Fate/crescent 蒼月の少女【完結】 作:モモのすけ
午後十時過ぎ、喫茶「薫風」にて──。
「ぃよし、掃除も片付けも終わって、一日のお仕事終わり。今日は色々あったせいで長い間付き合わせちゃったけど、お疲れ様。アナ」
「お疲れ様ですね、槙野さん。コーヒーでもお淹れしましょうか」
「あー……うん、頼もうかな。僕はコーヒーを作るのが本業だけど、たまには誰かのコーヒーを味わいたいしね」
深緑色のエプロンを外しながら、木製のカウンターに手をついて首を鳴らす青年、槙野和也。
そんな何の変哲も無い一般人の彼を、先日からこの喫茶店に住み込みで働いているロシア人の少女──アナスタシア=グレチニシコワ=イリイーニチナは、澄んだ青色の瞳でじっと見据えていた。
「……ん? な、何かな?」
「いえ、なんでもありません」
思わずぼんやりとしかけた思考を振り払って、アナはコーヒーのマグカップを取った。そこの彼ほど上手くはいかないが、一日の労働を労う程度のコーヒーは作れるだろう。
用意したネルフィルターの上へ、細かく砕いたコーヒーの粉を投入。その後少量のお湯を加え、暫く待つ。立ち上る湯気を吸い込むと、不思議と気分が落ち着くような気がした。
「それはそうと……アナ。留学のレポートは進んでる?」
「はい、滞りなく。ニホンの文化は興味を惹かれるものが多いですし、書く内容に困ることは無さそうです」
睫毛を伏せながら、平坦な声で返答を返す。
アナはロシアの大学に学籍を置く留学生であり、日本の異文化に触れるという名目の元ここに下宿している。
「……ええ。なので、問題ありません」
──彼の中では、そういう事になっている。
そんな身分は全くの偽りであり、本来の彼女はキャンパスライフ等とはかけ離れた存在である。そもそも彼女は大人びた風貌で大人の女性と間違われるが、未だ十八歳。高校生にも分類される年齢だった。
自らに掛けられた暗示もつゆ知らず、不思議そうに首を傾げてみせる青年。
彼女が背負う本来の役目と、今のこの状況のギャップに嘆息しつつ、暖かい湯気の立つコーヒーカップを差し出す。
「どうかしたのかい?」
「こちらの話です。……と、終わりました。不出来ですが、どうぞ」
「お、ありがとう」
にこにこと笑顔でカップを受け取る謙也。
そんな彼を複雑な心持ちで見つめながら、アナが使え終えたネルフィルターの煮沸に取り掛かった──まさにその時だった。
『……マスター。サーヴァントを発見した』
この場の安寧にそぐわぬ緊迫した声が、彼女の鼓膜を震わせた。
肩を震わせ、鋭く息を呑む。
今の言葉は、魔術的に繋がれた
しかし反射的に、目の前の人物に聞かれてはいないか、という不安が彼女の内心を走り抜けたのだ。
「……敵の詳細は?」
『恐らくはライダー、そしてセイバー。セイバーにはマスターもくっ付いている。ライダーのマスターは……姿は見えんな』
「またあの二人組……? 何を考えているのか分かりませんね」
『ああいう手合いは厄介だぞ。あのように行動の先が見えん敵は、寧ろ知略謀略なんでもありの奴よりやり辛い。真面目な顔をして奇想天外な方向に突き進むからな』
蒼髪のセイバーと、カッターシャツ、とかいう学生服を着込んだ少年。今日の夕方過ぎに彼らがこの店に来店した際には、冷静沈着なアナといえども肝を冷やした。
少年はともあれ、「サーヴァント」の方に気取られずに済んだのは幸いだったと言えるだろう。平常時から使用している魔力隠蔽の魔術は役に立ってくれたらしい。
一時は令呪を使い、鉄塔で待機しているアーチャーを呼ぼうかとも考えたが結局踏みとどまった。アーチャーの能力から考えるに、セイバーとまともに近距離戦闘を行なっても勝機は無い。
最終的には何故かあのセイバーが店内で一通り暴れ、後片付けには自分も加わる事になったのだが──全く、何故他のサーヴァントの不始末を自らが処理しなければならないのだろうか……?
