまない高杉、俺としたことが、不甲斐ない姿を晒してしまった。」

 

「まあ何だ。銀時(アイツ)を含め他の奴等も同様、俺達とは違って藤丸に召喚された身だ。あくまで俺の推測だが、連中は召喚の際に何らかの異変を起こして、そのせいで記憶が欠落してるのかもしれねえ。まあ、そう決定づけるにはまだ情報が全然足りゃしねえんだがな。」

 

「そう、だな………そういった考え方もあるか、ふむ。」

 

 高杉の言葉に何度も頷きながら、桂は足に力を入れて立ち上がる。だがその時、ガクンと崩れた膝から体はバランスを失った。

 

「ぅわ……っ!」

 

 咄嗟の事に反応出来ない桂、そんな彼を受け止めたのは、瞬時に伸ばされた高杉の手であった。

 

「すまん、助かった……。」

 

「いいからさっさと風呂入って寝ろ、そろそろ魔力が切れそうなんだろ。」

 

「!………ハッ、やはり貴様にはバレていたようだな。」

 

「てめえ、ここに来てから夜間はずっとこの周囲に結界張ってンだろ……?まあ、銀時や藤丸達はそんなこと、未だに気付いちゃいねぇようだが。」

 

「……念の為というか、こうでもせんと先生や皆を守れているか心配でならんのだ………だが今日は出歩いたせいか、いつもより疲れが酷い。貴様の言うように、早く風呂を済ませて寝るとしよう……。」

 

 高杉の腕を離れ、風呂場へと桂は歩き出す。時折振らめく後ろ姿を見送りながら、高杉は深く息を()いた。

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 

  ごぽ、ごぽり。

 

 

 粘度を持った毒々しい色の液体が、空気の泡を吐き出す。

 

 底が見えない程に濁りきったそれが収められているのは、床の下に埋没された巨大な(かめ)の中。常人であれば呼吸さえ不可能な程の濃い瘴気(しょうき)が湧き出すそこを中心として、広範囲に展開されている魔法陣が淡く光を放ち、闇に包まれた空間の中を不気味に照らしている。

 まるで、獲物が飛び込んでくるのを待ちわびている食虫植物を思わせる大きな(かめ)口の前に、(からす)面の男は立っていた。

 

「………………。」

 

 男は一言も発さず、息を吐き出す音すら静寂に溶け込ませ、泡立つ液体の表面を只眺めている。目元までを覆った仮面の、僅かな隙間から覗くその眼には、一切の感情が宿っていなかった。

 

「やっほ~、お仕事お疲れ様~。」

 

 突として静けさを切り裂いたのは、その場に似つかわしくない鬯明(ちょうめい)な声。

 石像のように直立していた男の顔が、ここで初めて動く。頭をもたげ、ゆっくりと動いた眼球が向けられた先には、黒い外套を纏った男が二人、五米ほどの距離の先に立っていた。

 

「それにしても、こんな陰気なとこで仕事だなんて『アサシン』君も大変だねぇ。俺なんて息するだけでも気分悪くなっちゃうよ。」

 

 中性的な顔に笑顔を湛え、珊瑚色の髪を三つ編みに結わえた青年は、明るい調子の声で『暗殺者(アサシン)』と呼んだ烏面の男に話しかけ続ける。そんな彼の背後に立つ無精髭の男は、口元を手で覆い軽く咳き込む素振りを見せていた。

 

「ゲホッ………おい『団長』よぉ、無駄話はいいからさっさと用件を済ましてくんねえか。こんなトコの空気なんか吸ってたら、肺がイカれちまいそうだぜ。」

 

「え~そう?あ……じゃなかった、『ランサー』って意外と軟弱なんだね。折角サーヴァントになれたってのに何そのザマ?もういっぺん座の登録からやり直す?」

 

「ノンストップで辛辣な暴言のマシンガンかましてんじゃねーよっ‼まさかアレか⁉8話で頭に不意打ちチョップかまそうとしたことまだ根に持っちゃってたりすゲホッゲホヴェェッ‼」

 

 声を荒げたことにより瘴気交じりの空気を余計に吸ってしまい、あ……もとい、槍兵(ランサー)と呼ばれたその男性は激しく咳き込む。

 そんなやり取りを見つめる氷の眼差しに気付き、青年は再びアサシンへと向き直った。

 

