Fate/Grand Order 白銀の刃   作:藤渚

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【捌】 再会そして、契約(Ⅳ)

 

 

 

 星明かりの灯らない江戸の(そら)、その(もと)燦然(さんぜん)と輝くのは、(きら)びやかな照明やネオンの光。

 

 夜空に浮かんだ巨大な眼が見下ろす地上………恒道館の園庭に、凛とした声が響き渡る。

 

 

 

「────告げる。(なんじ)の身は我の下に、我が命運は汝の剣に。」

 

 

 (かざ)した右手の甲に浮かぶ、令呪が淡く光を放つ。同時に彼の……藤丸の前にて(かしず)いている銀時の身体もまた、同じく光に包まれていった。

 

 

「聖杯の寄る()に従い、この意、この(ことわり)に従うのなら────」

 

 

 熱を(はら)み始めると同時に、令呪の輝きも強くなっていく。ぶれそうになる利き手を左の手で押さえながら、藤丸は大きく息を吸いこんだ。

 

 

「─────我に従え!ならばその命運、汝が『剣』に預けよう!」

 

 

 高らかに叫んだ直後、噴き上げんばかりの強い風がその場に巻き起こる。

 流水紋にも似た、雲の模様が描かれた白地の着流しがはためく中、銀時は閉ざしていた(まぶた)を、そして口をゆっくりと開いていく。

 

 

 

「………剣士(セイバー)の名に()け、その(ちか)いを受けよう。貴方(オマエ)を俺の、新たなマスターとして認めるぜ────藤丸立香!」

 

 

 渦巻くようにして吹き荒れる風音の中で、力強い銀時の声がしっかりと、藤丸の耳にも届く。やがて輝きを増し双方の光は膨張(ぼうちょう)し、風と共に大きく()ぜ、ゆっくりと消滅していった。

 

 

 

 

「……………ふう。」

 

 静まり返った広い庭に、藤丸の溜め息だけが響き渡る。余程の緊張からか、その額には一筋の汗が伝っていた。

 佇立(ちょりつ)したままの藤丸の前で、銀時はゆっくりと(おもて)を上げ、そして足に力を入れる。立ち上がりこちらを見下ろす彼の顔には緊張の痕跡(こんせき)なども見られず、いつもと変わらぬ眠たげな(まなこ)で藤丸を見下ろしている。

 双方共に言葉を発さず、暫しの静寂(せいじゃく)が流れていく。やがて二人は同時に肩を震わせ、そして同時に吹き出した。

 

「ぶっはははは!あ~もう駄目だ腹痛ェ!我とか汝とかリアル厨二ワード言う奴初めて見たぞ……いっけね、思い出したらまた笑けてきたッブフゥ!」

 

「ちょっとそんな笑わないでよ、銀さんだってあんなクソ真面目な顔で同じこと言ってたじゃんか~。眉なんかキリっと逆八の字になっちゃってさ、『剣士(セイバー)の名に()け、その(ちか)いを受けよう』なーんて声も低めのトーンで渋く決めようとしちゃって、普段とのギャップ激し過ぎて何故だか無性に笑いたくなっちゃアッハハハハハ!」

 

 箸が転んでも可笑(おか)しい年頃、という言葉が存在するが、この二人の場合は箸が転がるどころかブレイクダンスでも踊っているのかと疑ってしまうほどに、哄笑(こうしょう)を響かせている。(ちな)みに前者の(ことわざ)が本来示す対象は、後から調べたところ十代後半の女性とのこと。書いてる奴がその意味に気付いたのはつい最近のことであった。恥ずかしい。

 

『こらこら君達、いつまでそうしてるつもりだい?』

 

 青と白のディスプレイに映し出される、ダヴィンチちゃんの呆れ顔。スピーカーから流れてきた彼女の声に応えるように、二人の呵々(かか)大笑は漸く治まっていく。

 

『先輩、銀時さん、これで仮契約は成立です。お疲れ様でした。』

 

「あ~もう、お腹(よじ)れるとこだった…………ありがとマシュ、ともあれまずは一段落だね。」

 

「ふーん。別にどこがどう変わったのかイマイチよく分かんねえけど、()いて言うなら体が少しばかり軽くなった……くらいか?」

 

