Fate/Grand Order 白銀の刃   作:藤渚

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【捌】 再会そして、契約(Ⅱ)

 

 

「えー、てなことが数刻前にあってだな………え?何があったのかって?さてはオメー、色々すっ飛ばしていきなりこっから読み始めた物臭ちゃんだなぁ?別に必読しなきゃならんトコでも無ぇが、どうしても知りたいってんならコレの前の回を読んでくれよ?いちいち説明するなんて親切な真似、銀さんはしてあげないんだからねっ。」

 

「銀さーん、さっきから誰に対して話しかけてんの?」

 

「あ?誰って藤丸君よぉ、人生の中においての貴重な時間をわざわざ裂いてこんな物語(さくひん)読んでくれてる、心優し~い皆さんに決まってんだろ………まあそれより、あの後礼装のスキルやら藤丸のスキルやらを駆使して、何とかあと半分ってとこで俺らの意識は途絶えた。(よう)はそこで気を失っちまってたんだな。次に目ェ覚ました時にゃ、段蔵や高杉クンに助け起こされてたってワケさ。」

 

 ふう、と息を一つ吐き、銀時はアストルフォの煎れてくれたお茶の入った湯呑を取る。すっかり(ぬる)くなってしまったソレを一息に飲み干し終えたのと同時に、開けられた襖から段蔵が現れる。

 

「キュッ、フォウフォーウ。」

 

「あっ段蔵ちゃん、おかえり~。」

 

「フォウ殿、アストルフォ殿、只今戻りました…………高杉殿、着物の繕いと洗濯を終えましたので、明日(あす)にはお召し出来るかと。」

 

「そうかい、色々とすまねェな…………にしても、俺らがここに踏み入った際に見たアレの正体と、台所(あっち)で未だ異臭を放ってやがる放送規制オブジェが、まさか仮にも食いモンだったなんてな。」

 

「んま~っ失礼しちゃうわね!仮とは何よ仮とは⁉どっからどう見ても愛情の()められた素敵な料理じゃない!それなのに黒猫と段蔵ったら、アタシの渾身の作品のクロカンブッシュをいきなり粉砕しちゃうだなんて酷いじゃないのよ~っ!」

 

「申し訳ございませぬ………敵性(エネミー)反応が検知されたものでしたから、段蔵もてっきり新たな(しゅ)の魔神柱が現れたのかとばかり。」

 

「いいや段蔵、ありゃお前が悪いンじゃねえ。只の手料理が攻撃仕掛けてきたり、画面の上にこれ見よがしとHPが表記される筈無ェだろ。ホラ藤丸、ついでに素材も落ちたからテメエにやる。」

 

「わ~い、ありがとう高杉さん。銀箱かぁ、どれどれ中身は………やった~塵だ!ちょうど足りなかったんだよ!」

 

 両手に素材を抱え、小躍りする藤丸を膨れ面で睨んでいるエリザベート。彼女は席を立つと、尻尾を立ててぷんすこと台所の方へ歩いていってしまった。

 

「……何だか、エリちゃんに悪い事しちゃったかな。きっと一生懸命作ってくれたのに。」

 

「パチ君、きっとその思いやりの気持ちだけでも充分さ。彼女の料理の腕(クッキング・スキル)は最早、一種の個性みたいなものなんだから。前にカルデアで料理の上手な赤い弓兵(アーチャー)に習ったりもしたんだけど………出来上がったカップケーキ(仮)を試食した職員やサーヴァントが全員、青ざめた顔のまま昏倒しちゃったこともあったっけ。ねえマスター。」

 

「覚えてる覚えてる、あの時は大変だったなぁ。()くいう俺もお腹がジェットコースターにまで(おちい)っちゃって、終日トイレの住人になるしかなかったんだよなぁ……。」

 

「フォーゥ、フォウゥ……。」

 

 湯呑を降ろし、遠い目で(くう)を見つめるアストルフォと藤丸そしてフォウに、銀時達は何と声を掛けてよいのか分からない。そんな時、「ねえっ」と台所から戻ってきたエリザベートが一同に問い掛けてきた。

