Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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二十四話 ヤキソバと魔王さま

「…………………………んあ?」

 

 朝と昼、丁度その中間にあたる頃合。

 ぼんやりと青空を眺めていたランサーは、視界の端に映った蒼色の髪に視線を引き寄せられた。

 

「なんだ、セイバーの奴……マスターも一緒か。んで、こっちに向かって来てると」

 

 彼が胡座をかいていたのは大塚市民病院の屋上、その給水タンクの頂点である。

 自分の好きな場所を拠点とする癖があるこのランサーは、この見晴らしのいい屋上を勝手に自分の住処としていたのだ。辺りには食べ物の飲みさしが散らかっていたり、結構汚い。人が立ち入れるテラスからは離れた場所にあるので見つかる心配はないだろうが、これを見れば看護師さんは悲鳴を上げるだろう。

 

「しゃーねえ、逃げるか」

 

 自分ではあの剣士に勝てない……と、この槍兵はとうに知っている。

 それは強さ云々の話ではなく、そもそも世界のシステムがそういう風にできているのだ。こればかりは覆しようもないし、無闇に突貫したところで勝敗は目に見えている。

 ひとつ舌打ちして、槍兵は宙に消えていったのだった。

 

 

 

 

「よー…………す」

 

「あっ、志原くん!」

 

 そそ〜っと扉を開けて中に入ると、存外元気そうな声が帰ってきた。

 病室には数人分のベットが置かれていたが、中にいたのは声の主の少女……三浦火乃香のみだ。軽く手を振る彼女の顔に翳りや不穏な色はなく、とりあえず一安心する。

 

「大丈夫か? 三浦。とりあえずコレ、差し入れ」

 

「わー、ありがとう! しかもこれ高いやつじゃ……明日には退院できるし、なんか申し訳ないかも」

 

 こちとら命の恩人なんだから、そりゃあ気合も入れて高級フルーツセットを持参するさ──と言いたいところだが、彼女に「あのこと」は伝えられない。

 俺が三浦と一緒にいたとき、突然襲い掛かってきた紙人形たち。

 奴らの注意を俺が引きつけ、その間に三浦には学校までセイバーを呼びに言って貰ったのだ。後で聞いた事によると、精一杯張り上げられた彼女の声はしかと部室で漫画をダラダラと読んでいたポンコツ魔王の耳に届き、結果として俺は一命を取り留めた。

 

「…………どうだ? 体調」

 

「いやもう、全然平気。なんで気絶なんかしちゃってたんだろうね、あはは……」

 

 昨晩、戦いを終えて傷を癒した俺とセイバーが帰還すると、驚く事に三浦が部室の前に倒れていたのだ。一瞬は真っ青になったものの彼女に目立った外傷はなく、体を少し揺らすとすぐに意識を取り戻した。

 とはいえ奇妙なのが、俺と逃亡した記憶を綺麗さっぱり失っていた事だ。

 万が一を考慮して救急車を呼び、俺たちはひとまず部室に戻った。セイバーの見立てでは敵方が律儀に戦いの痕跡を消した結果だろう、という事だそうだ。実際戦った痕跡は綺麗さっぱり消えていて、何もかもが元通りに戻っていた。

 しかしながら少しでも三浦を聖杯戦争に巻き込んでしまった事は事実であって、これは反省すべき事に変わりはない──。

 

「ん?」

 

「なに、どうしたの?」

 

「いや…………何か、思い出しかけたような」

 

 ジジ、と脳髄の奥に不快なノイズが走る。顔を顰めて、喉元まで出かかっている失われた記憶を手繰り寄せようとする。

 

 "──忘れタのか?"

 

 違う今すぐやめろ思い出してはいけない考えてはいけない思い出せ思い出すなこれ以上思考を続けたら今度こそ──、

 

「…………フンッ!」

 

「ひぇ⁉︎」

 

 胸の奥で湧き上がった得体の知れない焦燥感に突き動かされて、俺は無理やりどこかへ飛ぼうとしていた思考を引きちぎり、ベッドの金具に思い切りオデコを叩きつけた。

 

「………………………………え、え、何」

 

「おい待て待て待って引くな引かないで、いや引くのもわかるけどさ……。ほらあれだよ、ちょっと三浦が無事でテンション上がったから思わずヘッドバンギングしたくなったの」

 

「そ、そんな感じの人だっけ志原くん……? どっちかというと前田くんがそういう事しそうなんだけど」

 

