Fate/Grand Order 白銀の刃   作:藤渚

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【捌】 再会そして、契約(Ⅰ)

 

 

「………到着いたしました。どうやらこちらが新八殿の居住されておられる、恒道館道場のようです。」

 

 月明かり、そして琥珀の蝶の淡い光に照らされ、屋敷塀に囲まれた建物が明らかになっていく。

 段蔵が自身のナビゲート機能をOFFにしたのとほぼ同時に、高杉が彼女から離れた。

 

「高杉殿、お身体はもう(よろ)しいので?」

 

「ああ、大分楽になったからな。さっさと中に入ろうぜ、門はどこだ?」

 

「はい、恐らく此方(こちら)かと────」

 

 そうして二人が角を曲がった、その時である。

 ふと目が飛び込んできたものを頭で認識した途端、彼らの意識は即座にそちらへと奪われた。

 

 

 

 ────誰かが、いる。

 

 

 青白い月の下、道場の正面の門と思わしき場所と向かいあうように、何者かがひっそりと立っていた。

 

 背丈は小柄で、神楽やエリザベート((つの)含まず)よりもやや低いほどだろうか。頭からすっぽりと被った黒い布によって、顔をよく(うかが)うことが出来ない。

 

 高杉を囲う蝶の数が増え、段蔵も片手に仕込んだ刃を展開し、物陰から様子を見ながら警戒していたその時、対象(それ)(おもむろ)にこちらを向いた。

 

「そう構えずともようござんす、あっしは妖しいモンじゃありゃしませんので。」

 

 深閑の中に凛と響く、少女の声。あれ?何処かで聞き覚えのあるような……と首を傾げる段蔵の隣で、数歩前に出た高杉が今いる場から離れ、声の主であろう人物の前へと姿を現す。

 

「ハッ、なら入門希望か?だが()うに()の初刻を回ろうとしてんだ。明日にしたらどうだい?お嬢さん。」

 

「いえいえ、あっしの用件はこちらの道場でなく、そちらさんにございまして………ああそうだ、一つ頼まれては頂けんでしょうか?」

 

 すると少女は向きを変え、すたすたとこちらへ歩いてくる。いきなりのことに高杉と、そして漸く姿を覗かせた段蔵も、揃って目を丸くした。

 そんな彼らの正面で、少女は歩みを止める。深く被った布で顔を隠した彼女は、何やらガサゴソと探る動きとSEを見せた後に、漸く取り出したものをこちらへと差し出す。

 

「………何だこりゃ?」

 

 見るなり怪訝(けげん)な反応を見せる高杉。彼の右眼が捉えているのは、少女の手に広げられている、数枚の護符(ごふ)のような(ふだ)

 

「ささ、こちらをどうぞ。」

 

「どうぞじゃねーよ。得体の知れねェ奴が渡したモンなんか素直に受け取れるワケが───」

 

「これはこれは、ご親切にありが───あうちっ。」

 

 なんの疑いもなくその札を受け取ってしまった段蔵の額を、高杉が零した溜め息と共に軽く(はた)く。

 

「……んで、本当に何なんだよこりゃあ?」

 

「あっしもよくは知らぬのですが、(あるじ)様にコレを渡してこいと言われやして。」

 

「おい段蔵、ちょうどいいちり紙が手に入ったじゃねえか。これで鼻汁(オイル)()んで捨てちまえ。」

 

「ちょちょちょ、堪忍してつかぁさい包帯の旦那。こりゃ別に危ないモンじゃございやせん………多分。」

 

「おい、最後しっかり聞こえたぞ。多分ってどういうことだコラ。」

 

「すいやせん、本当にあっしも詳しいことは知らされてないんでござんす。所詮は使い魔なもんで………。」

 

「使い魔、ということは………つまり貴女(あなた)は、式神のようなものなのでしょうか?」

 

 段蔵の問いに、少女は少し考える素振りをした後、やがて首を縦に振る。

 

「ようなもの、というか……あっしも式神にござんす。名は────おっといけねぇや、まだ明かしちゃいけないんでござんした。」

 

 少女は再びくるりと旋回すると、そのまま背を向けて歩き出してしまう。徐々に離れていく後ろ姿に、高杉は「おい」と声を掛けた。

 

「ああ、言い忘れるところでやした。その札は建物の最も端に当たる東西南北に、それぞれしっかりと張り付けてくださいな。きっと『いい事』が起きると……ようござんすねぇ。」

