Fate/Grand Order 白銀の刃   作:藤渚

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【陸】 赤い紅い、桜の下で(Ⅱ)

 

 

 まるで細雪(ささめゆき)のように、降り止むことのない紅色の花弁(はなびら)

 所々に設置された照明の灯りを受け、先を行く青年……バーサーカーの後方を、藤丸は黙々と歩いていた。開いた番傘をくるくると回し、時折上機嫌に奏でられるバーサーカーの鼻唄を聞きながら、藤丸は先程浮かんだ疑問を再び思い返す。

 

「(………この英霊(ひと)、一体何者なんだろう?)」

 

 先程目の前で、いとも容易く魔物達を鏖殺(おうさつ)したあの姿から、彼が自らそう名乗ったように、クラスはバーサーカーで間違いはないのだろう。引き裂いた魔物から浴びた返り血を頬に付着させ、花を摘むように軽い手付きで(くび)り殺すバーサーカーの(おもて)に浮かんだ媚笑を思い出し、藤丸の背筋が再び寒くなる。

 それに、何故か彼は藤丸(じぶん)が仲間達とはぐれたことを既に周知していた。ここが何処であるのかも把握出来ないままで、彼に言われるがままについていってはいるものの、果たしてこのまま身を任せていいのだろうか…………そんな内容を思索していたその時、不意にバーサーカーが足を止め、その場に立ち止まる。

 マズい、訝しんていたのがバレてしまったかと狼狽しかけたその時、バーサーカーがぽつりと呟いた。

 

「…………いた。」

 

「え、何?どうしたの……?」

 

 恐る恐る、藤丸が横から尋ねてみる。するとバーサーカーは(おもむろ)にしゃがみこみ、唇を尖らせたままもう一度繰り返す。

 

「お腹、空いちゃった。」

 

「…………へ?」

 

 お腹が空いた、(すなわ)ち魔力を消耗したことによる疲弊であることを、藤丸は瞬時に理解する。まあ、そりゃあれだけ派手に戦えば、サーヴァントでなくとも体力は減るし、お腹だって空くかもしれない。

 本来であれば、一刻も早く銀時達の所へ戻りたい藤丸ではあるが、彼の空腹(ハングリー)の原因は自分を救ってくれたことにもあるため、そこのところの責任はちゃんと感じている。何か持っていなかったかな~と、ポケットに手を突っ込み中を漁る。おっと早速手応えが……何だ飴の包み紙か。ええっとこれは何だろう、あっ片っぽだけ無かった靴下がこんなところに。そんな具合に探っていたその時、指の先が何かに当たる感覚がした。

 

「おっ?コレは確か……。」

 

 摘んで引きずり出したその物体を確認し、藤丸は相好を崩す。そしてバーサーカーへと向き直ると、中空を見つめている彼の前にそれを差し出した。

 

「はい、よかったら食べる?」

 

 藤丸が渡したのは、昨夜桂の出した問い掛けに正解した報酬として貰った、例の『んまい棒』。お馴染みのグレーがかったドラ〇もん似のあのキャラクターではなく、エリザベスの絵が描かれたパッケージの駄菓子に、バーサーカーは丸く開いた目で凝視する。

 

「………くれるの?俺に?」

 

 きょとんとした様子で問いかけてくるバーサーカーに頷きを返すと、彼の表情は瞬く間に華やぎ、瞳には星の如く輝きが宿る。ぴょこんと逆立った毛、所謂(いわゆる)アホ毛がまるでご機嫌な犬の尻尾のように何度も跳ね、愉快に揺れていた。

 

「ヅラさ……えっと、君と同じサーヴァントの人から貰ったんだけど、凄いんだよコレ。一本食べるだけで魔力が全回復出来ちゃう、正に一本満足ってえええええぇっ⁉」

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ目を離した間に、んまい棒は藤丸の手の中で袋だけとなっていた。

 続いてバリッボリッと乾いたものを頬張る音に(おもて)を上げると、眼前のバーサーカーの頬がぱんっぱんに物を詰め込んだハムスターのように膨らみ、僅かに開いた隙間から(くだん)の音を立てている光景に驚愕し、藤丸は(おのの)き声を上げる。

