Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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二十九話 伝説の陰陽師、その名は/Other side

 ──私は、一人の男に憧れていた。

 

 彼の姿をはじめて見たのはいつだったか。

 魔術の一家に生まれ、本来魔術回路の優秀な兄が継ぐはずだった一家相伝の魔術の後継者に選ばれ、齢六の時に奇跡に触れた。

 私にはまったく才能なんて無かったけれど、それでもなんとか今まで足掻いて、もがいてきた。

 そんな無様で、魔術の世界では日陰者で、地を這うような私にとって。

 彼は……言うなれば、憧れの存在だったのだ。

 

 曰く、平安における最強の陰陽師。

 曰く、京を守り抜く絶対の守護者。

 曰く、稀代の天才にして、伝説。

 曰く、人にして神の力を手繰るもの。

 

 小説でも、古典でも、映像でも、彼はいつだって輝いていた。

 どんな困難に遭ったって飄々と物事にあたり、さしたる苦労もなく得意の陰陽術で何でも解決してしまう。まさしく彼は、私の正義の味方(ヒーロー)だったと言えるだろう。

 魔術の修練はとても辛いものだ。その本質が死を前提とするものである以上、辛くない筈がないのだ。

 最初の頃は我が家に伝わる魔術を使う度に四肢の筋繊維が千切れかけたし、実際そうなった事もあった。

 肉離れ──と聞くと大した事ないように聞こえるかもしれないけれど、魔術の反作用で起こるアレは本当に痛い。酷い時なんて、右足と両腕の筋繊維が同時に滅茶苦茶になった。

 まともに立つことすらできずに、なんとか家まで這って帰ろうとして、運良く通りかかったお兄ちゃんに助けられたのだ。その時の痛みは忌々しいトラウマと化して、今も胸の中で燻っている。

 そんな失敗と痛みを繰り返す度に、私は苦痛に耐えられず、一人でうずくまっては泣いて、泣いて──、

 

 ……最後には、それでも立ち上がってきた。

 

 両親はそんな私を見て、やめてもいい、と言った。

 我らの魔術は元より「根源」を目指すという第一目標の元に編み出されたのではなく、戦乱の時代を生き抜く為に編み出されたモノ。いわば武術に近いものだ。

 その起源が歪んでいる以上、私たちの家系は続く限り他の魔術師達から罵詈雑言を投げかけられる。

 「邪道」であり、私たちは穢れていると。

 

 けれど──だからこそ、私は「魔術師」の常識に囚われない。

 私が無理をして、魔術の道を進む必要もない。

 

 そもそも、私の魔術回路は今までにないくらい貧弱だ。この有様ではあと一代、もって二代……魔術師としての家系を続けるのはそこが限界だろう。もう既に、私たちの終わりはすぐそこに見えている。

 だが、私は決してやめなかった。

 たとえ、魔術回路の衰退が致命的に進んでいても。

 この私が、この家柄の最後の代になる可能性さえあったとしても。

 「志原」という魔術家系の後継者として、私は在り続けた。

 

 ──それは何故か。

 私がここで魔術を投げ捨てれば、少なくない負担が両親に加わる、という遠慮もあった。今までご先祖様がやってきた事を全て無駄にすることへの恐怖もあった。あれだけ無理をして耐え続けた痛みの価値を自ら投げ捨てたくないと、そういう心の弱さもあったと思う。

 

 けれど、一番の理由は。

 馬鹿馬鹿しいと自分でも自覚している、と前置きをするが──。

 

 ……憧れている伝説の男が、私と同じ魔術の使い手だったから。

 

 遥か昔、平安の世に君臨した陰陽師「安倍晴明」。

 彼は陰陽術、私は身体強化しか能のない徒手魔術。魔術の内容は全く異なり、私と彼では才能という点で天と地よりも遠い差があるけれど──それでも、彼と同じ力の担い手でありたいという願いが、私にはあった。

 

 ああ、あとそれと。

 とある魔術師への反抗心が、多少なりともあったのだと思う。

 

