Fate/Grand Order 白銀の刃   作:藤渚

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第一夜 常夜の江戸
【参】常夜の国(Ⅰ)


 

 

 

 

『───お前は、何の為に剣を取る?』

 

 

 

 いつの日からか、聞こえてくるようになった『声』。

 

 

 其れは日常の中で、血に塗れた戦場の中で、ふとした瞬間(とき)に頭の中に響いてくる。

 

 

 

『───お前は、何を護る為に此処に立つ?』

 

 

 

 何度も、何度も『それ』は、同じ問いを繰り返し投げかける。

 

 

 

 

 

 ………そんなもの、(はな)から決まっているさ。

 

 

 

 居場所も、恩師も、大切だったものを何もかも奪われたあの日から、(こいつ)を取り立ち上がったんだ。

 

 

 そして、心の中で固く誓う………どれだけ時間(とき)が流れようと、どれだけ己が傷つこうと、必ず───全てを、取り戻すと。

 

 

 

 

 

『─────お前は、何の為に戦う?』

 

 

 

 

 もう何度目になるか分からない問い掛けに、何度だって同じ答えをぶつけてやる。

 

 

 

 決まっている。『俺』が、戦う理由(わけ)は────

 

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう………して君達は数多の特異点を跳躍し、人類の未来を救うことができた、ということか。」

 

 一通り終えた藤丸の説明を反芻し、桂は何度も頷く。彼の隣にいる高杉はこちらを一瞥すると、またすぐに前方に目を向け、一定の歩幅で歩き続ける。

 

 

 ───先程の激戦の後、案の定騒ぎを聞きつけた人々が、続々と河川敷に集まりつつあった。警察や奉行所の者達に来られては堪らないと、一行は逃げるようにしてその場を離れたのであった。

 

 途中エリザベートが(つまず)き、それを桂が助け起こし、アストルフォの足が新八の伸び切った袖を踏んづけ、藤丸をおぶったままの段蔵が仰け反った新八を器用に支え、更にエリザベートの尻尾に躓いた銀時が転倒する横を、高杉がせせら笑って通過し、一方で神楽とフォウと松陽を乗せた定春の大きな前足が新八の袖を踏み、それによって大きく倒れた彼が前方で喧嘩に突入する寸前の銀時と高杉をも巻き込み、三人揃って地面と熱い……否、痛い接吻を交わす羽目になったりと。

 そんなてんやわんやの逃走劇を小半刻ほども繰り広げた彼らは、此処かぶき町の大通りまで何とか戻ってくることが出来たのである。

 

 数時間前に銀時達が訪れた時よりも、行き交う人々の数はやや多くなっている。そんな中を巨大な犬と奇怪な風貌の集団が歩けば、好奇の視線は嫌でも彼らへと注がれた。

 

一先(ひとま)ずそちらの事情は分かった。しかし何だ、その若さで多くのサーヴァントを召喚し束ね、しかも人理の崩壊まで防ぐとは………君は大層優秀なマスターとみえるな、藤丸君。」

 

 桂のその言葉に、嫌味などは全く含まれていない。だが藤丸はそれを素直に嬉しいという気持ちで受け取れず、付着した血痕を隠す為にと貸してくれたアストルフォのマントを握りしめ、気まずい思いのままに返答する。

 

「いや、俺はそんな大した奴じゃないですよ。実際のとこ、カルデアからの補助もなければ(ろく)に魔術だって使えないし、サーヴァントの皆が守ってくれなきゃ、とっくに死んでたって可笑しくないんだ………それに………。」

 

 ふと、何気なく目をやった銀時は気付いてしまう。マントを握る藤丸の手が指まで白くなり、それが僅かに震えていることを。

 彼の心情を察したものの、どう声を掛けてよいかも分からず困惑していたその時、「ちゅうもーくっ!」とアストルフォが声を上げた。

 

「はいはいは~い!それじゃあここで新しく加わった二人に、改めて僕らの自己紹介といこうか!」

 

 拳を上げ、ついでに片足も折り曲げて可愛らしいポーズを取り、アストルフォがそう高らかに告げる。唐突も唐突、いや本当にいきなりだなオイと誰かが突っ込みそうなほどの急展開に、一同はポカンと口を開けていた。

