Fate/Grand Order 白銀の刃   作:藤渚

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【弐】邂逅(Ⅰ)

 

 

「よっ。ほっ、うぉううぉうっ、おおおあおぁ……っ‼」

 

 

 藤丸は、一人戦っていた───今まさに固い地面へと引っ張り込もうとしている、地球の重力と。

 こんなことになるんなら、変に格好つけようとポーズなんかとるんやなかった………片足のみで自身の全体重を支えながら、藤丸は自らの行いを猛烈に悔いていた。

 迂闊に首も動かせない状態だが、周囲が夜のように暗いことは理解できる。他の皆は無事に着いたのだろうか?安否を確認するために声を張ろうと息を吸い込む。だが今下手に力を入れると、うっかりバランスを崩しかねない。

 このままやれるのか───いいや、やらねばなるまい。だって俺はカルデアの……人類最後のマスター、藤丸立香なんだから!

 いや~、それカルデアのマスターあんまり関係ないからね?と画面外辺りからかダヴィンチちゃんがやんわり突っ込みを入れてきたような気がしたが、気にしないことにした。さてと、とりあえずは体勢を戻さないと、宙に浮く片足を少し動かしたとき、ぐらりと上半身が大きく傾いた。

 あっあっやばいこれ。やっぱり下手な事するもんじゃないな。えっちょっ、ヤバいよやばいよコレ。誰か~、どなたぞ手を貸してくれまいか───

 

とうとうバランスを保てなくなった藤丸の体は、後ろへと大きく倒れていく。地面との激突を覚悟し、衝撃に備え強張らせた彼を、覚えのある感覚のがっしりとした二本の腕が支えた。

 

「あっ、銀さん……。」

 

「ったく、何がどうなりゃ橋の欄干にグ〇コのポーズで立ってるなんつー状態になんだよ………うえぇ、にしてもまだ何かフラフラしてる感じすんな。」

 

「大丈夫?レイシフト酔いしたならこれ飲みなよ。俺は効いた試し無いけど。」

 

「だろうな。お前が差し出してるその錠剤、あからさまに箱にヨーグ〇ットって書いてるし。あーでも食いたいから、一個ちょうだい。」

 

 中身を出し、同時に口へと放り込む藤丸と銀時。広がる甘さを舌で堪能していると、バタバタと複数の足音が慌ただしくこちらへと向かって来るのが聞こえた。

 

「マスター!大丈夫っ?」

 

「あっ、銀ちゃんも藤丸も何食べてるアルか?いいな~私にもちょうだいヨ。」

 

「わんわんっ。」

 

「全く、姿が見えないと思ったらなんてトコに現れてんのよ!危なく川に落ちちゃうとこだったじゃないっ!」

 

 駆け寄るアストルフォに神楽と定春、そして尻尾を振り上げプリプリと怒るエリザベート。そして最後尾にいた段蔵は藤丸の姿を確認すると、「ご無事で何よりです、マスター」と安堵の息と共に吐いた。

 

「……んん?んんん?」

 

 口の中でヨーグ〇ットを転がしながら、きょろきょろと辺りを見回す神楽。彼女を始め、そこにいる皆もまた、周囲の状況を漸く呑み込み始める。

 

「おいおいおい、どうなってんだよこりゃあ?話と違うじゃねえか。」

 

 藤丸を起こし、銀時が見上げた空は─────星の輝きも一つとして無い、一面の黒。

 

 銀時達の要望に合わせ、レイシフトの到着する時間帯を明るいうちの午後に設定した筈であった。

 だがしかし、この景色は何なのだろう………空ばかりでなく、街もが深い紺色に染まる景色はまるで、夜そのもの。電柱の照明や軒先に取り付けられた提灯などのぼんやりとした明かりだけが、闇夜を淡く照らしていた。

 

「え……えええ?何、これ……?」

 

「そりゃこっちの台詞だぜ。これじゃあ神楽のドラマも、俺の結野アナもとっくに終わっちまってんぞ。」

 

