Fate/Grand Order 白銀の刃   作:藤渚

30 / 44
【捌】 再会そして、契約(Ⅲ)

 

 

 

  『 ピッ 』

 

 

 画面のコマンドに触れた直後、(くう)に展開されるディスプレイ。

 

 

 痛いほどの深閑の中に、誰かの生唾を飲み込む音が響く。

 

 

 

 皆が目を見張る中、砂嵐を映し続けていた電子モニターに、変化が訪れようとして────

 

 

 

 

『先輩っ‼せんぱーいっ‼』

 

 

 突として、画面いっぱいに映し出される少女の顔面。

 スピーカーを(かい)して室内の空気を震わす大声量に、居間にいる誰も(一部除く)が一斉にひっくり返った。

 

『先輩、どこですかっ⁉どうか応答願います!立香先輩っ‼』

 

『こらこら、気持ちは分かるけど一旦落ち着いて。そんなに顔を近付けちゃあ、向こうから確認も出来やしないだろ?』

 

 モニターの端から聞こえてきた第三者の声に、「す、すみません…」と小さく謝った少女の顔が離れていく。

 やがて青と白の画面が少女の姿を映し出すと、上体を起こした藤丸の目は大きく見開かれる。

 

 

「………マシュ?」

 

 

 震える声が名を紡ぐと、少女───マシュも少しだけ驚いた様子を見せ、やがて眼鏡越しの瞳に輝きを(とも)した。

 

『………はい、先輩。マシュです、マシュ・キリエライトです!』

 

「マシュ………夢じゃ、ないよね?本当のホントに?」

 

『ええ、夢ではありません。本当のホントにマシュです!』

 

「フォーゥ!(ガブッ)」

 

「痛でででっ!フォウ君痛い痛い!」

 

『あっ!駄目ですよフォウさん!というか、やはりそちらにいらしたんですね⁉心配したんですからっもう!』

 

 ぷりぷりと怒るマシュに、「キュゥ……」と小さく鳴いたフォウは長い耳を下げ、僅かに落ち込む素振りを見せる。

 

「あはは………ん?こうして痛いってことは、やっぱりこれは夢じゃない………んだよ、ね?」

 

 フォウに噛まれた指の痛みが、この奇跡を現実のものであることを知らせてくれる。徐々に引いていく痛みとは正反対に、驚愕と歓喜に高揚する気を抑えられないまま、藤丸はモニターへとつんのめった。

 

「マシュ………。」

 

『先輩………。』

 

「マシュ……ああ、本物のマシュなんだ!」

 

『はい、正真正銘あなたの後輩、マシュ・キリエライトですよ!立香先輩っ!』

 

「ま………マシュ!」

 

『先輩!』

 

「マシュっ‼」

 

『先輩っ‼』

 

「マシュうううゥゥゥゥゥッ‼」

 

『先ぱあああァァァァァァっい‼』

 

「だああァァッ‼いつまで乳クリクリ合ってンだオメーらは⁉同窓会で久々に再会した女共ばりにノリがウゼェんだよっ‼」

 

 スパーンッ!と小気味良い音を鳴らして、銀時の平手が藤丸の後頭部に直撃する。「ぐほぁっ‼」と声を上げて倒れる藤丸に、モニターの向こうから「先パーイッ⁉」とマシュが叫んでいた。

 

「やっほ~マシュ!久しぶりだね~元気だった?」

 

「三日ぶり、ほどでしょうか………しかしマシュ殿、目の下に(くま)が見受けられまする。あまり休まれていないのでは……?」

 

「あら、本当だわ!もうっ駄目よマシュ!睡眠不足は美容の敵だってポ〇コも言ってたでしょ!」

 

「フォーゥ、フォウッ!」

 

『す、すみません。必要時以外は管制室から離れたくなかったもので…………でも、皆さんのお顔を見られてやっと安心出来ました。本当に、ご無事で何よりです。』

 

「マシュさん、お久しぶりです!またお会いできるなんて嬉しいなぁ……。」

 

「おい童貞眼鏡、鼻の下伸ばしてンじゃねーぞ。マシュ、私達も皆元気アルよ!なっ定春?」

 

「わぉーんっ!わんわんっ!」

 

 和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気に室内が満たされていく一方、その中に溶け込めないでいる英霊が二騎。事情をまるで知らない桂は只困惑し、高杉は素知らぬ顔で煙管を(くゆ)らせている。

 

『はいは~い。再会の喜びに浸るのもいいけど、このまま一話丸々っとそれで持たすわけにはいかないだろ?そろそろ私にも喋らせてくれないかな?』

 

