Fate/Grand Order 白銀の刃   作:藤渚

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【弐】邂逅(Ⅱ)

 

 

 

「ぶぇっっっくしょい‼」

 

 気温が下がり、冷え込む江戸の寒空に、神楽の豪快なくしゃみが響き渡る。

 先程の賑やかさとは打って変わり、ここは人気のない空き地。何もない草原に土管が三つ積んである、あの、アレだ。ドラ〇もんでよく見かけるような感じのやつをイメージしてもらいたい。

あの後、スナックお登勢を追い出された藤丸達は行く当てを失い、やむなくこの場所へと流れついていた。徐々に寒くなっていく空気から身を守るため、揃って定春のもふもふボディにしがみついていた。

 

「だだ、段蔵ちゃん!一番寒そうな恰好だけど平気?もうちょっと定春くんにくっついときなよ!」

 

「心配はご無用です、アストルフォ殿。段蔵は絡繰ゆえ、暑さや寒さはそれほど感じませぬ。」

 

「さささ、寒いぃ~っ!何でアタシ達がこんな目に合わなきゃなんないのよ~!」

 

「んなもん俺が聞きたいわ、ったく………にしても、定春いて本当よかったなぁ。一家に一匹定春様様だぜ。」

 

 寒さに身を震わせる銀時の言葉に、「わんっ」と定春が返す。垂れる鼻水を啜る彼に、藤丸はポケットから取り出したちり紙を渡した。

 

「銀さん、ハイこれ。少年漫画の主人公が鼻垂らしてたら格好がつかないよ?」

 

「おう、サンキュ………つか藤丸、何でそんな薄着で平気なワケ?」

 

「ふっふっふっ~。実は今俺が着てるコレは、只の制服なんかじゃないのさ。カルデアが誇る発明の一つ、魔術礼装だからね。戦闘の際は勿論、こうしてレイシフトした先々の環境にもバッチリ対応できる優れモノだよ。」

 

「ふーん、つまりお前だけはちっとも寒くないと。羨ましいなぁオイ(ずぼっ)」

 

「ア゛~ッ‼ちべたいいい‼隙間から手ェ突っ込まないでよ銀しゃあぁんっ‼」

 

 藤丸の絶叫が響く中、体操座りのまま動かない新八が、青くなった唇を動かした。

 

「………それで、僕達これからどうするんですか?」

 

 一同の視線が、彼へと集中する。暫くの沈黙が流れた後、銀時が大きく溜息を吐いた。

 

「はいはい分かったよ、銀さんが謝ってくりゃあいいんだろ?ったくあのババア、他人のフリする作戦だなんて、回りくどいやり方しなくたっていいじゃねえかっての。」

 

「忘れたフリ……?あれがフリには到底見えなかったけど?」

 

 素直な疑問を口にする藤丸に、フォウを腕に抱いた神楽が眉を顰めて答える。

 

「ババアはあの通り、口は乱暴だけど相手を傷つけるようなことは絶対にしないネ。さっきのアレもきっと、キャサリン達と考えた作戦か何かに違いないアル。」

 

「フォ~ゥ?」

 

「それだけお登勢さんの堪忍袋が、もう限界だったってことだよ。銀さんの家賃滞納があまりに酷いから。」

 

「だーもぅウルセエな!前回に続いてまだいびりやがって!俺だってなあ、まさかこんなことになるたぁ思ってもなかったっての‼」

 

「付かぬ事をお伺いしますが………銀時殿、その家賃というのは如何程溜めこんでいらっしゃるのですか?」

 

「……え?」

 

 段蔵の何気ない問い掛けに、思わず硬直する銀時。暫し目を泳がせた後に、両手の指をこちらに何本か立ててみせた。

 

「えーと……銀さん、それは金額?未払いの期間とかだったら日数かな?月数かな?まさか年数なんてことはないよねぇ?」

 

「あのね~白モジャ、課金は家賃までって格言もあるの。家賃は払わなきゃいけないのよ義務なのよ?」

 

「因みにその人、僕らの給料も未払いのまま大分経ってますからね。全く、いっそ僕だけでもカルデアで雇ってほしかったくらいですよ。」

 

「あっ、じゃあパチくん来る?ん~でも一人だけじゃ寂しいから、やっぱり皆に来てほしいなぁ。枕投げとかやったら面白そうだし!」

 

