Fate/Grand Order 白銀の刃   作:藤渚

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【壱】万事屋銀ちゃん(Ⅱ)

 

 

 時計が告げる時刻は、そろそろ9時を回ろうとしている。

ここカルデアの食堂を訪れる者の姿も疎らになりつつある頃、設置されたテーブルの一角に藤丸達はいた。

 

「ほーん。未来を取り戻す為に人理の修復を、ねえ……。」

 

 ダヴィンチちゃんによる一通りの解説をしっかり理解したんだかしてないんだか。あの銀髪天パの男は相変わらず死んだ魚のような目で、向かいに座る藤丸を見たまま呟く。

 彼の両隣には彼と同時に出現したチャイナ娘と、あの後藤丸にシャワーとTシャツ(白地にExtra Attackと書いている)を借りて小綺麗になった眼鏡の少年が、それぞれ椅子に腰掛けている。因みにあの巨大犬はというと、彼らの後ろで背中に丸くなったフォウを乗せ、退屈そうに欠伸をしていた。

 

「んで、その7つの特異点から7つの玉を無事集めたお前らが、神龍に願って人類滅亡の未来を阻止したってわけか。そりゃ凄ぇや、まるでジャンプ漫画の主人公みてえな話だぜ。」

 

「みたいっていうか、それもう只のドラ〇ンボールだよね?俺ガンドは打てるけどかめはめ波は無理だからね?それに玉も集めてないし神龍に願い叶えてももらってないし。」

 

 口端を引きつらせ困惑する藤丸に、「それにしても…」と眼鏡の少年が横から切り出す。

 

「ダヴィンチちゃんさんの説明を受けても、いまいちピンと来ないですよね。サーヴァント?のことといい、時間を超えて旅をしたことといい……それに僕らの知らない世界で人類が滅びかけてたとか、そんな大変なこと全然知りませんでしたし。」

 

「まあ、私達も何度かそんな経験はしてるけどナ。大体は少年漫画独特の努力とか根性で何とかなったみたいな感じアルけど。」

 

「でも、そんな大変な状況を幾度も回避することに成功できたのは、ここにいる藤丸立香先輩やカルデアの皆さん、それに召喚に応えてくださったサーヴァントの皆さんが身を粉にして頑張ってくださったお陰なんです。」

 

「これマシュや、自分を抜いちゃいかんよ。藤丸君がここまで来られたのも、君の甲斐甲斐しい協力あってこそだろ。ねえ藤丸君?」

 

 ダヴィンチちゃんに話を振られると、傾けた湯呑みから口を離した藤丸はうんうんと何度も頷いた。

 

「で、でも……今の私は、以前のように先輩と共にレイシフトを行う事も出来ません。先輩のお側で戦う事の出来ない私が、到底お役に立っているとは───」

 

「そんなことないよ。確かに前みたくずっと一緒にいられないのは少し寂しいけど、マシュをもう危険な目に合わせることはないんだもの。それにマシュのサポートがあってこそ、俺は今でも頑張れるんだから!」

 

 太陽のよう、という比喩がとても当てはまりそうな、屈託のない藤丸の笑顔。マシュは暫し呆けていたものの、少し遅れて頬を赤く染め「ありがとう、ございます……」と小さく言った。これが漫画とか絵であれば、この二人の周りにはファンシーなお花とかキラキラしたオーラとか、そういったイイ雰囲気を表すオプションが飛んでいるところだろう。

 

「………おいおい、俺らはリア充の乳繰り合いを見せつけられるために、こんなとこに喚ばれたってのか?こちとら結野アナのブラック占い途中にして、CMの合間に便所済ませたとこだったってのによ。」

 

「ああ、だからさっき尻丸出しだったんですね。僕は雑巾がけの途中でしたよ、被ったあの水も終わりかけだったから相当汚れてましたし。」

 

「私はTV空いたら楽しみにしてた昼ドラのSP観る予定だったのにヨ、やってらんねーぜコンチキショー。」

 

 目の前の三人が揃って鼻の穴に指を突っ込み、各々が吐き出す恨み言と苛立ちの篭った視線を感じ取り、藤丸とマシュはハッと我に返る。

 

「まあまあ落ち着いて、そうカッカしなさんな………さて、それじゃあまずは君達の名前を教えてもらおうか?」

 