 ともあれ──。

 志原楓は、伝説の陰陽師への憧れを抱き続けた。

 そうして始まったのが聖杯戦争だ。万能の願望機を巡る殺し合い。七人のマスターが七騎のサーヴァントを召喚し、争い、勝者は願いを叶える権利を獲得する。

 どうしてこんな辺鄙な街で、そんな物騒な儀式が。

 ……そんなものはどうでもよかった。

 他でもない私自身の願いのために、私は殺し合いに参加しようと決めた。幸いこの地に住む魔術師という事もあり、聖杯は私をマスターに選び出したらしい。鋭い流線型の令呪が胸元の中心に現れたのを確認して、私は覚悟を決めた。

 そうと決まれば呼び出すサーヴァントを決めなくてはならないが、呼び出すのはとっくの前から決まっている。

 だが、私には権力も財も無い。

 どうしたものかな、と一日中悩んで。結局私は何十回と見返した、彼が登場する映画のパッケージを触媒にする事にした。触媒としちゃあ最低最悪もいいところ、正直こんな物で呼び出せるほど英霊は甘くない。

 けれど、これには私が彼に抱き続けた憧れが全て詰まっている。

 

「お願い……どうか、この声が、届くなら」

 

 召喚の文句を口にする前。

 掠れた声でまじないのように呟いて、私は詠唱を開始した──。

 

 

 

 

「我、此度聖杯の寄る辺に従い推参した」

 

 それは、時間が止まったかのような一瞬だった。

 

 大塚に居を構えた若き魔術師──志原楓。

 彼女はその言葉を、きっと死ぬまで忘れないだろう。

 

「よお、嬢ちゃん。君が僕のマスターやな?」

 

 その声は、燦然と現れた男の口から軽やかに放たれた。

 遥か昔の日本から抜け出してきたのか、と見間違えるような時代がかかった衣装。女性でも羨むような艶やかな黒髪は肩にかかるほど長く、その顔立ちは楓が言葉を失うほどに整っていた。思わず本当に人間かと疑う程だ。

 人懐っこい瞳が僅かに細められ、マスターである楓を見つめる。彼が微かに笑っているのだと気づいてから、楓は呆然としていた思考を取り戻した。

 

「ぁ……あ、貴方が、私のサーヴァント。そして──」

 

「如何にも。御察しの通り、僕の名は安倍晴明。君は僕を呼び、僕は君に呼ばれた。魔力は繋がり、ここに契約は成立しとる」

 

 その言葉を聞いて、楓は全身に鳥肌が立つのを感じていた。

 成功──自分は、伝説の陰陽師を使い魔として契約する事が出来たのだ。

 

「や、やった──じゃなくて……いい? もっかい確認するけど、貴方の真名は……かの伝説の陰陽師、「安倍晴明」で合ってるわね」

 

「お褒めに預かり光栄やで。自他共に認める天才なんで、宜しゅう」

 

 ぺこり、と一礼するキャスター。

 相手の方に緊張感はカケラも見当たらず、寧ろこの状況を楽しんでいるような節があるが──楓はそれどころではなかった。声を張り上げたのはいいが、サーヴァントという存在を前に緊張を隠せなかったのだ。

 そういう彼女が真名確認を終え、どうなったかというと──、

 

「え、っと……………………」

 

 頭が真っ白になり、色々と取り決めようとしていた事を忘れてしまったのである。

 

「あ、の……あれ……その」

 

「なんや、緊張しとんのか? まぁたぶん歳も魔術も、見るからに未熟っぽいし……そ、れ、に」

 

 困惑する私をよそに、キャスターはその人間とは思えぬ眉目秀麗な顔に、どこまでも妖しげな笑みを浮かべた。

 独特な歩法で音を立てずに私に近寄ってくるキャスター。

 彼からは何か異様な雰囲気が漂っている。まるで獲物を見つけた肉食獣を思わせる鋭い目線。このままパクッと食べられちゃいそう、なんて事を考えて、楓は慌てて首を振った。

 ──このままじゃ、まずい。

 「このキャスターは私に何かしようとしている」と理解できたが、その目に見つめられるとまるで金縛りのように動けなかった。

 そして、彼の艶やかな指がすう、と持ち上げられ──、

 