『ふふ、そうだろう?今君の霊基(からだ)には、マスターである藤丸君を介して、カルデア(こちら)から変換された魔力が流れているからね。これで存分に力を振るうことが出来ると思うよ。』

 

「おっ、そりゃありがてえ話だ。ほんじゃ改めて………これからもよろしくな、『マスター』。」

 

「うん、こちらこそよろしくね。『セイバー』!」

 

 再び向き合い、互いに朗笑する藤丸と銀時。画面越しにその光景を眺めていたダヴィンチちゃんとマシュであったが、暫くすると彼らの笑み顔が徐々に崩れつつあることに二人とも気が付いた。

 

「………何だろう、やっぱ慣れねえわコレ。」

 

「今まで散々名前で呼び合ってたからね、今更銀さんにマスター呼びされても、こそばゆいというか気持ち悪いというか………。」

 

「おい、今サラッと失礼なワードが出なかったか?それとも銀さんの聞き間違いかな?え?」

 

『まあ、サーヴァントがどんな呼称でマスターを呼ばなきゃいけないかなんて、特に定められてはいないからね。その辺は二人で相談して好きに決めたまえ。』

 

「ん~………じゃあ、今まで通りでいっか?銀さん。」

 

「そうだな藤丸、やっぱ馴染みがあんのが一番だよ……………ところでさっきから気になってたんだが、アストルフォはそんなトコで何やってんだ?」

 

「僕かい?僕はこのカルデアから支給されたスマートフォンのカメラで、銀ちゃんとマスターの輝かしい勇姿を一秒たりとも逃さず録画していたのさ!いや~実によく撮れてる、マシュにもマスターのカッコい~い姿を納めたこの動画、後でちゃんと送るね?」

 

『は、はい!ありがとうございます!頂いた際には即データの保護とバックアップも行った上で、DVDなどの媒体等にも永久保存いたします!』

 

「えっ、いつの間に撮ってたの⁉やだなぁ恥ずかしい………でも、俺のかっこよかったところをマシュにまた見てもらえるなら、それも嬉しいかな。」

 

『先輩……。』

 

「あ~ハイハイ、乳のクリクリ合いは余所でやってくんない?お二人さん…………それよりさっきから気になってしゃーねえんだけど、何で冒頭から喋ってんのが俺らだけなの?他の外野連中は何して…………はは~ん分かった。さてはこの俺の作品史に刻まれるほどにカッチョイ~イ契約シーンに、どいつもこいつも見惚れてやがんなぁ?」

 

 勝手な憶測と共に、ニンマリと腹の立つ独り笑いを浮かべる銀時。その時ダヴィンチちゃんの目がある方向を一瞥(いちべつ)した後、彼へと戻された彼女の表情は微笑とも苦笑ともつかないものであった。

 

「ったく、ホント素直じゃねえ奴らばっかで呆れちまうぜ。そりゃ主人公だしぃ?カッコイイのは元より承知の助だしぃ?そんな銀さんのてんこ盛り要素にサーヴァント属性まで追加されたってなりゃ、もう鬼に金棒ならぬミョルニルってか!ガッハッハッハァッ!ほらお前ら、いつまでだんまり決め込んでるつもりだ?そろそろなんか喋ったら─────」

 

 

 

「へぇ~、『世にも』のテーマって、手拍子しながら聴くと怖さが半減するの。こんな仕様(しょう)もないこと、よく気が付くわよね。」

 

「でもエリちゃん、こういうことって自分じゃ中々気付けないから、それがまた面白いと思わない?そうだ、今度放送した時に僕も試してみようかな。」

 

「ヅラぁ~、そこのル〇ンドとってヨ。袋から開けて中身だけ寄越すアル。」

 

「リーダー、ヅラではなく桂だ。それと寝転がりながら菓子を食うのはあまり関心しないな、今だって膝枕にされている高杉の借り物の寝巻の上に、ぽろぽろと食べカスを零しているではないか。」

 

「ヅラよぉ、注意なら口頭でなく行動で何とかしてくれや。おい段蔵、コイツを退かせ。」

 

「はっ、承知しました。」

 

