Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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十七話 人形乱舞

「ち、っ……はぁっ、はあっ‼︎」

 

 再び路地から飛び出し、二車線の道路に飛び出したところで素早く九十度回転。全力で前に跳ぶと同時、背中を鋭い穂先が掠める嫌な感触が走り抜けた。

 

(くそ、早く来いよなアイツ……‼︎ どうせ部室で食っちゃ寝生活してんだろ‼︎)

 

 部室を出る前に見た、ぶつくさ文句を言いながら菓子をつまみ、単行本を読み漁っていたニート魔王の姿を思い浮かべる。

 俺を逃した数百の槍の束は速度を緩めず、俺の斜め後方をたまたま走行中だった小型トラックの荷台に激突した。

 戦慄と共に俺が視線を向ける中、その余りの威力にトラックの後輪が浮き上がる。なんとか横転こそ免れたものの、大きく揺れ動いたトラックの荷台は隣の民家の門柱に激突し、真夜中の市街地に轟音を轟かせた。

 

「……っ、お構いなしだな、ちくしょう!」

 

 道路を塞ぐようにスリップしたトラックの荷台から、再び人形達が顔を覗かせる。

 運転手の無事を祈りながら、俺は必死の形相で急勾配の坂を駆け下りた。

 足への圧力がぐん、と増す。

 コンクリートの大地を蹴る硬い感触が、一層強く履き慣れたスニーカー越しに伝わってくる。

 肩越しに目線を背後へ向ければ、揃いも揃って俺を追走する人形達が、再び射出態勢へ移るところだった。

 ──この辺りに遮蔽物は無い。

 判断し、物陰に隠れるという選択肢を切り捨てる。更に速度を上げ、俺は目の前に迫る急カーブ沿いに設置されたガードレールを睨み付けた。

 

「行くしか──……ないか‼︎」

 

 全力疾走の勢いは緩めない。

 ガードレールをひとっ飛びで越える。

 

 ──その先は闇。地面は無い。

 坂道の端は崖のように途切れていて、数メートルの段差を挟み、下方に新興住宅地の屋根広がっているのだ。

 一瞬だが長い落下を経て、俺は眼下に建っていた民家の屋根の上に激突した。

 両脚を駆け抜ける凄まじい衝撃に顔をしかめる間も無く、落下の勢いを殺せず、今度は屋根の上から墜落する。

 

「ごはっ──がぁ……ッ、ぐ⁉︎」

 

 狭い民家の中庭に背中から叩き付けられ、口から空気の塊が声にならない悲鳴となって放たれた。

 衝撃と土埃で明滅する視界。

 それを我慢して、周囲をぐるりと見回す。

 鎖を鳴らしながら突如として現れた闖入者に吠えかかる犬、それと裏口と思われる小さな扉を発見。犬に追い立てられるようによろよろと扉を押し開け、家々の裏手を這うように伸びる薄暗い避難通路に歩み出る。

 途端、右足に鈍い痛みが走り抜ける──どうも着地の際に捻ったらしい。

 

「くぅ……もう走るのは無理だな……」

 

 だが無謀な跳躍の甲斐あって、人形達の姿は見えない。

 ただでさえ狭い避難通路は、両脇に聳え立つ民家という格好の壁を伴い、俺の姿を奴らの視界から消し去っていた。

 とはいえ止まる訳にもいかない。屋根の上から覗かれれば、俺の存在はすぐに露見する。

 ひとまずこの先へ少し歩いた場所にある公園を目指し、痛みの引かない足を引きずって歩き出す。

 

「はぁ、はぁ……一体奴ら、何なんだ? 魔術師が放ったものなのか、それともサーヴァントが操ってんのか……?」

 

 まとまらない考察を重ねながら、辺りを注意深く観察しつつ、無駄に広大な敷地面積を誇る街区公園に足を踏み入れる。

 流石に十時過ぎとあって、夕方は近辺の子供で賑わうこの場所も、今は不気味な静寂に包まれていた。

 

「よし、ここなら……」

 