 

「……最後に聞かせろ、お前を使役している奴の名は何だ?」

 

「………後生ですよ、包帯の旦那。あっしは使い魔の身分ですから、それ以上のことは口に出来ない決まりなんです。でも、これだけはハッキリと言わせておくんなせぇ…………あっし等は常に、貴方がたの味方でござんすよ。」

 

 振り向いたその口元が僅かに緩んだように見えたその瞬間、少女の姿はまるで(かすみ)のように、その場から消えてしまった。

 再び訪れる静寂、少女の消えた辺りを見つめたまま、呆然とする段蔵の手に残された謎の札を一見し、高杉は二度目の溜め息を吐く。

 

「……あの方の声、聴いたことがあるような…………中の人的な意味で。」

 

「何こちゃこちゃボヤいてやがる、とりあえずさっさと中入るぞ。その札がヤバいモンかどうかは、ヅラに見せりゃすぐに分かるだろうからな。」

 

「成程………こういった時の術者(キャスター)の存在は、誠に心強いですね。」

 

 握った札に目を落とし、段蔵が零す。その間に高杉が門へと向かって行ってしまったため、彼女も慌ててその後を追った。

 『恒道館道場』と書かれた古い看板の真横の、これまた古びた木製の門を押すと、軋む音を立てながら扉は開く。少し離れた先に玄関らしきところを見つけたため、二人はそこへと歩を進めていく。

 

「おいおい、呼び鈴もついて無ェのか?この家は。」

 

 小さくぼやきながら、高杉は引手に手を掛ける。すると扉は少しの力を入れるだけで、あっさりと見知らぬ来客を招き入れた。どうやら鍵はかかっていないらしい。

 

「開いてやがる………家が道場やってるからって、随分と不用心じゃねえか?」

 

 ガラガラと音を立て、完全に開け放った扉から中へと入る。明かりのついていない玄関の土間には藤丸達の履物が並べられており、本当に皆がここに来ていることが確認出来る。早速足を踏み入れたその時、突如高杉の顔が不快に歪んだ。

 

「……何だ?この(にお)い。」

 

 彼の言葉に反応し、段蔵も嗅覚センサーもとい鼻をすんすんと鳴らす。玄関の向こうから漂うその匂いは何とも比喩し難いものではあるが、確かに嗅いでいると眉間に皺が自然と寄ってしまうほどの不快感を与えられるもの。え?分かりにくい?んー()いて近いものに例えるならば、焦げ臭さに近いような……ような………

 

「‼───まさか……っ⁉」

 

 (おもて)を上げた段蔵の脳裏に浮かぶ、先刻の光景。

 高杉により撃退され、逃亡したあの似蔵という影男………もしや、この志村邸にいる者達が仲間だと知り、逃げるフリをして既にここに乗り込んだのではないだろうか?

 最悪な展開(シナリオ)が、二人の頭を(よぎ)る。信じたくはないが、それを裏付けるかのようなことを、もう一つ発見してしまう………家の中が、異様に静か過ぎるのだ。奥にいるのでは、などという推測もあるが、それにしては物音の一つも聞こえてこないのはおかしい。

 

「夜分遅くに申し訳ありません!どなたかいらっしゃいませんでしょうかっ⁉」

 

 隣に立つ高杉が思わず片目を(つむ)ってしまう程の声量で、段蔵は奥へと呼びかける。しかし、返答の声は一切返って来ず、家の中は閑静に包まれたままであった。

 

「マスター……皆様─────あっ!」

 

 声を上げた段蔵の頬を掠める微風(そよかぜ)、それは履物を脱ぎ捨て家の中へと駆け込む高杉が起こしたものであった。反応がやや遅れた彼女もまた、離れていく背中を追い掛ける。

 

「(クソッ、どうなってやがる………松陽(せんせい)‼)」

 

 恩師(あのひと)は、銀時達は、藤丸は無事なのだろうか……?考えたくもない可能性を掻き消すように、何度も(かぶり)を振る。

 突き当りを曲がったその時、廊下に転がる一人の姿を発見し、高杉は足を止めた。

 

「おい……しっかりしろ!」

 

 うつ伏せに倒れた身体を抱き上げられると、彼……アストルフォは小さく(うめ)き、ゆっくりと(まぶた)が持ち上げられる。遅れてやって来た段蔵もまた、アストルフォの姿に言葉を失った。

 

「……ああ、段蔵ちゃん………それにスギっちだぁ………えへへ。」

 