「ああゴメンごめん、君への用事はこっちなんだ。はい。」

 

 青年は笑顔を貼りつけたまま、利き手で引き()っていたものを彼の足元へと乱雑に投げる。

 ドサッ、と布地が床に擦れる音と共に上がる、僅かな呻き声。アサシンの興味の対象が、青年から『それ』へと移っていった。

 

「う………あぁ……。」

 

 だらりと力なく垂れた四肢はあちこちに痣が見られ、恐らく関節を外されているのだろう。まるで芋虫の様に腹這う傷だらけの男は、あの御徒士組(おかちぐみ)風の(なり)をしていた。

 男は全身を襲う激痛に耐えながら、重い頭を何とか持ち上げる。(うつ)ろな目の映す先が徐々に上へと登っていった時、彼の顔は一瞬にして青ざめた。

 

「あ、ああ…………うわああああああぁぁぁっ‼」

 

 怯えきった男の悲鳴が、広い空間内の(よど)んだ空気を震わせる。怖気(おぞけ)と戦慄に支配された男の姿を、アサシンは相も変わらず無言のまま見下ろし続ける。

 

「そいつがさっき、他の奴等と一緒に『あの人』を見限ってここから出ようって話をしてるのをたまたま聞いちゃってさ。『あの人』の耳に入ると余計面倒なことになりかねないし、だからバレる前にさっさと片付けちゃおうかなって。あとどうせ殺すんなら有効的に使ってからのほうがいいかなってさ。ねえランサー?」

 

「よ~く言うぜ、真っ先に二人も(ほふ)ったのはてめえのほうじゃねえか。しかもどっちの中身(ワタ)も潰しやがって、あれじゃ使いモンにならねえだろ。」

 

「も~、悪かったって言ってるじゃん。このクラスのせいか、サーヴァントになってから力の加減が余計に上手くいかない時があるんだよ。だから最後の一人は綺麗に()ってもらおうって、彼の(とこ)に来たんだからさ………それに、こうして『元の上司』に殺してもらったほうが、コイツも嬉しいんじゃないかな?」

 

 青年が爪先で軽く小突くと、吃驚(きっきょう)した男の(からだ)が大きく跳ねる。水を求める魚のように開いた口をぱくぱくとさせていた男であったが、やがてそこから絞り出されたのは悲鳴に近い戦慄(わななき)声であった。

 

「もっ………申し訳ございませんっ‼もう二度と、金輪際っ、このような真似は致しません‼ですから────」

 

 瞼を閉じ、またすぐに開く。ほんの、ほんの一瞬の間であった。一秒にも満たない時間の間で、アサシンは男のすぐ正面へと音も無く移動していたのだ。

 ひっ、と短く声を上げる男の髪を鷲掴み、アサシンはしゃがんだ自身と彼の目線を合わせる。仮面の向こうから覗く無機質な二つの目に、男の体の震えはますます強くなった。

 

「あ、あああああああああ‼嫌だ、嫌だ嫌だっ‼裏切りなど二度と、二度と致しません‼何でもします!誰だって殺します!だからお願いです、どうか……どうか命だけは、────」

 

 

 お助けを。

 

 続けてそう紡ぐはずだった口から溢れた、真っ赤な泥水。

 

「───────あ?」

 

 鉄臭い、生臭い液体が、口元を伝い胸から生えた腕を汚して………あれ?どうしてこんなところから、腕が生えているのだろう?

 

 ぐちゃ、と生々しい濡れた音を立てて、腕がゆっくりと引き抜かれていく。そうか、この手は目の前にいるこの(ひと)のものだったのか。ああ早く、早く拭わないと。汚してしまったことでまた怒りを買ってしまう。申し訳ございません、只今拭いますのでどうか、どうかお許しください。頭りょ───

 

 

 ぶち、ぐちゃり

 

 

 生血を伴い、引き抜かれたアサシンの腕。その手に掴まれたものを確認する間もなく、男は恐怖に見開いた目を閉ざさぬまま、静かに絶命していた。

 

「お見事!いや~流石アサシンの名は伊達じゃないね、俺やランサーはそんなに手際よく済ませられないもの。」

 

