Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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二十一話 キャスターと少女/Other side

「────何故です。聖杯の在処(ありか)が判明したのならば、今夜にでも仕掛けるべきでは」

 

 大塚駅に隣接する高層ビルの屋上。真っ赤に輝く航空障害灯の光に照らされて、一組の男女が夜の街並みを見下ろしていた。

 

 若い女性──アナスタシアは怪訝な顔をして通信具に語りかけ、軍風を着た壮年の男、アーチャーはつまらなそうに煙草を咥えている。

 アナが通信手に問うているのは、今晩に湖岸の仙天島で行われる筈だった、他の四人の代行者による聖杯奪取作戦についてだ。それが「急遽先延ばしになった」と告げられ、その理由を尋ねているのである。

 

『現在大塚市に潜伏している魔術師の数は時計塔の隠蔽役にマスター権の奪取を目論む連中、マスターと入れれば五百を超える。その程度ならば何の支障もないが──厄介な魔術師が二人、今日の昼にそちらに現れた』

 

「……厄介とは?」

 

経験者(・・・)。前回の生き残りだ』

 

 前回の生き残り──それは即ち、第五次聖杯戦争を生き残った魔術師である。聖杯やサーヴァントに関する知識、聖杯戦争を勝ち抜く実力と幸運、その他諸々を持った手練れ。

 

『名前は「衛宮士郎」、「遠坂凛」。前者の方はデータが少ないが、後者は近年に行われた冬木の大聖杯解体にも深く関与している。これらの不穏分子がどう動くかも定かではない。奴らの目的、動向を探ってから聖杯奪取に望むべきだ──というのが教会の決定だ』

 

 アナは夜に沈むような街を見下ろしながら、その淡々とした報告を聞いていた。

 勝手に方針を決められるのは少し腹立たしいが、決定事項には従う他ない。

 

「はっ……全くもって馬鹿だな、その魔術師どもは。こんなイカれた殺し合いに生き延びておいて、まだ首を突っ込む気とは」

 

「アーチャー。静かにしていて下さい」

 

 ぴしりと言われ、つまらなそうにアーチャーが首を竦める。

 

「……ともあれ、了承しました。現状維持に努めます」

 

 アーチャーの心中をよそに、二、三の言葉を交わしてからアナは通信を切った。

 現状維持──要は決して無茶な行動を取らず、聖杯の強行奪取を目論む代行者達が敗れ去った時のため、マスターとして生存する。

 黒の修道服を風に揺らしながら、アナはアーチャーに向き直った。

 

「さて。これからどうしますか、アーチャー」

 

「どうも何も。狙撃手の本懐は忍耐に有り──機を待つだけだな」

 

 今日の狙撃位置はこのビルの屋上にしたのか、アーチャーはひと跳びで貯水タンクの上に飛び乗ると、その上で無骨なスナイパーライフルを構える。

 彼の鋭い瞳がスコープ越しに睨みつけるのは、大塚市中心のビル街から遠く離れた東部の住宅街。もしサーヴァントが不用意に姿を見せれば、彼の弾丸は容赦無く標的を貫くだろう。

 

「再三言いますが、決して無理はしないようにしてください。今の役目は静かに状況を俯瞰し、生き延びる事ですから」

 

「わかっているさ。昨晩とて、わざわざ攻撃を中断しただろう?」

 

「分かっているのならば構いません。……けれどアーチャー、貴方は本当に私に従うつもりなんですか?」

 

 アナには一つ、解せない事があった。

 彼女ら代行者の目的は、新たに出現した聖杯の奪取だ。それが成功し、仮に聖杯が本物の「聖遺物」だった場合は教会の所有物となる。冬木の物同様に偽の聖杯だったとしても、聖杯戦争の混乱は避けられまい。

 それは即ち、サーヴァントが聖杯に託す望みが叶わないことを意味する。

 

「マスター。お前はつまり、俺が土壇場で裏切る事を危ぶんでいるワケだ」

 

「はい。召喚に応じた貴方にも、叶えたい望みはある筈です。私に従う限りそれが叶わないのであれば、私に従う理由もないはず」

 

「言っておくが──」

 

 アーチャーはスコープから視線を外し、

 

「その懐疑は無意味だぞ、マスター。先も言ったように、この戦争は元から狂っている。「聖杯」などという得体の知れないものに願いを託すほど、俺は愚かではない」

 

