Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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第十三話 魔王さま、おさんぽの時間

 ──ふと、獣の遠吠えが聞こえた気がした。

 

「いや……それにしても起きませんね……」

 

 やけに狭っ苦しい部室の中。手持ち無沙汰にぺらぺらとめくっていたすいーつ雑誌を適当に放り捨て、私は思わず呟いていた。

 視線の先には一人の少年がベッドに横たわり、うんうんと顔を青くして唸っている。夢の中でも未だに吹き飛ばされているのだろうか。

 あれから2時間ほどが経過──。

 今もこうして彼の眼が覚めるのを待っている私なのだが、いかんせん起きる気配が無い。

 

「やり過ぎましたかね……いえ、あれはやり過ぎじゃないです。絶対。そうですよ、あろうことか令呪を使うなんて──」

 

 独り言を呟きながらベッドの横をうろうろ、うろうろ。彼の意識を吹っ飛ばした原因は私なのだが、こうも起きないとだんだん不安になってくるのでやめて欲しい。

 令呪を使った時の反応を見るに、もしかすると魔術回路のほうまでダメージが及んでいる可能性もあるかもしれない。おそらく無いとは思うが、悪い方向に考えると大体止まらなくなるものだ。

 

「……そういや、なんでケントはこんなに魔術回路が優秀なんでしょうか。一般人にしては異常過ぎるような気もしますね」

 

 偶然、と言うにはあまりに良質な魔術回路をしている事くらいは私にも分かる。恐らく、魔術師ならばこぞって後継者にしたいと思える才覚の持ち主だろう。

 ……まあ、そのお陰で余裕を持って戦えるのは事実であって、デメリットは何もない。運が良かったと受け入れることにしておく。

 さて、彼の覚醒をただ待っているだけというのも存外気が滅入るので、どうせ勝手に起きるだろうと決めつけて外出する事にする。

 なんだかんだと慣れてしまった部室の扉を開けると、晴れやかな昼下がりの日差しが私に降り注いだ。空には雲ひとつなく、絶好の散歩日和である事が伺える。

 

「いい天気です。散歩のしがいがありますね」

 

 部室棟から出ると、私が叩き割った地面の周囲に人が群がっているのが正面に見えた。

 どうやら、何故このような惨状になったのかを調べているらしい。

 

「無駄なことを。……ま、私には関係無いですね」

 

 幸いそちらに人々の意識が割かれていたお陰で、私は誰にも見られることなく部室棟から離れた。「思いっきり関係あるだろ」という誰かのツッコミが聞こえる気がするが、無視。

 とりあえず、目的地もなく歩いてみる。

 部室棟前に停めた愛騎、ウルトラシルバー魔王号(自転車)を使おうかとも考えたが、この天気だ。折角なので歩きで行こうと思う。

 着ているのは少しサイズの合っていない黒ジャージ。前マスターに使役されていた際、洋服屋から適当に頂戴した物だ。大きいせいで袖が余り気味である事を除けば、機能性も良く、概ね気に入っている。私の黒鎧を彷彿とさせる色合いも素晴らしい。

 

「……とりあえず、例のふぁみれす、とやらに向かいましょうか」

 

 土曜日、という休日のせいか、住宅街に人は多い。

 行き交う自動車は勿論のこと、駆け回る子供達の姿が多いのが印象的だった。何処からか聞こえてくる柔らかい笑い声を聞いていると、此処が聖杯戦争の舞台であるという事を失念しそうになる。

 

「幸いケントの財布がありますし、お金には困りませんね」

 

 先ほど(勝手に)持ってきたケントの財布をまじまじと眺めながら、昨晩ケントに食べさせてもらった様々な甘味の味を思い返す。

 頰がとろけるような味は、古き私の時代には無かったものだ。

 今度はどんな物を頼んでみようか、ぱふぇ、とやら以外を頼むのも悪くないかもしれない──そんな事を考えながら歩いていると、私はいつの間にか住宅街を抜け、大塚市中央部の駅ビル街へと差し掛かっていた。

 

「……あれは……確か、信号……?」

 

 怪訝な声を出しながら、目の前の光景を観察する。

 目の前にはびゅんびゅんと通過していく自動車。そしてその奥に赤色に光る機械が見えた。私の眼前では数人の歩行者がそれを眺めて立ち竦み、通行許可が下るのを待っている。

 