「いやんっ!公共の場でお尻の穴だなんて、何て卑猥なこと言い出すのよこの白モジャはっ!」

 

「いや違うから、結野アナのアナは女子アナのアナで────」

 

「きゃあぁっ!乙女の恥ずかしい穴を連呼するだなんて破廉恥極まりないわ‼この変態天パっ‼」

 

「あっぶね‼馬鹿でけぇ尻尾ぶん回してんじゃねえっこのトカゲ娘‼」

 

 エリザベートと銀時による喧騒が響く傍ら、藤丸は現在の状況を確認しようと、腕に取り付けた通信機を起動する。

 

「もしもしマシュ、ダヴィンチちゃん、聞こえる……?もしも~し!」

 

 ……返事はない。展開された電子スピーカーから流れるのは、ザー…という砂嵐の音のみ。

 

「あれ~……おっかしいなあ。」

 

 何度通信ボタンを押しても、応答してくる様子は見られない。首を傾げる藤丸の元に、段蔵とアストルフォが近付いてくる。

 

「マスター、どうしたの?」

 

「ん~、ちょっと通信機の調子が悪くてさ。それに見てよコレ、時計もかなりズレてるみたいだし………弱ったなぁ、これじゃあカルデアと連絡が取れないよ。」

 

「ええっ⁉それは大変だぁ!おお~いっ通信機君、どこか悪いのかい?そうだ、もしかすれば叩いたら治ったり───」

 

 手刀を構えるアストルフォが言い終わるのも待たずして、藤丸は通信機を庇う格好のまま、段蔵と共に彼から距離を取った。いくら華奢な外見であろうと、アストルフォも立派なサーヴァント。彼にとっては軽い一撃だとしても、こんな精密機械はいとも簡単に粉々のビスケットと化してしまうだろう。

 

「ええ~駄目?残念だなぁ………そうだ!段蔵ちゃんなら同じ機械同士だし、ちゃちゃっと治せたりしないかな?」

 

「え?その……段蔵も絡繰ではありますが、生憎修理などの機能は備わっておりませぬ………こんな時にお役に立てず、申し訳ございません。」

 

「いやいや、段蔵は悪くないよ。もしかすると電波の具合が悪いとか、そんな問題かもしれないし」

 

 落ち込む段蔵を励ましてはいるものの、藤丸自身もまた内心の焦りを隠せないでいた。見知らぬ世界で彼女達のサポートを受けられないのは、正直不安が大きい。だが今自分が言ったように電波状況が悪いか、或いはカルデア側が立て込んでいるのかもしれないなど、あらゆる可能性を頭の中に巡らせた後、藤丸は大きく深呼吸をした。

 

「……よーし、一旦落ち着こう。それじゃあ皆、ちゃんといるかい?とりあえず点呼とろう点呼。はい横一列に並んで~。」

 

「わーい恒例の点呼だ~!僕一番っ!」

 

「あっズルいアル!何事にも一番は譲らないアルヨ!」

 

 駆け出すアストルフォの後を追いかけていく神楽の背中を見送りながら、銀時は近くにいた段蔵の側に寄り、こっそりと耳打ちをする。

 

「……なあ、おたくのマスターっていつもこんなことしてんの?」

 

「そうですね……段蔵はカルデアに召喚されてまだ日は浅いのですが、マスターはレイシフトを行った際は、必ずこうして全員の無事を確認しておられるようです。稀に一人か二人欠けていることがあるようですので。」

 

「稀に欠けてるって何?失敗して他の次元に飛ばされてるとか?おたくの設備は本当に大丈夫なのかよ⁉」

 

「心配はご無用です、銀時殿。段蔵が聞いた限りでは、不明になる方々はそのような大きな問題には巻き込まれておりませぬ。精々藪の中に頭から突っ込んでいたり、畑に頭から突っ込んでいたり、湖の真ん中に頭を突っ込んでいたりと、その程度ですので。」