 

「そっちに卵焼きのお皿残ってない?お妙が作ったヤツなんだけど、さっき下げた食器の中に見当たらないのよ。」

 

「卵焼き?卵焼きといっても…………アレの中だと、どれが何だったのやら。」

 

 鮮明に記憶に残る赤と黒のゲテモ……んんっ失礼、料理を思い浮かべ、首を傾げる藤丸の隣で、銀時が口を開く。

 

「いや~誰かが食ったとしてもだ、大した奴だよそいつぁ。銀さん500円あげたくなっちゃう。」

 

「え?300円じゃなく500円?銀ちゃんがそんなに出すなんて、お妙ちゃんの卵焼きってそんなに凄いの?」

 

「フォウ、フォウ?」

 

「凄いっつーか、まずアレを卵焼きと扱っていいモンなのか、最早卵としての形を忘れた可哀想な卵焼きと呼ぶべきか………なあ新八?」

 

「そうですね………弟の僕が言うのもなんですけど、姉上の作る……というか生み出す料理は卵焼きに限らず、ほぼ確実に暗黒物質(ダークマター)と化してしまいますから。」

 

「ええと、確認したいんだけどいいかな?何をどうしたら卵焼きが銀河系に存在する未知の物体になっちゃうわけ?ていうか卵要素が微塵も残ってないのに、それを卵焼きと呼称してもいいの?」

 

「しゃーねーだろ、生み出した本人がそう言って……いや、そう名付けてんだから。いいか藤丸、奴の卵焼きは絶対ェ口にすんなよ。万が一俺らが食ったとしても、今はサーヴァントだから前より体の造りも幾分か頑丈になってるし、まあワンチャンで死にゃしねえだろ。だがな、もしも人間のお前がアレを食っちまうことがあれば……………いや、食うな。何があろうと決して食うんじゃねえぞ。お前にもしものことがあっちゃあ、カルデアのマシュやダヴィンチにどう説明すりゃいいんだか……。」

 

 険しい顔つきでぶつぶつと呟く銀時に困惑する藤丸、そんな(おもて)を上げない銀時(かれ)の代わりに答えたのは、微苦笑を浮かべる新八であった。

 

「とにかく、これからの食事当番は僕達もやることにしようよ。皆門下生って扱いだから、姉上も明日辺り皆にやるよう言ってくると思うし。」

 

「む~……それならしょうがないわね。眼鏡ワンコ、アタシの手料理がまた食べたくなったらいつでも言いなさい。気が乗れば作ってあげなくもないわよ?」

 

 お世辞ではあったものの、新八の「美味しい」という言葉にエリザベートはすっかり気を良くしたようで、フフンッと得意げに鼻を鳴らす彼女を見上げる新八の額を一筋の汗が伝い落ちた。

 

「それにしても、卵焼きのお皿はどこに行ったのかしら?仔犬、その辺にあったりしない?白の四角いお皿なんだけど。」

 

「フォウ?」

 

「えっと、この辺りには特に見当たらな…………お?」

 

 辺りを見渡していた藤丸の目に留まったのは、開いた障子の向こう側。夜闇が広がるその向こうが何となく気になり、藤丸は立ち膝で縁側へと移動していく。

 

「………あった。」

 

 外縁の下、地面にぽつんと置かれたそれは、(まさ)しく探していた卵焼きの皿。しかしそこには暗黒物質(ダークマター)……もとい可哀想な卵焼きの姿はどこにも無い。おかしいなーと思いつつも、皿を取ろうと伸ばされた藤丸の腕に、不意に生温かい空気が(まと)わりついた。

 

「ぅひえっ⁉」

 

 思わず上げた悲鳴に、「どうしたの?」と背後で聞こえたアストルフォの声と近付いてくる足音。藤丸の隣に並んだアストルフォが顔を覗くと、彼はこちらを向くことなく、真ん丸に見開いた(あま)色の瞳で皿の辺りを凝視していた。

