Fate/Grand Order 白銀の刃   作:藤渚

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【捌】 再会そして、契約(Ⅴ)

 

 

『銀さんっ!』

 

 

 

 いつだって、どんな時だって、彼が側にいることが……名前を呼んでくれることが、当たり前だと思ってしまっていた。

 

 不可思議な因果に巻き込まれ、英霊(サーヴァント)というものになってしまった現在(いま)だって、異世界の魔術師達と、旧友(とも)と、そして………万事屋の三人と一匹がいるなら、きっと何とかなるだろう。

 

 

 

 ────その愚かな思い込みが、『(おご)り』であるということに気付くには、あまりに時間が掛かり過ぎた。

 

 

 

『あまりに密接した、双子の世界』

 

『しかも運の悪い事に、どうやら鏡像側は()()()の世界らしい』

 

 

『こちらで起きた異変や出来事は、少なからず()()()にも影響が及ぶことだろう』

 

 

 

 何度も何度も、頭の中で反芻(はんすう)するダヴィンチの言葉。

 

 

 信じたくはない。だが、まさか、もしかしたら─────

 

 

 

 

「(頼む、どうか………どうか無事であってくれっ‼)」

 

 

 

 襖が左右に大きく開かれ、乾いた音と共に銀時は叫んだ。

 

 

「────新八ィィィッ‼」

 

「はい、何ですか?」

 

「って、アレええええええェェェェェっ⁉」

 

 上からマリ〇、隣にはト〇ロ、親方空から女の子がっ!そして襖を開いたそこには怪訝(けげん)な顔の新()っつぁん。

 あまりに突然な事に驚き、銀時は声を上げて()け反り、数歩後退したその足が床に転がる湯呑を踏んづけてしまう。

 バランスを崩し、背中から倒れていく銀時。そうなれば当然、彼のすぐ後ろにいた藤丸も巻き込まれてしまう運命は避けられない。直後、ゴチンッと鈍い音が志村家の居間に響いた。

 

『せ、先輩っ⁉銀時さんも大丈夫ですか⁉』

 

「いっだあああァァァッ‼もうっ!あーたはもうっ‼何がしたいのっ⁉」

 

「痛ってええェェェッ‼そりゃこっちの台詞だ石頭野郎‼頭蓋骨にヒビ入ったらどうす……ちょっと待て、確か前にもこんなコトなかったっけ?デジャヴ?」

 

「むむっ!銀時、石頭なら俺も負けてはおらんぞ?何なら今ここで試してみるか?」

 

「何でオメーは張り合おうとしてんだよ馬鹿ヅラっ‼おいやめろ構えてんじゃねえっ‼」

 

 頭部への激痛に(もだ)える二名と、モニターの向こうで彼らの身を案じるマシュ。そしてロケット頭突きの姿勢を取ろうとする桂を交互に見遣る新八に、ダヴィンチちゃんとアストルフォが尋ねる。

 

『おや新八君、随分と遅いお戻りじゃないかい。』

 

「そうそう、連載が止まってからの大体二年間くらい居なくなってたことになるから、僕らも心配したんだよ?」

 

「えっ、この作品って更新そんな止まってたの………ああ、もうこんなに時間が経ってたのか。」

 

 新八を始め、皆が一斉に上げた顔の先にある掛け時計。短長の二本の針が示している時刻は、既に亥の三つ時に差し掛かっていた。

 

「アハハ、ごめんね。実はさっき用を済ませた後、皆が使える分の布団や部屋の数が本当にあるのか、念の為確認しに行ってたんだよ。何せ今日からこの大人数で、道場(うち)に寝泊まりするわけだからさ。」

 

 足下に近付いてきたフォウを撫でながら、新八はそう答える。数名の納得したような声音が居間のあちこちでちらほらと聞こえた。

 

「それにしたって、随分と時間が掛かってたんじゃない?アタシはてっきり、眼鏡ワンコが久々の自宅の中で迷子の仔犬(パピー)にでもなってたのかと思ってたわ。さっき回って気付いたけど、この家結構広いみたいだし?まあ、アタシのチェイテ城には到底及ばないけどぉ?」