 

「ふんふん、ふぁかふぁかほいひーねほふぇ。」

 

 数回の咀嚼(そしゃく)(のち)に飲み下すと、バーサーカーは硬直する藤丸へと向き、にっこりと解顔する。

 

「本当だ、すっごく元気が湧いてきた気がするよ。まあ食べる量としては全然物足りないけど。でもありがと~マスター君。」

 

「あ、あはは………お気に召したなら、もう一本あげるよ。」

 

「え、いいのかい?それじゃお言葉に甘えて。」

 

 藤丸が新たに差し出したんまい棒を受け取り、早速開封………しようとしたバーサーカーの手が不意にぴたりと止まる。不思議そうにその様子を見る藤丸の視線の先で、バーサーカーは暫く考える素振りをした後、んまい棒を服の中へと仕舞い込んだ。

 

「あれ?食べないの?」

 

「ん~………今は()めとく。せっかく君から貰ったものだし、いざって時まで取って置かせてもらうね。」

 

 そう言って立ち上がり、顔を綻ばせたバーサーカーの微笑には、先刻までの妖しさは欠片も感じられない。改めてよくよく見れば、身長や外見などは自分とほぼ変わらない。何となく親近感を抱いた藤丸は、再び歩き出したバーサーカーの隣へと並んだ。

 

「そういえば、魔力切れを起こすってことは、バーサーカーにはマスターはいないの?」

 

「うん、契約を交わしてる相手(マスター)は今のところいないかな。まあ一応野良サーヴァントなんだけど、仕えてる上司的な人はもういるから。」

 

「そっか。もしよかったら俺達と一緒に、とも思ったけど………それなら仕方ないよね。」

 

「…………マスターか、それもいいなぁ。」

 

 ぼそりと呟いた声は囁きに等しく、言葉として藤丸の耳に届いてはいなかった模様。「えっ、何?」と聞き返してくる藤丸にバーサーカーは戯笑を浮かべ、「な~んでもないっ」と舌を出した。

 

「あっ、そうだ。まだ名前も言ってなかったっけ……俺は藤丸立香、改めてよろしく。バーサーカー。」

 

「藤丸………ふぅん、面白い名前だね。それに立香なんて、字だけ見たら女の子と間違えそうかも。」

 

「うっ、早速痛いところを………そうなんだ、小学校の時とか同級生にからかわれたりしてさ……。」

 

「あははっ。でもせっかくだけど、君のことはマスター君で覚えちゃってるからなぁ。まあでも、気が向いたら名前で呼んであげるよ。それでもいいよね?」

 

 屈託の無い笑顔から滲み出る威圧感にも似た何かに、藤丸はたじろぎながら頷くしかない。それと同時に、あぁやっぱこの人只者じゃないわ~怖いわ~、と改めて痛感する藤丸であった。

 引き()った顔で片頬笑む藤丸を、ぱっちりとした瞳に映すバーサーカー。そんな二人の間を、桜の花弁を舞い散らせながら風が通り抜けた。

 

「そ、それにしてもさ、この桜って凄いよね。今の時期に咲いてること自体も珍しいけど、こんなに色が赤い花なんて、俺初めて見たよ。」

 

 広げた掌に落ちた一枚を摘み、藤丸は素直に思ったことを言葉にする。するとそんな時、バーサーカーがぼそりと呟いた。

 

「………マスター君、知らないんだ?ここの桜に関する噂のこと。」

 

 不意に落とされた声色に、一瞬だけ背筋に寒いモノが伝う。強張った顔のままバーサーカーを見つめ続ける藤丸に、彼はそのまま淡々と続ける。

 

「それじゃあ、何も知らない君に教えてあげるよ。この桜の木はね……………人間の血肉を取り込んで、花を咲かせてるらしいんだ。」

 

「………は?」

 

 バーサーカーが何を言っているのかが、すぐに理解することが出来なかった。唖然とする藤丸の横で、変わらぬ表情のままバーサーカーは歩き続ける。

 