「大丈夫大丈夫、なんてことない。最近はケガもすぐ治るし」

 

 額を赤く腫らしつつも、俺はなんとか笑顔で弁明した。若干狂気じみている気もするが気にしても仕方ない。

 何故か見舞いに来てかえって怪我をする事になったものの、三浦の身に重大な後遺症やらが残っていない事を良しとしよう。

 ……それからしばらく適当な話をして、俺は病室を出た。

 案の定早くも痛みが引き始めている額をさすりながら病院の廊下を歩いていくと──、

 

「──遅いですよ、ケント!」

 

「悪い。けど幸い、三浦に怪我はないみたいだった。貧血で倒れたって事になってて、今日の夕方にでも退院できるらしい」

 

 ジャージ姿のセイバーが入り口のところで待ち構えていて、彼女に一通り説明しつつ見慣れた大塚市民病院を後にする。

 ロビーを抜ける際、やたらと人の影が多いのが少し気になった。看護師さんは忙しそうにそこらを歩き回っているし、救急車が何台か入口付近に停まっていて、辺りには騒然とした雰囲気が漂っている。

 されど、病院から離れれば喧騒も掻き消える。

 空はどこまでも澄んだ青空。日曜日に相応しい絶好の天気だ。こんな日は聖杯戦争のことも何もかも忘れて、自由気ままに散歩したくなってくる。

 

「じゃあ懸念も消えた事ですし、どーしますか。夜までやる事もありませんが」

 

「だよなあ。結局紙人形の出どころも不明だし……とりあえず安心したら腹減ってきたし、昼飯食いに行こうか。しかし俺ん時も殺すんじゃなくて、記憶を奪うくらいにしてくれたらよかったのになぁ……」

 

「バーサーカーに腹をほとんど吹っ飛ばされてましたからね、そりゃあ酷いもんでしたよ。上半身と下半身が背骨だけで繋がってる感じでしょうか。千切れた腸やら肉片やらが私の方にまで飛んできましたし、いやほんと汚かった」

 

「それは全く俺のせいじゃないし、これから飯だってのにそういう事を言うんじゃねえ」

 

 軽くゲンコツを落とすと、倍くらいの強さのグーパンチが俺の頰に叩き込まれた。なんだかんだ、このサーヴァントは今日も平常運転のようである。

 

 

 

 

「ん……やはりしょっぱいのは嫌いですね」

 

 とりあえず目についたところ行くか、というアバウトな方針に従って入ったハンバーガーチェーン店にて、肉厚のチーズバーガーを口いっぱいに頬張っていたセイバーは、眉の間に深い皺を寄せていた。

 

「嫌いって、お前が頼んだんだろ」

 

 こちらはポテトを一本摘み、口に運ぶ。

 運のいいことに揚げたてを頂けたらしく、丁度いい熱さにいい塩梅の塩味が効いている。一本食べると手が止まらない、そんな魅力を感じさせてくれるのがこうしたポテトのいいところだと思う。

 

「甘味ばかりだと、新鮮味やありがたさが失われるんですよ……もぐ。わかってませんね」

 

「はあ。要は甘いもんばかりだと飽きるから、たまにはしょっぱいのを食べたいとか、そういう話?」

 

「もぎゅ、んむ……まあ、そうですね」

 

 言う割にはペースが早く、セイバーはどんどんバーガーを腹に詰めていく。

 口が小さいので、リスのように頬張らないと食べられないのが何とも見ていて面白い。

 

「これとそれ食べたら、一旦家帰るぞ」

 

「え⁉︎」

 

「着替えとかもあるし、今後(よる)に備えて色々と準備しておきたいんだよ」

 

「まだ回ってない所があるじゃないですか。マンガ喫茶、とかいう場所にも行きたいですよ、私は。映画とやらも見てみたいですね」

 

「……なあ、聖杯ってそんな俗な知識まで与えるもんなの?」

 

「私が知っているんですから、そうなんでしょう」

 

「仕方ない……金が足りたら後で寄ってやるから、一回家に戻るってことでいいよな」

 

「なら、異論はありません」

 

 ポテトをつまみながら、セイバーの言葉に複雑な表情を浮かべる俺。

 セイバーはもきゅもきゅとチーズバーガーの最後の塊を飲み込むと、今度は新たなハンバーガーに手を伸ばした。

 