「あらよっと」

 

「へ?」

 

 その瞬間────。

 楓は自分が何をされたのか分からず、ただただ呆けた声を漏らした。

 

「おお、あるやん令呪。やっぱ君が僕のマスターっちゅうことやな」

 

 彼女の令呪をじっと眺めて、キャスターは満足げに頷く。

 けれどそもそも、彼女の令呪がある場所は「胸元」だ。具体的には僅かに膨らんだ胸部の少し上、ギリギリ楓のスポーツブラが覆い隠せるくらいの場所。

 もう少しサイズが大きければ胸の谷間の切れ目あたりに令呪がある、なんて楽に説明できるのだがそもそもスポーツブラを着ている時点で察しろというか、他の子に比べても少し成長が遅めなんじゃないかななんて最近は不安に思い始めたというか。

 ……とにかく、キャスターがした行為はとんでもないものだった。

 何をどうやったのか知らないが、彼が手を軽く動かすだけで楓が着ていた服と下着の繊維が解け、楓は瞬きの間に上半身を真っ裸に剥かれてしまったのだ。

 

「い、いや────────────⁉︎」

 

「おごっぷ⁉︎」

 

 反射的に身体的コンプレックスを感じていた楓はふと我に帰ると、悲鳴をあげると共に迷いなくキャスターの股間を蹴り上げた。

 楓は比較的身長が低い方だが、志原の後継者として幼い頃から鍛錬を重ねている。故に格闘技術に関しては相当なものだと自負しているし、女の子らしくないとは自覚しつつも筋肉量には自信がある。

 つまり何が言いたいかというと、楓のキックには凄まじい威力が秘められているのだ。

 

「わ、私の、服、服は⁉︎ 下着も‼︎‼︎」

 

「………………………………ぱぅ」

 

 顔を真っ青にしてうずくまったキャスターが、辛うじて絞り出した一言はなぜか「ぱぅ」だった。

 苦悶の表情を浮かべるキャスターの袴をむんず、と踏みつけると、楓はキャスターの頭を片手で固定して容赦なく往復ビンタを喰らわせていく。

 

「この、最低! 最低! 最低! 最低……───ッ‼︎」

 

「待っ、待っ、待、ちょっ、と、でででででででで痛ァい‼︎ 悪かった、悪かったからちょっと離れて⁉︎」

 

 叩かれて左右にぶるんぶるん顔を揺らしながらキャスターが弁明すると、少し平静さを取り戻した楓はキャスターから離れた。

 ただ、その目は凄まじい形相でキャスターを睨んでいる。

 もちろんそれは怒りの目線というより、性犯罪者に対する軽蔑を込めたような冷たい目線である。「あ〜痛かった。痛すぎて座に帰るかと思うたわ」なんてほざきやがるバカキャスターを今にでももう一、二回しばいてやりたい気持ちをぐっと抑えて、楓はキャスターの言葉を待つ。

 

(……って、あれ? いつのまにか服が元に戻ってる?)

 

 ふと視線を落とすと、数秒前と変わらぬ灰色のパーカーが楓の上半身を包んでいた。下着もきちんと元どおりになっている感覚がある。

 いつのまにかキャスターが元どおりに修復したと思われるが、当然彼の「裸を見た」という大罪は消えない。

 

「いやぁ、確かに今のは紳士的じゃあなかった。けどマスターである令呪の確認ってのは一番大事なことやからな、堪忍してくれ。……しかしみずみずしい反応といい、ちょっと田舎臭いけど可愛らしい顔といい、ちょっと若過ぎるけど実にええやんか。君、正直タイプやで」

 

「か、か……っ、この、馬鹿にしてんの⁉︎ 私はそんな舐めた態度を使い魔(サーヴァント)なんかに取らせたりしな──」

 

