Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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第十二話 ふたりの魔術師/Other side

 健斗がセイバーに吹き飛ばされ、愉快に宙を舞っていた頃──。

 

 大塚市東部の新興住宅地を、一匹の動物がのんびりと歩いていた。

 柔らかな白い毛並みにつぶらな瞳。ここ日本ではポピュラーな「芝犬」なる犬種に分類されるその中型犬は、赤い舌を出しながら朝日照る道の日陰を進んでいく。

 

「うおぁ⁉︎ なんだ……って、犬かぁ。あまり驚かせないでほしいね」

 

「前田くん、見事にひっくり返ってるけど大丈夫……? それにしても、野良かな。か、かわいいねこの子。触っても噛まれないかな?」

 

「なにっ、三浦さんを噛むとかマジありえないんだが⁉︎」

 

「まだ触ってないし、噛まれてないよ。あ、行っちゃった……」

 

 白い芝犬は二人の反応を嫌がるように、たたっ、と走り去ってしまう。しかし勢いよく走っていたかと思えば、人気が消えるにつれて再び歩き出した。

 のそのそと歩くその様子は、決して大きい体躯ではないながらも、「まるでオレがこの周辺の親玉だ」と誇示しているかのよう。彼は何の脈絡もなく散歩しているようでいて、ある一箇所の周辺を延々と歩き続けていた。

 

「……………………」

 

 ふと、芝犬が立ち止まる。

 彼より三十メートルほど先、白や橙色の家々が立ち並ぶ一角に、目的地は存在した。

 一見すると──何の変哲も無い、ただの空き家だ。

 木材を主体にした建築だが、決して古くから建つお屋敷という訳でもない。少し前の住宅開発期に建てられ、そのまま家々の中に埋もれていったような寂しい印象を受ける。

 その外見にどこからどう見てもおかしい所はない。この平穏な光景を異常と見る方がどうかしているだろう。

 

「んー…………」

 

 そこから少し離れた日本家屋の中。朝日が眩しい縁側で胡座をかいて、頬杖をつきながら、繭村倫太郎は苦しげに唸っていた。

 その瞳は眼前の日本庭園を眺めているようでいて、全く違う風景を捉えている。魔術的な視覚共有により、他者の視界を介入する形で眺めているのだ。

 

「あー……シロ、一度屋根の上から頼む」

 

『アオンッ!』

 

 芝犬は一つ吠えた後、驚くべき跳躍力で塀に飛び乗った。

 更に跳躍を重ね、時には民家の庭に植えられた小さな植木さえも利用して、瞬く間に屋根の上に登ってしまう。どんな調教師に躾けられようと、こんな動きを軽々と披露する犬は存在しないだろう。ぱっと見普通の犬だが、彼の遺伝子には様々な生物のモノが組み込まれている──要は一種の合成獣(キメラ)だ。また、倫太郎がもっとも信頼する使い魔でもある。

 屋根の頂点まで軽快に移動し、再び芝犬は視線を先のありふれた民家に向けた。

 利口な相棒の視界を通じ、倫太郎は五感の内、視覚のみに意識を集中する。

 

「──っ……ぐ……」

 

 彼は魔術の行使が苦手だ。

 才能的に恵まれていないのではなく、その行為自体に強い恐怖を覚える。ストレスから胃がまるごと裏返ったような感覚を覚え、顔を青くしながら倫太郎は眉間を抑えた。

 

(くそっ。大丈夫……まだ……いけるか……)

 

 見るだけでも、倫太郎ほどの魔術師であれば魔術的な仕掛けはある程度まで識別可能だ。

 限られた時間内で綻びを見つけ出す。第一警戒対象のとある少女がこの戦争に参加している可能性は低くない。もしサーヴァントを召喚しているのならば、何らかの変化があってもいい筈だ。

 

(……おかしい。何も、変化がない?)

 

 だが倫太郎が警戒する魔術師の拠点は、不穏さすら感じさせるほどに何もなかった(・・・・・・)。結界どころか警報の類も無く、場所をあらかじめ知っていなければ普通の空き家としか思えない程だ。

 隅から隅まで民家の壁、窓、停められた自転車に至るまで凝視するも、特に違和感は存在しない。そこまで確認してから、ようやく倫太郎は張り詰めた緊張を解き──、

 

「……ありがと、シロ。ずっと監視を命じているし、一度戻ってくるといいさ」

 

 倫太郎が口にすると、シロと呼ばれた芝犬は素直に方向を変えて、閑静な新興住宅街を引き返し始めた。

 

 

 

 

「……お、あのワンちゃん帰ってくで」

 

