Fate/crescent 蒼月の少女【完結】 作:モモのすけ
キンコンカンコーン、と聞きすぎてうんざりするようなメロディのチャイムが鳴り響くのを、志原楓はぼんやりと聞き取っていた。
ちらりと教室の端に視線を移す。
来ないだろうとは分かっていたが、案の定その席は空白のままだった。本来であれば、繭村倫太郎という少年が座っているはずの席だ。たぶん今日は来ないだろうな、という事を確認してから、楓は席を立った。
さて、四限が終わって時間は昼休み。学生達が授業という拘束から解放され、意気揚々と各々の自由を楽しむ時間だ。
弁当を開き始めるもの、購買のパン競争を勝ち抜くために小銭を握り締めて開幕ダッシュを決めるものなどなど、教室は多様な様子を見せる。
「楓ちゃーん、一緒にご飯食べない?」
「あー……ゴメンね京子、ちょっと用事」
ちょっと先生に呼ばれてて、と適当に言って楓は廊下に出た。人がいないタイミングを見計らって階段を上がり、「立入禁止」の札を無視して屋上に続く扉を開ける。
当然だが立ち入り禁止なので、人の気配はない。聞こえてくる音といえば階下の生徒たちの騒ぎ声くらいのものだ。
降り注ぐ日差しに目を細めつつ、楓はその端っこに三角座りになって弁当を開いた。
「──キャスター」
「ほいほい。君のキャスターやで」
霊体化を解いて現れるキャスター。相変わらずのんびりした口調で、彼は楓の隣に腰を下ろした。
「昨日、何を話してたの?」
「ん? 健斗クンと? 伝えたのは僕の真名、これからは争わないって大まかな方針。そんくらいや」
「ん、それじゃなくて。もう一つあるでしょ」
キャスターは言わなかったが、楓が最も気になっていたのは別の事だ。
「……
「その通り。一目で看破したったとも」
にやりと笑ってから、キャスターは神妙な表情を浮かべた。彼がこういう顔をするときは、大抵良くないこと……それか、真剣にならざるを得ない程に重要な事を楓に伝えようとする時だ。
「実は昨晩、セイバーに口止めされてな。その名をケントの前で口にするな……と。破ったら問答無用で殺されるらしいわ、僕」
ギョッとする楓を差し置いて、キャスターは続ける。
「ま、逆に考えれば健斗クン以外の人には口止めされてない訳やし? 楓ちゃんになら言うてええと思うけどね、今後の方針を立てるのにも必要やろうし」
「またそんな屁理屈……まあ、間違いじゃないか。それじゃ教えて、あのセイバーの真名を」
「いいけど、一つだけ気をつけや。真名を聞いたからとて、彼女を恐怖の対象として見んほうがええ」
「え? あの子、自分で魔王を名乗るくらいなんだから、むしろ自分を恐れてもらいたいんじゃないの。お兄ちゃんにもよくフケイだーとか言ってるし」
「恐怖と敬意は別モンっちゅう話。あの子は確かに魔王やが、根底は普通の女の子や。もし楓ちゃんが皆から怖がられて、誰からも話しかけられんくなったら嫌やろ? それと一緒。敬意ならええけど、あの子は向けられる恐怖を嫌っとる」
「なんでそんなコトまでアンタが知ってんのよ。千里眼ってそんな事まで分かるワケ?」
「別に好きで見たいワケじゃないんやけどなあ。見えるモンはしゃあないし」
「……じゃあ分かった。余計な事でセイバーと衝突したくないし、努力はする」
「良し良し。んじゃ、彼女の真名は……」
キャスターの口から真名が語られる。
すらりと語られた名前、しかし、それは──。
「ンな……なんですって⁉︎ あの⁉︎」
「だから、────。かの有名な魔王サマや」
「ま、魔王って……ただの自称じゃなくて本当の本当に魔王で、しかも女の子だったの⁉︎」
それは日本より遠い地に語り継がれる、神代に君臨した魔王だ。
ヒトの超越した神々が跋扈する神代にあって魔王を名乗れたのだから、その実力は尋常ではない。人は当然として、遥かな神々ですら止められない──止めようがない、己の意志を持った災厄。