「けっ、こんな履歴書にも書けねぇ特技(スキル)なんざ、俺ぁ別に欲しくねえやい…………っと、そうだった。おいアサシンよ、そっちの残りモンを片付けんのは少しばかり待ってくんねえか?」

 

 ランサーが指で示したのは、冷たくなり始めた男の亡骸。アサシンは何も言わないまま、じっと彼を見つめ続ける。

 

「え?どうしたのランサー、もしかして腹でも減った?」

 

「誰が魂喰いなんざ悪食な真似すっかよ、それにもう死んでんだろ………『お(かみ)』からの命令だ。何でもその骸を使っておっ始めたいことがあっから、魔物共の餌に回すのは一旦ストップだとよ。」

 

 ぼさぼさの頭を掻きながら、気怠げに連ねるランサーの言葉に対し理解する素振りも見せないアサシンであったが、やがて数秒の沈黙の後に彼は掴んでいた亡骸の髪を離し、重力に従って床に倒れていく男になぞ目もくれぬまま、立ち上がり(きびす)を返した。

 彼が向かったのは、未だ瘴気を吐き続けるあの(かめ)の口。僅かに泡立つ表面に向かって、アサシンは利き手に握っていたものを放り投げる。

 ぼちゃん、と小規模の飛沫を散らし、『それ』は汚泥の中へと沈んでいく。やがて表面から『それ』の姿が完全に消えていくまで、アサシンは静かに見つめ続けていた。

 

「……にしてもコレ、本当鮮やかな()り方だよねー。失血も最小で済んでるし、何より一撃で(えぐ)り取ってる。」

 

 青年の声に反応し、アサシンは甕口から顔を逸らす。既に硬直の始まった男の傍にしゃがんだ青年が、仰向けにひっくり返した骸を利き手の番傘の尖った先で無邪気に(つつ)いていた。

 

「やっぱりこれも、アサシンとしてのクラス性能(スキル)のお陰なのかな………ああでも、君はサーヴァントになる生前(まえ)から既に暗殺者(アサシン)だったんだもんね。それなら『(かつ)ての部下』をこうやって苦しませずに(ほふ)るのも造作ないか……………なあ、そうだろう?『元』天照院奈落の(からす)さ───」

 

 

 ヒュンッ、と風を切る音が、青年の声を遮った。

 丸く開いた空色の瞳に映るのは、前方に番傘を開いた状態でこちらに背を向けているランサーの姿。暫しの間流れた沈黙の後、ランサーは大きく溜め息を吐きながら傘を下げる。その向こうにいた筈のアサシンの姿は、もうどこにも見えなくなっていた。

 

「……こんの、すっとこどっこい‼野郎をわざと煽るなんざ、一体何考えてやがんだ⁉」

 

「あっはは~、やっぱり(かば)ってくれた。ありがとランサー。」

 

「あのなあ………ったく、その程度の礼で済ませていいコトじゃねえぞコレぁ。見ろよ俺の傘、穴が開いちまったじゃねえか。ト〇ロのカ〇タかっての。」

 

 ぶつぶつと文句を零すランサーの持つその傘の面には、彼が言った通りに数か所に(わた)って小さな穴が広がっている。それがあのアサシンによるものだと確信する青年は、ランサーに悟られぬよう目を細め、一人ほくそ笑んだ。

 

「それで?ランサー、俺達はこれから何をすればいいのかな?」

 

「え、もう話の流れ変えちゃうの?俺に対してじゃなくてもさ、何か言うことあるだろ?この傘とかさ。」

 

「ははは、ゴメンね。んで俺達はこれからどうすればいいの?二度も同じこと質問させるなよ。」

 

「このガキ、反省してんだかしてねえんだか…………まあいいや。さっき『お上』に呼ばれた時に言われたさ。いつもの仕事に加えて、魔力を豊富に蓄えてそうなヤツを見つけたら狩ってこい、だそうだ。」

 

「む~、相変わらず面白みのない命令だねぇ。大体魔力を蓄えてる奴なんて、どれもそう簡単に捕まえられない連中ばかりじゃないか。ちょうど良さげな『あの陰陽師』だって、常に周りをうろついてる邪魔な『犬共』のせいで近付けやしないだろ。」

 

「それなんだがなあ、団長………つい最近、手頃そうな獲物を見つけちまったんだよ。」

 