 和やかな雰囲気の中でテレビを鑑賞しているエリザベートと新八の横で、茶を(すす)りながら注意をする桂。彼の正面で不機嫌に胡坐(あぐら)をかく高杉の膝から離れまいとする神楽を、力づくで引き剥がそうと試みる段蔵。そんな彼らの視界に映るか映らないかギリギリの辺りを、ズササーッ!と勢いを(ともな)ったヘッドスライディングで滑っていく銀時に目もくれることなく、部屋の隅で二匹仲良く丸くなった定春とフォウは大きな欠伸をしていた。

 

「ちょちょちょオイイイイィィィィィッ‼何だよこの空気⁉つーかテメェら見てなかったの⁉恐らく二度目は無いだろう俺の最っ高にCOOL(クール)だった契約シーンを刮目(かつもく)してなかったたぁどういうことだ⁉ト〇ビア(より)銀さんだろうがっ!」

 

「うっせーな、今は銀ちゃん(より)ト〇ビアがいいアル。あ~面白かった。」

 

「流石にリテイクが5回目を越えたあたりで、もうすっかり愛想を尽かしましたよ。それより美味しいお茶が入りましたので、三人ともこっちに来て一息()れたらどうです?」

 

「わーい、お菓子まだ残ってる?」

 

「あっ!僕も僕も~!」

 

 縁側に一目散に駆け出し、いそいそと雑に靴を脱ぎ捨てる藤丸とアストルフォの姿に、銀時は溜め息を一つ零してから、自身もまたそこへと(おもむ)く。

 彼らが居間の畳へと足を踏み入れたのとほぼ同時に、(おもむろ)に顔を上げた桂が口を開いた。

 

「まさかダヴィンチちゃん殿も、俺と同じことを考えていたとはな。確かに銀時の強さは英霊になる以前よりのもの、しかし肝心の魔力の使い方があのように出鱈目(でたらめ)であり、それに加えて燃費の悪さといった最悪なおまけ付きだ………だがこれで、銀時も存分に力を振るえるだろう。藤丸君、仮という形であれ、銀時との契約を承認してくれて本当に感謝するぞ。カルデアの皆にも改めて礼を言わせてくれ、ありがとう。」

 

 深々と(こうべ)を垂れる桂に、藤丸とモニターの向こうのマシュを始めとした面々は(ほの)かにはにかんだ笑みを浮かべる。藤丸も薄く色づいた頬を掻いていたその時、「藤丸~っ!」と快活な声が名前を呼んだと同時に突として背中に衝撃が走る。

 

「ごっふぅ!あいだだだ………どうしたの神楽ちゃん?」

 

 鈍い音と共に猛烈なタックルをかまされ、それでも何とか体勢をキープし痛む背中を(さす)りながら、藤丸は自身の腰に抱き着いている声の主の少女……神楽を見下ろす。

 

「藤丸、次は私とも契約してヨ!その次は新八と定春ともしてほしいアル!そしたら皆、もっともっと強くなれるネ!」

 

「わう………?くあぁ~。」

 

「こら神楽ちゃん、藤丸君を困らせちゃ駄目だよ………大丈夫?凄い音したけど。」

 

「平気平気。あばら何本かイったような音はしたけど、別にそんなことは無かったよ。」

 

 額に汗を伝わせながらも、新八に対し心配をかけまいと笑顔を向ける藤丸。そんな彼の後方から、銀時がひょっこりと顔を覗かせて言う。

 

「でもよ、神楽の案も中々イカすと思わねえか?俺の他にもコイツ等を始めに、ヅラや高杉とも契約すりゃあ、どんな連中が向かってきても敵無しじゃね?なあ藤丸?」

 

「そうだヨ!魔法少女になる勢いで私達と契約するアル!」

 

 秒の間隔で顔を接近させてくる銀時と神楽を手で制しながら、藤丸は身体を仰け反らせていく。こちらが何をしなくても勝手にヒートアップする二人を前に、困り顔に浮かんだ微笑み。その中に感じた僅かな困惑を、ちゃぶ台を挟んだ向かい側でハッ〇ーターンを(くわ)えたアストルフォは、蒸発気味の理性の中で感じ取る。

 マスター、彼の口からその呼び声が出ようとした数秒の差で、それは第三者の苛立ちを含んだ溜め息により掻き消された。

 

「そこまでにしておけ、馬鹿共。」

 