 

「いや、いやいやいや!突然何を言い出すのよこの子は⁉大体今この空気の中で自己紹介やれとか可笑しくない?お前の理性はどこまで蒸発しちゃってんの⁉水分抜けきって塩的な何かが精製出来るわぁっ‼」

 

「あ、アストルフォ君の理性が蒸発して出来た塩だって……⁉いくらで売ってくれますかね?」

 

「新八ィ………お前のそれには私もドン引きアル。」

 

「だって、この二人が銀ちゃんの友達ならさ、僕だって早く仲良くなりたいんだもん!それにしても、これって凄いことじゃないかい?三人とも同じ先生の元で学び育って、しかもその先生である松陽さんがいるこの世界に揃ってサーヴァントとしてまた出会っちゃうだなんて!まさに旅は世につれ世は旅につれ、ってね!」

 

 最早何を言っているのか理解できないのは、目の前で可愛い笑顔を浮かべている彼の、ギリギリ形を保っているであろう理性が更に蒸発しようとしているせいなのか。突っ込む気力すら湧いてこず、乾いた笑いを浮かべる銀時の横を通過していくアストルフォ。彼がすれ違いざまに銀時へと向けたのは、不敵な微笑と軽快なウインクであった。

 その態度が伝える無言のメッセージを捉え、銀時は心の中で呟く伝わらない言葉の代わりに、歯を見せて一笑する。その反応に満足したアストルフォもまた笑みを浮かべ、桂と高杉の元へと歩いていった。

 

「それじゃ、トップバッターはこの僕!シャルルマーニュ十二勇士の一人、真名はアストルフォだよ!サーヴァントのクラスはライダーさ。今はカルデアに所属していて、マスターはこの藤丸立香君なんだ!というわけでよろしくね!ヅラ君、スギっち!」

 

「「………は?」」

 

 勿怪(もっけ)な顔で同時に発した声が、偶然にも重なる。吹き出し笑い転げる銀時を睨んだ桂と高杉の視線は、そのままアストルフォへと向けられる。

 

「ええと、アストルフォ……殿?俺はヅラじゃない、桂だ!」

 

「あ、あくまでその固有の台詞は貫き通すんだな……あ~腹イテッ。」

 

「銀時、後で覚えてろ………んなことより何だ?その頓痴気(とんちき)な呼び方は。」

 

「え?可愛いかな~と思って。それにこういうキャラクター特有のあだ名みたいなものは早めに決めておいた方が、書く側としてもストーリーを進行しやすくていいらしいから。だからさ、これから君のことスギっちって呼んでもいいよね?ねっ?ねっ?」

 

「アストルフォ、そのスギっちって呼び方いいアルな。私も今からそう呼ばせてもらうネ。なっ、スギっち!」

 

 ずいっ、と鼻がつきそうな距離まで顔を近付けてくる神楽とアストルフォに、思わず高杉は面食らう。向けられる二人分の純真な瞳の眩しさに耐えきれず、高杉は顔を顰めた後、大きく溜息を吐いて「……好きにしろ」とぶっきらぼうに答えた。

 

「………すみません高杉さん、うちの神楽ちゃんまで大変失礼な事を……。」

 

「新八、別に謝る必要なんてねえだろ。だってこ~んな可愛いあだ名つけてもらったんだしぃ?よかったじゃねえの~なあスギっち?」

 

 ニタニタと腹の立つ笑みを浮かべ、高杉の肩に手を置く銀時。その顔面にスギっちからの裏拳がお見舞いされるのはこの0.5秒後で、彼が地面へと倒れ痛みにもんどりうつのは、それから2秒後のことであった。

 

「それじゃあ次はアタシ、クラスはランサーにしてサーヴァント界の超☆絶アイドル(になる予定)、血の伯爵夫人(バートリ・エルジェーベト)ことエリザベート・バートリーよ!気軽にエリちゃんと呼んでね♪あ、サインを乞うなら今のうちよ?いずれプレミアがつくこと間違いなしなんだから!」

 