「ふん、不愉快な。たかが鉄の塊風情が私の歩みを止めるか──舐めてもらっちゃあ困りますよ、信号機‼︎」

 

 私は魔王、アレは道具。そこに対等性など存在しない。

 ──ぎろり、と信号機を睨みつけて、私に許された「特権」を行使。信号機が持つ性質そのものに干渉し、私が望む性質をもってその存在を侵食する。

 数秒後、信号機は何度か点滅を繰り返した後、私の望み通りに青色の光を照らし出した。少し気合を入れ過ぎたのか、恐らく十分ほどはあのままだろうが──まぁ、問題ないだろう。たぶん。

 

「さて、行きましょー……っと」

 

 悠々と横断歩道を渡る。

 と、そんな時、愚かにも私に声を掛ける一人の男がいた。

 

「おぅい、そこの君」

 

「…………私に声を掛けているのですか? 下郎」

 

「げろ……って、なんだよソレ! いきなり酷くないか⁉︎」

 

 金髪に白い肌と、中々目立つ容姿の男だった。見るからにこの地の民族とは思えないが、話す言語は日本語だ。

 いや、その点で言えば私も似たようなものか──と首を振ってから、改めてその男の話に耳を傾ける。

 

「まあいっか……でだね、君。どうだい、これからちょっと軽い食事でも。奢るよ?」

 

「……? 貴様は、私を食事に誘っているんですか?」

 

「そ、そうだけれど。うぅむ、なんかやりずらいな……」

 

 初対面の人間を食事に誘う行為の目的が読めず、首をひねる。

 私と同じように少し困惑している様子の金髪男を眺めていると、ふと、昨日の記憶が蘇ってきた。学校とやらに通うケントの近くを常にうろついていてた男であり、彼の友人だった筈だ。

 

「となると、無下に扱う訳にもいきませんか……仕方ありませんね。聞きなさい、そこの男」

 

「は、はい。なんだろうこれ、威圧感が凄いんだが」

 

「私はこれより、ふぁみれす、という場所に行きます。奢ると言うのならば同行を許しますから、付いてきなさい」

 

「りょ、了解した……食事というより、なんだか連行される気分だが。声掛ける相手間違ったかなー……いや凄い可愛いしな……いや、でもなー……」

 

 ぶつくさ呟いている金髪男を引き連れて、目指すは駅前。

 金の心配が無くなった私は少し歩調を上げながら、夢の目的地に歩いていく。

 

 

 

 

「あの……まだ十一時だしさ、喫茶店かどこかでコーヒーでも飲まないか?」

 

「世迷言を……貴様は、この私にあの苦い液体を勧めるんですか?」

 

「ヒエッ、なんでもないデス」

 

 縮こまる金髪男と共に、昨日も訪れたふぁみれすに入る。

 店員を呼び、注文の方法はケントを真似てうるとらびっぐさいずぱふぇ(イチゴの乗ってるヤツ)を三つ注文。この時点で料金が三千円を超え、目の前の金髪男の顔がさぁっ、と青ざめる。

 

「き……君、結構容赦無く頼むんだな……」

 

「何か問題が?」

 

 特大パフェの料金が放つ威圧感の前に冷や汗を垂らしながら、金髪男は必死で財布の中身を確認している。

 とはいえ、そんな光景に興味はない。今は甘味だ。

 金髪男の軽快なトークに頬杖をつきながら付き合っていると、店員がトレイを抱えてやって来た。いい働きである、ご苦労。

 スプーンを使って柔らかいクリームを掬い取り、口に運ぶ。この美味しさの前には思わず頰が緩んでしまって、私はいつも慌てて表情を引き締めるのである。

 

「美味、実に美味ですよ。私に捧ぐ献上物としてはこの上ありません」

 

「ならいいんだが……名前もまだ聞いていなかったね。僕は前田大雅というんだが。君、名前は?」

 

「セイバーでふ」

 

「へぇ、セイバーか……いい名前だ。格好良くて凛とした響きを含みながらも、その中に儚さを秘めているような、そう、まさにそれは」

 

「店員、新たにこのケーキを二つお願いします」

 

「は……話あんまり聞かないんだな、君は……」

 

 がっくり項垂れる金髪をちらりと見やる。

 どうせなので少しは話に付き合っておこうか、と考え直して、私はクリームアイスをゆっくり咀嚼してから顔を上げた。

 