「そういやサーヴァントって、そもそも食事を必要とするんだっけ?」

 

「もぐ、もぐり……いえ、別に必要ではありませんよ。私が食事を摂るのは、何といいますか……まあ気分、娯楽みたいなものですね」

 

「ただの娯楽で財布の中身をガンガン削られる俺からすれば堪ったもんじゃない」

 

 大分薄くなった財布を悲しげに見つめつつ、相変わらず丁度いい塩味を舌で味わっていると、セイバーはハンバーガーをジロジロと眺めながら──、

 

「しかし、嫌いとは言いましたが、現世は私の時代に比べれば遥かに美味しい食べ物で溢れてますね。庶民にとっては、食べる物全部が美味しいことでしょう」

 

「ファストフードで満足するのは早いぞ。この世にはな、もっと美味しい食べ物があるんだから。俺なんかにはとても手が出せないような高級寿司とか、ステーキとか」

 

「へえー…てじゃあ私がそれを食べたいと言ったらどうします?」

 

「……やばい、墓穴った‼︎ くそ、どうせ食わせなきゃお前暴れるだろうし。俺が何も注文しなけりゃステーキ一枚くらいは」

 

 青ざめた顔で財布の中身を確認する俺に、セイバーは不満気に頰を膨らませる。

 

「私を何だと思ってるんですか。学生という立場上、金銭的にケントが恵まれていないのは理解してます。そこまでの我儘は言いませんよ」

 

「…………いや待てさらりと嘘をつくな。今までの行動を胸に手を当てて思い返してみろ? お前の我儘でこっちはいい迷惑だぞ」

 

「……確かに八百円のパフェを三つも注文したり、無断で寝床に潜り込んだり、あちらこちらと連れ回しましたが……」

 

 うんうん、と頷く俺。目を明後日の方向に逸らしてぶつぶつ呟いた後、セイバーは「それでも」と前置きして──、

 

「ケントが食べられないなら嫌です。私一人が食べるだけなんて楽しくありませんから」

 

「……へ、へえ。そう」

 

 予想外の言葉に、若干尻すぼみな返答を返す。

 彼女の言葉の通り、元々セイバーにとって食事は真の意味での娯楽に過ぎない。だから彼女は味よりも、値段よりも、行為そのものの楽しさを追求するのだ。

 つまりコイツは、別に話し上手でもない俺との食事を、一応は楽しいと思ってくれているという事であって。

 こちらをじっと貫く碧色の視線から逃れるようにポテトを頬張り、コーラで流し込む。何故か、気に入っていた塩味は感じなかった。

 

「ケント?」

 

 跳ね上がる動悸を意識しながら、俺は咄嗟に話題を変える。

 

「──な、なんでもない。それよりソレ、まだひとかけら残ってるぞ。食わないのかよ」

 

「む。分かってますよ……もぐ」

 

 セイバーがとうとう最後のハンバーガーを食い終わったのを見て、俺も最後のポテトを口に押し込んだ。二人して席を立ち、混み合った店内から撤退する。

 

「しかし暑いなぁ、九月になっても……」

 

「雲ひとつありませんからね。サーヴァントといえど暑いもんは暑いので、そろそろフードを脱いでもいいですか」

 

「駄目。お前は髪色とか容姿とかタダでさえ目立つんだからちょっとは我慢しろ」

 

 子供みたいにぶーたれるセイバーを連れて、駅前から東部の住宅街へ向かう。

 日曜日の昼間とあって大塚駅周辺の人並みは多かった。知り合いに出くわさないかと内心焦りつつ、俺達は歩調を早めてビル街から速やかに離脱していく。

 

「そういや……ケントの家族はどのような方々なんですか?」

 

「なんてことのない、普通の家庭だよ。両親に妹一人で、親は大体海外出張してて家を開けてる。とはいえ妹を巻き込みたくはないし、三浦の例だってあるんだから今後も慎重に行動し……どこ見てんだお前」

 

 魔王様が頑なに足を止めているのに渋々従って、セイバーの視線を追う。

 視線の先では町内会の祭りでも行なっているのか、道路の一部分が通行閉鎖され、屋台や小さな旗が立ち並ぶ簡易歩行者天国が出来上がっていた。

 興味心が惹かれたらしく、セイバーが問答無用で突撃しようと歩き出す。

 ──そう、歩き出してしまった。

 

「待て待て話聞いてた? 慎重に行動しよって言ったよな俺」

 