 暫くぼんやりとしていた彼だが、視界の中に段蔵、そして高杉の姿を確認すると、ふにゃりと青白い顔に弱々しい微笑を浮かべる。

 

「アストルフォ殿、お気を確かに……!」

 

「えへへ………よかった。『最期』に君に、スギっちに会うことが、出来、て………僕ね、もう……駄目みたいだからさ…………。」

 

「は……?お前、さっきから何言って────」

 

 狼狽を露わにする高杉の頬に、アストルフォの手が添えられる。伝わってくる小刻みな震えに、高杉の中で不安は更に大きくなっていく。

 

「……ねえスギっち………僕のお願い、聞いてくれる?」

 

 澄んだ(すみれ)の瞳が、微かな期待に揺らぐ。徐々に雫を含み、零れそうになるのをぐっと堪えながら、アストルフォは口を開いた。

 

「あのね………ぎゅって、してくれない……かな?我儘(わがまま)だってことは、重々も承知さ………でもね、このまま座に(かえ)って、君のことを一片も思い出せずに終わるなんて……そんなの、やだよ……だからさ、ね……?スギっち…………お願い。」

 

 何度も声を詰まらせながらの懇願(こんがん)に、高杉は俯いた顔を上げることが出来ない。返答もせず、素振りも見せず、高杉は黙ったまま、両の手をアストルフォの背中へと回す。

 温かい掌の温度にアストルフォは目を細め、そして力を()められた高杉の手は、アストルフォの身体を引き寄せ────

 

 

 

「ああ~っ黒猫、段蔵も帰ってたの⁉ちょうどよかったわ~手伝って!」

 

 

 突として曲がり角から姿を現したエリザベートに一驚し、高杉は手からアストルフォを落としてしまう。その際床に後頭部をぶつけ、「いった~い!」と下から上がるアストルフォの声など耳に入らないまま、空いた口が塞がらない状態の高杉と段蔵に、エリザベートは尻尾を大きく振って(まく)し立てる。

 

「何が何だか分かんないんだけど、アタシ以外の全員が夕飯(ディナー)を終えてから、いきなりお腹を押さえて苦しみだしちゃったの!もしかしたら食あたりかもしれないとは思うんだけど……とにかく、白モジャは泡吹いてるし、眼鏡ワンコはキラキラしながら座に還りかけてるし、仔犬なんて白目剥いて気絶しちゃってるのよぅ!それで今さっき、虫の息の眼鏡ワンコからお薬の入った救急箱の場所を教えてもらったわ。とりあえずあちこちにのたうち回って散らばってるでしょう皆を、居間に集めなくちゃと思って、だから手伝ってちょうだいな!」

 

 言い終えると同時に、エリザベートはくるりと方向転換し廊下の奥へと駆け出していく。

 何とも言えない空気が漂う中、高杉と段蔵が再び(まなこ)を下へと向ければ、だらだらと滝のように流れた冷や汗で顔中を濡らしたアストルフォが、気まずさから目を逸らし、誤魔化しの諂笑(てんしょう)を浮かべている。

 ふう、と息を一つ漏らし、その場から離れ立ち去ってしまう段蔵。遠くなっていく彼女の背中から高杉へと視線を移せば、そこには背筋どころか全身が凍ってしまいそうな程に綺麗な巧笑(こうしょう)が、額に浮かんだ青筋と共にこちらを見下ろしていた。

 

「………そうかいそうかい。食あたり、なぁ。」

 

「あ、あはは~………これはその、ええっとぉ………。」

 

 蒸発気味の脳に残っている細胞達をフル回転させ、しどろもどろになりながら言い訳を(ひね)り出そうとするも、時は既にお寿司、じゃなかった遅し。固く握られた拳に高杉が熱い息を吐きかけたその三秒後、「にゃあああああァァァッ‼」とアストルフォの悲鳴が家中に響き渡ったのであった。

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「はぁ~………(ウメ)ェ、旨ぇよおおぉ~………!」

 

「えぐっ、美味じい……美味じ過ぎで前が見えないよぅ………ぐすっ。」

 

 ぼろぼろと溢れる涙やら鼻水やら、とりあえず顔から出るもの全部駄々洩れさせながら、銀時と藤丸を始め、あの後発見された胃薬によって無事回復した面々は、滝のように溢れ出るそれらを拭いもせず、がつがつとモンブランを食している。(むせ)び泣きながら生菓子を(むさぼ)るその姿に、高杉はただ呆気に取られていた。

