Fate/Grand Order 白銀の刃   作:藤渚

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【玖】 恒道館の朝(Ⅰ)

 

 

 

  ─────夢を、遠い昔の夢を見たような気がする。

 

 

 ざぁっ、と頬を(かす)める温かな風に(まぶた)を開けば、板張りの床に広がる薄紅の花弁(はなびら)が映る。

 

 足袋(たび)越しに踏む古い木の感触。ガヤガヤと子供達の声で賑わう空間。そして大きく開け放たれた扉の向こうから見える、満開の桜。

 

 

 

 忘れもしない、忘れるわけがない………ここは、『松下村塾』に(もう)けられた道場だ。

 

 

 

 『サーヴァントは、夢を見ることが無い』

 

 

 まだお登勢の店の上に拠点を置いていた際、銀時と閑談(かんだん)していた藤丸がダヴィンチから聞いたと話していたこの言葉を、ここでふと思い出す。

 とするのなら、これは己の中に存在する過去の記憶を再生しているのだろうか………そう疑問を抱いたのと同時に、突如頭頂部を襲った鈍い痛み。

 喫驚と怒りに振り返ると、そこにいたのはこちらに対してバツが悪そうな顔を向ける一人の少年。よく見知った銀色の髪が春風に揺れている彼は、犯行の凶器であろう竹刀を懸命に背後へと隠そうとしていた。

 

 ………間違いない、コイツは幼い時の銀時だ。人の頭に竹刀で一撃入れておきながら、反省している素振りなど微塵(みじん)も見せない。夢であろうと記憶の再生であろうと腹の立つことに変わりはなく、そんな彼に小芬(しょうふん)していたその時、呆然とする周りを掻き分け、髪を高い位置に結わえた少年───今の銀時同様に、幼い頃の姿そのままの桂がこちらへと駆け寄ってくる。

 

「────、────⁉」

 

 不思議なことに、ぱくぱくと口を動かして発しているであろう彼の言葉が、声となって聞こえてこない。だがこちらに積極的に話しかけていること、そして銀時に対して目尻を吊り上げている様子から、竹刀による怪我の心配と銀時に対してきちんと謝罪をするよう叱っているのだというのが分かった。

 

「────、───────────………───⁉」

 

 小言を言う桂にうんざりとした表情(かお)を向け、耳の穴をかっぽじる銀時。だがその刹那、ゴンッと響く鈍い音のすぐ後に、頭に大きな(こぶ)の出来た銀時がその場に(うずくま)る。

 

 

 

 ───再び吹いた春風が、道場の中に花弁を運んでいく。

 

 

 (ちゅう)を舞う薄紅色と共に、さらりと流れる絹のような亜麻色の髪。そして固く握った拳と対照的に、(おもて)に浮かんだ柔和な微笑。そんな『彼』の登場に、道場にいる全ての子ども達は声を賑わせた。

 

「──!───、───────……!」

 

 桂は『彼』へと駆け寄り、ぴょこぴょこと結った髪を揺らしながら事の起こりを懸命に説明をしている(ように見える)。すると『彼』は興奮する桂の頭に手を置き、(なだ)めるように優しく撫でる。桂は徐々に落ち着きを取り戻していき、やがて『彼』の手が離れる頃には、すっかりご満悦顔になっていた。

 

 痛む瘤を押さえ、低く(うな)りながら身を起こす銀時の横を通り、『彼』はこちらへとやって来る。そして桂の時と同様に手を伸ばし、大きな掌が頭頂へと乗せられる。

 

 

 桜の花と、風と混ざり合った、温かく優しい匂い───穏やかな光を(たた)えた柳色の瞳に見つめられ、混ざり合う様々な感情に胸の高鳴りが早くなる。

 

 

 

 「いたいのいたいの、とんでいけ。」

 

 

 

 まるで年端もいかぬ小さな子どもに対して使うような、痛みを忘れるための『お(まじな)い』。

 

 

 はっきりと聞こえたその優しい声色に、掌から伝わる心地良い温もりに、そして不思議と痛みが徐々に引いていく感覚に────高杉は、ゆっくりと瞼を閉ざしていった。

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

「……………ん。」

 