「この日本(くに)でも、昔から言われてるんだろ?『桜の木の下には死体が埋まってる』んだって。(ここ)の地面の下にもね、たくさんの人間の亡骸が埋没してるらしいよ…………そうして長い間に(わた)って人の血と肉を吸いあげて、やがてその味を覚えた桜は自らも獲物を襲い喰らうようになった。この城の近辺で神隠しが多発するのは、消えた奴等が皆桜に喰われてしまったから………知らないだろうから教えてあげる。この城はね、『鬼ヶ城』なんて異名でも知れ渡ってるのさ。只でさえ鬼が()んでるなんて俗言に加えて今の噂だから、今じゃ鬼ヶ城(ここ)には誰一人近付いてきやしないんだ。よっぽどの物好きか、(ある)いは命知らずを除いて、さ………。」

 

 細められたバーサーカーの瞳が、妖し気に光を湛える。彼の(すみれ)色の傘に落ちる花弁が、先程の話からまるで(したた)り落ちる血を連想させ、驚怖した藤丸の顔は青ざめ、全身に鳥肌が立つ。

 暫しの間、流れる沈黙。木々が風に揺られる音だけが響く中、それを破ったのはバーサーカーの吹き出した笑い声であった。

 

「ゴメンごめん、何もそんなに怖がらなくても………まあ、俺も他人(ひと)から(つて)に聞いただけだし、あくまで噂は噂、他愛もない与太話として流してくれて構わないよ。」

 

 また元の人懐っこい笑顔と態度へと変わるバーサーカーに、藤丸は空いた口が塞がらない。何事もなかったかのようにすたすたと歩みを進め、バーサーカーが目の前を通過していくタイミングで漸く我に返り、藤丸は慌ててその背中を追った。

 

「それで、そんな噂が世間に流れてるにも関わらず、マスター君達はこんな所で何をしていたんだい?」

 

「あ、うん………実はこの城、鬼ヶ城のことを調査しておこうと思って。」

 

「ふーん、どうして?」

 

「えっと………今更になると思うけど、君もこの江戸(くに)の異変には気付いてるだろ?いつまで経っても夜が明けなかったり、それにさっきみたいな魔物がうろちょろしてたり…………まあ俺にとっては、街中に宇宙人がいたり空をあんなデカい宇宙船(ふね)が飛んでたりするのも不思議でならないけど。」

 

「そうだねぇ、俺もこっちの世界に来たのはつい最近のことなんだけど、魔物はともかく太陽が出ないってことには驚いたかな。まあでも、俺としてはそっちのほうが好都合だけどさ。」

 

「え、何で?」

 

「実はね、お日様の光が苦手なんだぁ。だから俺『達』は日除けのために、こうして常に傘を持ち歩いてるんだけど………こんな風に夜が続いてくれるなら、一々気をつけなくていいから気持ちが楽でいいんだけどね~。」

 

 バーサーカーは両手を広げ、その場でくるくると回ってみせる。傘に乗っていた花弁がそれに合わせて舞い踊り、まるで紅い斑雪(はだれ)のように彼の頭頂から降り注いだ。そんな姿を見ていた藤丸の中に、幾つか生じる疑問の数々。

 

「(俺『達』……?それに日の光が苦手って、どこかで同じことを聞いたような………。)」

 

 眉間に皺を寄せ、藤丸は思考を巡らせる。そして改めてバーサーカーの容姿に着目した時、新たに浮かび始める疑義。

 

「(………あれ?そう言えばこの人、よくよく見れば誰かに似てる気が───)」

 

「マスター君、マスター君ってば。」

 

 幾度も呼ぶ声に漸く顔を上げれば、鼻がつきそうな程の間隔にあるバーサーカーの顔。「距離感っ‼」と叫んで勢いよく後方に下がると、その反応にバーサーカーはくすくすと小さく笑う。

 

「どうしたの?難しい顔なんてしちゃって、疲れた?」

 

「あ~、ええっと………そんなとこ。」

 

「そう、でももう少しだけ歩くから、それまでの辛抱だよ。」

 

 頑張って、と一言の後に背中を軽く叩かれ、藤丸はまた足を動かす。そこから先程の続きから、二人の会話は再開される。

 