「何故狂っていると言い切れるのです、アーチャー」

 

「……なに、軍で生前少し耳にする事があってだな。第三次の頃はクソったれのドイツあたりが聖杯戦争に介入し、結局は散々な結果で終わったそうじゃないか。それに大元のシステムが狂っていたからこそ、聖杯は一度十年前に解体されたのだろう?」

 

 実のところ、聖杯が解体されるに至った経緯はあまり公に明かされていない。

 聖杯戦争に含まれる「何か」を危惧した遠坂凛とロード・エルメロイII世の手によって聖杯は数年前に解体され、二度と聖杯戦争は行われなくなった──それが広く知られる、聖杯戦争の終焉だ。

 だがアナにとっては、生前からこの男が「聖杯戦争」の存在を知っていたという事実の衝撃の方が大きかった。確かに魔術を軍事的利用する試みは第二次世界大戦中に各国で見られたが、それが神秘が絡む情報である以上、余程厳重に秘匿されていたであろうに──。

 

「まさか、一般軍人の貴方が生前から魔術の知識を持っていたとは驚きですね。流石はフィンランド救国の英雄──シモ・ヘイヘです」

 

「その呼び名はやめてくれ。……英雄の名は、俺には重過ぎる」

 

 第二次世界大戦中に行われた「冬戦争」にて絶大な戦果を挙げ、何百もの兵士を葬り去った伝説の狙撃手にして「白い死神」──シモ・ヘイへは、苦々しい顔で返答する。

 

「呼び名はさておき。確かにアインツベルンの聖杯には欠陥があったのかもしれませんが、今回の聖杯はわかりません。貴方の言う通りにロクでもない代物かもしれませんが、万能の願望機である可能性も否定できない」

 

「ソレの真偽はどうでもいいさ。繰り返すが、俺は聖杯なんてモンに関与する気は無い。聖杯絡みのイザコザは精々勝手にやっておいてくれ。俺は久々にコイツと戦えるだけで満足なんでな」

 

 意地悪げな口調で愛用の狙撃手──専用チューニングを施されたモシン・ナガンを叩くアーチャーにむっとして、アナは会話を切り上げた。聖杯に興味が無いのならばそれでいい、アーチャーにはサーヴァントとしての役割に徹してもらうまでだ。

 

「では、勝手にさせて頂きますよ」

 

 直後、黒色の修道服が翻った。

 背後から脳天を貫かんと迫る影を、彼女はとうに把握している。

 体を反転すると同時、異様な速度で振り抜かれる右手。それはダクトの影から突如として飛来した純白の槍を掴み取り、問答無用でへし折った。

 

「……自律人形ですか。貴方も気を付けてください、アーチャー」

 

 人外(だいこうしゃ)の力を異端なく発揮し、くしゃくしゃに潰した人形の紙人形の残骸を放り捨てる。サーヴァントが使役する自律人形も、彼女の前には歯が立たなかった。

 

「私は拠点に戻ります。敵を発見した場合は報告を」

 

 時速百五十キロで飛んでくる槍を素手で握りつぶした挙句、さも当然とばかりに屋上から飛び降りていく不機嫌そうな代行者。そんなマスターを見て、アーチャーは愛銃モシン・ナガンに語りかけるように、

 

「……あの女を怒らせるのはマズかったかな、流石に」

 

 小声で呟いて、どうしたものやらと思案するのだった。

 

 

 

 

 それから幾ばくも経たぬ真夜中──空に高く登った月は煌々と街を照らしている。だがこの二人は依然として地下室に篭り、その姿を地上に晒さないでいた。

 

「こンの、バカバカバカっ‼︎ アホ‼︎ あっさりやられちゃったじゃないの──‼︎」

 

「いやー…………すまん、ほんま。堪忍やで」

 

 トレードマークの黄色のリボンを揺らしながら、少女は隣に立つ男の頭を結構強めにぽかぽかと叩く。現在進行形で殴打の被害を受けているのはこの少女が使役する和装の優男(サーヴァント)、キャスターである。

 光る水晶玉が空間に投射している映像には、倒壊していく砂塵の巨兵の姿がありありと映し出されていた。

 

