Fate/Grand Order 白銀の刃   作:藤渚

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第二夜 影鬼
【陸】 赤い紅い、桜の下で(Ⅰ)


  

 

 

 

   『夜叉』

 

 

 

 そんな異称で世間から呼ばれ始めたのは、何時(いつ)の頃だったか。

 

 

 目の前に立ちはだかるモノ、それら(すべ)てを斬り伏せていく度に、穢れた色の血が(ほとばし)る。

 

 

 髪も、顔も、真白だった羽織にも、染み込んでいく濁った赤。それがあの憎い異邦者達だけのものだったかは、最早『彼』本人にも分からない。

 

 

 母国を取り戻す、そして師を取り返す。その一心で刃を振るい、戦い続けた『彼』を、天人を始め味方の志士達、そして守った力無き民までもが畏怖し、誰となしにこう呼んだ。

 

 

 

 

 

   『夜叉(バケモノ)

 

 

 

 

 

 

 『今一度問おう。お前は何の為に剣を取り、何の為に戦う?』

 

 

 

 

 『俺』が、おれが、戦う理由は────

 

 

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

「ふんふんふんっ、らったらら~♪」

 

「らったらった、ぴ~ひゃらら~♪」

 

「わんわんっ、わぉん。」

 

 上機嫌にスキップをしながら、アストルフォと神楽は先頭を進む。互いに手を繋ぎ、揃って軽快に跳ねる度に、三つ編みと髪飾りの紐、そして定春の尻尾も同時に揺れた。

 

「ふふっ、皆さんとても楽しそうですね。」

 

「おっ?それなら松陽も一緒にやるアル!」

 

「ほらほら、松陽さんもこっちこっち!」

 

「え?あっ、わわわ。」

 

 掴まれた両手を同時に引かれ、松陽は多少よろけながら数歩前に出ていく。スキップのやり方が分からず困惑する彼に合わせ、左右の二人が手を握ったままジャンプを促すと、何度も繰り返していくうちに、松陽の困り顔には自然な笑みが浮かび始める。楽し気な三人の姿を、道行く人々を始め後方を歩く藤丸達は微笑ましく眺めていた。

 

「それにしても、リーダーもアストルフォ君も随分とご機嫌だな。」

 

「だってだって、今日は楽しいお出かけアル!藤丸も銀ちゃんも松陽も一緒だヨ!なっ定春!」

 

「わんっ。」

 

「あ~あ、これでスギっちと段蔵ちゃんもいれば、皆でお出掛けだったのに。そこはちょっぴり残念だったかも。」

 

「仕方ないじゃない、黒猫は昨夜言ってた通り別にやることがあるみたいだし。まあそのお土産に甘~いスイーツを献上してくれるんだから、期待に胸を膨らませて彼を待つとするわ………そういえば、モンブランって葡萄(ぶどう)のソースと食べても中々美味しいのよね。あの美丈夫の果実蜜(ブラッディ・ソース)なら、最高のケーキがもっと素敵になりそう……ふふっ。」

 

 エリザベートが零した最後の呟きは聞かなかったことにするとして、つい先程アストルフォが言った一言に反応し、頭にフォウを乗せた銀時は数回辺りを見回した後、隣の藤丸と新八に尋ねる。

 

「なあ、そういや何で段蔵までいねえの?」

 

「フォーゥ?」

 

「んもう、しっかりしてくださいよ銀さん。さっきお登勢さんのお店の前で段蔵さんと別れたばかりじゃないですか。」

 

「え、嘘?俺知らないよそんなの。前回の投稿から今日までの間に、そんな描写(シーン)あったの?」

 

「まあ、読んでくれてる人達の目にもまだ触れられてないところだからね。というワケで、こっから回想シーン流しま~す。ほわんほわんほわんぐだぐだ~。」

 

 回想へと突入する効果音を口(ずさ)むと同時に、藤丸の頭から立ち昇る(もや)が広がっていく。まるでスクリーンのようにそこへと映し出されるものに、銀時を始め一同の視線は釘付けとなった。

 

「そのSE、口で言っちゃうんだ………つーかぐだぐだってのは何?」

 

「銀さん、今から一時間前の僕らのやり取りがここに流れるみたいですから、とりあえず黙って観ましょうか。」

 

「フォウフォウ。」

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「うわあぁ~っ!段蔵ちゃん、か~わいい~っ!」

 

 いっぱいに開いた瞳の中に星を輝かせ、アストルフォの上げた声がスナック内に響き渡る。四方から視点を変え、可愛いと連呼する彼に、段蔵は頬を赤らめていた。

 

「よく似合ってるじゃないかい、たまと一緒に仕立てた甲斐があったってもんだよ。」

 