 先から目を付けていたのは、公園の端にぽつんと佇む錆びついた倉庫だ。

 軋む扉を開ければ、中は意外と広い。

 所々に積まれたリサイクル回収の新聞紙や雑誌の山を越えて、奥の壁際に腰を下ろす。外部から遮断された真っ暗な空間に至って始めて、俺はようやく一息つく事ができた。

 

(さてと……遅刻してるあの魔王サマが来るまでここに隠れとこう。ここなら見つかる心配もないだろうし)

 

 痛みを紛らわせようと足首を揉みながら、俺は扉を閉め、暗闇に閉ざされた倉庫の中をぐるりと見渡した。

 サーヴァントとマスターには、魔術的な経路(パス)が繋がっている。詳しい事は俺にも分からないが、それを介して魔力の供給、令呪の行使などを行うのだ。

 この分ならばこのまま姿を隠していようと、経路がサーヴァントに伝える感覚を元にしてセイバーは俺を見つけてくれるだろう。 

 

「はあっ、あ……っ、ぐッ……ぅ‼︎」

 

 しかし、こうして黙して座り込んでいると、足首の痛みが酷く感じられてくる。幸か不幸かアドレナリンの供給が抑えられ、緊張から解き放たれた結果か。

 骨にまで怪我が及んでないといいけど、などと考えつつ、今か今かとセイバーを待つ。

 

 しかし数瞬後──俺は認識の甘さを思い知った。

 座り込んだまま、ふと俯いた顔を上げた瞬間、それは来た。

 

 ズドンッッ‼︎ という轟音が響き渡り。

 真っ暗だった倉庫に、一筋の月光が差し込んでくる。

 

「は……?」

 

 咄嗟に視線を上げれば、直径数センチの綺麗な円が、頑丈な鉄製の天井に一つ穿たれていた。

 視線を横へ。

 傍の床に深く突き刺さり、衝撃の余波でビイィィ……ンと震えている一本の細槍に視線を移す。

 

(な、ヤバイっ⁉︎)

 

 俺が痛む足に鞭打ち、全力で前のめりに駆け出すのとほぼ同時。

 

 ──垂直に落ちた槍の豪雨が、倉庫の天井を吹き飛ばした。

 

 鉄片と紙切れ、倉庫の残骸が宙を舞う。

 扉を吹き飛ばさんばかりの勢いで外に転がり出て、巨人が踏み付けたかのように完膚なきまでに押し潰された金属製の倉庫を俺は呆然と見つめた。

 へしゃげた倉庫から、先程の数百体がぞろぞろと這い出てくる。

 視覚的な情報ではなく、何か別の物を手掛かりに俺を追跡していたのか……と、今更考えても意味が無い。

 

(まずい。これは、まずい……‼︎)

 

 正に絶体絶命。この足では最早数百の槍の穂先から逃げることは能わず、俺はただ息を呑んで、目の前の人形を眺めるのみ。

 

「くそ‼︎」

 

 人形が射出態勢に移ると同時、俺は無駄と知りながら走り出した。

 ワンテンポ遅れて、右足首で痛みが爆発。動きの鈍った的めがけて、人形達は爆発的な推進力を得、俺の背中に殺到する。

 だが幸運にも、俺はアスファルトの道路に躓いて豪快に転倒した。顔から道路に突っ込んで衝撃と痛みが頭が揺れたが、うつ伏せになったすぐ直上を槍の穂先が通過していく。

 

(さっきコケてなきゃ、死んで……ッ⁉︎)

 

 死を紙一重で回避したという、背筋の凍るような事実を認識する。

 同時に、俺は肩の一部分だけが燃え上がるような灼熱の感覚を感じ取った。

 肩の辺りがおかしい。異様なまでに、熱い。

 たまらず視線を右斜め後方へ落とすと、そこには──、

 

「……え?」

 

 運任せの都合のいい回避など、ハナから無理だったのだ。

 

 俺の身体は、とっくに貫かれていた。

 真っ白な槍が俺の右腕の付け根を貫通し、そこから笑えるくらいの血が溢れ出してくる。完全に力を失った右腕はぶらぶらと揺れ、半ば千切れかけていた。

 肩から飛び出した長さ一メートルを超える血濡れの白を見て、最初は認識が追いつかず。

 そして──、

 

"コレガ、オマエノ血ダ"

 