『あっ、すみません。私ったらつい夢中になってしまって……。』

 

『別に謝ることはないよ。君が藤丸君に一番会いたがっていたのは、私も職員達も理解の上だからね。さて、ちょっと割り込ませてもらうよ。』

 

 モニターのマシュが横へとずれ、ひょっこりと顔を覗かせる黒髪の美女。突然の新キャラの登場に瞠目する桂に対し、彼女はにっこりと微笑んだ。

 

『おや、そこの色男さん達は初めて見る顔だね?自己紹介が遅れて申し訳ない。私はレオナルド・ダ・ヴィンチ、皆はダヴィンチちゃんと呼んでるよ。こう見えてカルデアの技術局特別名誉顧問を務めてる、万能の英霊なのさ。』

 

「あ、ええと………俺は桂小太郎、こちらでは魔術師(キャスター)として現界している。」

 

『ふんふん、私と同じクラスか。キャスターがいるなら色々と心強いかもね、よろしく~………それで、そちらの彼は?』

 

 ダヴィンチ、もといダヴィンチちゃんの興味が、高杉へと移る。向けられる視線に一瞥(いちべつ)を返し、抑揚頓挫(とんざ)の無い声で彼は答える。

 

「……高杉晋助、復讐者(アヴェンジャー)だ。」

 

 あまりに素気の無い態度と峻険(しゅんけん)な雰囲気に、マシュは眉を寄せる。しかし彼女の強張った表情は、フォウが高杉(かれ)の膝に飛び乗ったことにより、驚きへと変わった。

 

『フォウさんが自分から………あんなに懐いていらっしゃるなんて……。』

 

「な?驚いただろ~マシュ。英霊(ひと)なんざ見かけにゃよらねェんだぜ。」

 

『……はい、銀時さんの(おっしゃ)る通りですね。ほんの少しでも(いぶか)しく思ってしまった自分が恥ずかしいです。』

 

 (うつむ)くマシュを尻目に()け、高杉は何も答えることなくフォウを撫でる。態度とは裏腹の柔らかい手付きで背中を撫でられ、「キュウ~ゥ…」と鳴き声を洩らしフォウは目を細めた。

 

『ん……?高杉クン、君まさか────』

 

 ダヴィンチちゃんが(おもむろ)に口を開いた時、穏やかな光を湛えていた高杉の右眼が刃の如き鋭さへと変貌し、彼女を睨みつける。画面越しであれど、視線だけで対象(こちら)射殺(いころ)さんとばかりの眼光に(ひる)み、尚()つ彼が声に出さず伝えてくる内容(モノ)をそこから即座に読みとり、賢いダヴィンチちゃんはそれ以上の穿鑿(せんさく)を止めることにした。

 

『まあとりあえず、君達が元気そうで何よりだ。管制室にいる職員達も皆喜んで………あーあ、ムニエルなんて号泣じゃないか~。誰か彼にティッシュペーパー渡し……いやもうコレ、ティッシュじゃ間に合わないな。タオル持ってきてタオル。』

 

「俺達の方は何とか………まあ、色々あり過ぎてどれから報告していけばいいのか分からないんだけど………。」

 

『構わないさ、こちらは本日始めて通信に成功したんだ。何でもいい、何一つ分からないことだらけの私達に、今日(こんにち)までに起きたことを教えてくれないかい?』

 

 ダヴィンチちゃんが言うなり、藤丸を始め何人もの挙手が一斉に上がる。そして彼女が誰と指名するのを待たずして、皆(せき)を切ったように話し始めた。

 

「マシュ、それにダヴィンチちゃん!実はこっちの世界では、ずっと夜が続いてて────」

 

「聞いてよ二人とも~!アタシは(きら)びやかなネオンの街を見たかっただけなのに、変な宇宙人や魔物が次々と襲ってきてね!いくらアタシが輝かしいアイドルの卵だからって、いきなりボディタッチを要求してくるだなんて非常識にも程があると思わない⁉」

 

「あっそうだ!ねえ二人ともっさっき縁側の下にゴリラがいたんだよ!マスターも僕も見たもんっ嘘じゃないも~ん!」

 

「フォーオゥ!フォウフォウフォウッ!キュウゥッ!」

 

「おいおい、おたくらがレイシフト?した到着時間、思いっくそズレてて結局結野アナ見逃しちまったじゃねーか!俺が一番楽しみにしてた湯けむりリポート(ポロリもあるカモよ☆)だったってのに、局に頼んで録画(ダビング)したテープ貰ってくんねぇと承知しねェぞコノヤローッ‼」