「ええ、とても素敵です。段蔵さん。」

 

 満足げな笑みを浮かべるお登勢の隣で、たまもムフーと鼻を鳴らしている。そんな二人を一瞥してから、段蔵はもじもじと小声で問いかけてきた。

 

「えっと………如何(いかが)でしょう?皆様方。」

 

 彼女の今の服装は、普段の色々と際どい忍装束………ではなく、着物にフリルをあしらった和風のメイド服。結わえた紐を解き、髪を下ろした頭部には、メイドさんのトレードマークであるヘッドドレスが、縮緬(ちりめん)細工の飾りと共に乗っている。また清楚な白いエプロンの下には、小さな花模様のちりばめられた生地の着物となっており、膝丈までのスカートから覗く足を覆う黒のニーハイソックスが、可愛らしさと(あで)やかさをより強く表していた。

 

「ええ、メイド服……というのですか?とってもお綺麗ですよ、段蔵さん。」

 

「だ、段蔵さん……すすす、すっごく似合ってます!かか可愛いです……っ‼」

 

「落ち着けヨ童貞眼鏡、汗ヤバいぞ。いいな~私もそういうの着てみたいアル。」

 

「むむむ、アイドルのアタシを差し置いてメイドデビューだなんて………でも、悔しいけど似合ってる。あぁ~んっ羨ましい~っ!」

 

「わんわんっ。」

 

「フォーゥ、フォウッ。」

 

「なっ、やっぱ髪下ろしたほうがいいだろ?俺の思ってた通りだね、うん。」

 

「何を一人で納得しておるのだ、貴様は………しかし(まこと)に麗しい、こういった女性を八方美人というのであったか?」

 

「意味合いは似てるが、八面玲瓏(はちめんれいろう)と言ったほうが聞こえはいいがな………どうした藤丸?さっきから黙ったままだが、(マスター)として何か一言あるかい?」

 

 高杉に声を掛けられ、口を開けたまま呆けていた藤丸はハッと我に返る。そして改めて段蔵を目に映すと、はにかんだ笑みを浮かべながら染めた頬を掻いた。

 

「いやぁ、本当に可愛くてびっくりしたよ。カルデアにいる小太郎にも見せてあげたいな。」

 

「あっ、それなら写真撮ろうか!そういえば僕、カルデアから支給されたスマホ持ってきてたんだったよ。は~い段蔵ちゃん笑って~!」

 

 言うなり何処からか取り出したスマホを構え、段蔵の許しを得る前にシャッターを切りまくるアストルフォ。マナーをきっちり守る紳士なカメコさんは、きちんと相手の許可を得てから撮影しなきゃいけないぞ?

 

「ヘ~イカメラコッチコッチ、マニアニハ堪ラネェ猫耳メイドサンモイマスヨ?」

 

「それじゃあ、段蔵は今日一日お登勢さん達のお手伝いってことで。一人で任せちゃってごめんね?」

 

「いえ、こちらこそ申し訳ございませぬ、マスター。本来なれば段蔵はサーヴァントとして、貴方の身を守らねばならぬのですが……。」

 

「無視カ?オイ無視カテメーラ?」

 

「大丈夫大丈夫。皆いることだし、お登勢さん達にはお世話になってるからね。それに、段蔵もたまさんとゆっくりお話しできるいい機会だと思うよ?カラ友として、もっと仲良くなれるといいね。」

 

「マスター………ありがとう、ございます。」

 

 藤丸の気遣いに胸の奥がじんわりと熱くなり、段蔵は深く会釈する。そんな彼女の後方で無理矢理カメラに入り込んでくるキャサリンに対し、「も~退いてよ~!」とアストルフォが憤慨の声を上げていた。

 

「にしてもよーババア、何で今日に限って全員メイド服?たまとか段蔵なら目の保養として、お前とキャサリンが着ても似合わねえどころの話じゃねえじゃん?最早放送事故じゃん?こんなんもうモザイクかけないと、読んでる側にお見せ出来ないレベルのゲテモノじゃねえか。」

 

「ブッ殺されてぇのかクソ天パっ‼大体これ小説なんだから、モザイクなんてかけても意味ねえだろ…………スナックお登勢はな、今日からメイドっ()強化週間なんだよ。年中昼なんだか夜なんだか分かりゃしないこんな状態だからね、客足も思うように伸びやしない。他の店と同様に、こうして客を呼び込むためにウチでも色々と工夫を凝らすことにしてんだ。」

 

「客足を伸ばすっつったって、この状態じゃメイドの経営するバーじゃなくて、メイドのいる化け物屋敷が正解────」

 