 どこか楽しげな声が響く。現代の民家には不釣り合いな和装束を身に纏った男は、顔を顰める少女を見つめて笑っていた。

 

「所詮は現代の使い魔、空腹には勝てんかね。さて、どーする? 追うか?」

 

 彼らが居るのは、先程まで倫太郎の使い魔が監視していた空き家の中だ。

 このサーヴァントのマスターたる少女は、この空き家の地下に造られた武道場……もとい、魔術工房を拠点としている。

 

「どうせアイツんとこの使い魔ね。無駄にかわいいやつ。……チョロチョロされんのも鬱陶しいし、挨拶くらいはしておこうかしら」

 

「となると──出るんか?」

 

「うん。昨日もここに篭りっぱなしで疲れたし……まぁ、朝っぱらから派手にやり合うわけじゃないけどね」

 

 桃色のパーカーに黒光りする刃物を忍ばせて、少女はすっと立ち上がる。

 

 

 

 

 一方、倫太郎は視覚共有を切り、目の疲れから何度か目を瞬かせていた。途端、昨晩から徹夜明けの疲れが襲ってきたのか、まるで石化したかのように身体が重くなった。

 周囲を包む暖かい陽気。このまま目を閉じてしまいたい衝動に襲われるが、横合いから飛んできた声がそれを許さない。

 

「わんこ。帰ってくるの?」

 

「シロにはずっと監視を言いつけてたから休ませないと……まあ、三十分もしたら戻って来るでしょ」

 

 同じく縁側に座り、手持ち無沙汰気味に空を見上げていたアサシンは、背中から木張りの床に倒れ込んだ。

 

「何もなかった、昨日」

 

「本当だよ。……はあ、昨日はとんだ無駄足だった。徹夜には慣れてないんだけど、僕」

 

 皮肉っぽく言ってみるが、アサシンはどこ吹く風でぼーっとしている。

 聖杯戦争が開幕した時から、倫太郎はこの大塚市に居を構えるもう一つ(・・・・)の魔術家系に目をつけていた。

 調べ……というか、そこの魔術師である少女から昔に聞いた話によれば、当主は基本的に海外で活動している。家系の大黒柱が不在である現在、聖杯戦争に参加している可能性は低い、と考えるべきなのだが──、

 

(まあ、あいつなら参加するよな……)

 

 あいつ──彼が知る魔術師の性格からするに、彼女が無謀にも聖杯戦争に名乗りを上げている可能性は高い。そんな目論見もあって、倫太郎は昨晩、彼女の拠点をアサシンに探らせようと試みたのだ。

 

(実際にあいつがマスターだったとして、僕が彼女を殺せるかって聞かれたら……どうしても殺せない、と言う他ないんだけども)

 

 自分の甘さが嫌になるが、聖杯に託す願いが知人を殺してまで手に入れたいほど大切という訳でもない。

 土地の管理者たる倫太郎にとってはあくまで事態収拾が第一目標であって、聖杯に託す願いも「なんだかんだ聖杯が巡ってきたら願ってみるかあ」という程度のものでしかないのだ。「根元への到達」という魔術師総体の願いを叶えるべきなのかもしれないが、そもそも魔術に恐怖を感じるような自分が根元への資格を手にしているとはとても思えない。そんな自分が全ての神秘の源たる「根元」なんてモノに触れてしまえば、最悪発狂する可能性すらある。

 

(けど──向こうは躊躇なく僕を殺しにくるだろう。なんせ、あいつは僕を心の底から恨んでるだろうし)

 

 とある決別を経て以来、二人がまともに話した事はない。顔を合わせても、向こうが鬼の形相で睨みつけてくるだけだ。

 といっても「もう関わるな」と一方的に彼女を突き放したのは倫太郎の方であって、あちらに非がない事は重々承知している。こうして憎まれるのも自分が蒔いた種という訳だ。

 

(……別の事考えよう。あいつが参加者と決まった訳じゃない)

 

 両者にとって思い出したくないであろう過去を頭の中から締め出して、倫太郎は昨晩のことを思い返した。

 戦いの定石(セオリー)をまるきり無視して突撃しようとするアサシンを苦心しつつも言いくるめて、さあ出発──といった時に起きたのが件の衝突である。

 大塚市全域に行き届く程の莫大な魔力放出。この土地の管理者として、あのように形振り構わない形での戦闘は目に余る。倫太郎は計画を変更してでも、彼は魔力波が放出された地点へと向かわざるを得なかった。

 結果として彼らが到着した頃には、サーヴァントの気配は完全に消え失せていたのだが──、

 