 振りまく愛嬌にウインクまでサービスすると、桂達を挟んで彼女の向かいにいた新八が「エリちゃ~んっ!」と何処からか持ち出したサイリウムを激しく振り、ラブコールを送っていた。

 

「せっかくだし、アタシもアストルフォみたいに固有の呼び方を決めさせてもらおうかしら………そうねえ、じゃあ黒い艶やかな髪の貴方はツバメ、綺麗なお顔に包帯を巻いた貴方なんて、黒猫がぴったりじゃなくて?」

 

「妙なあだ名の次は猫呼ばわりか………もう好きにしてくれ。」

 

「エリちゃん殿、猫はどちらかというと俺のほうが適役だぞ!かつて銀時と共に呪いで猫になったことだってあるし、それにその時の俺は黒い猫であったからな!」

 

「おーおー、よかったじゃんお前ら。二重にあだ名つけてもらうなんてそうそうあるもんじゃねえぞ?まあヅラは逃げ足なんか鳥みてえにすばしっこいし、高杉クンも可愛い可愛い子猫ちゃんだからぴったり───」

 

 漸く起き上がった銀時の顔面に、またも炸裂する両者の裏拳。今度は二人分なので痛みも二割増しになり、またも地面へと倒れバタバタと足を動かす銀時に、「自業自得ですよ」と新八の冷たい一言が振ってくる。

 

「では最後に私ですね。クラスはアサシンにして、室町時代の妖術師・果心居士様の手により造られた絡繰、真名を加藤段蔵と申します………それにしても、エリザベート殿がお付けになったツバメに黒猫というのは、そのどちらも幸運を呼び寄せることで有名な生き物ですね。お二方はご不満な様子ではありますが、段蔵個人は大変好ましいものと思っておりまする。」

 

 にこやかに微笑む段蔵の言葉に揃って目を丸くした二人は、その後すっかり拍子抜けしてしまい、それ以上の不満を漏らすことはなくなる。

 痛みに悶える最中、銀時は顔を押さえた手の隙間から伺う。その視線の先にいたのは、アストルフォと神楽のはしゃぐ二人を背中に匿う藤丸の姿。青筋を浮かべ詰め寄る高杉を手で制する彼の顔に浮かぶ表情は苦笑いであるものの、先程までの消沈した様子はもう見られず、銀時は少しだけ安堵した。

 

「フォウ、フォーウッ。」

 

 そんな周囲の賑わいに紛れるようにして、フォウが甲高く鳴く。小さな前足がてしてしと叩くのは、定春の背中の上で未だ眠ったままの松陽の頬。

 

「こらこらフォウ君、無理に起こすのはよくないよ。」

 

 藤丸がやんわり注意すると、フォウは上げたままの前足を下げ、「キュウゥ…」と小さく鳴き、そして松陽の上から跳躍すると、再び起き上がったばかりの銀時の頭の上に着地する。

 

「……え、ちょっと何この子?俺の頭は休憩スポットじゃないんですけど?」

 

「いいじゃない、白モジャの髪なら掴まりやすくて落ちる心配もないし。」

 

「同じ白のモフモフだから、銀ちゃんのこと仲間だと思ってんじゃない?ね~フォウ君?」

 

「ンキュッ。」

 

 アストルフォの声に応えるように鳴き、フォウは銀時の天然パーマへと顔を埋める。僅かに揺れるふわふわの尻尾に、熱い眼差しを送る者がいた。

 

「ず……ズルいぞ銀時‼俺だってフォウ殿のもふもふを、もふもふををををを………‼」

 

「桂さん?ちょ、(よだれ)すごいですよ。」

 

「おっと、つい魅了されて口が開きっ放しに……いかんいかん(ゴシゴシ)」

 

「ってオイイイイィィッ‼人の伸びた袖で拭いてんじゃねえぇっ‼」

 

 新八の怒号が辺りに轟くそんな中、不意に高杉が口を開いた。

 

「ところで………そろそろ、教えちゃくれねえかい。銀時。」

 

 凛と響いたその声に、その場の空気に緊張が走る。彼が(みな)まで語らずとも何を言いたいのか、直ぐに察した銀時は気まずさから中空を見ていたが、暫くして大きく息を()く。