 

「何で全員頭からイってんの?最後に至っては完璧にスケ〇ヨじゃん!」

 

「因みにこの間、段蔵が初めて任務に参加致しました際には、マスター自身が羊の群れの中に頭から突っ込んでおられた。ということもございましたが、まあ今となっては良き思ひでとして、段蔵の中の記憶(メモリー)に刻まれております。」

 

「そんなの良き思ひでにしないでぇっ!てか何で藤丸自身がそんなことになってんの⁉銀さんもうあの子に人類の命運託すの不安でしょうがないんだけど!」

 

 淡々と答える段蔵に対し怒涛の突っ込みを連発した後、銀時は大きく溜息を吐いた。

 

「はぁ~……段蔵ちゃんよ、ここ来る前もアイツと色々と話もしたけど、俺ぁ藤丸(あいつ)が世界を救ったタマにゃあどうも見えねえんだよなあ………なんつーか、威厳やオーラなんかも殆ど感じやしねえ。これじゃあまりに───」

 

「普通過ぎる、と仰いたいんですよね?銀時殿は。」

 

 突如言葉を遮られたことに驚き、銀時は段蔵を見る。彼女は(まばた)き一つすることなく、黄金の瞳をこちらへと向けていた。怒らせてしまっただろうか……とよぎった不安はほんの一抹、絡繰の少女の口許は緩く弧を描いていた。

 

「……ええ、その通りです。段蔵がカルデアの方々から伺った藤丸立香(マスター)という人物像は、彼が至って普通の少年ということ。優れた魔術の才もなければ高名な家柄の血も引いてはいない、カルデアからの魔力支援を受けてはいるものの、その本質は彼がどこにでもいる……このような世界を巡る戦いの渦中などにいる筈のない、少し鈍臭くて心の優しい、平々凡々な男子だということも。」

 

 段蔵の視線は、銀時から藤丸へと移されていく。定春に圧し掛かられそうになり「ギャーッ!」と悲鳴を上げている彼を見つめる段蔵の眼差しは、とても柔らかなものであった。

 

「……かつて段蔵は、母であったこともありました。マスターの母代わりになりたい、などと大それたことは申しませぬが………本来であれば何の縁などもない、血に塗れた戦場に赴くことは、彼がマスターである故に是非もない事だと承知しているのですが………やはり、どうも胸が痛みまする。」

 

 霊核のある辺り──胸元に手を当て、そう語る段蔵の声に、銀時は詰まるものを感じながらも、彼女の話すことに耳を傾けていた。

 

 

「あー……えっとな、段蔵。」

 

「はい、何でしょう?」

 

「その、俺ぁ母ちゃんなんてモンをよく知らないで生きてきたけどよ……ああ~んな顔すんなって!別に天涯孤独だったわけじゃねえよ、俺を拾って面倒見てくれた人がいたからな。」

 

「親代わりの方、ですか……?」

 

「まぁ、その話は機会があった時にでも………とにかくだ。藤丸が大層なモン背負ってここまで歩いてきたってことは、お前の話でよく分かった。でもアイツだって、目の前に広がる現実が全部生温かいものだとは思っちゃいねえだろ。例え命の危険に晒されることになろうと、あえてそこに片足突っ込んで傷だらけになったとしても、それは自分自身で選んだ道だ。何度だって血反吐吐いて、歯ぁ食いしばって、あいつは傷だらけになりながらも立ち上がってきたんだろ………藤丸が平々凡々な極普通のガキだって?馬鹿言ってんじゃねえよ。アンタの目にゃあ、藤丸(アイツ)がまだ無知な子どもに見えんのかい?」

 

「……いいえ。段蔵はカルデアを出る際に、各部位の点検をしっかりと施していただきました。段蔵の視覚に不備などがなければ、今認識しているのは立派な男子(おのこ)の姿にござりまする。」

 