「あーもう……君の諦めが悪いせいで、一晩中あの付近を歩き回るハメになるし‼︎ 足痛いしすごく眠いんだぞ、僕」

 

「何言ってるの……こら、まだ寝ちゃだめ。わんこを行かせたトコ、どうだった?」

 

「どうも何も、やっぱり全く異常は感じられない。相変わらず結界の類も張られてないし、拠点だけを見るならとても聖杯戦争に参加してるような雰囲気じゃない」

 

 可能性が低いということに少し安堵しつつも、倫太郎は付け加える。

 

「もっとも、あいつは基本的に「強化」の魔術しか使えない。セイバーやランサーを召喚していたら、拠点の防備策を講じていないのも納得できる。そもそも防備をする奴がいないんだからな」

 

 いつも色々と魔術を使える自分を羨んでいたな、と倫太郎はぼんやり思う。

 

「ふぅん。まあ、どーでもいいけど……私はまだ、あの子としか……殺しあってない。退屈」

 

「ああ、あのチビライダーか。魔力波の感じから察するに、昨晩衝突していた片割れは奴だったみたいだけど──」

 

「君もそんなに、背、高くない」

 

「う……気にしてるんだけどなソレ、ほんといちいちグサッとくる言葉を吐くヤツ」

 

 サーヴァントを召喚した翌日──今日より二日前に交戦した、小柄な体躯をしたサーヴァントを思い返す。

 荒れ狂う電撃に似た、バチバチと爆ぜる独特な魔力。あの痛烈な感覚を一度肌で感じれば、忘れる事は到底できない。

 

「剣士でも槍兵でも、どんな奴だろうと相手する……けど、こうも敵が現れないと、退屈」

 

 戦闘能力の低い「暗殺者」のクラスで召喚されておきながら、この自信。

 最初は倫太郎もその真意を勘繰ったが、ライダーとの戦いに於いて、彼女はその素晴らしい戦闘能力──そして、数多の英霊でも及ばぬ「切り札」の一端を披露してくれた。

 土地勘の利点と引き換えに倫太郎達が持つハンデとして、拠点の位置が他マスター達に露見しやすい、という事が挙げられる。この地に居を構える魔術師としては、アサシンのように影で暗躍して的を狙うタイプの英霊は相性が悪い。

 だが。「魔眼のハサン」の真名に相応しい彼女の実力は、確かにセイバーやランサー等の強力な英霊でさえ──伝説の神さえも、ナイフの一突きで仕留め得る。

 

「ま、君の力は十分に信頼してる。その内必要になる時も来るだろう」

 

「……むぅ」

 

 アサシンは唸りつつも、倫太郎の言い分を聞き入れたようだった。

 縁側に腰掛け、足を上げてプラプラ揺らしたまま、朝日の差し込む中庭を眺めている。

 

「と、一応状況を整理しておくか……今後の方針だって立てておきたいしな」

 

 隙あらば落ちそうになる目蓋を無理やり開いて、倫太郎は隣に置いた携帯ポーチから一メートル四方の地図を取り出した。

 大塚市の土地がでかでかと示された地図を板張りの床に広げ、更に用意した画鋲を地図上にいくつか置いていく。

 

「東部の新興住宅街は、今後もシロに警戒させるとして……問題は中心部の駅周辺、それと西部の田園地帯だ」

 

「ここらへんは、怪しい」

 

「そこは僕も特に怪しいと思う。大塚の西部には基本的に畑ばかりだけど、何も無いって訳じゃないからな」

 

 アサシンが指し示したのは、大塚市の西部、田園の広がる一帯だった。

 一見何も無いように思えるが、ここには東部開発計画の煽りを受けて取り残された廃墟が多い。魔術師が姿を隠すにはうってつけと言えるだろう。

 

「この地の霊脈は、全部で四つある」

 

「……ほー」

 

「画鋲で示してみたけど、大まかには西側に集中してる。一つ目は当然僕の家の地下だ。それから大塚ランドマークタワーの根元、田園地帯の途中にある工場跡の廃墟、それから……」

 

「ここ、だよね?」

 

「その通り。辿天(せんてん)島……龍神湖の湖岸に作られた人工島で、その質は近畿全体で考えても素晴らしいと言える」

 

 ──正式名称は、石狩仙天島。

 昔に莫大な費用を注ぎ込まれて作られた、運動公園と水質調査場、浄水場などの施設を備えた人工島である。

 表地面積は七百三十万平方メートル。その地下には莫大な魔力貯蔵量の龍脈が広がっている。

 人工島が建設された表向きの目的としては浄水場の建設のため、とされているが、本当の目的は剥き出しの龍脈の保護にあったらしい。最も、この事実を知るのは繭村の人間と魔術協会の連中に限定されるが。