「えー、さっき名乗っただろうがヨ。耄碌(もうろく)してもう忘れたアルか駄貧乳(ダヴィンチ)?」

 

「酷い当て字だなぁ、ダヴィンチだよダヴィンチ。この形もサイズも申し分ない、豊満なバストが目に入らないのかい?確かにさっき我々には名前を教えてくれたけども、呼んでる側には君達が名乗った描写(シーン)がまだ本文(こっち)では無いから分かんないんだよ。」

 

「あのな神楽ちゃん、大分いないとも思うけど、この小説で銀魂初見の人もいるかもしんねえの。そりゃあジャンプで連載10年以上やってるし、アニメも大ヒットだし、実写映画もやったから銀魂知らない人いんのかヨーとかお前言い出すだろうけど、せっかくのクロスオーバーなんだから始めの自己紹介とかそういうとこはしっかりやらねえと。てなわけで初登場から女性の前で尻を丸出しにするという愚行を犯していたあの銀髪野郎は俺、銀魂の主人公・坂田銀時でーす。プロローグの方でも名前出てっから振り仮名とかいらねえよな?そんな難しい字でもねえし。」

 

「もう銀ちゃん……あ、さっきの白髪天パのことアル。銀ちゃんがさっき名前出したチャイナガール、皆のアイドル・可愛い神楽ちゃんだヨ!んでこのおっきいワンコが定春ネ!」

 

「くあぁ~……。」

 

「ちょっとちょっと!こんないい加減な自己紹介がありますか⁉前の回の藤丸君達との差がありすぎだろ!大体、せっかくのクロスオーバーなんですよ?いくら計画性がなくてプロットもろくに立てずに勢いだけで書いてるからって、ここまで雑でいいのかよ⁉」

 

「あ、あとこのさっきから騒がしいツッコミしてる奴が新八だからな。志村新八。」

 

「眼鏡が本体のドルオタ童貞眼鏡、新八アル。皆、覚えられたら覚える感じでいいアルよ~。」

 

「おいいいいっ‼何だよこの酷い扱い⁉僕にだって自己PRさせてくれたっていいでしょ!例えばあの、ほら、実写版のキャストは菅〇将〇だとか‼え?んなもん個性じゃなくて虎の威を借る狐だって?うっせーな分かってんだよそんなこと‼」

 

「……まずいな。このままだと俺達の培ってきた個性が、突然登場した彼らの強すぎるキャラに掻き消されてしまう………行こうマシュ、ダヴィンチちゃん、俺達もあの流れに乗っていい加減な感じの自己紹介をするんだ!」

 

「はい、先輩!」

 

「ってこら~!君達まであのぐだぐだな流れに飛び込んだら、余計収集がつかなくなるだろうが!ここまで台詞オンリーでしか進んでないし、文章書くのサボってるよアイツ~と思われる前に一旦落ち着きたまえ。ほら、皆さっさと席に戻った戻った。」

 

 (珍しく真面目な)ダヴィンチちゃんに叱責を受け、喧嘩に発展しそうになっていた銀髪天パ……銀時と二人の少年少女も、席を立とうと中腰の姿勢のまま固まった藤丸も、すごすごと椅子に座り直した。

 

「さて、名前も分かったことだし、次に君達のクラスの確認作業に入らせてもらうよ。」

 

「クラス?私や新八は番外編だとクラスは3年Z組ネ。」

 

「組み分けのクラスじゃなくてね、サーヴァントのクラスだよ。英霊ってのは大きく分けて7つのクラスに分けられている。剣士(セイバー)弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)騎兵(ライダー)魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)狂戦士(バーサーカー)……あと例外に『エクストラクラス』と呼ばれるものもあるけど、これはまた置いておいてと。先程君達の名前を聞いた時に、一緒にデータも取り込ませてもらってね。そこから詳しい内容の解析を行ったんだ。ああ、でも難しいことは考えなくてもいい。恐らく君達は自分のクラスが何だか分かっていない状態だろうから、今から言う自身のクラスを覚えてくれさえすればいいんだ。」

 

 ダヴィンチちゃんは持っていたタブレット端末を指で数回操作した後、前へと向き直り口を開いた。

 

「まずは坂田銀時君、君は……うん、間違いなくセイバーだね。」

 