「なによ、『まあまあ僕に任せときぃ、魔眼って言うても相手はアサシンやぁ〜。真正面からなら流石に倒せるやろぉ〜?』とか言って余裕満々だったくせに。結果は一撃よ? ワ、ン、パ、ン‼︎ どうなってんのよ‼︎」

 

「痛い痛いっ、それに僕はそんな喋り方ちゃう。……そう言うけどな、僕だって予想外なんや。流石は敵さんもサーヴァントっちゅう事か。天将が二柱ともあっさりやられてまうとは──」

 

「流石の天才も油断したって?」

 

「………………うん、その通りやな。弁明の余地なし!」

 

 何故か自慢げに言うキャスターに、少女の絶対零度の視線が注がれる。思わずキャスターは冷や汗を流して目線を逸らし、居心地悪げに頰を掻いた。

 彼が使役する神霊たちは、各々がサーヴァント一騎ぶんに相当する力量を持つ。そんな彼らであればそう簡単に倒される事はないと踏んでいたキャスターだったのだが、どうもアテが外れたらしい。

 

「いや、戦力の低下を懸念しとるんやったら問題ないで。完っ璧に殺されてもうたといえどアレらは分霊、世界の裏側に潜む本物から這い出た影に過ぎへん。魔力が溜まればいつでも呼び直せる──同時に二体まで、って制約はあるけどな」

 

「…………そ。よかった」

 

 少し翳りのある表情の少女をよそに、水晶玉が映し出す映像が切り替わる。

 今度は打って変わって映像の画質が荒いが、蒼髪の剣士が大蛇を切り裂いていく姿が辛うじて見えた。

 やがて戦闘が終わると、死した大蛇が放つ黄金の燐光の中に二人の人影が残される。顔は酷いノイズのせいでよく捉えられないが、間違いなく「剣士」のサーヴァントとそのマスターだった。

 

「うえ、酔いそ……こっちはなんだか画質が異常に悪いわね。マスターの素顔が分かれば楽だったのに、これじゃよく分かんないじゃないの」

 

「本来はもっとしっかり映せるんやけどなあ。このセイバー自身の能力か……この英霊に近づくだけで、動作精度が低下してまう。魔術……もしくは、物体そのものに干渉しとるんかな?」

 

「スキルか何かでこっちに干渉してる可能性があるってこと? 面倒臭いわね、私そういう面倒なの嫌い」

 

「うん、でしょーね。……あと、それだけちゃうな。純粋な神たる勾陳の攻撃がこの英霊には全く効かへんかった。物理的な攻撃は対魔力の影響を受けへん筈やし、こりゃ彼女に何らかの加護があると見て間違いないやろ」

 

「一定の攻撃を無効化する、ある種類の攻撃を弾く、とかかしら。有名なところじゃ、竜殺しの英雄が持つ血の鎧……もしくはアキレウスの不死性みたいな? なんにせよ、相当強力な英霊みたいね」

 

 悩ましげな表情を浮かべ、下唇を噛んで考える少女。

 そうした加護、もしくは呪いの類は厄介だ。「ダメージが減衰する」程度ならばまだいいが、「特定の条件を満たせない限りダメージを与えられない」ような強力なものは、どう足掻いても絶対に倒せないなんて可能性も出てくる。

 

「タチの悪いことに、この加護は防御のみに働いとらんみたいや。この英霊は攻撃を無効化するだけじゃなく、自らの攻撃を致命のものへと変質させとる。相手がサーヴァントとはいえ、神サンはこんな簡単に斬り伏せられるほどヤワちゃうって」

 

「この子は確か都の守護神だから、高ランクの神性を持ってたわよね。神殺しの英雄はいるらしいけど、この英霊もその一員とか? それとも単純に「神秘殺し」に特化した英霊?」

 

「神秘殺しっちゅうと知り合いにそんな人もおるけど──それにしてもこの力は桁が外れとるな。このセイバーは、恐らく「神殺し」なんて次元を超えとる。とにかく、神代の英霊って事は確かやと思うで」

 

「神代……神が世界に君臨してた時代。私じゃ想像もつかないけど」

 

 敵のセイバーが神殺しに近い性質を持つと仮定すると、当然殺す対象である神が存在していた時代にセイバーは存在していたという事になる。とはいえ神代とは今の人類には計り知れない領域であり、マスターの少女にとってもそれは同じだ。それどころか、眼前のキャスターが生きていた頃にも既に神代は終わっていた。

 