 

「あっ、お皿ここにあったんだ~………マスター?」

 

「あああ、アストルフォ…………この下、下に何かいる……っ‼」

 

「へ?何かって?」

 

「分かんないけど、多分生き物じゃあない、かな……?だって今さっき、手に生(あった)か~い息みたいなモンが掛かって……。」

 

「うーん………とりあえず確認してみよっか?僕も一緒に覗いてみるからさ。」

 

 アストルフォの提案に(いささ)躊躇(ためら)いを見せるも、やはり好奇心には抗えない。藤丸が渋々頷いたのを確認し、アストルフォが「せーのっ」と発した声を合図に、二人揃って縁の下を覗き込んだ。

 逆さまになった視界に広がるのは、奥まで続く真っ暗闇。もっとよく見ようと目を凝らしていた時、月に掛かっていた雲が風に流れ、月明かりがそこへも差し込んできた。

 

 

 

「「……………え?」」

 

 

 

 刹那、彼等は暗がりに浮かびあがった『それ』の姿を目視し、思わず声を吞んでしまう。

 

 

 無骨な輪郭、顎に生えた髭。逆さであろうと、それが顔であることは即座に理解出来た。

 

 くちゃ…くちゃ…と、微弱な音によく耳を澄ませてみれば、『それ』は何かを咀嚼(そしゃく)している。手に掴んだ黒い塊を口元らしき箇所まで運びながら、『それ』はひたすらに何かを(むさぼ)り喰っている。

 

 ふと、こちらの存在に気が付いた『それ』はピタリと手を止め、ゆっくりとこちらを向く。ぎらついた(まなこ)を向け、言葉を失っている藤丸達を暫し()めつけた後、『それ』は生臭い息を吐き散らす口をにんまりと歪めて(わら)い、そして────

 

 

 

「う…………ウホッ。」

 

 

 やたらと低い声で、短く鳴いた。

 

 

「「っギャアアアァァァァァッ‼出たああァァァァァァッ‼」」

 

 二人の身体は弾かれたように跳ね上がり、勢いのまま居間へと突進してくる。

 

「は⁉え、ちょっ何────フロランタンッ⁉」

 

 何が起きたのか把握する猶予も与えられず、突としてこちらへ跳んできた藤丸を受け止める準備もままならぬ状態で、銀時は彼諸共(もろとも)床へと倒れていく。(ちな)みに定位置(銀時の頭)にいたフォウは危険を察知し、事が起こる数秒前にそこから飛び降り新八の腕の中へと既に避難を完了していた。

 

「銀さんっ‼出た、出たんだよっ‼ごっごご、ゴゴゴッ出たっ出た、ゴゴゴゴゴゴゴッ‼」

 

「何なに⁉何が出たって⁉ゴキブリ⁉ゴ〇ゴ13⁉おいおいまさかゴから始まる妖怪とかじゃねえよな……やめろよぉっ銀さんオカルト的なヤツはパス!絶対ェパスだかんな‼アーメン〇ーメンッ悪霊退散アブダクションッ‼」

 

 喧騒が繰り広げられるその隣では、同じく勢いを殺さぬまま突っ込んできたアストルフォが、期待に輝かせた瞳をいっぱいに開きながら、両手をこちらもいっぱいに広げている。

 

「いや~ん止まんないよぅ!スギっちお願~いっ受け止めてぇっ!」

 

 接触するまでの距離があっという間に縮まり、あと1mを過ぎたという時、突如高杉の姿が(かすみ)となって消失する。

 

「ほへっ?」

 

 不意を食わされたアストルフォの先にいたのは、こちらも目をぱちくりさせたエリザベート。車とアストルフォは急には止まれない。誰かが(まばた)きをした直後に見た光景は、派手な音を立てて激突し畳の上へと倒れる二人の姿であった。

 