 

「あ~銀ちゃんズルいネ!それなら私も、『家政婦は多分見たかもしれない・愛と憎悪の土俵入り、どすこいバンジー殺人事件!』のテープ欲しいアル!」

 

「わんわんっ!わんっ!」

 

『はいはいは~い。諸君らの(はや)る気持ちはよ~く分かるが、そう一遍(いっぺん)に喋らないでくれ。いくら私が天才とはいえ、かの厩戸皇子(うまやどのおうじ)みたいな真似は出来ないからね。きちんと順番で頼むよ、は~い一列に並んだ並んだっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 広い庭の草陰から、雨を求める(かわず)(すだ)く声を聞きながら、桂は一人縁側に立ち、異形の月と宇宙船(ふね)の浮かぶ空を見上げている。

 そんな彼の後ろでは、居間に集まった皆から各々(おのおの)提供された情報をまとめたダヴィンチちゃんが、幾つかの要点を読み上げる。

 

『………成程ね。晨夜(しんや)の区別付かず、夜の(とばり)に覆われた常夜の江戸の国。それと関連するかのように同時期に出現した、人間を襲う正体不明の魔物達(エネミー)………そして何より気にかかるのは、君達の前に一切の記憶を失った状態で現れた、銀時君達の(かつ)ての恩師である男性………ええと、松陽君っていったっけ?』

 

 確認を求めるダヴィンチちゃんに、銀時や神楽そして藤丸が頷き、答えを示す。

 

『しかしその松陽君について、やはり気になる点が幾つもあるなぁ。背中に浮き出た不可解な紋様といい、記憶を喪失していることといい、まあ彼の記憶が欠落している原因として挙げられるのは、恐らく現界時に起きたであろう何らかのバグによるものだと考えられるけど………うーん、こればかりは推測だけだと心許(こころもと)ないなぁ。出来れば松陽君本人にも、詳しい話を聞いてみたいところなんだけど。』

 

「……松陽は、具合が悪くて寝てるヨ。今はまだそっとしておくネ。」

 

 定春のもふもふボディに顔を埋め、神楽は閉ざされた襖を向いてそう呟く。未だ開くことの無い堅縁の狭間、その箇所を見つめ続ける彼女の瞳に揺らぐ(うれ)いを、藤丸や銀時を始め誰もが感じ取っていた。

 

『先輩からお聞きした、その松陽さんという方………とても皆さんに慕われておられるんですね。』

 

「うん。凄く優しくて穏やかな人なんだ、目が覚めたらマシュにも是非会ってもらいたいな。」

 

「うんうん、マシュもきっと仲良くなれるよ。僕も松陽さんのこと大好きだもんっ!」

 

 (にこ)やかな藤丸とアストルフォの言葉に、画面越しに頬を染めたマシュは微笑みと共に「はいっ!」と頷く。漂っていた緊張が彼らのやり取りによってやや緩和されていたその時、縁側の桂が不意に呟いた。

 

「おっ、戻ったか。」

 

 彼の声に振り向いた一同がみたものは、プルルル……と安臭い感じのプロペラ音と共にゆっくりと降下してくる、数体の小さな式神エリザベス。国民的代表作の某青い狸、じゃなかった猫型ロボットが飛行時に頭部に装着している、あの黄色いプロペラに似たものを頭頂で回転させ、各々手に持った小型のカメラを抱えたまま、エリザベス達は次々と広げた桂の腕の中に収まっていく。

 

「よしよし、皆無事に帰ってきてくれて何よりだ。もう休んでよいぞ。」

 

 それぞれのエリザベスが、桂からの(ねぎら)いの言葉と優しい手付きでのナデナデを(ほどこ)された後、敬礼をして消失していく。やがて最後の一匹が消えた後、桂は皆のいる居間の中へと歩を進めた。

 

「ダヴィンチちゃん殿、映像のデータは上手くそちらに送られただろうか?」

 

『バッチリさ、助かったよヅ……桂君。しかし君の使い魔、中々ユニークなデザインだねぇ?私の芸術的センスが久々にざわついてるよ。機会があればもっとよく観察してみたいものだ。』

 

「おおっ⁉エリザベスの魅力が理解出来るとは、流石はダヴィンチちゃん殿!そなたが偉大なる科学者にして芸術家の英霊であると、かねがね藤丸君から聞いてはいたのだが、まさかこれまでに豊かな感性を持っておられるとは……!『いつか』などと待ちきれぬ!是非今、ここで、俺の可愛いエリザベスを存っ分に見てくれ!」