 

「えーと、さ………実のところ、俺もよく分かんねえのよ。だからあんま込み入った質問は無しな。」

 

 そうして銀時は、ゆっくりと口を開く。桂や高杉を含め、皆の意識が彼へと集中していった。

 

「………多分、こいつは松陽なんだと思う。だけどそれを断定することは、今の俺にゃあ出来ねえ。」

 

「先生ではない、だと………銀時、それは一体どういうことだっ⁉」

 

 核心に触れない銀時の物言いに焦燥し、思わず桂は声を荒げる。反応した通行人の何名かが振り向き、視線に気づいた桂は身を縮め、「……すまない」と小さく謝罪した。

 

「まあ、ヅラがもどかしくなるのも無理はねえ………なあ銀時、俺達ゃお前さんの口からどんな真実が飛び出ようが、それくらい受け止められる心構えなんざとうに出来てるつもりだ……だから早く話してくれねえか?いまここにいる、松陽先生の姿をした男のことを。」

 

 高杉は定春の歩く振動で崩れかかった羽織を、松陽の体へと掛け直してやる。寝苦しいのか、時折小さく唸る松陽を見つめる彼の右目は、どこか悄然(しょうぜん)とした光を湛えていた。

 

「銀さん………もし話しにくかったら、俺が話そうか?」

 

「さんきゅー藤丸。でもな、お前にゃそんな負担背負わせらんねーよ。こういう大事なことは、やっぱ俺が言わねえと。」

 

 自分を気遣う藤丸に礼を言うと、銀時は大きく深呼吸をし、意を決して桂と高杉に言い放った。

 

「この松陽はな、どうやら記憶がないらしい。俺が出会った時には自分の名前に自分の事、それに…………それに、俺のことすらも分からないと言われた。」

 

「‼………馬鹿な、先生が記憶を………っ⁉」

 

 銀時の告げた事実に、桂は目を見開き激しく動揺する。一方の高杉はというと、特に狼狽した様子もなく、こちらに顔を背けたまま平然としているようであった。

 

「見ての通りに姿形もそうなんだが、声までも松陽そのものだったさ。だけど記憶を失ってるせいか、俺が知ってるアイツとは大分違う感じがした………それに、今のアイツは普通じゃねえ。いや、元々松陽は普通じゃなかったんだけどよ…………ああクソッ、どう説明したらいいか分かんねえわ。」

 

 上手く出来ない自分への苛立ちに、銀時は頭を乱暴に掻く。ただ彼の手が掻いているのは自身の頭部ではなく、そこに乗っているフォウの胴体であるため、ガシガシと軽く爪を立てられた乱暴なマッサージに、小動物は「フォウォウォゥッ」と揺さぶられながら声を上げていた。

 

「銀時、つまり貴様はこう言いたいのではないか………記憶を失った状態にある今の松陽先生は、俺達と同じ『人ならざる者』になっているのではないか、と。」

 

 少し落ち着きを取り戻した桂は、自身の推測を銀時に投げかける。彼は少し首を捻った後、「そうかもしんねえ…」と呟くように答えた。

 

「もしこの松陽先生が、俺達と同じくサーヴァントになってるとすれば、本来ならばいる筈のないこの人が存在していることにも合点がいく………だが、記憶が無くなっているというのがどうも理解出来ぬな。召喚された時のバグなのか、或いは別の要因でもあるのか……第一、今ここにいる松陽先生が本当に吉田松陽(せんせい)であるという確証は、まだ無いということなのであろう?」

 

 その問いに無言で頷く銀時を確かめた後、桂はそのまま黙考してしまう。高杉を含め、彼らがこのようなリアクションを取るだろうということは、銀時も薄々は感じていた………ともあれ、ここから二人にどう説明したらよいものか。

 桂の言った通り、ここにいる松陽が(かつ)ての恩師であったと確実に言い切れる自信も根拠も、今の銀時には無い。それでも先程手を包んでくれたあの温かな感覚は、幼い頃に松陽(せんせい)がよく施してくれた時の記憶を思い起こさせてくれる程に酷似していたのだ。