「いった~…………ぎゃっ⁉ちょちょちょ、ちょっとアストルフォ!早く離れなさいよぅっ!アイドルは握手以外のお触り厳禁なんだから!それにこんなところ、週刊誌の記者やファンに見られでもしたら、アイドル続けていけなくなっちゃううゥゥッ‼」

 

「あいたたた………ゴメンねエリちゃん~、まさか霊体化して避けられるとは思ってなかったよ。むぅ~流石はスギっち、やっぱり一筋縄ではいかないね。」

 

 うんうんと一人頷く彼の横で、未だ引っ付こうとしている藤丸を銀時が懸命に剥がそうとしている。一方その頃、既に実体へと戻った高杉は段蔵と共に、先程藤丸達がいた縁側の下を同じように覗き込んでいた。

 

「段蔵、そっちはどうだ?俺にゃ(ねずみ)一匹見えねえが。」

 

「はい、こちらも暗視モードをONにして確かめておりますが、やはり生物の姿は何も捉えられませぬ………ですが。」

 

 不意に、ワントーン低くなる段蔵の声。隣で縁の下から頭を上げた高杉もまた、既に彼女と同じことに感づいているようであった。

 

「……残り()、って()やぁいいんだかな。縁下(ここ)の空気ン中に、微弱だが魔力らしきモンが漂ってやがる。これが魔物のなのか、はたまた別のモンかは俺にゃ分からん。それに、もう風前の塵だ………ヅラがいてくれりゃあ、何か分かったかもしれんがな。」

 

「んん……?そういえば、ヅラ君達遅いね。お妙ちゃんの勤め先ってそんなに遠いトコなのかな?」

 

 アストルフォが首を傾げたその時、遠方から引き戸を開ける音と共に、「ただいまヨ~!」と元気のいい声、そしてこちらへと駆けてくる一人と大きな一匹の、床板を踏む音が近付いてきた。

 

「あら、噂をすればなんとやらね。それにしても随分と遅かったんじゃないかしら?もう長い針が三周も回ってしまってるわよ。」

 

 時計を見上げたエリザベートがそう言い()つのと同時に、両手いっぱいに袋を持った神楽が、息を切らして現れた。続いて同じように背中に荷物を乗せた定春と、神楽ほどではないが大きめの紙袋を抱えた桂も、揃って居間へと集結する。

 

「おおヅラ、遅かったじゃねーの。」

 

「ヅラじゃない桂だ。お妙殿の働く店で『もてなし』を受けてな、少々(くつろ)ぎ過ぎてしまった。」

 

「『もてなし』って………因みに桂さん、お財布は大丈夫でしたか?姉上にボッタくられたりしてません?」

 

「案ずるな新八君、酒は一滴も飲んではおらん。世間話のついでに情報を集めてきただけだ………まあ店を出る際に何人かの舌打ちが聞こえたような気がしたが、あれは気のせいだな、気のせいに違いない。うん。」

 

「フォウッフォウッ!」

 

「わんわんっ、わん!」

 

「銀ちゃ~ん藤丸っ!見てヨこれ、姉御の店の人から沢山お土産とお菓子貰ったアル!」

 

 満面の笑顔に嬉々として袋の中身を知らせる神楽、そんな彼女の目に縁側の二人の姿か留まるや否や、瞳を更に輝かせた彼女は抱えていた袋を放り(新八とアストルフォが慌ててキャッチしたため事なきを得た)、彼らの元へと駆け寄った。

 

「段蔵、スギっち!おかえりアル!」

 

 勢いを伴って抱き着いてきた神楽を容易に受け止め、段蔵はよしよしと彼女の頭を撫でる。心地良い手付きに目を細めていた神楽だったが、ふと高杉の方を向いた際、彼の着物のやや開いた(えり)から僅かに覗く包帯を見つけた途端、その顔が一気に強張る。

 

「スギっち!それどうしたアルか⁉痛くないの⁉」

 

「ああ………少しドジ踏んだだけだ、大したこたァねえさ。」

 