「フォウ、フォウッ。」

 

「枕投げやりたいアル!なっ定春!」

 

「わんっ!」

 

「でもこのままだと、今日布団で寝られるかも問題だけどね……。」

 

 藤丸が何気なく呟いたその一言により、場の空気はどんよりと重くなる。恨めしさの籠った視線を背に受け、いたたまれなくなった銀時は「だ~もうっ!」と叫んで立ち上がった。

 

「仕方ねえ、とりあえず家賃は後で必ず払うとか説得して、今日だけは何とか中に入れてもらうよう頼んでくっからよ!ほら行くぞテメェら!」

 

「え~、僕ら寒いんでここで暖取ってますから、一人で行ってきてくださいよ。」

 

「そうネ。元はと言えば銀ちゃんがいつまでも家賃払わないのが悪いんだからヨ。」

 

「てめーらなぁ!こういう一大事だからこそ、従業員総出で土下座覚悟で行こうとしてんじゃねえかよ!それでも銀魂ついてんのかァ⁉」

 

「あー……金のほうしかついてないや。」

 

「あはは~僕も僕も!」

 

「藤丸、わざわざ確認しなくてもお前についてないとエラいことに────え?アストルフォ、お前………えっ?」

 

 さりげなく重大な事実を告白されたことに困惑するも、神楽の「はよ行ってこんかい寒いんじゃあぁっ‼」という怒声と共に背中を蹴り飛ばされ、銀時は空き地の柵を超えた辺りまで吹き飛ばされた。

 

「いってぇなバカヤロー‼ちったあ加減しねえかこのゴリラ娘───」

 

 痛む背中を摩りながら体を起こしたその時、不意に視界が暗くなった。

 

「あっ───銀さん危ない!」

 

「へっ?」

 

 藤丸の注意も間に合わず、喉から出た間抜けな声と同時に上げた頭が認識したのは、すぐ目の前まで迫っていた人影。

 向こうも道端に飛び出してきた銀時の存在に気がつくのが遅れ、次の瞬間両者は派手な音を立てて衝突した。

 

「わ……っ!」

 

「ぶへっ⁉」

 

 尻から地面へと着地した両者の元に、藤丸を始め一同も重い尻……もとい腰を上げて駆け寄ってくる。

 

「銀さん、大丈夫⁉」

 

「痛ででで………おいコラァ!ちゃんと前見て歩けやこの────」

 

 

 

 

 

  ────ふわり。

 

 

「………え?」

 

 

 

 鼻先を掠めたのは、花の香とは違う……優しい匂い。

 

 

 知っている。自分はこの匂いを知っている。途端、銀時の表情が一変した。

 

「?………銀、さん?」

 

 彼の異変に皆が気づき始めるのも、そう時間は掛からなかった。新八が不安げに名前を呼ぶも、当の本人は全くの応答が無い。両の目は見開かれ、半端に開いた口元は微かに戦慄いている。

 

「……っ、いたたた……。」

 

 と、不運にも銀時と衝突をしてしまった相手が、小さく声を発する。

 やや低めの音から男性であることが分かったと同時に、何度が点滅を繰り返す電柱の照明灯によって、その姿が明らかになった。

 

 

 

 一見だと男性とは分かり難い、中性的な容姿に透き通るような肌。

 

 そよ風に靡く、長く伸びた亜麻色の髪。

 

 開いた瞼の下から覗く瞳は、穏やかな光を湛えている。

 

 

 着ている着物はかなりの上物であるものの、肌や髪と同様に土埃で薄汚れ、所々が破れている。しかしそのような身なりであっても、どこか気品を感じさせる印象が損なうことはなかった。

 

 

 

「………なん、で、」

 

 掠れた声で、銀時が呟く。それは彼の傍にいなければ聞こえない程の声であった。無論、それが正面のこの男性の耳に届いているわけもなく、彼は自分を見ている大勢の視線に暫し呆けていたものの、すぐに我へと返り体を起こす。

 

 

「あの、ごめんなさい……お怪我はありませんか?」

 

 

 銀時を心配し、男性は手を差し伸べ声を掛ける。

 

 

 

『────おやおや、どうしました?銀時。』

 

 

 