 褒められているようで微妙にバカにされている感のある言葉を聞き取って、楓は激昂してキャスターに詰め寄った。

 反省の色がないなら拳で分からせてやる! という実に志原の魔術師らしい物騒な考えでキャスターの襟首をつかもうとして──、

 

「わひっ⁉︎」

 

 わざわざ自分で置いた映画のパッケージを踏んづけて、豪快にすっ転んだ。

 見事な転倒。バナナの皮を踏んで転ぶ喜劇役者の如く、それはそれは美しいコケ方であった。腕で抑える間も無く、楓は黄色いリボンを揺らして顔から床に突っ込んでいく。

 

「だ、ぁ────ぅ……」

 

 頭からうつ伏せに倒れて、痛みに思わず顔を顰めてから、自分の行為が猛烈に恥ずかしくなる。

 ……よりによって、最初にやらかした。

 恐らく、サーヴァントとの契約直後にこんな失態を晒したマスターなんぞ存在しないだろう。隠す間もなく胸をモロに見られるわ調子に乗られるわコケるわ、あまりにもひどすぎる。冷たい床に額を押し付けていると自分の不甲斐なさに泣きたくなってきて、楓は涙目で唸り始める。

 

「う、うぅぅぅ……なんで、なんでこんな」

 

「あー、なんや、転ぶ姿も可愛らしいと思うでンフフっ」

 

 明らかに笑いを堪えながらのフォローを聞いて、楓は顔を真っ赤にしたまま跳ね起きた。

 

「う、うるさい──うるさいっ‼︎ やりなおすわ‼︎ 今すぐ令呪使って今の事は全部忘れさせてやるから、もう一回最初からやり直すの‼︎」

 

「お、おいおい、落ち着けって。それはちょいと勿体無いんとちゃうか? 令呪ってのは意外と使い道があるモンやで」

 

「分かってるわよ、それくらい──‼︎‼︎」

 

 敷き詰められた畳を荒々しく踏みつけ、無性にムカムカする気分を言葉に変える。だが、そのうちしゅんとして項垂れると、楓は水をかけたように大人しくなった。

 

「お、なんや? もうバーサーカー状態は終わりか?」

 

 楓に長髪を引っ掴まれてぐいぐいされていたキャスターは、若干髪を乱しながら楽しそうに嘯く。その顔には余裕とも言うべき何かが張り付いていて、それを見るとなんとなく腹が立つ楓なのだが、今は我慢。

 

「ごめん────その……叩いちゃって、ゴメン……」

 

 楓はそれだけ呟くと、なんとなく恥ずかしくて俯いた。

 

「あれれ? 僕、君を怒らせてもーたと思っとったんやけど」

 

「私が真っ白になっちゃったから、気を遣ってくれたんじゃないの……それくらいは、私にだってわかるし」

 

 軽く頰を掻くキャスター。これまた腹立つくらいサラサラな黒の長髪から手を離し、楓は再び真正面から己のサーヴァントに向き合う。

 

「地下じゃ気分も滅入るわ。──付いてきて」

 

 楓は踵を返すと、床一面に敷き詰められた畳の上を歩き始めた。

 トレーニング用品が散乱していたり、額縁や巻物が飾られていたりとどこぞの道場かと思わせるような内装だが、ここはあくまで空き家として扱われている家の「地下室」である。

 短い階段を上がって扉を開け、二階へ。そのままベランダから身を乗り出して、軽やかに屋根の上に登る。

 

「うお……君、忍者か何か? 僕非力なもんで、そんな簡単に登れへんのやけどな……んしょっ、と」

 

「まあ……一応、しがない忍者の末裔だしね……」

 

 屋根の上は、心地いい夜風が吹き抜けていた。

 満天の星空──という程でもないが、今宵は欠けた月が綺麗に見える。不思議と月が少しばかり近く感じられるようなこの場所を、楓は幼い頃から気に入っていた。

 

「ふむ、平安の世も現世(うつしよ)も、月の美しさは色褪せへんもんや。一首詠むにも都合がええ」

 