 この血が誰のものかを正しく認識した瞬間。      

 ほんの一瞬だけ。 

 己の心臓が張り裂けて、おぞましい「何か」が飛び出してくるような感覚があった。

 

「……ッ⁉︎ が──あ……ッ⁉︎」

 

 脳の奥に甚大な痛みを伴うノイズが走り、俺は咄嗟に動く左腕でこめかみを抑えた。

 何かに揺れていた思考が元に戻る。認識から少し遅れて、焼け焦げるかのような右肩の熱さは想像をはるかに上回る痛みへと変換され、

 

「ぎッ、ああああああああああああああああああああ⁉︎」

 

 痛みに吼えて、俺は震える手で槍を握った。

 引き抜くのを待つ事も無く、掌の中で紙人形が元の形を取り戻す。

 

(──痛い。痛い。痛いってんだよ、こ……ンの野郎‼︎)

 

 痛みと怒りで沸騰した頭で、その紙人形を滅茶苦茶に引き裂こうと試みる。だが、たかが紙で作られているはずの薄っぺらい人形は、いくら力を込めようがびくともしない。

 そんな俺をよそに、人形の体が再び捻れる。

 その狙いは明確に俺の頭蓋を指し示していて、この超至近距離では回避も間に合わない。

 

     ──……あ、死ん、

 

 閃光の如く駆け抜けた直感が、脳裏を突き抜ける。

 咄嗟に俺は目を瞑っていた。頭を貫かれ、脳髄をぶち撒ける俺の姿を想像し、

 

 ──そして。

 懐かしい風鳴りの音が、俺の鼓膜を震わせた。

 

 

 

「何をしている、紙屑」

 

 

 

 見覚えのある蒼色の刀閃が眼前で瞬く。

 結果として、俺は生きていた。確定したと思えた未来は、燦然と現れた彼女の手によってがらりと覆されていた。

 俺を傷つける事なく、一瞬でバラバラに斬り裂かれた紙人形が、掌から離れて宙を舞っていく。

 

「────おい。かんっぜんに、遅刻、だぞ、オマエ……もうちょっとで……はあっ、死ぬとこだ」

 

「今更何言ってんですかもう死んでるくせに。全く、こんな時くらいは令呪を使ってもいいんですよ」

 

 俺に小さな背中を向けたまま、彼女は言う。

 

「俺の……ミスで、一画失ったんだ。そのぶんは俺が補填、しなきゃ……割りに合わない」

 

 眼前に凛と立っていたのは、俺がこうして待ち続けた少女。

 吹き荒ぶ夜風に長髪をなびかせる黒と蒼の剣士は、頼もしい存在感と共に剣を構えていた。

 

「はぁ。やはり、昔からずーっとケントは変わりませんね。馬鹿みたいに愚かで無鉄砲で、無謀すぎる。そのクセ運だけはいいんですから、なんと言いますか……ったくもう」

 

「……………昔、から?」

 

 セイバーが肩越しに視線を投げ、呆れた口調で呟いた。

 ただ、肩に風穴を開けられ、白色のカッターシャツを真っ赤に染め上げる俺を見て、セイバーの眼光が僅かに揺れる。その揺れが意味するものが後悔なのか、怒りなのか、俺には判らない。

 

「ま、安心してください。私が来たんです、ケントが案ずる事はもうありません」

 

「ん、あぁ……じゃあ、任せたぞ……あとは──頼んだ」

 

 セイバーが広い公園の隅に向き直る。

 俺を貫いた一体以外の残り全ては未だ健在だった。数にして数百。紙人形達はその身に月光を受け、一様に白色の体を銀色に変えている。

 セイバーの存在感を感じ取ったのか、奴らは初めて目標を変更した。俺ではなく、曲刀を軽快に回すセイバーに無貌の視線が注がれる。

 

「あいつらの、攻撃方法は──たぶん、姿を槍に変えて飛んでくるだけ。それ以外の動作は、見てない……行けるか」

 

「当然ですよ。……が、無駄に数だけは多いですね。一刀では面倒臭そうですし、迅速に殲滅するとしましょう」

 

 セイバーが莫大な魔力を練り上げる。

 離れていても、魔術に詳しくなくとも全身で感じる程の魔力を苦もなく制御し、手にした曲刀に彼女がソレを注ぎ込んだ瞬間、

 