 大切な記憶の中と、眼前にいるこの男との声が、完全に合致する。

 

 

 

「(俺は、この姿を知っている)」

 

 

「(俺は、この声を知っている)」

 

 

 

「(俺は……この(ひと)を知っている)」

 

 

 

 

 

「あ、アンタ───‼」

 

 銀時が口を開いたその時、遥か遠方からバタバタと聞こえてくるせわしない音。それが複数人の足音と人の声だと藤丸が理解した直後、男性の顔がみるみるうちに青ざめていった。

 

「っすみません、急いでおりますので……失礼致します!」

 

 近付いてくるそれらからまるで逃げるように、男性は忙しなくその場から駆け出す。

 

「あっ、おい‼」

 

 呼び止める銀時の声も既に届かず、亜麻色の髪を揺らしながら男性は暗がりに消えていった。

 呆気にとられていたのも束の間、大勢の足音が一瞬消えた直後、複数の人影が自分たちの上空を屋根伝いに飛んでいく。

 

「きゃあっ!何よアレ⁉」

 

 暗がりでその姿は確認出来ないものの、彼らが駆けていくその方角が、先程の男性が走っていったのと同じだと気がついたその時、素早く身を起こした銀時がそちらへと真っ先に走り出していった。

 

「ちょっ、銀さん!」

 

「銀ちゃん⁉待ってヨ銀ちゃん!」

 

 新八と神楽の呼び声にも応えることはなく、その姿は路地の奥へと消えていく。

 

「マスター、僕達も行こう!」

 

 アストルフォの言葉に強く頷き、銀時の姿を完全に見失ってしまわないよう、藤丸達も全速力でその場から駆け出した。

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 

 

 

 闇に染まった江戸の街、人気のない長屋の屋根の上に立つのは、御徒士組(おかちぐみ)風の恰好をした数名の男達。

 彼らは暫し辺りを見回すものの、対象の姿が確認出来ないことを悟ると、手にした錫杖を鳴らしながら、再び屋根の上を駆けてその場から離れていく。

 足音と金属音が遠くなり、またも静寂に包まれる中、路地の裏にある物置の扉がゆっくりと開かれた。

 

「……………。」

 

 隙間から頭を出し、周囲を窺っているのはあの男性。右、左、また右、そして上と、かなり慎重に辺りを警戒した後、安堵の息を吐く。かといってまだ安心は出来ない、また彼らが戻ってくる可能性だって零ではないのだ。意を決し、男性は狭い物置の中から体を外へと出した。

 

「────っ⁉」

 

 扉を閉めたその時、突き刺さるような視線をどこからか感じる。顔を上げ、また周囲をよく見回したその時、屋根の上にひっそりと立つ人影を発見する。

 その人物がこちらに向けているものが、銃口であると気付いた時には既に遅く、ドンッ、と乾いた音が閑静な街の中に響き渡った。

 

「あっ……く、ぅ……っ‼」

 

 数秒遅れ、右の足に走る激痛。立つこともままならず、男性はその場にしゃがみ込む。

 シャン、シャンとあの軽快な金属音が近付いてくる。先程立ち去ったと思っていたあの御徒士組風の男達が再び現れ、動けなくなっている男性を取り囲んだ。

 

「早く縛れ、もたもたしていると『傷が塞がって』しまう。」

 

 逃れようと僅かに動く男性を押さえ、一人がそう指示を出すと、別の一人が縄を手にして男性へと近付いていく。両手首を後ろ手に縛り上げられると、男性は観念した様子で抵抗をやめた。

 

「こいつめ、散々手間を掛けさせおって……!」

 

 一人が苛立った様子で男性を蹴り上げようとした時、隣にいたもう一人が慌てて制する。

 

「馬鹿、やめろ‼足を射ただけでも不味いというのに、このようなことが『あの方』に露見すれば、我々も只では済まないぞ!!」

 

「……ちっ。」

 

 悔し気に舌を鳴らし、彼が足を引っ込めたのを確認すると、他の御徒士組風の男達も胸を撫で下ろす。

 

「よし、さっさと連れていくぞ。」

 

 一人が言うと、男性の近くに立つ数名が彼へと手を伸ばしていく。そのうちの一つが彼の顎を掴み、その相手と強引に目を合わせられる。被った笠の下から覗く、虚空を映しているかのような無機質な目に、恐怖に見開かれた瞳が微かに揺らいだ。