 

『あの、エリザベートさん………ひょっとして生前のチェイテ城で、迷子になられたことがあるんですか?』

 

 通信越しの悪意の無い好奇心。そんなマシュからの問い掛けがエリザベートの図星にクリティカルヒットし、「はぅわっ‼」と甲高い声が尻尾と共に上がった。

 

「トカゲ娘………自分()で迷うとか、方向音痴にも程がねェか?」

 

「ちっ、違うわよ白モジャ‼そりゃあお城だもの、自室とか大広間とか、後は……地下の拷問部屋とか?とにかく広い敷地内にそれだけ沢山の部屋があったんだもの、城主であるアタシだって、その………時たま混乱したり、度忘れすることだってあったの!悪い⁉」

 

 隠しきれない恥ずかしさから、真っ赤な顔で弁解するエリザベート。大きく上下する竜の尻尾に合わせ、定春とフォウが頭を動かしている様子に、藤丸は思わず笑みを零す。

 

「そういえば新八君、結局その用事ってなんだったの?銀さん達はさっき、君がアイドルファンの仲間に連絡を取りに行ったんじゃないかって言ってたけど……。」

 

 気になっていた問いを、率直に投げ掛ける藤丸。すると新八は眼鏡越しにキラキラと輝く瞳を彼へと向け、待ってましたと言わんばかりに開いた口から明るい声が飛び出した。

 

「そう!その通りだよ藤丸君!自慢じゃないけど僕、こう見えても彼女の親衛隊の隊長やってるんだ。あっ、お通ちゃんっていうのはね、さっきテレビで観た可愛い……ンンッ超絶可愛いあの女の子でさぁ、江戸だけじゃなく全国的にもファンクラブがある程の超人気売れっ子アイドルなんだよ!お通ちゃんは可愛いだけじゃなくて歌もサイコーで、あの明るい歌声とインパクトのある歌詞に、落ち込んだ心を何度励まされたことか………あぁ、さっきのお通ちゃんの眩しい笑顔、まるで真夏の太陽のように輝いて─────」

 

「あ~ぁ。新ちゃんの推し語りがまた始まっちゃったよ。」

 

「サーヴァントになろうと、ドルヲタ気質は相変わらずアルな。」

 

 恍惚とした(おもて)で推しの素晴らしさを語り出す新八に、呆れた眼差しを向ける銀時と神楽。話を聞いてる方もさぞ退屈しているのではと思いながら、銀時は視線を周りへと向ける。すると彼の目に映ったのは、熱く語る新八の話に耳を傾け、頷きを返す藤丸の姿。

 フォウと揃って欠伸(あくび)をするアストルフォとは対称に、穏やかな笑みを浮かべて心底から楽しそうにしている彼であったが、その表情に時折ふと寂しさのようなものが(にじ)んでいることに、銀時は気が付いた。

 

「(アイツ……何であんな顔────)」

 

 しかしそんな銀時の思考は、「ちょっと眼鏡ワンコ!」と唐突に叫んだエリザベートの甲高い声に遮られる。

 

「アンタねぇ、もう既に本命の推しアイドルがいたってことじゃない⁉アタシに魅了されて応援してくれる子豚(メンバー)の一人だと思ってたのに………だったら初対面の時にアタシがあげたあの直筆サインは⁉9話目の自己紹介でアタシを讃えてくれたサイリウムとラブコールは一体何だったのよぅ⁉さてはアンタ、何も知らずに浮かれ舞うアタシを見て、心の中で(せせ)ら笑ってたのね⁉わ~~~んっ‼」

 

 散々ヒステリックに叫んだ後、取り出したハンカチでおいおいと泣き入るエリザベート。そんな彼女の頭や背中を、隣に座っていた段蔵が優しく撫でていた。

 

「ええぇっ⁉ちょっ、違!誤解だよエリちゃん!確かに僕の本命はお通ちゃんだけど、エリちゃんのことも応援していくつもりだよ。君がくれたサインの色紙だって、後で飾っておくためにさっき部屋に置いてきたところだし……。」

 