『チッ……二騎か』
「仕掛けられますか?」
『駄目だな、引き上げる。今晩は無理だ』
その言葉に、アナは軽く唇を噛んだ。
視覚共有を行わずとも、彼が無理と言うのであれば従う他ない。
彼の言葉はサーヴァントの言葉であり、生前に得た深い経験と知識、感覚、考察、ありとあらゆる要素から成り立つものだ。現場に立ってすらいない自分が、彼の決定を覆すべきではない。
「──了解しました。では、速やかに離脱を」
『ああ、そうさせてもらおう』
ぷつん、と魔力の波が切れた。
精神的疲労からカウンターに突っ伏したい微かな欲求を抑えながら、アーチャーが攻撃を渋った理由をぼんやりと察しつつ、アナはネルフィルターの煮沸に戻る。
「うわっ、ひどく雷が鳴ってるね。……今夜の予報は晴れのはずだったんだけど、一雨降るかもしれない」
「嫌な音です」
「へえ、意外だね。冷静沈着って感じの人だと勝手に思ってたけど、アナって雷苦手なんだ」
「そ、そういう訳ではありません! あくまで私は……」
魔力的に、と言おうとして、結局アナは続きを濁した。
まさか『魔術』について言う訳にもいかず、結果として、面白そうに笑う店主にはただの強がりと思われてしまったらしい。
アナが不満気に店主をひと睨みした、その瞬間だった。
遠方で放たれた凄まじい魔力の波動が彼女の全身を貫き、魔術回路に鈍い痛みが走り抜ける。
(……ッ⁉︎ ……なんて、莫大な……⁉︎)
思わず身体が硬直する。
放たれた魔力の圧は長大な距離を経て衰える事なく、大塚市全域を蹂躙していた。魔術師が扱える筈がない魔力の暴風、凄まじい奇蹟の存在感。
一般人には感じないだろうが、この地に潜む魔術の心得がある者ならば否が応でも感じ取っただろう。ギチギチと蠢き膨れ上がっていく、一つの……いや、二つの存在。
(幸い反応は西。周囲一帯の東部住宅地が巻き込まれる事態は避けれそうですが……いえ、ともすればここまで……?)
アレらが真っ向から衝突すれば、互いが互いの威力を完璧に相殺できなかった場合、甚大な被害が出る事は確実だ。
自らの為には他の全てを見限る典型的な魔術師、と言うわけでもなく、むしろ聖職者に近い性格を持っているアナは、これほどの力が容易に振るわれている事に少なくない不安を腹の底に感じていた。
例えるならば、
世界中どんな治安の悪い街であろうと、この場所以上に命の危険が潜んでいる場所は存在しないだろう。抑止的に働く教会の監督役が存在しない以上、サーヴァントやマスターの気分次第で数百、数千人単位の人間が容易く命を落とす──……。
「うわ、今のは一際大きいな。近くに落ちてないといいんだけど」
莫大な力とそこから連想された最悪のシナリオに硬直した思考は、横合いから聞こえてきた間延びした声で元に戻った。
幸か不幸か、コーヒカップを洗う彼の様子に緊迫したものは欠片も見られない。
彼が一般人である以上それも当然の事なのだが、そんな彼を呆れとも羨望ともつかない感情の篭った瞳で見ているうちに、発せられていた凄まじい魔力の波動も消えてしまった。
「……最近は物騒ですから、気をつけた方がいいですよ」
「へ? そうなの?」
「知りませんか? 色々と噂になっているみたいですよ。……本来、噂になるという時点で根幹のシステムが綻び始めているんですが……私達が公式に介入していない以上、荒れるのも無理はありませんね」
「……? まあよく分からないけど、気をつけるよ。アナも気をつけてね? ここらは不慣れな土地だろうし、道に迷ったりするかもしれない。日本は治安がいいって聞くけど、それでもトラブルが無いわけじゃない。何かあったら店に電話をかけてくれていいから」
「ありがとう……ござい、ます」
「まあともあれ、お疲れ様……奥のお風呂は使ってくれて構わないから。僕は後で入るからね」
「お気遣いに感謝します。ではお先に」
「ああ、洗剤の場所とか分からなければ僕を呼ん……いや、それは色々と問題があるか……」