 銀時が言い終える前に炸裂する、お登勢の見事な延髄蹴りが彼の頭部にヒットする。その際にごく一部の者達しか喜びを得られないであろう、お登勢のパンチラ描写(シーン)を不幸にも目撃してしまった新八と神楽そしてエリザベートは、直ぐ様店の隅に(うずくま)(えず)いていた。

 

「ヅラさんヅラさん、メイドっ娘強化週間て何だろ?」

 

「ヅラじゃない桂だ。それは恐らくアレだろう、あの、ええと………そう男の妄想、男の妄想に違いない。そうだろ高杉………ってあれ?」

 

 桂は自身の隣にいるであろう男に同意を求めそちらを向いたが、そこには空いた丸椅子があるのみ。続いてガラガラと扉の開く音の方へと首を向ければ、高杉が既に店を出ようとしているところを皆が目撃した。

 

「ンキュッ、フォーゥ?」

 

「……じゃあ、俺もそろそろ行ってくらぁ。」

 

 足元のフォウを撫でた後、取っ手へ掛けた手に力が込められようとしたその時、不意に松陽が慌てた様子で高杉を呼び止めた。

 

「あっ……晋助さん、お待ちください!」

 

 それに反応し、高杉だけでなくその場にいた皆の動きもぴたりと止まる。何事かと不思議そうにする一同の視線を受けながら、松陽は小走りで高杉の元へと駆け寄っていく。

 こちら側へと近付いてくる松陽をぱちくりさせた目で追う高杉、そんな彼の前で松陽が足を止めたと同時に、自身の両の手がふわりと温かいものに包まれる感覚がした。

 

「……いってらっしゃい。どうかくれぐれも、怪我などなさいませぬよう。」

 

 優しく握られた手から伝わる、心地良い温もり。そして身を案じる言葉と共に向けられた微笑みに、高杉は瞠目する。

 今眼前にいるこの(ひと)は、過去の事など一切覚えていないと言った。それでも……それでも、こうして気に掛けてくれる彼の優しさは、幼かったあの頃と変わらない。

 込み上げる感情を零さないよう、右の眼を何度も(まばた)かせる。そうしてから松陽と視線を合わせた高杉は、仄かに浮かべた笑みを彼へと向けた。

 

「………貴方(アンタ)こそ、この間みてぇな無茶やらかして、またガキ共を泣かすんじゃねえぞ。」

 

「はい、承知しております!」

 

「ならいいんだが………それじゃ、また後でな。」

 

 名残惜しげに手を解き、高杉は身を(ひるがえ)す。その際、彼の深碧(しんぺき)の瞳がこちらへと向けられていることに、銀時と桂は気が付く。

 

「………松陽(せんせい)に何かあったら、その時は────分かってるだろうな?」

 

 両者共、彼との距離は割と離れているというのに、囁くようなその声は不思議と耳に届いてくる。

 霊核を射貫かんばかりの殺気を孕んだ眼光に、二人の背筋に冷たい汗が流れ落ちていった。

 

「いってらっしゃいスギっち!気をつけてね~っ!」

 

「スギっち、モンブラン忘れないでヨ!」

 

 元気よく手を振るアストルフォと神楽に、高杉は背中を向けたままで小さく手を振り返す。唐草模様の黒い羽織は、閉めた扉の向こうへと姿を消した。

 

「にしても、高杉さんって昨日から一人でどこに行ってるんだろう?銀さん知ってる?」

 

「さぁな。今は違うかもしんねえけど、アイツ一応過激派テロリスト組織の親玉だし、裏の社会に通じてるルートか何かあるんじゃねえの?なあヅラ、お前詳しいコト知ってんじゃねーか?」

 

「ヅラじゃない桂だ。まあ、何処に行って何をしているのかは大方の予想はついているが……だが今は松陽先生もいる、高杉(ヤツ)とて以前のように無謀な真似まではするまい。」

 

 桂は細めた目で、高杉の消えていった扉を見つめ続けている。その眼差しから感じられる慈しみにも似た感情(おもい)を、藤丸は何となくであるが感じ取っていた。

 

「さてさて、私達も店の仕事があるからね。アンタらもさっさと出とくれ。」

 

 お登勢が手を叩きながら急かすと、皆ぞろぞろと一様に扉へと向かっていく。

 

「それじゃ段蔵、お登勢さん達の手伝い頑張ってね~。」

 

「はい、マスターもお気をつけて………それでは皆様、至らぬ点は多々ございますが、どうぞよろしくお願い致します。」

 

「オウオウ、新人ダカラッテ容赦ハシネーゾ。マズハスグソコノ自販機デ煙草買ッテコイヤ。」

 

「何早速パシリから仕込もうとしてんだテメーは。たま、アンタが色々と教えてやんな。」

 