 上手い言い分が思いつかずに首を捻ったその時、「ちょっと待ってヨ!」と先に口を開いた者がいた。

 

「り、リーダー……?」

 

 桂が恐惶(きょうこう)し、額に汗を伝らせそう呼ぶのは、ずんずんとこちらへ近付いてくる神楽であった。彼女は桂と高杉の前に躍り出ると同時に、大きく吸い込んだ息を言葉にして吐き出した。

 

「ヅラ、スギっち!この松陽は悪い奴じゃないアル!記憶が無くなってるから、銀ちゃんや二人が知ってた松陽じゃなくなってるかもしれないけど………でも、今の松陽だって凄くいい奴なんだヨ?笑顔も手も温かくて、凄く優しくていい匂いもして…………松陽は男だけども、私ちょっとだけ……ちょっとだけど、マミーのことを思い出しちゃったネ。」

 

 (うら)悲し気な笑みを浮かべ、それでも神楽は続ける。途中で彼女に鼻先を摺り寄せてきた定春を撫でる手つきは、とても物柔らかなものであった。

 

「それに、松陽はさっき身を挺してまで藤丸を庇ってくれたアル。自分だって痛くて怖い思いもしたっていうのに、よっぽど強くて優しい奴じゃなきゃ、あんな真似出来っこないネ!」

 

「先生が、藤丸君を……?」

 

 驚愕する桂の視線の先で、俯いたままの藤丸は顔を上げることが出来ず、目も合わせることが出来ないでいる。

 

「………神楽ちゃんの言った通りです。俺を庇ってくれたばかりに、松陽さんを危険な目に合わせてしまって………本当に、ごめんなさい。」

 

 謝罪を紡ぐ声が、徐々に震えていく。胸の内から溢れる慙愧(ざんき)の念に唇を噛んでいた時、ふと藤丸の肩を叩いた手が一つ。

 

「!………高杉、さん……?」

 

 泣きそうになっている(おもて)を上げれば、いつしか隣に立つ高杉の姿。目を丸くする藤丸を()めつけながら、高杉は彼に対して口を開く。

 

「なあ藤丸よ、先生は自らの意思でお前さんを庇ったのかい?それとも……てめえの指示があったから、それに従って盾役となったのか?」

 

 薄く開いた右目から漏れる眼光に震えながらも、藤丸は前者の答えに少し考えてから「多分…」と小さく呟いて頷き、後者は激しく首を横に振り否定の意を強く示した。

 

「そうかい………なら、それでいい。」

 

 藤丸の反応を理解し、満足した様子に頷いた高杉は再び、今度は先程よりも軽く彼の肩を叩く。続いて体の向きを変えた高杉は、松陽を乗せた定春の元へと戻り、規則的に寝息を立てるその顔をもう一度見遣る。温かさを感じる眼差しの中には、疑心の念が薄らいでいるようにも感じられた。

 

「記憶を失くしてても、この人は先生としての性分を忘れちゃいなかった。ってこったな……。」

 

 呟いた口元を綻ばせ、伸ばした手で松陽の頬にそっと触れる。そこから伝わる温かさにじんわりと胸の内が熱くなり、高杉は少しだけ唇を噛み締めながら、儚い微笑を浮かべた。

 

「………ねえ銀さん、つかぬ事をお伺いしますが。」

 

「おう、どうした藤丸?」

 

「もしかしてでもないけど、高杉さんってさ………松陽さんのこと、大好きだったりした?」

 

「した、っつーか現在進行形で大好きだぞ、アイツ。第一ガキの頃から松陽にべったりだったし、俺らといる時以外はもう常に松陽の傍から離れようとしなかったからな。」

 

「へー、あんなおっかない人でも、そういう可愛い時期があったんだぁ。」

 

「おうよ、あん時の晋ちゃんは可愛かったのなんのって。いつ頃だっけかな?ありゃ確か夏の日の真夜中だったなあ、俺とヅラと三人して怪談話した後に、晋ちゃんが怖い夢見たからってベソかきながら、枕抱えて松陽の寝床に────」

 

「ほーぅ、やけに楽しそうじゃねえか?お二人さんよぉ。」

 