 喧騒を裂くように、凛と響いた声。それを皮切りに静粛した一同が視線を向けたのは、一人縁側に腰を下ろし煙管を吹かす声の主。

 

「……おいおい、何だよ高杉クン。俺らが強くなんのがそんなに気に入らないワケ?嫉妬ですかコノヤロー。」

 

 水を差され機嫌を損ねた銀時が、(しか)めた顔を彼へと向ける。名を呼ばれた声の主、もとい高杉はこちらに背を向けたまま、吸口を離し静かに紫煙を吐き出す。

 昇る細い煙が蝶の薄明かりに照らされ、やがて空気に交わり消えていく様を見届けてから、高杉は漸く言葉を発した。

 

「物事ってのはな、何であれ相応の代償が発生するもんだ。いくらカルデアからの支援があるたァいえ、従えるサーヴァントの数にも限りがあるに決まってんだろ。」

 

「えっ?そ、そうなの……?」

 

 思いがけない事実に目を丸くし、新八は藤丸へと顔の向きを変える。先程と同様の困ったような笑みのまま頬を掻く藤丸の代わりに、口を開いたのはダヴィンチちゃんだった。

 

『高杉君に先を越されてしまったけど、大体は彼が今言った通りさ。先程も述べさせてもらったけど、藤丸君と契約を結んでパスを繋ぐことにより、カルデアからの魔力供給を始めとした様々な恩恵を受けることが出来る………だがそれも、無限にというわけにはいかない。今しがた仮契約を結んだ銀時君においては、魔力の使い方が人一倍に不得手な彼を安定させるためといった止む無い事情の上での契約だ。カルデアのサーヴァント三騎に加え、銀時君(セイバー)が新たに一騎………正直言って、この時点で結構キツいんでないかと私は思うんだけど、どうかな藤丸君?』

 

「え、いや別に俺は、そんなこと────」

 

『先輩、ダヴィンチちゃんに誤魔化しは通用しませんよ。無論私にもです。』

 

 マシュの厳しい一言がクリティカルにヒットし、仰け反りから戻った藤丸は徐々に顔を俯かせ、「しゅみましぇん……」と小さく謝る。

 

「キツい、というのは………やはり肉体的にもかなり負担がかかるという解釈でよいのか?」

 

「そだね~、ヅラ君の言う通りだよ。サーヴァントって扱いとしては使い魔の部類に入るみたいだけど、前にもマスターがカンペで説明したように扱いがとっても難しいんだって。」

 

「それにサーヴァント(アタシたち)は魔力の供給があってこそ、こうしてエーテルの身体で現界出来てるってワケ。それがマスターの死亡や魔力切れなんかで断たれちゃうと、またか弱い霊体に戻っちゃうのよ。」

 

「以前段蔵が何方(どなた)かから拝聴した内容によると、サーヴァントは『魔術兵器』と呼ばれるほどの魔力の塊だとか………確かに我々が自由に活動出来るのは、紛れもなくマスターのお陰です。しかし、故にその身体に負担がかかっているのもまた事実。あまり無茶をなされば、倒れてしまうやもしれませぬ。」

 

 まるで子を心配する親のように……否、段蔵はそれに等しい想いで藤丸へと眼差しを送っているのだろう。彼女を含めた三騎の英霊からの視線がこちらに集まっているのに遅れて気付いた藤丸は、驚きのあまり手に取っていたバー〇ロールを落としてしまい、それは床に落ちる寸でのところで、スライディングしてきた神楽の開いた口によって受け止められた。

 

「そっかぁ……藤丸に負担がかかっちまうってんなら、しょうがねえな。」

 

「ううう………未熟なマスターでごめんね、皆……。」

 

「そんなっ、謝らないでよ!君は何も悪くないんだから……それどころか無茶を承知で、銀さんと契約までしてくれるなんて………本当にありがとう、藤丸君。僕達も君に無理はさせないよう、一生懸命頑張るから。」

 

 眼鏡(ほんたい)……んんっ失敬、眼鏡のレンズの向こうできらきらと輝き、それでいて力強さを(はら)んだ新八の瞳、そして彼のこちらを気遣う温かな言葉に、藤丸の胸の内と目頭がじんわりと熱くなっていく。

 ありがとう、そう礼を言おうと口を開いたその時、つけっぱなしだったテレビのスピーカーから、軽快な囃子(はやし)の音が聞こえてきた。

 