「分かりました。では早速、もしもセクハラにあった時の対処法から簡潔に。段蔵さん、もしも痴漢行為やセクハラ発言などを受けた場合、まず一に鳩尾(みぞおち)、二に目潰し、三四を面倒なので飛ばして五に滅殺です。これだけ覚えておけばあらゆる痴漢から己を守ることが出来ます。いいですね?」

 

 たまにより並べられた物騒なワードに対して「受諾致しました」と答える段蔵の声を背中で聞きながら、大丈夫かな?と不安になりつつも、藤丸は振り返ることなくスナックの扉へと手を掛け、そのまま横にスライドさせたのであった。

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「………あれ?」

 

 回想が終わったと同時に顔を上げ、藤丸はせわしなく辺りを見回す。

 

「どうしたのよ?仔犬。」

 

「いや………皆はさ、気付かない?」

 

 藤丸の言葉に、一同は咄嗟に首を動かし、周囲の状況を確認する。そして彼の訴える異変に気が付いた松陽は、呟くように零した。

 

「そう言えば………先程からどなたも、いらっしゃいませんね。」

 

 藤丸達がいるのは、あの巨大な天守に向かって続く広い道。しかし、彼らが目的地へと近付いていく度に人の数は減り、いつしか道を歩いているのは自分達しかいなくなっていたのであった。

 

「わうぅ………?」

 

「本当だ~、皆どこにいっちゃったんだろ?」

 

「……いいや、これは『いなくなった』のではない。もしやこれは、俺達が向かうこの先に、人々が『近付いていない』のではないだろうか?」

 

 歩を進めながら桂がそう呟いたその時、ひらり、と彼の視界の端に小さな何かが映る。それを目で追いかけようとするが、続けてひらひらと舞い散る『それ』に目を奪われる。

 

「これ………花弁(はなびら)、ですよね?」

 

 掌の上に乗った小さなそれを見つめ、新八が呟く。

 咄嗟に顔を上げた藤丸は、飛び込んできた光景に唖然とした。

 

「これって………。」

 

 

 

 

 

 風が吹く度に、連なる木々の枝に咲いた花が、闇の中で仄かに紅い花弁を散らす。

 

 宙を舞った小さな花弁の大半は堀の水面へと落ち、赤い絨毯(じゅうたん)となって表面を覆い尽くしている。

 

 

 

 そんな幻想的な光景の向こう………高く(そび)え立つ塀と木々に囲まれるようにして、その天守閣は建っていた。

 

 

 

 漆黒の城壁に、朱塗りの屋根瓦。そして所々に施された、鋭利な装飾………夜陰に溶け込むことなく、天高く伸びたその城に誰もが率直に抱いた感想は同じであった。

 

 

 

 

「何だ、この城は………まるで鬼そのものではないか。」

 

 

 桂の呟きに、藤丸も心中で頷く。同時にそこで浮かんだのは、昨日高杉が報告として述べた内容の一部であった。

 

 

 

『しかし俺が話を聞いた連中は、皆口を揃えてこう言っていた────あの城には、人食いの『鬼』が()んでいる。ってな。』

 

 

 

 鬼が()まう城……というよりは、あの城そのものが人を喰らう鬼のようにも感じられて仕方がない。

 異様な不気味さ、そして上手く言い表せない怖気(おぞけ)に鳥肌が立っていたその時、隣にいた銀時が声を上げた。

 

「松陽……っ‼」

 

 それに反応し隣を見れば、しゃがみ込んだ松陽が自身の腕を抱え、身体を戦慄(わなな)かせていた。限界まで見開いた目で一点を見つめたまま怯えるその姿は、昨日見た彼の様子と酷似している。

 荒く呼吸を繰り返す松陽を心配し、皆が彼と銀時の元へ駆け寄ってくる中、桂が身を乗り出してきた。

 

「松陽殿、落ち着いて………そう、ゆっくりと息を吸って。」

 

 背中を(さす)る桂の手が、淡く光を放っている。恐らく気分を鎮静させる魔術でも施しているのだろうと藤丸が予測した通り、過呼吸寸前だった松陽が少しずつ落ち着きを取り戻してきた。

 

「松陽、大丈夫アルか……?」

 

「くぅーん……?」

 

 彼に合わせて屈みこみ、心配する神楽と定春。そんな二人に松陽は額に汗を伝わせたまま、微笑みを返した。

 

「ええ、もう平気です………早速ご心配をおかけしてしまい、すみませんでした。」

 

「いいって別に………なあ松陽、もし何だったらここに定春置いてくからよ。俺らが来るまで待っててもいいんだぜ?」

 