 お互いの顔を合わせ、ニンマリとほくそ笑む銀時と段蔵。「ちょっと~早く来なさいよ~!」と呼ぶエリザベートの声に反応し、そそくさと足を動かした。

 

「……まぁ、でも藤丸だってまだ思春期真っ盛りのガキだし、母親に甘えたい時だってあるだろうよ。とりあえずそんときゃ優しく抱きしめてやればいいんじゃねえの?段蔵ちゃんの母性溢れるダイナマイトなボディーに抱擁されりゃあ、藤丸どころか他の男だって一発陥落───」

 

「その発言は『せくしゃるはらすめんと』と捉えてもよろしいのでしょうか?銀時殿。」

 

「待って待って、銀さんが悪かった。だから指こっちに向けるのやめて?絶対そっからマシンガン的なものとか出てくるでしょ?そういうのばっかり作ってる知り合いいるから何となく分かるもん。」

 

「あれ~?銀ちゃんたら、段蔵ちゃんともう仲良くなってる。」

 

「抜け目ねぇ奴だなホント。もうドスケベ忍者を誑し込んだのかヨ、このムッツリ助兵衛。さっちゃんに言いつけんゾ。」

 

「どうぞご勝手に~、別に俺あのドMとはなんでもねえし。俺のがストーカーされてるから被害者だし。」

 

「はいはい、それじゃあ点呼取るよ~。右端の人から番号と名前言ってね。じゃあどうぞ。」

 

 藤丸が手を前に出し合図をすると、一番端に立つアストルフォが大きく息を吸い込んだ。

 

「はいは~い!一番、アストルフォでっす!」

 

「二番、可愛い神楽ちゃんアル!」

 

「それじゃ三番、未来の国民的アイドル・エリちゃんよ☆」

 

「フォーウッ、フォウフォウ。」

 

「わんっ、わんわんっ。」

 

「えー六番、銀さんで~す。」

 

「七番、加藤段蔵にござりまする。」

 

「えーと、ひのふのみ…………あれ、一人足りなくない?」

 

「ちょっと仔犬、アンタまた自分を入れ忘れてない?」

 

「へ……?あ、そっか。」

 

「んも~マスターってば、そこんとこお約束なんだから~。」

 

「ったく鈍臭ぇな、しっかりしろよ藤丸~。」

 

 あははは~と談笑に華やぐ一同。しかしその和やかな空気を切り裂くかのように、「待たんかいいいいぃっ‼」と鋭い突っ込みが水飛沫と共に川から上がった。

 着地と共に重くなった服や髪から水滴か迸り、血走った眼でこちらを睨み付けるその人物に藤丸は思わず怯んでしまう。

 

「おお新八、何でずぶ濡れになってんだ?」

 

「あ、あれ?もう正体明かしちゃうの?銀さん。」

 

「だって、そこに至るまでの細かい描写書くの面倒くせーんだもん。第一読んでる側の奴らはもう大体気付いてるだろ。あれ~そういや新八どこいった?とか、何で点呼で一人だけイングリッシュなの?とかさ。」

 

「銀ちゃん、こっちにも新八いるネ。大分ちっさくなったけどちゃんと眼鏡もかけてるヨ。」

 

「あ~ホントだ、肩乗りサイズのモフモフした生物だけど、頭に本体引っかかってるし。よかったなぁ新八、随分とコンパクトなサイズになったじゃねえか。」

 

「新八ココ‼僕が新八だから‼本体は眼鏡じゃねえって散々言ってんだろおおおぉ‼皆が来る少し前に川に落ちたんですよ!すぐに気付いて助けてくれると思ったのに、原稿8ページ目に到達しても誰一人リアクションを起こしてすらくれないから、痺れを切らして自分から出てきましたっ!ああもう虚しいったらねえよ‼」

 

 上着の袖を絞る度に、ボタボタと重い音を立てて地面に落ち、吸い込まれていく大量の水。アストルフォも加勢し服の水分を抜いていく傍らで、藤丸は小さくなった新八……もとい、新八の眼鏡を頭に乗せたフォウの前にしゃがむ。