 談笑する彼らの背後に突如現れた、凄まじい程の殺気。

 ぞくりと鳥肌が立ち、振り向いたと同時に両者の視界が黒に覆われる。

 

「お前さんらが好き勝手話してんのは、ぜーんぶ聞こえてんだよ。人の昔話ほじくり返してそんなに面白いかね?え?」

 

 怖い程に満面の笑顔で、高杉は二人の顔面を掴む手に容赦なく力を込めていく。フォウはというと、いち早く気配を察して銀時の頭から離れ、跳び降りた先に両手を広げ構えていた桂の腕に収まりながら、大変ご満悦な様子の彼からなでなで&肉球ぷにぷにマッサージを受けていた。

 

「あだだだだだだっ‼た、高杉クン!とれる、銀さんの男前フェイスとれちゃうって‼」

 

「痛い痛い痛いごめんなさいごめんなさいっ‼もうコソコソ話したりしませんから‼俺サーヴァントじゃないから簡単に壊れちゃううぅっ‼大事にしてえぇぇっ永久保証の俺だから‼」

 

「どこの会いたくて震える女歌手だ………大体、俺が先生の部屋に行ったあん時、先に布団に潜り込んでたのは銀時、テメエのほうだっただろうが。なあヅラ?」

 

「ヅラじゃない桂だ。確かに銀時は厠に行くと言って部屋を抜け出し、そのまま戻ってこなかったな。その後高杉までも戻らない事に気付いた俺もギャン泣きしながら先生の部屋へと向かい、結果四人で同じ布団に潜り寝てしまったというワケだ。いやあ、懐かしい思い出だな。」

 

「やっだ~何それ⁉白モジャ達すっごい可愛いじゃないの!」

 

「うんうん。つまりは三人とも、松陽さんのことがだーい好きなんだね!」

 

 繰り返し頷くアストルフォの横で、高杉の手が漸く二人を解放する。指の食い込んだ痛む箇所を摩りながら、銀時は間髪入れずに口を挟む。

 

「大好きって………まあ、その、否定はしねえけどさ。実際俺にとっちゃ親代わりになってくれた人だし。」

 

「何と……では先刻に銀時殿が申されていた、拾って面倒を見てくださった方というのは、この松陽殿であったのですね。」

 

 合点がいったと何度も頷く段蔵の言葉に、銀時の頬がみるみるうちに赤くなる。まるで林檎飴のように耳まで染まっていく彼の顔面を、くすくすと笑う桂と高杉の表情からは、張り詰めた雰囲気は当に無くなっていた。

 

「あ、ねえねえ。そういえばツバメと黒猫は誰に召喚されたのよ?松陽を()んだマスターはアンタ達と同じだと、てっきりそう思ってたけど?」

 

「いいや違う。そもそも俺もヅラも、誰にどんな目的で()び出されたかなんて分かっちゃいねえよ。」

 

 不意に切り出されたエリザベートの疑問に答えたのは、またいつものポーカーフェイスを張り付けた高杉であった。桂を除き彼女を始めとした一同は、彼の答えに開いた口が塞がらない。

 

「マスターが分からない、って………そんなことがあるんですか⁉」

 

「ああ、今しがた高杉が言った通りだ。俺とこ奴はつい三日程前、この世界にサーヴァントとして召喚された身なのだが、肝心のマスターがいない状態でな……まあ、いわゆる野良サーヴァントというやつだ。」

 

 驚愕する新八に対して、しれっと桂は表情ひとつ変えることなく答える。

 

「なあ藤丸、サーヴァントってマスターがいなくても顕現とか出来んの?んなお手軽感覚でポンポン()びだしていいもんなの?」

 

「ん~……本当はサーヴァントの召喚なんて、簡単に出来るもんじゃないんだけどね。だって普通に使い魔を呼ぶとは訳が違うし、魔術師の素質も無い俺がサーヴァントを召喚出来るのだって、カルデアからの支援を受けているからであって…………まあ、そのカルデアとも今は通信が出来ない状態で参ってんだけどさ。」

 