 松陽を助け起こしながら、銀時が尋ねる。すると松陽は首を横へと振り、彼を真っ直ぐに見つめて口を開いた。

 

「いいえ、私も行かせてください………まだ予感ではあるのですが、きっとここに私の記憶に関する何かがあるような気がするんです。」

 

「………そっか。わぁったよ、でもあんまり無理はすんな?また辛かったりしたら、俺かヅラに言うんだぞ?」

 

 銀時に念押しされると、松陽は「はいっ!」と力強く返答をする。大分良くなった彼の様子に銀時と桂が安堵の息を漏らす一方で、天守を見上げていたアストルフォが小さく唸っていた。

 

「んー………ここからじゃよく分かんないか。よしっ。」

 

 アストルフォは数歩前へと進むと、藤丸達が集う辺りからやや離れたところで指笛を吹く。甲高い音が静寂に響き渡ったその数秒後、藤丸達の真上を影が通った。

 

「はいこっち~!よしよ~し!」

 

 羽音を響かせ、発した鳴き声で空気を震わせたそれはアストルフォの前に着地する。大鷲の頭と獅子の前半身、そして馬の後半身を持つその生き物に、銀時と新八は空いた口が塞がらない。

 

「あ、アストルフォきゅん…………何それ?」

 

「そっか、銀ちゃんもパチ君もまだ合わせたことなかったっけ。紹介するね、この子は僕の相棒にして宝具の一つ、『この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)』だよ!」

 

 アストルフォの紹介を受け、よろしく~と言っているかのようにヒポグリフは甲高い声で鳴く。その大きさと声量に皆が思わず(おのの)く中、一人目を輝かせている者がいた。

 

「おおぉ……こ、これは、何と素晴らしき羽毛(モフモフ)………!ヒポ殿、(よろ)しければ一度だけ、俺に触らせてはくれないだろうか……っ⁉」

 

 息を荒げ、こちらににじり寄ってくる桂にアストルフォも苦笑するしかない。あと少しでその手が羽毛(モフモフ)に到達しようとしていたその時、不意に桂の視界が更なる闇に覆われた。

 

「あっ、駄目だよヒポグリフ~!ペッしなさい!」

 

 くぐもったアストルフォの声が聞こえた刹那、身体が大きく浮き上がり、そのまま左右に乱暴に振り回される。ここで桂は漸く自身の頭がヒポグリフによって(くわ)えられ、更にはそのまま激しくぶん回されていることを確信した。

 

「アッハッハッハ!ヒポ殿ったらお戯れを~!」

 

 ここまでされても尚、ヒポグリフがじゃれついているのだと勝手に思い込んでいる桂のタフネス精神に、藤丸は呆れると同時に心の中で敬意を払った。

 

「それで、アンタはその子を()び出してどうするつもりなのよ?」

 

「あ~うん、とりあえずヒポグリフに乗ってさ、上からこのお城を調べてみようかと思って。そうだ、一緒に乗りたい人挙手して~!」

 

 アストルフォか言うや否や、「はいは~いっ!」と元気よく手を上げた神楽の横で、控えめに挙手をする新八の姿も確認出来た。

 

「うんうん、それじゃ神楽ちゃんとパチ君に決定~!」

 

「ップハァ!あ、アストルフォ殿………俺も挙手をしたのだが………⁉」

 

「ごめんねヅラ君、ヒポグリフ(この子)がここまで嫌がってると、乗せた時に振り落としかねないからさ………今回は我慢して?ね?」

 

 可愛らしいウインクまでつけられ、桂はそれ以上は何も言えなくなってしまう。唾液(まみ)れになってとぼとぼと歩いてくる桂に、松陽はそっとハンカチを手渡した。

 

「小太郎さん、どうぞお使いになってください……。」

 

「ううぅ………松陽先生ェェェっ‼」

 

 ヒポグリフに振られ傷を負った心に優しさが()み込み、愛しき恩師にハグを求めようと両手を広げて向かって来る桂。そんな彼を受け入れたのは温かな松陽の温もりではなく、横から突き出された銀時の勢いを伴った蹴りであった。

 

「はぐぉっ⁉」

 

 錐揉(きりも)み回転をしながら大きく吹っ飛んでいった桂は柵を越え、漸く止まったのは花弁の積もる堀の上。そのまま重力に従った彼の体は下へと引っ張られていき、ドボンッ!と大きな音と花弁の飛沫を散らして絨毯の中へと沈んでいった。

 

「ったく、んなベッタベタの体で松陽にくっつこうとしてんじゃねぇよ。そこで綺麗に洗い流してくるんだな。」

 

 鼻で大きく息を吐く銀時に、一同苦笑いを浮かべるしかない。堀に落ちた桂も無事水面から顔を出してこちらに泳いできていることだし、とりあえず進めようか。

 

