Fate/crescent 蒼月の少女【完結】   作:モモのすけ

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三十話 Magus──志原楓

(な、なんで……こんなことに……)

 

 場を満たす異様な雰囲気に、魔術師──志原楓はその小柄な身体をますます縮こませていた。

 時期は秋始めだが、空気は真冬のように凍てついている。

 ありふれたダイニングテーブルに座るのは、志原健斗、志原楓、セイバー、キャスターの四人。楓の右隣にはキャスターが座り、向かいには兄が、その隣にセイバーがちょこんと腰かけている。

 

(キャスターは……駄目ね。相変わらずのんびり煎餅食べてる……)

 

 雰囲気から逃れるように視線をキャスターに逸らすが、彼は僕ぁ関係ないし、とばかりに好物の煎餅を摘んでいる。

 溜息と共に視線を前に戻すと、かつて見た事も無いほど剣呑な兄の視線が瞳孔を貫き、楓は思わず目を伏せた。

 

「楓」

 

「は、はひっ⁉︎」

 

 唸るような低い声に、思わず敬語で答えてしまう。

 基本的に兄に対してはふてぶてしい楓にそうさせるほど、兄の声には怒りと──それに比類する困惑が込められていた。

 

「説明してくれよ、全部」

 

「あ、ぇと、その……な、なんというか」

 

 言葉に詰まり、口ごもる。

 そもそも何を言えばいいのか分からない。楓は目まぐるしく変動していく状況に、未だついていけていなかったのだ。

 マスターが魔術を知らないはずの兄で、それがあろうことかセイバーを使役していて、それどころか隠し通してきた自分の秘密まで明らかになってしまった。今更どう弁明して、何を伝えるべきなのか──。

 

「……ケント。先にケントが事情を説明するべきなんじゃないですか? 彼女、説明といっても困惑しているようですが」

 

「セイバーは黙っててくれ、それどころじゃないだろ⁉︎ 俺の家族が魔術師なんて連中の一員で、挙句こんな得体の知れない奴を」

 

「むっ、私にそんな口をきくとは愚かですね。とても見てられませんし、少しは落ち着いて下さいよ」

 

「あいだだだだだだだだだ痛い痛い痛いやめろやめろやめてクダサイほんとに‼︎」

 

 セイバーと思われる少女が片手を伸ばし、兄の脇腹をぐりぐりと押す。

 恐らく最後の双手突きで彼の肋骨を一、二本へい折ってしまったと思うのだが、それにしても容赦の無い行動だ。兄は悲鳴を上げて椅子をガタガタと揺らす。

 

「だ……大丈夫なの、怪我? 怪我させた私が言う事じゃないけど……」

 

「だっ、大丈夫だって言ったろ。俺の近くにこいつがいる限り、怪我なんてすぐ治る」

 

 情けなさと罪悪感に米粒になってしまいそうな楓の言葉に、顔を顰めながら兄が返答する。

 

「けど、私だって、分からない……なんでお兄ちゃんが、マスターで」

 

 平静を装うとしたが、自然と声が震えてしまった。

 楓は今まで、兄をこの世界の闇とも言える魔術の領域に踏み入れさせまいと努力してきたのだ。どんなに辛い鍛錬の後でも、魔術を使い過ぎた精神的疲労の後でも、彼の前でだけは「普通の女の子」を演じてきた。

 なのに──彼は知ってしまった。

 魔術を一度知ってしまえば、もう、ありふれた一般人には戻れない。マスターとしてサーヴァントを使役している以上、先日の女学生に記憶を丸ごと消すというような荒療治も不可能だ。

 

「──ごほん、話を急がせて悪かった。そっちが話せるほど落ち着いてないんなら、こっちから話す事にする」

 

「どこが落ち着いてるんですか、偉そうに」

 

「やかましい、常に一番偉そうな奴が言うな」

 

 楓には知る由もなかったが──今にも泣きそうな妹を前にいつまでも怖い顔を保てるほど、健斗は冷徹になれるという訳でもなかったのだ。

 大雅が見たら「おいシスコン」などとからかうだろうが、健斗曰く妹には少し甘いだけである。

 