 神楽を安心させるように、いつもの表情(かお)と声色で返す高杉。その様子を新八や藤丸らと荷物を片付けながら眺めていた桂であったが、穏やかだった彼の(おもて)が、不意に険しいものへと一変する。

 

「えっ?ヅ、ヅラさん?」

 

 渾名(あだな)で呼ぶ藤丸の声にも反応することなく、桂は大股の歩幅で高杉の元へと迫っていく。きょとんとした様子の段蔵と神楽に構うことなく、桂は伸ばした腕で高杉の衿を乱暴に掴んだ。

 

「高杉………これはどういうことだ?貴様、一体『何』と接触した⁉」

 

 張り上げた桂の声は居間中に響き、皆の視線が彼と高杉に集まる。肩を戦慄(わなな)かせた桂の見開いた瞳から伝わってくる、激しいほどの憤怒と狼狽。しかし真正面からそれらを受けても、高杉は顔色一つ変えることはない。やがて彼の手が(さと)すように桂の手の甲を軽く叩くと、桂はハッと我に返り慌てて衿を離す。

 

「………すまない。だが高杉、それは────」

 

「そうだヅラ、お前にまず()てもらいてェモンがあんだ。積もる話は後に回して、とりあえずはこっちから頼む。」

 

「あ………ああ。」

 

 すっかり毒気を抜かれてしまい、喉から出てこようとしていた疑問を一先(ひとま)ず飲み下す。桂と同じ視線を向ける銀時に背を向け、「段蔵」と高杉は隣の彼女の名を呼び、そこに含まれた意図を察した賢い段蔵はがさごそと自身の衣服の中を漁る。

 

「ええと、確かこちらに………あ、ここでした。」

 

 あちこちを散々探った後、彼女が例の(ふだ)を取り出したのは何と豊満な(バスト)の谷間。端を(つま)み、するすると数枚の札を引き()り出していく彼女の顔には、微塵の恥じらいも見受けられない。あんぐりと口を開けている桂の掌に、「どうぞ」と彼女は(ほの)かに温もりが残る札を置いた。

 

「お前さん、何つー場所(トコ)にしまってやがんだ……?」

 

「公式の設定には存在しないこの作品だけのオリジナル設定なのですが、段蔵の胸部()はあらゆるものを収納出来るスペースとなっているのです。戦闘に用いる苦無や煙幕なども、ここから取り出して使っておりまする。」

 

「んなっ………何つーいかがわしい四次元ポケットなんだオイ。なあ段蔵ちゃん、銀さんにもその中、よく見せてくんない?」

 

「銀さん、何を企んでるかは知らないけど、悪い事は言わない。それはやめといた方がいいって………ウチのカルデアにもその箇所がとても豊か、いや豊か過ぎる()がいるんだけど、彼女の谷間(デス・バレー)にナニかを突っ込んだり落ちたが最期、一度そこに入ってしまったものは二度と帰って来ない、虚数空間の中から永久に出られなくなっちゃうらしいからね………もしかすると、段蔵も例外じゃないかもしれないよ。まあ、銀さんの銀さんがどうなってもいいってなら、俺も強くは止めないけどさ。」

 

「え、何それ………おっぱい怖い。」

 

 銀さんの銀さんを守るように手で覆い、顔の青ざめた銀時は悄々(すごすご)と後退していく。何故か新八も自身の新八を押さえているのだが、まあ気にせず次に進もう。

 

「フ~ンだっ!何よ男なんて、女の価値や魅力は胸の大きさで決まるものじゃないんだからね!大体今のアタシはまだ14歳の処女(おとめ)なんだしぃ?将来ボンキュッボンになることは既に約束されてるんだし!まあ、外見もクラスもCVも変わっちゃうんだけど!ね~っフォウ?」

 

「ンキュ?」

 

「エリちゃんの言う通りネ!胸の大きさしか見てない男はサイテーアル!因みに私も二年後、そして五年後はマミーみたいなごっさ美人のダイナマイトになるんだからな!嘘だと思うんなら単行本最新刊(現時点での七十五巻)と劇場版完結篇を要チェックしろヨ!なっ定春?」