気まずそうに頭を掻く丸眼鏡の青年に苦笑を返して、アナはまず自室へ戻る事にした。
階段を登り、最奥の借り部屋の扉を開く。
内装は小綺麗に整えられ、クローゼットにベッドと小テーブル、小椅子。余分な物の少ない、容易に彼女の性格を連想させる部屋だった。当然ベッドに横たわる事もなく、彼女は部屋の端に置かれた木製のドレッサーの引き出しに手をかけ、簡易的な施錠を外す。
その中からアナが取り出したのは、数センチサイズの小さな、使い古して所々の舗装が剥げ落ちた十字架だった。
「……こちらはアナスタシア=グレチニシコワ=イリイーニチナ。応答願います」
十字架にまるで無線機のように語りかける、という一般人からすれば珍妙な絵面だったが、常識に反して十字架から毅然とした男の声が返される。
『承った。手短に要件を』
「では簡潔に。……本グループが現在遂行中である作戦行動の進捗状況をお聞きしたいのですが」
『概ね順調だ。此度の聖杯戦争、それを開始させた原因を突き止めた。明日にでも「本隊」が元凶に辿り着く』
「了解。このまま状況観察を続行します。……因みに、原因とは?」
『到底信じ難いが、一人の魔術師によるものと思われている。いつかの大聖杯を掠め取ったのか、造り直したのか……ともあれ、その魔術師は湖岸そばの人工島にて大聖杯を起動させ、そうして聖杯戦争が開幕した』
「その魔術師についての情報は?」
『残念だが我々の知識を持ってしても、魔術師の正体が突き止められいない。現在時計塔に登録されているどの魔術師とも合致せず、同じく戦争を起こした理由も不明。判明しているのは金髪の女、従えているのは
「成程…………了解しました。では」
通信終了と共に、彼女は再び十字架を引き出しへ戻す。
彼女の職務は留学生などではない。
そして、魔術師でもない。
──……その名は、代行者。
それは全世界に幅広い勢力分布を誇る「聖堂教会」に属する闇の執行者にして、文字通りに
即ち一人一人が人外の力を備え、異端を鏖殺する役を持つエクスキューター。本来存在しないはずの第八秘跡を身に付ける者達。
このアナスタシア=グレチニシコワ=イリイーニチナもまた、聖堂教会に存在する特務機関、第八秘蹟会にその一員として名を連ねる人物だ。
そも、聖堂教会と聖杯戦争の因縁は深い。
よく知られる冬木の聖杯戦争に於いても教会は監督役を務め、聖杯戦争の度に聖杯の行方を中立的に監視していた。事実、同部署の先輩にあたる「言峰綺礼」なる人物が、第五次聖杯戦争の監督役として派遣されている。
彼の最期については情報が無く教会でも様々な推測が為されているが、聖杯戦争を争う連中にに巻き込まれる形で哀れにも殺されたのだろう、と彼女は憶測ながらに考えていた。
更に第四次の監督役──確か、言峰氏の父親だったか──も、そのような結末を迎えたと聞く。
ともあれ、その役目も冬木の大聖杯の解体と共に消え失せたのだが、実に一週間前──突発的に「大聖杯」が起動した。
これはサーヴァントを七騎召喚する事も出来ない
御三家のシステムに独自に辿り着いた鬼才による仕業か、はたまた大聖杯の解体は虚偽であり、その大聖杯が今再び大塚の霊脈を受けて活動を再開したのか。
──それとも、今度は正真正銘の聖遺物、「聖杯」なのか。
ともあれ聖遺物の回収、管理を任とする第八秘蹟会は、数人の代行者を大塚市に送り込んだ。それが「聖遺物である」という可能性が存在する以上、彼らが動かない訳にはいかない。
その真偽を確かめる為、ひいては神の威光を知らしめる為、彼らは是が非でも聖杯を手に入れる必要がある。
その理念の下にこの作戦に参加しているのは、アナを含んで五人。いずれもが代行者であり、彼女を除く四人は未だ
(やはり教会は、なんとしても聖杯を管理したいようですね……)
自室を抜けて階段を降りる。
店舗からは奥まった場所にある浴室の扉を開けると、彼女は身につけていた小洒落た店の制服を脱ぎ捨て、磨りガラスの扉をガラガラと引き上げた。