「で、君は鬼ヶ城(ここ)を調べたりなんかしてどうするんだい?只の好奇心、なんてことはないよね?」

 

「好奇心だけでこんなおっかない所には行かないよ………詳しいこと話すと長くなるし、ぶっちゃけ文字数もページも喰うから、出来ればかくかくしかじかで済ませたいところだけど、変なとこでは手抜きにしたくないっていうか、とりあえず簡潔に………笑わないでよバーサーカー君?実は俺、いや俺達は、ここじゃない別の場所から、次元を跳躍してやってきたんだ。」

 

「あっはは、あんまり面白くないかな。」

 

「わーんっ!それはそれで地味に傷つくリアクション‼」

 

「ごめんねマスター君、俺嘘()くの得意じゃないからさ。それで、君達はどうしてこんなところまでやってきたの?」

 

「ううう、君の素直さが俺の(ハート)を容赦なく傷つける………ええとどこまで話したか。そうそう、目的は俺のとこに召喚された数人のサーヴァントを送り届けることだったんだけど、到着したこの世界がさっき言った具合におかしくなっちゃってるし、それにこっちで出会ったとある人が、どうやら記憶を失くしてるらしいんだ。それで俺達は異変の解決とその人の記憶を戻す手掛かりを探すために、こうやってあちこち足を運んだりして情報を集めてたんだけど────」

 

「成程ねぇ、そうしてる最中に君はこうやって迷子になってしまった、というわけか。」

 

 痛い一撃を突かれ、うっと藤丸は声を洩らす。バーサーカーは俯きがちになった藤丸の顔を覗き込む体勢を取りながら、緩く弧を描く口許を開いた。

 

「……ねえマスター君、この世界を元通りにしようなんて大それたこと、本当に出来るって思ってるのかい?」

 

「え……っ?」

 

 バーサーカーの問い掛けとその意図が理解出来ず、藤丸の足は無意識にそこで止まる。怪訝な顔を向ける藤丸と距離を取り、開いた傘の向こうでバーサーカーはどこか楽し気に続けた。

 

「君が今までどれ程の世界と出会い、どれ程の英霊達と絆を結び、どれ程の事を成し遂げてきたのかなんて、俺には知らないし分からない。でもさぁ考えてごらんよ、何故此処が変わり果てたのか、そもそも原因はなんなのか、はたまた何者かの手による仕業なのか。まだ情報が不足しているにせよ、こんな大掛かりなことを起こしている奴がもしも、気配を殺して君達の背後にいつの間にか忍び寄っているとしたら。そして一瞬でも生まれた隙に、喉笛を掻っ切ろうとしているとすれば………そんな可能性だってゼロじゃない、ここでば充分に有り得るかもしれない。そういった事も視野に含めて、君は考えてはいるのかなぁ……?そんな夢見がちで自信に溢れた、何も知らない君に一つだけ、俺から忠告をさせてもらうよ。」

 

 

 閉じられた傘の向こうから、不敵に微笑むバーサーカーの姿が現れる。一歩、一歩とこちらへ近寄ってくる彼の眼は、まるで雪氷(せつひょう)の如く鋭い冷たさを孕んでいるかのようであった。

 

 突如変貌した態度と視線に気圧(けお)され、息を吞む藤丸の正面にてバーサーカーの足は止まる。硬直する彼の眼前に突き付けられたのは、(せせ)ら笑うバーサーカーの人差し指。

 

 

 

「………己の命すら、誰かに護ってもらわないといけない君じゃあ、この世界は何も変えられっこない……………そう、『今のままの君』じゃあね。」

 

 

 

 ザァ…ッ、と吹いた微風(そよかぜ)が、枝や照明を僅かに揺らす。

 舞い落ちる紅の花弁と共に、風に(そよ)ぐバーサーカーの結わえた髪、そして(うす)ら明かりに照らされた彼の、(あで)やかさを感じさせる程の微笑。

 

 

 幽暗に溶け込むことなく映えるそれらに、藤丸は一切の言葉を失い、ただ魅入っていることしか出来なかった。

 