「慎重に行動? はっ、何を言いますか。魔王であるこの私の行いをケント風情が縛ろうとは片腹痛いですね。令呪の失敗で懲りたかと思ってましたけど」

 

「もう嫌だわこの暴君……」

 

「褒め言葉ですね、それは。ほらほら、とっとと行きますよ」

 

 今すぐ帰りたい、と切に思う。せめてもの抵抗とジャージの裾にしがみ付く俺を引きずって、セイバーが祭り会場に突入する。

 いつも通りの閑静な住宅街から、急激に人口密度が跳ね上がった。

 ここいら一帯の住民が集まっているのだろう。小学生や保護者、祭りの手伝いに駆り出されたと見える大人や俺と同い年程の高校生の姿まで見える。

 

「はいはい、何がお望みですか魔王様」

 

「うんうん、私との付き合い方も理解してきたじゃないですか。ではます、あの「わたあめ」というものを所望します。あのぶらっくこぉひぃのように苦かったら承知しませんからね」

 

「頼むからブチギレ案件はやめてくれよ……薫風の中ならともかく、ここじゃ祭り自体が中止になりかねないし」

 

 さらさらと語るセイバーに割と本気で怯えながら、俺はなけなしの残金で屋台のオジサンに話し掛け、普通の綿飴を一つ購入した。

 甘い綿飴ならばセイバーの逆鱗に引っかかる事もあるまい、と割り箸に引っ付いたふわふわの白い塊を手渡す。

 

「わたあめ……すんごいですね、まるで雲みたいです。こんな食べ物が存在するとは、全くもって驚きですよ」

 

「すんごいって何だよ」

 

「ケントケント、あれもやりたいです」

 

 そう言って袖を引くセイバーに、思わず頰が熱くなるのを自覚しながら、ぶっきらぼうに小銭を渡す。

 

「金魚すくい、かぁ……いいけど、わかってるよな? サーヴァントの力は使うなよ。常識の範囲内で楽しめよ」

 

「分かってますよ」

 

 分かっているのか不安になる口調で強く言い切った後、綿飴を一時俺に押し付けたセイバーは、意気揚々と水の張ったビニールプールの前に陣取った。

 小銭と引き換えに網とお椀を貰い、だいぶ余りぎみのジャージの裾を捲る。こうして見るぶんにはやはり、普通の女の子にしか──、

 

「はっ‼︎‼︎」

 

 どはしゃあッ、と凄まじい水飛沫が上がった。

 ……水飛沫が上がってしまった。

 

「馬鹿かお前はあああああああああああああああああああ⁉︎⁉︎」

 

「?」

 

 金魚が宙を舞う。まるで爆弾が爆発したかのような水飛沫だが、あくまでセイバーは全力で掬っただけらしい。

 首を傾げるセイバーの奥で、店番のお爺ちゃんが驚きにひっくり返っている。周りの子供達は何が何やら、突然の水飛沫に濡れて泣き出す子供までいる。

 

「どうしました?」

 

「一度お前に常識を教え込む必要があるらしいってことはよくわかった、今すぐ帰ろう」

 

「いえ、まだお椀には一匹も……」

 

「うるせーッ‼︎ 見ろこの惨状を、お椀に入れるどころか金魚の半分くらいが外に撒き散らされてる‼︎」

 

 水飛沫と共に宙を舞った金魚達は、悲しげにアスファルトの上でピチピチ跳ねていた。

 お爺ちゃんに何度か謝り、最後の一匹をプールに戻し終えてから、怒り心頭の表情で食いかけの綿飴を渡してセイバーを引きずり始める。

 

「ちょっとぉ。さっきのは少し力加減を間違ったんですよ、もう一回させて下さいよぉ」

 

「絶対ダメ。ああもう、こんなの知り合いに見られたらマズイな……けど絶対離れるなよ、お前から一瞬でも目を離すのは心臓に悪い」

 

 小さなセイバーが人混みに紛れてしまえば最後、彼女の姿は捉えられなくなる。そして俺という枷が無くなれば、この暴君が群衆の中で何をしでかすかは想像不可能だ。

 と、そんな時に限って、俺の視界の端で見覚えのある金髪が揺れていた気がした。

 

「もぐもぐ……やはり、美味。美味ですよこれは。やはり甘い物はこの世で最も価値がある……どうしたんですかケント。顔を真っ青にして」

 

「い、いや、何でもない。おい早く行くぞ」

 