「セイバー……ってことは剣士か。確かに普段から剣は振り回してっけど、それでセイバーってのもなーんか普通過ぎてつまんねえな。」

 

 頬を膨らせ、銀時が腰から抜いたのは一本の木刀。柄の部分に『洞爺湖』とかかれたその刀に、藤丸は目を輝かせ「かっこいい…!」と呟いた。

 

「おっ?藤丸……って言ったっけか。この木刀の良さが分かるたぁ、中々見どころあるじゃねえの。流石は人類最後のマスターだけあるな。」

 

「いや、それ人類最後のマスター関係ないですよきっと………さて、じゃあ銀さんの次は僕ですね───」

 

「ええと、次は神楽ちゃんだね。」

 

「あ、あれ?違ったか、恥ずかしいなもう。」

 

「おめでとう神楽ちゃん!君は狂戦士、バーサーカーだ!」

 

「キャッフォオオオイ!何だかよく分かんないけど、響きがカッコいいから嬉しいアル!」

 

「いいなー神楽、銀さんのセイバーと取っ換えねえ?300円あげるから。」

 

「銀さん、サーヴァントのクラスは早々簡単に取り換えられるものじゃないと思いますけど………よし、いよいよ僕だな!ああ緊張しちゃう────」

 

「そして定春君、君はライダーだね。動物型のサーヴァントもこのカルデアには何もいるから、珍しい事ではないよ。」

 

「わんっ。」

 

「……定春のが先だったか。まあ順番なんてどうでもいいけどね!別に悔しくなんてないもんね‼あれ?でもライダーっては乗り手のことですよね、定春はいつも神楽ちゃん乗せてるけど、何かに乗ってることはあんまりないような……。」

 

「新八、お前は普段から定春の何を見てるんだよ。アイツだってちょくちょく乗ってることもあるだろ?ほら、盛りのついた雌犬とか────」

 

 そこまで言いかけた銀時のアブノーマルな台詞は、「でぇっっくしょい‼」と不意に発せられた藤丸のやたらとデカいクシャミにより阻まれ、その如何わしい内容が無事マシュの耳に届くことはなかった。

 

「さぁて、長らくお待たせしたね新八君。」

 

「まさかここまで焦らされるとは思ってませんでしたけどね………はっ!これはもしかすると僕だけ他の皆とは違う、そのエクストラなクラスだったり……⁉」

 

 淡い期待を胸に抱き、逸る鼓動を抑えながら新八はダヴィンチちゃんの口元が動くのをじっと待つ。

 

「さあ最後だ、志村新八君のクラスは───」

 

 指で画面をスクロールし、表記されたデータを読み上げようとしたその時、ピーという電子音と共に画面が真っ黒になり、『ERROR』の文字が何度も点滅を繰り返す。

 

「……ありゃ?」

 

「ダヴィンチちゃん、どうかしましたか?」

 

「んー、端末の調子がおかしくてね………悪いけど新八君、君のクラスの公表は後でにしても構わないかい?」

 

「えっ……あ、はい。」

 

 何度も画面やスイッチを弄るも、反応がないことに溜息を吐くと、ダヴィンチちゃんはタブレットをテーブルに置いてしまう。

 期待していただけに新八の落胆も大きく、その落ち込みようは隣に座る銀時が茶化すことなく、彼の背中をポンポンと優しく叩いてあげる程であった。

 

「えー、では気を取り直して……先程説明した通り、ここは人理継続保障機関・カルデアだ。詳しい場所はまだ言えないんだけどね。知りたかったら二章のプロローグまでゲームを頑張ってくれたまえ。それにしても、君達の話してくれた文明の発達した江戸に、宇宙からの異人・天人(あまんと)の存在……それに、坂田銀時ねぇ。」

 

「あ?俺の名前がどうかしたか?」

 

「いやね、君とよく似た名前………坂田金時の方だったら、こちらの世界の史実に残っているからね。このカルデアには未召喚だけど、バーサーカーの英霊として座にも登録されているし。」

 

「金時か……その名ぁ、聞くと嫌な事思い出すぜ。」

 

「?……銀時さん、金時と会ったことあるの?」

 

 藤丸の問いに、銀時は眉間に皺を寄せたまま、首を横に振る。

 

「いや、金時は金時でも、多分お前らの知らないほうの金時だな………あの金髪ストレートプラモ野郎にゃ、散々酷い目に合わされたっけなぁ。」

 