「まあ、要は……俺はヘマやって、この戦争に巻き込まれたんだ」

 

「……?」

 

「まあ、説明すると長くなるんだけど──」

 

 魔術に不慣れながら、健斗は端的に、しかし包み隠さず、今の絶望的な現状を数分かけて楓に伝えた。

 バーサーカーに殺され、セイバーと契約を結ぶ事で死を免れた兄。ただ、それは──、

 

(死んでるのと、変わらない……)

 

 背後に忍び寄る死神を一歩ぶんの距離で押しとどめているようなもので、「生きている」と表現するには彼の存在は余りに脆い。

 なんせ身体は死に絶えている。魂という観測すら困難な要素だけが、彼という存在を現世に括り付ける唯一の楔なのだ。

 理解したくもなかった兄の言葉を一字一句噛み砕いて、完璧に理解する頃には、楓の紅い頰は先よりもますます青くなってしまっていた。

 

「──とまあ、俺が助かるには、聖杯に願いを叶えてもらうしかない訳だ」

 

「そ、そんな……」

 

 そんな状況をきちんと理解しているのかいないのか、あっけらかんと言う兄。だが魔術師である以上、それが「死に限りなく近い生」であると理解してしまった楓は、絶望の呻きを漏らしていた。

 

(私じゃ何もできない……キャスターだって、身体蘇生なんて魔法レベルの術式は使えない。どう足掻いても、聖杯を取る以外には……)

 

「楓、そろそろいいだろ? 次はお前の番だ」

 

「うっ……そりゃあ、そうだけど、でも」

 

 楓ははたから見れば気の毒に思えるほど視線をウロウロさせ、ようやく観念して項垂れた。

 心の中で、海外を飛び回っているであろう両親に、楓は深く深く謝った。

 かつて両親が下した苦渋の決断も、今日で意味を失ってしまう。兄が志原家と、己の出生に関する秘密を知らないままでいてくれたなら、彼はその一生を平穏とともに過ごせたろうに。

 

「これを聞けば、お兄ちゃんは将来、呼びもしない争いに巻き込まれてしまうかもしれない。魔術を知るだけならいいけど、己の出生まで知ってしまえば、それはほとんど魔術師である事と同じなんだから」

 

「構わない。どうせ死んでんだ、そもそも生き残るかも分かんねえ状態で将来にあるかもしれない事を心配しても意味ないし」

 

 また不吉な事を、と呟いて、楓は深い溜息を漏らした。鼻頭のあたりを押さえてむ〜、っと考え込んでから、観念したように顔を上げる。

 

「…………分かった、話すわ。私と志原の魔術師が抱える秘密を」

 

 それは────。

 生涯隠し通してきたモノが、音を立てて崩れていった瞬間のように楓には思えた。

 

 

 

 

 志原家。

 

 それは「大塚」の土地に住まう二つの魔術家系の内の一つであり、その起源はなんと繭村とほぼ同じ頃、江戸時代以前にまで遡る。積み重ねてきた年代、という点に於いては、極東有数の家系である繭村家にも劣らないのだ。

 だが、彼らの功績が評価される事は決して無い。

 何故なら──彼らはれっきとした「魔術師」の家系になろうとしなかったからだ。

 日本の戦国時代に在ったという「忍者」なる暗殺者が発端であるが故に、彼ら一族の本質は奇跡を手繰り根源を求む魔術師に(あら)ず、ただ力と効率を求めることこそにある。

 文明開化と共に魔術師としての生き方を取り入れ、上手く地位を獲得していった繭村の魔術師とは正反対といえるだろう。

 とはいえ繭村も志原も、元は同じだ。

 戦国という血生臭い地獄の世界を生き抜く為に編み出されたちっぽけな奇跡が、いつしか「魔術」として体系化され、形となった。そして繭村は上手くその方向性を変え、根元への探求へと向かい始めたのに対し、志原は変わらず力と効率のみを求め続けたのだ。

 