「何言ってるんですか。私はまだ満足してませんよ、今度はあの……なんですか、射的?」

 

「そんなのやってる場合じゃないんだよ……‼︎ ある意味敵サーヴァントとより厄介な奴の頭がチラチラ見えてんだよさっきから‼︎ 後で来るから今は大人しくついて来」

 

「ん? 健斗じゃないか」

 

 終わった。

 出店の手伝いを甲斐甲斐しく務めていたと見える我が悪友、前田大雅が視線をこちらに向け、笑顔で手を振っていた。そういえば学校帰りに地元の祭りの用事があるとか何とか言っていたが、ここでエンカウントする可能性を予測しておくべきであったか。

 性格はともあれ西洋人とのハーフ、整った顔立ちをしている前田だが、そんな彼が厳ついおじさんに混じってタオルを頭に巻き、焼きそばと格闘している姿は中々にシュールだ。

 

「……よ、よっス……」

 

「奇遇だね健斗‼︎ なあ聞いてくれよ、最近自転車を盗まれてしまってさあ‼︎」

 

「自転車? お前の?」

 

「そう。知ってるだろ? まるでグレイ型宇宙人の頭皮のように美しい銀色のアレだよ‼︎ ……とまあ新しい自転車を買う資金を貯めるため、僕はこうしてヤキソバを必死に作り続けている訳だ、な‼︎」

 

 それは今現在部室の前に停められているかのウルトラシルバー魔王号なのではないか、という考えが頭をよぎったが、俺はその可能性を決死の覚悟で無視した。

 

「なんか聞いた事があるような気もするけどとにかくお疲れ様、俺は適当に立ち寄っただけだからもう帰るそれじゃあまた今度」

 

「ちょっと、だからどこ行くんですか」

 

 足早に立ち去ろうとした俺の腕を、セイバーがむんずと掴む。

 その不満気な声を聞き取り、前田の動きがぴたりと止まった。フードを深く被ったセイバーを見た前田はヘラ片手に石像の如く身体を停止させ──、

 

「オイ」

 

「な、何だよ」

 

「……………………………今の声ハ、女の子の声だったゾ?」

 

 ぞっとするほど機械的に、そう言った。

 

「違うっ、落ち着け。きっと気のせいだそれは。こいつは……あれだ、フードで分かりにくいけど男……だヨ?」

 

「ああもう、暑いですね。この炎天下に鉄板の上で料理なんて馬鹿なんじゃないですか……んしょ、っと」

 

「んあ゛ぁぁぁぁ⁉︎ お前はなんで最悪のタイミングでフードを脱いでんの⁉︎ いや、あのだな、大雅くん。こいつはお前が想像するような奴じゃなくて」

 

 あわあわと慌てる俺、呑気に綿飴を頬張るセイバー、硬直するヤキソバ職人。なんとも奇妙な状況が出来上がりつつある中、俺は必死でこの状況を弁明する方法を探っていた。

 よりにもよってセイバーがフードを脱いだ事で蒼色の長髪と色白の素顔が明らかになり、前田は目をこれでもかと見開いて──、

 

「……ずるいぞ」

 

「違」

 

「ずるいぞ────ッッ‼︎ 僕が汗水垂らしてヤキソバと格闘してる間に、健斗は超可愛い外国人の女の子……って、僕に散々奢らせたあの子じゃないか‼︎ んでその子とお祭りデートってか⁉︎ クソッ、今すぐ首の骨折ってから野犬に貪られて死ね‼︎」

 

「お前も半分は外国人だろうが‼︎ そもそもこいつは彼女とかそんなんじゃなくてだな、えー……」

 

 ──この場合、何と言えばいいんだろう?

 留学生、という言い訳は罠だ。外国人の女子留学生がこの街に来る、という情報を前田が聞き逃すはずが無いし、かえって墓穴を掘る結果に繋がる。

 とはいえ、親戚は無理がありすぎる。苦しいが外国人の友人という選択肢が無難か、と俺が口を開くその寸前に──、

 

「恋人ですよ」

 

「「は?」」

 

「私は彼の、恋人ですよ」

 

 ──その瞬間に、時間が止まった。

 

 頭の中を疑問と不可解が埋め尽くす。

 恋人。コイビト。こいびと……世間一般の意味が指すところでは相思相愛の男女のことを指し、別の呼称ではカップルなどと呼ばれる事も多いとかいやそういう問題ではなくて──。