 薄く開いた隙間から、ぼんやりとした行燈(あんどん)の明かりが入り込む。

 チュンチュンと窓の向こうで鳴く雀の声を聴きながら、高杉は微睡(まどろ)む意識の中で右目を動かす。古びた木の天井、所々破れかかった障子窓、そして……今しがたまで自分が眠っていた布団の横で胡坐(あぐら)を掻く、桂の姿。

 ぬ゛~ぬ゛~と相変わらず不気味な寝息を立てて眠る彼であったが、時折ズビッと鼻を(すす)る音が聞こえてくる。行燈に照らされたその顔をよく観察すれば、不気味に開いた両の目からダパダパとまるで滝のように涙が溢れており、寝息と相まって織り成される薄気味悪い光景に、高杉は顔を(しか)めた。

 

「………ハァ、寝起きに()なモン見ちまった。」

 

 吐く息と共に零しながら、高杉は布団から上体をゆっくりと起こす。その時、彼は自身に起きた変化に気が付いた。

 

「(?………妙だな、やけに体が軽い。)」

 

 昨晩あれだけ(さいな)まれた、呪いによる激しい痛苦。しかしそれらは数刻の時を経た今、この身体のどこにも感じられない。それどころか体調は好調過ぎる程に好調、正に絶好調な状態だ。

 ………それに、違和感はそれだけではない。徐々に降下していく高杉の目線は、昨晩負った傷のある()()の左腕へと落とされる。

 

「(おいおい………(いく)らサーヴァントっつったって、まさかな───)」

 

 寝間着を(はだ)けようと自らの襟首に手を掛けたその時、「ぬ゛っ!」と一際(ひときわ)大きな声を上げたのを合図に、項垂(うなだ)れていた桂が突として(おもて)を上げる。涙に(まみ)れたあの不気味な眼でしばし中空を見つめていた彼だったが、ふとその視線が高杉のものと重なると、いつもの柴色(ふしいろ)の瞳に戻ると同時に意識を覚醒させた。

 

「んあ?たかすぎ………ハッ!高杉‼おいお前、起き上がって大丈夫なのか⁉」

 

「朝っぱらからでけェ声出すな、頭に響くだろうが…………見ての通りだ。もう痛みも不調も無ェがどうだ?お前の眼にゃ、まだ何か見えてるかい?」

 

「何かというか………そういえば先程から、視界がぼやけてお前の姿がよく見えんな。それに何だか鼻が詰まって息苦し────はて?なあ高杉、俺は何故泣いているのだ?」

 

「そりゃあコッチの台詞だ。いいからさっさと(ツラ)中に(まみ)れた涕泗(ていし)諸々拭いちまいな、見苦しいったらありゃしねェ。」

 

 ()()じゃない桂だ!と返しつつも、桂は布団の傍らに置いてあった桶の水に掛けてあった手拭いを浸す。高杉の看病用にと用意してあったその桶であったが、元は湯で満たされていた中身も朝方にはすっかり冷たくなってしまい、その水を吸った手拭いを頬に当てた桂の口から「ちべたっ」と小さな無意識の呟きが漏れた。

 

「というか、号泣してる本人が驚いてるってどうなんだい?泣くほど嫌な悪夢でも見たか?」

 

 くつくつと(わら)う高杉に、放した手拭いの下から覗いた桂の顔は不機嫌に染まっている。彼は使い終えたそれを乱暴に洗いながら、息を一つ吸い込んだ。

 

「いいや、悪夢などではないさ……………先生にな、頭を撫でてもらう夢を見たのだ。」

 

 その言葉に、枕元に畳んで置いてあった自身の着物へと手を伸ばした高杉の動きが不意に止まる。体は硬直したまま右目だけを動かし、瞠目する彼を余所に桂はそのまま続ける。

 

「いつの頃の思い出かは曖昧なのだが、とても懐かしかった………夢の中での俺も、お前や銀時も幼い頃の姿のままでな。確か道場で稽古(けいこ)をしていた時に、銀時の竹刀がお前の頭に誤って直撃して、それを俺が(とが)めていたら先生が────」