そして彼女が持つもっとも強烈な特性こそが──「神殺し」の力だ。
「そうか、アンタの十二天将が簡単にやられちゃった訳だ。あのセイバーにとって、神様なんて雑魚同然の敵だったろうし」
「アホやんなあ、向こうの神様も。勝手な慈悲で女の子に力を与えといて、結局手のつけられん怪物を生み出してもうたんやから」
「どこの神話でも神様なんてロクデナシばっかりよ。仕方ないわ」
楓は一つため息をつくと、
「……なんて、言ってる場合じゃないわね。お兄ちゃんたら、随分な反英霊と契約しちゃって……下手にコミュニケーションをミスったら斬り殺されるんじゃないの。ほんとに大丈夫なのかしら」
「問題ないと思うけどなあ。あのセイバー、彼に対しては随分温厚に接しとるようやし。他のマスターが呼んだんなら、そりゃ冷酷無比な魔王として振る舞うやろーけど」
キャスターはおもむろに人形型の式神を二つ放り投げると、ちょちょいっと指を動かした。それらはむくりと起き上がると、変なリズムで踊り始める。
「また器用な……む、かわいい……じゃなくて。なんでお兄ちゃんの前じゃ大人しいの、あの子? こっちとしちゃ助かるけど」
「ふむ、理由は幾つかあると思うで。まず一つは、健斗クンがセイバーの真名を知らんからや」
「……どういうこと?」
「健斗クンはその無知が故に、セイバーとなんの偏見もなしに接する事が出来る。そこに恐怖も侮蔑も介在する余地はない。あのセイバーにとって、そういう関係は新鮮で尊いものなんやろ」
成る程ね、と呟いて楓はセイバーの顔を思い返した。
これは少し驚いたことだが──昨晩話し合って、セイバーと兄の間には強固な信頼関係があるという事が分かった。魔術の危険性すら知らない筈の兄がどうしてあのサーヴァントと信頼を築けるのか、と思ったが、無知が功を奏する場合もあるらしい。
「けど、もう一つ大きな理由があるみたいや。「志原健斗」という人間を何より信頼する理由が。それは……ま、ええやろ」
「えー、何よそれ。一回言ってからやめってのは無しでしょ、フツー」
「ええのええの。はよご飯食わんと休み終わるで」
「むー…………」
唸りながら自作の玉子焼きを口に運ぶ。今日も味はバッチリ、悪い点といえば少し量を盛りすぎたくらい。
……そういや今朝に兄が何かしらやらかしたらしく、頰を腫らしてセイバーと大声で喧嘩していた。大丈夫かな、と少し不安になったものの、あれは根底の信頼関係あってこそのものなのだろう。
(私とキャスターだって負けてないし)
サーヴァントを知らない兄にサーヴァントのコトで負けるのが少しばかり腹立たしく、無意識の内にそんなことを思う。
しばし無言で、ごはんをもぐもぐする楓。
その視線はフェンスを越えて大塚市の西端、龍神湖へと向けられる。キャスターもその視線を追って湖面を見つめ、そして──。
「──何?」
信じられないものを見るような顔で、そう呟いた。
「……なあ、楓ちゃん」
「もぎゅ……ん。なに? 弁当欲しいんならあげるわよ、今日作りすぎちゃったし」
「いや──違う。すごくアホらしい質問するけど、僕のクラスは「キャスター」やな?」
「はい? 何言ってんのよ、自分で分かるでしょ」
「そやな。じゃあ、アレはなんや」
楓が頭の上に疑問符を浮かべて、キャスターの視線の先を見つめる。と言っても、元々湖をぼーっと眺めていたのは楓の方なのだ。目を細めてみるが、何か違和感があるようには──。
「違う。湖じゃない。島の方」
「島……って言うと、仙天島? あんな遠くまで見れないわよ」
仙天島。湖岸から百メートルほど離れたところに作られた、レジャー施設と浄水場、水質試験場を備えた人工島である。面積はさして広くなく、三十分もあれば一周できる。自然豊かで、釣り人にも人気のレジャースポットだ。だが、今現在そこは──、