 

 

「………はい、もうこの辺りでいいかな?」

 

 バーサーカーの声に我に返ると、そこは何処か見覚えのあるような場所。辺りを見回してから正面に向き直ると、バーサーカーはまた先刻のように、にこにこと笑っている。

 

「あ、ありかとう…………えっと、でも誰もいないみたいだけど?」

 

「平気平気、すぐに帰れると思うから。」

 

「そんなどうやって───────うわっ⁉」

 

 不意に吹き荒れる疾風に、巻き起こる花嵐と砂埃。思わず目を閉じた藤丸の聴覚が捉えたのは、遠くに聞こえるバーサーカーの声。

 

 

「また会えたら………いや、君とはまた必ず会えると思うよ。だって俺が………いに行くもの。だから……まで……んじゃ駄目だよ………だってマスター君は、俺が………すんだから。」

 

 

 風音に掻き消され、所々が聞こえない。

 

 徐々に強くなる風に何とか踏ん張りながら、うっすらと開いた藤丸が意識を失う前に見たのは、背筋が寒くなる程に綺麗なバーサーカーの笑顔であった。

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「マ~……ス~……タぁぁぁっ!」

 

 意識が覚醒したと同時に、バッチィンッ‼と乾いた音に続いて凄まじい衝撃が左の頬を襲う。

 「ふべらっ⁉」と驚愕と激痛に声を上げた藤丸の首が、ゴキリと嫌な音を立てた。

 

「マスター……?マスター!ああよかった、気がついたんだね!」

 

 泣き出しそうな声の主を確認するため、強引に首を動かして向きを戻す。ごきごきと何度も鳴らしながら漸く正面を向くと、そこには涙目になったアストルフォを始め、座り込んだ自分を囲むようにして皆が集まっていた。

 

「あ、あれ……?ここって………バーサーカーは?」

 

「はいヨ~、バーサーカーの神楽ちゃんアル。」

 

「あ~いやいや、神楽ちゃんはバーサーカーだけど、違くて別の………あれぇ?」

 

 額に手を当て、必死に思い出そうと脳みそをフル回転させようとする藤丸。しかしそんな時、不意にふわりと温かな感覚が彼を包み込んだ。

 

「藤丸君………よかったぁ、本当に……!」

 

 温もりと優しい匂いに満ち溢れた、松陽の腕の中。混乱しかけていた藤丸の頭は少しずつ落ち着きを取り戻していき、深呼吸の後にゆっくりと辺りを見渡せば、左右の目は覚えのある景色をしっかりと映し出していた。

 

「ったく、心配させやがってよぉ………なあ藤丸、お前一体何処行ってたんだ?」

 

「フォウ、フォウ!」

 

「何処って………銀さん達こそ、途中でいなくなったじゃないか。」

 

 ぶーと頬を膨らせる藤丸に対し、銀時は二の句が継げないといった様子で目を(みは)り、そして大きく溜息を零す。

 

「何言ってんだ、いきなり姿消したのはお前のほうだろ。ったく、小一時間もかけて探し回ったら、こんなとこで居眠りしてやがるなんてよ。」

 

「まあまあ銀さん、藤丸君も無事見つかったことですし、いいじゃないですか。」

 

「そーヨ、結果オーライアル!」

 

「わんっ!」

 

 新八と神楽に(なだ)められる銀時の発した言葉に、藤丸は目を丸くする。松陽が離れてから、まだぼやける頭を動かして皆の顔を確認していくと、エリザベートとその隣にいる桂(髪がまだややしっとりとしている)と目が合う。

 

「エリちゃん、桂さん………銀さんが今言ったこと、本当?」

 

「ええ、そうよ。私達全員があの悪魔みたいなお城に目を取られてたほんの一瞬の間に、仔犬(アンタ)は姿を消したの………というか、消えた本人が覚えてないってどういうこと?」

 

「ふむ………まるで神隠しのようだな。藤丸君、今俺達と会う前に何かあったか、僅かでも覚えていることは無いか?」

 

「覚えてることって………あっ。」

 