 

「先生が銀時の頭に拳骨喰らわして、その後お前と俺の頭を撫でた………だろ?」

 

「………え?」

 

 己が今まさに続けようとした内容が、一言一句違いなく高杉の口から紡がれたことに、桂は耳を疑う。二の句が継げないでいる桂の眼前で、高杉は巻いた包帯で左目を覆っていく。

 

「ヅラ、前に藤丸が銀時と喋ってた話、お前も聞いたなら覚えてるか……?『サーヴァントは夢を見ることは無い。例え何かを見ることがあったとしても、それは英霊の過去の記録か、(ある)いは記憶の再生か』………だがこれは、マスターと魔力のパスが繋がってる奴らに起こる現象だとも聞いている。」

 

「………だとするなら、マスターを持たない俺やお前は、一体誰の記憶を夢として覗き見ていたというのだ?」

 

「さぁな、こればっかりは俺も見当がつかねえ…………それともう一つ、お前に確認しておきたいことがある。」

 

 包帯の端を結び終えると、高杉は(おもむろ)に寝間着の左(えり)に手を掛ける。

 怪訝にこちらを見つめる桂の前で、高杉は着物を(はだ)け左肩を露わにする。そして腕に巻かれた包帯を(ほど)いてみせた時────桂の表情は驚駭(きょうがい)の色に染まった。

 

「なっ────⁉」

 

 

 

 ────ひと巻き、またひと巻きと緩められる細い布。

 

 

 やがてその下から現れた、赤黒い血の染みたガーゼが取り払われる。

 

 

 

 そこにあったのは、やや筋肉質な肌に傷どころか(あと)すらも残ってはいない、彼の白皙(はくせき)な細い腕。

 

 

 

「ヅラ、これを見た上でテメェに改めて問う…………お前が何かしたんじゃねえのか?」

 

「い………いや、いいや違う!俺ではない‼昨晩貴様にも言っただろう⁉俺は治癒や解呪の(たぐい)の術はまだ扱えない、だからこんな………こんな、傷も呪いも痕跡すら残さず癒すことなど、今の俺には到底不可能だ………。」

 

「成程、呪いも消えてんのか……だとしたらお前にしか見えてなかったあの黒い(もや)ってのも、もう見えてはいねえってこったな?」

 

 着慣れた紅桔梗の着物に袖を通しながら問うと、桂は無言のまま頷く。丸く開いた両の目で宙を睨む彼の眉間には、僅かに皺が寄っていた。

 

「……まあ、そう深く考えるなよヅラ。何でかは知らねェが、こうやって怪我も呪いも綺麗さっぱり治ったってンなら万々歳じゃねえか。もしかするとお前さんが夜通し呪詛の進行を遅らせた成果があったかもしれねえし、案外復讐者(アヴェンジャー)の持つ固有能力か何かが働いたってのも────」

 

 

 

  カリカリ、カリカリ、

 

 

 そこまで述べられた高杉の憶測は、不意に扉の方から聞こえてきた微音によって言い()す形となって終わる。

 木の板を爪で引っ掻くような音の後に、続いて聞こえる甲高い鳴き声。扉の向こうの正体にすぐに気付いた両者は顔を見合わせ、先に立ち上がった高杉が扉へと向かい、手を掛けた取っ手を横に引いた。

 

「フォウッ。」

 

 そこにいたのは彼らの予想通り、つぶらな瞳でこちらを見上げ、その場にちょこんと腰を下ろすフォウの姿。ふわふわの白い尻尾が揺れる(たび)に、高杉の背後から顔を覗かせた桂が目を輝かせている。

 

「おおおフォウ殿、今日も何と素晴らしきモフモフだ……もしや、俺に朝の挨拶という名の触れ合いタイムを提供しに来てくれたのか⁉」

 

「おい、人の背中に気色悪ぃ(モン)吹きかけンじゃねえ………どうしたお前さん、腹でも減ったか?」

 