「あそこは魔術師の領域や。それも工房、結界とかいう次元ちゃう……あの島全域が、強固な神殿として構築されとる。当然やけど、あんなモンは昨晩の時点じゃあ存在せえへんかった。……というか眼球の強化って、魔術師としては初歩中の初歩中の初歩くらいちゃうの。それができてりゃあ無駄に健斗クンと殴り合わんで済んだやろに」
「わ、悪かったわね。どうせわたしは身体強化の延長しかやったことない落ちこぼれよ……」
「身体強化の基礎ができてるんなら、眼球の強化もその応用でいけると思うんやけどなあ。ま、気にせんでええよ。帰ったら教えたるし」
異様に濃密な魔力の層が幾重にも重なっている様を、キャスターは感じ取っていた。
神殿。魔術師が作る「陣地」を一般に工房と称するが、神殿クラスの結界は魔術師には到底作成できない。サーヴァントであろうと神殿を構築するには最高クラスの「陣地作成」スキル、そして何より良質な龍脈が必要となる──が。
そもそも、基本的に「陣地作成」を持つのはキャスターのクラスだ。そして楓が召喚した安倍晴明は、特殊な陰陽術を使うが故にその類のスキルを持ち合わせていない。
「さて……あの島についてやけど。あれ程の神殿は並大抵のサーヴァントじゃあ作り出せん。それこそ
「──まさか。神代の魔術を扱うような高位のキャスターが、アンタに加えてもう一騎いるって言いたいの?」
「あくまで可能性。けど、現実としてあの神殿は構築されとる。間違いなくサーヴァントが持つ「陣地作成」に類するスキルを用いてな。島に続く橋も一本しか架かっとらんし、アレん中に立て籠られると相当面倒やぞ。ちと先手を取られた感はあるが、一応探っとくか」
キャスターは立ち上がると、小鳥型の式神をふわりと宙に放り投げた。それは力強く羽ばたくと、一直線に仙天島めがけて飛んでいく。
「ふむ。これで少しは分かるとええけど」
「ぱっと見、千里眼で何か分からない?」
「現在を見通す千里眼でもありゃええんやけど……僕のは過去を見るだけやし、そこまで眼としての位階が高い訳でもない。そもそも距離も離れてるし、今は何も見えんなあ」
そう言うと、肩をすくめるキャスター。
彼の千里眼が発動するには、「対象にある程度接近する」という制約がある。それほどまで近づけば当然神殿の奥にいるであろうサーヴァントにも丸見えなわけで、千里眼を使うという選択肢はなかなか難しそうだ。
「ふぅん。じゃ、あの子待ちね」
そう言って、楓はもう小粒ほどの大きさになった式神を眺めた。神殿クラスの結界に入り込めるとは思えないが、何かしらの情報を持ち帰る可能性もなくはない。
「一応あの結界については、私からお兄ちゃんに連絡しとく。昨晩までに少しづつ組み立てておいて、私たちが争ってる間に一気に構築したみたいだけど……まさか島をまるごと結界で覆うなんて考えてなかったわ。キャスターは私が抑えてるから、ああいう手合いのサーヴァントはいないと思ってたのに……‼︎」
総じてキャスターというクラスは基礎能力が低く、代わりに自身の領域内に於いて絶大な力を発揮するという傾向がある。これは現代の魔術師にも同じことを言える。
そのイメージに当てはめると、今や仙天島は難攻不落の要塞と化したと言っていい。侵入口はたった一つの橋に限られ、外部からの干渉は困難を極める。ブチ破るには真正面からの強行突破しかない訳だが、相手はその間安全圏から一方的に、それも潤沢に溜め込んだ魔力を使って攻撃できる。
「くそ、仙天島の下の龍脈を利用したのね。島の中に工房を作る魔術師はいるかな、とは思ってたけど……規模も質も想像を超えてた。ウチの近くを重点的に警戒してたのが失敗だったか」