 

「ありゃりゃ、フォウ君ついてきちゃったのかい?」

 

「フォーゥ。」

 

 フォウはぷるぷると頭を振るい(その際に吹き飛びそうになった眼鏡は直ぐ様回収した)、藤丸の腕を伝い彼の肩へと登っていく。今頃マシュも心配してるだろうな~、と慌てふためく後輩の姿を想像し、思わず少し笑ってしまった。

 

「さてと、これで漸く全員揃ってるのが確認できたけど、これからどうしよっか?」

 

「そうだな………とりあえず万事屋に来いよ。こっからそう遠くねえし、まずは少し休んでからにしようぜ。」

 

「そーそー、腹も減ったしナ。」

 

「銀さん、それなら風呂と洗濯機も貸していただけると助かります……あ、あと着替えに何か一枚も。」

 

 藤丸から眼鏡を受け取り、開けた視界から今の自分の状態を改めて確認する新八。不機嫌なままの彼の上着の袖は、端が地面についてしまう程に伸び切っていた。

 

「新八君……どしたの?それ。」

 

「ごっめーん!僕のせいなんだ~、絞るのに思いっきり力入っちゃってさぁ。」

 

 明るいトーンの声で詫びるアストルフォだが、両手を合わせ懸命に謝るその姿に悪意は欠片も感じられない。まして純粋な善意からの失敗なので、怒るなど以ての外。というか怒れるわけがない、だって笑顔が……じゃないや、笑顔もこんなにも可愛いのだから。

 

「まさかあの細腕から、あんな怪力が生まれるなんてね……ごめんなさい、サーヴァント舐めてました。」

 

 腕を動かす度にひらひらとはためく自身の服を見下ろし、バレたら姉上に叱られる……と小さく呟く新八に、藤丸と銀時は同情の眼差しを送ると同時に、というかその服の生地どうなってんの?といった疑問も胸中に抱き、しかしそっと仕舞った。

 

「え~っ!ちょっと仔犬、アタシと繁華街に行くんじゃなかったのぉ?煌びやかな都会のネオンは?それらをバックに開催される、エリちゃんSPライブの話はぁっ?」

 

 詰め寄るエリザベートを窘めながら、あれ?ライブの話なんてしたっけ?と藤丸は自身の記憶を遡ろうと試みる。

 まあ、そんな約束の真偽はともかく、今この子ライブっつったよな?まさかあの阿鼻叫喚、被害者続出エトセトラなあの凶悪対人宝具を、この江戸でもぶっ放そうと考えているだろうか……否、もしかしたらレイシフトについてきた目的だって、市街観光の他にこのことも入っていたに違いない……などと考えながら、目の前で頬を膨らせているドラゴン娘に笑顔を向けつつも、内心は何とか帰るまでにライブの話は忘れてもらおう。と今からその為の策を必死に練り始める藤丸であった。

 

「まあまあエリちゃん、今は皆で銀ちゃんとこの万事屋さんに行こうよ。濡れたままだとパチ君も可哀想だしさぁ。」

 

「むぅ~、しょうがないわね………全くもう、手のかかる眼鏡ワンコだこと。」

 

「新八殿。もし宜しければ、段蔵が後でそちらのお召し物を直しまする。裁縫の心得はございます故。」

 

「うう………ありがとうございます、段蔵さん。」

 

 各々の閑談が飛び交う中、銀時の「おーい、そろそろ行くぞー」という呼びかけにより、皆はその場から足を進め彼の背中を追いかけた。

 藤丸が銀時の背中に追いついたその時、ゴウッと風を切る音と共に、大きな影が上空から差した。

 

「うわあ……っ!」

 

 空を見上げた藤丸は、感動のあまり思わず声を上げる。視界を覆いつくさんばかりの大きさを誇るそれは、巨大な船であった。よく見ると他にも小型のものが数機、あちらこちらに飛んでいる船が夜空でもしっかりと確認出来る。