『おんやぁ~新八君?大人しそうに見えて、君も中々罪な男だねぇ?』

 

「オイオイぱっつぁん、女泣かせるなんざ一万年と二千年早ぇんじゃねえの?」

 

「どうせ八千年過ぎてもモテ期なんか来ない非モテ駄眼鏡のくせにヨ!そういうのは顔も性格もスギっちくらい男前になってからやるヨロシ!姉御に言いつけてやっからな!」

 

「ダヴィンチちゃんと銀さんまで何言ってんスかもう!てか神楽ちゃん、姉上に言うのだけはマジで()めてねホント⁉お願いィィッ300円上げるからっ‼」

 

「高杉、貴様リーダーからさり気なく諸々褒め称えられているではないか。まあ羨ましくはあるが、俺とて貴様に(まさ)っているものはいくつかある。具体的に挙げるとしたらそうだな、やはり身長とか…………ん?おい、何やら焦げ臭くないか?」

 

「あれ~ヅラ君、頭にちょうちょがたくさん止まってるね?可愛い~!」

 

「ヅラじゃない桂だ、って(あっつ)ああァァァッ‼アストルフォ殿っこういう事態になっていることはもっとテンパった感じで知らせてはくれないだろうか‼」

 

 四方八方からの非難の嵐に困惑し、只々狼狽する新八。頭頂から煙を昇らせて台所へとダッシュする桂は置いておくとして、そんな彼に助け船を出したのは、(ようや)く落ち着きを取り戻したエリザベート本人であった。

 

「ぐすっ……いいのよ皆。眼鏡ワンコが他のアイドルを推していようと、それはアタシと出会う以前からの事実だもの。それは決していけない事なんかじゃないわ………アタシも、いきなり取り乱してごめんなさいね?」

 

「い、いや僕こそごめん。エリちゃんに対して少しデリカシーに欠けてたかもしれな───」

 

「でも、これでハッキリと分かったわ!やはり寺門通は、このアタシに相応しい好敵手(ライバル)となる存在だってことがね……‼見てなさい、どちらが江戸の……いいえ、この世界のトップアイドルに相応しいか!明日の(フェスティバル)でハッキリとさせてやろうじゃない!オーッホッホッホッ!」

 

 泣いたり笑ったりを経て、漸くいつもの調子に戻ったエリザベートは段蔵から離れると、食卓に片足を上げた状態で高笑いを上げる。キンキンと耳を(つんざ)く彼女の甲高い声に、眉間に皺を寄せた高杉が「(うるせ)ぇ…」と小さく零した。

 

「しかしカラオケ大会か。ここは一つ、俺も式神エリザベスと共に参加してみるのも悪くないな。曲は勿論俺の十八番(おはこ)・『攘夷が★JOY』で優勝を狙ってみるのもアリよりのアリだと思わんか?銀時。」

 

「梨より、じゃなかったナシよりのナシだわバカヤロー。テメェにゃ秋〇さんの鳴らす鐘の一回すらも勿体無ぇわ………にしても、前回空耳で済まそうとしてた事案がとうとう確信に変わっちゃったなぁこりゃ。なあ藤丸、マスターとしてアイツを止めてやることって出来ない?ほら、令呪を(もっ)て命じたりとかさ。このままだと明日のカラオケ大会が昨日の夜みてぇに地獄絵図と化しちまうぞ?」

 

「う~ん……三画しかない貴重な令呪(もの)だけど、いざとなったら仕方ない……かなぁ?」

 

 険しい顔で頭を捻る銀時と藤丸。首を傾げるタイミングまでもがシンクロし、モニター越しに見えるその様子に、ダヴィンチちゃんとマシュは小さく笑った。

 

「それじゃあ話を戻すけど………パチ君は明日のお祭りのカラオケ大会に来る、アイドルのお通ちゃんを親衛隊の皆と応援しに行って、エリちゃんも大会に参加するってことだよね?いいないいなぁ~!僕も明日のお祭りに行きたいっ!ねぇ~いいでしょマスター⁉」

 