 

「相手の魔術師からすれば、当然立地の良い場所を抑えたいだろう。内一つは僕が抑えているし、もう一つは龍脈上とはいえランドマークタワーだ。あんなに人気の多い場所に潜伏するとは思えない」

 

「要するに、どこ?」

 

「残りの二つ。……大工場の廃墟に、仙天島だ。このどちらか、もしくは両方。ここに必ず魔術師は潜んでるに違いない」

 

 強く断言して、倫太郎は胸を張った。これでも使えるマスターなのだと、少しは評価を改めろとその態度で示したかったのだが、アサシンは倫太郎よりも更に眠たそうな目でこちらを眺めるのみ。

 渋々姿勢を元に戻しながら、倫太郎は再び話し始める。

 

「けど、今晩はどちらにも仕掛けないから」

 

「なんで?」

 

「うわっ、いきなり形相を変えないでくれ……って、近い近い近いって!」

 

 アサシンの艶やかな脚に乗っかられ、折角買ってきた新品の地図がくしゃりと歪んだ。

 ずいっ、と顔を寄せてきたアサシンから尻餅の姿勢で距離を取りつつ、倫太郎は両手でアサシンを制止する。

 

「それより先に確認すべき場所がある。大塚市の外、近辺に住む魔術師の本家だよ。聖杯戦争に参加するのは、遠くから来る連中と開催地の魔術師だけじゃない……かつてのアインツベルンだって、冬木から遠く離れた森の中に古城を建てていたそうだし。大塚市の内部だけを警戒してたら足元を掬われる」

 

 アサシンのおでこを押しながら気持ち三割り増しの速度で説明を終えると、ようやく彼女は引き下がった。

 再び、「むぅ」と唸ってから、不満げそうな視線を向けてくる。まるでお預けを食らったシロみたいだな、と失礼にも倫太郎が思っていると、アサシンはつまらなそうに寝っ転がった。

 

「あー……ひま」

 

「そういう時は寝て過ごすか、ネットでもしてたら。なんなら僕のパソコン貸してあげようか?」

 

「うん……それが、いいかも」

 

 少しでもアサシンの気が紛れれば、という願いから、魔術師らしからぬ倫太郎の最新型ノーパソを引っ張り出し、アサシンの手前に献上するかのごとく置いた。こうして科学技術に迎合的なあたり、倫太郎は近代の若い魔術師らしいところがあると言えるだろう。もっとも、本人は魔術師失格だと思っているのだが。

 きょとん、とアサシンが画面を見つめる中、簡単に仕組みを説明する。

 

「ん、わかった」

 

「早っ。まだ検索方法しか教えてないんだけど」

 

「じゅうぶん……これで文字を打って、これで矢印を動かす。完ぺき」

 

「それでいいんならいいけど……見えてるのか、ソレ?」

 

 目を隠すためにぐるぐる巻きにした包帯を倫太郎が目線で示すと、アサシンは無言で頷いた。

 それはそれで問題があるんじゃないかと思える倫太郎だったが、そもそも「魔眼殺し」でもない限り彼女の視覚を抑え込むのは困難なのだろう。アサシンの両目を覆う包帯は気休め程度のものなのかもしれない。

 

「ふーん。まあいいや、僕これから寝るから。分からないことがあっても、起こして聞くっていうのは無しで頼むよ」

 

「……………………」

 

 無言でアサシンがパソコンを操り始めたので、サーヴァントの適応性に驚嘆しつつ、アサシンを真似て縁側に寝っ転がる。

 成る程、試したことはなかったが、この場所もなかなかの寝心地だ。横になるとすぐに、睡魔が怒濤の勢いで襲ってきた。体力回復の為にも効率的な睡眠を、つまり布団で寝るのが一番と分かっていても、このまま寝てしまいたい欲求には抗えない。どうも体力的にも精神的にも疲れが深刻らしい。

 

「ふわあ……とにかく……今日の夜は電車で隣町まで偵察に、行くから──」

 

「うん、わかってる……今は、おやすみ」

 

 「はい、おやすみぃ……」という声は、果たして口に出す事が出来ていたのか否か。

 だが、とうとう倫太郎が完全に眠りに落ちる寸前──。

 

「………………くる」

 

「ん?」

 

 ──意味を理解する暇は無かった。

 

 刹那、凄まじい衝撃音が走り抜ける。

 屋敷に張り巡らされた三重の結界を全て容易く貫いて、一条の光柱が堕ちる。

 

「ッ⁉︎」

 