 

「………そこまで喜ばれりゃあ、菓子職人も本望だろうよ。」

 

「もう、銀さんも藤丸君も大袈裟だなぁ。でもこのモンブラン本当に美味しいですよ、こんな高級品と縁なんてなかったから、食べられるなんて夢にも思いませんでした。この若干の塩気もアクセントになって中々、アレ変だな?前が(かす)んで見えないや。」

 

「テメェも(ツラ)拭いてから食え、眼鏡。顔から出るもん全部出てるじゃねえか………ったく、どいつもこいつも。」

 

 呆れ顔で溜め息を吐く高杉。そんな彼は今、左腕に負った傷の手当てを、頭にたんこぶを乗せたアストルフォと共に(おこな)っていた。破れた着物は段蔵が(つくろ)った後、洗濯場へと持っていったために、今は新八の寝巻用の着物を借りて着ている。

 互いに身長もそれほど差はなく肩幅もあまり広くはないため、サイズ的にはあまり問題はないものの、やはり高杉も始めはやや難色を示していた。しかし彼の厚意を無駄にするのも引け目を感じ、そのまま拝借する経緯に至ったのであった。

 因みにコレを着た際、「よかったね~高杉クン、こういう時ばっかりはチビな自分に感謝しろよぉ?」と銀時にお約束の身長ディスリスペクトを受けたため、直後彼に対し見事なまでの原爆固め(ジャーマン・スープレックス)をお見舞いしている。プロレス雑誌の表紙を飾りそうな程の完成度を誇ったその光景は、皆からの拍手喝采を受けながら、アストルフォのスマホによってしっかりと記録されていた。

 

「フォウ、フォウ。」

 

 てしてしと小さな前足で高杉の膝を軽く叩き、フォウがおねだりをしてくる。上機嫌に揺れるふさふさの尻尾に頬を緩め、高杉は菓子の入っていたものとは別の紙袋を開けた。

 

「ほらよ、お前さんはこっちだ。」

 

 掌に出した中身、渋い茶色の小さなそれは、彼がフォウや定春のために菓子屋に頼んで作らせた、砂糖を使用せず過度な甘さを抑えた甘栗。

 フォウは何度か鼻を鳴らした後、早速一粒ぱくりと頬張る。口いっぱいに広がる甘栗の味がどうやらお気に召したようで、そのまま残りの数粒も一気に平らげ………と思いきや、フォウは最後の一つは(くわ)え、くるりと方向転換し離れていってしまう。

 一体どこへ持っていくのかと行き先を見届ければ、そこは台所と反対側の襖の前。そこに甘栗を置き、カリカリと戸を引っかくフォウの動作から、その向こうに誰がいるのかを高杉は何となく察した。

 

「心配すんな、松陽の分もちゃんと用意してっから。それはお前が食えばいい。」

 

「キュ?フォウッ。」

 

 高杉の声に振り向くと、フォウは少し考えた末に甘栗はそのままにし、また高杉の元へと戻ってくる。胡坐(あぐら)を組んだ足の上に飛び乗ると、高杉の手が頭を優しく撫でた。

 

「……松陽は、まだ眠ってんのかい?」

 

「うん。でも大分顔色もいいから、とりあえずこのまま寝かせとこうってヅラ君が言ってた。詳しいことは皆集まってから話し合おうだって。」

 

「そういや、そのヅラはどこ行った?じゃじゃ馬とワン公も姿が見えねェが。」

 

「今ちょっと出てるんだ、もうすぐで戻ってくると思うけど………はいスギっち、包帯巻けたよ。他に手当てするトコ無い?」

 

「ああ、後はもう十分だ。お前もさっさと食ってこい。」

 

「え、僕もモンブラン食べていいの?さっきのこと、もう怒ってない……?」

 

「そうさなァ………全員分の美味い茶ぁ煎れてこい、それでチャラにしてやるから。」

 

「わぁい!やっぱりスギっち大好きっ!待ってて、とびっきり美味しいの煎れてくるから!」

 

 立ち上がってすぐに、アストルフォは(せわ)しなく台所へと向かって行く。開いたままの襖の向こうに消えていくのを見届けてから、高杉が使用済みの道具を片付け始めていた時、それに気付いたエリザベートがモンブランを堪能する手を止め、()り足でこちらへとやってきた。

 