 

「いくら逃げようと無駄な事よ……『あの方』の眼がある限り、貴様がこの江戸から逃れることなど不可能だ。」

 

 淡々と呟くその声に、抗えない状態に、自然と身体が震えてしまう。腕や肩を乱暴に掴まれ起こされると、彼はギュッと固く目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

「………ぉぉおおおおおおおおっ‼」

 

 

 

 突如、夜闇に轟いた雄叫びに、御徒士組風の男達は驚き周囲を警戒する。

 暗がりで視界の利かない男達の上空に、一つの影が躍り出た。

 

「な……っ⁉」

 

 

 

 漆黒の中で、跳ねた銀色の髪が僅かな光を集め、輝きを放っている。

 

 勢いを伴って振り下ろされた刀───否、あれは木刀だ。青白い霧状のものを纏ったそれが何なのかを瞬時に理解した数名が、思わず飛び退く。

 刹那、落雷にも似た轟音と衝撃が、彼らの眼前で巻き起こる。数名が吹き飛ばされ、土や石やらが飛び散った。

 朦々と立ち込めた土煙が晴れると、大きく抉れた地面の中央に、あの男はいた。伏せた顔を(もた)げ、こちらを睨みつける紅の双眸は、凄まじい怒気に満ちている。畏怖しきった者のうちの一人が、「……鬼だ」と小さく呟いた。

 

「ほぁちゃあああぁっ‼」

 

「そ~ぉれっ!」

 

 続いて奇襲をかけてきたのは、軽快な動きで暗闇を跳躍する神楽とエリザベート。片や番傘を、片や奇怪な形状の槍を構え、二人の少女は男達目掛け果敢に突進してくる。

 

「な……何だ、こいつら⁉」

 

 突然の猛攻に狼狽える彼等の周りを、遅れて到着した数名が更に囲む。銀時の姿を発見した藤丸は、定春の背中から身を降ろした。

 

「銀さんっ!」

 

「藤丸………すまねえ、ちょっくら手ぇ貸してくれねえか?」

 

 銀時が皆まで言わずとも、藤丸は強く頷きを返す。固く握った右手の拳に刻まれた、令呪が熱く輝いた。

 

「……敵性反応を検知。マスター、戦闘状態への移行の許可を。」

 

「マスター、指示をちょうだい!僕らは君のサーヴァントだ!」

 

「ああ………カルデアのマスター・藤丸立香が命ずる!銀さんを援護、そしてあの人の救助を最優先だ!」

 

 藤丸の声に、彼の従える三騎は笑みを浮かべ、力強く頷く。

 

「さぁて……万事屋銀ちゃんwithカルデアご一行、いざ参らんっ‼」

 

 どこのブ○ゾンだよ⁉という新八の突っ込みも喧騒に流れていく中、戦闘の火蓋は切って落とされる。御徒士組風の男達も、各々錫杖や刀を構え応戦する。

 

「……って、え?待ってよ、僕だけ丸腰なんだけど?武器になるもの何にも持ってないんだけど⁉てか何で銀さんも神楽ちゃんも普通に木刀と傘持ってんの?どどど、どうしよう神楽ちゃん⁉」

 

「落ち着けヨ新八、武器もサーヴァントの一部だって駄貧乳(ダヴィンチ)も言ってたアル。私もよく分かんないけど戦うゾ~って気合い入れたら、何か出てきたネ。」

 

「ホントに⁉そんないい加減な感じで出てきてくれるの⁉」

 

「いいから早くやってみるヨロシ、童貞パワーで何とかなんだろーヨ。」

 

「誰が童貞だァァッ‼……って、えええ⁉本当に刀が出てきた……ていうかこの流れだと、僕が武器を展開出来たのは童貞馬鹿にされたから、みたいな流れになってない?童貞パワーで出来ちゃった的な流れになってるよね⁉ねぇっ⁉」

 

 虚しく響いた新八の叫びも、「ほぁたああぁっ!」と神楽が気合をこめて吹き飛ばした敵兵の断末魔の中に掻き消えていった。

 

「どけえええぇっ‼」

 