 足を止めずに進んでいると、少しずつ高い建物が視界に入ってくる。本来であれば幕末であるこの時代には到底ありえない、高層ビルやタワーがいくつも立ち並び、色鮮やかなイルミネーションの施されたそれらに、エリザベート達は目を輝かせた。

 

「きゃあっ何あれ⁉キラキラしてんじゃない!」

 

「わあっ!凄いすごーいっ!」

 

 ぴょんぴょんと跳ね、はしゃぎ回るエリザベートとアストルフォの背中を眺めていると、不意に新八がぼそりと呟く。

 

「……ほんの二十年くらい前まではね、この国も『侍の国』なんて呼ばれてたんだよ。」

 

「え……?」

 

「でも天人(あまんと)が来てからは、何もかも変わってしまった。侍達の居た空も、地上も………今はどこもかしこも、異人達がふんぞり返って歩いてるのが当たり前になってる………ここはね、そんな国なのさ。」

 

 そう言って寂し気に笑う新八。彼に続き、銀時もそっと口を開く。

 

「……だがなあ、悪い事ばかりでもねえんだぜ。生活は何かと便利になったし、美味いスウィーツもぐーんと幅が広がったしな。それに………色んな物事を経てからの『今』があっから、こうして三人と一匹で万事屋やれてんだよ。」

 

 歯を見せて笑う銀時の背中に、神楽がおもむろに抱きついてくる。満面の笑顔の彼女と、少し照れ臭そうに笑う新八の三人の姿を、藤丸は羨望の眼差しで見つめていた。

 

「あっ、ねえねえ!何だか向こうが賑やかだよ!」

 

 アストルフォが指差した曲がり角の先からは、ぼんやりと差し込む灯りと人の話し声が聞こえてくる。

 

「お、もうここまで来たアルか。そこ曲がりゃあ万事屋はすぐそこネ。」

 

 狭い路地を潜り、何度も定春と壁にプレスされそうになりながらも、やっとの思いで藤丸は広い道に出ることに成功する。

 鼻先を掠める香と酒の匂いに顔を上げると、自分達がいるそこが飲み屋やスナックが密集した通りであることを理解した。

 先程の物寂しい風景からは一転し、ちょんまげやらロン毛やら着物やらスーツやら、時代背景なぞ知ったことかと様々なジャンルの服装をした人々や、恐らく天人であろう異形の姿の面々も皆入り交じる光景は、まるで出来の良いSF映画を見ているようである。小規模の集会の中で談笑する声や、客寄せをする男性の元気な声などなどが響き渡るそこは、とても活気の溢れる場所となっていた。

 

「わぁ~!お祭りみたいで楽しいね、マスター!」

 

 両手を広げくるくると回り、はしゃぐアストルフォはとてもご機嫌な様子。どうやらこの街が大層気に入ったようである。通常であれば周囲から浮きまくりの彼の甲冑や、エリザベートのドラゴン角&尻尾も、藤丸の肩に乗っている不思議生物フォウだって、天人が蔓延る街中では違和感など仕事を放棄し、周囲の人々だって全く気に留める様子もない。こういうとこはSFって素晴らしい。

 たまに柄の悪そうな者達もいるため、すれ違う際にぶつからないようにと細心の注意を払っていた時、「もうすぐ着くぞ」と銀時が藤丸に言った。

 

「ねえねえ、銀ちゃんの万事屋ってどんなとこなの?こんな街の中にあるんだったら、どーんとおっきなとこだったりする?」

 

「まさか、立派な一戸建てなんて夢のまた夢さ。下の階でスナックやってる婆の建物の、上をちょいと使わせてもらってんだ。」

 

「えっ、まさか豚小屋じゃないでしょうね……まあお似合いっちゃお似合いだけど。」

 

「んなわけねえだろ!俺らを豚だと言いてえのかトカゲ娘ぇっ!」

 