「あら、何かしら?」

 

 エリザベートを始め、皆の視線が集中する画面には、神輿(みこし)を担ぐ法被(はっぴ)姿の男女の映像が流れている。そして彼らの上に、『第○○回 かぶき町夏祭り』のテロップと共に開催場所である神社の名、そして日付と日時などがこれまたでかでかと表示されると、神楽はいっぱいに開いた目を輝かせてテレビへと突進していく。そして彼女と同様に瞳の中に(きら)びやかな星を宿したアストルフォも加わり、二人揃ってテレビ画面に釘付けになった。

 

「ねえっ、これって明日じゃない?いいな~僕も行きたぁいっ!」

 

「私も!私もお祭り行きたいアル!ねえっいいでしょ銀ちゃん、新八⁉」

 

「ちょちょちょ、待てって!あのなぁ、書いてる奴の大スランプが原因で前回の投稿から大分間が空いちまってるから、お前らのピーマンみたいなスカスカの頭ン中にゃもう話した内容なんて耳クソ一欠片分も残ってねえだろうよ。だから()えてもう一度言うけど、俺達ゃ遊んでる暇なんてないの。一刻も早くこの世界が、と……特異点?になっちまった原因を探らねえと。なあ新八?」

 

「銀さんの言う通りだよ。まあ楽しみたい気持ちは分からなくもないけど、ここで優先すべきはやっぱり────」

 

 するとその時、テレビから流れる祭囃子がポップな音楽へと切り替わる。それに素早く反応を示した新八は、台詞を言い()したままの状態にしてテレビへと首を向ける。

 そこに映っていたのは、オールバックの髪形にやたらと目立つ黒のサングラスをかけた某司会者風の男と、その隣でこちらに手を振るサイドテールの可愛らしい女性。丈の短い檸檬(れもん)色の着物を着た彼女は利き手に持ったマイクを口へと近付けていくと、大きく息を吸いこんだ。

 

『皆さんこんばんは~!こんな時間に失礼し()グロのタタキ、アイドルの寺門(てらかど) (つう)です!』

 

『久しぶりだね~お通ちゃん、髪切った?』

 

『切ってません。え~最近夏が段々と近付いて、徐々に気温も暑くなってきまし()んたん(たぬき)の金(タマ)袋。そんな下がり気味になりつつあるテンションを、私と一緒にアゲアゲにアゲちゃ()()様の耳はロバの耳!てなわけで、先程の宣伝にありました明日開催のお祭りに、な・な・なんと私寺門通が特別ゲストとしてご招待いただけることに決定いたし()()オさんの年収いくらだ!』

 

『おお~これは凄い、明日は大いに盛り上がりそうだね。ところで髪切った?』

 

『切ってません。因みに私がイベントステージに登壇するのは、午後7時から行われるカラオケ大会からですので、どうか皆さんお忘れ()()(うぐいす)平安京!トークに歌に盛り沢山、明日は私と一緒に夏の夜を楽しみま()()()便小僧!』

 

『えー以上、お通ちゃんから明日のイベントに関してのお知らせでした。ところで髪切っ───』

 

 某司会者風の男性が質問を終えるのを待たずして、テレビには蚊取り線香のCMが映し出される。皆が呆然と画面を見つめ続けている中、不意に新八がゆっくりと立ち上がった。

 

「……すみません、少しだけ席を外させてください。」

 

 そう短く残し、新八は静かに居間から出ていってしまう。彼のトレードマークもとい本体である眼鏡が、終始妖しく光っていたことに疑問を抱き始めていた藤丸の耳に、高杉と銀時の声が聞こえてきた。

 

「………あれが鬼兵隊(うち)万斉(やつ)が担当してた、珍奇な語尾をつけてやがるって女か。」

 

「そしてその彼女に夢中になってんのが、ウチの新ちゃんってワケ。俺の勘だと、ありゃあ今やってた明日の(もよお)モンに関して、他のドルオタ面子に電話で連絡でも入れに行ったンじゃねえの()い人二十面相?」

 

「あ~言われてみれば確かに、今パチ君が向かってったのって電話のある方角だもん()このふぐりって可愛いよね。」

 

『あの……銀時さんもアストルフォさんも、先程のアイドルの方の口前がうつっていません()りんとう………あっ。』

 