「私もネ!お祭りと言えば一番の楽しみは縁日アル!出店で美味いものたっくさん食べたいヨ!いいでしょ銀ちゃん?」

 

 開いた瞳いっぱいに星を輝かせ、じりじりと迫ってくるアストルフォと神楽の迫力に、藤丸と銀時は思わず身じろいでしまう。

 

「あのなぁ神楽ちゃん、今の俺らは祭りなんて悠長(ゆうちょう)に楽しんでる余裕なんてねえだろ。江戸が特異点になっちまってるって時に、チョコバナナだのリンゴ飴だのかき氷だのべっこう飴だのたい焼きだの冷やしパインだのクレープだの、そんなモンに(うつつ)を抜かしてる場合じゃアレ何だろ、口から汗が止まんないや。」

 

「銀さん……それ汗じゃなくて涎だね。実はすっごい行きたいんでしょ?意地張ってないで素直になれば?」

 

「チッ、うっせーなぁ藤丸。そうだよ、実は超がつくほど行きたいよお祭り大好きマンだよ悪いかコラ(ゴシゴシ)」

 

「ギャアアアァァァァッ‼ちょっと!何ヒトの着物で涎拭いてんだアンタぁ‼アレこの流れ前にもあったなデジャヴ⁉」

 

 新八の絶叫が響く中でも、皆の明日の祭りに対する期待は高まるばかり。賑やかな談論を遠巻きに聞いていた段蔵の頭に、ふとスナックお登勢で聞いた内容が甦る。

 

「そういえば………お登勢殿のお店も、明日の祭りで出張すると(おっしゃ)っておりました。なので、その………もしよろしければ、段蔵もまたお手伝いに伺いたいと思っているのですが………。」

 

 そこまで言うと、段蔵は藤丸の顔色を(うかが)うようにして、何度もちらちらと視線を送る。働き者だなぁと思うと同時に、もしかするとまたカラ友であるたまに会えることが嬉しいのかもしれない。遠慮がちな態度のそんな彼女の心情を察し、藤丸は(にこ)やかに答えを返した。

 

「いいよ、きっとお登勢さん達も喜んでくれるだろうし。それにたまさんもきっと、段蔵にまた会いたいって思ってくれてるんじゃないかな?」

 

「!………はい、ありがとうございます。マスター。」

 

 礼の言葉と共に、深々と(こうべ)を垂れる段蔵。顔を上げた彼女の 陶磁器(とうじき)のような白い頬は、喜悦からほんのりと紅潮しているようだった。

 

『お祭り、ですか………私はまだ行ったことがないので、どんなものかは分かりませんが、先輩や皆さんの反応からすると、とても楽しい(もよお)しなのでしょうね。ダヴィンチちゃん。』

 

『そうだねえ。いつの時代もどんな国も、祭りというのは心が(おど)るものさ。それに人が集まる場所に行けば、また新たな情報の獲得も望めるかもしれない。まあ、そこはとりあえず頭のどこかにでも置いといて……せっかくのお祭りだ。少しの息抜きくらいしたって、バチは当たらないんじゃないかな?』

 

 そう言ってダヴィンチちゃんがウインクをすると、居間にいる全員(一部を除く)の顔がパァッと明るくなる。それらの表情の変化を、まるで花火のようだと感じたダヴィンチちゃんとマシュは小さく笑い合った。

 

「それじゃあ決まり!勿論スギっちも一緒に来てくれるよね…………あり?」

 

 アストルフォが名を呼んだことにより、一同の視線は高杉へと集中する。しかし彼はその声に反応を見せず、頬杖をついたまま(くう)を見つめている。

 

「スギっち!ね~ぇ、スギっちってば!」

 

 アストルフォが顔を近付け声を張ると、その声量に驚いた高杉の肩が大きく跳ね上がった。

 

「あ………何だお前か、デケェ声出すんじゃねえよ。」

 

「ゴメンごめん。でもスギっちったら、呼びかけても全然反応してくれないんだもん。どしたの?ボーっとしてるなんて珍しいね。」

 

「高杉殿……もしや、先刻負った傷が痛むのですか?」

 

「………いや。別にこんなモン、大したこたァねえさ。」

 