 鼻息を荒げる桂を一睨みし、高杉はフォウと目線を合わるようにして身を(かが)める。するとフォウはそんな彼の着物の袖を小さな口で噛み、ぐいぐいと引っ張った。

 

「?……何だ、そっちに何か────」

 

 開いた扉から顔だけを出し、フォウの引っ張った方角へと首を動かす高杉───刹那、彼の右目に宿る深碧(しんぺき)が、驚愕に見開かれる。

 

 

 

 部屋の行燈が(わず)かに照らす、恒道館の朝明(あさけ)の廊下。

 

 

 その古びた廊下の壁に背中を(もた)れ掛け、床に座り込んでいたのは────

 

 

 

「…………松陽(せんせい)?」

 

 その呟きに反応し、桂もまた扉から顔を出す。それと同時に高杉は部屋を飛び出し、座睡(ざすい)している松陽の元へといち早く駆け寄っていた。

 

「高杉、先生は────」

 

「……ああ、ただ寝てるだけみてェだ。」

 

 すやすやと規則正しい寝息を立てているのを確認し、一先(ひとま)ず安堵の息を零す高杉。遅れて桂がフォウと共にやってきたその時、閉じていた松陽の(まぶた)が微かに震えた。

 

「ふぁ────はっくしゅん!」

 

 突として込み上げてきたむず(かゆ)さを抑えることが出来ず、くしゃみとなって暗い廊下に響き渡る。それを皮切りに松陽の意識は眠りから覚め、開いた彼の瞼下から覗く琥珀色が始めに映したのは、揃って目を丸くする二人と一匹の姿であった。

 

「あれ………晋助、さん?それに小太郎さんも………ええっと……。」

 

 寝惚け(まなこ)を擦り、松陽は(せわ)しなく辺りを見回す。恐らく……否、ほぼ確実だと思うが、彼は今自分の置かれている状況が把握できていないのだろう。あたふたとする師の姿に悪いと思いつつ窃笑(せっしょう)し、高杉は口を開いた。

 

「松陽、ここはあの眼鏡の家でやってる道場ン中だ。貴方(アンタ)が城の外で倒れた時、銀時達がここまで運んできたんだよ。」

 

「新八君の、お家ですか……?そういえば私、銀時さんや藤丸君達とあのお城に行って、それから…………あれ?」

 

 ………ああ、まただ。自身が意識を失う前にとっていた行動、そして言動。幾ら懸命にそれらを思い出そうとしても、またも阻害(そがい)するかのように(もや)が広がり、覆い尽くしていく。

 

「松陽殿、無理に思い出さなくともよいのだぞ……それにしても、居間の隣にある寝室にいた(はず)の貴方が、何故こんな所に?」

 

「えっと………すみません、それも分からないんです………あの、どうやら私、また皆さんにご迷惑をかけてしまったようで………本当にごめんなさい……。」

 

 居た(たま)れなさから目を伏せ、緘黙(かんもく)してしまう松陽。その姿に桂が周章(しゅうしょう)していたその時、彼らの隣の部屋の扉が開かれた。

 

「ふあ~ぁ………ったくオメーら、朝っぱらから廊下で何騒いでやがんだ。こっちはアストルフォの寝相攻撃のせいで、全然熟睡出来なかったんですけどコノヤロー。」

 

「いや~ゴメンね銀ちゃん、僕ってば寝相の悪さはシャルルマーニュ十二勇士の中でも1、2を争うって言われるくらいだからさ。」

 

 大口を開け、欠伸(あくび)をする銀時に続いて、愛嬌笑いを浮かべるアストルフォも、揃って寝間着のまま部屋から出てくる。すかさず銀時の足元から頭部へとクライミングを果たしたフォウは、寝癖で余計に愉快に跳ねた彼の天然パーマにじゃれついていた。

 

「おお銀時、アストルフォ殿。おはよう、良き朝だな。」

 

「何?どんな朝だって?熟睡出来なかったんだって今言ったばっかなんだけど、頭ヅラなのかな?」

 

「ヅラじゃない地毛だ!じゃなくてカツラ、ううん違った桂だ!」

 