「和歌? アンタ、陰陽師なのに和歌も嗜むのね」

 

「まぁ、僕の時代は一種のステータスやったからなぁ……恋しくば、尋ね来て見よ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉……っちゅう感じで。ま、これは受け売りやけど」

 

「フーン」

 

「……楓ちゃんあんま興味無さそうやし、この話題はこれまでにしとくかね」

 

 月を見上げながら呟いて、キャスターは目を細めた。

 楓が横目に彼の姿を見ると、その衣装、風貌と相まって、キャスター……安倍晴明の姿は実に夜空に映えている。まるでかつての大和の風景が、この一部分にのみ蘇ったかのような──そんな事を思って、楓は不思議な気分を味わっていた。

 

「ねぇ。キャスターは、その……なんで私なんかの召喚に応えたの? 私はお金も無いし、触媒なんかもいい物用意できてなかったし」

 

「ま、普通無理やわなぁ。僕の紛い物が出てくるだけの映画の空箱で召喚しよう、っちゅう考えがまず無理あるわ」

 

「う。……でも、実際呼べたじゃない」

 

「じゃあ、成功したんはなんでやと思う?」

 

 突然真面目な顔をして問い掛けてくるキャスターの眼差しに、楓は若干焦って視線を前に戻しつつ、

 

「た、たまたま……とか?」

 

「ハズレー。僕を呼ぶ声が可愛らしい女の子の声やったんで、面白そうやなぁと思って召喚に応じただけや。君が男やったらアウトやったで、ほんま」

 

「……からかったわね」

 

 再び目線を横に向けると、キャスターは実に楽しそうに笑っている。

 それに怒ろうとして──けれど、その楽しげな笑いこそがキャスターが召喚に応じた理由だと考えると怒るに怒れず、楓は渋々口をつぐんだ。

 

「とまあ……僕はこういう奴なんで、聖杯に託す望みは特に無い。晩年も満足して死んだし、悔いも無いしなあ」

 

「面白さを求めて召喚に応じるようなふざけた英霊がマジメに望みを抱いてるなんて、そりゃあ思えないわよ」

 

「違いない。……とはいえ、僕は君のサーヴァントや。契約が続く限り、僕は君を全霊で守り通そう」

 

 ひゅっ、とキャスターが紙切れを放ると、それは瞬く間に紙で折られた一羽の小鳥へと変身した。まるで鶴の折り紙が意思を持って動き出したような、そんな人形である。

 

「わ……これが、式神?」

 

「そいつ、可愛いやろ? 僕ぁ色々な式神を使役できるけど、なるべくゴツくて派手な武者とか、そういう見た目が騒がしい式神は使いたくないんや。風情が無いやん。道満のヤツは無駄にド派手な服着とったし、そこらへんの大人しい風情がわかっとらんかったなぁ……」

 

「すごい。あり得ないくらい緻密で、上手く組み上げられてる……魔術は不得意だし、陰陽術はお門違いだけど……この式神が現代の魔術師じゃ生み出せないんだろうな、って事は分かる」

 

 掌に止まった小鳥を夢中で観察していると、キャスターが軽く指を鳴らした。すると紙の小鳥は微かな振動を繰り返して二羽に分裂し、更に四羽に増え、楓の周りを飛び回る。

 

「君、魔術が不得意なんか? 正直なとこ、確かに魔力の供給量は若干心もとないけども」

 

「うぐ…………残念だけど、本当よ。私は本来、魔術師になるハズじゃなかった出来損ないだから。使える魔術だって一点特化で、身体強化(フィジカル・エンチャント)の発展系しかロクに使えない。……ごめんね」

 

 言いながら再び情け無くなってきて、楓は三角座りにした膝に顔を埋めた。

 しばらくして、頭に暖かい掌が触れる。キャスターは茶色がかかったツインテールの髪を優しく撫でて、

 

「なぁに、気にせんでええ。この地で呼ばれた今の僕は最強や。陰陽術の真髄は世界の「裏」から力を引っ張ってくる事にあるし、僕の魔術はさほどマスターに負担をかけへん。君のせいで存分に戦えん、なんて事はないから安心せえ」