 口角を吊り上げ、ニタリと嗤うランサーのその言葉に、青年の関心は瞬時にそちらへと向けられる。

 

「へえ、それは気になるなぁ…………詳しく教えてよ?」

 

 小首を傾げるその仕草は、何も知らない他者からすれば愛らしさを感じるもの。だが、ランサーは既に気付いていた。薄く開いた瞳の奥に、飢えた獣の狂気が潜み隠れていることに。

 これ以上焦らすと危険だ。と察した賢いランサーは一呼吸間を置き、記憶を辿らせながらぽつりぽつりと語り始めた。

 

「ありゃあ、江戸にあのドでかい火柱が現れたのと同じ日だったな。お前さんにも話しただろ?逃げた小鳥を追ってたら、思わぬ妨害が入ったって…………そん時にいたんだよ。『俺達と同じ』連中の中に、一人だけ雰囲気の違う妙なガキが。」

 

「ねえランサー、もしかしてお前はその子が俺達と同じ存在……サーヴァントを操っていた、とでも言いたいの?」

 

「ああ、連中が逃げていく時にチラッとだが見えたからな。あのガキの手の甲にあった刺青みてぇなモンが………『お上』からの情報と合わせると間違いねえ、あいつはサーヴァントを使役することの出来る魔術師、『マスター』だ。」

 

 確証を得て片頬笑むランサー、彼の放った言葉に呆気に取られていた青年であったが、やがて開いたままでいた口元は弧を描き、その(おもて)に微笑を浮かべる。

 

「ふぅん……………マスター、か。」

 

 年下の団長(じょうし)が不意に零した、楽し気な呟き声。

 よし、聞かなかったことにしよう。そう思うことにしたランサーは、上機嫌に鼻唄を奏でる彼と目を合わせないよう、冷たくなった亡骸を持ち上げた。

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 

 モニターに表示されたデジタル時計が、午前四時に切り替わる。

 巨大な疑似地球の淡い光に照らされた、広いその部屋の一角で、くぅくぅと寝息を立てる一人の少女。そして彼女へと静かに近付いていく、一つの影。

 

 電源の入れられたままのモニターの横で机に突っ伏し、彼女………マシュは眼鏡も外さずに眠っている。目の下にはうっすら(くま)が浮いており、頬には既に乾いた涙の跡が、幾筋も刻まれている。そんな彼女の背中に、そっと毛布が掛けられる。

 彼女へと憐憫(れんびん)の眼差しを向け、優しい手つきで頬を撫でていたその時、プシュ、と自動扉の開閉音が後方から聞こえてきた。

 

「ダヴィンチ女史。彼女の様子はどうだ?」

 

 暗がりに溶け込んでしまいそうな程の漆黒のインバネスに身を包み、その男は管制室へと入ってくる。徐々に近付いてくる足音に、ダヴィンチ女史────レオナルド・ダ・ヴィンチはマシュから顔を上げた。

 

「やあホームズ、悪いがもう少し声を抑えてくれないかな?ついさっき寝付いたばかりなんだ。」

 

 口元に指を当て、ダヴィンチちゃんは静粛を促す。それに面食らった男、ホームズは素直に従い、床を踏む靴にかかる力をやや抑えた。

 その名は、誰もが耳にしたことがあるだろう………彼こそが、かの有名なコナン・ドイルの作品に欠かせない存在、名探偵を語る上で彼の名が上がらないことは無いと言われる存在───シャーロック・ホームズその人である。

 とある亜種特異点でマスター・藤丸立香と出会い、事件解決という名の修復を行った(のち)にこのカルデアへと身を置いている、裁定者(ルーラー)のサーヴァントだ。

 

「地の文での説明ご苦労。それで、藤丸(かれ)らの所在を突き止めるには至ったのかい?」

 

「残念ながら進歩なし、だ。彼らのレイシフトを行ってから既に二日も経過しているのに、未だ何も変わっちゃいない。まるで砂漠の中に落とした米粒を探してるようなモンだからね、職員も皆お手上げ状態さ…………マシュを除いて、だけどね。」

 

 マシュの頬から手を離し、ダヴィンチちゃんは規則的に寝息を立てるマシュを見下ろす。白に近い彼女の顔色が、優れない体調を露骨に表していた。

 