 銀時の渾身の一撃が、複数の敵兵をまとめて薙ぎ払う。

 だが向こうも相当の手練れのようであり、また数も多いため、銀時は未だあの男性の元へと辿り着けないでいた。

 

「くっそ!邪魔だぁってめえら‼」

 

 先程の一撃から、どうにも身体が思うように動かない……もどかしさから苛立ちが募り、剣の振りが荒くなる。その隙をついて向こうも攻撃を仕掛けてくるので、間一髪避けるのが精一杯だった。

 

「(もう少し……もう少しで、届くってのに……っ‼)」

 

 遮るもの全てが鬱陶しい。到達出来ない自分自身の力量さえ、鬱陶しくて仕方がない。

 

 ───何故、存在し得ない『彼』が此処にいるのか。そんな疑問は今の銀時の脳内には掠めもしない。だが、かつて取り戻したかったもの……そして、自身の選択によって(うしな)ったものが、今目の前に()るのだ。

 

 

 

 今度こそ、取り戻す。

 

 

 阻むモノは、全て切り伏せる。

 

 

 

 もう───手を伸ばしても届かなかった、『あの時』とは違うのだ。

 

 

 

 

 

 

「───『松陽』おおおおぉぉぉっ‼」

 

 

 

 

 白銀の鬼───銀時の咆哮が、びりびりと空気を震わせる。

 

 するとその声に応えるようにして、拘束された男性───銀時が『松陽』と呼んだ彼は、痛む体をゆっくりと起こす。

 その薄い唇が、声にならない『松陽』という単語を、何度も何度も呟いた。

 

 

「ぐあぁっ⁉」

 

 その時、『松陽』の脇にいた御徒士組風の男が一人、膝から崩れ落ちるようにして倒れる。続いて一人、また一人と次々に倒れていく光景に、『松陽』も銀時も目を丸くする。

 そして最後の一人が地に伏せた時、その背後から現れたのは、煌びやかな装飾の施された馬上槍(ランス)を片手に構えたアストルフォであった。

 

「宝具・『触れれば転倒!(トラップ・オブ・アルガリア)』ってね。弱い僕でも君達くらいの相手なら、先っちょでツンツンするだけでこの通りさ!」

 

「アストルフォ……!」

 

 彼の名を呼ぶ声が、自然と歓喜に昂揚する。そんな銀時にアストルフォはピースサインを返すと、その手で『松陽』を抱え肩に担いだ。

 

「わっ、わぁっ⁉」

 

 突然、しかも自分より華奢な少年に持ち上げられ、『松陽』は唯一自由の利く足だけをジタバタと動かす。

 

「うわわっ、だ~い丈夫だよ!僕らは君を助けに来たんだ。」

 

 アストルフォの明るい調子に敵意は微塵も感じられず、『松陽』の抵抗はピタリと止む。しかし未だに不安げな眼差しを向ける彼に、アストルフォはニッコリと笑った。

 

「んじゃ、今から君を抱えて走るけど、舌噛むから喋っちゃ駄目だよ?」

 

 その問い掛けに無言で頷く『松陽』。その様子を確認したアストルフォは馬上槍(ランス)を霊体化させると、『松陽』を横抱きに抱え直した。

 

「マスター!こっちはOKだ!」

 

 アストルフォの声に、離れた場所で応戦していた藤丸は笑みを浮かべ、親指を立てる。そして大きく息を吸うと、アストルフォに負けないくらいの大声量を張り上げた。

 

「全員っ、撤収ゥゥゥゥゥッ‼」

 

 その細身の何処に一体そんなパワーを秘めているというのか、付近にいた敵兵達は一様に耳を塞いだ。

 それを合図に一同は頷き、御徒士組風の男達から一斉に距離を置く。

 

「ま、待てっ‼逃がさんぞ貴様ら‼」

 

 追いかけようとする男達、だがそこに神楽の傘の先端と段蔵の指から放たれた銃弾の雨が降り注ぐ。

 怯んだ一瞬の隙に、段蔵は紙に包まれた小型の球体を幾つか取り出す。指から発した火花で導火線に火を点け、地面へと投げつけたその時、破裂音と共に白い煙が周囲一帯を覆った。

 

「くそっ、小賢しい真似を……‼」

 

