Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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十四話 朱色の魔槍

 青色の痩身、手には朱色に輝く長槍──。

 突然に現れた敵対者は一目見ただけで強いと推し量れる闘志を発しており、その両眼は猛犬の如き鋭さを秘めて私を見据えている。

 

「……ランサー、か」

 

「そういうお前は、セイバーで合っているな」

 

 軽い口調で確認を交わすランサーだが、その瞳の鋭さは消えない。

 相手のクラスは判明した。これ以上の会話に意味は無いだろう。

 そこまで考えて、男の殺気に臆する事なく剣を構える。

 

「待て。果たし合う前に一つ尋ねたい。貴様は聖杯を使って何を望む気だ? よもや世界を滅ぼしたい、とでも考えているのか」

 

 ──だが、その問いは無視できなかった。

 

「………………何を、言っている?」

 

 ランサーの言葉の意味が読み取れない。

 私の願いはその実、もう半分ほど叶っているのだ。もう充分に満足しているし、これ以上を望む事は赦されないのではないか、という思いも少なからずある。

 だから私はあの少年が生き延びる為だけに剣を握る。

 当然私に世界を滅ぼす気など毛頭無いし、そうした所で何か利益があるとも思えない。

 

「あー……なんだ? 指令によると起点はお前で間違いねえ筈なんだが、本人にその意思がねえときてやがる」

 

 眉を顰めながら何事かを呟くランサー。

 だが、すぐにその目線は私に戻る。

 

「──まぁいいさね。どうせ大元を殺せば残業(・・)も終わりだ」

 

 言葉と同時、異様な殺気が男の背後で膨れ上がった。膨張する鍛え抜かれた筋肉、吊り上がる獣の瞳。

 負けじとこちらも、全力の殺気を叩きつけて──、

 

「そんじゃあ話は終わりだ。行くぞッ‼︎」

 

 次の瞬間、来た。

 

 放たれたのは、喉元を狙う稲妻じみた速度の一閃突き。

 空間に残像が焼き付く程の一閃、風を貫く光線と化した猛烈な一撃に、手にした剣を振り上げて対抗する。

 蒼と朱の衝突──寂れた空き地に凄まじい衝撃波が走り抜けた。

 だが、戦いはそこで終わらない。私も相手も一撃で勝負が決するなどとは考えず、両手が霞む程の速度で互いの武器を交わし合う。

 

「ッ……‼︎」

 

 強い。それも尋常ではない。

 この男が操るのは極限まで鍛え抜かれた絶技だ。これ程の勇士は世界広しといえどそう存在しないだろう。

 刃を交え、男の強さを否が応でも思い知る。実に秒間三十二の激突を経て、私と槍兵は同時に飛び退いた。

 再び強く地を踏みしめ、魔力放出──再度、開始。

 荒れ狂う蒼雷が周囲で爆ぜ、空間が魔力の高鳴りに悲鳴を上げる。握り締める長剣が異様な振動音と共に震え出す。

 

「はぁッ──‼︎」

 

「おおァ──ッ‼︎」

 

 再度、私と槍兵が限界まで加速する。

 

 朱色の魔槍が唸りを上げる。襲い来るは刺突の豪雨。

 怒濤の勢いで迫る連撃を一つ一つ撃ち落としながら、絶え間なく舞い散る火花に目を細める。数秒と待たず、瞬く間に防ぎきった刺突の数は百を超えた。

 異様に研ぎ澄まされた第六感が告げている。

 これ程の槍撃は私でも抑えきれない。このまま五十も受ければ強引に押し切られ、心臓を貫かれる。

 

「ならば、その前に斬り伏せる──‼︎」

 

 残り三十手を掛けて男の僅かな間隙を把握。絶え間なく降り注ぐ朱色の穂先が、連撃の間にほんの一瞬動きを止めた。

 敗北まで残り二十手──。

 その瞬間を待っていたとばかりに、力強く右足を踏み込み、

 

「──ぁぁぁぁああッ‼︎」

 

 たった一歩を以って、押され気味の形成をぐるりと返す。

 こちらが優位な剣の間合いへ、強引にこの身を滑り込ませる──‼︎

 

「チッ‼︎」

 

 一撃一撃に全霊の力を籠めて、降り注がせるように斬撃を見舞う。

 我が身を小さな台風と変えた怒濤の攻勢。

 だが、槍兵の技量は恐るべきものがあった。槍の間合いよりも深く踏み込まれて尚、その守勢に隙は無い。視認すら困難な筈の私の刃を次々に受け止めて、眉一つ動かさずに槍兵は全ての攻撃を防ぎ切る。

 

「お──らぁッ‼︎」

 

 ──斬り払いを強く弾かれ、体制が僅かに崩れる。

 