「……まさか、ミス・キリエライトはあれから一歩もそこを動いていないのか?」

 

 空いた口が塞がらないホームズに対し、ダヴィンチちゃんは無言で頷く。瞑目した彼女の瞼の裏で再生されるのは、もう二日も前の記憶。

 

 

 

 銀時達を送り届けるため、藤丸や他のサーヴァント達を入れた数名でレイシフトを行ったあの日。

 

 何ら問題は無い。いつものように彼らの到着を確認して、いつものように通信を行う………筈であった。

 

 

 

 管制室内に響く、異常を告げる警報音。赤く点滅する照明が、職員達やダヴィンチちゃん達の不安を一層(あお)った。

 

 

 

『先輩………先輩!立香先輩っ⁉こちらマシュです、応答してください‼先輩、先輩………‼どう、して…………何も聞こえない、何も見えない……………先輩、先輩っ、先輩っ‼』

 

 

 

 噪音(そうおん)に負けない程に響く、マシュの悲痛な声。一切の反応が返って来ないモニターと音声に向かい、職員達の制止を振り切りながらも、彼女は声が枯れるまでの間、藤丸を呼び続けていた────。

 

 

 

 

 

 

「……何かあったらすぐに対応出来るからって、必要時以外は一切ここを離れようとしないんだ。通信の復旧作業を行っている間も、ずっと泣いていたよ。」

 

 腫れた目元を見下ろすダヴィンチちゃんの表情(かお)には、自身への痛憤とどうしようもない慙愧(ざんき)が滲み表れていた。

 

「今思い返しても、浅はかな行動だったと思うよ。碌に調べもしない触媒を使って英霊の召喚をして、(あまつさ)えレイシフトまで行うだなんて………今回の件は私の責任だ。何としても彼らの居場所を突き止めないと、『(あいつ)』に申し訳が立たないからね。」

 

 モナ・リザの微笑が消えた彼女の顔に浮かぶ、強い決心と覚悟。その気迫にホームズは瞠目したものの、彼女の想いを感じ取った彼も、静かに片頬笑んだ。

 

 

 

 

 

  『 ピピッ 』

 

 

 

 

 

 突如鳴り響いた電子音に、その場の空気が一気に張り詰める。

 

 

 それはホームズも、ダヴィンチちゃんも聞き覚えのある、そして何よりも待ち望んだ、『外部』からの通信を知らせる音。

 

 

「!…………先輩っ‼」

 

 その音に即座に反応を見せたのは、机から飛び起きたマシュだった。素早く上体を起こした彼女は左右にホームズとダヴィンチちゃんがいることに驚きつつも、その意識は直ぐ様モニターへと向けられる。

 画面に浮かんだ受信を示す表示と、鳴り続ける電子音。キーを押そうと伸ばしたマシュの手は、様々な感情により僅かに震えていた。

 

「マシュ、大丈夫かい……?私が変わろうか?」

 

「……いいえ、大丈夫です。お気遣い頂きありがとうございます、ダヴィンチちゃん。」

 

 マシュは平静を取り戻そうと、口から大きく息を吸い、そして吐き出す。そうして決心した彼女は、こちら側からも通信を受けるためのキーを力強く押した。

 

 

 モニターに展開された、もう一つの画面。そこに映し出される姿を今か今かと待ち続けるマシュとダヴィンチちゃんの後方で、ホームズは自若として顔色一つ変えないまま、そのモニターを観察している。

 

 

 

 

 僅かなノイズを経て、漸く映像が映し出される───────刹那、歓喜に溢れて輝いていたマシュの顔が、驚愕へと変化した。

 

 

 

 

 

「────あの、『あなた』は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあさあ、お立ち会いお立ち会い。」

 

 

 

 

 

「糸の掛けられた傀儡達がこれより織り成すは、物語の『第二幕』。」

 

 

「江戸という舞台の上で演じられるのは、悲劇かはたまた喜劇であるか。」

 

 

 

 

(おれ)の手によって創り出されたこの箱庭(せかい)で、無様に……そして、滑稽に踊れ。愚かな演者達よ。」

 

 

 

 

 

 

 舞台照明のように煌々と地上を照らす月の下で、『鬼』はただ静かに─────嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

  《第一章・完》

 

 

 

 


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