 溜め息交じりに零しながら、藤丸は通信機を装着した腕を徐に上げる。電源を入れ、展開される画面を見ながら『通信』のボタンを押してみるも、やはり電子スピーカーから聞こえてくるのは砂嵐の音だけ。

 大きく落胆の息を吐いたその時、桂が物珍しそうに覗き込んでくる。

 

「藤丸君、その絡繰は何なのだ?」

 

「ああヅラさ……桂さん、これはカルデアとの通信を行うための機械ですよ。でもこっちに来てから何だか調子が悪いみたいで……今もそうなんですけど、時計だって大幅にズレちゃってるんですよ。」

 

 ほら、と藤丸が指差したのは、展開された画面に表示されたデジタル時計。すると桂はそれと『何か』を交互に見やり、そして顔を顰め口を開く。

 

「……いいや藤丸君、その時計は狂ってなどいないぞ。」

 

「え…っ?」

 

 思わず目を丸くする藤丸に対し、桂はある方向を指で指し示す。その先にあったのは一軒の電化製品が並ぶ店で、表側には何台ものテレビが並べられている。それら全てが同じニュース番組を放映している画面の右端に映る数字を見比べ、藤丸は驚愕した。

 

「そんな………。」

 

 ぴったりだった。時間も、分数が変わるタイミングまでも。

 では、さっきのは一体何だったのだろう………自分達がここにレイシフトしてきたばかりの時、確認した時刻は確かに午後15時頃であった筈。なのにこの江戸の街は先程と変わらず今も、夜の闇に覆われているではないか。

 どうも納得がいかず時計とテレビを何度も睨む藤丸を不思議そうに眺めた後、桂が切り出した。

 

「さて、話題を戻すとしよう………それで銀時、俺達はこれから何処へ向かっておるのだ?とりあえず落ち着いた場所で先生を休ませて、それから話し合おうと提案したのは貴様であったろう。」

 

「あ?あー……一応アテはあるにはあるんだが、ちょいと面倒なことになってるっていうか…………おっ、そうだ!」

 

 不意に頭上に現れた電球が光り、自らの掌を拳で叩きながら、銀時はぐるりと身を反転させる。

 

「なあなあヅラ、高杉!お前ら隠れ家的なところあったろ?こんだけ人数もいるんだし、俺んちみてえな狭苦しいとこなんかより、そっちに案内してくれたほうがいいんじゃないかな~って銀さん思うんだけど⁉」

 

 これでもかと開いた目を輝かせ、銀時は期待の眼差しで二人を見つめる。彼の頭の上では、桂の腕を離れ再び定位置についたフォウが、先程の電球にじゃれついていた。

 

「隠れ家的、というか寧ろ隠れ家なのだが………その、何だ………。」

 

 だが、桂の反応がどうもおかしい。こちらから目を逸らし、曖昧な返事をするばかりだ。そんな歯切れの悪い彼に変わって、高杉がはっきりとした口調で答えた。

 

「残念だが銀時、そいつぁ無理だ。」

 

「はあ?何でだよ、松陽の一大事でもあるんだぞ。」

 

「んな事は、てめえに言われなくても分かってる………第一そんな場所(とこ)がありゃ、とっくに先生を保護してやがらぁ。」

 

 眉を顰め、吐き捨てるように高杉は呟く。彼を含め桂までもが気まずげな態度をとっていることに、銀時は言いようのない違和感を覚える。

 

「そういや、すっげえ今更になるけど………何で対立してたお前らが、一緒になって行動してたの?」

 

「……………。」

 

「ヅラ、お前んとこの攘夷党の連中はどうした?あのオ〇Qだって、式神じゃなく本物はどこに行ったんだよ?」

 

「……………。」

 

「高杉………お前だってそうだ。鬼兵隊はどうした?ヅラも含めてテロリストのお前らが、こんな街中堂々と歩いてること自体おかしいんじゃねえの?なあっ⁉」

 

「………………。」

 

 銀時の質問に、両者は固く口を結んだまま答えない。

 次々と生まれる疑問が、まるで泉の水のように溢れ出して止まらない。募る焦りと苛立ちをぶつけようと、大きく息を吸い込んだその時、不意に辺りが騒がしくなった。

 

 

 

 

《続く》

 

 


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