 煙幕で視界を阻まれていても、向こう側から聞こえる騒がしさが遠のいていくのに、対象が確実に逃亡を行っている事実が嫌でも伝わってくる。

 錫杖を振り回し早急に煙を散らすも、藤丸達の姿はやはり既にそこには無かった。

 

「追うぞ!奴等の逃げた方角なら検討がつく、急ぎ目的の回収を────」

 

「あ~、やめとけやめとけ。」

 

 気の抜けた、気怠さを湛えた声と共に、彼らの前に男が一人降り立つ。

 夜だというのに、その手には大きめの番傘。ぼさぼさに伸びた長髪の上から頭を掻くその男は、眠たげな目で彼らを見渡しながら口を開く。

 

「あれだけの数のサーヴァントと一気に()りあうなんざ、俺だって骨が何本もイッちまうぜ。そういや、連中を仕切ってる妙なガキも一人いたな……成程、あれがカルデアのマスターってわけか。」

 

 指で顎を撫でながら、にやりと男は一人笑む。その顔と(まなこ)の奥に蠢く底知れぬモノに、男達は鳥肌が立った。

 

「よし、一旦俺らも退くぞ。」

 

「はっ?しかし対象の回収がまだ───」

 

 彼の言葉は、顔にめり込んだ番傘の男の拳により強制的に中断される。吹き飛んだ体は物置へと衝突し、壊れた木の破片の中で動かなくなっていた。

 

「……撤退する、つったよな?お前らも聞こえなかったか?」

 

 ぎょろりと動いた目玉が捉えた男達は、皆一斉に(かぶり)を横へと振る。中にはあまりの恐怖に涙目になっている者までいた。

 

「よし、お前ら先に行って『お上』に報告しとけ。俺ぁまだ野暮用があるからよ。」

 

「りょ……了解しました!」

 

 逃げるように、といった表現がぴったりな程に、御徒士組風の男達は一目散にその場から去っていく。

 間抜けな後ろ姿を鼻で笑い、男は番傘を肩に担ぐと、大きな欠伸を一つした。

 

「にしても、連中までサーヴァントになってるたぁな……さて、仕事サボって道草食ってる『団長(クソガキ)』を、そろそろ回収してこねえと。」

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 

「もう……追いかけて、こないよね……?」

 

 ぜえぜえと息づく新八の横で、段蔵は自身の眼に搭載された望遠スコープ(暗視モードON)で、周囲を見渡す。

 

「……辺りに反応はありませぬ、皆様、どうぞご安心を。」

 

「よ、よかったぁ~……。」

 

 力が抜け、崩れていく藤丸の体を、アストルフォが慌てて支える。各々が疲弊しきった身を、逃げ延びたこの河川敷で休ませていた。

 

「きゃっ‼ちょっと眼鏡ワンコ、あんた鼻血出てんじゃない!」

 

「あー……逃げる途中、何度かこの伸び切った袖を踏まれたからね、そん時一回顔面から転んだもんで……。」

 

「道理で袖に新しい模様が増えてると思ったアル、よく見れば定春とフォウの肉球までしっかりあるヨ。」

 

「わんっ。」

 

「フォウッ。」

 

「あーもう、みっともないわね!とっととこれで拭きなさいな。」

 

 見かねたエリザベートが手渡したのは、私物の白いハンカチ。こういうツンツンな女の子の不意に見せる優しさが、男心にグッとくるのだ。新八も例外でなく、受け取ったハンカチの柔らかさとほんのり香るいい匂いに、思わず目頭が熱くなる。

 

「あ……ありがとう、エリちゃん!」

 

「ふふん、アイドルとしてファンは大切にしないとね………あ、それと拭いたらすぐに渡してちょうだい、鉄分ならこの際ソレでも構わないわ。」

 

「え?今なんて?」

 

 そんなやり取りが傍らで繰り広げられている一方、藤丸はアストルフォの膝枕という特等席から頭を起こし、銀時の背中を見る。彼は『松陽』を縛っている縄を解こうと、一人躍起になっていた。

 

「くそっ、この……解けやしねえ!」

 