「んもう、アタシはトカゲじゃなくてドラゴンよ!ド・ラ・ゴ・ン!それにエリちゃんだって何度も言ってるでしょ~この白モジャ!」

 

 ぎゃいぎゃいと言い争う銀時とエリザベート。この二人は相性が悪いのではないかとハラハラしながら見守っていたその時、先頭を歩いていた新八が不意に足を止めた。

 

「わふっ。」

 

 定春がぶつかっても、新八は反応もせず微動だにしない。動きを止めた集団を人々が避けて歩く中、神楽と銀時も彼の異変に気がついた。

 

「おい新八、どうした?こんなとこで止まってんじゃねえよ。」

 

「ぱっつぁん、犬のウ〇コでも踏んだアルか?」

 

 銀時達の声にも、新八は応えない。皆の気が彼に集中する中、新八が漸く口を開いた。

 

「……無いんです。」

 

「は?何が?将来への希望か?」

 

 鼻をほじる銀時のボケにも、いつものキレのある突っ込みは返ってこない。ツッコミマスターの彼に限ってこれは一大事だと、小指を鼻に突っ込んだままの銀時も青ざめる。

 

「し、新ちゃ~ん………何がないのかな?」

 

 刺激しないよう、恐る恐る声をかける銀時。すると新八の手がゆっくりと上がり、人差し指があるところを示した。

 

 

 

「見てください……無いんですよ、万事屋の看板が。」

 

 

 

「「………は?」」

 

 新八の発したその一言が、銀時も神楽も、藤丸達だってすぐには呑み込めなかった。

 藤丸が新八の差した先を目で辿ると、そこは街灯りの中に建つ二階建ての一軒家。下の階には明かりが灯っており、『スナックお登勢』と書かれた看板が目を惹いた。

 だが新八を始め、遅れて銀時と神楽、そして定春までもが口をあんぐりと開け凝視しているのは、その建物の二階である。彼らの言う看板が何のことかは分からないが、外階段から登れるようになっているそこは、出入り口らしきところはあるものの、脇に掛けてある提灯も何となく薄汚れており、お世辞にも人が住んでいるといった雰囲気はまるで感じられない。

 

「確かに豚小屋じゃあなかったけど……アンタ達、まさかここに住んでるの?」

 

「………ぬ。」

 

戦慄く銀時の口から漏れたそれは、言葉なのか音なのか。どっちつかずに理解の出来ない藤丸達は、「ぬ?」と首を傾げて聞き返す。

 

「……ぬぁんじゃこりゃあああああああぁっ‼」

 

 突如響き渡る、銀時の大絶叫。びりびりと空気を震わせる程の声量に周囲の者達も思わず振り向き、彼の最も近くにいた藤丸は両手で耳を塞いだ。

 

「ひゃうっ……⁉ちょっと、いきなり何なのよ白モジャ⁉」

 

 驚きのあまり上げた尻尾をそのまま振り回し、プンスコと怒るエリザベートに目もくれることなく、銀時を先頭に万事屋の三人と一匹は揃って駆け出す。

 彼らが目指したのは万事屋……だったらしい建物の一階にある先程のスナック。あまりに勢いよく扉を開け放ったため、バァンッ‼と凄まじい音の後に扉が少し軋んだ。

 

「おいババア‼てめえ一体どういうつもりだよ⁉」

 

 銀時の怒鳴り声に藤丸とサーヴァント達も慌てて駆け出し、外れかけた扉から店内を覗く。

 

「な……何だいアンタ達?」

 

 カウンターや丸椅子、酒瓶などが並ぶ店内はどこにでもありそうな普通のスナックで、椅子に腰掛け煙草を吹かしていた初老の女性が、突然の来客に目を丸くしていた。彼女の隣に立つメイド風の女性も、テーブルを拭いていたと思わしき布巾を持った猫耳の女性……あまりに濃ゆい顔と眉に、コレを生物学的に雌と位置付けていいのか微妙なビジュアルではあるが。まあとりあえず逸れた話を戻して、とにかく店の中にいたこの三人は、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる万事屋一行をぽかんとした様子でただ見ていた。