 私の攻勢が途切れたその一瞬に、槍兵は魔槍を薙ぎ払った。

 大気を切り裂き、地面と水平に振るわれる朱い旋風。首を刈るように右から迫り来る一撃を咄嗟に地面に這うようにして回避して、

 

「ッ‼︎」

 

 回避と同時、足裏から魔力放出。

 低空から天へ飛び上がるように、垂直な軌道を描く斬り上げを放つ。その刃先は槍兵の胴を見据えていたが、槍兵は身体を捻って私の一撃を躱しきった。

 だが、それでも構わない。

 その勢いのままに宙高く跳躍し、空中で半回転。頭上を覆うコンクリートの高速道路に両足を乗せて、きっかり一秒後、一つの砲弾と化して天空より一撃を見舞う──‼︎

 

「はぁ──あぁぁぁぁぁぁぁッ‼︎」

 

 重力加速度、位置関係、魔力放出──全てを乗せた渾身の一撃。

 轟然と振り降ろされる蒼色の刃。対し、槍兵は横に長槍を広げる。

 

 ──次の刹那、一帯の大地が粉々に砕け散った。

 

 衝撃の余波を受け止めた地面は陥没と隆起を繰り返し、平坦だった荒れ地が粉々に割れていく。

 だが不敬にも、その中心点に立つ男が潰れることはない。

 地面に膝をつき、肩で軋む槍の柄を抑えつけながら、この槍兵は私の一撃を無傷で受け切った。にぃ、と愉しげに笑うランサーの姿が霞み、私の身体が弾き飛ばされる。

 

「甘いわ、たわけッ──‼︎」

 

 私が地面に着地した瞬間を狙い澄まし、猛烈な刺突が迫り来る。

 認識、回避は不可──軌道予測──迎撃‼︎

 魔剣と魔槍が真正面から激突し、衝撃と轟音がこの場を席巻した。槍兵の勢いに押し込まれるように私の身体が後退し、私の靴底が滅茶苦茶になった大地を深く抉っていく。

 

「っ、はぁぁッ‼︎」

 

 受け流し、返す刀を一閃。ランサーは槍の柄で受け止める。

 近距離での鬩ぎ合い、まるで剣士の鍔迫り合いに似た様相を呈する中、私と槍兵は互いの武器越しに睨み合う。ぎりぎり、と微かな火花を散らしながら拮抗する魔剣と魔槍。

 ──数秒の沈黙の後、拮抗を破ったのは槍兵だった。

 ランサーは自らその長槍を手放し、その拮抗を破ったのだ。

 当然槍の柄は地面に落ちていき、私の剣は強力な抗力を突破、青い痩躯に向かって振り降ろされる。

 

「愚かな──血迷ったか、ランサー‼︎」

 

 幾ら男の俊敏性が高かろうと、この距離では回避不可能。

 ランサーの手に武器は無く、防御も行えない。

 大地を割る程の力強い踏み込みを一歩、二歩と踏み出して、一撃で斬り伏せんと私の長剣が唸りを上げ──、

 

 

 ──そして。

 その瞬間に、私は呆気なく死んでいた。

 

「──ごふ、あ──ぇ……っ?」

 

 私の喉元は朱色の穂先に貫かれて、夥しい量の血飛沫を撒き散らしていた。血液がどんどん流れ落ちる絶望的な感覚と共に、全身から力が消えていく。

 間違いなく致命の一撃だった。

 何が起こったのか、何をされたのかを理解する暇もない。

 必死で首を貫く槍の柄を掴もうとして、でも、できなかった。槍兵が無表情に槍の穂先を引き抜き、首に風穴を開けた私の身体は糸が切れたように背後に倒れていく──。

 

「ッ⁉︎」

 

 それは幻視。第六感が見せた一瞬先の未来。

 直感に従って攻撃を中断、全神経を回避に費やす。

 勢い良く首を捻ったその瞬間──地面から矢の如く射出された長槍が、私の喉元を微かに掠めて硬質な音(・・・・)を響かせた。

 

「…………づ、ぁ⁉︎」

 

「お、やるじゃねえか」

 

 その勢いのままに後退し、数メートル背後の地面に着地する。

 あろうことか──あの男、平時と変わらぬ冴えの刺突を脚で放って見せたのだ。地面に落としたのは攻撃の布石であり、ランサーは防御でも回避でもなく、反撃によって私の一撃を防いでみせた。

 

「チッ……小賢しいな。足でもその槍術は健在か」

 

「あん? サマーソルトで蹴り飛ばしたりしない分、まだ俺のは常識の範疇だと思うぞ」

 

 ニヤリと口元を歪めて、ランサーは笑みを浮かべる。

 