 いわば、魔術師としての「成功」と「失敗」。

 

 当然、「根元を求めぬ魔術師」などが正規の魔術師と呼ばれるわけがない。

 根元への到達は魔術師の共通理念であり、到達点だ。

 それを目指すものたちを魔術師と呼称する以上、志原の者たちは魔術師とはいえない。言うなれば、「己が目的のために魔術を使う魔術使い」といったところか。

 そんな彼らは、時代が進むにつれて魔術師たちから白い目で見られるようになった。

 魔術師としての裏切り者、異端者、穢れた者たち──根元を求めず独自の追求を果たそうとする志原の魔術師は忌み嫌われるようになり、当然魔術師としても衰退の一途を辿っていったのだ。

 

 

 

 

 ──古い記憶を、紐解いてみる。

 

『ねえ、ママ。わたしたち以外にも、魔術師はいるの?』

 

『ええ……いるわ。この街にも、繭村という魔術師が住んでいるの。湖のほうにある、大きなお屋敷が彼らの家よ』

 

『へぇ……‼︎ そのひとたちとわたし、お友達になれる?』

 

『……やめておきなさい、楓。私たちは魔術師であって魔術師ではない、中途半端な存在なの。彼らと会っても、ろくなことにはならないわ』

 

『ちゅうと……はんぱ?』

 

 幼い楓はかつて、そんな事を母に教わった。

 けれどその意味を理解するには、彼女はあまりに幼く、無垢だった。世界に溢れる悪意も敵意も知らなかった少女には、「自分がそもそも忌み嫌われる存在である」という考えなど浮かぶはずもなかったのだ。

 だから──楓は、幼い頃特有の強い好奇心に突き動かされて、一人で繭村の家を訪ねた。

 

『ごめん、くださーい』

 

 背伸びして、なんとかチャイムを押す。

 軽やかに鳴り響く電子音のあと、楓の家の車庫ほどある門の奥から現れたのは小さな少年だった。赤銅色の髪の毛をした、どこか気弱そうで頼りなげな少年。

 

『……君、だれ?』

 

『わたし? わたし、志原楓よ! 今日はね、繭村のひとと仲良くなりに来たの!』

 

『変なヤツがきたな……どうしよう、父上は出かけているし……門下生のひとも、今日は出稽古に出かけてる』

 

 その少年はしばらく迷ったあと、

 

『あんまり他人を家に入れるなと言われてるんだけど……仕方ない。入りなよ』

 

 渋々といった表情で、楓を中に招き入れてくれた。

 あまりに大きな武家屋敷は、楓の好奇心を激しく刺激した。何十メートルもある廊下に、完成された日本庭園。ガラス張りの縁側に、屋敷の中に満ちる静謐な空気と木の香り。

 目を輝かせながら歩く楓を先導して、その少年は彼の自室へ楓を案内した。

 

『そうだ。あんた、名前は?』

 

『なんか失礼なヤツだなあ。……倫太郎だよ、繭村倫太郎。よろしくね』

 

『倫太郎、ね。覚えたわ!』

 

 綺麗な畳張りの床の上をコロコロと転がりながら、にこにこと笑う楓。

 「なにがそんなに面白いんだか分からないな」と言いつつ、倫太郎はタンスからお菓子を引っ張り出し、お茶を用意して即席のお茶会を作り出した。

 

『──で、あんたは魔術師なの? 倫太郎』

 

『ぶ⁉︎ ごぼっ、ごほっ……き、きみ、魔術師だったの⁉︎』

 

『魔術師だから、ほかの魔術師さんと仲良くしに来たんじゃない』

 

『……そう、下手に隠す必要もなかったのか。質問に答えるけど、僕は魔術師だよ。しかし「志原」なんて名前、聞いたこともなかったな』

 

『うっそぉ。おんなじ街に住んでるんだから、知っておくくらいしなさいよね!』

 

『悪かったよ』

 