 身を案じる段蔵の眼から隠すように、高杉は負傷した左腕の上に羽織を重ねる。ふと彼の右目が、離れた先でこちらを睨む桂の眼光、そしてモニター越しに怪訝な顔をしているダヴィンチちゃんと()ち合う。

 

「(………やっぱりな。キャスター(こいつら)には俺自身にも認識出来ねぇ『何か』が()えてやがる。)」

 

「んでさ、スギっちも勿論明日のお祭り来てくれるよね?夕方からみたいだし、松陽さんも起きたら皆で行こうよ!ね?ねっ?」

 

「あー……………そうだな。松陽が行きたいっていうんなら……いいぜ。」

 

「アハハ~やっぱり駄目か~……………ん?」

 

 高杉の返答に、アストルフォは一瞬自身の耳を疑った。

 ここでいつもの流れならば、自分がどれだけしつこく誘っても、高杉が首を縦に振る確率など、ガチャで例えるなら☆5サーヴァントの排出率並みに低い。

 

 ………だがしかし、彼は今何と言った?驚きと興奮で蒸発が早まる理性の中で、アストルフォは高杉の言葉を反芻(はんすう)する。

 

 

 「いいぜ」 (ってことは) 「一緒に言ってもいいぜ」 (つまり) 「お前と一緒に祭りに行きたいぜ」

 

 

 やや都合のいい形の解釈となって変換されているようだが、まあ大体あってるんでないかと。

 みるみるうちに歓喜の色に染まっていくアストルフォの表情(かお)。キラキラとしたエフェクトが舞うそのままの状態で頭の向きを変えると、同じく呆気に取られポカンとしている面々の中で、今の自分と全く同じ顔をした神楽と目が合った。

 

「神楽ちゃん、今の聞いた⁉聞いたよね⁉スギっち行くって!」

 

「ばっちりネ!言質(げんち)もこの耳でしっかり聞いたアル!なっ駄貧乳(ダヴィンチ)⁉」

 

『だからも~貧相じゃないってば~。そう心配せずとも、高杉君の今の発言はこちらでもしっかりと録らせてもらってるよ。』

 

「「キャッフォォォォイ!やった(アル)~っ‼」」

 

 パンッ!と(ちゅう)で決めたハイタッチの音が居間に響く。欣喜雀躍(きんきじゃくやく)、その字の通りまるで雀が飛び跳ねるように小躍りしてはしゃぐ神楽とアストルフォを横目で見ながら、銀時は小声で高杉に耳打ちした。

 

「おいおい、どうしたの高杉君?いつものお前ならあっさり断ってるとこだってのに……あっもしかして、いつもツンなお前が唐突にデレるところを見せときゃ、読んでくれてる側の好感度も上がるとか考えてたりする?そういう策士的なアピールも考えてたりする?」

 

 またいつものノリで、やや挑発的に絡む銀時。しかし高杉は特に反論するどころか、彼と目を合わせることもなく、その場から静かに立ち上がる。

 

「………悪い、少し疲れた。先に休む。」

 

 高杉はそう言い残すと、皆に背を向け開いた襖の奥へふらりと姿を消してしまう。彼を追おうと慌てて立ち上がった桂も同じく今から退室しようとしたが、ふと思い出したように新八の方へと振り向く。

 

「新八君、すまないが我々の休む部屋と布団の場所を教えてくれないか?」

 

「え?ああハイ、今行きます!」

 

「あっ、待ってパチ君!お布団敷くなら僕も手伝うよ~!」

 

 バタバタと慌ただしく廊下を駆けていく桂と新八そしてアストルフォの足音が小さくなっていくと、今には一時の静寂が流れる。

 

「何だぁ?高杉の奴、調子狂うな……。」

 

「高杉殿………やはり先の戦闘で負った損害(ダメージ)が、まだ霊基に響いているものと思いまする。」

 

「確かに、黒猫ったら怪我して帰ってきたし、ちょっと心配よね………そうだわ!黒猫がよく眠れるよう、アタシが癒しの一曲でも歌ってあげようかしら?きっとぐっすり休めること間違いナシね!」