『ありゃ、マシュも伝染しちゃったようだね~。それにしても何でかりんとう………ああそうか、藤丸君がレイシフトする前に一緒に食べてたっけね。それで無意識に口を()いで出ちゃったのかな?』

 

『ハッ!え、ええとその、あの………。』

 

 にやけた顔と口元を微塵も隠す様子のないダヴィンチちゃんに、恥ずかしさから顔を紅潮させるマシュ。耳まで林檎色に染まっていく彼女に、画面の向こうの藤丸と段蔵は朗らかな微笑と眼差しを向けていた。

 

「にしても何だヨあいつ、優先すべきはナントカ~なんて偉そうに言ってたくせにムカつくアル!エリちゃんも聞いてたでしょ?」

 

 プンスコと腹を立てながら、神楽はエリザベートのいる方へと顔を向ける。だがその彼女はというと、未だテレビを凝視したままブツブツと何かを呟いていた。

 

「カラオケ大会……それに寺門通…………いいじゃない、フフ、いいじゃない!このアタシの江戸での初デビューを飾るには、申し分ない舞台だわ。覚悟なさいよ寺門通、このアタシが直々に、アイドルとしての格の違いってヤツを見せてやるんだから!ウフフ、フフフフ………ア~ッハッハッハッハッ!」

 

 高らかに響くエリザベートの()笑う声が、居間中に響き渡る。耳が痛くなる程の哄笑(こうしょう)の中、藤丸は隣の銀時にこっそりと耳打ちをした。

 

「ねえ銀さん……今俺の耳に、何個か物騒な単語(ワード)が聞こえたよう()っとうキナーゼ。」

 

「言うな、そしてそれらは空耳ということにしておけ。またあのジャ〇アンリサイタルに巻き込まれでもしたら、今度こそ座に還っちまいそうな気がしてなら()()ムー〇ン。」

 

 珍妙な会話を交わした後、互いに顔を合わせた藤丸と銀時は頷き合い、大分(ぬる)くなったお茶を同時に(あお)る。未だ通信が繋がったままのディスプレイ越しに聞こえるエリザベートの甲高い声に、ダヴィンチちゃんとマシュもただ苦笑するよりなかった。

 するとここで、桂が(おもむろ)に畳から立ち上がる。きょとんとする皆の目の前で彼が向かったのは、新八が退室していった襖の前。引き戸に手を掛けてゆっくりと開き、左右を確認する素振りをした後、襖を静かに閉めた桂は再び元いた位置へと戻っていく。

 

「………ダヴィンチちゃん殿、先程の話の中で一つ気になった点があるのだが、伺ってもよいか?」

 

『ん?どうしたんだい色男君、この天才に何なりと言ってごらん。』

 

「ああ…………新八君のことなのだが。」

 

 ダヴィンチちゃんの茶化しを気に留める素振りも見せずに、桂はこの場にいない新八の名を口にする。それに反応した一同は、一斉に彼へと視線を注いだ。

 

「今、俺達がいるこの世界……平行世界(パラレルワールド)となっているこちら側では、俺や高杉そして銀時……(ある)いは松陽先生も含め、疾うに死没した扱いになっている。それ故だろうか、攘夷戦争が終わってからの十数年という月日を経た後も、本来は存在している筈の俺達に関するモノや人々の記憶が、まるで初めから無かったかのように全く存在していない。だがそのことを踏まえ、新八君はどうだ?彼の姉であるお妙殿は、彼のことをしっかりと覚えていた。今とて、同じ(こころざし)を持つ者達に電話を入れていることだろう……。」

 

 中々本題を切り出さない桂に、小指で耳を掻きながら銀時は内心やきもきしていた。そんな彼の内憤を察してか、桂はこちらを一瞥した後、大きく吸い込んだ息を言葉へと変えて発する。

 

「これらは紛れもなく、こちらの世界に『志村新八』という人物が存在していた証………ならば、平行世界(こちら)に本来居なければならない筈の『志村新八(かれ)』は、一体何処へ消えたというのだ?門下生を(つの)ってくると言い残し、お妙殿の前から姿を消した彼に変わって今ここにいる新八君は、我々と同じくサーヴァントであり、召喚されたカルデアからこの平行世界へと跳んだ者。それは間違いのない事実であろう?ならば………ああもうっ。」