「いいね、こりゃあ楽しい。今ならくっだらねえ縛りもねえし、相手取るのは最高に手強い剣士ときたもんだ。まさに戦士の本懐。破滅までの期限に焦る必要もなく、存分に戦える夜に仕掛けられたら最高なんだが」

 

「ほう? 随分と余裕だな、ランサー」

 

「残念だが、こちとら大英雄と呼ばれる身でね。ハナから満身創痍の相手に押されるほどヤワじゃねえんだわ」

 

「…………‼︎」

 

 思わず息を呑んで、私は唇を噛んだ。

 ランサーとの熾烈な激突の中で、私は傷と呼べるような傷を未だ負っていない。それは向こうも同様だ。だが──。

 

「気付いていたのか」

 

「直に戦えばわかるっつうの……酷え有様だこと。とっくに全身斬り刻まれて霊基はボロボロ、傷は外見を塞いでいるだけ。それで7割の力でも出せりゃあ儲けもんってもんだ。テメェがそれ程まで力を振るえる優秀なマスターに恵まれながら、なぜ治癒を頼まない?」

 

「……貴様には、関係のない事だ」

 

 二日前、私は不意打ちでマスターを殺害された。

 敵対者は例のバーサーカー。異様な強さを誇る難敵であり、魔力供給が途切れた事も合間って、私はあの夜に消滅寸前の状態まで追い詰められたのだ。

 ケントとの再契約を交わして以来は存在を保てているが、頼みの綱の回復宝具は彼の心臓から離れられない。魔術回路が多いとはいえ彼に魔術の心得がある筈も無く、故に私は今も無理矢理外見だけを修復して活動している。

 

「まあ、そうだわな。──再開だ。剣を構えろ、セイバー」

 

 この傷の深さは、通常のサーヴァントにとっては致命的だ。七割の力しか出せないのであれば、その戦闘能力は大幅に下がる。

 そしてこの男は、その足枷に合わせてくれる程に甘くない。

 次の刹那。三度大地が蹴られ、槍兵の姿が視界から消え去った。

 ──問題はない。奴の性質は先の一撃で既に見極めた。

 音だけを頼りに背後から迫り来る穂先を察知。軽やかにその場で半回転し、閃光となって眼前に迫り来る朱色の魔槍を、

 

「な────に?」

 

 ランサーの喉から、驚嘆の声が漏れた。

 

「ランサー。その「満身創痍」とやらの状態でありながら、何故私が大人しく回復を待たずに外を出歩いていると思っている?」

 

 不気味に軋みを上げ続けるランサーの長槍。

 それは私の左手に容易く受け止められ、その勢いを失っていた。

 

「簡単な話だ。例え傷を負おうが、貴様ら純英霊如きに易々と遅れをとるほど私は弱くない。あまり魔王(わたし)を舐めるなよ、不敬者が」

 

 ランサーの槍は微動だにしない。

 私の掌なぞ容易く貫く筈のその穂先は、まるで岩壁に突き立てられた槍のように、僅かたりとも私に傷を付けられない。

 

「テメェ、その力は」

 

「ほう……私の正体を察したか? ──ならば分かるだろう。残念だが貴様という存在は、どう足掻こうが私を傷付けられない」

 

 片手で槍を掴んだまま、槍兵の身体を斬り伏せにいく。

 槍兵は槍の柄を手離して跳躍して回避。数メートル先に降り立ったランサーは悔しげに顔を歪ませながら、軽く舌打ちを漏らす。

 

「成る程……魔王……ねえ、そういう事か。俺の槍が必中とはいえ、当たっても刺さらないんじゃあ意味がねえってもんだ」

 

 手の中の魔槍が急激に震えたと思うと、それはするりと手から抜けていった。それは複雑に折れ曲がる異様な軌道を描いて飛翔し、独特な反響音を響かせて持ち主の手の中へと戻る。

 

「やれやれ──こりゃ仕方ねえ、ここは退くとすっか」

 

「……逃すと思うか」

 

「まあ聞け、最後に一つ言っておく」

 

 空気が痙攣するような、声の響き。

 その言葉は、ランサーが今までに口にしたどんな言葉よりも重たい圧が伴っていた。思わず私は足を止め、その言葉に耳を傾ける。

 

「この聖杯戦争は、最早聖杯を競い合うものではない。このまま事が進めば、貴様はいずれ世界を滅ぼす存在と化す」

 

「…………」

 

「恐らく、お前の意思に関わらずな。そうでなけりゃ世界にわざわざ俺が喚ばれる訳がねえ。……あー、俺が言うのもなんだが……この世に余計な災いを招きたくなければ、その理性がまだ残っている間にに自害する事を勧めておく。さもなくば、お前の主も死ぬ事になるぞ」

 