 

 鼻息を荒げながら、桂は展開した緑の巻物を広げる。紙面に(つづ)られた文字が輝き、それらが光の球となって天井付近へと浮き上がり────

 

「え?えっ────うわあああァァァッ‼」

 

 悲鳴を上げる新八を始め、驚愕する一同の頭上から次々と振ってくる、大中小様々なサイズの式神エリザベス。

 この光景を分かりやすくお伝えするために礼を挙げるとすれば、ジャンヌ・ダルク・オルタ・しゃん……失礼、ジャンヌ・ダルク・オルてゃ……ええいっもう、縮めてジャンヌサンタリリィの宝具、『優雅に歌え、かの聖誕を(ラ・グラスフィールノエル)』を思い浮かべていただきたい。クリスマスケーキやプレゼント、可愛らしいぬいぐるみが雨の様に降り注ぐあちらに対抗するように、桂の展開した大量のエリザベス(中には「宇宙怪獣ステファン」と書かれた(まが)い物もあったが)は、(またた)く間に居間中を埋め尽くしていった。

 

「っぷは~!テメェ何しやがんだ馬鹿ヅラ‼死因がオ〇Qで窒息(ちっそく)とか冗談でも笑えねーぞ‼」

 

「ヅラじゃないかつ……もごっ⁉ふぉ、ふぉら!(くひ)のなふぁひ(ふぁい)っふぇふぁ、ゲホッゲホッ!」

 

「ひゃん!ちょ、何してるの⁉アタシのスカートの中に潜っちゃ駄目……あはっ!あはははは!やめて~動かないで~(くすぐ)たいっ、キャハハハハハ!」

 

「わうっ⁉わんわんっ!きゃいんっ!」

 

『た、大変です!部屋の中がエリザベスさんだらけに………先輩、姿が見えませんがご無事ですか⁉』

 

「うわ~マスター!犬〇家のアレみたいに上下逆さまにひっくり返って(ただよ)ってる!今僕が助け……る前に、面白いから写真撮ってもいい?」

 

 最早収拾つかず、というかこのままだと話が前に進みやしない。読んでくれてる側が既に飽き飽きしてるだろうし、誰でもいいから収拾つけてくれないかな~。などとダヴィンチちゃんの心中の呟きを()みとったかのように、突として響き渡る咳払いの声。

 明確な苛立ちを含んだそれに喧騒(けんそう)はぴたりと止み、恐る恐る動いた一同の首が一点へと集中する。

 その先にあるのは、首から下がエリザベスに埋もれている状態でこちらを睨む高杉の姿。頭と肩の上でフォウと小さなエリザベスがじゃれ合う微笑ましい様子が繰り広げられていようとお構いなし。鋭い眼光を放つ右目から伝わる憤然と、見るも明らかな慍色(おんしょく)に、居間にいる全員を始めディスプレイの向こうのマシュまでもが恐懼(きょうく)し口を(つぐ)んだ。

 

『桂く~ん、せっかく召喚してくれたのに悪いんだけど、やっぱりモニター越しだとよく観察出来ないなぁ。また今度、それこそ君がカルデアに来られた時にでも、じっくりと研究させてくれたまえ。』

 

「あ、ああ………そうだな、そうするとしよう。」

 

 そう言ってから桂が二、三度手を叩くと、式神エリザベス達はポンッと煙と共に一斉に消滅する。居間の体積を満たしていたそれらがいなくなったことにより、(ちゅう)にある体は重力に従って下へと引っ張られ、高杉や段蔵のように畳へと器用に着地する者もあれば、銀時や藤丸のように「(いって)ぇっ!」と上げた声と共に尻やら顔からダイブする者もちらほらと見受けられた。

 

『大丈夫ですか先輩っ⁉今顔面から(もろ)に着地されましたが……!』

 

「フォ~オゥ?」

 

「あいててて………うん大丈夫、平気平気。」

 

 赤く腫れた鼻を押さえながら体を起こし、藤丸はマシュとフォウに親指を立ててみせる。救急箱を持ってきた段蔵に手当を受ける彼の周りで、サーヴァント達は皆モニターの方へと体を向け、腰を下ろした。

 

『さて、今のぐだぐだタイムの間にこちらは映像からのデータ解析を終えたようだ。』

 

「ほう、あの短時間でか。カルデアにゃあアンタを始め、随分と有能な人材が揃ってるらしいな。」

 