「いいでしょう。これらの対価として、私が満足するまで話は聞いてあげます」

 

 

 

 

「──それでだな、帰って来たら自転車が盗まれてたんだ! 酷いと思わないか、気に入ってたし結構高かったのに……はぁ、またバイトだよバイト」

 

「そうですか、多分その自転車も新しい持ち主に大切に大切に扱われていると思いますよ。では、私はこれで」

 

「エッ、終わり⁉︎ まだ二十分くらいしか……って待てよ、ジャンボパフェ四つにチョコレートケーキ三つ、ドリンクバーに……あれ、一万円超えてる? 残金五千円で……僕、詰んでる?」

 

 絶望の呻きを背中で聞きながら、ふぁみれすを後にする。

 ──それにしても、中々有意義な時間だった。

 お金の心配もなく注文を繰り返し、たらふく甘味を食べることができたのだから。あの金髪には一応感謝しておこうと思う。

 

「さて……次はどこに行きましょう」

 

 きょろきょろと周りを見回す。

 と、今まで気がつかなかったが、結構な量の視線が私に注がれているのに気が付いた。先の男同様、私の容貌は日本人離れしている。この大して気に入っていない蒼色の長髪も、人混みの中ではいい注目の的だ。

 

「はぁ……仕方ありませんね」

 

 すぽん、とフードを被る。

 少し蒸し暑いが、こうも人目に晒されるのは暑さよりも不快だ。

 そんな事を考えつつ、しょっぴんぐもーるの人混みの中を縫うように彷徨い歩いていると、幾多の騒音が重なり合ったような雑音が私の鼓膜を刺激した。

 視線を音の方向へ向ける。数メートル先には巨大な発行する看板に様々な音を垂れ流して駆動する機械の数々、そしてそれらに向かい合う様々な人々。この場所に、私は見覚えがあった。

 

「……アレは確か、げーせん……」

 

 思い出す。昨日ふぁみれすの前にケントと訪れた場所がここだ。

 誘われるように足を動かして、騒がしい機械の群れの中に突入していく。奥に進むにつれて、私の頰には一筋の冷や汗が流れていた。私は今、戦闘時のような緊張感を伴っている。

 

 ──この場所には、因縁があるのだ。

 

 今思い出すだけでも腹が煮え繰り返るような体験を私に強いた宿敵が、この場所の奥に存在する。

 

「……見つけましたよ、打楽器の機械‼︎」

 

 その機械を発見した瞬間、私は思わず呟いていた。

 私が剣呑な目線を向ける先には、東洋独特の打楽器が据え付けられた機械が一つ。アレに硬貨を入れれば、傍に備え付けられた棒キレでもって旋律に乗って打楽器を叩く、そんな遊戯が行える。

 

「昨日は散々辛酸を舐めさせられましたが──」

 

 昨日、私を色々なところに連れて行ったケントは、一度だけこの機械を私に遊ばせたのだ。

 だが、彼が意地悪にもこっそり最高難易度を選択していたことで、私の点数は散々だった。その後に明かされた事実を知った私の拳が飛び、彼の体がゲームセンターの中を鼻血と共に舞った事は言うまでもない。

 

「もうコツは掴みました。今日こそ私がコテンパンにしてあげますよ」

 

 機械の前に人はいない。荒々しく足音を踏み鳴らしながら、打楽器の前へ進み出る。

 

「とりあえず、魔王特権」

 

 目を見開いて、先の信号と同じように打楽器の機械を侵食する。

 私にさっさと遊ばせろ、と強く念じながら魔力を回し、「こうしたい姿」を強くイメージ。しびびびび、とコミカルに震えた機械は従順に私の意に従い、画面に表示された珍妙な生物が難易度はどれにするか、と問い掛けてくる。

 

「ハッ、私に百円なんて必要ないんですよ」

 

 当然難易度は最高難易度だ。曲はひとまず、前にケントが選んだ最近の流行曲とやらを選択した。

 二本の棒キレを握り締めて、むん、と気合いを入れる。

 

「……()くぞヘンテコ機械、その身に魔王の畏怖を刻んでやる」

 

 つい最近何処かの誰かに吐いたような台詞を呟きながら、私は流れ始める旋律に耳を傾ける。要は戦闘と同じだ。猛速度で迫り来る敵の攻撃をタイミングよく迎撃する、そんな感じ。

 ──あのお姉ちゃん、一人なのにさっきから誰と話してるの?