(ふぅ……ん……あったかい……)
同僚からは華奢と揶揄される身体に、心地いい熱湯が降り注ぐ。
水にしっとりと濡れたブロンドの髪を纏めながら、彼女は湯気を立てるお湯に身を沈めた。母国のロシアに風呂という風習は無いが、こうしてみると浴槽も悪く無いものだ。
不満点を強いて挙げるなら、後から入るであろう店主が自分の残り湯に浸かるという事実が、少しばかり恥ずかしいということくらいだろうか。
(……まぁ、あの人は能天気ですから、そんなことは気にしませんか……いや、日本人とは他人が入ったお湯であるとか、そういう事をあまり気にしないのでしょうか? ぅーん……)
しばらく日本人の風習について考えていたアナだったが、どうせ自分は生粋のロシア人なのだから分かりませんね、と思考を切り上げた。
湯気に曇る天井を見上げながら、「作戦」について考えてみる。
──本来、五人もの代行者が一度に作戦を行う事は非常に珍しい。
そもそも個人個人の戦闘能力が彼らを人間と呼ぶには余りに傑出しているせいで、一人で事足りるという状況が殆どを占めるからだ。核兵器を同一対象に何発も撃ち込むのが非効率であるのと同じく、多人数を必要とする状況が存在しない。
人数から聖堂協会が聖杯にどれほど執心しているかが読み取れる、と内心で苦笑しながら、アナは窓から闇に沈む街並みを眺めた。
──年齢、技量共に選抜された代行者の中で最も劣るが魔術の素養に長けていたアナは、今回の作戦のスペアプランとしての任を受けている。
大元の計画である、代行者達による聖杯の「器」の回収。
それが失敗に終わった場合、聖杯戦争の参加者として真っ向から聖杯の獲得に挑むのがアナの役目だった。
(とはいえ、代行者が四人……聖杯戦争を始めた魔術師がどのような存在であれ、勝利はあり得ないでしょう。サーヴァントですら代行者が四人もいれば十分に渡り合える。……そうすれば聖杯戦争は終結し、私の任務も終わる)
上層部からの情報によると、既に原因は特定されている。
明日の夜にでも代行者達が流れ込み、元凶たる魔術師の巣を血染めの廃墟に変えるだろう。ともすれば、拠点があるとされている人工島そのものが朝には消失しているかもしれない。
それほどに代行者の力は圧倒的である。
──所詮、魔術師風情では勝ち目はないのだ。
己が代行者の端くれを務めるが故に想定された、奢りでもなんでもない結論。
だが同時に、奇妙な違和感を感じているのも事実だった。
それは例えるならば小さな棘のようなもので、気にかける程の物ではない。だがこうして街を眺める度、心臓を刺すような不穏な空気を感じる。
(……急に魔力反応が消えたライダーとセイバーの顛末も気になりますが、今は身体を休めましょうか……それに彼らが聖杯を回収すれば、私の仕事も明日で終わりです)
気難しい顔で天井を睨んでいると、どうもあの店主の顔が浮かんでくる。
──……思えば、生まれた時から鍛錬しかしてこなかった身だ。
任務の為とはいえ、このような場所でまっとうに働いて過ごすなどという経験は無い。接客などした事も無かったし、珈琲の作り方を教わる事も無かった。客商売も中々一筋縄ではいかないと思い知らされる。
(私が教わったと断言できるものは魔の殺し方と主の教え、それくらいですから)
色々と未知の環境に放り出され、ついつい彼に頼ろうとしてしまうのだろうか。これなら吸血鬼あたりと刃を交わす方がまだマシというものだが、不得手とするものからの逃避は自らの未熟の証明に他ならない。
気を引き締めなくては、と心で決めつつ。
無意識に、唇からは軽い溜息が漏れた。
「はぁ……」
改めて無知と無力を実感しながら、彼女は軽く瞳を閉じる。
──彼女はまだ、己が抱える事実が孕む哀しさに気付いていない。
◆
──同時刻、何処かの闇の中。
「ライダー。
凛とした女の声が響く。その冷え切った声に、令呪の命令によって推参したライダーは首をすくめて返答した。