 心当たりを一つ思い出し、藤丸はポケットの中を漁り出した。お菓子の殻やら鼻をかんだちり紙やらを避け、漸く見つけた目標……んまい棒を掴み、引き摺り出す。

 

「(………やっぱり、一本しかない。)」

 

 昆捕駄呪(コーンポタージュ)のみとなった駄菓子に目を落とし、先程の出来事は夢ではなかったことを藤丸は確信する。無言のまま押し黙ってしまった藤丸に皆が困惑する中、「ねえっ」と声を発したのはアストルフォであった。

 

「マスター、やっぱりこのお城変だよ。さっき皆で君を探してた時、僕はパチ君と神楽ちゃんを乗せて、ヒポグリフからお城の全容を見下ろしたんだ。そしたら………。」

 

 焦りからか、何度も(ども)ってしまうアストルフォ。やがて大きく深呼吸をし、新八と神楽と目を合わせた後、気を取り直して藤丸へと向き直った。

 

「僕達はしっかりとこの目で見たんだ…………ここには、このお城には、門が一つも存在しないんだよ。」

 

「門が無い、だと………馬鹿な!ではこの城に居る者達は、どのようにして出入りを行っているというのだ⁉」

 

 声を荒げて驚愕する桂とは対照的に、銀時は顔色一つ変えることは無い。鼻の穴に小指を突っ込んだままの彼を尻目にし、アストルフォは尚も続ける。

 

「それとさ、もしかしてマスターはお城の中にいるんじゃないかと思って、ヒポグリフと一緒に塀の向こうに飛び込んだんだ。けど…………二人とも、あの時のこと覚えてるよね?」

 

「おうヨ!ばっちりアル!」

 

「僕もしっかり覚えてるよ………でも、どうしてあんなコトに………?」

 

「何だよおめぇら、勿体つけてねえで早く教えろって。」

 

 やや苛立ちを見せながら銀時が言うと、三人はそれぞれ互いに顔を揃えた後に頷き合い、代表として再びアストルフォが口を開いた。

 

「僕達はあの時、確かに城壁を越えて中に入り込んだ。降下していく景色も、風を切った感覚も、間違いなく覚えてる…………でも、地面に着地する感覚は得られなかった。何度同じように試みても、僕達が顔を上げた時に広がってたのは、突入する数秒前と同じ景色だったんだから………。」

 

「えっと、つまりそれってこういう事?アンタ達は確実に城内への侵入に成功した筈なのに、気が付いた時にはいつの間にか外に放り出されてた、って言いたいのかしら……?」

 

 エリザベートが要約すると、三人は揃って大きく頷く。それらの話に耳を凝らしていた桂は、一つの推測を挙げた。

 

「ふむ………やはりこの城には、結界の(たぐい)が施されているようだな。恐らく城門が存在しないのも、侵入者を拒むためのものだろう。」

 

「んなどうしようも無ェこと並べたって仕方ねーだろ、ヅラ君よぉ~どうにかなんねぇのコレ?こういう時のためのキャスターじゃねえの?」

 

「ヅラじゃない桂だっ!何度も同じことを言わせるな、本来の俺は魔術師などではないのだぞ!そんな無茶振りを言われても、俺とて手の施しようが────」

 

 今まさに言い合いを繰り広げている銀時と桂。二人を止めようとする藤丸達に、自分も加わらねばと狼狽(うろた)える松陽。彼らの元へと一歩を踏み出した、その時だった。

 

 

 

「───────っ⁉」

 

 

 突として、全身を貫くように駆け巡る、凄まじい程の悪寒。

 

 

「…………え?」

 

 震えが、止まない。続いて痛いと肌で感じる程に降り注ぐ、何者かの視線。

 それが何処からのものかを探せば、顔の向く方角は自然と上へと昇っていく。

 

 

 やがて松陽が見上げた先には…………桜の木々の向こう、(そび)え立つ禍々しい天守閣の、とある一角。

 

 

 

 

 最上階に当たる天守の廻縁(まわりえん)に、『それ』はいた。

 

 

 

「────────っ⁉」

 

 

 

 地上からの距離では、肉眼での認識など不可能に等しい。

 