 お決まりの台詞をややこしい感じで返す桂の陰から、銀時達の声に反応し松陽が(おもて)を上げる。するとその視線がこちらを見つめる(すみれ)色とぶつかり、また松陽の見つめる先を辿(たど)った高杉の視線が加わると、アストルフォの表情(かお)がパァッと華やいだ。

 

「松陽さんっ!スギっち~~~っ!」

 

 寝癖で跳ねた桃色の髪を(おど)らせ、アストルフォは高らかに名を呼んだ彼らの元へ突っ込んでいく。ポカンとした様子で見上げる松陽の傍らで、回避の(すべ)も受け止める準備も出来ていない高杉は当然狼狽(ろうばい)する間もなく、アストルフォからの猛烈なハグを正面から受け、松陽諸共(もろとも)床へと倒れていった。

 

「うわ~ん松陽さん!いきなり倒れたからすっごく心配したよ~っ!もう大丈夫?痛いとことかない?」

 

「え、ええ。大丈夫です………ご心配をおかけしました、アストルフォさん。」

 

「うんうん、元気そうならよかったよかった!スギっち、君のほうは?もう怪我は平気なの⁉」

 

「ああ、もう何とも無ぇさ………()いて言うンなら、たった今ぶつけた後頭部のほうが痛ェんだがな。」

 

 肩に腕を回された状態でアストルフォに頬擦りをされるという、カルデアにいるムニエルが見たら喀血(かっけつ)&卒倒しそうなシチュエーションにいる約二名。松陽は困ったように微苦笑を浮かべているものの、その表情には先程までの消沈した様子はもう見られない。(しか)めっ面で天井を(あお)ぐ高杉もそんな恩師の変化に気が付き、顔に出さなくとも人心地(ひとごこち)がついたようだった。

 

「おう松陽、おはよーさん。もう起きても平気なのか?」

 

「あっ、おはようございます銀時さん。今はもうこの通りです…………その、昨日は折角お外に連れ出してくださったのに、(かえ)って皆さんの足を引っ張る形になってしまって、本当にすみませんでした……。」

 

「ンな事いいんだよ、いちいち気にすんなって………それよりお前、何でこんなとこにいんの?寝相が悪ィにしても程ってモンがあんだろ?」

 

「ええっと、それが私にもよく分からなくて………。」

 

 (ようや)く床から身を起こし、松陽は眉の端を下げて答える。するとここで「フォウッ」と小さなお手々が銀時の頭の上で挙手をし、皆の注目を集めた。

 

「もしかして、フォウ君何か知ってるの?」

 

 アストルフォが尋ねると、エッヘンとふわふわの胸を張ってみせるフォウ君。注目を集める中、彼は小さく咳払いをした。

 

「フォウッ、フォフォウフォウッ、フォフォーウフォウ。フォーウ、フォーウフォフォウフォウッ。ンキュキュッ、フォーウフォ、フォフォウ?フォウフォウフォウフォーウッ!」

 

「……………あ~、えっと。」

 

 時折ジェスチャーも交えながら一通り鳴き終え、もとい説明し終えたフォウは、キリッとキメた顔で一同を向く。どっかに翻訳出来るコンニャクでも落ちてないかな、と銀時が辺りをキョロキョロと見回す一方で、やっと上体を起こした高杉は桂がフォウの説明を終始頷きながら聴いていたのを疑問に思う。

 

「おいヅラ、こいつの言葉が分かんのか?」

 

「ヅラじゃない桂だ。いいや残念ながら、翻訳出来るコンニャクでもない限り俺にも難解だ。しかし一つだけハッキリと言えることがある、それは………」

 

「それは………何ですか?小太郎さん。」

 

「それはだな─────フォウ殿が今日も愛らしくモフモフであるということだ!おぉ~よしよしよし!」

 

「フォウッ⁉マジヤメフォーゥ‼」

 

「だあァァァやめろ馬鹿ヅラ‼フォウも爪立てんじゃねえ痛ててて抜ける抜けちゃうゥゥッ‼」

 