『んふふ~、君のような色男にお褒めに預かるとは光栄だよ、高杉君。そっちに聞こえているかは分からないけど、管制室(こちら)にいる女性職員達も黄色い声を上げているよ。君の言う通り、我がカルデアの職員達は誰もが優秀であり、誰もが誇れる宝なのさ。さてと、ここからは私とマシュがやるから、皆は少し休んでいいよ~。』

 

 ダヴィンチちゃんがそう言ったと同時に、スピーカーの向こうから(ざわ)めきが聞こえてくる。彼女とマシュの間から手を振るムニエル……先程の号泣していたとされる男性職員に同じく手を振り返す藤丸に和やかな眼差しを送った後、ダヴィンチちゃんは手元のタブレット端末に目を移し、そしてマシュと共に口を開く。

 

『まずは君達のいる、そちらの世界についてなんだけど……………そのことについて、私から一つ謝罪をさせてほしい。』

 

 途端、ダヴィンチちゃんの顔からモナ・リザの微笑が消える。普段あまり見ることのない、いつになく真剣な様子のダヴィンチちゃんに藤丸やアストルフォ達は目を丸くしつつも、彼女の話に耳を傾ける。

 

『……すまない。実はそちらの霊基基点、銀時君達が本来存在していた江戸(ばしょ)ではないんだ。いや正確に言うのなら、銀時君達がいた世界に限りなく近い、だが異なる『もう一つの江戸』と表したほうが正しいかな。シバが観測した本来の霊基基点である江戸と、こちら側に関するデータ内容があまりに酷似していたがために、こちらで到達先の設定を誤ってしまったんだ。』

 

「もう一つの、江戸……それってどういうことですか?僕らのいた本当の江戸と、ここは違うってことなんですか?」

 

 ダヴィンチちゃんの言ったことが呑み込めず、唖然としながら質問をする新八の横で、銀時と神楽は余っていた駄菓子を頬張っている。冷静なのかはたまた話が難し過ぎて理解が追いつかないのか、表情一つ変えることなく爪楊枝(つまようじ)で刺したフルーツ餅を口に運び、もそもそと咀嚼(そしゃく)する二人を一瞥(いちべつ)し、ダヴィンチちゃんは続ける。

 

『平行世界………パラレルワールド、と言ったほうが分かりやすいかな?主に一つの世界から分岐し、それと並行して存在している別世界のことを示すのさ。在り得たかもしれない未来、可能性、選択……そういった『If(イフ)』が世界の数だけ無限に広がっている。ところで新八君、君はさっき「本当の江戸」と言ったね?それじゃあ数多(あまた)に存在する世界の中で、どうして君は自分のいた世界が本物だと言い切れるんだい?』

 

「え?そ、それは………その………。」

 

『……ダヴィンチちゃん、今の質問で新八さんが眉を(しか)めてしまってます。』

 

『ありゃ、困らせてしまったかな?そんなつもりはなかったんだけど、君がそう捉えてしまったのであれば謝るよ、すまないね。しかしだ、私が今言ったように平行世界とは、まるで合わせ鏡をした時に起こる、鏡の中に果てしなく(つら)なる同じ姿をした肖像のように、それは無数、そして無限に展開しているのさ。君達のいた天人の飛来した江戸、そして私がこうして今話している志村新八君だって、姿形も全く同じモノが他の平行世界に存在していても、ちっとも不思議ではないんだぜ?』

 

「えっと………つまりは、僕らのいた世界にそっくりな別世界は他にも存在していて、そこにはまた別世界の僕も存在していて…………んん?」

 

 眼鏡の下の瞳がぐるぐると渦巻き、混乱する思考をリセットするように、新八は立てた両手の指で自身の頭を乱暴にがしがしと掻く。

 そんな彼とは対称的に、桂は至って平静を保った状態で切り出してきた。

 

「とすれば、やはりここは俺達の存在していた世界と合わせ鏡になった平行世界の一つ、というわけなのだな…………しかしつくづく驚かされることばかりだ。多少異なる箇所はあれど、宇宙船の飛び交う空や江戸の街並み、そして馴染みのある者達までもが、俺の知るそっくりそのままの姿なのだから。」

 

「……だが、問題はこっからだ。ヅラの言ったように、平行世界といえど俺達のいた世界(ほう)と違うモンがあるってのはまあ分かる。だとするなら、何故この江戸に朝は訪れない?夜闇を徘徊(はいかい)し、人を襲い肝を喰らうあの化け物共はどこから現れた?そして何より……………俺達が英霊(サーヴァント)として、こちらの平行世界に()ばれた理由が、未だ明確になっちゃいねぇ。」