「悪い悪い。ちと興が乗り過ぎた。なんせ、かの魔王と闘える機会なんざ滅多に無いモンなんでね」
「解せんな、貴様の思考は。
狂人を理解できるのは狂人だけか、と吐き捨てるように言う女を見て、ライダーは大声で笑った。
全くもってその通り。彼を理解できる者は、生涯をかけてもたった一人しか存在しなかった。今更誰が理解できるとも思わない。
「アンタが据える「主役」はあの魔王様だろう? 大願が果たされた時ってもな、俺は所詮脇役な訳だ。対等に渡り合える今のうち、楽しんでおこうというのは分かるだろう?」
女はライダーの言葉に耳を傾けず、己の腕を凝視した。
そこには三画の令呪が刻まれていたが、今や二画。見事なまでな三重円を描いた令呪の一番外側の痣が消失し、微かに跡が残るのみ。
だが女はそんな事に構わず、その「魔眼」で令呪を凝視した。
瞳が妖しく輝き、秘められた奇蹟が発現する。女は令呪の魔術構造を瞬きの間に読み取ると──、
「………………」
次の瞬間、消えたはずの令呪は再生していた。
「再生」というよりも、「再現」だ。彼女は数百年前にマキリが作り出した令呪の構築プロセスをなぞり、同じ結果を生み出しただけ。
「しかし、結果的には良かったのでは? あの魔王がよりによっていの一番に敗退、なんて事にはならなかった。貴方の計画を成し得る上で、あの魔王が欠けてしまえば意味がなくなる」
「ふむ、戻ったか。その方が話しやすくて都合がいい。……そして、確かにその通りだ。大聖杯、及び黒泥の制御には今しばらく時間を要する。あのセイバーならばまず敗退はあり得ないと思っていたが、あのバーサーカーが規格外過ぎたか」
最もセイバーが敗退しようと、ライダーを「主役」に据えるだけなのだが。そんな事は口に出さず、女は無言でライダーの報告を聞く。
「どうも、新たなマスターと契約したようです。会話の内容を聞くに素人の様ですが、何故か魔術回路の質は良い。あれならば、そう簡単に敗退はあり得ないかと」
「ならばいい。前マスターには
「課題は山積み、茨の道というやつですかね」
セイバーの前マスターは強欲な魔術師だった。
セイバーを利用したい、しかし自ら召喚する事はできない。そう考えた彼女はわざわざ手にした触媒を他のマスターに流し、別人の手を借りて召喚させたのだ。
とはいえ、あれ程の反英雄を簡単に使役できるわけがない。マスターと魔王の不和と不信頼は、結果的に最初の敗退という形で決着をみた。
「ところで。なぜ貴方はセイバーではなく、私を召喚したのです? 計画を進める上で、自らがあの魔王を保有していたほうが遥かに簡単かと思いますが」
「あの魔王は反英雄の極致、故にこそ悪たる行いに敏感だ。
そうなると、殺人や虐殺に嫌悪感を示さない、かつ使役しやすいというサーヴァントが望ましい。中々に困難な命題だが、このライダーはその点で見れば最適解だ。とりあえず戦わせる事を禁止さえしなければ、このサーヴァントが謀反を起こす事はない。
女はローブを翻すと、背後で仄かに光る巨大な術式を見た。
これこそが、「大聖杯」の基幹システム。かつて円蔵山の大空洞に横たわっていたこの大規模術式を、彼女は十年をかけて再構築した。令呪を瞬きの間に再現できる異能をもってしても、その完全再現に三年。そして、龍神湖の下部にある龍脈から魔力を貯めるのに七年。
冬木式の聖杯戦争では、聖杯戦争を行う分の魔力を貯めるのに六十年が必要となる。……ただしそれは、「龍脈を傷付けずに、何度も聖杯戦争をできるように」考慮したペースで魔力を汲み上げた場合だ。
仙天島の龍脈は冬木のものよりも良質な、世界有数の龍脈である。
そこから更に、龍脈へのダメージを無視して魔力を汲み上げた。結果的に十年という短期間で、女は聖杯戦争を再開するに至ったのだ。
「……大聖杯の起動は順調。内部の汚染は寧ろ好都合だ。これらを利用し、
「魔王」を再誕させる。
そう呟いて、女は嗤う。その時、何が待つかを夢想しながら。