 そんな事を言いつつ、小学生になってすらいない幼い魔術師の卵たちは、色々な会話をした。

 時には朝の戦隊モノの話題という、園児にはありふれた話題であったり、魔術師に関して抱く莫大なイメージを好き勝手に喋ったり。昼過ぎだった時間がすっかり夕暮れになっても、二人の会話は途切れそうになかった。

 初めて会った、同年代の魔術師。

 その出会いは同年代の子供なんかよりも遥かに刺激的で、倫太郎は自分の父親が帰ってきたことに気付けなかったほどだった。

 

『──倫太郎、誰と話している。人を勝手に家に上げるなと、きつく言っておいた筈だ』

 

 がらり、と障子が開き、老齢に差しかかろうとしている強面の父親が現れたのは、もう夕日が山の向こうに沈みきった頃だった。

 たわいのない話に興じていた倫太郎は思わず跳び起きると、父親に深々と頭を下げる。

 

『──ちっ、父上、申し訳ありません! 少し話したら帰そうと思っていたんですが、彼女は……』

 

『まあ待ちなさいよ。倫太郎のおとーさん』

 

 強面のオーラもまったく意に介さず、縮こまる倫太郎を庇うように楓が前に出た。

 皺は深いが、爛々と輝く険しい目線が楓を射抜く。さすがに少し気圧されて、楓は言葉を飲み込みそうになったが、それでも後ろの倫太郎のために口を開く。

 

『魔術師が、一般人を家に入れたがらないのはわかってるわ。でもね、わたしも志原の魔術師なの。今日はあなたたちと、仲良くなりに──』

 

 誇らしげに言おうとした楓は、しかし最後まで言葉を続けられなかった。

 それもそのはず、倫太郎の父親の表情が「志原」の言葉を聞いた瞬間に一変したからだ。

 なぜそのように親の仇を見るような顔をするのかまるで理解できず、楓は少し顔を青くしながら疑問符を浮かべる。

 

『ち、父上? 何か問題が……』

 

『馬鹿者がッッ‼︎』

 

 怒声が飛ぶ。同時に風を切った豪腕は、倫太郎の頭を殴り飛ばしていた。

 畳の上に吹っ飛ばされて動かなくなる倫太郎と、突然の事にへたりこむしかできない楓。父親の目線は楓の方を向き、その手が楓の首をきつく掴む。

 

『異端児が。まさか貴様の方から、我が家の領域に足を踏み入れるなどという蛮行を犯すとは……‼︎』

 

『は──かっ……やめ、て……い、だ……ぃ』

 

 怒声を聞きつけて駆けつけてきた繭村の門下生たちが、首から手を離されて苦しげに咳き込む楓を取り囲む。

 その頃にはようやく楓も「してはいけない事をしてしまった」と幼心ながらに理解していたが、頼れるものは周りに何もない。

 あまりの孤独感、不安──さらに少女にのしかかったのは、何十人もの魔術師から吐き捨てられる侮蔑の言葉だった。

 

『穢らわしい、志原の家系の者が立ち入るとは‼︎』

『今すぐつまみだせ、二度と近づけるな‼︎』

『おぞましい、魔術師とは名ばかりの異端者どもめ……‼︎』

『消えろ‼︎ 消えろ‼︎ 消えろ‼︎』

『いっそここで、命すら奪ってやろうか⁉︎』

 

『なんで……なんで、わたし……ただ……』

 

 理解できない。

 何もしていない。

 ただ──仲良くなれると、思っただけなのに。

 どこかからか飛んできた太い足が楓の顔を蹴り飛ばし、意識が朦朧としている間に身体を持ち上げられた。

 

『────、────‼︎ ──‼︎』

 

 微かに見える視界の端で、起き上がろうとして必死に何かを叫ぶ倫太郎の姿が記憶に焼きつく。

 けれど、倫太郎と楓は決定的に身分が違っていた。たとえ四民平等の世であろうが、魔術師としての格差は今となっても続いているのだ。そんな残酷な現実を、まだ幼い少女が知っているわけがない。