 

 高杉が溜め息と共に吐き零した紫煙に、琥珀の蝶達が絡みつくように舞い踊る。眉間に皺を寄せる彼の言う事も最もだ、と銀時はラストワンとなったフルーツ餅を口に放りながら胸の内で頷く。こちらの世界にレイシフトをしてからまだ日は浅いといえど、明らかに異常な事態が起きていることはよっぽどの阿呆でも分かることだ。

 (くわ)えた爪楊枝を折り、容器と共に屑籠(くずかご)へと投げ入れたと同時に、「ねえっ」とエリザベートが(おもむろ)に開口する。

 

「アタシ達の知ってることはさっき一通り話したんだし、とりあえず今度はそっちで把握出来た内容を聞かせてくれないかしら?分からないことはたくさんあれど、解決できるものならアタシはまず最初にこの延々と続く暗闇を何とかしたいわ…………嫌なのよ、閉められた井戸のように真っ暗で、息が詰まりそうになるこの感覚。まるでたった一人で『最期』を迎えた、あの時を思い出すみたいで………。」

 

 水縹(みはなだ)の瞳を伏せ、僅かに震える自らの肩を抱くエリザベート。そんな彼女の手の上に重ねられる、もう一つの手。

 

「!………仔兎?」

 

「エリちゃん、もしも真っ暗が怖くなったらいつでも言ってヨ?私、エリちゃんに昔何があったのかは全然分からないアル。けど私も銀ちゃんも新八も定春も、みーんなエリちゃんの側にいるからナ、もう寂しい思いはさせないアル!」

 

 満面の笑顔と共にかけられた温かい言葉に、エリザベートの抱いていた不安や(おそ)れはまるで口内に入れたチョコレートのように溶けて、そして消えていく。

 気恥ずかしさに視線を逸らしながらも、「……ありがとう」と()いで出た感謝に、神楽はまた明るく微笑んだ。

 

『……エリザベートさん、元気になられてよかったです。』

 

「フォウ、フォウフォウ。」

 

「そうだね~。こっちに来てからもあの二人、結構仲良いみたいだよ?何かと神楽ちゃんの世話を焼いてあげてるエリちゃんが、まるでお姉さんみたいだし………それでさダヴィンチちゃん、そっちで他に分かったことを色々と聞かせてほしいな?」

 

『りょうか~い。先程ヅ……桂君が先程こちらに送ってくれた、江戸の様子を撮った映像及び画像データを解析した内容を元に、我が天才的な頭脳をフル回転させた上での結論を述べさせてもらうよ。』

 

 アストルフォの催促(さいそく)に頷いて応え、ダヴィンチちゃんは目を落としたタブレットに指を滑らせ、画面に開示された内容を読み始める。張りのある潤った唇が果たして何を紡ぐのか、皆目を(みは)固唾(かたず)を飲み込んだ。

 

『まず、そちらの国を四六時中覆っている幽暗………それこそが、今の今まで我々が君達との通信を行えなかった最大の原因だ。その正体は永劫(えいごう)に続く夜の闇なんかじゃない………ズバリ、『何者かの膨大な魔力』によって造り出された、大規模で堅牢な魔術結界なのさ。』

 

「魔術結界、だって………⁉」

 

 ダヴィンチちゃんの出した一つの結論、あまりに聞き慣れないその単語を、新八は反芻する新八の横で、桂はまたも眉一つ動かすことなく冷静に呟く。

 

「……やはり、その(たぐい)によるものか。」

 

『流石は魔術師(キャスター)クラスとして現界しただけのことはある、大凡(おおよそ)のことについては予測していたんだね、ヅラ君。』

 

「あ?何だよヅラぁ、分かってたんならもっと早く言えっての。」

 

「ええいもうっどいつもこいつも!だからヅラじゃない桂だ!仕方なかろう銀時、確証も無いのに事を荒立てたくはなかったのだから…………しかし魔術による結界となれば、この現象は何者かが人為的に起こしているということになるな。それもここ十年という、長い年月の間も結界は維持し続けられている………だとすれば、その夜を模した結界を展開した者は、相当な魔力を保持している、ということではないのか?」

 

 つらつらと並べられる桂の推測を聞きながら、眉を八の字にして「ん~…」と(しか)めっ面で(うな)るダヴィンチちゃんの代わりに、マシュがタブレットに目をやりながら続ける。