「大昔やと思うとけばええ。そんな時代の英霊なんやから、纏ってる神秘はサーヴァントの中でも最高位や。正直、僕とは相性最悪。真正面からぶつかるとしたら攻略法も何も浮かばん、正真正銘の化物やで」

 

 深刻な言葉の割に、余裕げに口笛を吹いてみせるキャスター。

 だがその瞳だけは真剣で、少女はそれを見て軽く息を呑んだ。

 

「この目で直に見ればセイバーの真名も分かるし、対策も思いつく……と、ええんやが」

 

「伝説の神獣やら神霊やらを軽々と十体以上も使役してるアンタも、私からしちゃバケモノの類なんだけどね……」

 

 ぼそっと漏れた本音をきっちり聞き漏らさず、キャスターは手にした扇子を振りながら抗議する。

 

「いやいや失礼やな、誰がバケモノや。僕ぁ一応、かつては悪鬼羅刹をバッタバッタ倒す都の守護者やったんやぞ!」

 

「それはもう知ってます。言い方が悪かったことは謝るわよ。アンタ自信はいい奴だって分かってるし信頼してるんだから、話を続けて。どうせなんだかんだ言って、何かしら対策は浮かんでるんでしょ?」

 

「むむ……まあ確かに、付け入る隙が無いって訳でもなさそうや」

 

 首を可愛らしく傾げる少女に、男は珍しく悪どい笑みを浮かべてみせた。

 水晶玉に映し出された剣士の姿から視線を外すと、男の指がもう一つの人影を指し示す。剣士から少し離れた場所に立つ、肩を貫かれた人影だ。映像が不鮮明だが、どうも眼前の戦いを傍観して立ち尽くしているように見える。

 

「大前提として魔術師っちゅうんは、どうしても窮地で己の魔術に頼る癖があるもんや。己の魔術が己の矜持、生き様にして最大の武器やからな」

 

「そうね、私だってその通り。だからこそ、アンタの式神はその魔術師の心理を逆手に取る性質が組み込まれてたと思うけど」

 

 魔術の行使、魔力のうねりを感知して特攻する──「聖杯戦争」という状況に合わせてチューニングした魔術師殺しの人形を、総勢五千体以上も容易く使役する。日の本に数多の伝説を刻みし彼にしか出来ない芸当だ。

 

「うむ。……けどコイツ、どうも魔術を使う気配がないんやわ。セイバーの戦闘中は突っ立って見とるだけやし、倒した後も簡単な治癒魔術すら使おうとせん。肩まで貫かれてんのに、こりゃ不自然や」

 

「へえー……確かに変ね。魔術師は優秀なほど魔術に頼りがちになるって言うけど、全く使おうとしないってのは」

 

 治癒魔術どころか身体強化しか使えない彼女からすると、正直に言えば不自然でもなんでもないのだが、そこは黙っておく。

 

「そこでや、まずは固定観念を崩す所から始めよう。君は恐らくマスターは魔術師……そんな風に思っとるやろう。まあ十中八九どころか殆どその通りなんやけど、ごく稀に例外が存在する。そう、例えば今回の聖杯戦争のように──突発的に聖杯が出現した場合なんかは、聖杯の方がいちいちマスターに適応する魔術師を選んでられへん場合もあるわけや」

 

「……セイバーのマスターは魔術を知らない素人かも、ってこと?」

 

「そのとおり。僕はこのマスターは魔術が使えないと見た。となればセイバーを倒すんも容易やで」

 

 なるほどね、と少女が両手を合わせる。サーヴァントの打倒が困難ならば、大元のマスターを狙う──聖杯戦争における定石だが、定石は最も効率が良く理にかなっているからこそ定石なのだ。更に加えて、セイバーのマスターが魔術を使えないとすれば、マスター殺しの成功確率は大幅に上昇する。

 流石の洞察力に少しばかり悔しくも感嘆の目線を向けると、キャスターは満足気にうんうんと頷いて──、

 

「それと、僕の得意とする術は敵を殺す為の術って訳でもない。もとは世界の裏側に接続するためのモンやさかい、その用途は多岐に渡る。例えば情報収集、追跡なんかもお手のもんや。映像が荒くて悪かったが、代わりに彼らのおおまかな位置は常時把握できとる……セイバー陣営の拠点くらいは把握できるやろ。やろうと思えば明日にでも仕掛けられる」