 だが、松陽には分かってしまった…………闇黒の中にぎらつく二つの赤い眼が、今こちらを見下ろしているのを。

 

 

 

「っ………ぁ………‼」

 

 

 

 声が出ない。水を失い酸素を求める魚のように、ただ口はぱくぱくと動くだけ。

 

 

 

 戦慄し動けないでいる松陽へと、『それ』はゆっくりと焦点を合わせていく。

 

 

 恐怖に染まった琥珀と、狂気を孕んだ緋色が重なったその時────

 

 

 

 

 

 

 『(それ)』は、嗤った。

 

 

 

 

 

 

  どさっ、

 

 

 質量を持ったものが地面へと倒れる音に反応し、喧騒は一時中断する。

 音の方へと集中した意識がその正体を捉えた刹那、驚愕するよりも早く銀時が駆け出し、叫んだ。

 

 

「松陽っ‼」

 

 

 銀時の声に皆もハッと我に返り、彼に続いて倒れた松陽の元へと向かう。

 地に伏した松陽に触れた時、銀時は愕然とする………冷たい。着物越しでも異常な体温と分かるほどに、松陽の身体はまるで氷のように冷たくなっていた。

 

「フォッ⁉フォウフォウッ!」

 

「松陽、松陽⁉どうしたアルか⁉松陽っ⁉」

 

 フォウと神楽がいくら呼びかけても、松陽はそれに応えない。身体はこれだけ冷えきっているにも関わらず、苦悶の表情で荒く呼吸を繰り返す彼の額からは、(おびただ)しい汗が吹き出ている。

 

「やだ……ちょっと、どうしちゃったのよ⁉」

 

「松陽さんっ、ねえ起きてよ⁉松陽さん‼」

 

「わんっ!わんわんっ!」

 

 誰もが松陽の名を呼び、身を案じるそんな中、ふと藤丸はその中に桂の声が無いことに気が付く。見れば、彼は強張った表情で松陽─────正しくは、羽織の崩れかかった松陽の背中を凝視している。限界まで見開かれた目が見つめる先を認識した時、藤丸は驚愕する。

 

「銀さん………背中、松陽さんの………‼」

 

 震える声で紡いだ藤丸の言葉に、銀時は直ぐ様松陽の背中を確認する。

 そこにあったものを(まなこ)に映した時、銀時………否、彼だけでない。松陽を除いた誰もが、目を疑った。

 

「な、んだよ………これ……⁉」

 

 絞り出すようにして、銀時は呟く………彼に抱かれた松陽の背中が、淡く光を放っていたのだ。

 どこかで見た覚えのあるその光は厚い生地を突き抜け、暗闇の中で仄かに輝いている。しかしそれが示す形を目にした時、皆一瞬だけ言葉を失った。

 

「こ……これって、桂さん達が見たって言ったあの………‼」

 

 

 震駭(しんがい)する新八に続き、あまりのことに銀時も叫び出したかった─────背中(そこ)にあったのは、一昨日の夜に桂が筆で示したままの、鬼を模したような刻印。

 

 

 隣を見れば、アストルフォもまた驚きを隠せないでいる。そう、彼だって松陽の背中には何も無かったのをしっかりと目視し、それを昨夜皆の前で話したばかりであった。

 にも関わらず、何故、どうしてこのタイミングで………何一つ理解出来ない現状に誰もが酷く混乱していたその時、松陽が苦し気に小さく唸った。

 

「っ………とにかく、このままボサッとしてるわけにもいかねえだろ!早くババアんとこ戻るぞ‼」

 

 松陽を抱きかかえ銀時が立ち上がると、皆も一斉に我に返り行動を取る。誰もがこの場所は危険だと察知し、元来た方角へと駆け出した。

 

「う………っ……。」

 

 身を震わせ、腕の中で喘ぎ続ける松陽の姿に、銀時は歯を食いしばる。一刻も早く身を休ませてやりたいところではあるが、自分達が先程の地点に辿り着くまでに所要した時間は約一時(いっとき)程。徒歩であったとはいえ、お登勢達のいるスナックまでは余程の距離もある。