 一刻も早く、こんな忌々しいものから解放してやりたいのに……固い結び目に苦戦し、徐々に募る苛立ち。そんな銀時の様子を、『松陽』は何度も振り向きながら心配している。

 見かねた藤丸が立ち上がり、彼の元に近付いて肩を叩こうとしたその時、背後の気配を察した銀時がぐるりと勢いよく振り向いた。

 こちらを睨みつけるような眼差しを向けられ、立ちすくむ藤丸。だが銀時もそこにいるのが彼だと分かった途端、すぐに警戒を解いた。

 

「あっ………すまねえ、お前だったか。」

 

「いいよ別に。それより解けそうにないの?その縄。」

 

「ああ、多分こりゃあ縄抜け出来ないようにしてんな………。」

 

 頭を乱暴に掻き、溜息を吐く銀時。苦戦する彼の元に、散らばっていた他の面子もぞろぞろと集まってきた。

 

「銀時殿、よろしければこちらをお使いください。」

 

 段蔵が懐から取り出し、彼に手渡したのは苦無だった。銀時は彼女に礼を言うと、刃先で慎重に縄を切っていく。

 

「い……っ!」

 

 縄を少し引いた時、『松陽』の顔が僅かな痛みに歪む。

 

「!……悪ぃ、痛かったか?でももうちょいで解いてやるから、我慢しててくれよ?松陽。」

 

 なるべく心配をかけないよう、柔らかな口調で声を掛ける銀時。そんな彼の様子がいつもと違うことに、新八と神楽も薄々気がついていた。

 

「銀さん……その人ってまさか───」

 

 新八が全てを言うのを待たずして、『松陽』の腕を拘束していた縄は解け、地面へと落ちていった。

 漸く自由になった両腕、擦れて痛む箇所を手で擦った後、『松陽』は銀時へと向き直る。

 

「皆さん、巻き込んでしまい申し訳ありません……でも、助けていただき本当にありがとうございました。」

 

 柔和な笑みを湛え、深々と頭を下げてくる彼に、銀時を始め一同もつられて礼をしてしまう。

 

「あー、その……何でここにいんのか、何で追われてたのかとか、詳しいことは後にして………無事でよかったな、松陽─────おわっ⁉」

 

 正面へと向き直った銀時に、突然『松陽』がずいっと顔を近づけてくる。驚いて仰け反る銀時の後頭部が、背後にいた藤丸の額にゴチンッと音を立てて激突した。

 

「いっだあああっ‼何すんの銀さんっ⁉」

 

「痛でででで‼おまっどんだけ石頭なんだよ⁉ヒビ入ったんじゃねコレ⁉」

 

 足をばたつかせ、激痛に悶える両者。その喧騒に負けないように声を張り上げ、「あの…!」とおもむろに『松陽』が切り出した。

 

 

 

「貴方の仰っている、その『松陽』というのは………もしや私のことでしょうか?」

 

 

 

 

「………は?」

 

 あまりのことに、一瞬だけ理解が遅れる。

 銀時も、その場にいる誰もが、彼の突拍子もない一言に凍り付いていた。

 

「し、松陽………何言ってんだ?お前……。」

 

 動揺に笑みは引きつり、自然と声も震えだす。悪い冗談に違いないと自分に言い聞かせるが、『彼』がそんなつまらないことを言い出す人間ではないことも、銀時はちゃんと知っていた。

 

 しかし、今目の前にいる彼はどうだろう……その姿、その声までもが、銀時の記憶にいる『彼』そのものであるが、きょろきょろと落ち着きなく周囲を見回している様子や、以前には見せたこともなかった不安げな表情が、銀時の中に言いようのない違和感を生み出す。

 

「……なあ、お前…………『吉田松陽(せんせい)』なんだよな?」

 

 銀時は意を決し、核心に迫った質問をぶつけた。

 すると、『彼』は一瞬目を丸くした後、食い入るように銀時の顔を見つめ続ける。だが暫く経過すると、『彼』は静かに首を横に振り、絞り出すような声でこう言い放った。

 

 

 

 

 

 

「………ごめんなさい。私、分からないんです。自分の事も、自分の名前も………貴方の事も。」

 

 

 

 

 

 

 冷え切った寒空の下、河川敷に流れる音は流れる水のせせらぎのみ。

 

 

 

 悲し気に俯く『恩師(しょうよう)の姿をした何か』を前に、言葉を失った銀時は、ただ呆然としていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

《続く》

 

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