 その忠告が僅かに私の心を揺らしたが、雑念を無理矢理振り払って敵を倒す事に集中する。

 言葉と同時に大地を蹴り飛ばし、秒以下の所要時間で槍兵に肉薄。刹那の飛翔を経て、魔力放出を合わせた渾身の一撃を放つ。

 

「ッ‼︎」

 

 鋭い炸裂音と共に剣が弾かれると同時、ランサーは大きく跳躍。

 高速道路の上に上がった敵影を追って私が跳び上がると、奴の姿は瞬く間に中央分離帯の上を遠ざかっていくところだった。

 余りに速い。恐らく、「仕切り直し」に類する能力か。

 

「フンッ……くだらない」

 

 追跡は諦めて、鎧を解くと同時に地面に降りる。

 

「帰り、ましょうか」

 

 残念だが、これ以上できることはない。

 微かな声で呟きを漏らしながら、私はケントの待つ学校への道を引き返し始めた。思考は冷静さを保とうと努めているが、先よりあの言葉が耳から離れない。

 

『貴様はいずれ、世界を滅ぼす存在と化す』

 

 先の状況で虚偽をあの男が吐くとは思えなかった。

 あの言葉が真実であり、ランサーが世界の「抑止力」の働きを受けて今回の聖杯戦争に顕現したとするならば──私がその破滅を引き起こす可能性は確かに存在する。

 元より私は反英雄。人類に仇なる絶対的な「悪」だ。そんな事態を引き起こすに相応しい存在だと言える。

 

 ──けれど。だからといって、どうして自害などできるだろう。

 ──あの少年の命を今も繋ぎ止めているのは、私だというのに。

 

 ランサーの言葉が頭の中でぐるぐると回る。

 言い表せない漠然とした不安感の中、私は俯いて歯を食い縛った。

 今日でも、何か致命的な出来事が起こる気がする──そんな予感は、纏わりつく蛇のように私の背中を這い回っている。

 

「……おーい、セイバーっ‼︎」

 

 と、張り上げるような声が聞こえた。

 俯いていた顔を上げると、前から駆け寄ってくる少年が見える。

 

「ぁ──ケン、ト……」

 

「ったく、何やってんだこんな所で‼︎ さんざん心配させやがって、これで散歩してたとか言ったら怒るぞ」

 

「……ええ、散歩ですよ。すいーつ、を食べてきました」

 

「なぁ⁉︎ くそっ、財布なくなってると思ったらやっぱりそういう事か‼︎ 俺の財布返せ‼︎ 頼むから今すぐ返して‼︎」

 

「大丈夫ですって、そこらへんのやつに金は全部出させましたから」

 

 ポケットから取り出した財布を手渡しながら、けろりと言う。

 

「さ、最悪だコイツ……やっぱり俺が見張っとかねえと……」

 

「まあまあ、いいじゃないですか。さ、帰りましょう」

 

 自然と心の底からの笑顔を浮かべながら、私は軽やかに歩き出す。釈然としない面持ちの彼も、少し遅れて歩き始めた。

 しばらく無言で歩いてから、ふと気になった事を聞いてみる。

 

「そういえば……ケントは、私を心配してたんですか?」

 

「何言ってるんだ、当然だろ」

 

 返事は即座に、何の迷いもない声色で放たれた。

 不意打ちを喰らったような気分になり、思わず私の肩が跳ねる。

 

「……な、何を言ってるんですか、私はサーヴァントであって、寧ろ心配されるべきはケントであってですね、要はその」

 

「オイ、何勘違いしてるんだ。──俺が心配してたのはお前じゃなくて、お前という非常識の塊を野に放つことで振り回される人達のことを心配してたんだよ。ったく、人に食費を奢らせて帰ってくるし、他にも人様に迷惑掛けてないだろうな?」

 

 ぴたり、と。私の動きが止まった。

 

「な────んですっ、て?」

 

「残念ですが、俺はお前みたいなのを心配なんてしません。心配されたかったらもう少し常識を身に付けて下さいね」

 

「ちっ、違……違いますよ‼︎ この不敬者‼︎」

 

 熱くなった顔を隠すように俯きながら、思い切り平手を振り抜く。

 「えっ、嘘それは待ったぇべっ⁉︎」という滑稽な悲鳴と共に、容赦無く殴られたケントは宙を舞っていった。

 

「はぁ、はぁ……もう知りません。先に帰ります」

 

「お、お前……ちょっと、待っ……あ、これ、意識が……ぅ」

 

 路上に倒れ伏している彼を置き去りに、私は足早に歩き始めた。

 照れ隠しに見上げた頭上には、美しく澄み渡る晴天がある。

 そこに、未だ、翳りは存在しない。

 

「……………………」

 

 けれど、私は──。

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