 

「何だもこーしたもねえよ!何してくれてんの⁉何許可なく俺の万事屋銀ちゃん撤去しちゃってくれてんだよぉ⁉」

 

「そうですよお登勢さん!何も無断で外すことないじゃないですか!まあ、怒りの元と言えば、一番の心当たりは銀さんが滞納しまくってる家賃だと思いますけどね!」

 

「酷いネババア!私達だって頑張って仕事してるアルよ!まあ一番悪いのは銀ちゃんだけどナ!」

 

「わんっ!わんわんっ!」

 

「てめえら何さらっと人のこともディスっちゃってんの⁉定春は何て言ったか知らねえけど、この流れだと絶対銀さんの悪口だよね⁉ね⁉」

 

 

「(………あれ?何だろう?)」

 

 喧騒を遠巻きに見ていた藤丸だったが、ふとここで違和感を覚える。

 新八がお登勢と呼んだあの女性、そして店内にいる二名も、彼らの態度から知り合いであることが伺える。だか実際に彼女達の反応はどうだろう、銀時達の怒号に対し反論もせず、黙って聞いている……というよりは、その気迫に圧倒され竦んでいるようにしか見えない。

 

「(それにあの表情、あれじゃまるで───)」

 

「オイテメエラ‼マダ開店前ダッテノニウルセーゾコノ猿共‼」

 

 と、ここで声を荒らげたのはあの濃ゆい顔の猫耳の女性。片言で反論し、持っていた布巾を彼らに向かって投げつける。程よく水気を含んだ布巾は弧を描いて宙を舞い、ひらりと避けた銀時の後ろにいた藤丸の顔面に直撃した。

 

「ぶへっ!」

 

「うわぉっ!マスター大丈夫!?」

 

 一瞬視界が真っ白になり、すぐにアストルフォの手が濡れた布(若干臭い)を取り払うと、あの一瞬の間に猫耳の女性は神楽へと詰め寄り、互いにメンチを切り合っていた。

 

「大体ココハ、オメーラミタイナ餓鬼ガ来ルトコロジャネーンダヨ!酒ノ味モエロスモマダ分カラネエオ子チャマハ、下ニ毛ェ生ヤシテカラ出直シナ‼」

 

「あんだとゴルァ!つーかお前、喋る度にカタカナばっかりで入力しにくいんだヨ‼こちとら何回打ち間違えてっと思ってんだ⁉投稿し終わった後も間違いがないか、こっちは気掛かりで夜も眠れないアル!」

 

「コレ書イテル奴の言イ分ナンテ知ルカアアァ‼オメーガ不器用ナダケダロ!強ク生キロ‼」

 

 最早何の言い争いになっているのか、第三者からすれば微塵も分からない。それにしても、カタカナばかりの文打った後だと普通に文章を打ち込むことがこんなにも快適だと改めて思い知らされるなぁ。

 

「ちょいとキャサリン、もうおよしよ。」

 

 と、ここで見かねたお登勢がキャサリン……猫耳の女性の肩を掴み、彼女を諫める。そんなお登勢にキャサリンはぐうの音も出ず、舌打ちをして神楽から離れた。

 

「アンタらもだよ。こっちはまだ営業前でね、これ以上訳の分からない難癖つけてくるんなら、警察を呼ばせてもらうからね。」

 

「………は?」

 

 ここで漸く、銀時達も彼女らの様子がいつもと違うことに気がつく。

 日常より口は悪くとも、明らかに棘のある物言い。そしてこちらを睨む彼女らの目には、敵意にも似たものを感じられる。

 

 そしてその違和感は、お登勢が発した一言により確信へと変わった。

 

 

 

「……というか、誰なんだい?アンタら。」

 

 

 

 

 

 

 

《続く》

 

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