 完全にフリーズした頭で呆然と立ち尽くす俺の前で、前田は耐え難き何かにぶるぶると身を震わせてから、

 

「裏切り者ァああああああああああああああああ────‼︎‼︎」

 

「ぎゃああああああああああああああああああヤキソバああああああああああああああ⁉︎」

 

 前田は憤怒の叫びと共にヘラを上手く操り、熱々のヤキソバ塊を投擲。思考の止まっていた俺の顔面に叩きつけた。

 熱さと衝撃と少しの恥ずかしさに転げ回る俺を無視して、前田が上半身を乗り出す形でセイバーに迫る。

 

「えー、えっと、確かセイバー君だったよな……ほ、本当なのかい? こいつと付き合ってるっていうのは。目つきは無駄に怖いし、得意な事といえば運動神経と腕っ節の強さくらいだし、その上喧嘩っ早い性格だから一時期学校で不良扱いされてたような男なのに?」

 

「ええ、そうですが。私とケントは一蓮托生のパートナーですから。しかし誰かと思えば、いつぞやのふぁみれす男でしたか。女神の如き美貌とはなかなかに褒め上手じゃないですか、うんうん。褒めてあげましょう」

 

 一人空気を読まず、得意げにデカイ胸を逸らすセイバーに気を向ける余裕すら失ったのか、生気を失った顔の前田が崩れ落ちる。

 

「う、嘘だ……女っ気ゼロの健斗に先を越されるなんて……嘘だ」

 

「お前──食べ物っ、粗末に……しやがってっ、さっきから聞こえてんぞコラぁ‼︎ 喧嘩っ早いってな、元はお前が色々トラブルに首突っ込むから俺にツケが回ってきたんだろうが⁉︎」

 

 ……ああ、未だに忘れないとも。この街で問題になっていた暴走族を無謀にも懲らしめようとして、不良どもに単身突撃していった前田の姿は。

 結局俺が火事場の馬鹿力と前田という肉盾を用いてどうにかしたものの、俺は暴走族と一悶着起こした問題児としてしばらく後ろ指さされる事になったのだ。だいたい俺に関する悪い噂は全部こいつのせいと言える。

 しかしヤキソバ攻撃から回復した俺が怒鳴りながら立ち上がった時には、前田は完全に再起不能に追いやられていた。パイプ椅子に力無く座るその姿は、何処ぞのボクサーの最期を連想させる。

 

「もう嫌だ。嫌がらせに楓ちゃんに写真送ってやる……いつのまにか健斗君が外国人少女と仲良くイチャついていたので家で懲らしめてあげてください、っと……」

 

「ハ……おい馬鹿やめろ‼︎ あっクソ、遅かった……‼︎ 今すぐ写真消せ、こら‼︎」

 

 一体何処で妹の連絡先を仕入れたのやら。俺が気付いた時には、前田は神がかった早業で楓に俺とセイバーの写真を送信していた。

 なんとかセイバーが写真に映り込むことは阻止できたようだが、よりによって一番知られたくない人物にセイバーの存在が露見する結果に。そろそろ外泊の言い訳が苦しくなってくるというか、下手に前田とメールで会話でもされたら「前田の家に泊まっている」という嘘までバレるかもしれない。

 

「もういいですか? 私は金魚すくいをしたいんですけど」

 

「金魚すくいがしたい、じゃねえよ。お前はお前でおかしいんだよ。今更だけど突っ込むからな、何なんだよ恋人って」

 

「嘘はついてませんよ。私達はどちらかが欠ければそこで終わりの運命共同体なんですし、恋人と偽るにはもってこいじゃないですか。ね?」

 

「ね? じゃない‼︎ 別に友達でよかったじゃねえか‼︎ 見ろ、お前のせいで前田のメンタルが」

 

「知りませんよそんなの。そろそろ金魚すくいに行きたいんですが、まだですか」

 

「…………………〜〜〜〜‼︎‼︎」

 

 声にならぬ絶叫を上げ、頭を掻き毟る。

 最早どうしようもない状況だった。前田は再起不能、セイバーは制御不能。おまけにメールを見たと思われる楓からの着信が俺のスマートフォンを震わせている。妹絡みでもぜったい面倒なことになる。

 

 ………………結局。俺は全てをヤケクソの笑顔と共に放棄し、全力で炎天下の道路を家めがけて駆け抜けていった。

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