「そういえば、神楽ちゃんも天人なんですよ。夜の兎と書いて、夜兎(やと)族っていう戦闘部族なんです。」

 

「おうよ、天人でサーヴァントになれた奴ぁアタイくらいなもんよ!」

 

「そうなのですか?どこから見ても宇宙人には見えないので驚きました………それにしても、夜の兎という名前は、神楽さんにお似合いですね。とっても可愛らしいです。」

 

「そ、そうアルか………へへっ。」

 

 マシュの言葉に、神楽は頬を染め照れ笑いを浮かべる。女子同士の微笑ましいやり取りに場の空気がほっこりした後、ダヴィンチちゃんは話の続きを始めた。

 

「兎に角だ。君達がいた世界は、どうやら我々のいる世界とは史実なんかも大まかに異なるらしい。平行世界とは違う、恐らく君達は『本来は決して交わることのない世界』から、何らかの形で召喚された超特異なサーヴァントなんだよ。それにさっき分かったんだけど、どうやら君達の英霊の座は登録されていない。だが現に銀時君達は、こうしてサーヴァントとなってカルデアに召喚されている………何が何だか分からなくて、こちらもお手上げ状態だ。」

 

 ふ~、と大きく息を吐き、ダヴィンチちゃんは両手を上げ(かぶり)を振ってみせる。

 

「ちょ、ちょっとダヴィンチちゃん。さらっと凄いこと言ってなかった?銀時さん達がこことは交わらない世界の存在で、しかも座に登録されてないのに召喚された英霊(サーヴァント)だって?」

 

「そんなこと、現実的にありえるのでしょうか?何か特殊な方法でもないと─────あっ。」

 

 不意に、あることを思い出したマシュは無意識に声を上げる。その意図にいち早く気付いたダヴィンチちゃんは「そう」と呟く。

 

「どうやらあの銀の呼符、本当に只のエラー品じゃなかったようだ……ああもう、こんな事ならもっとよく調べておくんだった!」

 

 爪を噛み、本気で悔しがるダヴィンチちゃんの姿に、詳しい事情を知らない銀時達三名は、ただポカンと口を開けていることしか出来なかった。

 

「あー……つまり俺らはここに喚ばれた時点で、知らんうちにそのサーヴァントってやつになっちまってるってことでいいのか?」

 

「はい。どうやらこちらの手違いで皆さんを召喚してしまったようで………本当に、申し訳ございません。」

 

 沈んだ声で謝罪し、こちらに深々と頭を下げてくるマシュを、新八が慌てて制する。

 

「いやいや、そんなに謝ることないよマシュさん!確かに多少は驚いたけども、別に僕達そんなに怒ってませんし。ねえ銀さん、神楽ちゃん?」

 

「まあ、サーヴァントって何かかっこいい響きだしな。いいじゃねえか、未来を取り戻す為にここで戦うってのも、中々悪かぁないぜ。」

 

「私は毎日お腹いっぱい卵かけご飯が食べられれば問題ないアル。腹が空かない日々が送れるんならサーヴァントでもタコクラゲにでもなってやるネ。なー定春?」

 

「わうぅ……?」

 

 特に気にも留めない様子の彼らの言葉は、落ち込み気味だったマシュの表情に少しずつ明るさを取り戻させていく。

 ポン、と肩に手を置かれ、隣を見ると親指を立てた藤丸が、キラーン☆と白い歯を輝かせ笑っていた。

 

「今までどんな困難も超えてきた俺達だ。今更予想外のことが起きたって、皆と一緒なら何とかなるよ。マシュ!」

 

「皆さん……先輩……!」

 

 吹雪が止み、雲の隙間から差した陽光が窓から食堂へと入り、藤丸達の姿を照らす。それは、まるで希望の光。そうだ、自分達は今日(こんにち)まであらゆる問題も障害も乗り越えてきたじゃないか。異世界からの来訪者がなんだ!世界設定がなんだ!そんなもん気にしたら前になんか進めないじゃないか!だってこれはクロスオーバー作品なんだから‼

 

「てなわけで。カルデアにようこそ!銀時さん、新八さん、神楽ちゃん、定春君!」

 

「んな堅っ苦しくなくていいぜ、銀さんで構わねえよ。」

 