 背後からそんな不敬発言が聞こえてきたが、そんなものは全て私の集中を妨げる雑音だ。それらは全て切り捨てて、今は己が全てを、目の前の打楽器と手の内の棒キレに集中するっ──‼︎

 

 

 ……そうして、二十分後。

 

 

「………………………………………………………………」

 

 私は、完膚無きまでに破壊された打楽器の機械を前に呆然と立ち尽くしていた。

 ふと冷静になって視線を下げると、掌の中には魔王特権により強化に強化を重ねられた禍々しい棍棒が握られている。

 

「……あれぇ、なんでこうなったんでしたっけ」

 

 記憶を辿る。

 ──結局私は、全く音符を叩く事が出来なかったのだ。

 音符に合わせて打楽器を叩く遊戯、それがいつからかとにかく力のままにバチ(棍棒)を振り下ろすストレス解消にすり替わっていたのはいつからだったか。

 ともあれ、怒りに我を忘れた私は闇雲に打楽器を叩きに叩き、この目も当てられない残骸を生み出してしまった訳だ。

 

「わ……私は、悪くありませんよ」

 

 周りには人だかりが形成され、人々は一様に私を恐怖の目線で見つめている。先の不敬な子供に至っては号泣し、わんわんと泣き散らしている有様だ。

 ──その視線は、少し堪える。

 フードを深く被り直して、勝手に震え出しそうな手を強く握る。

 

「こ、こんな滅茶苦茶な速度を出すコレの方がいけないんです‼︎ ……も、文句はケントまでお願いします‼︎」

 

 とりあえず逃亡を試みる。

 私が突撃すると人の群れはざっ、と割れたが、入り口付近には数人の店員が両手を広げて待ち構えていた。ここは通さん、とでも言いたげな雰囲気だが、彼らは魔王の威圧で退ける。

 

「あ、謝りませんからね、私は────‼︎」

 

 そんな捨て台詞を残して、私は速やかにしょっぴんぐもーるを離脱したのだった。

 

 

 

 

「はぁ……なにやってんですか私は……」

 

 肩を落としながら、帰り道をとぼとぼと歩く。

 ……先程のアレは流石にやり過ぎだ。

 私は魔王なので、大体の行いは「やっていい」ことに分類されるのだが──あそこまで我を忘れ、挙げ句の果てに八つ当たりじみた理由で機械を破壊する、というのは流石にアウトの部類。

 人目を引くという結果を引き起こしてしまったし、何より少し幼稚に過ぎる。私とああいったゲーム類は相性が悪いのかもしれない。

 

「ケントが居なくて良かった。あれじゃあ、彼の隣に立つようなサーヴァントとして……」

 

 「いや待て、自転車泥棒も喫茶店を滅茶苦茶にするのも大して変わらないだろ」というツッコミが再び聞こえるような気がするが、それも無視。

 だが、そこまで呟きかけて、私は言葉の続きを呑み込んだ。

 

「……いえ。私には、彼の隣に立つ資格などある筈がないんでした」

 

 彼との交流の中で忘れそうになっていた事実を再認識して、私は深い溜息を漏らした。目線を伏せながら、沈んでいく気分に構わず無言で昼過ぎの歩道を歩いていく。

 しばらくして、高速道路の高架下に差し掛かった。

 この高速道路は駅前のビル街と東部の住宅街を分けるような役割を果たしていて、この先からは高層建築の類も消える。無言のままに薄暗い高架下を潜り抜け、先に進もうと足を踏み入れた瞬間、

 

「誰だ? 私に殺気を向ける愚か者は」

 

 ──殺意に溢れた獣の気配があった。

 

 瞬間的に魔力を束ね、自慢の黒鎧を全身に纏う。

 同時に銀光と共に顕れる一振りの刃。殺気の方向に掴み取った剣の刃先を向けながら、油断なく薄闇の向こうを凝視する。

 

「おうおぅ、可愛らしい嬢ちゃんかと思えば本質は魔の類か。こりゃあこれから世界を滅ぼす起点にもなるってもんだ」

 

 高架下の荒れ果てた空き地。

 薄暗いその周囲には四方を囲む壁の如く高くコンテナが積み上げられており、その中心に立っていたのは──、




【セイバー】
ゲームは苦手。
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