 

『それともう一つ、その結界がどういったものなのかについてなのですが………どうやら外部からの防衛機能は備わっておらず、どちらかというと内部のものを外へと出さないための作用が、大きく働いているようです。』

 

「何と……それでは、この結界の本当の役割とは………!」

 

「つまり、アタシ達は本当に(かご)の中の小鳥ってわけね………いいえ違う、この国そのものが結界とやらに覆われてるのだとしたら、『箱庭』と(なぞら)えたほうがいいのかしら。」

 

『おや、君は鋭いことに気が付くね。正にその通りなんだ。』

 

 驚く段蔵の隣でエリザベートがそう呟いたのと同時に、ダヴィンチちゃんが(くちばし)()れてくる。

 

駄貧乳(ダヴィンチ)、その通りってどういうことネ?分かるように説明するヨロシ。」

 

『貧相じゃないよ~顔も頭脳もスタイルも完璧な天才美女サーヴァントだよ~………さっきマシュが述べたのと、エリザベート君が比喩で表した通りさ。日本でも注連縄(しめなわ)()う向きによって意味合いが変わるように、結界ってのは外から(よこしま)なモノを守るものと、内側に閉じ込めておくものが存在する。君達のいるそちらを覆う闇の結界は紛れもなく後者の役割を持ち、尚()つ外部からの通信手段などの介入も断つほどの、非常に強力なものだ。こんな厄介なの、そんじょそこらの魔術師やサーヴァントが容易に造り出せるものじゃないぜ?』

 

 タブレットを置き、やれやれとダヴィンチちゃんが首を横に振る。ふと彼女の話を聞いていた藤丸は、頭に一つ浮かんだ疑問を声に出す。

 

「あれ?それならどうして、こうやって通信が可能になったの……?あぁもしかして、ホームズが何かしてくれたとか?」

 

「ホームズ……?ホームズってあの、コ〇ンとかでしょっちゅう名前聞く名探偵ってやつか?ふーん、そいつも英霊(サーヴァント)になってんのか……だが俺達がカルデアにいた時にゃ、そんな奴見なかったけどな。」

 

「そっか、銀さん達は帰る時まで姿を見なかったもんね。今度改めて紹介するよ。」

 

『あの、先輩………ホームズさんはこの通信が復旧されてから今に至るまで、一度も管制室に来られてはいません。何でも、至急調査しなくてはいけないことがあるとかで、刑部(おさかべ)姫さんのところに向かわれて行ってしまい、それっきり彼女の部屋に()もりきりでして……。』

 

「え?あの頭の堅い探偵ったら、おっきーのところにいるの?珍しい組み合わせね、一体何の用なのかしら?」

 

 エリザベートに藤丸、マシュが揃って首を傾げる傍らで、あることに気付いた桂が拳でポンと掌を叩く。

 

「もしや、先刻に俺達がこの道場のあちらこちらに貼って回ったあの(ふだ)は……!」

 

『ご明察だ、やはりヅラ君は中々に頭が切れるね。君達が貼りつけたその札とやらの効力で、この新八君の道場は結界の中に更に結界を展開した状態になっている。例えるなら、湯舟の水面に(おけ)をひっくり返して、そのまま沈めた感じを思い浮かべてもらいたい。』

 

「つまり、結界を張ったこの道場の中であれば、外の影響を受けることなくカルデアとの通信が行える、っていうこと……?」

 

『はい、その通りなんです。先輩!』

 

 藤丸とマシュが(ほが)らかな雰囲気の中で微笑み合う一方、桂は深刻な面持ちで高杉へと耳打ちする。

 

「おい高杉……貴様に(くだん)の札を渡したというその少女、特徴などはよく見ておらんかったのか?」

 

「さぁな、妙に古めかしい口調ってだけで、後は頭からすっぽり布で覆っちまってて外観は(ほとん)ど分からん。だが、自分のことを『使い魔』と言ってやがった。差し詰め、どこかの術者に放たれただけの只のお使い役だったってことだろうよ。」

 

「全く、貴様と言う奴は………何故そういった肝心なことを口に出さぬのだ?大体貴様のそういうところは、昔からちっとも変りやしない。今だってその『左肩』は─────わぶっ⁉」

 

 くどくどと続きそうになる桂の小言を(さえぎ)るように、高杉は彼の顔面に煙を吐きかける。微量ではあるが吸い込んでしまい、何度も咳き込む桂の姿に嗤笑を送り、高杉は再び電子モニターへと向き直る。そこに映っているダヴィンチちゃんの面持ちは、再び険しい顔つきとなっていた。