「僕も『さん』付けはなくていいですよ、藤丸君とは実年齢も近そうですし。」

 

「応ヨ!末永くよろしくアル!藤丸!」

 

「Z~……。」

 

「あのー、盛り上がってるところ悪いんだけど────」

 

「よーし、まずは皆の分の種火を確保しないと!貯蓄はボックスガチャの時に集めたのが充分にあるからね、たらふく食わせて最終再臨まで一気に持っていってやる!」

 

「種火って何アル?食えるもんアルか⁉」

 

「ねえ、藤丸君ってば────」

 

「そうだ、ピースとモニュメントと素材のチェックもしないと!一つでも欠けてたら大変だからな!」

 

「先輩?先程からダヴィンチちゃんが呼んで────」

 

「そうと決まれば早速工房へダッシュだ!皆、俺についてきて!」

 

 勢いよく椅子から立ち上がり、意気揚々に食堂の出口へと駆け出す藤丸。しかし舞い上がるあまりに周囲への注意を怠り、ぐっすりと眠りこける定春の後ろ足に躓き、そのまま前へと倒れていった。

 

「せっ、先輩‼」

 

 

 ベシャッ!と派手な音を立て、床に顔面を強打した藤丸は「ぶぇっ」とくぐもった声を上げる。

 慌てて駆け寄ったマシュと新八に助け起こされると、藤丸は赤く腫れた額を押さえながらゆっくりと上体を起こした。

 

「お……俺は一体何を……?」

 

「あれだけエキサイトしてた記憶を一回の転倒で忘れるなんざ……藤丸、お前も中々だな。」

 

 呆気にとられる銀時。ふと、彼の前をダヴィンチちゃんがおもむろに通り過ぎていく。彼女は藤丸の前にしゃがみ込むと、とてもバツが悪そうな顔で彼に言った。

 

「すまない藤丸君…………銀時君達はね、カルデアのサーヴァントにはなれないんだよ。」

 

「………へ?」

 

 言葉の意味が理解出来ず、目を点にする藤丸に、ダヴィンチちゃんは続けて説明をする。

 

「君の使役するサーヴァント達の霊基基点が、ここカルデアになっていることは知っているだろう?そのように、彼らの霊基の基点になっているところはどうやら別になっているようなんだ。このままだと銀時君達も長らくは現界出来ないだろうし、だからホームズと話し合った結果、シバを使って彼らの基点となっている場所を探し出して、誤召喚した四人を送還することに決定しているんだ………あれ?藤丸君、もしかして泣いてる?あー……もっと早く言えばよかったね~ごめんよ、だからお願~いそんな静かに泣かないで~っ。」

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 

「……おい藤丸、いつまで拗ねてんだよ。」

 

 管制室に繋がるカルデアの廊下を歩く、銀時と膨れっ面の藤丸。

 あれから暫くした後、藤丸が医務室で怪我の治療を施してもらっていた時に、管制室から彼と銀時達を呼び出すアナウンスが流れた。どうやら先程ダヴィンチちゃんが言っていた、近未来観測レンズ・シバが銀時達の霊基基点を特定し、そこへ送り届けるためのレイシフト準備が整ったらしい。

 新八はクリーニングが終わった服を取りに行くため、神楽は定春がいつの間にか仲良くなった大きな青い狼と首なしの騎士と遊んでから行くと告げ、別々に管制室へと向かうことにしていた。

 あれから一向に機嫌の治らない藤丸に、銀時はどう声をかけてやろうかと、懸命に思考を巡らせていた。

 

「まあ、その何だ………レイシフト?ってやつにお前もついてくるんだろ?よかったらお前も俺らのいる万事屋に来てみっか?」

 

「……万事屋?」

 

「ああ。俺と新八と神楽、それと定春で『万事屋銀ちゃん』って名前で何でも屋やってんだ。事務所兼自宅だからよ、時間があんなら茶の一杯でも出してやるさ。」

 

「……うん。」

 

 返答はするものの、顔は常に下を向いたまま。そんな彼の態度にやきもきした銀時は、「だあぁ~もうっ!」と中々の声量で叫んだ。

 

「お前はいつまでそうしてんだよ!さっきだって見ただろ、お前を慰めてる時のマシュのあの(ツラ)。納得がいかなくてうじうじすんのはてめえの勝手だけどよ、周りにいる奴にまで余計な心配かけんじゃねえっての。分かったか?」