キャスターが扱える式神の数は最高で1000体。いつぞやに健斗を襲った式神はその内の数百であり、それらは現在西部の住宅街……志原家の付近を重点的に哨戒している。固めるなら自分の拠点から、という判断だ。
「セイバーとアサシンにやられた分の式神、補給はできてる?」
「あれから徹夜で補給したで……おかげで朝も目がしょぼしょぼしてなあ、楓ちゃんが膝枕でもしてくれれば多分治ると思」
「じゃあそれ全部、さっきの偵察用に加えて東に向かわせておいて。セイバーが味方になってくれるなら、ウチの近くを警戒させる必要もないでしょ。目下最大の目標はあの島の攻略になりそうだし」
「……へいへーい」
キャスターは至極残念そうな顔で、ちょちょいっと指先を動かす。
街中に潜んでいた千体の紙人形は、志原の家や学校のある西部から街の東……湖岸の方角へ向かって移動を開始した。
「お疲れさま。ハイこれ、ご褒美」
「むぐ……僕ぁシャケより……まあええか」
差し出された鮭をぱくっと咥えて、ハムスターのごとく頬張るキャスター。ご褒美としちゃあ食べ物より役に立つ魔力の方がふさわしいが、楓にそんな余裕はない。大体、キャスターが宝具「十二天将」を使うのも魔力量ギリギリだ。本来のスペックから制限に制限を重ねて、ようやく楓も戦えるくらいの余裕ができる。そのせいで最大十二体まで使役できるところが、同時に二体までしか顕現させられない。
……言い訳がましいが。この鮭のボイル焼きは、数十分かけて作った楓の自信作であって、いわば今日の弁当の主役である。
いつしかテレビでやっていた素人料理大会の優勝者が作っていたのを丸パクリしたものだが、なかなか出来はいいと思う。わさびマヨネーズやらの味付けも結構美味しくできた筈なので、どうかキャスターには我慢してもらいたい。
「……む、コレ美味いやん! ええなあ、僕の時代なんか調味料なんて塩くらいしかなかったからなあ」
「よかった。焼くだけじゃなくて、気まぐれで味付けに凝ってみた甲斐があったってもんだわ」
(……と言いつつ、魔力足りてないのは悲しいんだけど。不甲斐ないなあ私……)
心の中でため息をついていると、キャスターが何かゴソゴソとやっている。どうせしょーもないコトでしょ、と考えて残りの鮭をつついていた楓は、何やら嫌な予感がして足の間を覗き込んだ。
「……ん? あれ?」
「ん? どーしたん?」
何故かニヤニヤするキャスター。
それを楓が若干気味悪く思っていると──、
「いや……今なんかいなかった……って、わひゃ⁉︎」
いきなり太ももを撫でた何かに反応して、楓は変な声を上げてスカートを抑えた。
必死になってスカートの中を覗こうとして、キャスターがこっちを凝視していることに気づく。多分キャスターが悪いのだろうなあと悟ったが、それを咎めるほどの余裕はなかった。
「ちょっと、何見てんの──んひぃ⁉︎ なに、なになになになに⁉︎ なんかお股のあたりにいる、それにヌメヌメしてる……っ⁉︎」
場所が場所だけにキャスターに助けを求める訳にもいかず、混乱して闇雲に両手を振り回す楓。キャスターはそんな彼女を実に面白そうに眺めて──、
「玄武、そんくらいにしとき」
その声に反応して、楓のスカートの中から小さな亀がぴょんと飛び出した。楓のスカートの中で好き放題しやがったその亀はのそのそとキャスターの膝によじ登ると、気持ちよさそうにぐでんと寝転がる。
「いや、気持ちよさそうに寝転がってんじゃないわよこのバカ亀‼︎」
半ギレした楓が拳を振り下ろすと、亀は素早く四肢と頭を甲羅の中に引っ込める。甲羅と衝突した楓の手は硬質な音を立てて、
「ぎ⁉︎ いっ──だぃ⁉︎」
「そりゃそうや。神様たる玄武の甲羅なんやからなあ」
亀は楓の悲鳴を聞くと少し顔を出し、愉快げに目を細めた。完全にバカにしているのがその表情から伝わってくる。