「それじゃ、アタシも上から探索してみましょうか。多少なら飛ぶことも出来るし。」

 

「えっ、エリちゃんも飛べるの?」

 

「そうよ、眼鏡ワンコ………ふふん、アンタ達にもアタシの天使の翼、特別に見せてあげるわ。覚悟なさい!」

 

 得意げに鼻を鳴らし、嗤笑するエリザベート。すると彼女が両の手を大きく広げたと同時に、その小さな背中から巨大な翼が現れた。大きく広げたそれは天使というより(ドラゴン)のものであり、禍々しさの中にもどこか美しさのある印象を他者に与えていた。

 

「おおぉ……っ⁉トカゲ娘、何それ⁉」

 

「エリちゃん、ごっさカッケーアル!」

 

「むっふふ~、そうでしょそうでしょ?あ、でも幾ら素敵だからって無断の撮影はNGよ?そういうことは事務所を通してからにしてちょうだい。」

 

 彼女の念を押した注意に、既にスマホを構えていたアストルフォは「え~Tmitter(ツミッター)に上げたかったのに~!」と不満の声を上げる。そんな彼らの様子を苦笑しながら眺めていた時、藤丸の目の前を何かが通過し、足元に落ちた。

 

「あれ?これって………。」

 

 拾い上げたソレは、花柄(かへい)ごと落ちた花であった。よくよく観察すると、藤丸はあることに気が付く。

 

「………これ、『桜』だ。」

 

 花弁の色で、すっかり梅だと勘違いしていたのだが、花弁の形や全体の構図が明らかに梅とは異なっている…………しかし、ここでまた新たな疑問が浮かび上がる。

 彼のよく知る桜の花とは、明らかに花の色が異なるのだ。確かに形は桜であれど、今こうして風を受けて舞うこの花弁は、記憶にある桜のものより遥かに赤みが強い。色でいえば………そう、(くれない)に近い。

 それにここに来る前、お登勢の店のカレンダーで時期を確認したところ、今の江戸の季節は初夏辺り。なれば桜は()うに花を散らせ、新芽が萌える頃合いも過ぎているのではないだろうか……?

 様々な疑問が泉のように沸き上がり、混乱する頭を傾げたその時、不意に藤丸の視界に『何か』が映り込んだ。

 

「え……っ?」

 

 目を凝らしてみれば、それは桜の木々の間に立つ影………人の影だった。暗闇の中でその姿は確認出来ないものの、それは明らかに木のものとは異なっている。

 呆然とその影を見つめていたその時、穏やかだった風が突如突風へとその勢いを変化させた。

 

「うわっ────った!痛でででっ!」

 

 砂埃が舞い、風に舞い散る花弁と共に藤丸へと吹き荒れる。異物が目に入った藤丸は、痛みに思わず目を(つむ)ってしまう。

 

「ったくも~、何なんだよ………。」

 

 生憎とハンカチなどは持ち合わせておらず、服の裾で目元を擦る。そうしていると漸く異物(ごみ)が取れ、痛みも和らいできたのを確信してから、藤丸は目を開いた。

 

「凄い風だったね、皆大丈──────」

 

 

 

 

 

 言い掛けた藤丸の言葉は、再び吹いた風によって掻き消される。

 

 

 再び目に映した景色────だが、何かが違う。

 

 

 

 

「え…………ここ、何処?」

 

 

 

 

 立ち並んだ幾本もの桜の木は、藤丸が今しがたまで見ていたもの………しかし今彼の目に映っているそれらは、全て堀の『内側』に根を張っていたのだ。

 状況が理解出来ず、藤丸は辺りを見回す。天守と同じ、黒い壁に囲まれた広い場所。遅れて気が付いたが、桂が銀時に落とされたあの堀も無い。そして何より…………自身の数十メートルすぐ先に、あの奇怪な天守閣が建っているではないか。

 

「ここって、もしかして…………城の敷地の中?あれ?でも、何で………?」

 

 ぐるぐると、頭の中が渦を形成しだす。自分は今しがたまで、確かに皆と堀の外側にいた。そしてこれから調査を開始しようとしていたところであり、まだ一歩も動いては────

 

「………銀さん?アストルフォ、エリちゃん?」

 

 ここで漸く、藤丸が今一人しかいない事に気が付く。仲間どころか、辺りに人の気配が全くしない現状に、藤丸の顔色はみるみるうちに青ざめていった。

 

「新八君!神楽ちゃん!松陽さん!ヅラさ、桂さんっ!定春君っフォウ君!」

 

 力いっぱい声を張り上げ、皆の名を呼び続ける。だが返ってくる音は声ではなく、風に揺れる桜のささめきだけ。

 