 

「──────うん」

 

「そういや……君こそなんで聖杯戦争なんぞに参加しとるんや? こんな危険に飛び込んでまで、一体聖杯に何を求めとる?」

 

 キャスターが疑問を口にすると、楓は少し言い淀んでから、

 

「一族の名誉と繁栄。魔術師としては俗っぽいけど、欲しいのはそれだけよ」

 

「ふむ……聞き方が悪かった。じゃあ、なんで君は、聖杯を使ってまでそれを手に入れようとする?」

 

「それは──」

 

 なんと言うべきか迷って、楓は軽く言葉を途切らせた。

 

 

「「穢れた一族」なんて呼ばれている私達は、もう後がないの」

 

「というと?」

 

「志原家は江戸前期の忍者集団を大元とする家系なんだけど……もう回路の衰退が始まってるの。代を重なるごとに魔術回路は少なくなって、そんな瀬戸際に後継になったのが、よりによって私みたいな三流ってわけ。これじゃ魔術師としての繁栄なんて夢もいいところ……それどころか魔術師としてやっていけるかも怪しい。でしょ?」

 

 自嘲の念を込めながら、楓は呟く。

 

「けど、もしこの願いが叶うなら……私の両親も、今みたいに無理してお金を稼ぐ必要もなくなるわ」

 

 楓の両親は、兄には内密に今も海外の紛争地域で血生臭い仕事を続けている。金と引き換えに対象を暗殺する、今も昔も変わらぬ「忍び」の役目を果たしているのだ。

 だが、それは嫌だった。

 両親の優しさを痛いほど知っている彼女だからこそ、その彼らが人殺しをして食い扶持を稼がざるを得ない今の状況は、耐え難いものだったのだ。

 

「私一人じゃ……どう足掻いても状況は詰んでるの。今を変えるためには盤をまるごとひっくり返すような聖杯っていう手段に縋るしか、方法は残されてないのよ」

 

 その言葉にキャスターは眉を顰めた。彼の時代も──否、いついかなる時代でも、栄華と凋落は背反的に存在する。栄枯盛衰という言葉は彼が生きた時代より少し後の言葉だったか。

 ともあれ、千年を経ても変わらぬ世界の在りように飲まれ、こんな殺し合いに身を投じることを迫られた少女がここにもいる。

 それはきっと、とても悲しい事なのだろう。

 

 ……それに、彼はその千里眼で見た。

 彼の千里眼は対象の過去を見通すが、見た人物が鮮烈に憶えている過去ほどその映像はありありと視える。

 そしてキャスターが初めて楓の姿を見た瞬間、一つの光景が脳裏に突き刺さったのだ。

 

 止むことなく降りしきる、冷たい雨。

 無残な燃え滓の前で茫然と涙を流す楓の姿。

 そして、彼女に背を向けて去っていく、赤銅色の髪の少年──。

 

 彼が「視よう」と意識せずとも視えてしまうほど、その過去は彼女の心に刻み込まれている。楓がこの戦争に参加した「もう一つの理由」になり得るくらいには。

 楓と彼の間にかつて何があり、どうして楓が彼を憎むのか──それくらいは簡単に理解できたが、それに関しては当人たちの問題だ。キャスターが簡単に口を出していいものではない。

 故にその光景を完全に無視して、キャスターは口を開いた。

 

「……気持ちは解る。とはいえ、聖杯は願いを叶える手段としちゃあ最低や。なにしろワケわからん危険に満ちとるし、上手くいく保証もないんやからな。根元とて、僕ですら測れんモンやし」

 

「そんなの……分かってるし」

 

 楓が唇を尖らせて、不機嫌そうな表情を見せる。

 

「悪い悪い、説教する気じゃないんやで。……僕が言いたいのは、家族を思うのも大切やが、少しは自分の身を案じろって事や。大方、家族に黙って勝手に聖杯戦争に飛び込んだクチやろ」

 