 

「わう?」

 

 既にOPPAIの話だけで原稿が一ページ埋まりそうになっている一方で、桂は段蔵から受け取ったその札を丹念に観察している。

 

「ふむ、何らかの魔術が施されているようだが、(よこしま)は念は感じられない………段蔵殿、これをどこで?」

 

「はい、道場(ここ)の門の手前にて見知らぬ少女より手渡されたものです。きっと『いい事』が起こる、彼女はそうも言っておられました。」

 

「見知らぬ少女だと……?高杉、貴様が一緒にいながら、そのような不用心な真似を……。」

 

「俺も最初は疑った、無論今も疑念は晴れちゃいねェがな。だが奴から敵意の一切は感じられなかった。それにこうも言っていたぜ…………自分達は常に、俺達の味方だとな。その言葉の真偽は定かじゃねえ、だがここは一つ信じてみるのも一興じゃねえか?」

 

 くつくつと笑いながら煙管を吹かす高杉に、呆れた桂は眉間を押さえ溜め息を吐く。

 

「……で、これをどうすればいい?」

 

「彼女によれば、敷地の東西南北にそれぞれ貼り付けると良い、と申しておりました。」

 

「うむ、ではそれに従いやってみるか。」

 

「ちょちょちょっ、待ってくださいよ桂さん!万が一何かあったらどうするんです⁉ここ僕の家なんですから!」

 

 わたわたと慌てて止めに入ろうとする新八。しかしそんな彼の肩を掴む、第三者の手。

 

「!……ちょ、銀さん?何で止めるんですか⁉」

 

「まー落ち着けよ新八、言い出しっぺの法則って知ってるか?何事にもそれをやろうと言い出した奴にはな、全てにおいての責任が自動的に降りかかるモンなんだ。つまり今の場合は言い出しっぺはヅラだから、もし何かあったら全責任はコイツが負うってことになる。例え家が壊れようがそれでお前の大事にしてるお通のグッズやら何やらが吹き飛ぼうが、全責任はコイツが負う。大事なコトだから二回言ったぞ?それでいいじゃねーか。」

 

「……成程、分かりました。それなら僕が各方角に案内しますんで、皆さんついてきてください。」

 

 利き手で眼鏡を上げ、颯爽と歩き出す新八。その背中をぞろぞろと追いかける数人と、周章し駆け出す桂。

 

「ちょっ待て待て!確かにやってみようとは言ったぞ!だけど責任重すぎない⁉俺一人が背負なきゃならんなど聞いておらんぞ⁉第一今の俺は攘夷活動やってはおらんのだから、金だって(ろく)に持ちあわせてはおらぬ。それにもし道場(ここ)に危害が及ぶようなことがあれば、お妙殿からの制裁も怖い………よくて切腹か、(ある)いは─────あっ、待って皆!歩くの早っ‼頼む俺の話も聞いてくれ、頼むからああァァァねええェェェッ‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~むっ………んんんっ美味いアル!銀ちゃんのとこにいた時には決して巡り会えなかった上物な味ネ!」

 

 モンブランを口いっぱいに含み、広がる甘さと栗の風味に思わず笑みが零れる。神楽がケーキを堪能する傍らで、定春とフォウはそれぞれ藤丸と高杉の手から甘栗を貰っていた。

 

「定春、凄いがっつくね~。美味しい?」

 

「わふっ、わんわんっ!」

 

「あははっ、そんなに舐めたらくすぐった────ってギャアアァ!(よだれ)が、涎が服の中にいいぃっ‼」

 

 定春からの猛烈な愛情表現に悲鳴を上げる藤丸と重なるようにして、「ごちそーさまっ!」と神楽が(から)になった皿を前に手を合わせた。

 

「どうだい?満足していただけたか、お(ひい)さん。」

 

「ごっさ美味かったアル!ありがとうな、スギっち!」

 