「あら、アストルフォに手伝ってもらったとはいえ、手当てから片付けまで自分でちゃんとやるなんて、随分とマメじゃない?」

 

「俺ぁ王様じゃねえからな、自分(テメェ)で負った傷の始末くらいは自分(テメェ)でするのは道理だろ。」

 

「ふーん………なら今度はアタシがお節介してあげる。アタシはコレを持っていくから、黒猫は広げた物を片付けなさいな。」

 

 そう言ってエリザベートが手に取ったのは、止血に使った布。まだ変色しきっていない血(のり)の染み込んだ数枚のそれを集める彼女は何故か上機嫌で、その浮き浮きとした様子に、高杉は嫌な予感がしてならない。

 

「おい……一応言っとくが、妙な気は起こさねェほうが身のためだぞ。」

 

「んなっ⁉失礼ねっ!このアタシがケーキのフィルムを舐めるような、そんな意地汚い真似するワケないじゃない!」

 

「いや~でも俺、あのフィルムについたクリーム舐めるの結構好きなんだよなぁ。アイスの蓋(しか)り、ヨーグルトの蓋然り、ああいうとこについてるのってまた違う味わいが感じられてさ。糖分王の銀さんならこの気持ち分かる?」

 

「愚問だぜ藤丸よぉ、やっぱお前とはいつかケーキバイキングにでも行って、糖分の重要性について深く語り合う必要があるな。よっしゃ、銀さん(おご)ってやっから今度行こうぜ。」

 

「わーいやったー。」

 

 バンザイをして喜ぶ藤丸の後ろを通り、エリザベートの姿は閉めた襖の向こうへと消える。

 

「はーい、お茶入ったよー!」

 

 エリザベートとちょうど入れ替わるタイミングで、アストルフォが人数分の煎茶を注いだ湯呑を盆に乗せて居間へと戻ってくる。お湯沸くの早くね?と疑問にお思いの方もいらっしゃるであろうか。まあその、そこんとこは割愛ということで。

 新八や藤丸と共に湯呑を配り終え、湯気の昇る湯呑に誰となしに口をつけようとした、その時であった。

 

「みぎゃああああァァァァァァッ‼」

 

 (へだ)てた襖の向こうで上がる、エリザベートの絶叫。皆の意識がそちらへと集まる中、襖をぶち破る勢いで居間へと乗り込んできたエリザベート。真っ赤に腫れた舌をまるで犬のように出した彼女は、涙で潤んだ瞳に湯呑を映すやいなや、瞬時に掴み一気に(あお)る。

 「それ熱くない?」と目を丸くしたアストルフォが彼女に尋ねる前に、エリザベートの顔がみるみるうちに赤くなっていく。仕舞いに湯気まで昇り始め、「(あっちゅ)いいィィッ‼」と叫ぶと同時に大きく咳き込んだ。

 

「ゲホッ………も~ぅ(ひゃひ)よ!(ひゃん)らのよぅっ⁉フルーティーかつフローラルな芳醇(ほうじゅん)な香りを見事に裏切るあの辛さは⁉あんなのハバネロに等しいわ!アンタの身体には血じゃなくてハバネロが流れてるの⁉ああんっもう今のお茶の追加ダメージで舌の上が大火事よっ‼」

 

「だから妙な気は起こすなっつったろ……自業自得だ。」

 

「ホントそれな、それに後半の件はお前の自己責任じゃ────」

 

「おだまり白モジャ!アンタに今のアタシが受けた地獄の苦しみが分かって⁉クリームがたっぷり乗ったケーキの甘さを堪能しようと胸をときめかせていざ(かぶ)り付いたら、スポンジから間のジャムまで全てが唐辛子だったの!ホットよ、ベリーホット!それも痛みを伴うほどに!Csalódottak(がっかりだわ)!」

 

 一通りぶちまけた後、エリザベートは新八の持ってきた水をこちらも一気に飲み干していく。(かさ)が降下していくコップを何気なく眺めていた高杉の中に、ふと先程の光景が浮かぶ。

 

「そういやお前ら、何で食あたりなんかになってんだ?おかしなモンでも食ったか?それと何でヅラ達はここにいない?一体どこに────」

 

 おかわりを要求してくるフォウに追加の甘栗を与えながら、高杉は問い掛け顔を上げたその時、カチャーンッ、と響いた金属音が彼の言葉を(さえぎ)った。

 音の源であるフォークは、藤丸の手から滑り落ちたもの。その藤丸を始め、銀時と新八そしてアストルフォまでもが、青ざめた顔に多量の冷や汗を流し、がくがくと震えている。

 