「うっ、正解だけど……。なによ、結局お説教じゃない」

 

「あれれ……まあええやん、年長者っちゅうんは往々にして偉そうになってまうもんや。許してえな」

 

 気が重くなるような話だったが、快活に笑うキャスターを見ていると鬱屈したものも薄れていった。

 

「けど、これで分かった。君は魔術師としては三流、と言っとったが……人がなかなか得られんモンを秘めとると見える」

 

「なにそれ。そんなもの、私には無いわ」

 

「いや、ある。人を、家族を愛し、その為に弱くとも戦える勇気……例え君が弱くともその気持ちは本物や。それは僕がついぞ持ち合わせなかった、尊いもんやと僕は思う──」

 

 キャスターは目を細めた。まるで楓の姿を、眩しいものだと思うかのように。

 

「だからこそ、それを持てるような人間性は誇りに思ってええと僕が太鼓判を押したろやないか」

 

 楓はしばらく黙り込んでからその言葉を噛み砕いて──彼は自分が思う以上に、楓のことを認めてくれている(・・・・・・・・)のだと知った。

 

「う、嬉しくなんかないけど。助かったわ」

 

 流石にさっきから二度も礼を言うのは恥ずかしくて、楓は若干震える声で文句をぶつけるように呟いてみる。

 

 ──つまるところ、楓は最初から不安だったのだ。

 自分なんかがあの伝説の陰陽師を使役するなんて考えられなくて、もし出来たとしても、簡単に見限られるんじゃないかと恐れていた。

 結果として、楓は自分でも驚くくらい緊張したり、怒ったり悲しくなったり情緒不安定な状態に陥っていた訳だが……、

 

「にゃはははは、そりゃなにより」

 

 ──彼女が今も昔も憧れた伝説の男は。

 その実、びっくりするほど優しい奴だったらしい。

 

 のんびり言うキャスターを尻目に、楓は勢い良く立ち上がる。気分転換に頬を強く叩いて、月を見上げて安堵と共に溢れそうになった涙を引っ込めた。

 

「重苦しい話はここまでよ。アンタの力を見せてもらうわ」

 

「お、早速出んのか? まあ僕ぁ陰陽師やし、他の魔術師とかと違ってずぅっと工房に引き篭もったりもせんから、その方針に異論は無いけども」

 

「じゃあ決まりね。私、コソコソ隠れ回ったりするのは大嫌いなの。この土地に加えて伝説に名高いアンタの力があるなら、絶対どんな英霊にだって負けたりしない」

 

「こりゃ期待が大きいなぁ。裏切らんようにすんのは僕でも結構な苦労になりそうや」

 

 月下、二人の影が向き合う。楓は色んな重圧から解き放たれたような満面の笑みを浮かべて、キャスターに笑いかけた。

 

「おぉっと、そーいや大事な事を忘れてた」

 

「ん、何? 何か問題あるの?」

 

「いや。……契約において最も重要な交換を、僕等はまだしとらんかったな、とね」

 

 首を傾げてから、楓は頭上に豆電球を輝かせる感じで「あ」という呟きを漏らした。

 

「そっか、名前ね。すっかり忘れてた」

 

「ウンウン、君みたいな可愛い子をいつまでも名前で呼べへんってのはある種の焦らしやで、ほんま」

 

 その物言いにキャスターをじろりと睨んでから、溜息を吐いて楓は彼の瞳を見上げた。

 人懐っこそうな目の奥にあるのは、とても澄んだ瞳だ。きっと楓では想像もできないほど色々なモノを見てきただろうに、その瞳に秘められた清廉さは、たぶん死ぬまで失われなかったんだろう。

 

 

「──私、志原楓。これからよろしく、キャスター」

 

「ああ。宜しゅう、楓ちゃん。秋月と君に合った……いい名やなぁ」

 

 