 

 上手く説明が出来ないことに苛立っているのか、桂は自身の頭を乱暴に掻く。立てた指の間から、絹のような黒髪がさらりと流れた。

 

『ん~、それなんだよ。どうして彼が突然姿を消したのか、私も君達の話を聞いて不思議でならなかった。まあ本当に門下生を勧誘しに行ったのかもしれないけれど、今そちらでは人々を襲う得体の知れない魔物があちこちにいるんだろう?幾ら家が道場を経営しているからって、お姉さん思いの新八君が彼女を一人置いていったりなんかするものかねぇ。』

 

 顎に手を当て、ダヴィンチちゃんは難しい顔を傾ける。確かに言われてみればそうだ、お妙の口から聞いた『こちら』の新八の行動は、あまりに不可解な点が多い。ふと藤丸が隣の銀時を見遣れば、彼もまた鼻穴に小指を突っ込んだままではあるものの、細めた目には鋭さが宿っているようにも見えた。

 

「なあダヴィンチ、さっき言ってたその『特異点』ってのは一体何なんだ?こっちの江戸がその特異点化しちまったのと、眼鏡小僧がどこかへ消えたこと……ひょっとしたら関係があったりするンじゃねえのかい?」

 

 口に咥えていた煙管を消失させ、高杉が率直に疑問をぶつけてきた。開いたままの縁側から降り注ぐ月の明かりを受け、一層に妖しさを増す深碧の右眼に、マシュは背筋に寒気を覚える。

 

『そうだね、まずはそこから話そうか…………特異点というものは大雑把(おおざっぱ)に言うとだね、正常な時間軸から切り離された現実なのさ。人理の定礎と呼ばれる座標であり、言わばIf(もしも)の可能性が存在する世界だ。もしも、起きていた筈の戦争や革命が起こっていなかったら。もしも、本来ならば死んでいる筈の人物が生きていたら………そういった現在の人類を決定づけた究極の選択点が崩されることは(すなわ)ち、人類史の土台が崩れることに等しいということだ。』

 

「んん……?土台が崩れたら、どうなっちゃうアルか?」

 

「バッカお前、要は家の土台と同じだろ。支えてる根っこが壊れちまえば、上のほうも一緒にお釈迦(シャカ)になっちまうってことだよ。」

 

「大変アル!家が崩れる前に逃げないと、ほら定春ったら起きてヨ!」

 

 銀時の例えを思いっきり勘違いしたまま、神楽は慌てて定春を叩き起こそうとする。頭を何度も叩かれ、心地良い眠りから強制的に覚醒させられた定春は、剝き出した歯の奥から不機嫌に唸り声を洩らした。

 

「それじゃあ、この世界の元になってる時間軸って………。」

 

『はい先輩、やはり銀時さん達が本来存在していた、『江戸』で間違いはないようです。それと一つ、非常に厄介なことが新たに判明しまして………。』

 

「厄介なことって?勿体ぶらないで早く教えなさいな。」

 

 定春と同時に起きてきたフォウを腕に抱き、エリザベートが尋ねる。深刻な顔でタブレットに目を落とすマシュの代わりに、答えたのはダヴィンチちゃんであった。

 

()()()()()()()()んだよ、この二つの世界はね。』

 

「……密接?」

 

「し過ぎている、とは?」

 

「つまりこーんな感じ?ぎゅ~っ!」

 

 目を丸くしてダヴィンチちゃんの言葉を反芻(はんすう)する高杉と桂の間から、勢いよく飛び出してくるアストルフォ。突然のことに反応の遅れた両者の頭を摘むと、自身の顔へぎゅ~っと押し当てる。

 咄嗟に離れようと力を込めるも、今アストルフォの腕には保有スキルの一つである『怪力(Lv.10)』が宿っているため、抗うのも容易ではない。美男子二人に(非合意だが)挟まれてご満悦の男の娘に苦笑しながら、ダヴィンチちゃんは続ける。

 

『鏡面世界、と言う表現が妥当かな?鏡というのは映したものと全く同じ姿、同じ動き、同じ表情(かお)をするもの。そして君達のいた江戸(せかい)とこちら側は、今まさに鏡映しの状態になっているというわけさ………さて、ここまで来れば私が何を言いたいのか、賢い子はもう分かるよね?』