 高杉への感謝を述べると、神楽はいそいそと先程運んできた袋の中身を広げ始める。出てきたのは幾つもの菓子と、そして(あらかじ)めリボンのついた可愛らしい柄のラッピング袋。神楽は並べた菓子と何度も睨めっこを繰り返し、その中からチョイスしたものをラッピング袋の中へと詰め込んでいた。

 

「ねえ神楽ちゃん、それってもしかして……。」

 

「うん!これね、松陽にあげるんだヨ!こうやって包んだのをこっそり枕元に置いておけば、松陽が起きた時にびっくりすると思って、さっき姉御と考えたアル!」

 

 意気揚々に答えながら、神楽が手に取ったのは眼鏡の形をしたマーブルチョコ。それを最後に袋はいっぱいになったようで、神楽は鼻唄を歌いながら綺麗にリボン結びを施していた。

 

「よし出来た!後はコレを松陽の枕元に…………スギっち、松陽まだ寝てるアルか?」

 

「ああ………まだ目は覚ましてねェらしいが。」

 

「そっか………こうしてサプライズの準備が出来るのは嬉しいけど、早く起きてまた笑顔見せてほしいって気持ちのが、今は強いアル………ぃよっし、早速こっそり置いてくるか!」

 

 寂しい心情を振り払うようにして何度も(かぶり)を振りながら、立ち上がった神楽は隣の部屋へと歩いていく。音を立てないよう静かに開けた襖の間から、先程置いた甘栗を口に咥えたフォウも一緒に、未だ眠る松陽の元へと忍び足で向かって行った。

 

「……嬉しそうだったね、神楽ちゃん。」

 

「ああ、そうだな。」

 

「俺も心配だからなぁ………早く松陽さんの意識が戻ってくれるといいんだけど。」

 

「……ああ。」

 

「それにしても、あの時見た松陽さんの背中の光、一体何だったんだろう………?前にも俺達が魔物に襲われた時、似たものを─────高杉さん?」

 

 何気なく彼の方を見()った藤丸の目が映したのは、常時変わらぬ高杉の横顔。左の目が包帯に覆われた状態のため、そこから感情は読み取れない。だが心なしか、呼吸と連動する肩の動きがいつもより小刻みであるように感じられた。

 

「あの………高杉さ───」

 

 言いようのない不安に駆られ、名を呼ぼうとしたその時、ドタドタと廊下の奥から響く複数の足音にそれは掻き消される。

 

「やっほ~マスター、たっだいま~!」

 

「居残りご苦労様~。あら?仔兎の姿が見えないけど。」

 

 エリザベートが室内を見回していると、開いた襖からフォウを抱いた神楽が上体を覗かせ、「はいは~いっ」と返答した。

 

「あれ?もう札は貼り終えたの?」

 

「いんや、最後の一枚は居間(ここ)の真正面に貼るんだとよ。そんじゃあヅラ、最後の仕上げ頼んだぞ。」

 

「もし道場が爆破四散したら、その時は立て直し費用+慰謝料も丸々ふんだくりますからね。」

 

「ヅラじゃない桂だ!だから大丈夫だってば新八君、それに爆破したらここにいる全員も()端微塵(ぱみじん)になるだろう!あっ、そうなれば俺の保険金から費用慰謝料その他諸々払えばイケるのでは……?」

 

「桂殿、とりあえずモノは試しです。先程の三枚を貼った際にも罠のようなものは作動いたしませんでした。きっと最後の一枚(コレ)も大丈夫です。」

 

「むぅ………そうだな、ここでぐだぐだが続いてまた無駄に文字数を使ってしまうよりだったら、俺も武士として腹を(くく)ろう。さあ段蔵殿、また先のアレを頼む!」

 

 先のアレ、桂がそう告げた直後、「承知しました」と腰を下ろし(かが)んだ体勢をとる段蔵。そこへ桂が覆い被さると、彼女が立ち上がった時の合わせた高さは、ちょうど鴨居辺りまでとなる。