 

「いやソレ、(むし)ろ永眠しちゃうから。英霊の座に直帰コースだから………ってもういねぇじゃん、あのトカゲ娘。」

 

 同時に離れていく足音と音の外れた鼻唄を聞き、銀時が息を一つ吐いたワンテンポ後に、藤丸が(おもむろ)に口を開いた。

 

「それにしても、段蔵と高杉さんが遭遇したっていう、シャドウサーヴァントに似た(エネミー)か………しかもその姿形や声までもが、(かつ)て高杉さんの率いてた『鬼兵隊』に属してた人と瓜二つだったなんて……。」

 

『首を斬られても即座に再生してしまう驚異的な回復力や、明らかに第三者から加えられたとされる狂化状態の付与。これらの情報から見ると、私達の知るシャドウサーヴァントとは少し異なる存在なのかもしれません………そちらの正体不明のエネミーに関しては、頂いた情報を元にカルデア(こちら)でも解析中です。何か分かり次第、すぐにお知らせしますね、先輩。』

 

「ありがとう。でも今日はもう遅いから、マシュもダヴィンチちゃんも一先(ひとま)ず休んで?」

 

「ふぅわ~あぁ………私もう眠くなってきたヨ。」

 

「くぅあ~ぁ……くぅん。」

 

『アハハ、二人とも大きな欠伸だねぇ………まだ再会の余韻(よいん)に浸りたいところではあるけど、今日はここまでとしよう。マシュもいいね?』

 

『はい………では先輩、また明日の朝にこちらから連絡をさせていただきます。』

 

「うん、おやすみマシュ、ダヴィンチちゃん。」

 

 モニターの向こうで手を振るダヴィンチちゃんと、直後に聞こえた後輩(マシュ)の「おやすみなさい」という声を最後に、カルデアからの通信は静かに途絶える。

 そのタイミングと同時に開いたままの襖から、新八が姿を現した。

 

「皆さん、布団敷きましたのでどうぞ休んでください。」

 

「ご苦労だったアルな眼鏡………んん~もう限界ネ、私寝るヨ。」

 

「おい待てって神楽、そっちは松陽が寝てる部屋の方角だろ。さてはまた横着(おうちゃく)して松陽の布団に潜り込む気だな?」

 

「だって銀ちゃん、松陽と寝ると(あった)かくていい匂いしてぐっすり眠れるアル!それに松陽が起きたら一番におはようって言いたZZz~~~。」

 

「あらら……神楽ちゃん、喋ってる最中に寝ちゃったよ。」

 

「ほんと唐突に電池切れるんだよな、コイツは……おい定春、このまま向こうの布団に運んどいてやれ。」

 

「ワンッ。」

 

「フォウ、フォウッ。」

 

 鼻提灯を膨らませて爆睡する神楽を背中に乗せられ、定春は新八の来た廊下をフォウと共に戻っていく。

 

「さてと………俺達も休むとするか。」

 

「マスター、銀時殿。片付けは段蔵がいたしますので、お先にお休みください。」

 

「いいよ、皆で片付けたほうが早く終わるし。段蔵だって明日も手伝いがあるんだから、ちゃちゃっと済ませちゃおう。」

 

「そうだね、僕も手伝うよ……ほら銀さんも、自分で散らかしたお菓子の袋ちゃんと片付けてってください。」

 

「へいへいわぁったよ。ったく母ちゃんかテメェは……ふあ~ぁ。」

 

 新八に尻を叩かれ、銀時大きな欠伸をしなから渋々片付けに参加する。

 藤丸が食卓に散らばる湯呑を回収していたその時、「あの…」と新八が声を掛けてきた。

 

「ん?どうしたの、新八君?」

 

 顔を上げると、食卓を拭く手を止めた新八が、何やら言いたげに口をもごもごとさせている。暫くばつが悪そうにしていた彼であったが、自分を見る藤丸の怪訝(けげん)な表情に気が付き、漸く口を開いた。

 

 

「実はその………ちょっと、言いにくいんだけどさ────」

 

 

 

 

 

《続く》

 


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