 そんな銀時の焦燥を察してか、彼のすぐ横を走っていた新八が張り上げた声で言ってきた。

 

「銀さん、お登勢さんの所よりも近い場所、僕知ってます!」

 

「!……本当か、新八⁉」

 

「もうこうなったら、四の五の言ってる場合じゃありません!行きましょう!」

 

 眼鏡越しの奥に灯る力強い瞳に、銀時は頷く。それを確認した新八は先頭へ躍り出ると、「こっちです!」と皆を先導する役を買って出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あーあ、連中行っちまうぞ。本当にいいのか?」

 

 桜の木の上から小さくなっていく背中を気怠げに見送り、ランサーは大きく欠伸をする。彼のすぐ傍らにある太い枝に腰掛けているのは、あのバーサーカーの青年であった。

 

「いいんだよ、別に急ぐことでもないんだし。」

 

「さいですかぃ………にしても『団長』、アンタ一体何がしてェんだ?折角例のマスターの小僧を連中と引き剥がして城に入れたってのに、殺すどころか助けた上に送り届けちまうなんてよ。」

 

「ふふっ……あのね、あ……ランサー、実は俺面白い事を考えたんだ。」

 

「へいへい、俺にとっちゃ面倒事でしかない団長サマのご提案、是非ともお聞かせ願おうか。」

 

「そっか~そんなに知りたいなら教えてあげるよ…………あのマスター君の事なんだけどさ。」

 

「あぁハイハイ、何でしょうね?」

 

(しばら)くは殺さないで、様子を見守ろうと思ってるんだ。」

 

「へーそう……………はああァァァァァァッ⁉」

 

 あまりに唐突な発言に、酷く驚愕するランサー。その拍子にバランスを崩し、愉快な動きで体勢を戻そうとする彼を、バーサーカーは助けるどころか腹を抱えて笑っていた。

 

「あっはは!何今の動き、面白かったからもう一回やって?」

 

「誰がやるかってんだ‼つーか何頓珍漢(とんちんかん)なこと言い出すんだよこのすっとこどっこい!23話で俺らが『お(かみ)』に命令されたこと忘れたのか⁉ええ⁉」

 

「失礼だなぁ、ちゃんと覚えてるに決まってるだろ。あ……ランサーと違ってそこまで脳の細胞は老化してないよ。」

 

「サーヴァントに老化も何も関係無ェだろ。あとさっきからちょくちょく真名バラしそうになるのやめてくんない?勘の良いヤツは既に気付いちゃいるだろうが、まだ本編(こっち)じゃ伏せてることになってんだからさ。」

 

 愚痴を零すあ……じゃなかったゴメン。ランサーを尻目にし、バーサーカーは再び視線を堀の方へと向ける。

 先頭を駆けていく者達の姿が既に見えなくなっている中、バーサーカーが見つめているのはただ一点─────懸命に皆の後を追う、白い服の背中。

 

「ランサー、俺が好物を最後に取っておいておくタイプっていうのは、お前もよく知ってることだよね?」

 

 (やぶ)から棒に何を言い出すんだ、とランサーが彼を見れば、バーサーカーは返答を待たずしてそのまま語り続ける。

 

 

「俺さ、彼のことが気に入ったんだ。確かに弱いままの今なら、一捻りで簡単に殺せちゃう。けど、そんなのつまらないだろ?だからマスター君が俺の満足するくらいに強くなってくれるまで、保留することに決めたんだ…………焚き付けはしておいた。あとはどんな風に力をつけていってくれるか、今から楽しみでならないよ。」

 

 

 

 ザァッ、と吹いた風が、彼らのいる木をも揺らす。

 

 紅色の花吹雪の向こうで、バーサーカーはさも楽しそうに顔を綻ばせる。

 

 花弁の積もった堀を見下ろす彼の眼に、淡く宿った狂気の光。

 

 

 

 

 

「また会えたら………いや、君とはまた必ず会えると思うよ。だって俺が君に会いに行くもの。だからそれまで、絶対に死んじゃ駄目だよ………だってマスター君は、俺が殺すんだから。」

 

 

 

 

 

 

《続く》

 


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