 

「……ごめん。」

 

「謝んのは俺じゃねえだろ、後でちゃんとマシュとダヴィンチに向かって頭下げとけ。」

 

「うん……ありがとう、銀さん。」

 

 少しずつ、出会った最初の時に見せた明るさを取り戻していく藤丸に安堵し、にっこりと笑う彼に銀時も笑みを零した。

 

「あーあ、でもやっぱり銀さん達ともう離れちゃうなんて寂しいな。もっと時間があったら、俺の旅してきた思い出とかも皆に話せたのに。それに………」

 

 藤丸が、おもむろに足を止める。数歩進んだ先で彼が隣にいないことに気付いた銀時も歩くのを止め、振り向いた。

 

「藤丸……?」

 

「ねえ銀さん……万事屋は頼まれたら何でも依頼を引き受けてくれるんだったよね?」

 

「……ああ、報酬次第だけどな。」

 

「だったら、さ………もしカルデアの技術が今より向上して、銀さん達のいる世界とリンクすることが出来たならさ…………その時は、俺の召喚に応えてくれる?」

 

 そう問い掛けを投げる藤丸。少し寂し気な笑顔を湛える彼の元に、銀時は無言で近付き、がっしりとした手を頭の上に乗せた。

 

「……そんときゃあ、新八と神楽と定春も連れてくからな。依頼料、きっちり四人分用意しとけよ。」

 

「……うん!」

 

「あ、あとスイーツもたらふくな。銀さん的にはホールのケーキとかパフェもたっくさん用意しといてほしい。」

 

「えええ……銀さん、糖尿気味なのに大丈夫なの?さっき新八君に聞いたよ。」

 

「げっ、余計な事言いやがってあの眼鏡。いーのいーの、銀さん甘いもん食わないと生きてけないし、それにサーヴァントになれば多少は糖尿も抑えられんじゃね?」

 

「うーんどうなんだろう、後でダヴィンチちゃんにでも聞いてみようかな……。」

 

 唸り声を出して考え込みながら、藤丸が曲がり角を曲がったちょうどその時、ゆらりと向こう側で黒い何かが動いた。

 カツ、カツと足音のする方を見やると、廊下の奥から一人歩いてくる男の姿を確認する。黒い帽子に黒いマントの出で立ちの彼の正体を、藤丸はよく知っていた。

 

復讐者(アヴェンジャー)!」

 

 明るい声でそう呼ばれると、男は顔をこちらへと向ける。髪の間から覗くぎらついた琥珀色の目に殺意のようなものを感じ取り、銀時の手は少しずつ腰の木刀へと伸びていく。

 そんな彼の様子を察したのか、アヴェンジャーと呼ばれた男の牙の並ぶ口元から、くぐもった笑いが聞こえた。

 

「そう警戒するな、異界のセイバーよ。貴様らの噂は既にカルデア中に広まっている。もう間もなく元の世界へ送還されると聞いたのでな、どんな連中かと今しがたその顔を拝みにいってきたところだ。」

 

 また数歩、アヴェンジャーは前へと進む。彼が藤丸の横を通り抜けようとした時、その足が止まった。

 

 

 

「……忠告しておこう、我が(マスター)よ。これより貴様が赴こうとしているは修羅が道、待ち受けるは大いなる災厄だ。様々な困難や試練という怪物が、貴様を呑み込まんと大口を開けていることだろう。」

 

「……アヴェンジャー?」

 

「だが忘れるな、貴様の側には常に仲間がいるということを……何時如何なる状況においても、彼らを信じよ。それだけは心に留めておけ。」

 

 去り際に頭をポンと叩かれ、アヴェンジャーは曲がり角の向こうへと姿をくらます。遠くなっていく足音を聞きながら、藤丸と銀時は呆然と突っ立っていた。

 

「……何なんだ?あの黒マントは。」

 

「彼はこのカルデアのサーヴァント、復讐者(アヴェンジャー)………巌窟王、エドモン・ダンデスだよ。色んな機会で俺の事を助けてくれたりするんだけど………さっきの忠告の意味は一体何なんだろう?」

 

 顎に手を当てて考えながら、藤丸は再び銀時と共に歩き出す。

 