 少女が成人男性をおんぶするという頓痴気(とんちき)な光景に、普通逆じゃね?と誰もが心の中で静かに突っ込む中、桂は札を持つ手を震わせながら鴨居へと近付けていく。

 

「ではいくぞ?ホントにいくぞぉ?いいのだな───────カツラ、行っきまああァァァっす‼」

 

 何度もしつこく振り向いては確認を求めていた桂であったが、青筋の浮き出た銀時と高杉が(カラ)の湯呑を振りかぶっていたため、慌てて正面へと向き直り、そして札を押し付けた。

 (のり)付けなどしておらずとも、まるで吸い寄せられるようにして鴨居へと接着する札。そして──────流れる、沈黙。

 

「………あれ?なんにも起きないね。」

 

 拍子抜けしたように呟くアストルフォの声と、神楽が余った菓子を咀嚼(そしゃく)する音が、居間に漂う静寂に響いた。

 

「………はは、ハハハハハハ!ほら見ろ、危険など何も起こらないではないか!やはり俺の言った通りだな、ああよかった!本当によかった!」

 

 緊張から解放されたためか、高笑いをする桂の額やら背中やらを、噴き出た大量の汗が滝のように伝う。

 本当に何も起こらないのか、と桂を除く誰もが(いぶか)しんでいた時だった。

 

「あ、あの桂さん………見てください、札のトコ。」

 

 強張った顔で一点を見つめたまま、新八が指をさす。一体何があるのかと鴨居へ向き直った刹那、(かれ)の顔もまた驚愕の色に瞬時に染まった。

 

「なっ………こ、れは………⁉」

 

 

 

 ────光っている。否、札に記された文字や術式らしき図が、まるで心臓の鼓動の如く一定の間隔で点滅を繰り返している。

 

 

 その光は徐々に弱まり、やがて淡い輝きは完全に消滅する。呆気にとられる一同であったが、ここで声を上げたのはまたもアストルフォであった。

 

「ん……?んんん?ねえ皆、何か気が付かない?」

 

「あ?気付くって…………そういやあ、さっきより部屋の空気が澄んでるような……。」

 

 先程とは明らかに何かが違う、しかしそれが何なのかを上手く説明することが出来ない………言いようのない違和感に皆が首を傾げていた、その時だった。

 

 

 

 

  『 ピピッ 』

 

 

 

 

 ────その音を耳にするのは、何時(いつ)振りになるだろうか。

 

 

 

 段蔵も、エリザベートも、アストルフォも………そして、藤丸もが、何が起きたのかを()ぐに理解出来なかった。

 

「藤丸……?なあ、今の音って─────」

 

 

 

  『 ピピッ ピピッ ピピッ 』

 

 

 

 断続的に鳴り続ける電子音。呆けた意識を覚醒させ、藤丸は咄嗟に音の源───自身の腕に肌身離さずつけていた、カルデアとの通信機へと目を向ける。

 

「(……やっぱり、壊れてなんかなかったんだ………‼)」

 

 受信を告げるアラートと、点滅を繰り返すボタン。驚愕と安堵に硬直する藤丸の背中を、叱咤(しった)するように叩く大きな手。

 

「あ(いて)っ……………銀さん?」

 

「ほら、ボサッとしてねぇでさっさと出ろよ。細けェことはまず後回しだ、待ちに待ったマシュ達からの通信かもしんねえだろ………?早く出て、元気な声聞かせてやんな。」

 

 白い歯を見せ、(ほが)らかに笑う銀時の言葉に、藤丸の緊張は春先の氷雪のように溶けていく。

 

「……うん、ありがとう。銀さん。」

 

 彼への感謝を伝え、藤丸は(うつむ)いていた顔を上げる。けたたましく鳴り続ける音が響く中、顔を合わせたそれぞれと力強く頷き合う。

 

 

 

 もう藤丸の心に、迷いも躊躇いも無い。大きく深呼吸をし、藤丸は展開したディスプレイの『受信』を示す項目へと触れ、そして────震える指に、力を込めた。

 

 

 

 

 

《続く》

 

 

 

 


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