 そうして楓は家の外に放り出され、わけのわからないまま号泣して家に帰った。そうして、暖かい母の腕の中で泣き疲れるまで泣いた。「ごめんね」と何度も何度も語りかける母親の姿が切なくて、楓は悔しさと理不尽さを叩きつけるように涙を流し続けた──。

 

 

 

 

 ──このように、志原家の扱いは過酷を極める。

 当然ながら魔術師同士の繋がりは無く、魔術関係の仕事を受ける事もほとんど不可能。だからこそわざわざ、海外で危険な闇稼業に手を染めなければ、志原の魔術師は魔術師として存続すらできない。

 そんな彼らだったが──幼い楓が心に深いトラウマを負ってから、幾ばくも経たない頃。

 志原一家にとって光明と言える一つの道が、彼らの前に開かれたのだ。

 

『……養子が決まった、ですって?』

 

『ああ‼︎ それも、なんとだ。かの────家が僕たちとの養子縁組に応えてくれたんだよ‼︎ あそこは魔術的に優れた子を残すため、品種改良じみた行いまでしているらしいが……その、言ってしまえば「余り」を、僕たちの養子として預けてくれるそうだ』

 

 それは、魔術師としては極めて優れた地位を築いている大家からの返答であった。

 魔術師は魔術回路の優れた子孫を残すため、様々な手段を用いて子を成そうとする。中には非人道的なものも含まれるというが、そうした際に発生するのが「余った子供達の処理方法」である。

 当然廃棄(・・)すれば良い話ではあるが、あまりそれを繰り返せば悪評が立つ。

 だからこそ定期的に他家と養子縁組を組む事で、「己の家はまっとうなやり方をしている、クリーンである」というイメージを形成するのだ。そして何故か、その大家は志原の魔術師を養子の受け入れ先として選択した。

 

『けれど、何故? 私たちは向こうにとって許しがたい異端者の筈。どうして急に養子縁組に応える気になったというの?』

 

『いいじゃないか。いくら後継者争いに敗れた子供とはいえ、その魔術回路の優秀さは平凡な魔術師たちを遥かに上回る。志原はほとんど終わりが近いが、再起だって夢じゃない』

 

『でも……』

 

『それに、楓の負担だって減る。誤って楓が繭村の家を訪れ、傷つけられて……あの子は心にひどいトラウマを植え付けられた。強い子だ、表面上は笑っているが……部屋で時折泣いているのを、君も知ってるだろう』

 

 養子の話は、決して少なくない量の資金を必要とした。エリート魔術師の後継者を養子として引き取る以上、それには高額な金額が提示される。

 志原の家はそもそも経済状況は悪かったが、それでも掻き集めればなんとか規定の額は揃えられた。

 回路の衰退は抑えられ、楓の負担は消え、志原という一族はこの取引で報われる。悪評が消えなくとも、いつか──そう、楓の両親は強く願ってやまなかった。

 

 ──だが。

 

『「自己強制証明(セルフギアス・スクロール)」。ここに契約は完了した。この子と私たちは今後一切関与しないと共に、貴方がたはこの子を子供として迎え入れる』

 

『では────』

 

『ああ。これまでの記憶は消去しておく、せいぜい普通の子として(・・・・・・・)育ててやってくれたまえ』

 

 相手の魔術師が述べたその言葉に、楓の父親は違和感を感じ取っていた。

 魔術師が養子を迎えということは、そのまま「その子を後継者として迎え、育てる」という事と同義である。これは魔術師の常識であり、当然のこととして扱われる。

 だが──それでは、まるで一般人の養子取引のように聞こえてしまうではないか。

 

『何を……言っているのです、────』

 

『何を、だと? 繰り返すが、魔術師としてではなく、普通の子として育てよと言っているのだ。貴様らの穢らわしい魔術もどきを、失敗作とはいえ我らの子息に使われるのは腹立たしいのでね』

 

『ば……馬鹿な‼︎ 貴方は私が志原の魔術のことを口にしても、「決して侮蔑はしない」と言ったではないか‼︎ 魔術師として育てる事にも反対はしなかった‼︎』

 