(敵の攻撃っ、回避、無理──……⁉︎)

 

 倫太郎が咄嗟になんとかそこまで把握する間に、アサシンの姿が掻き消える。風より速く疾駆する暗殺者は、迫り来る光の前に立ち塞がるように立つと、

 

「────邪魔。消えて」

 

 手にしたナイフを、軽い挙動で振り上げた。

 ──無茶だ。

 怒濤の勢いで迫り来る光の大瀑布をナイフ一本で受け止めるなど、出来るはずがない。あの光は恐らく、倫太郎数人分の魔力を束ねて極限まで濃縮した魔力の輝き。触れる物全てを蒸発させる威力を持つ。

 だが、その常識を塗り替える者こそ英霊。

 彼女の身体は蒸発することなく、ナイフの刃先と真正面から衝突した光の柱は一瞬にして霧散していた。

 

「へぇ、やるじゃない」

 

 聞き覚えのある声が響く。愛用の強化木刀を引っ掴んだ倫太郎が視線を下げると、中庭の先の塀の上に立つ少女が視界に映った。

 

「………………やっぱり君か」

 

「何ソレ? わざわざこっちから来てやったんだから感謝しなさいよ。あ、繭村の魔術師様は私みたいな三流とは関わらないんだっけ?」

 

 怒りと皮肉が滲み出るような口調で少女は言う。

 この彼女こそが、倫太郎が警戒していたこの地に根付くもう一人の魔術の後継者だった。

 

「……なんで君が聖杯戦争に参加してる」

 

「決まってるでしょ、一族のお金と名声、繁栄のために、根源を目指すの。魔術師としちゃ俗な願いだけど、フツーそんなもんじゃないの?」

 

「君と僕を一緒にしないでくれ。僕はそんなものに興味はない、この狂った儀式を終わらせることが第一目標だ」

 

「あっそ。何でも持ってるアンタには分かりっこないでしょうね」

 

 ぎりっ、と怒りで奥歯を噛み締める少女。

 二人の間に満ちる空気の緊張感が急激に高まる中、少女の隣に一人の男が姿を現した。

 

「いよぅ、君がアサシンのマスターか」

 

「そういうお前はキャスターか、サーヴァント」

 

「まあまあ、そう警戒すんなって。今すぐ殺し合おうって訳ちゃうからさ」

 

 優雅に扇子を扇いでいる男は、闘志など欠片も感じさせぬ様子で嘯く。

 

「……じゃあ、何のために?」

 

「そんなの決まってんじゃない。宣戦布告よ」

 

 殺気の篭った声色を叩きつけられ、倫太郎の肩がぴくりと震えた。

 

「へぇ……いいのかな、わざわざサーヴァントを使役している事を明かすなんて。僕には愚行としか思えないんだけど?」

 

「どうせ遅かれ早かれバレるんだし、私コソコソするのは嫌いなの」

 

「…………君、本当に忍者の末裔か?」

 

「どうとでも言いなさい。こっちがアンタに言いたいのは一つだけよ」

 

 肩を鳴らす少女が何かを呟くと、竜巻に似た赤色の閃光が迸った。

 その輝きは少女の両腕を凛然と包み込み、同時、その腕から毒仕込みの暗器が異様な速度で放たれる。

 

「────‼︎」

 

 だが、倫太郎も負けてはいない。

 プロ野球選手の豪速球をも上回る速度で投擲された暗器に対し、辛うじて木刀を合わせる。鋭い激突音と共に苦無と木刀が激突し、弾かれた苦無は屋敷の床に深々と突き刺さった。

 

「聖杯を奪い合うってんなら容赦はしない。次会った時、アンタを殺してあげる」

 

 少女はそう言い残すと、無言で塀の向こうに消えていった。キャスターと思われる男も首をすくめてから、霊体となって消えていく。

 再び沈黙が戻る中庭。暖かい朝日の輝きは変わらずに、先の緊張感は消え失せた。殺気の残滓すらも残らないこの場所には、平穏そのものの空気が漂い始める。だが、そんな中で──、

 

「………………………」

 

 少年は一人、硬く奥歯を噛み締めていた。




【少女】
キャスターのマスター。
とある事をきっかけに、倫太郎に複雑な感情を抱いている。

【キャスター】
和風な衣装に関西弁の優男。趣味はマスターをからかって遊ぶこと。

【繭村倫太郎】
世にも珍しい「魔術が嫌いな魔術師」なので、対照的に科学技術には迎合的。鍛錬がない日はネットサーフィン三昧という、半ばニートじみた生活を送る。聖杯戦争が開幕してからは、用心して学校には行っていない。
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