 

「………そんな、まさか………⁉」

 

 ダヴィンチちゃんの問い掛けに真っ先に反応を示したのは、やはり桂であった。目を見開き肩を僅かに戦慄(わなな)かせる彼の姿に、まだ理解していない銀時や神楽は首を傾げる。

 

「えーと………つまりどゆこと───ってうおうおうおぅっ!」

 

「ちょっと銀さん!鏡だよ鏡!鏡の役割は何でしょうハイ思い出してっ‼」

 

 興奮した藤丸に乱暴に肩を掴まれ、激しく前後に揺さぶられながら銀時はその質問の内容を揺れる頭の中で巡らせる。そして答えが生まれた刹那、銀時の顔と思考は瞬時に強張った。

 

「えっ………ちょっと待て、それってまさか───」

 

 事の重大さに漸く気が付いた銀時は藤丸の手を剥がすと、狼狽に染まった表情(かお)をダヴィンチちゃんへと向ける。

 

 

 

『漸く気付いたようだね………あまりに密接した双子の世界。しかも運の悪い事に、どうやら鏡像側は()()()の世界らしい。こちらで起きた異変や出来事は、少なからず向こうにも影響が及ぶことだろう。』

 

 

「じゃあ………じゃあ私達がいた江戸は、かぶき町は……皆はどうなっちゃったんだヨ⁉」

 

 あまりの驚愕に冷静さなど何処かへと放り投げた状態で、神楽は声を上げる。そんな彼女に対し、藤丸は掛けてやる言葉が見つからなかった。

 

『残念だけど、君達のいた世界がどうなっているのかを、こちらで確認することは出来ない。今こうして通信が行えたのだって、さっき張ってくれた魔術結界のお陰だからね。』

 

「………そん、な………。」

 

 全身から力が抜け、神楽はその場にへたり込んでしまう。見開いた(あま)色の瞳に映るのは、彼女の想う大切な者達の姿であろうか。

 

「フォーウ……。」

 

「わふっ、くぅーん……。」

 

 そんな神楽を心配してか、エリザベートの腕から降りたフォウが膝上に、定春が顔の側に鼻先を()り寄せると、今にも零れそうな瞳を堪えながら、神楽は両の手で二匹をしっかりと抱き締めた。

 

「神楽殿、こちら側にはお登勢殿方やお妙殿も存在しております。となれば、特異点からの影響は、まだそれほど及んでいないかと………。」

 

『その通り………と、本来ならそういった言葉をかけてあげたいんだけど、あまりのんびりはしてられないかもなんだよねぇ。カルデアが獲得・解析出来た情報の量は、現時点ではあまりにも少なく(とぼ)しい。一刻も早い修復が望ましいところだけど、この特異点はあまりにも得体が知れない。故に、こちらも迂闊(うかつ)に指示を出すことは出来ないよ………藤丸君は勿論のこと、君達を誰一人として危険に(さら)すわけにはいかないからね。』

 

 

 

 居間に流れる、重苦しい空気と沈黙。そんな陰鬱な雰囲気の中で、ふと襖の方を見つめていたアストルフォがぽつりと零した。

 

 

「………ねえ、パチ君遅くない?」

 

 

 その呟きにいち早く反応し、床から弾かれるようにして銀時が立ち上がる。

 ややリズムの早い心臓の鼓動が、自身の耳にも聞こえてきそうだった。

 

 

 

 『平行世界(こちら)に本来居なければならない筈の『志村新八(かれ)』は、一体何処へ消えたというのだ?』

 

 

 『こちらで起きた異変や出来事は、少なからず向こうにも影響が及ぶことだろう。』

 

 

 

 先程聞いた言葉の数々が、凄まじい暴風となって頭の中を巡っていく。

 

 

 そんな、まさか、まさか─────

 

 

 

 考えるより先に、足は襖の方へと駆け出していく。

 

「銀さんっ!!」

 

 後方で名を叫ぶ藤丸の声も耳に届かず、全身を動かす原動力となっている焦燥と、僅かな期待を胸に抱きながら、銀時は引手に手を伸ばした。

 

 

 

「────新八ぃっ‼」

 

 

 

 

《続く》

 


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