「…………おい、何があった?」

 

「えっとだな…………長ったらしい説明で文字数食うのダルいし、とりあえず今から回想流すからそっちを観てくれや。お前も読んでる側も気になってしゃーないだろう、ヅラ達がどこ行ったかとかも、こん中で説明出るから。ほんじゃ、回想入りまーす。ほわんほわんほわんギンギン~………んん、自分で言うのちょっと恥ずかしいな、コレ。」

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「おかえりなさい。さあさあ皆さん、お腹も空いてるでしょう?たーんっと召し上がってくださいな。」

 

「今日のディナーはいつもより格別よ、なんてったってアタシとお妙の合作なんだから。さあ、飢えた家畜のように喰らうといいわっ!」

 

 道場の案内説明を一通り終え、居間へと戻ってきた藤丸達を迎えたのは、揃いの可愛らしいエプロンを着たお妙とエリザベートの可憐な笑顔。

 

「私、得意なお料理って卵焼きくらいしか無いの。だからエリちゃんが手伝ってくれて本当に助かったわ。」

 

「ふふん、そうよ~感謝なさい。アタシが力を貸したからこそ、こ~んな豪勢な食卓になったんだからねっ。」

 

 得意げに鼻を鳴らし、エリザベートは大鍋を中央へと置く。

 彼女らの手によって生み出された料理達が、次々と食卓へと運ばれてくる。徐々にテーブルを埋め尽くしていくそれらを眺める藤丸達であったが…………どういうわけか、皆一様に顔色が優れない。定春も部屋の隅で尻尾を巻いて(うな)っており、彼に守られるようにしてフォウも背後に隠れている。

 

「ほら、どうしたのよ仔犬?エリちゃん特製のハラースレーが冷めちゃうわよ~。」

 

 大鍋の中身を皿に(よそ)い、湯気の昇るそれを藤丸の前へと置く。ハラースレーというのはハンガリーの名物料理の一つであり、新鮮な魚介をふんだんに使ったスープである。パプリカで付けられた鮮やかな赤色や、海の幸の香りが何とも食欲をそそる一品……………の、筈なのだが。

 

「あ、りがとう、エリちゃん………うっ!」

 

 強張った笑顔でハラースレー(仮)と向き合うも、あまりの光景と皿から昇る赤い湯気が(まと)う刺激臭に、藤丸は耐えられず顔を背ける。

 皿に盛られているにも関わらず、その赤いスープは尚もぐつぐつと煮立ち続けている。肝心の具である海老さんや烏賊(いか)さんなどの魚介を代表とする面々の姿は見受けられず、代わりに石炭のような黒い塊と共に、青いゲソに似た何かがハラースレー(仮)の中で(うごめ)いていた。この感じはそうだな、記憶の中にあるもので一番近い例に例えるとすると……………あれだ、色は違うけど聖杯の泥(ケイオスタイド)だ。

 目も当てられないものはスープだけではない、食卓を埋め尽くす彼女達特製の料理の数々、それら全てが赤と黒の二色で覆われ、文章では分かりづらいが(いづ)れも皆モザイクがかかっていなければお見せ出来ない程の惨状であった。

 激辛唐辛子のような刺激臭や、食べ物にあるまじき化石燃料(ガソリン)に近い(にお)いに涙目となっている藤丸を、不意に隣の銀時が引き寄せ声を(ひそ)める。

 

「おい、どういうことなんだよこりゃ?何で食材だったモンがビフォーアフターしたらこんな地獄絵図になんだよ?」

 

「それ聞きたいの俺だから。すっげぇ今更になるけど、もしかしてお妙さんってそちらさんのメシマズ枠だったりする?ヤバいよ、パッと見大和撫子のこの人ならエリちゃんが多少やらかしても何とかなるなんて考えてたさっきの自分を殴りたいよっ!」

 

「いや~それなら俺だってお前にトカゲ娘が劇物製造機だってこと確認しなかったもん、こんなんお相子(あいこ)だって………しかしクロスオーバー作品のメシマズ二人がフュージョンしちまったとなりゃあ、かなりマズいぞ。多分ベジットでもアイツ等にゃ勝てねぇよ、どうすりゃいいんだ?」

 

 ひそひそと二人が言葉を交わしている背後で、遠くから電話の音が鳴り響く。慌ただしく居間を後にするお妙の足音が聞こえなくなったのと同じタイミングで、エリザベートは皆の皿へハラースレー(仮)を配り終えた。

 

「わ、わぁ~………凄いね、コレ。」

 

 あの終日陽気なアストルフォでさえ、微苦笑を貼りつけた顔を下に向けて硬直している。彼の隣でも神楽が口元を押さえており、桂は………あれ?あの人どこ行った?