 

 キャスターは得意気な表情を浮かべつつ、仄かに光る水晶玉に手を翳した。

 再び映し出される映像が切り替わり、線路の上に立つ二人が映し出される。黒衣を纏った女と、木刀を携えた少年だ。

 

「さてと、こっちやけど……まさか、ナイフで一撃とはな。流石は「直死の魔眼」、あのセイバーですら勾陳を下すのに八十七合必要やったっちゅうのに。アサシンの癖してやけに素直に姿を現わすなあ思っとったけど、この強さじゃあ納得やわ」

 

 神に等しき神霊を一撃の元に葬り去るとは大したものだ。

 水晶越しだというのに、アサシンの妖しく光る瞳がこちらを捉えたような気がして、少女はぶるりと体を震わせる。

 だが、アサシンの隣に見える既知の少年を見て、彼女はその震えを無理矢理押さえつけた。彼にだけは負けるわけにはいかない、という強い意志で、微かな恐怖を全て闘志に変換する。

 

「今日の朝にアサシンの能力のタネは割れとったんやし、僕の魔術攻撃すら「殺せる」時点でもっと警戒すべきやったなあ」

 

「アンタの眼は便利ね。……そのせいで油断するのはどうかと思うけど」

 

「うぐ……すんません」

 

 最高位のキャスターのみが有するという、この世の万象を識る事を可能とする「千里眼」。彼の瞳は対象の過去を見通す性質を持つが故に、彼は裁定者の「真名看破」と同様の力を備えている。

 キャスターは一目見た瞬間にアサシンの過去を読み解き、彼女に何が起き、いかにしてその魔眼を得たのかを識ったのだ。

 首を振る少女に視線を向け、キャスターが有り余る魔力の発露を止めた。色を失う水晶玉を余所目に、少女がぱん、と両手を打ち鳴らす。

 

「──気を切り替えて、ひとまず情報整理ね。これで私達が把握したサーヴァントは二騎……セイバーとアサシン。あと……カフェにもマスターが潜伏してたんだっけ」

 

「んで、そいつが使役しとるのはたぶんアーチャー。姿がはっきり見えんかったんで千里眼は使えんかったが、距離を置いて戦おうとするっちゅうことはアーチャーの可能性が高いやろな」

 

 武道場に似た畳貼りの地下室、その端から引っ張り出してきた小さなホワイトボードに、少女はマジックペンを走らせながら話を続ける。

 

「セイバーについて分かってることは、彼女は詳細不明の加護持ちで、恐らくマスターが何らかの事情で魔術を行使できないってこと。民間人の可能性もあり、と。……まあごく偶にだけど、サーヴァントの使役に耐えうる良質な魔術回路を生まれ持った一般人も存在する訳だし、確かにあり得るかもね」

 

 「セイバー」と書いた下に、箇条書きに情報を書き込んでいく。

 隣にでかでかと貼られた地図は大塚市のもので、そこには敵と遭遇したポイントが赤マーカーで示されていた。

 

「こっちは何とかなりそうや。具体的には僕が陽動、キミがマスターを叩くって作戦でいけると思うで」

 

「よし。次はアーチャーだけど……未知数なところがあるわね、こいつは」

 

 アーチャー、と書き込んでから筆が止まる。手持ち無沙汰にペンを片手で回しながら、少女は何かないかとキャスターの方を見た。

 

「マスターが聖杯戦争も何の関係もない喫茶店にいるあたり、こちらからは手を出しにくいしなあ。キミ、関係のない民間人が犠牲になるのとか大嫌いやろ?」

 

「当たり前。アーチャーについては今のところ保留ね、保留」

 

 少女がホワイトボードをぺちぺち叩いて怒りを露わにすると、キャスターは思い出したように扇子を叩いて──、

 

「あー、喫茶店のマスターについてなんやけどな。試しに偵察用のやつを一体突撃させてみたら、あっさり握りつぶされてもうたわ」

 

「は、はぁ? 握りつぶした……って、嘘でしょ? どんな速度で飛んでくると思ってんのよ、あれ」

 

 無言で指し示された水晶玉が、人形が残した映像を映し出す。

 ……ビルの屋上らしき場所に立つブロンド髪の少女に狙いを定めた紙人形は、ぎゅるりと捻れるとロケットの如く特攻した。

 が、ぎろりと少女が背後を睨んだかと思うと、次の瞬間に映像が途切れてしまう。高速を上回る超速で、人形は破壊されたのだ。

 