 かくして最後のマスターは契約を終え、信頼の証を交わし合う。

 この日、七人のマスターか大塚の地に揃い、第六次聖杯戦争は幕を開けた。

 その後、とある八人目のマスターが誕生する事になるが──当然、それを知り得るものは誰一人としていなかった。




【キャスター】
真名:安倍晴明
平安の京に生まれ、都の守護神として様々な伝説を生み出した歴代最高の陰陽師。大江山の鬼たちとの戦いに手を貸したり、玉藻の前の正体を突き止めて京から追い出したり、色々面白いエピソードがある。FGOで登場しそうな予感がありますが、本作では完全オリジナル設定でお送りします。
〈ステータス〉
筋力E、耐久D、敏捷C、魔力A+++、幸運B、宝具A
※日本なので、知名度補正が最大。
〈スキル〉
千里眼A
道具作成A
陰陽術A++ (※陣地作成はこのスキルと引き換えに削除される)
高速真言A

【千里眼A】
視力の良さ。遠方の標的の補足、動体視力の向上。ランクが高くなると、透視、未来視さえ可能になる。
晴明の千里眼は「過去」を見通すもの。効力を発揮するには「直に目視」かつ「ある程度の近距離」という必要条件があるが、その効果によって彼は事実上「真名看破」と同じ能力を持つ。

【陰陽術A++】
陰陽道に精通したのものが獲得するスキル。彼は陰陽術の真髄、陰の世界(世界の裏側)に到達したただ一人の存在であり、故にそのスキルは最高ランク。五行から吉凶を占うような基本的なことから、多様な式神、更には十二天将と呼ばれる神霊まで使役してみせる。

【高速神言A】
陰陽術には本来長い詠唱、複雑な前準備に暦などの調整、専用の道具などが必要になるが、彼はその全てを「跋祇」の一言で済ましてしまう。稀代の天才にのみ許される神業。

【十二天将】
ランク:A+
種類:対軍宝具
彼が使役したと言われる神々の名前にして、安倍晴明の第一宝具。
陰陽術はこの世界を「陰」と「陽」の二律背反と捉える事からスタートするが、それを突き詰めた彼は、この世の「陰」にあたる「世界の裏側」への接続を成し遂げた。そこは幻想種が放逐されたもう一つの地球であり、いつか人類が辿り着くとされる場所。そこに一足早く到達した彼は、そこの住人となんやかんや仲良くなった結果、十二体の神霊と契りを結んだ。それこそが「十二天将」と呼ばれる安倍晴明の奥の手である。
これらの神霊は全員がサーヴァントに比類する力量を持ち、更に「こちら」に顕れるのはあくまで仮の分霊であるため、倒されたとしても一日掛ければ何の問題もなく再召喚できる。
マスターの志原楓が魔術師として未熟であるために、最大の知名度補正を考慮しても現世に呼び出せるのは二体が限度。それでも実質三騎ぶんの力を持つのと同等であり、消費魔力を考えるとその性能は破格と言える。倫太郎なんかがマスターになった日には手がつけられない。

【跋祇・陰陽ノ極】
ランク:B
種類:対人宝具
安倍晴明の第二宝具。正確には陰陽術の一種。そもそも陰陽術は世界の二律背反を認識した上で、「陰」、つまり世界の裏側から神秘を引っ張ってくることで奇跡を成す。しかしこの術式は力を引っ張ってくるのではなく、術者と対象をまるごと裏側へと転移させる。
この空間において、「十二天将」は分霊ではない本体で戦える為、彼らの戦闘能力は飛躍的に向上する。更に同時に召喚できる数も増加し、楓がマスターの場合であろうと最大四体まで同時使役が可能となる。サーヴァント数騎分を上回る火力で、真正面から敵サーヴァントを殲滅する事が可能。
弱点としては、十二天将がその本体を晒しているという事が挙げられる。深刻なダメージを負えば長時間は行動不能になるし、「直死の魔眼」なんかで殺された日には二度と蘇らない。彼らそのものはあくまでサーヴァントではなく、今の時間を生きながら、座から召喚されたキャスターに力を貸しているからだ。

【護身・破敵】
ランク:C
種類:対人宝具
安倍晴明の第三宝具。一対からなる霊刀、詳細不明。
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