「………皆、一体どこ行っちゃったんだろう………。」

 

 肩を落とし、沈んだ声で一人呟く藤丸………そんな時だった、何者かが落胆する彼の肩を掴んだのは。

 

「!………何だ、皆そこに────」

 

 少し痛いと感じたものの、漸く見つけられた自分以外の存在に安堵し、藤丸は明るい調子の声と共に振り向いた。

 

 

 

『キキ、キキキキ………!』

 

 

 

 汚れた茶色のこびりつく、黄ばんだ歯の並んだ口許が、ゆっくりと弧を描いていく。

 複数体並んだ魔物───その内の一体、元興寺(がごぜ)の鋭い爪の伸びた手が、藤丸の肩をしっかりと鷲掴んでい────

 

「ギャアアァァァァッス‼」

 

 驚愕より早く防衛反応が働き、即座に手を振り払った利き手で元興寺の目球を勢いをつけて突く。

 まさか振り向きざまに目潰しを喰らうとは向こうも思ってはいなかったようで、「ギエェェァァァァッ‼」と濁った声を上げて翻筋斗(もんどり)打っている。そんな元興寺になど振り向きもせず、藤丸はその場から駆け出した。

 

「うえぇっ、やっぱハンカチ用意しとけばよかった………!」

 

 まだほんのり生温かさが残る指を不快に思いつつ、藤丸は足を止めぬまま首だけ動かして後方を確認する。

 藤丸が一撃を喰らわせたあの元興寺は、まだ地に倒れ伏している。しかし、後ろに控えていた他の元興寺と魍魎(もうりょう)達が、こちらに向かって走り出してきていたのだ。

 

「はあっ、はあ⋯⋯っ!早く、皆を見つけないと……!!」

 

 息を切らしながら、とにかく走り続ける藤丸。そんな時、ふと彼が目をやった先に、長柄の槍が壁に立て掛けてあるのを発見した。

 武器が無いよりはマシだ。咄嗟に藤丸はそちらへと駆け出し、寸でのところまで迫ってくる魔物達に魔力の弾丸を数発お見舞いした(のち)、漸くその場所へと到達することが出来た。

 槍を掴み、両の手に構えてから穂先を魔物達へと向ける。正面には魔物が数体、状況で言えば壁際に追い込まれた形なのだが、背後にまで気を回さなくていいだけ精神的にはマシだった。

 

『ギギギ、ギギギガガガ………!』

 

 爪を、牙を、手にした武器をこちらに向ける魔物達の放つ殺気は、明らかに自分へと向けられている。服の下に鳥肌が立つほどに、藤丸自身もそれは感じ取っていた。

 

「(倒そうだなんて、考えるだけ無駄なことだ……とにかく、これ以上接近されないようにしないと。)」

 

 正面の魔物達から決して目を離さず、しっかりと槍を構えている藤丸であったが、彼はまともに武器を扱った試しなど、数えるほどしか………否、皆が思っている回数よりそれ以下であろう。今まで様々な危機に立ち会ったことがあっても、それらを乗り切れたのは自分の傍らに常に英霊(サーヴァント)達がいたため。武の心得も(ろく)に持ち合わせていない今の藤丸など、魔物達からしてみれば少し面倒臭いだけの恰好の獲物。藤丸の抵抗など所詮、茄子の(へた)についている小さな(とげ)程度にしか思っていないだろう。

 

「(………情けないな。いかに自分が今まで英霊達(みんな)に頼りっぱなしだったかが、痛い程に思い知らされる。)」

 

 息を()きながら、藤丸は自分自身を(せせ)ら笑う─────そんな一瞬の気の緩みでさえ、戦いの場では命取りとなる。痺れを切らした一体の元興寺が、手にした棍棒を振り(かざ)して跳躍してきたのだ。

 

 

「うわ⋯⋯っ!!」

 

 藤丸は咄嗟に、槍を前へと突き出す。しかしその穂先をいとも容易く回避した元興寺は、槍に向かって棍棒を振り下ろした。

 バキバキッ、と木が折れる音と共に、掴んでいた手に衝撃が走る。折られた槍を手放し尻餅をつき、得物を失い無防備となった藤丸に、一斉に飛び掛かる魔物達。

 

「あっ────」

 

 

 

 駄目だ、ここで殺される。

 

 

 目を背けても避けられない眼前の現実に、一気に恐怖が込み上げてくる。

 

 

 

 駄目だ、駄目だ、まだ死ねない。死ぬわけにはいかない。

 

 

 やらなくちゃいけないことがある。果たさなくちゃならないことが、まだあるんだ。

 

 

 駄目だ、死にたくない。駄目だ、嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 

 