「っ⁉︎」

 

 ──眼前にて、驚くべき事が起きた。

 射出態勢すら取っていなかった紙人形達が超速度で槍へと姿を変え、セイバーの元へと飛翔したのだ。

 かつての速度とは比べ物にすらならない。

 俺を追う際は狙いの修正、槍への変化、同時射出──と、少なくとも三ステップを踏んでいた。しかし今の射出は、狙いの修正をすっ飛ばして、槍への変化と射出を同時に行なっている。

 その速度たるや、ライダーの雷光にすら匹敵しただろう。到底ヒトには見切れない速度。俺が反射的に彼女の名を呼ぶより遥かに早く、人形達は一斉に彼女の体へ突き刺さる。

 ──だが更にその寸前、セイバーは魔力の発動を終えていた。昨晩も見せた彼女の能力、「魔王特権」の発露だ。

 それにより変革されたのは彼女の剣。セイバーを剣の英霊(セイバー)たらしめる秘剣が、彼女の意思に恭順して姿を変える。

 刀身の変化が終わるのと、槍が彼女を貫くまでのタイムラグは、コンマ一秒にも満たなかっただろう。

 だが。

 たった一刹那。それでも、彼女には充分過ぎる──‼︎

 

「目障りだ──失せろ‼︎」

 

 瞬くは不可視の剣閃、その輝きは二重(ふたえ)

 魔剣を二本に分割し、二刀流の剣士へと早変わりしたセイバーが、一息の間に数十の斬撃を放つ。

 無造作に振るわれながら圧倒的な暴力と卓越した技量を兼ね備えた連撃は、瞬きの間に斬撃の防壁を作り出した。好き放題に暴れていた奴らが、吹き飛ばされた倉庫よろしく吹き飛ばされていく光景は、いっそ滑稽ですらあった。

 

「二本でも足りませんか。面倒な」

 

 だが、セイバーの顔は晴れない。

 全体の三分の一程がただの紙切れと化すと、紙人形達は潔く距離を取った。ざあっ、と羽音のような音を立てながら、奴らがまでとは異なる挙動を見せる。

 個々で行動していた集団が、一箇所に集まっていくのだ。

 重なり、積み上がり、膨張し、一つの形を成していくその異様な光景は、何処かで見たミツバチの攻撃行動を連想させた。

 

「なん、だ………………?」

 

 ある者は牙に。ある者は鱗に。そしてある者は尾に。

 煌々たる月明かりの下、一つの「存在」が顕現する。

 黄金の輝きと共に俺たちの眼前に立ち塞がったのは、溢れ出すような神秘を纏った金色の大蛇だった。

 まさに小山、見上げる程の巨躯だ。数メートルも上空にもたげられた口の奥から、眩い金色に光る牙と燃え盛るように赤い舌が覗いている。その威圧感たるや生物のものとは思えず、まるで神か何かをそのまま相手取っているかのような重圧が全身を縛り付ける。

 

「へぇ……普通の使い魔じゃないと思ってましたけど、大体予想通りでしたね。とうとう正体を表しましたか」

 

「あいつは──あんなのが、生物、なのか」

 

「生物っちゃあ生物かもしれませんが、棲む場所も能力も次元が違います。彼等は伝説に語られる神秘、ヒトと分かたれた悠久の存在」

 

 伝承に曰く、既知の生命に類する事なく、古き伝説の中でのみ語られる存在。現代で目にすることは叶わなぬ、神秘そのものが形を成した奇跡。その伝説たちの名は──、

 

「つまりは、幻想種と呼ばれるモノです」

 

 幻想種。

 それは目を奪われるような美しさの黄金の燐光を振りまきながら、現世との境界を越えて顕現した。

 無知ながらも感じた事のない威圧感を全身で感じ取り、俺は半ば無意識に唾を飲み込んだ。




【セイバーの剣】
蒼色の刀身、曲線を描くエッジが特徴的な彼女の宝具。神造兵器。
セイバーが「魔王特権」を行使する事で、色々と姿を変える。宝具としてのランクは状況によって変化するので、ランク付けはされない。
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