「………………なに、こいつ?」

 

 意味不明、という四文字を顔に貼り付けたまま、少女は唖然として声を漏らす。キャスターの方も興味深げにアーチャーのマスターの姿を思い返しつつ、「なにこいつ」という曖昧極まりない質問に返答した。

 

「僕ぁ西洋方面の事はさっぱりなんやが、過去を覗いてみたとこ、まっとうな人間じゃないみたいやな。現代に生き残った悪魔狩りってとこ……たかが魔術師じゃあ歯が立たん奴みたいなんで、このマスターも警戒すべきやと思うで」

 

 暫くその危険性についてキャスターが語ったのち、アーチャーのマスターについてはひとまず静観することが決定された。目下最大の敵は謎の加護に強力な耐魔力を持つセイバーであり、これを如何するかで彼女らの進退が決まると言っていいからだ。

 二人の議題はアーチャーのマスターから移り、アサシン陣営へ変わっていく。

 

「アサシン……真名、魔眼のハサン。保有している能力は「直死の魔眼」、神霊すら一撃で殺す力を持っている」

 

 キュキュッ、とマジックペンを走らせて、「アサシン」と書いた文字の下に「直死の魔眼」の文字を付け加える。

 

「マスターの方は……まあ、嫌ってほど知ってるわね。繭村倫太郎、齢十六でかの高名な繭村家を嗣いだ天才中の天才にして、この土地の管理者でもある」

 

「天才の中の天才のさらに上をいく超天才の僕からすれば凡人……あっ、痛い。すまんすまん調子乗った」

 

 キャスターは叩かれた頭を抑えつつ、気を取り直して口を開く。

 

「ともかく居場所と能力は割れとるんやし、アサシンについても今は傍観で構わんやろう。仕掛けてきたら応戦する他ないが……厄介ながら明確な弱点が判明した以上、狙い目はセイバーやで」

 

「そうね……キャスター、明日の夜にでもセイバーに仕掛けられるようにしておいて。明日、あのセイバーを倒すわ」

 

 彼女の口調に躊躇いはない。

 決して高くない勝算ではあるが、セイバーが避けては通れぬ敵である事も確かだ。どうせ遅かれ早かれ戦うのであれば、こちらが一方的に位置を把握している優位状況で仕掛けた方がいい。

 

「それは分かったけどやな、君の調子はどうなんや?」

 

 キャスターの少しからかうような問いに、少女は長い言葉ではなく瞬間的な魔力の発動で返答した。

 燃え盛るような魔力の渦が彼女の腕部を包み込み、強く照らされた壁が紅く光る。キャスターはその輝きに目を細めつつ、満足げに口の端を吊り上げて言った。

 

「好し好し。どうやら問題ないみたいやなあ」

 

「私にはコレくらいしかできないんだし、せめてコンディションくらいは万全にしとかないとね」

 

 両手を確かめるように開閉しながら、少女は続ける。

 

「当然、敵マスターは殺すけど……そうね、上手くいけば令呪を奪ってセイバーを支配下に置けるかもしれない。そしたらこっちの戦力アップ、聖杯も夢じゃないんじゃない?」

 

「余裕があったら頼もうかね。それとセイバーを押し留めるんは請け負うが、僕の宝具を使ってもええかな? あいつを押しとどめんのは、宝具抜きじゃあちときついと思うで」

 

「ええ、宝具を使う事を許可するわ。どーも貧相な魔力供給量で悪いんだけど、私が決着をつけるまでは時間を稼いでもらうから。──けっこう期待してるわよ、伝説の陰陽師さん?」

 

 少女は腰を軽く曲げて、キャスターを覗き込むようにして笑った。

 その笑顔は戦いを前にする魔術師のものとはとても思えないような明るさで、まるきり矛盾しているようでありながら、キャスターは彼女の笑顔を気に入っていた。だからこそ、彼もにやりと笑って返答を返す──。

 

「まっかせときい、僕を誰やと思うとる。君が言う伝説の名に恥じぬ働き、その目に刻んでやろうやないか」

 

 かくして夜は更けていく。キャスターと少女は暗闇で牙を研ぎながら、来たる翌日の決戦に向けて準備を整え始めた。

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