「ぐぐ……このっ、ちょっと顔出しなさいよ‼︎ 私に色々してくれちゃってこのエロ亀ェ‼︎ 立て籠もってんじゃないわよ‼︎」
持ち上げて揺すったり指を入れようとしてみたりしたがビクともしない。というか頭を引きずり出そうとしたら思い切り指を噛まれた。挙げ句の果てには掌から飛び出して襟元へ着地、楓の胸元に潜り込もうとまでしてくる始末。
しばらく格闘してから勝ち目がないと悟った楓は、半泣きになってむくれながらエロ亀をキャスターに返却する。
「ああもう……なんなのよこの亀⁉︎ 力強いし、硬いし、あと行動がキモチワルイ‼︎」
「おー、玄武やぞこいつ。昨日セイバーにやられてもうてなあ、こんな可愛らしい姿になってもうたわ」
玄武といえば京の守護神、北方を守護する十二天将の一角だ。その神秘はその中でも最高とされ、彼が使役する神々の中で最も強い力を保有している。
……とはいえ例のセイバーに千切っては投げを繰り返され、あえなく力尽きてしまったのだが。
「いや、確かにサイズ的には可愛いけど……」
じっと見つめると、玄武(ミニサイズ)は楓を見てにやつくように目尻を下げた。楓を見て、というより楓のスカートの中に視線は向いている。
「千を超える寿命の神々ともなりゃあ、殺されかけても肉片さえ残ってりゃあ蘇ることだって可能なんや。今の玄武はその真っ最中、セイバーにボコされて療養中ってワケ」
他にも数体セイバーとの戦いで死んだので、今のキャスターの十二天将は半分くらいしか残っていないそうだ。流石はかの魔王、神に対しては滅法強い。全員放っておいたら勝手に蘇生するらしいが、全員揃うには一週間ほどかかるとか──。
「……あ、こいつだけドブに捨てれば? もう十一天将でいいんじゃない?」
「な、なんてヒドい事を。仮にも神やぞ?」
「だって‼︎ こいつ私のこと絶対エロい目で見てるじゃない、ホラ今だって‼︎ 嫌よこんな変態亀‼︎」
腐っても神、楓の踏みつけなどものともしない。ゴキブリを数倍加速させたみたいな気持ち悪い速度でカサカサカサカサと足元を這い回り、しかし楓のスカートから目は離さない。
「玄武の尻尾は蛇なんやけどなあ、どうも大陸の方じゃ、その蛇は生殖を表してるとかなんとか考えられとって……つまるところ、玄武クンは性に関心を持ちやすい。亀ボディは長寿の象徴らしいし、実際エロジジイという呼称は当たらずとも遠からず、や」
「そんなの別に知りたくもなんともないんだけど。私としてはとっととこの変態亀を消して欲しいんだけど。あと恐らく「おもろいリアクションとるやろなあ」とかいう理由でこいつを喚び出したアンタはあとでしばく」
「よく僕のことが分かってきたようでなによりや、楓ちゃん」
ムムム、と唸ったキャスターはどうしようか迷った後、空間に複雑な印を結んだ。ミニサイズの穴が空間に穿たれ、その奥から小さな人影が飛び出してくる。
「■■、■■〜‼︎」
小さな剣を振り上げているのは、砂色の鎧を纏ったマスコットじみた小人だった。砂塵を呼ぶとされる十二天将が一角、天空。
「あ、確か倫太郎のアサシンに殺された……いや、こっちに現れるのは分霊なんだっけ? お人形さんが動いてるみたいで、こっちはかわいいわね」
「そのとーり。なのでこちらに顕現してくる分霊がいくら殺されても構わへんが、彼らの居場所たる「世界の裏側」で殺されたんなら話は別や。直に本体を潰されるようなもんやし。そん時ゃ、イチから再生が必要になる」
ミニサイズの天空は楓を見て、ぴしりと一礼。それから剣をぐるぐる振り回して玄武を追いかけ始める。
「ってことは、この子はアサシンに分霊をやられて、セイバーに本体をやられちゃったのね。大変だったでしょうに」
人差し指で無意識のうちに天空の頭を撫でる。しばらくしてから神様なのにこんな事して大丈夫なのかな、という今更な疑問が浮かんだが、天空は主人の主人たる楓の賞賛を無言で受け入れていた。