 銀時に乗ったままのフォウを撫で回し、フォウも()がされまいと必死にしがみつき、それにより天パを引っ張られた銀時の絶叫が朝っぱらの廊下に(やかま)しく響く。

 腹を抱えて笑い()けるアストルフォの隣で、松陽もまた賑やかな彼らの様子にクスクスと笑っている。漸くいつもの(ほが)らかな笑顔を見られたことに、高杉が目を細めた─────そんな時だった。

 

 

『ホゲ~~~~~~~~~ッ♪』

 

 

 突如どこからか響いた、否(とどろ)いた最大音量(ボリュームMAX)の不協和音。

 

 空気を震わせ大地を震わせ、ついでに霊核(ハート)まで(危ない意味で)震わせてくるその音に、松陽の耳を咄嗟に覆った高杉を除いた一同はひっくり返る。

 

「何なに地震⁉それとも敵襲⁉大変~マスター大丈夫かな⁉」

 

「落ち着け、こりゃあ災害の(たぐい)じゃねえだろ………いや、ある意味近いような気もしなくはないが。」

 

 襲い来る頭痛に耐えるようにして、高杉の眉間に自然と皺が寄っていく。顔を(しか)めながらも松陽の耳を塞ぐ手に()もる力が弱まることはなく、そんな彼の行動に対し松陽は不思議そうに首を傾げるのだった。

 

「今の方角からだと………ちょうど中庭の辺りではないか?」

 

「フォ~………フォウフォウ。」

 

「ったく、しゃーねえなあ。近所から苦情来る前に止めとくか。」

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

「「ふわ~あぁ……。」」

 

 所変わって、こちらは志村家恒道館の洗面所。

 鏡の前に揃って立つ藤丸と新八は、これまた揃って大きく口を開けて欠伸をした。

 

「結局僕ら、かなり遅くまで話しちゃってたね………ふあ~ぁ。」

 

「ゴメン、俺も話すと止まらなくなっちゃって………ふあ~ぁ。」

 

「でも、藤丸君の話すっごく面白かったよ。特にあのチェイテピラミット姫路城とか、ずっとツッコミ炸裂しっ放しだったし。」

 

「アレもまた嘘のようで本当にあったトンデモ特異点だったからねえ、今となっては懐かしいなぁ………ねえ新八君。」

 

「ん?どうしたの?」

 

「睡眠時間を奪っておいて言うのもなんだけど………新八君の部屋でのお泊り会、すっごく楽しかったよ!もし君がよかったら、またやりたいな……なんて。」

 

「藤丸君………うん、またやろうよお泊り会!今度はこっそりお菓子とかも用意してさ、あっでも姉上には内緒だよ?夜中に間食なんてしたら、物凄い怒られるからさ。」

 

 昨夜のような悪戯っ子の笑みを浮かべる新八に、藤丸も同じように笑ってみせる。彼から手渡されたタオルを広げようとした時、「あれ?」と新八が声を上げた。

 

「どうしたの?」

 

「ここに置いてるタオル、昨日のうちに人数分出しておいたと思ったんだけど………やっぱり一枚足りないなぁ。ちょっと新しいの無いか見てくるから、藤丸君は先に顔洗ってて!」

 

 言うなり洗面所を飛び出していった新八、暗い廊下の奥に遠くなっていく背中を見送ってから戸を閉め、藤丸は蛇口を(ひね)り水を出す。

 掌に溜まって水を顔面に掛ければ、その冷たさで残っていた眠気は一気に吹き飛ぶ。繰り返し行って汚れを落とすと、藤丸は上げた顔にタオルを押し当てた。ふわふわと肌に心地いいそれは紛れもない新品で、新八の心遣いに感謝をしながら水分を拭き終えたその時、先程閉めた戸がガラリと開いた。

 

「あっ新八君、おかえ─────り?」

 

 

 

 振り返らずとも、鏡に映ったその人物を確認した藤丸は、思わず声を()む。

 

 