『ああ。だが、賛成もしていない。そして侮蔑しないなどというのはただの方便だ、語るのも穢らわしいがな。だが──自己強制証明にある言葉は、ただの方便などでは済まない』

 

 顔を青くして父親は文書を隅から隅まで眺める。その瞬間に向こうの魔術師が指を鳴らすと、軽い風が吹いて紙面上の魔力を洗い流した。

 簡単な隠蔽の魔術によって隠された一行には──こう書かれている。

 「志原の魔術師は、養子を魔術師として育てることは許されない」。

 

『貴様……‼︎ 図ったのか……‼︎』

 

『我々は不要な子を排除し、契約金を頂き、貴様らは愛すべき子を獲得した。素晴らしい取引だとは思わないかね、ハハハハハ……‼︎』

 

 志原の家はまんまと子を押し付けられた、というわけだ。

 そうして、「志原健斗」は健斗として一生を歩み始めた。無論、魔術師として生きる事が許されるわけもなく、ただの一般人として。

 優秀な魔術回路を備えながら、後継者の大役は楓が担うことになり、志原の家はますます貧困に苛まれるようになった。両親の海外働きが増えたのもこの事件が起因している。

 ──ともあれ。

 そうして志原楓は「穢れた魔術師」としての茨の道を歩み始め、志原健斗は何も知らぬまま、一般人としての道を歩んでいくはずだったのだ。

 

 

 

 

「……ってわけ。分かった?」

 

「──────」

 

 俺は何を言うべきか分からず、無言で息を呑んだ。

 志原という、穢れた一族について。

 そして俺は彼らとは違い、どこかの魔術師の家で生まれた子供だったということ。

 その時の記憶は綺麗さっぱり消去され、俺は普通の子供として育てられた。そして俺が担うはずだった大役は、楓が引き継ぐことになってしまった。

 

「……そうですか。魔術師とは得てして己の利益と名誉のみを追求する存在ですが、その在り方は私は好みません。やはり、魔術師は好きになれないみたいです」

 

「同感だ。──クソ野郎どもめ、なんで楓がそんな爪弾きを受けなきゃならないんだ」

 

 奥歯を噛み締めて、やり場のない怒りを堪えようとする。セイバーも同意するのか、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 魔術師筆頭であるキャスターはというと、そんな場の空気も介さずに相変わらずせんべいをボリボリ食っている。なにやら大好物らしいが、もう少し空気を読めお前。

 

「……しょうがないわ。魔術師なんて、みんなそんなもの──私だって同じよ」

 

「それは……」

 

 ──違う、と言いかけて止まる。

 楓が聖杯戦争に自分の意思で参加していた以上、彼女も覚悟を決めていたはずなのだ。

 「自分のために、他者を殺してでも望みを叶える」と。他者よりも自分の目的を最優先する、まさに魔術師らしい在り方だと言えるのではないか。

 

「ともあれ、私の話はおしまいよ。お兄ちゃんが理解できたなら、これからの話に移ったほうがいいんじゃないの?」

 

 確かにそうだ。だが──俺はまだ、色々と飲み込めていない。

 今まで当たり前だと思っていたものが全く違っていたという困惑や、自分の出生に関する衝撃、怒り、様々な感情が竜巻みたいに絡み合って渦を巻いている。

 こんな状態じゃ、まともに考えられそうにない。何を信じて何をすればいいのか、それすらも曖昧になってきている。

 

「……悪い。その話は明日にさせて欲しい」

 

「ケント?」

 

「ちょっと整理する……楓、疲れたろうから先に寝といてくれ」

 

「あ────」

 

 そうして俺は、振り返ることなく扉を閉めた。




【志原健斗】
有名な魔術師の家に生まれたが、目標の回路量を満たしていなかった為に失敗作と断じられた子供。
とはいえその魔術回路は相当に優秀であり、素人ながら、セイバーの魔力消費にもなんとか追いつけている。

【健斗の両親】
志原の魔術師として、主に海外の紛争地帯で傭兵じみた仕事をこなしている。拳銃やら手榴弾やらが健斗の部屋にあったのもそのため。
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