楓が手を離すと、また変態亀を誅伐しに天空が走り出す。玄武も天空は苦手なのか、キャスターの周りをぐるぐる回って逃げ回るのみだ。どうやら天空は真面目気質で、玄武の行いを許すつもりはないらしい。
「セイバーが仲間になったとはいえ、こちらは結構痛い被害ね。しばらく派手なことできないか……」
「魔力もかなり消費してもうた。次宝具を使える分まで貯めようと思うと、だいたい三日間は宝具を使えんやろうなあ」
「了解。じゃあ、しばらくはそれを考慮して行動しよ」
キャスターは頷いて、せんべいをもぐもぐする作業を開始した。
ひとまず聖杯戦争の緊迫した事柄は置いておいて、自分ものんびりと昼食をつつく平穏な時間を味わっておこっかな、なんて事を考えて楓はお箸を握り直す。
────が。
「…………ん?」
たまたま視線を前に戻して、見た。
遥か遠方。赤色の何かが輝いて、一直線に天空に登っていく。高く、高く、高空を突き抜けて超高高度まで。
発射された場所は仙天島から。雲一つないような青空を引き裂くその赤光は、言いようもないほど不気味に感じられて──、
「…………おい。おいおい、嘘やろ⁉︎」
緊迫した表情でキャスターが動いた。素早く袖から三つの紙片を引き抜き、目を閉じて魔力を通しながらそれを放り投げる。そこまできてようやく、楓はあの赤光の正体を悟った。
「ちょっ、キャス────」
「あかん、伏せろ‼︎」
思いがけない大声の警告に、楓はびくっとしてキャスターの足元に隠れた。とりあえずはためく袴の端をひっ掴んで、一直線に降り注いでくる赤光を捉える。
「式神跋祇、紙片防破──三重‼︎」
間一髪でキャスターの防御は間に合った。
凄まじい数の──「矢」と思わしき何か。降り注いでくる過程で瞬く間に百近くに分裂したソレは、凄まじい轟音を撒き散らしながらキャスターの防壁に衝突する。
「っ……⁉︎ ちょっと、何⁉︎ 今度はナニ⁉︎ 敵、アーチャー⁉︎」
「ああ‼︎ ちっと待っとけ、抑え込んだる‼︎」
つんざくような爆音は途切れる事がない。
それ程に降り注ぐ矢の数が多いのだ。さらに機関銃の如く降り注ぐ一撃一撃が、みな地盤を穿つ威力を誇る。
キャスターが居なければ、恐らく数秒で学校は廃墟と化していただろう。瓦礫に押し潰された数百人の犠牲を残して。それを知ってなお、この攻撃には一寸の躊躇も含まれていない。
「ちょっと、ば、バカじゃないの⁉︎ 相手、ここがどこか分かってんのよね⁉︎」
「随分乱暴な相手さんなんやろ──なァッ‼︎」
キャスターは勢いよく扇子を振り払って、「跋祇」の詠唱と共に暴風を巻き起こした。
降り注いでくる残弾は全て残らず打ち払われ、学校の裏手の森に落下していく。
「……降りるで、楓ちゃん。今のは多分威嚇みたいなモンやろうけど、こう姿を晒してたんじゃ追撃される。もし本気で向こうが撃ってきたら、被害無しで抑えられるか怪しい」
「たく、何十キロ離れてると思ってんのよ……‼︎ キャスター、あとは警戒任せた‼︎」
サーヴァントのデタラメな視力に改めて驚きつつ、楓は傍に落下した物体を咄嗟に拾い上げる。その観察は後回しにして、今はその破片らしき何かを握り締めて、楓は階段に続く扉へ転がり込んだ。
【鮭のボイル焼き】
衛宮さんちの今日のご飯で学んで作りましたが、ほんとに美味しかったです。初心者にも簡単に作れるし美味しいしオススメです。
【仙天島】
失われたはずの大聖杯(?)が敷設された場所。第六次聖杯戦争を始めた金髪の女魔術師に、そのサーヴァントであるライダーが拠点としている。
構築された結界は神殿クラスの強度を誇り、島に続く道は橋一本のみ。内部には運動系のレジャー施設や浄水場などがあるものの、夜七時になると唯一の橋が閉鎖されるため、島内に一般人が夜間立ち入ることはない。