 そこにいたのは新八ではなく、ガタイのいい一人の男性。首にタオルを掛け、キッチリと着込んだ和服を着込んだその男は、高い身長に(たくわ)えた顎鬚(あごひげ)と、一見から捉えた印象はかなりの強面(こわもて)。動物で例えるなら、そう………間違いなくゴリラだな。と藤丸は狼狽(ろうばい)しつつも、内心でそんなことを考えていた。

 

 

 鏡越しにゴリ……失礼、男性と見つめ合うこと約十数秒。流石に知らない人とこんな長時間目が合うとかマジキッツいわなどと思い始めていた時、鏡の中の男性がニカッと笑み顔に変わった。

 

「おはよう!もしかして君、新八君のお友達かな?」

 

 つい先程まで怖い印象しか抱けなかったその男性だったが、人の良さそうな笑顔と明るい声に、藤丸は思わず拍子抜けしてしまう。

 

「あ、えーっと………ソウデス。」

 

「そうかそうか。あの子はあまり齢の近い子と一緒にいるのを見かけないからなあ………でも、君のような友達がいてくれたようで俺も()()()()も一安心だ!これからも新八君をよろしくな!」

 

「は、ハイ………。」

 

 終始明るい調子で話し続ける男性に圧倒される藤丸だったが、彼が口にした単語を脳内で反芻(はんすう)する。

 

「(この人、今()()()()って言ったよな……?それに新八君のことも詳しいみたいだし、もしかして身内のひとなのかな?)」

 

「それじゃあ新八君のお友達君、ゆっくりしていってくれたまえ!ワッハハハハ!」

 

 去り際に歯を光らせ、解顔(スマイル)をしていくゴリラ、あっ間違えた男性。ドスドスと足音を立てて暗がりに消えていく大きな背中を、藤丸は唖然としながら見送る。

 

 一体何が起きたのか理解が追いつかず、とりあえず冷静になろうと再び冷水で洗顔しまくる藤丸。バシャバシャと半ば躍起(やっき)になって水を浴びまくっていた時、背後から聞き慣れた方の声が聞こえてくる。

 

「いや~ゴメンごめん、タオル探すの時間かかっちゃって─────って、何してるの藤丸君⁉」

 

 新八の驚愕した声に顔を上げると、藤丸は自身が今顔どころか頭や折角着替えた礼装まで水浸しになっていることに漸く気がつく。

 

「うわぁっ⁉ご、ゴメン……。」

 

「ああもう、そんなに濡れてちゃ一枚じゃ足りないね。ほらコレ、僕まだ使ってないから拭いて。」

 

「ううう、ありがとう新八君………ところで、一つ聞きたいんだけど。」

 

「なに?タオルなら多めに持ってきたから、別に気にしなくても─────」

 

「新八君の家にさ、おじさんかお兄さんっている?」

 

「…………………え?」

 

 数秒の沈黙の後に次いで出たのは、あまりに()頓狂(とんきょう)な新八の声。呆然とする彼の前で、藤丸は受け取ったタオルで髪を拭きながら続ける。

 

「いやさっき、君がタオルを取りに行ってる間にさ、初めて見かける男の人がここに来たんだ。背が高くて体格が良くて、顎に髭があってちょっと強面だったけど気さくに話しかけてくれてさ。その人、新八君やお妙さんのこともよく知ってたみたいだから、てっきりこの家の人かなって…………新八君?」

 

 突然押し黙ってしまった新八を(いぶか)しみ、藤丸はタオルを首に掛けて彼を見る。するとそこにいたのは、つい今しがたまで笑ったり焦ったりを表していた表情筋を完全に停止させ、無表情となった新八であった。

 

「………藤丸君。」

 

「え、はっハイ何でしょうか?」

 

「そのゴリラ、どっちに向かって行ったか覚えてる。」

 

「えっと、確か新八君が来た方向と逆に───って新八君⁉」

 

 藤丸が示すや否や、体の向きを180度反転させた新八は、そちらの廊下をスタスタと早足で進んでいく。

 何故新八があの男性がゴリラに似ていることを知っているのか、というか突然態度を変貌にさせた新八に理解がついていかず、暗がりに遠くなっていく新八を藤丸は慌てて追いかけていった。

 

 

 

 

 

《続く》

 

 

 

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