 

 

 

「─────まだ、死にたくない。」

 

 

 

 口を次いで出たのは、叫びでも命乞いでもなく、素直な自身の想い。

 

 

 見開いた瞳が映したのは、こちらへと振り下ろされる武器や爪の数々。

 

 

 

 そして、

 

 

 

 

 

「───ちょっとちょっと、何勝手なコトしてくれてるんだよ。」

 

 

 

 

 目の前に降り立った、一人の青年の後ろ姿。

 

 

 

「─────へ?」

 

 

「ギ───ゴア、ァ⁉」

 

 突如現れた青年の存在に困惑する間も無く、棍棒を振り回していた元興寺の顔に拳がめり込む。骨の砕ける音と共に元興寺は大きく吹き飛び、他の魔物達を巻き込んで大きく吹き飛んだ。

 やがてその躰は壁へとぶち当たり、僅かに痙攣(けいれん)を繰り返した後に動きを停止し、その身を(ちり)へと変えていった。

 

「キキ……ッ、キイイイィィィッ‼」

 

 乱入者に憤る者、恐怖に駆られ逃げ出す者、それら全てを無慈悲に()ぎ倒す青年の姿を、藤丸は只呆然と眺めていることしか出来なかった。

 

 異国のデザインをした藍墨茶の服に、紅色の花弁がよく映えている。透き通るような白い肌も、三つ編みに結わえた珊瑚(さんご)色の髪も、そして時折楽し気な光を湛える(あま)色の瞳でさえ、惨たらしい殺戮を行っているにも関わらず、彼の姿は美しいとさえ感じられた。

 

「そーぉれ、っと。」

 

 最後の一体となった魍魎を、青年は宙高く放り投げる。そして利き手に持っていた(すみれ)色の傘の先端を標的へと向けると、そこから一発の弾丸を放つ。見事に弾が命中した魍魎は息絶え、他の魔物と同様に塵となって消えた。

 

「ふ~、終わり終わり~。」

 

 血飛沫の残るその場に相応しくない、のんびりとした声で青年が言う。背伸びをし、数回肩を鳴らした後、不意に彼がこちらへと振り向いた。

 

「さてと……ねえ君、大丈夫?」

 

 スキップをするかのような軽い足取りで近付いてくる青年に、ぽかんと空いた口が塞がらないでいる。今しがたまであの魔物達を軽くあしらっていた姿とは、まるで別人のようだった。

 

「あ、あの………!」

 

 漸く絞り出した声は、情けなくも震えている。藤丸と目線を合わせるようにしゃがんだ青年は、中性的な(おもて)に笑みを浮かべ、「ん?」と小首を傾げていた。

 

「た、助けてくれて………ありがとう、ございました……。」

 

 情けないやら、恥ずかしいやらで、顔を上げることすら躊躇(ためら)ってしまう。そんな彼に青年は一瞬だけ目をぱちくりさせた後、またすぐに浮かべた笑顔を藤丸へと向けて言った。

 

「それじゃ、行こっか。」

 

「はい………へ?何処に?」

 

「だって君、迷子なんでしょ?だから俺が案内してあげるよ、君の仲間がいるところまでさ。」

 

 ほら立って~、と両手を引っ張られ、藤丸は訳も分からないまま起立する。ズボンについた砂埃を払いながら、藤丸は目の前にいる命の恩人に対し、怪訝な視線を送っていた。

 

「(………この人、何で俺が銀さん達とはぐれたことを知ってるんだろう?)」

 

 今しがたの記憶を掘り返しても、そのような事を口にした覚えは一切無い。ならばどうして……と眉を(ひそ)めていたその時、「ねえ」と青年が声を掛けてきた。

 

「うぇい⁉な、何でせう……⁉」

 

「あはは、そんなに怯えることないのに………率直に尋ねるよ。君さ、マスターだよね?」

 

 にこにこと笑みを湛え、青年が指した先は藤丸の右手の甲。砂と擦り傷に汚れた刻印を軽く擦りながら、藤丸は頷く。

 

「それじゃ、君のことはマスター君って呼ばせてもらうよ。だから君も、俺のことクラス名で呼んでね?いい?」

 

「クラス名って…………それじゃ君、やっぱり………!」

 

 先程の勇姿から予感はしていたものの、改めて告げられるとやはり驚きも大きい。

 唐突に吹いた風と桜吹雪を受けながら、青年はもう一度微笑んだ。

 

 

 

 

 

「俺はサーヴァント、召喚されたクラスの名は『バーサーカー』………真名(なまえ)はまだ教えてあげられないけど、これからよろしくね?マスター君♪」

 

 

 

 

《続く》

 

 

 

 


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