「待ち受けるは修羅の道……大いなる災厄……うーん、どういうことだってばよ。」

 

「さーな。気ぃつけて歩かねえと、うっかり犬のウ〇コ踏むぞってことじゃねえの?」

 

「ええ~……アヴェンジャー、そんなちゃっちい警告してくるかなあ………あ。」

 

 ふと気がつけば、いつの間にかそこは管制室の大きな扉の前。二人が近付くと、扉は自動的に開き彼らを中へと招き入れた。

 

「あっ。せんぱーい!」

 

 藤丸を迎えたのは、レイシフト準備を行うため先に中にいたマシュだった。彼女の後ろを歩くのは、食堂の赤い弓兵から貰ったクッキーを口いっぱいに頬張る神楽だ。

 

「マシュ、さっきはごめんね。俺もう大丈夫だから。」

 

「いいえ、先輩が元気になられて何よりです。」

 

「あっ、何だよ神楽~旨そうなもん食ってんじゃん、銀さんにもちょうだいよ。」

 

「ふぃふぁネ、ふぉれふぁふぁふぁひふぉファル(嫌ネ、これは私のアル)」

 

 後ろの二人がクッキーを巡って醜い争いを繰り広げている間に、藤丸とマシュは管制室内へと進んでいく。

 

「神楽ちゃんもいるってことは、もう皆揃ってるのかな?」

 

「ええ、皆さんもういらっしゃいますよ。ですが……」

 

 と、何故が眉間に皺を寄せるマシュ。藤丸がそんな彼女の様子に首を傾げた時、管制室に二つの声が響いた。

 

「仔犬~っ!遅いじゃないのも~ぅっ!」

 

「やっほ~マスター!こっちこっち~!」

 

「……うん?」

 

 気のせいかな?と思いつつも、好奇心から藤丸は声のした方を見やる。

 するとそこには嬉しそうに色紙を持つ新八の姿、そして彼の隣に立つショッキングピンクの髪の少女と、こちらは淡いピンク色の髪を三つ編みに結った少女…のような少年、それと定春の毛並みを整える忍者風の黒髪の少女と、新たに増えた三名のメンバーの姿があった。

 

「んもう、どれだけ待たせるのよ!まあ、この眼鏡ワンコと話しているのもいい時間潰しにはなったけどね。」

 

 頭頂から生えた黒い角に、長く伸びた黒い尻尾のこの可愛らしい少女もまた、このカルデアのサーヴァントである。

 監獄城チェイテという名の槍を使うランサーである彼女の真名は、その名も高きエリザベート・バートリー。通称エリちゃん。かつて己の美貌の為に600人以上もの少女達を惨殺し、その生き血を身体に浴びたとされる、血の伯爵夫人と呼ばれた存在………なのだが、この姿は彼女が結婚する前の14歳のもの。自称アイドルを名乗っており、本人曰く特技は歌らしいのだが、本人曰く、である。その実態は壊滅レベルの音痴。是非今度ジャ〇アンを呼んで対決させてみたいのだが。え、駄目?死人が出る?

 あと彼女が呼んでいる眼鏡ワンコとは、恐らくそこの色紙を眺めてご満悦な新八の事だろう。彼女がアイドルであることを知った彼がサインをねだったのが、或いはエリザベートがくれたものなのだろうか。いずれにせよ、最推しアイドル・寺門通がいるというのに、これは裏切りにはならないのだろうか疑問なところ。

 

「あっ、その人が銀ちゃんだね!こんにちは~初めまして!僕アストルフォだよ!」

 

 もう既に名乗ってしまったけども、解説の為もう一度。一見可憐な少女のような見た目のこの少年、調べによるとプロローグの方でもう出番があったようだが。念のためここで詳しい解説もさせてくださいな。

 彼の名はアストルフォ。イングランド王の息子にして、ちょっと理性が蒸発気味なシャルルマーニュ十二勇士の一人である。ライダーのサーヴァントであり、主に幻馬・ヒポグリフに跨って戦場を駆け抜ける。因みに普段から女性の衣装を着ているのには、色々と理由があるんだとか。色々とね。

 

「エリザベート、アストルフォ……何でここに?」

 