 首を動かし桂を探していた最中、ふと視線を向けた先に、壁に(もた)れたエリザベスの姿が。ぬ゛~ぬ゛~と微かに聞こえてくる寝息に、「あんの野郎、狸寝入り決め込みやがった……‼」と心中で同時に叫んだ銀時と藤丸が、血走った眼を向けると共にギリギリと食いしばった歯を(きし)ませた時だった。

 

「あのぅ………ちょっといいかしら?」

 

 電話を終え戻ってきたお妙が、開いた襖から困り顔を覗かせる。一同の視線が彼女へと集まる中、お妙は言いにくそうに切り出した。

 

「さっきの電話、私がお勤めしてるお店からでね。実は、今日出る筈だった()が急に体調を崩してこられなくなっちゃって、その子の代わりに私が行かなきゃならないことになったの。新ちゃん、皆さんのこと頼めるかしら?」

 

「え、ええ勿論です。でも姉上、こんな時間に一人で外に出るのは危険じゃありませんか……?」

 

「そうなのよ、近頃怖い魔物に加えて『辻斬り』まで出没してるって、お客さんから聞いたことあるし………それでもしよかったら、門下生のどなたか送っていただけないかと思って。」

 

 お妙のその言葉に、またとないチャンスと目を光らせる銀時。しかし彼の挙手は、突如()し掛かってきた定春によって阻止された。

 

「はいはいっ!は~いっ!姉御、私行くアル!定春も行こう!」

 

「わんわんっ!」

 

「あら嬉しいわ。でも、女の子だけで大丈夫かしら?」

 

 おしっ今だ!今こそここで俺がバシッと手を上げる時だろ!再び巡ってきたチャンスを逃しはしないと意気込む銀時。しかしまたも彼の挙手を遮ったのは、突として目の前に現れたエリザベス………もとい、桂が召喚した式神エリザベス(1/1スケール)。

 

「お妙殿、女人(にょにん)ばかりでは危険が伴う。ここは俺も共に参るとしよう。」

 

「あらぁ、頼もしいわ。只のうざったいロン毛しか個性の無いワケじゃないのね。」

 

「はっはっはっ、怒るぞ?そろそろ怒るぞ?」

 

「うぉいヅラ!てめぇ逃げようとてんじゃねーぞっ卑怯モンが!この藤〇君二号‼」

 

「藤〇君じゃないヅラだ!あっ間違えた桂だ!残念だがな銀時、こういったことはどんな状況であろうと、早い者が勝つと昔から相場が決まっているものだ。ではリーダー、定春君、参るとしよう!」

 

「んないちいちデカい声出さなくても聞こえてるネ、うるせーし近所迷惑だからトーン落とせヨ。それじゃちょっと行ってくるアル。」

 

「わんっ。」

 

 腹の立つ桂の高笑いが離れていく中、去り際にお妙がこちらに振り向き、朗らかに笑ってこう言った。

 

「そうそう………お残しは、許しまへんで♪」

 

 終始彼女の顔に湛えられた、華のような笑顔。しかし銀時も藤丸も、その場にいる誰もが気付いていた………目だけは、決して笑ってなどいないということに。

 

「あ……ああそうだ~、僕お登勢さんのとこに電話してくるよ!こっちに住むこと早く伝えなきゃいけないし、パチ君電話借りるよ~!」

 

 言うなり席から立ち上がってしまい、そそくさと今居間を後にするアストルフォ。そしてフォウまでもが、彼の後をちゃっかりとついていき退室してしまう。

 再び流れる気まずい沈黙………しかしそれを破ったのは、エリザベートの深い溜め息。

 

「………やっぱり皆、食べたくないのね。アタシの料理なんて。」

 

「えっ、あの、エリちゃん────」

 

「いいのよ眼鏡ワンコ、自分でも分かってるから。頑張って作ったつもりだったんだけど、こんな見た目じゃあ食欲なんて少しも湧かないでしょ?やっぱり、真心を込めても駄目なものは駄目なのよ……。」

 