 

『……結論から言うとだね、そちらの平行世界は既に幾つもの異変が感知され、最早特異点と呼ぶに相応しいものと化している。本当は今すぐにでも君達を連れ戻したいところではあるが、今の我々に出来ることは、その即席で作られた蚊帳(かや)の中でのみ、こうして通信を行うことで精一杯だ………藤丸君、カルデアのサーヴァント諸君、それに銀時君達、これも私がしっかりと霊基基点を確かめず、安易にレイシフトを行ったせいだ………すべての責任は私にある。本当に、すまなかった。』

 

 深々と(こうべ)を垂れるダヴィンチちゃんの姿に、皆かける言葉が見当たらない。数秒に(わた)って流れた気まずい静寂を破ったのは、溜め息の後に続く藤丸の一声だった。

 

「ふう……頭を上げてよ、ダヴィンチちゃん。そんならしくないことされても、どうしたらいいか困るだけだからさ。」

 

『………藤丸君、もっと感情を露わにしてもいいんだよ。ダヴィンチちゃんのせいで~とか、今すぐカルデアに帰せ~とか、詫び石じゃんじゃか寄越せ~とかさ。』

 

「んん~、そう言われると素直な欲求に従って、聖晶石は欲しいかな………でもさ、ダヴィンチちゃんはわざとやったわけじゃないんだし、銀さん達を帰そうとしてくれて行った上でのレイシフトだろ?それにここが特異点になっちゃってるのなら、それを元に戻すのがマスターである俺の役目なんだしさ………誰も悪くなんかないんだ。だからダヴィンチちゃん、顔を上げて?」

 

 藤丸の穏やかな口調と声に、ダヴィンチちゃんは恐る恐る顔を上げる…………彼女の目が映したのは、自分へと向けられた皆の笑顔。煙管を吹かす高杉は相変わらずのポーカーフェイスであれど、その表情(かお)(いきどお)りなどは見られない。

 

「ったく、垂れる文句はまだあれど、起きちまったモンは仕方ねぇや。特異点だか何だかよく知らねえが、俺は万事屋銀ちゃんの社長・坂田銀時だぜ?頼まれればどんな仕事だってそつなくこなす、例えそれが異変の解決でもな。あ、勿論依頼料はきちんと頂くぜ?金か()しくはお高いスウィーツで動いてやるよ。」

 

「あ~銀ちゃんばっかりズルいアル!それなら私だって、特上の酢昆布1年分、いや10年分で働いてやるネ!」

 

「10年分って、神楽ちゃんそんなに食べられ……いや、余裕で食べられるか。ともかく、僕も万事屋社員の一人ですから、銀さん達と一緒に頑張りますよ。」

 

「あ~ら、眼鏡ワンコったら欲が無いのね?つまらないの………アタシ達は元々カルデアの、今は藤丸(こいぬ)のサーヴァントなんだしぃ?彼が貴女(アンタ)を許すというなら、それに仕方なく従うまでだわ。」

 

「段蔵も同じです、我らサーヴァントはマスターに従い、マスターの為に働くのみにござります。」

 

「わ~い!皆一緒だと頼もしいな、ねっスギっち………ああんっもう顔を逸らさないでよ~ねぇったら~っ!」

 

 今しがたの静けさがまるで嘘のように、賑やかを通り越して(かしま)しい夜の志村家。

 暫くぽかんとしていたダヴィンチちゃんだったが、やがて彼女の開きっ放しだった口が大きく吹き出した。

 

『全くもう、君達には呆れるよ……………でも、ありがとう。』

 

 再び妍麗(けんれい)な顔に戻ったモナ・リザの優美な微笑みに、誰もが頬を染めはにかんでしまう。

 漸くいつものダヴィンチちゃんを取り戻したことに安堵し、マシュも胸を撫で下ろした。

 

『さて、それじゃあ万事屋銀ちゃんの社長さんに、早速依頼を一つお願いしたいんだけど、いいかな?』

 

「おうっ、どーんと来い。」

 

 やる気に溢れ、むふーと得意げに鼻を鳴らす銀時。しかしそんな彼のご機嫌な表情(かお)は、ダヴィンチちゃんの発した思いがけない依頼の内容に瞠目し、強張ることとなっていた。

 

 

 

 

 

『銀時君、(きみ)に藤丸君とのサーヴァント契約を結んでもらいたいんだ。』

 

 

 

 

 

《続く》

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。