「ふふん、決まってるじゃない。仔犬と一緒に、この眼鏡ワンコ達のいる『かぶき町』とやらに行くためよ。ああ……一度行ってみたかったの!仔犬の雑誌を読んだり、実際に新宿に行ってきたっていうオルタのジャンヌとセイバーに話を聞いてから、ずぅっと羨ましかったのよ!闇夜に輝くネオン街なんて素敵じゃない!だから、ね?アタシも連れってって~マスターっ!」

 

「僕もエリちゃんとおんなじ理由だよ~。マスターの護衛も兼ねて、皆で銀ちゃん達をお見送りしようと思って!」

 

「どこからそんな話を………あっ。」

 

 藤丸の脳裏に甦るのは、先程の巌窟王との会話の一部。

 噂が漏れて伝わった結果がこれか~…と藤丸が頭を抱えているすぐ横で、神楽とのクッキー争奪戦(一個だけもぎ取ってきた)を終え戻ってきた銀時の周りを、アストルフォがぐるぐると回りながら興味津々に彼を観察していた。

 

「……それで、君はどうしてここに?」

 

 何とか気を取り直し、藤丸は定春の隣に立つ黒髪忍者少女───加藤段蔵に問い掛ける。

 彼女は絡繰(からくり)のサーヴァントであり、そのクラスも忍者らしくアサシン。幻術師・果心居士により創り出され、サーヴァントとなる以前は初代風魔小太郎の元におり、彼から多様な忍術を搭載されている他、身体に内蔵してある様々な武器などを駆使して戦う。因みにロケットパンチも出来る。んん~ロマンだね。

 

「はい。実は段蔵が特に任務もなく廊下を歩いていた際、そちらのアストルフォ殿に呼び止められまして───」

 

「そう、僕が段蔵ちゃんも誘ったんだよ!彼女ここに来てからまだ日も浅いし、親睦を深めるためにも一緒にマスターの護衛やろうよってね!」

 

「……すみません先輩、あまり大人数になるとご迷惑になると思ったのですが、エリザベートさんとアストルフォさんか聞かなくて……。」

 

「ん~……どう銀さん?そちらが迷惑でなければいいんだけど。」

 

「おお、俺は全然構わねえぜ。結野アナの放送に間に合う時間に帰れるってんなら、何人来ようと構やしねえよ。まあ、お登勢のババアがちぃとうるせえかもしんねえけどな、そこは気にすんな。」

 

「ぅわーい!ありかとう銀ちゃん!」

 

 アストルフォのハグを受け、にへら~と頬を緩ませる銀時も満更ではない様子。彼にアストルフォの性別を伝えるべきかと藤丸は悩んだが、まあ幸せならOKだろう。

 

『さて皆、揃ったかな?これより銀時君達の霊基基点・江戸へのレイシフトを開始するよ~。』

 

 ダヴィンチちゃんのアナウンスが管制室に響き渡ると、マシュを始め他のスタッフ達もいそいそと配置に着き始める。

 

「それでは先輩、皆さん、お気をつけて………銀時さん達も、どうかお元気で。」

 

「ああ、いってくるよ。マシュ。」

 

「色々世話んなったな。いつか遊びに来いよ、いちご牛乳飲ましてやっから。」

 

「マシュさん、ダヴィンチちゃんさん、カルデアの皆さんも色々とありがとうございました。お元気で!」

 

「マシュマロ、駄貧乳(ダヴィンチ)、ばいばいヨ~。」

 

「わおーんっ!」

 

「それじゃ、ちょっと行ってくるわね。仔犬のことは私達に任せなさい。」

 

「いってきまーすっ!お土産待っててね~!」

 

「それでは、行ってまいりまする。小太郎様にもよろしくお伝えください。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『アンサモンプログラム スタート。 霊子変換を開始します。』

 

 

 

 『レイシフト開始まで、あと3、2、1……』

 

 

 

 

 

 『全工程 完了。』

 

 

 『レムナントオーダー 実証を開始します。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイシフトを行っている最中、とある職員のインカムに小さなノイズが混ざった。

 

 無機質な音の向こうに、微かに何かが聞こえるような気がするも、彼の集中力はそこから背けられてしまう。

 

 

 それは、泡が弾ける音よりも小さい、何者かの囁きだったとしても、彼は最後までそれに気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……後は……頼み、ましたよ……………銀時。』

 

 

 

 

 

 

 

《続く》

 


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