「いやコレ、明らかに真心とは別なモン入ってるよね?最早怨念に近────」

 

 そこまで言い止した銀時の口を塞ぎ、「そんなことないよっ!」と叫んだのは新八。すると彼は意を決したようにスプーンを握り、ケイオスタイ……違った。既に(ぬる)くなりつつあるハラースレー(仮)に震える手で(さじ)を入れる。

 

「し、新八君……?」

 

「おい新八、お前何を……っ⁉」

 

 泡を食わされ狼狽(うろた)える藤丸と銀時を余所に、新八は動かした目を不安げな顔のエリザベートへと向ける。そして笑み顔を向けた次の瞬間、彼は持っていたスプーンの先端を自らの口内へと入れた。

 

「!………眼鏡ワンコ?」

 

 瞳をいっぱいに開き、言葉を失うエリザベート。もっしゃもっしゃと数回咀嚼(そしゃく)をした後、彼は笑顔を向けて口を開いた。

 

「………うん、美味しいよ。エリちゃっゲボロッシャアアアァァァァァァッ‼」

 

 男として決めねばならない台詞のとこで、一体何をしでかしているというのかこの眼鏡は。こちらもモザイクのかかった胃袋からの逆流物を咄嗟に掴んだくずかごへと吐き出し、やがて力尽きた新八はその場に倒れてしまう。時折痙攣(けいれん)する背中を唖然と見つめ続ける藤丸達であったが、ドンッ!とすぐ側で聞こえてきた大きな音に呆けていた意識が覚醒する。

 

「……嬉しいわ、 boldog(うれしいわ)!美味しいなんて言ってもらえたの、初めてよ!さあっどんどん食べてちょうだいな、デザートにこのクロカンブッシュもあるわよ!」

 

 頬を染め、満面の笑顔でエリザベートが運んできたのは、小さなシュークリームを飴で貼りつけ積み上げた飾り菓子………なのだが、やはりこちらのカラーリングも赤と黒が使われており、しかもグネグネと動いている。絵で表示出来ないのが大変惜しまれるが、例えでいえは小規模サイズの魔神柱が皿の上に乗っている様子をイメージしてもらいたい。

 

「………銀さん、こうなったら腹を決めるしかないよ。」

 

 藤丸はズボンのポケットを漁ると、そこから取り出した一枚のカードのようなものを銀時へと差し出す。そこに描かれた金髪で赤薔薇のよく似合う美女は、余だよ!でお馴染みのローマ皇帝様。

 

「え?あの藤丸君、何コレ?」

 

「今年のNY祭りで余った礼装、それがあればHPが無くなっても一回は復活出来るから。頑張って!」

 

「出来るから。じゃねーよっ!俺が死ぬ前提で話進めんのやめてくんない⁉それに頑張んのはそっちも同じだかんな、一人だけ逃がさねえぞっ‼」

 

「わーんっ銀さんの人でなし!俺只の人間(ヒューマン)だよ⁉生きてる保証ないって‼」

 

 今の状況から一刻も早く脱しようと、互いに互いを蹴落とし合おうとする醜い戦いが繰り広げる横で、エリザベートは新たな料理の乗った皿に自らのフォークを突き立て、肉らしき黒い塊をナイフを使って器用に切り分けていく。

 

「ほらほら、お腹が空いてるからそんなにイライラしてんじゃないの?しょうがないわね、このアタシが特別にあーんしてやるんだから、味わい感謝しておあがりなさい?」

 

 中まで炭と化した肉塊を差し出され、二人は硬直する。食欲を掻き立てるジューシーな香りの代わりに鼻を突く、何とも言えない石油の臭い。(したた)る赤い液体は血なのか肉汁なのか、はたまたどれにも当てはまらないモノなのか。

 言い争いを止めた藤丸と銀時は、引き()った表情のままで互いの手を握り、まるで怯えた子犬さながらに全身を震わせ壁際へと逃れていた。

 

 

「さあ…………お残しはぁ、許しまへんで♪」

 

 

 彼女が浮かべたのは、数分前にお妙が向けたものと同じ、あの(おぞ)ましい笑顔。

 

 

「「いっ……いやあああああああァァァァァァッ‼」」

 

 

 恐怖と絶望のあまり、作画が楳図か〇お風となった藤丸と銀時。

 

 志村家に轟いた彼らの悲鳴は、夜陰の中に溶けて消えていったのであった。

 

 

 

 

《続く》

 


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